説明

有機薄膜の検査方法及びその検査装置

【課題】検査面積の大型化が可能で、検査速度の速い簡便な有機薄膜の検査方法及びその装置を提供すること。
【解決手段】本発明に係る有機薄膜の検査方法は、有機薄膜に電荷を注入し、有機薄膜内部における電荷分布の時間変化を可視化することを特徴とする。
また、本発明に係る有機薄膜の検査装置は、有機薄膜に電荷を注入する電荷注入手段と、有機膜中に光電子を発生させる光電子発生手段と、有機薄膜から放出される光電子を可視化する光電子可視化手段と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機薄膜の検査方法及びその検査装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機感光体膜、有機EL層、有機半導体膜等の有機薄膜を利用した電子デバイスの研究開発が盛んである。有機薄膜は、印刷法、スピンコート法等のウェットプロセスによる簡便な方法で容易に膜形成が可能であり、従来の無機材料を利用した電子デバイスと比べ製造プロセス温度を低温化できる利点がある。これにより、一般に耐熱性の低いプラスチック基板上への形成が可能となり、電子デバイスの軽量化や低コスト化ができるとともに、プラスチック基板のフレキシビリティーを生かした用途等、多様な展開が期待できる。
【0003】
有機薄膜を電子デバイスとして応用する上で、ピンホール、ほこり等の異物による欠陥はもちろんのこと、有機薄膜の配列状態、膜質などの様々な要因により特性の変動が見られるが、有機薄膜は通常数十nm〜100nm100nm程度と薄く、有機薄膜の電気的特性(例えばId−Vd測定)の全数検査を行う以外に有機薄膜の状態を確認する有効な方法は殆どない。そこで、簡便な方法で有機薄膜全体の製膜性評価を行なう手段が望まれている。
【0004】
製膜性評価についての公知な技術として、例えばSPM像の観察を行なう検査方法が例えば下記非特許文献1に記載されている。
【0005】
【非特許文献1】M&BE,Vol.5,No.3,2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記非特許文献1に記載の技術では、数μmから数十μmのエリアのスキャニングができるに過ぎず検査面積の大型化が困難である。また、上記技術は走査型であるがゆえに検査に時間がかかってしまうといった課題もある。
【0007】
そこで、本発明は、上記課題を鑑み、検査面積の大型化が可能で、検査速度の速い簡便な有機薄膜の検査方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、有機薄膜に対し、光電子顕微鏡を用いて光電子を観測しつつ電荷の注入を行なったところ、有機半導体膜における電荷分布が時間を追って変化することを発見した。そしてこの電荷分布の時間変化は膜の均質性に由来するものであり、膜の検査方法として有用であることに想到し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち上記課題を解決するための一手段として、本発明に係る有機薄膜の検査方法は、有機薄膜中に電荷を注入し、有機膜内部における電化分布の時間変化を可視化することを特徴とする。
【0010】
また、本手段において、限定されるわけではないが、有機薄膜内部における電荷分布の時間変化の可視化は、光電子顕微鏡を用いて行なうことが好ましい一態様である。
【0011】
また、本手段において、限定されるわけではないが、有機半導体膜内部における電荷分布の時間変化の可視化は、有機薄膜に光電子を発生させ、有機薄膜から光電子を放出させ、光電子の放出を時系列的に観測することにより行なうことが好ましい一態様である。
【0012】
また、上記課題を解決するための他の一手段として、本発明に係る有機薄膜の検査装置は、有機薄膜に電荷注入を行なう電荷注入手段と、有機薄膜中に光電子を発生させる光電子発生手段と、有機薄膜から放出される光電子を可視化する光電子可視化手段と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
以上、本発明により、検査面積の大型化が可能で、検査速度の速い簡便な有機薄膜の検査方法及びその装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。ただし、本発明は多くの異なる態様で実施することが可能であり、以下に示す実施形態に限定されるものではない。
【0015】
本実施形態に係る有機薄膜の検査方法(以下「本検査方法」ともいう。)は、有機薄膜に電荷を注入し、有機半導体膜に光電子を発生させ、有機薄膜から光電子を放出させ、光電子の放出を時系列的に観測し、電荷分布の時間変化を可視化することを特徴の一つとする。
【0016】
ここで検査対象となる有機薄膜としては、薄膜内部において電荷が移動可能な有機物からなる薄膜であればよく、限定されるわけではないが、汎用装置による製膜性検査が困難な有機半導体膜、有機半導体/絶縁膜界面制御層をはじめとする有機半導体素子構成の各層や、ホール輸送層、電子輸送層、発光層を始めとする有機EL素子構成の各層が好適である。有機半導体層を構成する有機材料としては化合物1を始めとするトリフェニルアミン骨格を有する高分子系有機半導体材料やP3HT、PQTを始めとするチオフェン骨格を有する高分子系有機半導体材料およびそれぞれのオリゴマーやモノマー、さらには、ペンタセン、テトラセンを始めとするアセン系低分子材料などが挙げられる。有機半導体/絶縁膜界面制御層としてはオクタデシルトリクロロシラン、フェネチルトリクロロシラン、ヘキサメチルジシラザンなどを用いたシロキサン系有機単分子膜が挙げられる。また有機EL素子構成の各層としては、Alq、Alq3、α−NPD、α−6T、POPy−2などが挙げられるが有機EL素子に利用可能な有機薄膜であれば特に限定されない。
【0017】
また、本実施形態において、有機薄膜に電荷を注入する方法としては、限定されるわけではないが、例えば電子線照射を挙げることができる。電子線放射を行なう場合、限定されるわけではないが、例えば、電子銃を用いることは好ましい態様である。
【0018】
また、本実施形態において、有機半導体膜中に光電子を発生させ、有機半導体膜から光電子を放出させ、光電子の放出を時系列的に観測する方法としては、限定されるわけではないが、光電子顕微鏡(以下「PEEM」という。)を用いて実現することができる。
【0019】
この場合において、有機半導体膜中に光電子を発生させる手段としては、限定されるわけではないが、例えば励起光源を用いて光を照射する方法を挙げることができる。なお、励起光源を用いて光を照射する場合、用いることができる励起光源も限定されるわけではないが、例えばハロゲンランプ、重水素ランプ、キセノンランプ等を挙げることができるが、波長及び強度のバランスから重水素ランプであることが好ましい。
【0020】
またこの場合において、有機半導体膜から光電子を放出させる手段としては、限定されるわけではないが、有機薄膜を有するサンプル(以下単に「サンプル」)と所定の距離をおいて配置される電極との間に電圧(加速電圧)を印加する方法を例示することができる。なおこの加速電圧としては10kVが好ましいが限定されない。なおこの場合においても、限定されるわけではないが有機薄膜を有するサンプルの相対電位が高いと劣化等の原因となるため、相対電位を5V以上10V以下としておくことが好ましい。
【0021】
またこの場合において、光電子の放出を時系列的に観測し電荷分布の時間変化を可視化する手段としては、限定されるわけではないがCCDカメラとこれに接続される情報処理装置を用いることが好ましい態様である。
【0022】
ここで図1に、本実施形態において、有機半導体膜に電荷を注入するための手段として電子銃を、有機半導体膜に光電子を発生させる手段として励起光源を、有機半導体膜から光電子を放出させ、光電子の放出を時系列的に観測し、電荷分布の時間変化を可視化する手段として光電子顕微鏡を用いた例を採用した場合の装置(以下「本検査装置」という。)の概略を示す。
【0023】
図1で示すとおり、この本検査装置1は、サンプル2に対し電子線を放出する電子銃31を有する電荷注入手段3と、サンプル2に励起光42を照射する励起光源41を有する光電子発生手段4と、サンプル2から放出される電子線を可視化する可視化する光電子可視化手段5と、を有して構成されている。なお光電子可視化手段5は、対物レンズ51、一対の中間レンズ52a、52b、一対の中間レンズの間に配置される一対のアパーチャー53、燐光スクリーン54を少なくとも有しており、サンプル2から放出される光電子をこれらを用いて燐光スクリーン54に結像させ、可視化することができる。なお、図1ではCCDカメラ55を更に有しており、このCCDカメラ55で撮影することにより、画像データとして取得し、記録することができる。なお図1において、電子銃31から放出される電子線は対物レンズ32を用いて集光し、ビームスプリッタ33を解してサンプル2の鉛直方向から電子線を放出することができるように設置される。なお図1に示す配置は好ましい一例であるが、必要に応じて静電レンズ等のレンズ、アパーチャー、エネルギーフィルター、エネルギースリット等を適宜配置することが可能であり、また、燐光スクリーンの前にマイクロチャンネルプレートやエネルギーアナライザーを設置することで燐光スクリーン54の感度を向上させることや特定のエネルギーを有する光電子像のみを可視化することも可能である。
【0024】
上記の構成により本検査装置は、電子銃31により電荷を有機薄膜に注入するとともに、励起光源41により励起光を照射することで有機薄膜表面に光電子を発生させ、光電子顕微鏡により可視化することができるようになり、この時間変化を観測することで有機薄膜の均質性の観測をすることができるようになる。この原理は完全に解明できたわけではないが、有機薄膜に電荷が注入されると、この注入された電荷が膜内を移動することにより有機薄膜の表面に形成されたポテンシャルも同様に移動し、その結果ポテンシャルも変動し、光電子顕微鏡による像も時間変化するものであると考えられる。この結果、均質な有機薄膜であれば波状の伝播を確認することができ、この変化を確認することができなければ有機半導体膜の均質性が低いと評価することができる。特に本検査方法ではSPM像を形成する場合に比べ広範囲の面積に対する検査が可能であり、検査速度も電荷の移動速度程度であり非常に短く、しかも簡便である。
【0025】
以上、本実施形態により、検査面積の大型化が可能で、検査速度の速い簡便な有機半導体膜の検査装置を実現することができる。
【実施例】
【0026】
ここで、上記実施形態に係る有機薄膜の検査方法、検査装置の有効性について、実際に有機半導体膜として利用可能な有機薄膜を作製し、効果の確認を行なった。以下に説明する。
【0027】
(サンプルの作製)
まず、30mm□のp−ドープされたシリコン基板表面を熱酸化し、SiOの絶縁膜を200nm形成した。次に、この絶縁膜が形成されたシリコン基板の一方の面にレジスト膜(東京応化製、TSMR8800)を形成し、他方の面における絶縁膜をフッ素により除去した。そして、このシリコン基板における絶縁膜上にヘキサメチルジシラザンを用いて表面処理した後、下記式(1)で示される化合物を含む溶液(1.0wt%、THF溶媒)を基板上にスピンコートし、乾燥させ、20nmの厚さの有機薄膜を作製した。この結果作製した有機半導体膜を有するサンプルの概略図を図2に示しておく。
【化1】

【0028】
(測定)
上記作製した有機薄膜に対し、光電子顕微鏡(日本電子製、1号機)を用いて観察した。この結果を図3(A)乃至(C)に示す。図3(A)は有機半導体膜のPEEM像を示し、図3(B)は、PEEM観察中に低速電子線(5eV)を照射した場合におけるPEEM像を示し、図3(C)はその66ミリ秒後におけるPEEM像を示す。なお光電子励起光源としては重水素ランプ(6.8eV)を使用している。
【0029】
この結果、電荷の伝播が波状に確認できた。これは、電子線照射により有機半導体膜に蓄積された電荷が膜内を移動することにより有機半導体膜の表面に形成されたポテンシャルも同様に移動するため、その結果ポテンシャルも変動し、観測されたものであると考えられる。なおこの伝播は電子線を遮断しても観測することができていることからも原理が正しいことが容易に確認できる。この結果、均質な膜であることが確認できた。
【0030】
以上から明らかなように、上記実施形態及び実施例により、検査面積の大型化が可能となり、しかも検査速度の速い簡便な有機半導体膜の検査装置を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、有機薄膜の検査方法及び検査装置として産業上の利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施形態における検査装置の概略を示す図。
【図2】実施例における有機薄膜を有するサンプルの断面外略図。
【図3】実施例におけるPEEM像を示す図。
【符号の説明】
【0033】
1…検査装置、2…サンプル、3…電荷注入手段、4…光電子発生手段、5…光電子可視化手段、31…電子銃、32…対物レンズ、33…ビームスプリッタ、41…励起光源、42…励起光、51…対物レンズ、52a・52b…中間レンズ、53…アパーチャー、54…燐光スクリーン、55…CCDカメラ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機薄膜に電荷を注入し、前記有機薄膜内部における電荷分布の時間変化を可視化する有機薄膜の検査方法。
【請求項2】
前記有機薄膜内部における電荷分布の時間変化の可視化は、光電子顕微鏡を用いて行なう請求項1記載の有機薄膜の検査方法。
【請求項3】
前記有機薄膜内部における電荷分布の時間変化の可視化は、前記有機薄膜に光電子を発生させ、前記有機薄膜から光電子を放出させ当該光電子の放出を時系列的に観測することにより行なう、請求項1記載の有機薄膜の検査方法。
【請求項4】
有機薄膜に電荷を注入する電荷注入手段と、
前記有機膜中に光電子を発生させる光電子発生手段と、
前記有機薄膜から放出される光電子を可視化する光電子可視化手段と、を有する有機薄膜の検査装置。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2008−298746(P2008−298746A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−148363(P2007−148363)
【出願日】平成19年6月4日(2007.6.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年3月27日 社団法人応用物理学会発行の「2007年(平成19年)春季第54回応用物理学関係連合講演会予稿集 第3分冊」の第1318ページに発表
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】