説明

炭素被覆金属部材およびその製造方法

【課題】下地金属との間の抵抗を低減可能な炭素被覆金属部材を提供する。
【解決手段】炭素被覆金属部材10は、基板1と、導電性炭素膜2とを備える。基板1は、SUS316Lからなる。導電性炭素膜2は、ECRスパッタリング法を用いて基板1上に形成される。この場合、導電性炭素膜2を形成する前のECRスパッタリング装置20の圧力は、1.33×10−2Pa以下に設定され、基板1の温度は、室温〜300℃以下の範囲に設定され、基板バイアスは、15V〜40Vの範囲に設定され、ターゲットバイアスは、−1000V〜−200Vの範囲に設定され、ターゲット27に印加されるパワー密度は、1.75W/cm〜8.75W/cmの範囲に設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、炭素被覆金属部材およびその製造方法に関し、特に、導電性および耐食性を兼ね備えた炭素膜によって被覆された炭素被覆金属部材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、高周波プラズマCVD(Chemical Vapour Deposition)装置を用いて形成された導電性硬質炭素膜が知られている(特許文献1)。この導電性硬質炭素膜は、真空槽内の圧力が10Paになるようにメタンガスを真空槽に導入し、高周波電源によって300〜800Wの範囲の高周波電力と直流電源によって50〜200Vの直流電圧を基板ホルダに印加して形成される。
【0003】
また、この導電性硬質炭素膜は、スパッタ蒸着装置を用いて形成される。この場合、真空槽内の圧力が1Pa以下になるようにメタン(CH)ガスおよびアルゴン(Ar)ガスが真空槽へ導入され、固体炭素ターゲットに印加される高周波電力は、400Wであり、200〜800Vのバイアス電圧が基板ホルダに印加される。そして、CHガスとArガスとの比は、N/Ar=1/2〜1/10の範囲である。
【0004】
上述した高周波プラズマCVD装置およびスパッタ蒸着装置を用いて形成された導電性硬質炭素膜は、SP結合性結晶が連続的に繋がった構造からなる。
【0005】
一方、ECR(Electron Cyclotron Resonance)スパッタ法によって形成された窒化炭素膜が知られている(特許文献2)。この窒化炭素膜は、黒鉛ターゲットを窒素を主成分とするECRプラズマによってスパッタリングすることによって形成される。この場合、250V以上、450V以下の負の直流電圧がターゲットに印加され、基板温度は、400℃以上、1100℃以下である。
【特許文献1】特開2002−327271号公報
【特許文献2】特開2000−72415号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1においては、基材の材質が明らかにされておらず、導電性硬質炭素膜を下地材料である基材上に形成した場合、導電性硬質炭素膜と基材との間の抵抗を低減可能であるか否かが不明である。
【0007】
また、特許文献2は、ECRスパッタリング法を用いた導電性炭素膜の形成について開示していない。
【0008】
そこで、この発明は、かかる問題を解決するためになされたものであり、その目的は、下地金属との間の抵抗を低減可能な炭素被覆金属部材を提供することである。
【0009】
また、この発明の別の目的は、下地金属との間の抵抗を低減可能な炭素被覆金属部材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明によれば、炭素被覆金属部材は、金属部材と、導電性炭素膜とを備える。導電性炭素膜は、金属部材の表面に形成される。そして、金属部材は、導電性炭素膜の形成前後において略等しい炭素量を含む。
【0011】
また、この発明によれば、炭素被覆金属部材は、金属部材と、導電性炭素膜とを備える。導電性炭素膜は、金属部材の表面に形成され、ラマン散乱スペクトルのGバンドおよびDバンドの半値幅が50〜200cm−1の範囲である。
【0012】
さらに、この発明によれば、製造方法は、請求項1または請求項2に記載の炭素被覆金属部材を製造する製造方法であって、反応室内を真空排気する第1の工程と、第1の工程の後、ECRスパッタリング法によってターゲットをスパッタリングして導電性炭素膜を金属部材の表面に形成する第2の工程とを備える。
【0013】
好ましくは、第1の工程において、反応室は、1×10−2Pa以下まで排気される。
【0014】
好ましくは、第2の工程において、金属部材は、15〜40Vの範囲のバイアスが印加される。
【0015】
好ましくは、第2の工程において、ターゲットは、−1000〜−200Vの範囲のバイアスが印加される。
【0016】
好ましくは、第2の工程において、ターゲットに印加されるパワー密度は、1.75W/cm以上、8.75W/cm以下である。
【発明の効果】
【0017】
この発明による炭素被覆金属部材は、金属部材と、金属部材の表面に形成された導電性炭素膜とからなり、金属部材は、導電性炭素膜の形成前後において略等しい炭素(C)量を含む。すなわち、金属部材の表面に導電性炭素膜を形成しても導電性炭素膜中の炭素(C)が金属部材中へ殆ど拡散しない。
【0018】
したがって、この発明によれば、下地金属との間の抵抗を低減できる。
【0019】
また、この発明によれば、炭素被覆金属部材は、ECRスパッタリング法を用いて導電性炭素膜を金属部材の表面に形成することによって作製される。その結果、導電性炭素膜から金属部材への炭素(C)の拡散が抑制される。
【0020】
したがって、この発明によれば、下地金属との間の抵抗を低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰返さない。
【0022】
図1は、この発明の実施の形態による炭素被覆金属部材の断面図である。図1を参照して、この発明の実施の形態による炭素被覆金属部材10は、金属基板1と、導電性炭素膜2とを備える。金属基板1は、たとえば、SUS316Lのステンレス鋼からなる。導電性炭素膜2は、金属基板1上に形成され、炭素からなる。そして、導電性炭素膜2は、導電性を有する。
【0023】
図2は、図1に示す炭素被覆金属部材10を作製するECRスパッタリング装置の概略図である。図2を参照して、ECRスパッタリング装置20は、プラズマ室21と、ガス導入口22と、マグネットコイル23と、導波管24と、窓25と、マイクロ波発生器26と、ターゲット27と、直流電源28,33と、反応室29と、支持台30と、ヒーター31と、支持棒32と、温度コントローラー34と、排気口35とを備える。
【0024】
ガス導入口22は、プラズマ室21の上側に設けられる。マグネットコイル23は、プラズマ室21の周囲に配置される。導波管24は、断面形状が略L字形状からなり、一方端が窓25を介してプラズマ室21に連結され、他方端がマイクロ波発生器26に連結される。
【0025】
窓25は、プラズマ室21の上側に設けられる。マイクロ波発生器26は、導波管24の他方端に連結される。ターゲット27は、円筒形状の黒鉛からなり、プラズマ室21の下側に配置される。直流電源28は、ターゲット27と、接地電位との間に接続される。反応室29は、プラズマ室21に連結される。支持台30は、支持棒32の一方端に固定される。ヒーター31は、支持台30に内蔵される。支持棒32は、反応室29の底面に固定される。直流電源33は、基板1と接地電位との間に接続される。排気口35は、反応室29の側面に設けられる。
【0026】
ガス導入口22は、Arガスをプラズマ室21に導入する。マグネットコイル23は、プラズマ室21に磁界を印加する。導波管24は、マイクロ波発生器26によって発生されたマイクロ波を窓25を介してプラズマ室21へ導く。窓25は、導波管24からのマクロ波をプラズマ室21へ通す。マイクロ波発生器26は、マイクロ波を発生し、その発生したマイクロ波を導波管24へ出射する。
【0027】
直流電源28は、−1000V〜−200Vの範囲の直流電圧をターゲット27に印加する。反応室29は、支持台30および支持棒32を収容する。支持台30は、基板1を支持する。ヒーター31は、温度コントローラー34からの制御に従って基板1を所定の温度に加熱する。
【0028】
支持棒32は、支持台30を支持する。直流電源33は、0V〜+40Vの範囲の直流電圧を基板1に印加する。温度コントローラー34は、基板1を室温〜300℃以下の温度に制御する。排気口35は、反応室29内のガスを排気する。
【0029】
炭素被覆金属部材10を作製する動作について説明する。図3は、炭素被覆金属部材10を作製する動作を説明するためのフローチャートである。図3を参照して、炭素被覆金属部材10を作製する動作が開始されると、基板1が支持台30に載せられる。そして、プラズマ室21および反応室29が排気口35を介して1×10−2Pa以下に真空排気される(ステップS1)。
【0030】
その後、Arガスがガス導入口22からプラズマ室21内へ導入され、プラズマ室21内の圧力が1.3Paに設定される。そして、マイクロ波発生器26は、マイクロ波を発生し、その発生したマイクロ波を導波管24へ出射する。導波管24は、マイクロ波発生器26からのマイクロ波を窓25を介してプラズマ室21へ導く。そして、マグネットコイル23は、磁界をプラズマ室21に印加する。また、直流電源28は、−1000V〜−200Vの範囲の直流電圧をターゲット27に印加し、直流電源33は、0V〜+40Vの範囲の直流電圧を基板1に印加する。さらに、温度コントローラー34は、基板1を室温〜300℃以下に加熱するようにヒーター31を制御し、ヒーター31は、基板1を室温〜300℃以下に加熱する。
【0031】
そうすると、プラズマ室21内に導入されたマイクロ波は、プラズマ室21内に閉じ込められ、1.75W/cm〜8.75W/cmの範囲のパワー密度のプラズマがターゲット27に印加される。
【0032】
そして、プラズマ中のArイオンは、ターゲット27に衝突し、炭素がターゲット27から飛び出して基板1上に堆積する。これによって、炭素被覆金属部材10が基板1上に形成される(ステップS2)。そして、炭素被覆金属部材10を作製する動作が終了する。
【0033】
図4は、図1に示す炭素被覆金属部材10のラマン散乱スペクトルである。図4において、縦軸は、ラマン強度を表し、横軸は、ラマンシフトを表す。
【0034】
ラマン散乱スペクトルは、日本分光株式会社製のNRS−2100型レーザーラマン分光光度計を用いて測定された。このNRS−2100型レーザーラマン分光光度計は、励起光として波長514.5nmのアルゴンイオンレーザーを用いている。そして、ラマン散乱スペクトルの測定は、波長514.5nmのアルゴンイオンレーザーを炭素被覆金属部材10に照射し、後方散乱されたラマン散乱光をトリプルモノクロメーター光学系により分光し、その分光したラマン散乱光をCCD(Charge Coupled Device)検出器により検出することによって行なわれた。
【0035】
図4を参照して、ラマン散乱スペクトルk1は、DバンドDBと、GバンドGBとからなる。DバンドDBは、約1300cm−1に中心を有し、GバンドGBは、約1500cm−1に中心を有する。DバンドDBおよびGバンドGBは、600〜2200cm−1の範囲で得られるラマン散乱スペクトルk1のバックグラウンドを除去し、ガウス波形を用いて約1300cm−1付近に中心を有する成分と、約1500cm−1付近に中心を有する成分とに分離することにより得られる。
【0036】
そして、この発明においては、DバンドDBの強度I(D)とGバンドGBの強度I(G)との強度比(=I(D)/I(G))が演算された。また、GバンドGBの半値幅FWHM(Full Width at Half−Maximum)1およびDバンドDBの半値幅FWHM2が測定された。なお、強度I(D),I(G)は、それぞれ、DバンドDBおよびGバンドGBのスペクトルの面積を演算することにより得られた。
【0037】
導電性炭素膜2における強度比(=I(D)/I(G))および半値幅FWHM1,2の概念について説明する。アモルファス炭素薄膜は、sp2混成炭素とsp3混成炭素とが混在している。励起光として可視光線を用いたラマン散乱スペクトルの場合、sp2混成炭素に関する情報が主となる。これは、可視光を励起光とした場合、sp2混成炭素の感度がsp3混成炭素の感度に比べ、50〜230倍程度敏感であるからである。
【0038】
アモルファス炭素薄膜のラマン散乱スペクトルは、上述したように、DバンドDBとGバンドGBとを有する。DバンドDBおよびGバンドGBは、それぞれ、sp2サイトのペアーの芳香環の呼吸振動と結合伸縮振動に帰属される散乱バンドである。
【0039】
DバンドDBとGバンドGBとの強度比(=I(D)/I(G))は、sp2混成炭素ドメイン(グラファイトドメイン)の構造に敏感であり、一般に、グラファイト構造が未発達なアモルファス炭素薄膜中のグラファイトドメインのサイズおよび数の増加と共に、増加する。
【0040】
また、GバンドGBの半値幅FWHM1およびDバンドDBの半値幅FWHM2も、アモルファス炭素薄膜中のグラファイトドメインのサイズに敏感であり、グラファイト構造の発達とともに、GバンドGBの半値幅FWHM1およびDバンドDBの半値幅FWHM2は、減少する。
【0041】
したがって、この発明においては、優れた導電性と耐食性とを兼ね備えた炭素被覆金属部材10を形成するための導電性炭素膜2を評価するために、強度比(=I(D)/I(G))および半値幅FWHM1,2を用いた。
【0042】
その結果、優れた導電性と耐食性とを兼ね備えた炭素被覆金属部材10を形成するためには、強度比(=I(D)/I(G))は、2.0〜5.0の範囲が好適であり、半値幅FWHM1,2は、50〜200cm−1の範囲が好適であることが解った。
【0043】
強度比(=I(D)/I(G))が2.0未満では、アモルファス炭素薄膜のsp3混成炭素が多くなり、導電性炭素膜2の電気抵抗が大きくなる。一方、強度比(=I(D)/I(G))が5.0よりも大きくなると、アモルファス炭素膜のsp2混成炭素が多くなり、導電性炭素膜2の硬さが低下する。
【0044】
また、GバンドGBの半値幅FWHM1およびDバンドDBの半値幅FWHM2が50cm−1よりも小さくなると、導電性炭素膜2と基板1との密着性が低下する。一方、GバンドGBの半値幅FWHM1およびDバンドDBの半値幅FWHM2が200cm−1よりも大きくなると、導電性炭素膜2と基板1との接触抵抗が大きくなる。
【0045】
したがって、強度比(=I(D)/I(G))は、2.0〜5.0の範囲が好適であり、半値幅FWHM1,2は、50〜200cm−1の範囲が好適である。そして、この発明においては、GバンドGBの半値幅FWHM1およびDバンドDBの半値幅FWHM2が50〜200cm−1の範囲である炭素膜を「導電性炭素膜」と定義する。
【0046】
図1に示す炭素被覆金属部材10は、たとえば、固体高分子型燃料電池のセパレータとして用いられる。図5は、固体高分子型燃料電池の断面概略図である。図5を参照して、固体高分子型燃料電池100は、固体高分子電解質膜101と、ガス拡散電極102,103と、セパレータ104,105と、ガスシール106,107とを備える。
【0047】
ガス拡散電極102は、その一主面に触媒1021を担持し、触媒1021が固体高分子電解質膜101の一方面に接するように固体高分子電解質膜101の一方側に配置される。また、ガス拡散電極103は、その一主面に触媒1031を担持し、触媒1031が固体高分子電解質膜101の他方面に接するように固体高分子電解質膜101の他方側に配置される。
【0048】
セパレータ104は、図1に示す炭素被覆金属部材10からなり、ガス拡散電極102の一主面(触媒1021が担持された一主面と反対側の一主面)に接するように配置される。セパレータ105は、図1に示す炭素被覆金属部材10からなり、ガス拡散電極103の一主面(触媒1031が担持された一主面と反対側の一主面)に接するように配置される。
【0049】
ガスシール106は、固体高分子電解質膜101の外周部とセパレータ104の外周部との間に設けられ、気密性を保持してセパレータ104の外周部を固体高分子電解質膜101の外周部に連結する。ガスシール107は、固体高分子電解質膜101の外周部とセパレータ105の外周部との間に設けられ、気密性を保持してセパレータ105の外周部を固体高分子電解質膜101の外周部に連結する。
【0050】
固体高分子電解質膜101は、たとえば、フッ素系のイオン交換膜からなる。ガス拡散電極102,103の各々は、ガス透過性および導電性を有する多孔体からなる。触媒1021,1031の各々は、白金(Pt)または白金合金(Pt−Ru)からなる。ガスシール106,107の各々は、フッ素樹脂、バイトンゴム、およびシリコンゴムのいずれかからなる。そして、フッ素樹脂は、より具体的には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、およびテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)等である。
【0051】
固体高分子電解質膜101は、触媒1021によって分離された電子eと水素イオンHとのうち、水素イオンHのみを触媒1031側へ通過させる。ガス拡散電極102は、セパレータ104から供給された水素ガスを触媒1021へ拡散させる。触媒1021は、ガス拡散電極102に供給された水素ガスを電子eと水素イオンHとに分離する。
【0052】
ガス拡散電極103は、セパレータ105から供給された空気(または酸素)を触媒1031へ拡散させる。触媒1031は、固体高分子電解質膜101から供給された水素イオンHと、ガス拡散電極103から供給された電子eと空気(または酸素)とを反応させ、水を生成する。
【0053】
セパレータ104は、ガス拡散電極102に接する一主面に凹凸構造からなるガス供給溝104Aを有する。そして、ガス供給溝104Aは、水素ガスの供給口および排出口に繋がっている。したがって、セパレータ104は、ガス供給溝104Aを介して水素ガスをガス拡散電極102に供給する。
【0054】
セパレータ105は、ガス拡散電極103に接する一主面に凹凸構造からなるガス供給溝105Aを有する。そして、ガス供給溝105Aは、空気(または酸素)の供給口および排出口に繋がっている。したがって、セパレータ105は、ガス供給溝105Aを介して空気(または酸素)をガス拡散電極103に供給する。
【0055】
ECRスパッタリング装置20を用いて作製した炭素被覆金属部材10を固体高分子型燃料電池100のセパレータ104,105に適用して炭素被覆金属部材10を評価した。
【0056】
図6は、接触抵抗の測定結果を示す図である。図6において、縦軸は、測定電圧を表し、横軸は、印加電流密度を表す。また、曲線k2は、ECRスパッタリング法によってSUS316L上に導電性炭素膜2を形成した場合の接触抵抗を示し、曲線k3は、RFスパッタリング法によってSUS316L上に導電性炭素膜2を形成した場合の接触抵抗を示し、曲線k4は、導電性炭素膜2を形成しない生のSUS316Lの接触抵抗を示す。
【0057】
図6に示す結果から、導電性炭素膜2によってSUS316Lを被覆することによって、接触抵抗が大きく低下する(曲線k2〜k4参照)。そして、ECRスパッタリング法を用いて導電性炭素膜2によってSUS316Lを被覆した場合と、RFスパッタリング法を用いて導電性炭素膜2によってSUS316Lを被覆した場合との比較においては、接触抵抗は、大きく変化しない。
【0058】
図7は、固体高分子型燃料電池の電流−電圧特性を示す図である。図7において、縦軸は、セル電圧を表し、横軸は、電流密度を表す。また、曲線k5は、ECRスパッタリング法によってSUS316L上に導電性炭素膜2を形成した炭素被覆金属部材10をセパレータ104,105に用いた場合の固体高分子型燃料電池の電流−電圧特性を示し、曲線k6は、RFスパッタリング法によってSUS316L上に導電性炭素膜2を形成した炭素被覆金属部材をセパレータ104,105に用いた場合の固体高分子型燃料電池の電流−電圧特性を示し、曲線k7は、カーボンセパレータをセパレータ104,105に用いた場合の固体高分子型燃料電池の電流−電圧特性を示す。
【0059】
図7を参照して、ECRスパッタリング法によってSUS316L上に導電性炭素膜2を形成した炭素被覆金属部材10をセパレータ104,105に用いた場合の固体高分子型燃料電池の電流−電圧特性は、RFスパッタリング法によってSUS316L上に導電性炭素膜2を形成した炭素被覆金属部材をセパレータ104,105に用いた場合の固体高分子型燃料電池の電流−電圧特性よりも大きく向上し、カーボンセパレータをセパレータ104,105に用いた場合の固体高分子型燃料電池の電流−電圧特性とほぼ同等の特性を示す。
【0060】
図8は、グロー放電発光分光分析装置(GDS:Glow Discharge Spectrometer)による分析結果を示す図である。また、図9は、GDSによる分析結果を示す他の図である。なお、図8は、ECRスパッタリング法によって作製した炭素被覆金属部材10のGDS分析の結果であり、図9は、RFスパッタリング法によって作製した炭素被覆金属部材のGDS分析の結果である。
【0061】
図8および図9において、縦軸は、測定電圧を表し、横軸は、測定時間を表す。また、曲線k8,k13は、カーボン(C)の分布を示し、曲線k9,k14は、鉄(Fe)の分布を示し、曲線k10,k15は、ニッケル(Ni)の分布を示し、曲線k11,k16は、クロム(Cr)の分布を示し、曲線k12,k17は、モリブデン(Mo)の分布を示す。
【0062】
図8を参照して、炭素被覆金属部材10をECRスパッタリング法によって作製した場合、導電性炭素膜2を構成する炭素は、基板1を構成するSUS316L中へ殆ど拡散せず、SUS316を構成するFe、Ni、CrおよびMoは、導電性炭素膜2中へ殆ど拡散しない(曲線k8〜k12参照)。
【0063】
基板1を構成するSUS316Lは、導電性炭素膜2を形成しない場合、0.01重量%のCを含む。そして、ECRスパッタリング法によってSUS316L上に導電性炭素膜2を形成した場合、導電性炭素膜2のCは、SUS316L中へ殆ど拡散しないので、SUS316Lは、導電性炭素膜2の形成の前後でほぼ等しいカーボン(C)量を含む。
【0064】
図9を参照して、炭素被覆金属部材をRFスパッタリング法によって作製した場合、導電性炭素膜2を構成する炭素は、基板1を構成するSUS316L中へ拡散し、SUS316Lを構成するFe、Ni、CrおよびMoは、導電性炭素膜2中へ拡散する(曲線k13〜k17参照)。
【0065】
図7において説明したように、ECRスパッタリング法によって作製した炭素被覆金属部材10をセパレータ104,105に用いた固体高分子型燃料電池100の電流−電圧特性がRFスパッタリング法によって作製した炭素被覆金属部材をセパレータ104,105に用いた固体高分子型燃料電池100の電流−電圧特性よりも向上するのは、導電性炭素膜2を構成するカーボンのSUS316L中への拡散が抑制され、かつ、SUS316Lを構成するFe、Ni、CrおよびMoの導電性炭素膜2中への拡散が抑制されるため、固体高分子型燃料電池100の電気化学反応に伴う抵抗が大きくならないからである。
【0066】
図10は、導電性炭素膜2を形成する前のECRスパッタリング装置20の圧力の違いによる接触抵抗の違いを示す図である。図10において、縦軸は、測定電圧を表し、横軸は、印加電流密度を表す。また、曲線k18は、導電性炭素膜2を形成する前のECRスパッタリング装置20の圧力が5.32×10−3Paである場合を示し、曲線k19は、導電性炭素膜2を形成する前のECRスパッタリング装置20の圧力が4.0×10−2Paである場合を示す。
【0067】
図10を参照して、接触抵抗は、導電性炭素膜2を形成する前のECRスパッタリング装置20の圧力が5.32×10−3Paである場合、殆ど、0であり(曲線k18参照)、導電性炭素膜2を形成する前のECRスパッタリング装置20の圧力が4.0×10−2Paである場合、非常に大きい(曲線k19参照)。そして、導電性炭素膜2を形成する前のECRスパッタリング装置20の圧力が1.33×10−2Pa以下である場合、接触抵抗は、殆ど、0であった。したがって、この発明においては、ECRスパッタリング装置20を用いて導電性炭素膜2を形成する場合、ECRスパッタリング装置20のプラズマ室21および反応室29の圧力を1.33×10−2Pa以下に設定することを特徴とする。
【0068】
図11は、基板バイアスが接触抵抗に及ぼす影響を示す図である。図11において、縦軸は、接触抵抗を表し、横軸は、基板バイアスを表す。図11を参照して、接触抵抗は、基板バイアスが高くなるに伴って低下し、15Vの基板バイアスにおいて2mΩ/cmよりも低くなる。そして、接触抵抗は、15V以上の基板バイアスにおいて2mΩ/cm付近の値を示す。
【0069】
基板バイアスが40Vを超えると、基板1上に堆積した導電性炭素膜2は、エッチングされ、緻密な膜となり難くなる。したがって、この発明においては、15V〜40Vの範囲の基板バイアスを基板1に印加することを特徴とする。
【0070】
図12は、ターゲットバイアスが接触抵抗に及ぼす影響を示す図である。図12において、縦軸は、接触抵抗を表し、横軸は、ターゲットバイアスを表す。
【0071】
図12を参照して、接触抵抗は、ターゲット27に印加するターゲットバイアスが−1000V〜−200Vの範囲である場合、約2mΩ/cmである。そして、接触抵抗は、ターゲットバイアスが−200Vを超えると、2mΩ/cmよりも急激に大きくなり、約−100Vのターゲットバイアスにおいて約45mΩ/cmになる。また、ターゲットバイアスが−1000Vよりも負側へ大きくなると、真空放電がECRスパッタリング装置20のプラズマ室21内において発生し易くなる。したがって、この発明においては、−1000V〜−200Vの範囲のターゲットバイアスをターゲット27に印加することを特徴とする。好ましくは、−700V〜−200Vの範囲のターゲットバイアスをターゲット27に印加することを特徴とする。
【0072】
図13は、パワー密度が接触抵抗に及ぼす影響を示す図である。図13において、縦軸は、接触抵抗を表し、横軸は、パワー密度を表す。
【0073】
図13を参照して、接触抵抗は、パワー密度が1.75W/cmに増加すると、約2mΩ/cmへ急激に低下し、1.75W/cm〜8.75W/cmのパワー密度において約2mΩ/cmの値を保持する。そして、パワー密度が8.75W/cm以上になると、ECRスパッタリング装置20の窓25が損傷し、マイクロ波をプラズマ室21へ導入することが困難となる。したがって、この発明においては、ターゲット27に印加するパワー密度は、1.75W/cm〜8.75W/cmの範囲であることを特徴とする。
【0074】
このように、導電性炭素膜2を形成する前のECRスパッタリング装置20の圧力を1.33×10−2Pa以下に設定し、室温〜300℃以下の温度に基板1を加熱し、基板バイアスを15V〜40Vの範囲に設定し、ターゲットバイアスを−1000V〜−200Vの範囲(好ましくは、−700V〜−200Vの範囲)に設定し、ターゲット27に印加されるパワー密度を1.75W/cm〜8.75W/cmの範囲に設定することによって、カーボンが基板1中へ殆ど拡散しない炭素被覆金属部材10を作製することができる。そして、この炭素被覆金属部材10において、導電性炭素膜2は、50〜200cm−1の範囲のGバンドGBの半値幅FWHM1およびDバンドDBの半値幅FWHM2を有する。
【0075】
したがって、この発明によれば、下地金属との間の抵抗を低減可能な炭素被覆金属部材を作製できる。
【0076】
なお、特許文献2においては、ECRスパッタリング法を用いた窒化炭素膜の形成が提案されているが、特許文献2において基板温度400℃〜1100℃の範囲である。これに対し、この発明においては、300℃以下の基板温度において、上述した各種の特性を有する導電性炭素膜2を形成する。
【0077】
また、上記においては、炭素被覆金属部材10は、固体高分子型燃料電池100のセパレータ104,105に用いられると説明したが、この発明においては、これに限らず、炭素被覆金属部材10は、各種の電池電極およびメッキ用電極に用いられる。そして、炭素被覆金属部材10は、一般的には、腐食環境下で使用される導電部材に使用される。
【0078】
さらに、上記においては、基板1は、SUS316Lからなると説明したが、この発明においては、これに限らず、基板1は、SUS316L以外のステンレス鋼からなっていてもよく、一般的には、金属からなっていればよい。そして、金属からなる基板1は、「金属部材」を構成する。
【0079】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0080】
この発明は、下地金属との間の抵抗を低減可能な炭素被覆金属部材に適用される。また、この発明は、下地金属との間の抵抗を低減可能な炭素被覆金属部材の製造方法に適用される。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】この発明の実施の形態による炭素被覆金属部材の断面図である。
【図2】図1に示す炭素被覆金属部材を作製するECRスパッタリング装置の概略図である。
【図3】炭素被覆金属部材を作製する動作を説明するためのフローチャートである。
【図4】図1に示す炭素被覆金属部材のラマン散乱スペクトルである。
【図5】固体高分子型燃料電池の断面概略図である。
【図6】接触抵抗の測定結果を示す図である。
【図7】固体高分子型燃料電池の電流−電圧特性を示す図である。
【図8】グロー放電発光分光分析装置(GDS:Glow Discharge Spectrometer)による分析結果を示す図である。
【図9】GDSによる分析結果を示す他の図である。
【図10】導電性炭素膜を形成する前のECRスパッタリング装置の圧力の違いによる接触抵抗の違いを示す図である。
【図11】基板バイアスが接触抵抗に及ぼす影響を示す図である。
【図12】ターゲットバイアスが接触抵抗に及ぼす影響を示す図である。
【図13】パワー密度が接触抵抗に及ぼす影響を示す図である。
【符号の説明】
【0082】
1 基板、2 導電性炭素膜、10 炭素被覆金属部材、20 ECRスパッタリング装置、21 プラズマ室、22 ガス導入口、23 マグネットコイル、24 導波管、25 窓、26 マイクロ波発生器、27 ターゲット、28,33 直流電源、29 反応室、30 支持台、31 ヒーター、32 支持棒、34 温度コントローラー、35 排気口、101 固体高分子電解質膜、102,103 ガス拡散電極、104,105 セパレータ、104A,105A ガス供給溝、106,107 ガスシール、100 固体高分子型燃料電池。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部材と、
前記金属部材の表面に形成された導電性炭素膜とを備え、
前記金属部材は、前記導電性炭素膜の形成前後において略等しい炭素量を含む、炭素被覆金属部材。
【請求項2】
金属部材と、
前記金属部材の表面に形成され、ラマン散乱スペクトルのGバンドおよびDバンドの半値幅が50〜200cm−1の範囲である導電性炭素膜とを備える炭素被覆金属部材。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の炭素被覆金属部材を製造する製造方法であって、
反応室内を真空排気する第1の工程と、
前記第1の工程の後、ECRスパッタリング法によってターゲットをスパッタリングして前記導電性炭素膜を前記金属部材の表面に形成する第2の工程とを備える製造方法。
【請求項4】
前記第1の工程において、前記反応室は、1×10−2Pa以下まで排気される、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記第2の工程において、前記金属部材は、15〜40Vの範囲のバイアスが印加される、請求項3に記載の製造方法。
【請求項6】
前記第2の工程において、前記ターゲットは、−1000〜−200Vの範囲のバイアスが印加される、請求項3から請求項5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記第2の工程において、前記ターゲットに印加されるパワー密度は、1.75W/cm以上、8.75W/cm以下である、請求項3から請求項6のいずれか1項に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−144245(P2008−144245A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−335758(P2006−335758)
【出願日】平成18年12月13日(2006.12.13)
【出願人】(000142595)株式会社栗本鐵工所 (566)
【出願人】(597065329)学校法人 龍谷大学 (120)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】