説明

水田作業機の自動昇降制御装置

【課題】 走行機体の後部に昇降自在に連結した水田作業装置にセンサフロートを上下揺動自在に装備し、センサフロートの揺動角度を目標角度に維持するように水田作業装置を昇降制御するよう構成した水田作業機の自動昇降制御装置において、走行機体の前後傾斜を応答性良く的確に検知して、的確な目標角度補正を行い、安定した作業深さをもたらす昇降制御を実行できるようにする。
【解決手段】 走行機体に機体前後方向の角度変化を検知する角速度センサ31を設け、この角速度センサ31の検出情報に基づいてセンサフロートの目標角度θ0を自動補正する制御手段を備えてある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行機体の後部に昇降自在に連結した苗植付け装置や直播装置などの水田作業装置にセンサフロートを上下揺動自在に装備し、センサフロートの揺動角度を目標角度に維持するように水田作業装置を昇降制御して、一定の植付け深さや直播深さで苗植付け作業や直播作業を行えるように構成した水田作業機の自動昇降制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
代表的な水田作業機である乗用型田植機においては、走行機体の前後傾斜によって植付け深さが変動する現象がもたらされる。つまり、上記自動昇降制御は、センサフロートの揺動角度が苗植付け装置(水田作業装置)に対して予め設定された目標角度に維持されるように苗植付け装置を昇降させるものであるので、例えば、前輪が耕盤の凹部に落ち込んだり、後輪が耕盤の隆起部に乗り上がる、等して走行機体が前下り方向に傾斜すると、この走行機体に連結された苗植付け装置全体も前下り方向に傾斜することになり、この傾斜した苗植付け装置に対して目標角度に維持されたセンサフロートの田面に対する傾斜角度は、走行機体が前後水平にある時よりも前下り方向に変化したものとなる。
【0003】
センサフロートが前下りになると、センサフロートに作用する接地反力の中心が後部支点から前方に離れることになって、センサフロートの接地圧が少し増大するだけで上方揺動して上昇制御が行われる状態となる。その結果、センサフロートが目標角度となって昇降制御の中立がもたらされた時のフロート後部支点の対地高さが、走行機体が前後水平にある状態でセンサフロートが目標角度となった場合のフロート後部支点の対地高さよりも高いものとなり、苗植付け装置全体が田面に対して高くなって植付け深さが浅くなってしまう。
【0004】
逆に、前輪が隆起部に乗り上がったり、後輪が耕盤の凹部に落ち込んだりして、走行機体が前上がり方向に傾斜すると、苗植付け装置全体も前上り方向に傾斜することになり、この傾斜した苗植付け装置に対して目標角度に維持されたセンサフロートの田面に対する傾斜角度は、走行機体が前後水平にある時よりも前上り方向に変化したものとなる。
【0005】
センサフロートが前上りになると、センサフロートに作用する接地反力の中心が後方にずれてフロート後部支点に近づくことになって、センサフロートの接地圧が増大するまで下降制御が行われる状態となる。その結果、センサフロートが目標角度となって昇降制御の中立がもたらされた時のフロート後部支点の対地高さが、走行機体が前後水平にある状態でセンサフロートが目標角度となった場合のフロート後部支点の対地高さよりも低いものとなり、苗植付け装置全体が田面に対して低くなって植付け深さが深くなってしまう。
【0006】
このような不具合を軽減する手段として、例えば、特許文献1に開示されているように、走行機体に前後傾斜を検知する傾斜センサを設け、この傾斜センサの検出情報に基づいてセンサフロートの目標角度を補正することが提案されている。つまり、走行機体が前下り傾斜すると、センサフロートの目標角度を走行機体が前後水平にある時の目標角度より前上り方向に補正し、逆に、走行機体が前上り傾斜すると、センサフロートの目標角度を走行機体が前後水平にある時の目標角度より前下り方向に補正することで、センサフロートが目標角度になって昇降制御の中立がもたらされた状態におけるセンサフロートの田面に対する傾斜角度を、走行機体の前後傾斜にかかわらず略一定にすることで、苗植付け装置の田面に対する高さ、つまり、植付け深さの変動を少なくすることができるのである。
【0007】
【特許文献1】特開2000−83421号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記補正を行うことで、走行機体の前後傾斜にかかわらず植付け深さの変動を少なくすることができるのであるが、走行機体に備えられた傾斜センサに重力式のものが用いられると、その応答遅れや誤検出が原因で適切な補正が行われなくなって、却って昇降制御が不安定なものになってしまうおそれがある。
【0009】
つまり、重力式の傾斜センサでは、振動等の外乱で傾斜検知用の重錘が作動するのを抑制するためにダンピングオイルが充填されており、このダンピングオイルの抵抗によって重錘の作動に遅れが生じるものであり、急激な傾斜変動になるほどその検知遅れが顕著なものになる。また、特に急激な傾斜変動があった場合には、重錘が静止慣性によって一瞬逆方向に作動して誤まった情報を出力することがある。従って、重力式の傾斜センサを用いて上記補正を行う構造では、耕盤の荒れが比較的穏やかな水田では好適に機能するが、耕盤の荒れが激しい水田ではその機能を充分に発揮できないものであった。
【0010】
本発明は、このような点に着目してなされたものであって、走行機体の前後傾斜を応答性良く的確に検知して、的確な目標角度補正を行い、安定した作業深さ(植付け深さ、播種深さ)をもたらす昇降制御を実行することができる自動昇降制御装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1の発明は、走行機体の後部に昇降自在に連結した水田作業装置にセンサフロートを上下揺動自在に装備し、センサフロートの揺動角度を目標角度に維持するように水田作業装置を昇降制御するよう構成した水田作業機の自動昇降制御装置において、
前記走行機体に機体前後方向の角度変化を検知する角速度センサを設け、この角速度センサの検出情報に基づいて前記センサフロートの目標角度を自動補正する制御手段を備えてあることを特徴とする。
【0012】
上記構成によると、角速度センサで検知された角速度信号を積分処理することで走行機体の前後方向の傾斜角度を高い演算することができ、この傾斜角度に基づいてセンサフロートの目標角度を補正することで、走行機体の前後方向傾斜に起因する植付け深さ変動を少なくすることができる。
【0013】
この場合、角速度センサからによる検知は重力式の角度センサによる検知に比べて応答性が高いものであり、また、慣性による影響を受けないために、急激な傾斜変動に対しても逆出力が出されることもなく、精度の高い傾斜角度検出に基づく補正が的確に行われる。
【0014】
従って、第1の発明によると、走行機体の前後傾斜を応答性良く的確に検知して、的確な目標角度補正を行い、安定した作業深さ(植付け深さ、播種深さ)をもたらす昇降制御を実行することができるようになった。
【0015】
第2の発明は、上記第1の発明において、
走行機体の走行速度を検知する速度検知手段を備え、検知した走行速度に基づいて前記センサフロートの目標角度を自動補正する制御手段を備えてあるものである。
【0016】
走行速度が速くなるに連れてセンサフロートは田面からの前進抵抗によって前上り方向に揺動され、これが検知されて上昇制御が実行される。つまり、走行速度が速くなるほど作業深さが浅くなる傾向となるが、走行速度が速くなるほどセンサフロートの目標角度を前上り方向に自動補正することで、走行速度の上昇に起因するセンサフロートの上方揺動に対しても上昇制御が実行されることが抑制され、作業深さの安定が図られる。
【0017】
第3の発明は、上記第2の発明において、
角速度センサの検出情報に基づく補正と速度検知手段の検出情報に基づく補正との比率を変更する重み付け変更手段を備えてあるものである。
【0018】
一般に、水田の耕盤の凹凸が激しいほど走行速度を落とすことになるので、走行速度が速いときは耕盤の荒れが少なく走行機体の前後傾斜も少なくなるものととみなすことができる。従って、走行速度が遅いときには、角速度センサの検出情報に基づく補正を大きくするとともに、速度検知手段の検出情報に基づく補正を小さくし、逆に、走行速度が速いときには、角速度センサの検出情報に基づく補正を小さくするとともに、速度検知手段の検出情報に基づく補正を大きくすることで、耕盤の荒れ具合に対応した好適な目標角度補正を行うことができる。
【0019】
第4の発明は、上記第1〜3のいずれか一つの発明において、
角速度センサの検出情報に基づく補正を中断する手段を備えてあるものである。
【0020】
上記構成によると、走行機体があまり前後傾斜しない箇所での作業走行時には角速度センサの検出情報に基づく補正を中断することができ、外乱を受けた角速度センサの検出情報に基づいて誤った補正が行われることを回避しておくことができ、走行機体が前後傾斜する畦際近くなどでの作業走行時に角速度センサの検出情報に基づく補正を適切に行って作業深さの安定を図ることができる。
【0021】
第5の発明は、上記第4の発明において、
作業状態判断手段を備え、通常作業走行時には前記補正を中断し、畦際作業走行時には前記補正を実行するよう構成してあるものである。
【0022】
通常、往復作業走行によって水田の大部分での作業を終え、最後に畦際に沿って作業走行を行うのであるが、この畦際は通常の往復作業走行時における機体方向転換を行う枕地となっているので、機体方向転換に伴って田面のみならず耕盤も荒らされていることが多い。従って、畦際作業走行であることが判断されると自動的に機体傾斜に基づく補正制御を実行し、畦際作業走行でないことが判断されると自動的に機体傾斜に基づく補正制御を中断することで、必要時にのみ角速度センサの検出情報に基づく補正を適切に行って作業深さの安定を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
図1に、本発明に係る水田作業機の一例として施肥装置付きの乗用型田植機が示されている。この乗用型田植機は、操向自在な左右一対の前輪1と操向不能な左右一対の後輪2とを備えた四輪駆動型の走行機体3の後部に、6条植え仕様に構成された苗植付け装置(水田作業装置)4が、油圧シリンダ5によって駆動される平行四連リンク構造のリンク機構6を介して昇降自在に連結された基本構造を備え、さらに、走行機体3の後部に施肥装置7が装備されるとともに、走行機体3の前部左右に予備苗のせ台8が立設配備された構造となっている。苗植付け装置4は、リンク機構6の後端部に前後方向支点X周りにローリング自在に連結されるとともに、リンク機構6の後端上部に備えた電動モータ利用の駆動機構9によってローリング制御されるようになっている。
【0024】
前記苗植付け装置4は、横長角筒状の植付けフレーム11、走行機体3から取り出された作業用動力を受けるフィードケース12、一定ストロークで左右に往復横移動する苗のせ台13、回転式の植付け機構14、および、後部左右に2条分づつの植付け機構14を備えた3個の植付けケース15、田面の植付け箇所を均平整地する3個の整地フロート16、田面Tに次回の走行基準線を引っ掻き形成する左右一対の線引きマーカ17、等を備えている。
【0025】
並列配備された整地フロート16はそれぞれ後部支点p(図2参照)を中心に上下揺動自在に支持されており、そうちの中央の整地フロート16は、田面Tに対する苗植付け装置3の高さを検知するセンサフロートSFとして利用されている。このセンサフロートSFの前部と苗植付け装置4の適所に位置固定に配備された回転式ポテンショメータからなる角度センサ21とがリンク連係され、センサフロートSFの後部支点p周りの揺動角度が角度センサ21によって電気的に検知されるようになっている。
【0026】
図2に、苗植付け装置4の植付け深さを安定維持する自動昇降制御系の制御ブロック図が示されている。
【0027】
マイコン利用の制御装置22には、前記油圧シリンダ5の作動を司る電磁制御弁23、前記角度センサ21、ポテンショメータからなる制御感度調節器24、植付けレバー25の操作位置を検知するポテンショメータ26、十字操作式の優先操作レバー27の上下および前後への操作を検知するスイッチ機構28、走行機体3に装備された植付けクラッチ29を入り切り操作する電動モータ30、走行機体3の前後方向での角度変化に感応する振動ジャイロ型の角速度センサ31、後輪2の車軸回転速度から走行速度を検知する速度センサ32、および、各線引きマーカ17の格納ロックを解除する電磁ソレノイド33、苗植付け装置4が所定の上限位置まで上昇されたことを検知する上限スイッチ34、等が接続されている。
【0028】
制御感度調節器24は昇降制御の中立状態をもたらすセンサフロートSFの目標角度θ0を7段階に変更調節することができるものであり、中間調節位置(4)では目標角度θ0が略前後水平に設定され、それより段数が小さくなるほど(3〜1)目標角度θ0が前下がり方向に変更され、段数が大きくなるほど(5〜7)目標角度θ0が前上り方向に変更されるようになっている。
【0029】
植付けレバー25は運転座席18の右脇に前後揺動可能に配備されており、前方から後方に亘って「植付け」位置,「下降」位置,「中立」位置、および、「上昇」位置が設定されるとともに、更に、「自動」位置が設定されている。
【0030】
植付けレバー25を「植付け」位置に操作すると、苗植付け装置4を角度センサ21からの検知情報に基づいて電磁制御弁23を制御して、田面Tに対する苗植付け装置4の高さを安定維持する自動昇降制御(自動植付け深さ制御)が実行されるとともに、電動モータ30によって植付けクラッチ29が「入り」操作され、植付け深さを安定維持しながらの植付け作業が行われる。
【0031】
植付けレバー25を「下降」位置に操作すると、上記自動昇降制御が実行されるとともに植付けクラッチ29が「切り」操作される。この操作状態では、植付け作動を行うことなく苗植付け装置4を接地追従させることができ、田面Tを整地フロート16で均平整地する場合に利用することができる。
【0032】
植付けレバー25を「中立」位置に操作すると、植付けクラッチ29が「切り」操作された状態で電磁制御弁23が中立に保持され、駆動停止されている苗植付け装置4を任意の高さに保持しておくことができる。
【0033】
植付けレバー25を「上昇」位置に操作すると、植付けクラッチ29が「切り」操作された状態で電磁制御弁23が「上昇」に切換えられ、油圧シリンダ5が短縮駆動されて苗植付け装置4が上昇される。苗植付け装置4が上限位置まで上昇して上限スイッチ34が作動すると電磁制御弁23が「中立」に復帰されて上昇が自動的に停止する。
【0034】
植付けレバー25を「自動」位置に操作すると、前記「植付け」位置に操作した場合と同じ自動昇降制御モードが設定されるとともに、前記優先操作レバー27による苗植付け装置4の上げ下げ操作が可能なモードとなる。
【0035】
優先操作レバー27はステアリングハンドル19の右横に上下および前後に十字揺動操作可能、かつ、中立付勢して配備されており、植付けレバー25を「自動」位置に操作した状態では、優先操作レバー27を1回「上昇」位置に操作すると、植付けクラッチ29が切り操作されるとともに苗植付け装置4が上限まで上昇され、優先操作レバー27を1回「下降」位置に操作すると、植付けクラッチ29が切り状態のままで自動昇降制御モードとなって苗植付け装置4は接地するまで自動下降され、優先操作レバー27を2回目に「下降」位置に操作すると植付けクラッチ29が入り操作されるようになっている。
【0036】
前記線引きマーカ17は倒伏した線引き作用姿勢に揺動付勢されるとともに、前記リンク機構6にワイヤ連係されており、苗植付け装置4が上昇されると線引き作用姿勢の線引きマーカ17が強制的に振り上げ起立されて、格納ロック機構35によって起立格納姿勢に係止保持されるようになっている。格納ロック機構35は前記電磁ソレノイド33への通電によってロック解除操作されるようになっており、前記優先操作レバー27を前方に操作すると左側の線引きマーカ17に対するロック解除用の電磁ソレノイド33が通電されるとともに植付けクラッチ29が入り操作され、優先操作レバー27を後方に操作すると右側の線引きマーカ17に対するロック解除用の電磁ソレノイド33が通電されるとともに植付けクラッチ29が入り操作されるようになっている。
【0037】
次に、前記角度センサ21の検知情報に基づく自動昇降制御の作動について説明する。
自動昇降制御は、基本的には角度センサ21で検知されたセンサフロートSFの揺動角度θが制御感度調節器24で設定された目標角度θ0に維持されるように苗植付け装置4を昇降制御するものであり、揺動角度θが目標角度θ0にある制御中立時にはセンサフロートSFに作用する接地圧は予めセンサバネ37によって与えられたセンサ荷重と均衡している。制御感度調節器24の操作によって目標角度θ0が前下がり方向に変更されると、揺動角度θが目標角度θ0にある時のセンサフロートSFに作用する接地反力の中心が後部支点pから前方に離れることになって、センサフロートSFの接地圧が少し増大するだけでセンサフロートSFが上方変位しやすくなって制御感度が敏感となる。逆に、目標角度θ0が前上り方向に変更されると、揺動角度θが目標角度θ0にある時のセンサフロートSFに作用する接地反力の中心が後方にずれてフロート後部支点に近づくことになって、センサフロートSFの接地圧が多少増大してもセンサフロートSFが上方変位しにくいものとなり、制御感度が敏感となる。従って、軟弱な圃場では目標角度θ0を前下がり側に変更調節して制御感度を敏感にし、フロート沈下の少ない植付け走行を行う。また、硬い圃場では目標角度θ0を前上り側に変更調節して制御感度を鈍感にし、整地フロート16で田面Tを押さえ気味にすることで、田面の多少の凹凸に感応することのない安定した植付け走行を行うのである。
【0038】
このように、圃場の硬軟に応じてセンサフロートSFの目標角度θ0が設定された状態で植付け走行を行うと、センサフロートSFの揺動角度角θが目標角度θ0(不感帯を含む)にある間は昇降制御はなされず、田面Tに対する苗植付け装置4の高さが安定維持されて所定の植付け深さでの植付け走行が行われる。
【0039】
走行機体3が耕盤の深い箇所に至る等して、苗植付け装置4が田面Tに対して下がりかけると、センサフロートSFの接地圧が増大して上方に揺動変位し、また、走行機体3が耕盤の浅い箇所に至る等して、苗植付け装置4が田面Tに対して浮上しかかると、センサフロートSFの接地圧が減少して下方に揺動変位し、角度センサ21で検知される揺動角度θが変化する。制御装置22では設定された目標角度θ0と検知された揺動角度θとの偏差が演算され、その演算偏差が不感帯以上に大きくなると、目標角度θ0からの外れ方向および偏差の大ききに応じて電磁制御弁23に作動指令が出力され、偏差が不感帯内に収まるまで油圧シリンダ5が作動制御されて苗植付け装置4が上昇あるいは下降される。
【0040】
本発明においては、上記した基本的な制御作動に加えて、走行機体3の前後傾斜および走行速度によって植付け深さが変動することを抑制するために以下のような目標角度補正制御がなされる。
【0041】
図3に示すように、補正角度Δθは、走行機体3の前後傾斜に基づいて割り出され第1補正角度Δθ1と、走行速度vに基づいて割り出された第2補正角度Δθ2とを加算して得られる。第1補正角度Δθ1は、角速度センサ36からの検知信号dα/dtを積分処理して得られた機体傾斜角度αに重み付け係数a(ただし、0≦a≦1)を乗じたものとして演算される〔Δθ1=α・a〕。第2補正角度Δθ2は、速度センサ32で検知された走行速度vに所定の係数kと重み付け係数(1-a)を乗じたものとして演算される〔Δθ2=k・v・(1-a)〕。
【0042】
ここで、前記重み付け係数aは補正バランス調節器36の人為操作によって任意に変更調節することができるものであり、重み付け係数aが1に近づくほど第2補正角度Δθ2が小さくなって、走行機体3の傾斜角度αに基づく補正の比率が大きくなり、逆に、重み付け係数aが零に近づくほど第1補正角度Δθ1が小さくなって、走行速度vに基づく補正の比率が大きくなるものであり、水田の状況に応じて重み付け係数aが後述のように変更調整される。
【0043】
上記補正角度Δθは制御感度調節器24で設定された基本の目標角度θ0に加算され、この演算によって得られた値が新たな目標角度θ0’(=θ0+Δθ)とされ、この補正された目標角度θ0’を目標基準にして上記した昇降制御が実行される。
【0044】
例えば、重み付け係数aを1に設定した場合(a=1)には、第2補正角度Δθ2〔=k・v・(1-a)〕が零となるので補正角度Δθは第1補正角度Δθ1となり、目標角度θ0’は基本の目標角度θ0に第1補正角度Δθ1を加算した値となる。従って、この場合、前輪1および後輪2が耕盤の凹凸によって落ち込んだり乗り上がる、等して走行機体3が前後に傾斜すると、基本の目標角度θ0に第1補正角度Δθ1を加算して得られた目標角度θ0’を目標基準にした昇降制御が行われ、角度センサ21で検出されたセンサフロートSFの揺動角度θが補正された目標角度θ0’に合致した制御中立状態では、センサフロートSFは走行機体が傾斜しない時の田面Tに対する傾斜姿勢と同じになる。つまり、機体傾斜にかかわらず苗植付け装置4の田面Tに対する高さは変わらないものとなるのである。
【0045】
なお、第1補正角度Δθ1は、傾斜角度αが水平より前下がりの時を正(+)の値とし、傾斜角度αが水平より前上りの時を負(-)の値とし、走行機体3が前下がり傾斜すると目標角度θ0’は基本の目標角度θ0よりも前上り方向に補正され、逆に、走行機体3が前上り傾斜すると目標角度θ0’は基本の目標角度θ0よりも前下がり方向に補正される。
【0046】
この場合、走行機体3の傾斜角度αは角速度センサ31からの検知情報に基づいて演算処理されて取得されるものであるので、重力式の角度センサで機体前後傾斜を検知する場合のように、応答遅れや急激な角度変化の際の逆方向の出力発生、などの問題なく機体前後傾斜を応答良く、かつ、高い精度で的確に取得して目標角度補正を行うことができる。
【0047】
なお、角速度センサ31は温度ドリフト等によって出力が変動するので、適当時間おき、例えば、往復植付け行程における畦際での機体方向転換のたびに、それまでの記憶出力を平均して零点を割り出して、逐次、零点を更新してゆくことが望ましい。
【0048】
重み付け係数aを零に設定した場合(a=0)、第1補正角度Δθ1が零となるので補正角度Δθは第2補正角度Δθ2となり、目標角度θ0’は基本の目標角度θ0に第2補正角度Δθ2を加算した値となる。従って、この場合、走行速度vが大きくなるほど補正された目標角度θ0’は前上り方向に変更されて昇降制御が行われ、角度センサ21で検出されたセンサフロートSFの揺動角度θが補正された目標角度θ0’に合致した制御中立状態では、センサフロートSFは低速で走行する時の田面Tに対する傾斜姿勢と同じになる。つまり、走行速度を速くしてセンサフロートSFが前進抵抗によって前上がり気味になっても、苗植付け装置4の田面Tに対する高さは変わらないものとなるのである。
【0049】
前記重み付け係数aを調節範囲の中間に設定すると、その値によって、機体前後傾斜に基づく目標角度補正と、走行速度に基づく目標角度補正との比率が変更されることになり、水田の状況によって比率を変更調節することになる。例えば、耕盤に凹凸の多い水田では走行速度vを遅くして植付け作業を行うので、重み付け係数aを1に近づけて機体前後傾斜に基づく目標角度補正を優先させたものにする。また、耕盤の凹凸が少ない水田では走行速度vを速くして能率よく植付け作業を行うので、重み付け係数aを零に近づけて走行速度vに基づく目標角度補正を優先させたものにする。
【0050】
上記した機体前後傾斜に基づく目標角度補正制御は作業状況によって自動的に中断されるようになっている。つまり、走行機体3があまり前後傾斜しない箇所での作業走行時には角速度センサ31の検出情報に基づく補正を中断することができ、外乱を受けた角速度センサ31の検出情報に基づいて誤った補正が行われることを回避しておくことができ、走行機体3が前後傾斜することの多い畦際近くなどでの作業走行時に角速度センサ31の検出情報に基づく補正を適切に行って作業深さの安定を図ることができる。
【0051】
通常、往復植付け走行によって水田の大部分での植付け作業を終え、最後に畦際に沿って枕地植え走行を行うのであるが、この畦際は通常の往復植付け走行時における機体方向転換に伴って田面Tのみならず耕盤も荒らされていることが多く、機体前後傾斜が起こりやすいものとなる。従って、畦際植付け作業走行であることが判断されると自動的に機体前後傾斜に基づく補正制御を実行し、畦際作業走行でないことが判断されると自動的に機体前後傾斜に基づく補正制御を中断することで、必要時にのみ角速度センサ31の検出情報に基づく補正を適切に行って作業深さの安定を図ることができる。
【0052】
畦際植付け走行であるか否かの判断は、次のようにして行われる。つまり、畦際植え走行では両線引きマーカ17は格納起立姿勢に保持されるので、線引きマーカ17が格納姿勢にあることを適宜手段で検知し、両線引きマーカ17が格納起立姿勢にある状態での植付け走行は畦際植付け走行であるとみなして、角速度センサ31の検出情報に基づく補正を実行し、両線引きマーカ17の少なくとも一方が線引き作用姿勢にある状態での植付け走行は水田中央における往復植えによる通常の植付け形態であるとみなして、角速度センサ31の検出情報に基づく補正を中断するのである。
【0053】
〔他の実施例〕
【0054】
(1)上記実施例では、重み付け係数aの変更調節を補正バランス調節器36を用いて人為的に行うものとしているが、走行速度vに対応して自動的に変更されるように構成することもできる。つまり、走行速度vが遅い時は耕盤の荒れが大きくて機体前後傾斜が発生しやすくなるものとみなすことができるので、走行速度vが遅いほど重み付け係数aを自動的に零に近づけるようにすることもできる。
【0055】
(2)畦際植付け走行が通常の植付け走行かどうかの判断手段として、苗植付け装置4における植付け条数を選択する畦際クラッチ(図示せず)の入切り操作状態を検出することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】乗用田植機の全体側面図
【図2】制御系のブロック図
【図3】目標角度を補正する演算系のブロック図
【符号の説明】
【0057】
3 走行機体
4 水田作業装置(苗植付け装置)
31 角速度センサ
SF センサフロート
θ 揺動角度
θ0 目標角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行機体の後部に昇降自在に連結した水田作業装置にセンサフロートを上下揺動自在に装備し、センサフロートの揺動角度を目標角度に維持するように水田作業装置を昇降制御するよう構成した水田作業機の自動昇降制御装置において、
前記走行機体に機体前後方向の角度変化を検知する角速度センサを設け、この角速度センサの検出情報に基づいて前記センサフロートの目標角度を自動補正する制御手段を備えてあることを特徴とする水田作業機の自動昇降制御装置。
【請求項2】
走行機体の走行速度を検知する速度検知手段を備え、検知した走行速度に基づいて前記センサフロートの目標角度を自動補正する制御手段を備えてある請求項1記載の水田作業機の自動昇降制御装置。
【請求項3】
角速度センサの検出情報に基づく補正と速度検知手段の検出情報に基づく補正との比率を変更する重み付け変更手段を備えてある請求項2記載の水田作業機の自動昇降制御装置。
【請求項4】
角速度センサの検出情報に基づく補正を中断する手段を備えてある請求項1〜3のいずれか一項に記載の水田作業機の自動昇降制御装置。
【請求項5】
作業状態判断手段を備え、通常作業走行時には前記補正を中断し、畦際作業走行時には前記補正を実行するよう構成してある請求項4記載の水田作業機の自動昇降制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−89453(P2007−89453A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−282137(P2005−282137)
【出願日】平成17年9月28日(2005.9.28)
【出願人】(000001052)株式会社クボタ (4,415)
【Fターム(参考)】