説明

無機多孔質体及びその製造方法

【課題】 処理される流体に含まれる分子や粒子等が効率よく透過可能な無機多孔質膜を有する無機多孔質体、及びそのような多孔質体を製造する方法の提供。
【解決手段】 無機多孔質体は、多孔質基材表面に略膜厚方向に配向した複数の孔を有する無機多孔質膜を備える。その孔の平均孔径は好ましくは2〜200nmにある。この多孔質体を得る方法は、無機質材料を含むターゲット及び多孔質基材を用意する工程と、1〜200Paの雰囲気圧下にターゲット及び多孔質基材を配置し、周波数が5〜500Hzの範囲内にあるパルスレーザを該ターゲットに照射して該無機質材料の蒸気を発生させ、多孔質基材の表面上に該蒸気を堆積させて多孔質膜を形成する工程と、を含む。多孔質膜形成工程は、基材温度が1000℃以下に設定された略一定の温度条件下において行うことが好ましい。パルスレーザの照射回数は200000回以下であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機多孔質体及びその製造方法に関する。詳しくは、被処理流体、例えば、ガスや液体を効率よく透過可能な無機多孔質体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多孔質体は、その孔径を制御することによって、ガスや液体を分離、精製、又は吸着することが可能である。また、その表面積が大きいため、触媒の担体としても有用である。このため、幅広い分野において利用されている。特に、無機質材料から構成される無機多孔質体は、耐熱性、耐薬品性等の点において優れているため、高温におけるガス分離や各種有機溶剤混合物の分離等への応用が図られている。例えば、無機多孔質体を利用するガス分離装置は、相変化を伴わず、装置や操作の簡略化が期待でき、また連続運転が可能である等の利点を有し、省エネルギー型装置として期待されている。
このような無機多孔質体としては、例えば、比較的孔径の大きな高強度の支持体表面上に、所望の大きさの孔径を有する無機多孔質膜を形成して構成されているものがある。無機多孔質膜の孔径を制御することによって、処理される流体、即ち、ガスや液体の分子、粒子の大きさ、性質の違い等を利用して、分離や吸着等を選択的に行うことができる。このような無機多孔質膜の製法としては、ゾル・ゲル法(非特許文献1参照)、CVD法、水熱合成法、電極酸化法などが提案されている。
一方、特許文献1には、多孔質のセラミック支持基板表面に、パルスレーザアブレーション堆積法(PLD)により緻密な酸化物薄膜から成るイオン導電性膜を形成する方法が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2003−147514号公報
【非特許文献1】浅枝正司著「触媒」触媒学会発行(1994年)、第36巻、第4号、第238〜245頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記特許文献1に記載の薄膜は、緻密な膜であって、孔を有していない。このため、イオン導電性には優れるものの、被処理流体、例えば、ガスや液体に含まれる分子、粒子等を物理的に透過させることはできない。また、非特許文献1に記載されているような従来法で作製された多孔質膜では、細孔の物理的制御がかんばしくなく、効率的な(例えば、透過速度の高い)被処理流体の分離、精製、又は吸着処理を行うことが困難であった。このような現状から、被処理流体に含まれる分子、粒子等を透過可能な孔を有する無機多孔質体であって、処理効率を向上された(例えば、その透過速度をより高めた)多孔質膜を備えた無機多孔質体が望まれている。
そこで本発明は、かかる従来の課題を解決すべく開発されたものであり、処理される流体に含まれる分子や粒子等が効率よく透過可能な無機多孔質膜を有する無機多孔質体、及びそのような多孔質体を製造する方法、即ち、そのような膜を備えた多孔質体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ここで開示される無機多孔質体は、多孔質基材と、該多孔質基材の表面に形成された無機多孔質膜とを有する。そして、その膜に形成された複数の孔が略膜厚方法に配向していることを特徴とする。
【0006】
この無機多孔質体では、無機多孔質膜の孔が、上記所定の方向に配向して形成されている。このため、被処理流体、例えば、ガス又は液体の分子、粒子等の流通性が向上し、透過しやすくなる。従って、処理される流体に含まれる分子や粒子等の透過速度が向上し、効率よく分離処理等を行うことができる。
【0007】
この無機多孔質体において、好ましくは、前記多孔質膜に形成されている孔の平均孔径は、5〜200nmの範囲内にある。平均孔径がこの範囲にあることにより、特に被処理流体を効率的に処理することができる。例えば、被処理流体中に含まれる比較的大きな分子、例えば、高分子、ウイルス、コロイドから微粒子までをその孔径によって選択的に処理、例えば、分離、精製、又は吸着することができる。また、触媒の担体として用いて、触媒を高い表面積に担持しつつ被処理流体を高い透過速度で透過させ、触媒反応処理を効率的に行うことができる。
【0008】
このような無機多孔質体において、好ましい他のものは、前記多孔質基材及び多孔質膜がそれぞれ同一か又は異なるセラミックから構成されるものである。多孔質基材及び無機多孔質膜が、セラミックから構成されることにより、特に高温及び薬品における安定性に優れる。このため、高温における流体の処理用途に安定して用いることができる。
特に、前記膜は安定化ジルコニアを主体に構成されていることが好ましい。安定化ジルコニアは、機械強度が高く、また破壊靭性が大きい。このため、特に安定性に優れるとともに、耐久性が高い。
【0009】
また、本発明は、ここで開示される多孔質体を好適に製造する方法を提供する。即ち、ここで開示される無機多孔質体の製造方法は、多孔質基材表面に略膜厚方向に配向した複数の孔を有する無機多孔質膜を備えた無機多孔質体を製造する方法である。そして、該方法は、無機質材料を含むターゲット及び多孔質基材を用意する工程と、概ね1〜200Paの雰囲気圧下に前記ターゲット及び多孔質基材を配置し、周波数が概ね5〜500Hzの範囲内にあるパルスレーザを該ターゲットに照射して、該無機質材料の蒸気(気相中に浮遊するものをいう。以下同じ)を発生させ、前記多孔質基材の表面上に該蒸気を堆積させて前記多孔質膜を形成する工程と、を含む。
【0010】
パルスレーザアブレーション(PLD) 法では、ターゲットにパルスレーザを照射することにより、順次ターゲット材料からそれぞれ蒸気{典型的にはパルスレーザ照射によりターゲットから発生した分子、原子、イオン、ナノ又はミクロンサイズの微小粒子(クラスター)等をいう。}を発生させ、基材の表面に材料からなる蒸気を堆積させることができる。従来から、このPLD法は、ターゲット材料が蒸気となって基材表面に堆積することから、緻密な膜を形成する用途に用いられてきた。
【0011】
ところが、本発明者は、このPLD法について鋭意研究し、多孔質基材表面に無機多孔質膜を形成すべく、その条件について熟慮検討した。この結果、本発明者は、蒸気を発生させる際の条件を所定条件に制御することにより、ここで開示される方法を創出し、略膜厚方向に配向した複数の孔が形成された無機多孔質膜を多孔質基材表面に形成することに成功した。
【0012】
即ち、雰囲気圧、パルスレーザの周波数を上記のような範囲に設定することによって、多孔質膜を形成し得る。さらに、無機質材料蒸気を所定の大きさに成長させて堆積させることができる。また、無機質材料を略膜厚方向に配向性をもたせて堆積させることができる。このような配向性のある堆積は、結果的に堆積物間(即ち、堆積物から成る膜間)に同様の配向性をもつ細孔を形成する。従って、上記雰囲気圧下において、ターゲットにこの周波数範囲のパルスレーザを照射することによって、多孔質基材表面に略膜厚方向に配向した孔を形成しつつ無機質材料が堆積して成る多孔質膜を形成することができる。
【0013】
この製造方法において、好ましくは、1000℃以下に設定された略一定の温度条件下において前記パルスレーザを前記ターゲットに照射する。1000℃以下において略一定の温度条件下において前記パルスレーザの照射を行うことによって、無機多孔質膜の孔径を所定の大きさに制御することができる。従って、略均一な孔径の無機多孔質膜を得ることができる。
【0014】
また、前記多孔質膜形成工程を行う雰囲気は、酸化雰囲気であることが好ましい。特にターゲットの無機質材料から形成される無機多孔質膜が酸化物である場合には、酸化雰囲気中において堆積を行うことにより、効率よく無機酸化物多孔質膜を形成することができる。
【0015】
また、好ましくは、前記パルスレーザの照射回数は、概ね200000回以下である。パルスレーザの照射回数が200000回以下である場合に、無機多孔質膜の孔の配向性を特に安定して形成することができる。
【0016】
この製造方法において、前記パルスレーザのエネルギーは、概ね100〜1200mJ/パルスの範囲内にあることが好ましい。パルスレーザのエネルギーがこの範囲内であれば、好適に前記のような孔の配向性に優れる無機多孔質膜を多孔質基材表面に形成することができる。
【0017】
好ましくは、セラミックから構成される多孔質基材を使用する。基材がセラミックであると、高温及び酸化等の過酷な条件下でもその性状が変わり難い。このため、前記のように無機多孔質膜を多孔質基材表面に安定して形成することができる。
【0018】
好ましくは、前記無機質材料は、実質的にセラミックから構成されたものを使用する。このうち特に好ましいセラミックは、安定化ジルコニアであり得る。特に無機質材料がこのような材料から構成されている場合に、配向性に優れた孔を有する多孔質セラミック膜を容易に、かつ安定して形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項(例えば、パルスレーザアブレーション(PLD)法におけるパルスレーザの周波数、雰囲気圧、温度、照射回数、ターゲットの構成材料、及び無機多孔質膜の構成等)以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えば、パルスレーザの種類、照射時間、多孔質基材の構成、及び無機多孔質膜の厚さ等)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0020】
本発明に係る製造方法では、所定の雰囲気圧下において所定の周波数のパルスレーザをターゲットに照射して、該ターゲットを構成する無機質材料から蒸気を発生させて多孔質基材表面に無機多孔質膜を形成することができればよく、種々の材料及び構成をその目的のために適用することができる。
【0021】
本発明の実施に用いられるターゲットは、パルスレーザを照射してその材料を蒸発可能ないずれの無機質材料であってもよい。例えば、ターゲットを構成する無機質材料としては、ジルコニア{好ましくは安定化ジルコニア、特にイットリア(例えば8モル%)含有安定化ジルコニア}、シリカ、アルミナ、チタニア、セリア、及びマグネシア等の無機酸化物が挙げられる。或いは、ムライト、ゼオライト、ガーネット等の複合酸化物が挙げられる。又は、アルミニウム、パラジウム、ニッケル、白金、ルテニウム、シリコン等の単体又はそれら単体の合金若しくは混合物が挙げられる。或いは、Si、SiC、ZrC、HfC等の非酸化物が挙げられる。また、ガラス質の材料も用いることができる。さらに、これらのうちのいずれか二種以上の混合物であってもよい。このうち、セラミック材料を主体に構成されるか、或いはセラミック材料を含むことが好ましい。例えば、セラミック材料としては、ゼオライト、ジルコニア,シリカ、アルミナ、チタニアが挙げられる。特に、このうち、ゼオライト、ジルコニア及び/又はシリカが好ましく、さらには安定化ジルコニアが好ましい。
【0022】
尚、ターゲットの大きさは、特に制限されないが、一般的なPLD装置に好適に使用されるためには、直径が1〜50mm程度、特に30〜45mmで、厚さが0.5〜10mm、特に2〜5mm程度であることが好ましい。
【0023】
また、ターゲットの表面粗さ(Ra値)は、好ましくは1×10μm以下であり、本発明の方法では、1×10−3〜1×10μm程度、より好ましくは1×10−2〜5×10μm程度、特に1×10−1〜1×10μm程度のRaのターゲットを好適に使用することができる。また、表面粗さの最大値(Rmax値)は、好ましくは1×10−1〜1×10μm、より好ましくは1×10−1〜3×10μm、特に1×10−1〜1×10μmである。この範囲の表面粗さを有するものであっても、均一な孔径の無機多孔質膜を形成することができる。
【0024】
本製造方法において用いられる多孔質基材としては、従来公知の種々のものから特に制限なく、用途に応じて適宜選択することができる。例えば、アルミナ(例えば、α−アルミナ又はγ−アルミナ)、ジルコニア{好ましくは安定化ジルコニア、特にイットリア(例えば3〜8モル%)含有安定化ジルコニア}、シリカ、チタニア、マグネシア等の無機酸化物が挙げられる。或いは、ムライト、ゼオライト等の複合酸化物が挙げられる。又は、鉄、アルニミウム、ニッケル、コバルト、シリコン等の単体又は合金若しくは混合物が挙げられる。或いは、Si、SiC、ZrC、HfC等の非酸化物が挙げられる。また、ガラス質の材料も用いることができる。さらに、これらのうちのいずれか二種以上の混合物であってもよい。このうち、セラミック材料から構成されることが好ましい。例えば、好ましいセラミック材料としては、アルミナ、ジルコニア、シリカ及び/又はチタニアが挙げられる。特に、アルミナ及び/又はジルコニアが好ましい。このうち、安定化ジルコニアが特に好ましい。
【0025】
多孔質基材と多孔質膜を形成する材料(ターゲット)とは、同じ材料で構成されたものであっても異なった材料で構成されたものであってもよいが、特に、多孔質基材と多孔質膜が同じか、又は類似の材料であることが好ましい。この場合には、多孔質基材と多孔質膜との密着性に優れる多孔質体を製造することができる。
【0026】
使用する多孔質基材の平均孔径は、得られた無機多孔質体の用途に応じて異なるため特に限定されないが、好ましくは1〜1×10nm、より好ましくは1〜5000nm、さらに好ましくは2〜2000nmである。このような平均孔径の大きい基材であっても、本製造方法によれば、無機多孔質膜をその表面に均一に形成することができる。
【0027】
多孔質基材の表面粗さ(Ra値)は、好ましくは1×10μm以下であり、本発明の方法では、1×10−3〜1×10μm程度、より好ましくは1×10−3〜5×10μm程度、特に1×10−3〜1×10μm程度のRaの基材を好適に使用することができる。また、表面粗さの最大値(Rmax値)は、好ましくは1×10−1〜1×10μm、より好ましくは1×10−1〜3×10μm、特に1×10−1〜1×10μmである。この範囲の表面粗さを有するものであっても、均一な厚さの無機多孔質膜をその表面上に形成することができる。
【0028】
上記のような多孔質基材は、そのまま用いてもよく、或いは孔径の大きいものを用いる場合には、予め当該多孔質基材表面に中間層を形成することが好ましい。この場合、好ましい中間層の孔径(平均孔径)は、2〜500nm程度が好ましい。中間層の形成方法は特に限定されず、例えば、従来公知のディップコーティング法が好ましく採用される。中間層の材質は特に限定されないが、熱膨張係数を合わせるという観点から、選択を行うことが好ましい。例えば、多孔質基材と多孔質膜との材質が異なる場合、多孔質基材の熱膨張係数と多孔質膜の熱膨張係数との中間の熱膨張係数を有する材質の中間層を形成することが好ましい。中間層を形成する場合、その厚さは、特に限定されないが、好ましくは10μm以下(例えば、10nm〜10μm、さらに50nm〜5μm、特に100nm〜3μm)である。
【0029】
本製造方法で使用可能なパルスレーザとしては、ターゲットに照射してターゲットから無機質材料の蒸気(典型的にはターゲット材料の微小クラスター)を発生可能なパワーを有するレーザであって、前記所定範囲の周波数を有するものであれば、特に制限なくその用途に応じて適宜選択して使用することができる。例えば、ナノ秒パルスレーザが挙げられる。このうち、エキシマレーザ、YAGレーザ及びルビー(Ruby)レーザが好ましく、より好ましくはエキシマレーザ又はYAGレーザである。特に、エキシマレーザのうち、KrFレーザ、ArFレーザ、XeClレーザが好ましく、例えば248nmの波長で30nsパルス幅のKrFレーザが好適である。
【0030】
パルスレーザの周波数は、概ね5Hzよりも高いことが望ましく、前記所定の範囲、即ち、約5〜約500Hzの範囲内であることが好ましい。より好ましくは10〜100Hz、さらに好ましくは10〜80Hz、さらにより好ましくは10〜50Hz、特に好ましくは20〜40Hzである。5Hz未満の周波数では、無機多孔質膜の配向性が低下する傾向にある。
パルスエネルギーは、特に限定されないが、一般的なレーザパルスアブレーション堆積法(PLD)において用いられている範囲であることが好適である。例えば、100〜1200mJ/パルス、好ましくは100〜650mJ/パルス、より好ましくは200〜500mJ/パルス、特に好ましくは300〜450mJ/パルスである。しかしながら、より高いエネルギーを使用可能な装置であれば、さらに高いエネルギーを用いることができる。
【0031】
パルスレーザの照射回数(即ち、ショット数)は、特に限定されない。得られる無機多孔質膜の厚さや孔径等に応じて適宜選択することができる。例えば、200000回以下であることが好ましい。より好ましくは、500〜200000回、さらに好ましくは500〜50000回、さらにより好ましくは1000〜50000回、特に好ましくは3000〜40000回、最も好ましくは5000〜30000回である。この照射回数である場合に、孔の配向性に特に優れた無機多孔質膜を安定して形成することができる。
【0032】
照射雰囲気圧は、前記所定の範囲、即ち、約1〜約200Pa(例えば、0.01〜2Torr)内であることが好ましく、より好ましくは1〜100Pa(例えば、0.01〜1Torr)、さらに好ましくは5〜80Pa、さらにより好ましくは10〜60Pa、特に好ましくは15〜50Pa、最も好ましくは20〜40Pa(例えば、0.15〜0.3Torr)である。
このときの照射雰囲気ガスは、特に限定されない。例えば、酸素ガスや大気等の酸化性ガス、又は窒素ガス等の不活性ガスであってもよい。このうち、酸化性ガス、特に酸素ガスを含むことが好ましい。
【0033】
照射時間は、所望の無機多孔質膜の厚さやその孔径、又はパルスレーザの照射回数や周波数等によって適宜選択することができる。例えば、1〜30000秒、好ましくは10〜10000秒、より好ましくは50〜5000秒、特に100〜3000秒である。このような範囲の照射時間であることにより、特に配向性の高い孔を有する無機多孔質膜を得ることができる。
【0034】
ターゲットから無機質材料を堆積させる際の多孔質基材の温度は、多孔質基材の機械的強度が保持し得る温度であれば特に限定されない。特に、この温度を略一定に保持することにより、無機多孔質膜の孔径を略一定に制御して形成することができる。このために好ましい温度条件は、1000℃以下である。この温度条件であることにより、平均孔径を種々の用途に好適な範囲、例えば、2〜200nmの範囲に制御して形成することができる。特に好ましい温度範囲は、30〜800℃である。この温度範囲内かつ選択される一定の温度で保持することにより、平均孔径を、例えば、略30〜150nmの範囲に制御して形成することができる。また、選択される温度が500〜800℃の温度範囲内であることにより、平均孔径を、例えば、30〜100nmの範囲に制御して形成することができる。或いは、30〜400℃の温度範囲内であることにより、平均孔径を、例えば、100〜150nmの範囲に制御して形成することができる。従って、用いる基材及びターゲットの種類に対して、基材の温度を所定範囲に制御することにより、形成される無機多孔質膜の平均孔径を所望の範囲に制御して形成することができる。基材を所定温度に加熱する際の昇温速度は、特に制限されないが、例えば、1〜30℃/分、好ましくは3〜20℃/分、特に5〜15℃/分である。さらに、無機多孔質膜の形成中において、基材の温度を変化させることにより、無機多孔質膜の孔径を膜厚方向に変化させることができる。例えば、堆積工程において次第に基材の温度を低下させることにより、膜の表面方向に向かって次第にその孔径を広げることもできる。
【0035】
比較的高温(例えば、400℃以上)に設定された温度条件で無機多孔質膜を形成し、その後に多孔質基材をほぼ室温まで冷却する場合には、その冷却速度は、50℃/分以下、特に30℃/分以下に制御することが好ましい。冷却速度がこの範囲よりも速いと、形成された無機多孔質膜にクラックが発生する虞がある。
【0036】
堆積された無機多孔質膜の厚さは、特に限定されないが、好ましくは10μm以下(例えば、10nm〜10μm、さらに50nm〜5μm、特に100nm〜3μm)である。本製造方法によれば、配向性の高い孔を有する無機多孔質膜をこのような範囲の薄層として容易に多孔質基材上に形成することができる。
【0037】
さらに、得られた無機多孔質膜には、熱処理又は他の種々の後処理を行うことができる。例えば、100〜2000℃、好ましくは500〜1500℃、特に800〜1300℃の熱処理を行うことができる。熱処理によって、無機多孔質膜の成形性及び機械的強度を向上させることができる。その昇温速度は、特に制限されないが、例えば、1〜30℃/分、好ましくは3〜20℃/分、特に5〜15℃/分である。また、他の処理、例えば、表面改質等を目的として、酸処理、アルカリ処理、プラズマ処理、マイクロウェーブ処理等を行うこともできる。
【0038】
また、ここに開示される製造方法で得られた多孔質体には、無機多孔質膜の表面及び細孔内に、触媒を担持することができる。或いは、無機多孔質膜の表面上に、部分的に緻密層を形成することができる。担持する触媒又は形成する緻密層としては、所望の目的に応じて特に制限なく、種々の材料を選択することができる。
触媒の担持又は緻密層の形成は、種々の公知の手段によって行うことができる。例えば、スラリーコーティング、ゾルーゲル法、スピンコーティング等を用いることができる。例えば、緻密層の形成は、従来一般的なパルスレーザアブレーション堆積法(PLD)により行うことができる。パルスレーザアブレーション堆積法によって、特に緻密で均一に薄い緻密層(膜)を広範囲に亘って形成することができる。
【0039】
触媒として機能する材料としては、従来公知のいずれの触媒材料を用いてもよい。特に、パラジウム、白金、ニッケル、ロジウム、ルテニウム、銀、錫、鉄、及び銅からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属触媒材料が挙げられる。また、これらのうちのいずれかの組み合わせの合金及び混合物(即ち、2種以上の材料)であってもよい。このうち、パラジウム、白金、ニッケル、ロジウム、及び/又はルテニウムが好ましく、特にパラジウム及び/又は白金が好ましい。或いは、Ln1−xSrMnO{式中、Lnはランタノイドのうちのいずれかの元素(好ましくはLa)を表し、xは0≦x<1を満たす数である}、及びLn1−xSrCoO{式中、Lnはランタノイドのうちのいずれかの元素(好ましくはLa)を表し、xは0≦x<1を満たす数である}からなる群から選ばれる少なくとも一種の複合酸化物触媒材料が挙げられる。さらに、これらのうちのいずれかの組み合わせの混合物(即ち、2種以上の材料)であってもよい。
【0040】
ここで開示される製造方法によれば、上記のようにして形成された無機多孔質膜を多孔質基材表面に有する無機多孔質体を得ることができる。本発明は、このような無機多孔質体を提供する。
【0041】
好ましい形態において、無機多孔質膜の平均孔径(例えば、電子顕微鏡観察による概算値)が、前記範囲、即ち、2〜200nmの範囲内に制御された無機多孔質体を提供することができる。より好ましくは、無機多孔質膜の平均孔径は、5〜200nmの範囲内、特に好ましくは30〜150nmの範囲内である。或いは、用いられる用途に応じて、好適な平均孔径のものを選択することができる。例えば、30〜100nmの範囲の平均孔径を有するものを提供することができる。或いは、100〜250nmの範囲の平均孔径を有するものを提供することができる。
【0042】
例えば本発明によると、多孔質セラミック基材表面に上記平均孔径の多孔質セラミック膜が形成された無機多孔質体を提供することができる。セラミック基材及びセラミック膜としては、前記製造方法において記載されたものを挙げることができる。さらに好適には、該膜が安定化ジルコニアを主体に構成された無機多孔質体を提供することができる。
<実施例>
【0043】
以下に説明する実施例によって、本発明を更に詳細に説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
<実施例1>
(1)無機多孔質体の製造
多孔質基材として、予めディップ法で中間層を設けたアルミナ多孔質基材を用意した。該アルミナ多孔質基材の気孔率は30%、平均孔径は、100nm、その表面粗さ(Ra値)は0.2μm、その最大値(Rmax値)は1.4μmであった。中間層の気孔率は50%、平均孔径は、8.5nm、その表面粗さ(Ra値)は0.06μm、その最大値(Rmax値)は0.76μmであった。
一方、パルスレーザアブレーション堆積法(PLD)用のターゲットとして、イットリア安定化ジルコニアを用意した。イットリア安定化ジルコニアは、周知のセラミック製造手段に従い製造した。即ち、8モル%のイットリアを含むジルコニア粉末をペレット状にプレスし、1350℃にて焼結した。得られたペレットの大きさは直径38mm、厚さ4mmを有していた。また、その表面粗さ(Ra値)は0.22μm、及びその最大値(Rmax値)は2.06μmであった。
【0044】
次に、レーザパルスアブレーションにより、アルミナ基材表面上にイットリア安定化ジルコニアを堆積させた。図1にその構成の概略を模式的に示すように、用いた装置1は、図示しない真空ポンプPにより減圧可能な堆積室3内に、基材5とターゲット7が互いに対向して配置されている。ターゲット7は、ターゲットホルダー8により、また基材5は基材ホルダー6によりそれぞれ保持されている。尚、図示しないが、基材ホルダー6には、加熱手段が設けられており、基材5を所定の温度に加熱し、その温度を保持可能に構成されている。堆積室3には、反応ガスを供給するための手段として、ガス供給管9が備えられている。また、堆積室3に近接して、レーザ源(図示せず)と、該レーザ源に接続し、所定のレーザをターゲット7に照射するための光学系とが備えられている。これにより、レーザ源から発射されたレーザは、光学系に備えられた対物レンズ11で集束され、堆積室3の壁部に設けられた透過窓4を通ってターゲット7に照射される。このとき、対物レンズ11を通して図1において矢印方向に入射されたレーザの焦点はターゲット7に合わされている。
【0045】
まず、アルミナ多孔質基材5を基材ホルダー6により固定し、ターゲット7の前に保持した。そして、基材ホルダー6に設けられた加熱手段により10℃/分の昇温速度でアルミナ多孔質基材5を650℃まで加熱した。次いで、この温度に保持しつつ、堆積室3内を減圧するとともに酸素ガスを導入し、堆積室3内の酸素ガス圧を200mTorr(約27Pa)とした。
【0046】
次いで、レーザをターゲット7に照射した。生成した蒸気は、ターゲット7の前に配置された加熱されたアルミナ多孔質基材5表面に堆積した。ここで、レーザは、248nmの波長で30nsパルス幅のKrFレーザを用いた。また、レーザのパルスエネルギーは、450mJ/パルス、及びその周波数は30Hzであった。また、パルスの照射回数(ショット数)は、30,000回とした。照射時間は、全照射回数(ショット数)と周波数によって決定し、この場合にはショット数30,000回/30Hz、即ち、1000秒とした。
かかるレーザ照射処理の後、得られた無機多孔質体を20℃/分の速度でほぼ室温まで冷却し、ガス雰囲気圧をほぼ大気圧まで増加させてから、堆積室(チャンバー)3内から取り出した。
【0047】
(2)無機多孔質膜の観察
前記のようにして得られた無機多孔質体の無機多孔質膜の断面及び表面を電界放射型走査形電子顕微鏡(FESEM)によって観察し、その構造、形状について分析した。また、その平均孔径について、この写真から測定した。
図2に本実施例で得られた無機多孔質体の膜付近の断面の50×10倍のFESEM写真を示す。また、図3は該膜部分の100×10倍の断面FESEM写真を示す。図2及び図3から明らかなように、無機多孔質膜は、基材表面にほぼ均質な厚さで形成されていることが判る。また、この写真から測定した膜厚は、1μmよりも少なかった。
さらに、無機多孔質膜の表面のFESEM写真を図4に示す。これら写真の倍率は、それぞれ(A)が200×10倍、(B)が50×10倍、(C)が20×10倍、及び(D)が5×10倍である。これらの写真から明らかなように、無機多孔質膜は、所定の大きさに成長した無機質材料、即ち、クラスターが多数分散して堆積し、多孔質に形成されていることが判る。また、その無機質材料は均一に分散し、均質な構造に構成されていることが判る。さらに、その平均孔径は、約50nmであった。
【0048】
<実施例2〜7>
(1)無機多孔質体の製造
アルミナ多孔質基材の加熱温度を650℃から、30℃、400℃、500℃、550℃、600℃、又は800℃としたことを除いて、前記実施例1と同様の手順によって、計6種類の無機多孔質膜をアルミナ多孔質基材上に形成した。但し、アルミナ多孔質基材の温度を30℃とした実施例2においては、パルスの照射回数(ショット数)を30000回に換えて20000回とした。
【0049】
(2)無機多孔質膜の観察
得られた無機多孔質膜のうちのいくつかのFESEM写真を図5〜図13にそれぞれ示す。即ち、図5は、基材温度が400℃でパルス照射したものの100×10倍の膜の表面写真である。図6は、基材温度が550℃でパルス照射したものの100×10倍膜の表面写真である。図7は、基材温度が600℃でパルス照射したものの100×10倍の膜の表面写真である。図8は、基材温度が650℃でパルス照射したものの100×10倍の膜の表面写真である。図9は、基材温度が800℃でパルス照射したものの100×10倍の膜の表面写真であり、さらに図10は、その20×10倍の膜の表面写真である。
また、図11は、基材温度が550℃でパルス照射したものの100×10倍の膜の断面写真である。図12は、基材温度が650℃でパルス照射したものの100×10倍の膜の断面写真である。図13は、基材温度が800℃でパルス照射したものの100×10倍の膜の断面写真である。また、これら写真から測定して得られた平均孔径を前記実施例1の結果とともに表1に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
膜の断面写真である図11〜図13からも明らかなように、いずれの実施例においても膜厚方向に配向した孔が形成されるように多孔質基材上に規則的に蒸気(クラスター)が堆積して膜が形成されていることが判る。また、膜の表面写真である図5〜図10から明らかなように、多孔質基材上にほぼ一様に無機多孔質膜が形成されている(図10)とともに、この膜は、蒸気(クラスター)が柱状に集まって堆積した部分と、該堆積部分間に生じた隙間たる細孔から成る多孔質に形成されていることが判る。その柱状堆積物の大きさは、膜形成時の基材温度が高くなるに従い小さくなり、即ち、孔も小さくなっていることが判る。
また、各基材温度に対する膜の平均孔径をまとめた表1からは、膜形成時の基材温度によって、膜の平均孔径を制御することができることが判る。即ち、基材温度とともに膜の平均孔径は次第に小さくなっていることが判る。
【0052】
以上、本発明の好適な実施態様を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。例えば、多孔質基材、及び無機多孔質膜を構成する材料は、前記実施例のものに限られず、種々の無機質材料を適宜組み合わせて用いることができる。また、パルスレーザの周波数、照射回数、温度、及び照射雰囲気圧については、本発明の目的の範囲内で適宜選択することができる。特に、特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した態様を様々に変形、変更したものが含まれる。また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明により製造された無機多孔質体は、多孔質材料として用途に特に制限なく適用することができる。特に、ガスや液体を分離、精製、又は吸着する用途に好適に用いることができる。また、触媒材料を分散させて使用するいずれの用途にも好適に用いることができる。さらに、緻密膜、例えば、イオン導電性膜を形成したものは、他の用途、例えば、センサーや電気化学デバイス、燃料電池(例えば、空気極)等に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】実施例においてパルスレーザアブレーション堆積法に用いた装置を模式的に示す説明図である。
【図2】一実施例において基材温度が650℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜付近の断面の50×10倍のFESEM写真である。
【図3】図2の膜部分の100×10倍のFESEM写真である。
【図4】図3の膜表面のFESEM写真であり、(A)は200×10倍の拡大写真、(B)は50×10倍の拡大写真、(C)は20×10倍の拡大写真、(D)は5×10倍の拡大写真である。
【図5】他の実施例において基材温度が400℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜表面の100×10倍のFESEM写真である。
【図6】他の実施例において基材温度が550℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜表面の100×10倍のFESEM写真である。
【図7】他の実施例において基材温度が600℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜表面の100×10倍のFESEM写真である。
【図8】一実施例において基材温度が650℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜表面の100×10倍のFESEM写真である。
【図9】他の実施例において基材温度が800℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜表面の100×10倍のFESEM写真である。
【図10】図9の20×10倍のFESEM写真である。
【図11】他の実施例において基材温度が550℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜断面の100×10倍のFESEM写真である。
【図12】一実施例において基材温度が650℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜断面の100×10倍のFESEM写真である。
【図13】他の実施例において基材温度が800℃でパルス照射して得た無機多孔質体の膜断面の100×10倍のFESEM写真である。
【符号の説明】
【0055】
1……PLD用装置
3……堆積室
5……基材
6……基材ホルダー
7……ターゲット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質基材表面に略膜厚方向に配向した複数の孔を有する無機多孔質膜を備えた無機多孔質体を製造する方法であって、
無機質材料を含むターゲット及び多孔質基材を用意する工程と、
1〜200Paの雰囲気圧下に前記ターゲット及び多孔質基材を配置し、周波数が5〜500Hzの範囲内にあるパルスレーザを該ターゲットに照射して該無機質材料の蒸気を発生させ、前記多孔質基材の表面上に該蒸気を堆積させて前記多孔質膜を形成する工程と、
を含む、方法。
【請求項2】
1000℃以下に設定された略一定の温度条件下において前記パルスレーザを前記ターゲットに照射する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記多孔質膜形成工程を行う雰囲気が、酸化雰囲気である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
多孔質基材と、
該多孔質基材の表面に形成され、略膜厚方法に配向した複数の孔を有する無機多孔質膜と、
を有する、無機多孔質体。
【請求項5】
前記多孔質膜に形成されている孔の平均孔径が、2〜200nmの範囲内にある、請求項4記載の多孔質体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【公開番号】特開2006−8435(P2006−8435A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−185809(P2004−185809)
【出願日】平成16年6月24日(2004.6.24)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】