説明

無段変速機の変速制御装置及び制御方法

【課題】無端トルク伝達部材の伸びによる変速比フィードバック制御の応答遅れを解消する。
【解決手段】無段変速機は一対のプーリに掛け回された無端トルク伝達部材を介して一対のプーリ間で変速を行う。変速制御装置はプーリ間の実変速比が目標変速比に追随するようにフィードバック制御する。変速制御装置は無端トルク伝達部材の伸びの有無が実変速比の目標変速比への到達を不可能にする伸び依存変速条件が成立するかどうかを判定し、伸び依存変速条件が成立する場合に、変速比フィードバック制御を制限する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、チェーンなどの無端トルク伝達部材を用いた無段変速機の変速制御に関する。
【背景技術】
【0002】
チェーンなどの無端トルク伝達部材を用いた無段変速機(CVT)においては、無端トルク伝達部材の伸びが変速制御に影響を及ぼす。プライマリプーリへの巻き付き半径が固定された状態で、チェーンに伸びが生じると、セカンダリプーリの巻き付き半径が増大し、変速比は増大側、いわゆるロー側に変化する。
【0003】
特許文献1は目標変速比と実変速比の偏差を比例積分(PI)制御を用いた変速比フィードバック制御により解消することを教えている。例えば、チェーンの伸びにより目標変速比と実変速比が一致しない場合でも、変速比フィードバック制御を行うことで実変速比は最終的に目標変速比に一致する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−326857号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
チェーンの伸びにより変速がロー側に変化すると、CVTが取り得る最大変速比の値と最小変速比の値もロー側にずれる。その結果、例えばチェーンに伸びが生じた状態で目標変速比に最小変速比を設定した場合には、目標変速比を達成できないことがある。目標変速比を達成できないと、フィードバック制御では変速比偏差を解消すべく、フィードバック補正量が累加する。そのため、後で目標変速比が実現可能なハイ側の変速比に変更された場合の変速比制御の応答に遅れを生じることになる。
【0006】
この発明は、変速比フィードバック制御に関する従来技術の以上の問題に着目し、CVTの無端トルク伝達部材の伸びによる変速比フィードバック制御の応答遅れを解消することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明は、以下の手段によって上記課題を解決する。
【0008】
すなわち、一対のプーリに掛け回された無端トルク伝達部材を介して一対のプーリ間で変速を行う無段変速機の制御装置、において、前記一対のプーリ間の実変速比が目標変速比に追随するように変速比をフィードバック制御する手段と、前記無端トルク伝達部材の伸びの有無が実変速比の目標変速比への到達を不可能にする伸び依存変速条件が成立するかどうかを判定する判定手段と、前記伸び依存変速条件が成立する場合に、変速比フィードバック制御を制限するフィードバック制御制限手段と、を備えている。
【発明の効果】
【0009】
前記無端トルク伝達部材の伸びの有無が実変速比の目標変速比への到達を不可能にする伸び依存変速条件が成立すると判定した場合に、変速比フィードバック制御を制限することで、無端トルク伝達部材の伸びにより実現不可能となった目標変速比へのフィードバック制御が制限される。その結果、実現可能な目標変速比が新たに設定された時点で生じるフィードバック制御の応答遅れが解消され、無端トルク伝達部材を用いた無段変速機の変速比フィードバック制御の応答性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】この発明の第1の実施形態による無段変速機の制御装置の概略構成図である。
【図2】従来技術による目標変速比マップの特性を示すダイアグラムである。
【図3】Vチェーンの伸びが変速比制御に及ぼす影響を説明するダイアグラムである。
【図4】発明者らのシミュレーションによる、無段変速機のプライマリプーリの入力トルクとVチェーンの伸びとの関係を示すダイアグラムである。
【図5】発明者らのシミュレーションによる、無段変速機のセカンダリプーリの推力とVチェーンの伸びとの関係を示すダイアグラムである。
【図6】発明者らのシミュレーションによる、プライマリプーリの回転速度とVチェーンの伸びとの関係を示すダイアグラムである。
【図7】発明者らのシミュレーションによる、変速比とVチェーンの伸びとの関係を示すダイアグラムである。
【図8】この発明の第1の実施形態による変速コントローラが実行する積分項更新制限ルーチンを説明するフローチャートである。
【図9】変速コントローラが設定する目標変速比の設定領域を説明するダイアグラムである。
【図10】この発明の第2の実施形態による変速コントローラが実行する積分項更新制限ルーチンを説明するフローチャートである。
【図11】この発明の第3の実施形態による変速コントローラが格納する推力比のマップの特性を説明するダイアグラムである。
【図12】この発明の第3の実施形態による変速コントローラによるセカンダリバランス推力とプライマリバランス推力の設定方法を説明するダイアグラムである。
【図13】この発明の第3の実施形態による変速コントローラのプーリ推力のフィードバック制御機能を説明するブロックダイアグラムである。
【図14】この発明の第3の実施形態による変速コントローラが実行する積分項更新制限ルーチンを説明するフローチャートである。
【図15】この発明の第3の実施形態による変速コントローラが実行する積分項更新制限による変速比とプーリ推力の変化を説明するタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1を参照すると、車両駆動システムは、走行用動力源として内燃エンジン1を備える。内燃エンジン1の出力回転は、トルクコンバータ2、第1ギヤ列3、無段変速機(以下CVTと称する)4、第2ギヤ列5、及び終端減速装置6を介して駆動輪7へと伝達される。CVT4はVチェーン式無段変速機構で構成される。
【0012】
CVT4は、プライマリプーリ11と、セカンダリプーリ12と、プーリ11と12に掛け回される無端トルク伝達部材としてのVチェーン13とを備える。Vチェーン13はVチェーン13の中心方向に向かって幅を漸減するV字形断面を有する。プライマリプーリ11には内燃エンジン1の回転トルクが、トルクコンバータ2と第1ギヤ列3を介して入力される。Vチェーン13はプライマリプーリ11の回転トルクをセカンダリ12に伝達する。セカンダリプーリ12の回転トルクは第2ギヤ列5と終端減速装置6を介して駆動輪7に出力される。
【0013】
プーリ11と12は、固定シーブと、固定シーブにシーブ面を対向させてV溝を形成する可動シーブとによりそれぞれ構成される。
【0014】
プライマリプーリ11の可動シーブの背面には、可動シーブを軸方向に変位させる油圧シリンダ15が設けられる。セカンダリプーリ12の可動シーブの背面には、可動シーブを軸方向に変位させる油圧シリンダ16が設けられる。
【0015】
油圧シリンダ15と16は供給される油圧に応じた推力を可動シーブに及ぼし、V溝の幅を変化させる。結果として、Vチェーン13の各プーリ11と12への巻き付き半径が変化し、CVT4は変速比を無段階に変化させる。なお、「変速比」は、プライマリプーリ11の回転速度をセカンダリプーリ12の回転速度で割って得られる値である。油圧シリンダ15と16がプライマリプーリ11とセカンダリプーリ12の各可動シーブに及ぼす推力をプーリ推力と称する。
【0016】
CVT4の変速制御は、内燃エンジン1の動力の一部を利用して駆動される油圧ポンプ10と、油圧ポンプ10からの油圧を調圧して油圧シリンダ15と16に供給する油圧制御回路21と、油圧制御回路21を制御する変速コントローラ22によって行われる。
【0017】
変速コントローラ22は中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたマイクロコンピュータで構成される。コントローラを複数のマイクロコンピュータで構成することも可能である。
【0018】
変速コントローラ22は内燃エンジン1の負荷と車両の速度に基づき公知の方法で目標変速比を決定し、CVT4の変速比を目標変速比へとフィードバック制御する。
【0019】
変速コントローラ22には、内燃エンジン1の負荷として車両が備えるアクセラレータペダルの開度APOを検出するアクセラレータペダル開度センサ41、車両が備えるセレクタレバーのセレクト位置を検出するインヒビタスイッチ45、プライマリプーリ11の回転速度Npを検出するプライマリ回転センサ42、セカンダリプーリ12の回転速度Nsを検出するセカンダリ回転センサ43から、それぞれの検出データが信号入力される。目標変速比を決定するための車両の速度はセカンダリプーリ12の回転速度Nsと、第2ギヤ列5と終端減速装置6の減速比から算出することができる。
【0020】
変速コントローラ22が実行する変速比フィードバック制御の概要を説明する。
【0021】
CVT4の目標変速比は一般にCVT4の出力回転速度と、内燃エンジン1の負荷とに応じて決定される。内燃エンジン1の負荷はアクセラレータペダル開度センサ41が検出するアクセラレータペダル開度APOで表すことができる。
【0022】
従来は、セカンダリプーリ12の回転速度Nsとアクセラレータペダル開度APOから、図2に示す特性のマップを参照することで、CVT4の入力回転速度、すなわちプライマリプーリ11の目標回転速度を求めていた。プライマリプーリ11の目標回転速度をセカンダリプーリ12の回転速度で除した値が目標変速比である。この場合の目標変速比は、Vチェーン13に伸びが生じないことを前提に設定される。
【0023】
発明者らは、このようなマップに基づき設定された目標変速比のもとで、Vチェーン13に伸びが生じた場合にCVT4が蒙る影響をシミュレーションにより分析した。
【0024】
シミュレーションの結果を図4−図7に示す。なお、Vチェーン13の伸び量はVチェーン13の張力に依存する。言い換えれば、Vチェーン13の伸び量とVチェーン13の張力は等価である。
【0025】
図4を参照すると、Vチェーン13の張力はプライマリプーリ11とセカンダリプーリ12の変速比、セカンダリプーリ12のプーリ推力、及びプライマリプーリ11の回転速度Npを一定とすると、プライマリプーリ11の入力トルクが増大するにつれて緩やかに増大する。
【0026】
図5を参照すると、Vチェーン13の張力はプライマリプーリ11の入力トルクと回転速度Np、及びプライマリプーリ11とセカンダリプーリ12の変速比を一定とすると、セカンダリプーリ12のプーリ推力が増すにつれて増大する。
【0027】
図6を参照すると、Vチェーン13の張力はプライマリプーリ11への入力トルク、セカンダリプーリ12のプーリ推力、及びプライマリプーリ11を一定とすると、プライマリプーリ11の回転速度Npが高くなるにつれて増大する。
【0028】
図7を参照すると、Vチェーン13の張力はセカンダリプーリ12のプーリ推力、プライマリプーリ11の入力トルク、及びプライマリプーリ11の回転速度Np、を一定とすると、プライマリプーリ11とセカンダリプーリ12の変速比の増大に応じて若干低下する傾向がある。
【0029】
これらの影響で生じるVチェーン13の伸びが変速比制御にもたらす誤差は、一般に
変速比フィードバック制御の中で解消され、実変速比は最終的に目標変速比へと制御される。しかしながら、最小変速比及び最大変速比の近傍では次の現象をもたらす。
【0030】
プライマリプーリ11の可変シーブには前進位置と後退位置にそれぞれストッパか設けられている。ストッパによってプライマリプーリ11の可変シーブの位置が規制された状態では、Vチェーン13の伸びは、Vチェーン13のセカンダリフーリ12への巻き付き半径のみを増大させることになる。Vチェーン13の伸びは、したがって、CVT4の取り得る最小変速比と最大変速比をともに図2に示すようにロー側へと変化させる。
【0031】
その結果、図の伸びなし最小変速比から伸びあり最小変速比に至る領域の変速比は、Vチェーン13に伸びがある場合にCVT4が物理的に実現できない変速比領域となる。一方、図の伸びなし最大変速比と伸びあり最大変速比の間の領域の変速比はVチェーン13の伸びによりCVT4が実現可能となった変速比領域である。しかしながら、この領域はマップ上の目標変速比の設定領域外であるため、この領域の変速比は目標変速比に設定されない。
【0032】
つまり、Vチェーン13の伸びは、図3に示すようにCVT4の最小変速比の近傍に達成できない目標変速比領域を生み出し、最大変速比の近傍に使用されない目標変速比領域を生み出すことになり、結果として常時実現可能な変速比領域は狭くなる。以下の説明では常時実現可能な変速比領域を常時実現可能変速比領域と称する。
【0033】
変速比領域の以上のずれは、伸びのないVチェーン13を前提に目標変速比を設定し、比例積分(PI)制御や比例積分微分制御(PID)を適用して、実変速比を目標変速比へとフィードバック制御する場合に、さらに次の問題を生じる。
【0034】
すなわち、Vチェーン13の伸びた状態で、図2の伸びなし最小変速比と伸びあり最小変速比の間の領域に目標変速比が設定されると、実変速比はいつまでも目標変速比に到達できない。つまり、目標変速比と実変速比の乖離状態が継続する。その結果、セカンダリプーリ12の回転速度Nsやアクセラレータペダル開度APOなどの車両の運転条件変化により、目標変速比が常時実現可能変速比領域内に再設定されるまで、フィードバック制御の積分項が累加することになる。累加した積分項は、常時実現可能変速比領域内に目標変速比が再設定された段階で行われるフィードバック制御の中で徐々に解消されるため、積分項の累加は変速比制御に遅れを生じさせることになる。
【0035】
変速コントローラ22はVチェーン13の伸びが変速比制御にもたらす以上の問題を解決すべく次の制御を行う。
【0036】
すなわち、変速コントローラ22は現在の変速状況が、Vチェーン13の伸びの有無が目標変速比の達成を不可能にする伸び依存変速条件に該当するどうかを判定する。変速コントローラ22は、現在の変速状況が伸び依存変速条件に該当すると判定した場合は、変速比フィードバック制御を制限する。具体的にこの実施形態では、目標変速比が図2の伸びなし最小変速比と伸びあり最小変速比の間の領域にあって、かつ実変速比が目標変速比より大きい場合に、変速コントローラ22は現在の変速状況が伸び依存変速条件に該当すると判定し、PI制御またはPID制御の積分項の更新を禁止する。
【0037】
図8を参照して、この制御のために変速コントローラ22が実行する積分項更新制限ルーチンを説明する。このルーチンはプライマリプーリ11の回転中に例えば10ミリ秒の一定間隔で繰り返し実行される。
【0038】
この実施形態において、目標変速比は従来技術と同様に、Vチェーン13の伸びを考慮せずに設定される。すなわち、目標変速比はアクセラレータペダル開度APOとセカンダリプーリ12の回転速度NsからあらかじめROMに格納された図2に示す特性の目標変速比Dipのマップを参照して読み込まれる。
【0039】
この場合には、伸びなし最大変速比を上回る目標変速比が設定されることはない。したがって、仮に実変速比が伸びなし最大変速比を上回っても、通常のフィードバック制
御により、実変速比は目標変速比へと制御される。一方、目標変速比が伸びあり最小変速比と伸びなし最小変速比の間の領域に設定されている場合には、Vチェーン13に伸びがあると、実変速比は目標変速比を達成できず、フィードバック制御の積分項が累加する。積分項更新制限ルーチンは、積分項の累加の結果、目標変速比が伸びあり最小変速比より大きな値に変化した時に生じる変速比変化の応答遅れを防止するために実行される。
【0040】
図8のステップS1で変速コントローラ22は目標変速比Dipと実変速比ipを読み込む。
【0041】
目標変速比Dipは、前述のように目標変速比Dipのマップを参照して得た値である。実変速比ipはプライマリ回転センサ42が検出するプライマリプーリ11の回転速度Npとセカンダリ回転センサ43が検出するセカンダリプーリ12の回転速度Nsとの比である。
【0042】
次のステップS2で、変速コントローラ22は実変速比ipが最小変速比しきい値ip_min以下であるかどうかを判定する。ここで、最小変速比しきい値ip_minは図2の伸びあり最小変速比に等しく設定される。ハードウェアのばらつきの影響を考慮して最小変速比しきい値ip_minを伸びあり最小変速比より若干大きな値に設定しても良い。ステップS2の判定が肯定的な場合には、実変速比ipは図2の伸びあり最小変速比の線上またはその右下側に位置している。一方、ステップS2の判定が否定的な場合には、変速比ipが図2の伸びあり最小変速比の線の左上側に位置している。この領域は、変速比のフィードバック制御によって変速比ipは増大方向へも減少方向へも変化可能である。
【0043】
ステップS2の判定が肯定的な場合には、変速コントローラ22はステップS3で実変速比ipが目標変速比Dipより大きいどうかを判定する。実変速比ipが目標変速比Dip以下の場合には、実変速比ipが伸びあり最小変速比以下であっても、変速比フィードバック制御によって実変速比ipを目標変速比Dipへと増大させることができる。一方、実変速比ipが目標変速比Dipより大きい場合には、実変速比ipを目標変速比Dipに近づけるために、実変速比ipをさらに小さくしなければならない。実変速比ipが既に図2の伸びあり最小変速比に達している場合に、フィードック制御で実変速比ipをさらに小さくしようとしても、積分項が累加するだけで、実変速比ipは目標変速比Dipに到達できない。この変速条件を最小変速比付近の伸び依存変速条件と称する。
【0044】
ステップS2またはステップS3の判定のいずれかが否定的な場合には、変速コントローラ22はステップS5とS6でPI制御またはPID制御を適用した通常の変速比フィードバック制御を行う。ステップS5では次のいずれかの制御式を適用して変速比フィードバック制御量を計算する。ここでは、変速比フィードバック制御量は目標変速比の更新量とする。変速コントローラ22が油圧制御回路21へ目標変速比の更新量を送信すると、油圧制御回路21は対応して油圧シリンダ15と16へ供給する油圧を調整する。
【0045】
【数1】

【0046】
【数2】

【0047】
ただし、Δy=変速比偏差=Dip−ip、
Δx=変速比フィードバック制御量、
Kp=比例ゲイン、
Ki=積分ゲイン、
Kd=微分ゲイン。
【0048】
積分項は下記のように、PI制御式とPID制御式のそれぞれ第2項を意味する。
【0049】
【数3】

【0050】
ステップS5で変速コントローラ22は変速比フィードバック制御量を計算するとともに、積分項をRAMに記憶する。
【0051】
ステップS6ではステップS5で計算した変速比フィードバック制御量を用いて変速比のフィードバック制御を実行する。ステップS6の処理の後、変速コントローラ22はルーチンを終了する。
【0052】
一方、ステップS3の判定が肯定的な場合には、実変速比ipが目標変速比Dipより大きく、かつ実変速比ipが伸びあり最小変速比に到達している。この場合には、変速比フィードバック制御を行っても、Vチェーン13に伸びがあると、実変速比ipは目標変速比Dipに到達できない。つまり、最小変速比付近の伸び依存変速条件が成立する。その結果、積分項が累加し、目標変速比Dipが伸びあり最小変速比より大きな値に変化した時に変速比変化に応答遅れが生じる。
【0053】
この場合には、変速コントローラ22はステップS4でフィードバック制御量に含まれる積分項を固定値とすることでフィードバック制御量を制限し、制限された値に基づき目標変速比のフィードバック制御を行う。
【0054】
フィードバック制御量の積分項は時間積分値であり、目標変速比と実変速比との偏差が継続する限り、増大し続ける。しかし、最小変速比付近の伸び依存変速条件が成立すると、変速コントローラ22はステップS5の処理を行わないことで、RAMに記憶された積分項の値の更新を禁止する。その結果、RAMに記憶された積分項は最小変速比付近の伸び依存変速条件の成立直前の値に固定される。
【0055】
変速コントローラ22はステップS4でPI制御式またはPID制御式を用いて変速比フィードバック制御量を計算するが、その際の積分項にRAMに記憶された固定値を適用してフィードバック制御量を計算し、計算結果に基づき変速比のフィードバック制御を実行する。ステップS4の処理の後、変速コントローラ22はルーチンを終了する。
【0056】
RAM内の積分項の更新を行うステップS5の処理は、ステップS2とS3の判定がともに肯定的となる、最小変速比付近の伸び依存変速条件が持続する限り実行されない。つまり、最小変速比付近の伸び依存変速条件が持続する限り、RAMに格納された積分項の更新は禁止される。
【0057】
以上のように、この積分項更新制限ルーチンは実変速比ipが図2の伸びあり最小変速比以下で、かつ目標変速比Dipより大きい場合は、Vチェーン13に伸びがあると目標変速比Dipを実現できない最小変速比付近の伸び依存変速条件が成立すると判定する。そして、最小変速比付近の伸び依存変速条件が成立する場合には、ステップS4で積分項の更新を禁止する。
【0058】
積分項の更新を禁止することで、以後のルーチン実行において伸び依存変速条件のもとで同じ目標変速比Dipによる変速比フィードバック制御を継続しても、RAMに記憶された、変速比フィードバック制御量の中の積分項は増大しない。したがって、車両の運転状態が変化して、目標変速比が図2の伸びあり最小変速比を上回った場合に、変速コントローラ22は実変速比ipを目標変速比Dipへと速やかに追随させることができる。
【0059】
図9と図10を参照して、この発明の第2の実施形態を説明する。
【0060】
第1の実施形態においては、目標変速比を従来技術と同様にVチェーン13の伸びを考慮せずに設定していたが、この実施形態では目標変速比DipをVチェーン13の伸びを考慮して決定する。
【0061】
すなわち、変速コントローラ22は目標変速比Dipを図9に示す特性のマップを参照して決定する。図9は図2に類似し、図2の中の伸びあり最小変速比、伸びなし最小変速比、伸びあり最小変速比、及び伸びなし最小変速比は図2と同一である。図2では伸びなし最大変速比と伸びなし最小変速比の間で目標変速比Dipが設定されるのに対して、図9では伸びあり最大変速比と伸びなし最小変速比との間で目標変速比が設定される。
【0062】
図9のマップに基づき目標変速比Dipを設定すると、変速比幅を広く設定できる一方、最小変速比に関しても、最大変速比に関しても、Vチェーン13の伸びの有無により目標変速比Dipを実現できないケースが生じる。すなわち。Vチェーン13に伸びがない場合には、図の伸びあり最大変速比と伸びなし最大変速比の間の領域の目標変速比Dipは物理的に達成することができない。Vチェーン13に伸びがある場合には、図の伸びあり最小変速比と伸びなし最小変速比の間の領域の目標変速比Dipは物理的に達成することができない。
【0063】
変速コントローラ22は最小変速比付近と最大変速比付近の両方の変速条件に関して、Vチェーン13の伸びの有無により目標変速比を物理的に達成できなくなる伸び依存変速条件が成立するかどうかを判定し、判定結果に応じて積分項の更新を制限する。
【0064】
図10を参照して、図9の目標変速比マップのもとで変速コントローラ22が実行する積分項更新制限ルーチンを説明する。
【0065】
このルーチンは、図8のステップS2,S3とステップS5の間に、ステップS12とS13とを設けたものに相当する。ルーチン実行条件は第1の実施形態と同一である。
【0066】
ステップS1で、変速コントローラ22は目標変速比Dipと実変速比ipを読み込む。目標変速比Dipは、前述のように、図9に示す特性のあらかじめROMに格納されたマップを参照して求めた値である。
【0067】
図8のルーチンと同様に、ステップS3の判定が肯定的な場合には、現在の変速条件が最小変速比付近の伸び依存変速条件に該当することを意味する。最小変速比付近の伸び依存変速条件が成立する場合には、Vチェーン13に伸びがあると実変速比ipは目標変速比Dipに到達できない。この場合には、変速コントローラ22はステップS4で積分項にRAMに格納された固定値を適用して、フィードバック制御を行う。
【0068】
一方、ステップS2またはステップS3の判定が否定的な場合には、現在の変速条件が最小変速比付近の伸び依存変速条件に該当しないことを意味する。この場合に、変速コントローラ22はステップS12とS13において、現在の変速状件が最大変速比付近の伸び依存変速条件に該当するかどうかを判定する。最大変速比付近の伸び依存変速条件とは、Vチェーン13に伸びがないと目標変速比Dipを実現できない変速条件を意味する。
【0069】
ステップS12で、変速コントローラ22は実変速比ipが最大変速比しきい値ip_max以上であるかどうかを判定する。ここで、最大変速比しきい値ip_maxは図9の伸びなし最大変速比に等しく設定される。ハードウェアのばらつきの影響を考慮して最大変速比しきい値値ip_maxを伸びなし最大変速比より若干小さな値に設定しても良い。ステップS12の判定が否定的な場合には、変速コントローラ22はステップS5とS6でPI制御またはPID制御を適用した通常の変速比フィードバック制御を行う。
【0070】
ステップS12の判定が肯定的な場合には、ステップS13で、変速コントローラ22は実変速比ipが目標変速比Dipより小さいかどうかを判定する。
【0071】
ステップS13の判定が肯定的な場合には、実変速比ipが図9の伸びなし最大変速比の線上またはその左上側に位置しているにも関わらず、依然として目標変速比Dipより小さいことを意味する。この場合には、Vチェーン13に伸びがないと、通常の変速比フィードバック制御では積分項が累加するだけで、実変速比ipは目標変速比Dipに到達できない。一方、積分項の累加は前述のように、目標変速比Dip伸びなし最大変速比より小さな値に変化した時に変速比変化の応答遅れをもたらす。ステップS13の判定が肯定的な場合が、現在の変速条件が最大変速比付近の伸び依存変速条件に該当することを意味する。
【0072】
ステップS13の判定が否定的な場合には、変速コントローラ22はステップS4で、前述のように積分項にRAMに格納された固定値を適用して、フィードバック制御を行う。
【0073】
一方、ステップS12またはS13の判定が否定的な場合には、変速コントローラ22はステップS5とS6で通常の変速比フィードバック制御を実行する。
【0074】
この実施形態によれば、目標変速比DipをVチェーン13の伸びのない場合の最小変速比から伸びのある場合の最大変速比までの区間で幅広く設定できる。一方、Vチェーン13の伸びの有無に起因して、実変速比ipが目標変速比Dipに追随できなくなる伸び依存変速条件を判定し、伸び依存変速条件では変速比フィードバック制御の積分項の更新を禁止する。したがって、この実施形態によれば、目標変速比の設定範囲が拡がる一方、最小変速比付近と最大変速比付近のいずれの伸び依存変速条件についても、積分項の累加による応答遅れを防止できる。
【0075】
第1及び第2の実施形態において、固定値は伸び依存変速条件の成立直前の積分項に限定されない。例えば、伸び依存変速条件の成立直前の積分項に所定量を加えた値としても良い。さらに、フィードハック制御の制限は、積分項を固定値に固定することに留まらず、積分項に上限を設けることや、積分項の更新量に制限を加えることも含む。
【0076】
第1及び第2の実施形態において、積分項は、PI制御式とPID制御式の積分項に限定されない。この発明は、時間経過とともに累加する補正項を有するフィードバック制御全般に適用可能であり、積分項は時間経過とともに累加する補正量全般を包含するものとする。したがって、例えばスライディングモード制御にこの発明を適用することも可能である。
【0077】
以上の第1及び第2の実施形態ではフィードバック制御の対象を目標変速比Dipとしている。具体的には、PI制御式またはPID制御式のフィードバック制御量Δxを目標変速比の変化量に設定している。この場合にはフィードバック制御量Δxにより補正した後の目標変速比に対応するプライマリプーリ11とセカンダリプーリ12の推力を油圧制御回路21が油圧シリンダ15と16を介してそれぞれ実現する。さらに、プライマリプーリ11とセカンダリプーリ12の一方の推力が一定に保たれる場合には、油圧制御回路21がもう一方の推力のみを変化させることでフィードバック制御を実現することが可能である。
【0078】
一方、目標変速比ではなく、プーリの推力を変速比偏差に基づき直接フィードバック制御することも可能である。
【0079】
例えばプライマリプーリ11の推力が一定で、セカンダリプーリ12の推力制御により、CVT4の変速比を変化させる場合を想定する。この場合に、PI制御式またはPID制御式のフィードバック制御量Δxをセカンダリプーリ12の推力とする。Δyは変速比偏差である。
【0080】
この場合も、伸び依存変速条件の判定は第1の実施形態または第2の実施形態と同様である。図8と図10のステップS4−S6のフィードバック制御対象が目標目標変速比からセカンダリプーリ12の推力に置き換えられる点が第1の実施形態または第2の実施形態と異なる。
【0081】
このように、第1の実施形態または第2の実施形態において制御対象をセカンダリプーリ12の推力とした場合でも、伸び依存変速条件下での積分項の累加による応答遅れの防止に関して、フィードバック制御の対象を目標変速比とした場合と同様の好ましい効果を得ることができる。
【0082】
図11−図15を参照して、この発明の第3の実施形態を説明する。
【0083】
この実施形態においてはフィードバック制御の対象をプーリ推力とするとともに、伸び依存変速条件の判定を第1及び第2の実施形態と異なる方法で行う。
【0084】
伸び依存変速条件をプーリ推力との関係で説明する。プライマリプーリ11とセカンダリプーリ12の間でVチェーン13がトルクを伝達する場合に、Vチェーン13とプライマリプーリ11またはセカンダリプーリ12との間に大きな滑りが生じると、トルク伝達が困難になる。こうした滑りはプライマリプーリ11の推力またはセカンダリプーリ12のプーリ推力低下により発生する。正常なトルク伝達には、プライマリプーリ11とセカンダリプーリ12の双方に滑り限界推力以上のプーリ推力を加える必要がある。
【0085】
以下の説明では、油圧シリンダ15がプライマリプーリ11に加えるプーリ推力をプライマリ推力、油圧シリンダ16がセカンダリプーリ12に加えるプーリ推力をセカンダリ推力と称する。
【0086】
目標変速比を実現するためのプライマリ推力とセカンダリ推力との比を推力比と称する。CVT4が無負荷状態、すなわち入力トルクがゼロの状態で、プライマリ推力とセカンダリ推力が等しい場合の変速比を1.0とする。プライマリ推力がセカンダリ推力を上回る場合にはハイ側の変速比、プライマリ推力がセカンダリ推力を下回る場合にはロー側の変速比となる。
【0087】
Vチェーン13に負荷がかかった状態、すなわちプライマリプーリ11にトルクが入力し、Vチェーン13がセカンダリプーリ12へトルクを伝達している状態では、プライマリプーリ11とのかみ合い部におけるVチェーン13の張力は上流側が下流側より大きくなる。この張力の違いはVチェーン13のプライマリプーリ11への巻き付き半径を小さくする力を及ぼす。その結果、無負荷状態と比べて、同一変速比を維持するためのプライマリ推力は増大する。
【0088】
以上の理由で、目標変速比Dipを実現するためのプライマリ推力とセカンダリ推力は、目標変速比DipとVチェーン13の張力によって定まる推力比で表される。言い替えれば、VT4がVチェーン13の実質的な滑り起こさずに、目標変速比を実現するためには、プライマリ推力とセカンダリ推力の双方が、滑り限界推力以上であって、かつ推力比を満たす必要がある。なお、実質的な滑りと記載したのは、Vチェーン13の場合は正常なトルク伝達においてもプライマリプーリ11及びセカンダリプーリ12に対してそれぞれ微小な滑りを生じるからである。以下の説明において、実質的な滑りはトルク伝達に支障を来すようなVチェーン13の滑りを意味する。
【0089】
滑り限界推力は次式(1)で求めることができる。
【0090】
【数4】

【0091】
ただし、Fmin=滑り限界推力、
Fs_min=滑り限界セカンダリ推力、
Fp_min=滑り限界プライマリ推力、
Tp=プライマリプーリ入力トルク、
α=シーブ角、
μ=Vチェーンとプーリ間の摩擦係数、
Rp=プライマリプーリへのVチェーンの巻き付き半径。
【0092】
滑り限界セカンダリ推力Fs_minは次式(2)でも表される。
【0093】
【数5】

【0094】
ただし、Ts=セカンダリプーリ入力トルク、
Rs=セカンダリプーリへのVチェーンの巻き付き半径。
【0095】
ここで、変速比をipとすると、プライマリプーリ入力トルクTpとセカンダリプーリ入力トルクTsとは次式(3)の関係にある。プライマリプーリ11へのVチェーン13の巻き付き半径Rpとセカンダリプーリ12へのVチェーン13の巻き付き半径Rsは次式(4)の関係にある。
【0096】
【数6】

【0097】
以上の関係から、式(1)と式(2)は同等であり、滑り限界推力はプライマリプーリ11とセカンダリプーリ12で同じ値とすることができる。
【0098】
Vチェーン13の実質的な滑りを確実に防止するために、滑り限界推力を式(1)で得られる値より少し大きな値とすることも好ましい。
【0099】
推力比は図11に示す特性のマップを参照することで求めることができる。図11に示すダイアグラムにおいて横軸は入力トルク比を表す。入力トルク比はVチェーン13の伝達トルク容量Tin_maxに対するプライマリプーリ11の入力トルクTpの比、すなわちTp/Tin_maxをいう。Vチェーン13の伝達トルク容量Tin_maxは、式(1)の滑り限界推力F_minに、実プライマリ推力と、実セカンダリ推力のうちの小さい方を代入して逆算した入力トルクTpの値に等しく設定される。言い換えれば、伝達トルク容量Tin_maxは実プライマリ推力に対しても、実セカンダリ推力に対しても、Vチェーン13が滑りを起こさない最大のプライマリプーリ11の入力トルクTpを意味する。図11の縦軸は入力トルク比Tp/Tin_maxのもとで様々な目標変速比Dipを達成するために必要な、プライマリ推力Fpとセカンダリ推力Fsとの推力比Fp/Fsを示す。
【0100】
変速コントローラ22は、図11に示す特性のマップを参照して、入力トルク比Tp/Tin_maxと目標変速比Dipとから推力比Fp/Fsを求める。
【0101】
変速コントローラ22は推力比Fp/Fsが1以上の領域では、セカンダリ推力Fsを滑り限界推力に設定し、滑り限界推力と推力比からプライマリ推力Fpを求める。
【0102】
図12を参照すると、このようにして求めたセカンダリ推力Fsとプライマリ推力Fpを、それぞれセカンダリバランス推力、プライマリバランス推力と称する。なお、図12は推力比が1以上の領域でのセカンダリバランス推力とプライマリバランス推力の決定方法を示す。ここでは、セカンダリ推力とプライマリ推力の比が推力比を満たすように、セカンダリ推力をベースとして、プライマリ推力の不足分を加算する。
【0103】
図13を参照して、プライマリ推力とセカンダリ推力をフィードバック制御するフィードバック制御手段としての変速コントローラ22の構成を説明する。
【0104】
変速コントローラ22には、内燃エンジン1の運転を制御するエンジンコントロールユニット(ECU)51からエンジントルクTengが信号入力される。また、アクセラレータペダル開度が検出するアクセラレータペダル開度APO、プライマリ回転センサ42が検出するプライマリプーリ11の回転速度Np、セカンダリ回転センサ43が検出するセカンダリプーリ12の回転速度Nsがそれぞれ信号入力される。
【0105】
変速コントローラ22は、以上の入力データから、滑り限界推力Fmin、目標変速比Dip、セカンダリバランス推力Fs、及びプライマリバランス推力Fpを算出する。そのために、変速コントローラ22はプライマリ入力トルク算出ユニットB1、目標プライマリ回転速度算出ユニットB2、目標変速比算出ユニットB3、実変速比算出ユニットB4、滑り限界推力算出ユニットB5、Vチェーン伝達トルク容量算出ユニットB6、推力比算出ユニットB7、セカンダリバランス推力算出ユニットB8、プライマリバランス推力算出ユニットB9、変速比フィードバックセカンダリ推力算出ユニットB10、変速比フィードバックプライマリ推力算出ユニットB11、油圧換算ユニットB12とB13、及び加算器B14とB15を備える。
【0106】
この図に示すブロックB1−B15は変速コントローラ22のプーリ推力のフィードバック制御機能を仮想的なユニットとして示したものであり、物理的な存在を意味しない。
【0107】
プライマリ入力トルク算出ユニットB1はECU51から入力されるエンジントルクTeng、トルクコンバータ2のロックアップ状態、及び内燃エンジン1からプライマリプーリ11に至る動力伝達部材のイナーシャトルクに基づき、公知の方法でプライマリ入力トルクTpを算出する。
【0108】
目標プライマリ回転速度算出ユニットB2は、アクセラレータペダル開度APOとセカンダリプーリ12の回転速度Nsから、あらかじめ内部に格納された図9に示す特性の変速マップを参照して目標プライマリ回転速度DNpを算出する。
【0109】
目標変速比演算ユニットB3はセカンダリプーリ12の回転速度Nsと目標プライマリ回転速度算出ユニットB2から入力される目標プライマリ回転速度DNpから、目標変速比Dipを算出する。
【0110】
実変速比算出ユニットB4はセカンダリプーリ12の回転速度Nsとプライマリ回転センサ42が検出するプライマリプーリ11の回転速度NpからCVT4の実変速比ipを算出する。
【0111】
滑り限界力算出ユニットB5は式(1)に基づき、プライマリ入力トルクTp、プライマリプーリ11へのVチェーン13の巻き付き半径Rp、Vチェーン13とプーリ11間の摩擦係数μ、及びシーブ角αとから、滑り限界推力Fminを計算する。また、式(2)に基づき、プライマリ入力トルクTp、セカンダリプーリ12へのVチェーン13の巻き付き半径Rs、Vチェーン13とセカンダリプーリ12の間の摩擦係数μ、及びシーブ角αとから、滑り限界推力Fminを計算する。プライマリ入力トルクTpはプライマリ入力トルク算出ユニットB1から入力される。プライマリプーリ11へのVチェーン13の巻き付き半径Rpとセカンダリプーリ12へのVチェーン13の巻き付き半径Rsは実変速比ipから計算される。シーブ角αはプライマリプーリ11、セカンダリプーリ12、及びVチェーン13の形状と寸法で予め決定される既知の値であり、摩擦係数μはプライマリプーリ11、セカンダリプーリ12、及びVチェーン13の材質より予め決定される既知の値である。滑り限界力算出ユニットB5は求めた滑り限界推力Fp_minとFs_minのうち小さい方の値をF_minに設定する。
【0112】
ここで、Rp=Rs・ipであることから、実変速比ipが1より大きい場合には、Fs_minが滑り限界推力F_minに採用され、実変速比ipが1より小さい場合には、Fp_minが限界推力F_minに採用される。なお、滑り限界推力Fminとして、Vチェーンの滑り防止の観点から式(1)による計算値より若干大きめの値を設定することも可能である。
【0113】
Vチェーン伝達トルク容量計算ユニットB6は設定された滑り限界推力F_minを式(1)に入力して得られるプライマリ入力トルクTpの値を伝達トルク容量Tin_maxとして採用する。
【0114】
推力比算出ユニットB7は伝達トルク容量Tin_maxとプライマリ入力トルクTpとから入力トルク比Tp/Tin_maxを計算し、入力トルク比Tp/Tin_maxと目標変速比Dipとに基づき、図11に示す特性の推力比マップを参照して、推力比Fp/Fsを求める。推力比マップはあらかじめ変速コントローラ22のROMに格納される。
【0115】
セカンダリバランス推力算出ユニットB8は、推力比Fp/Fsが1以上かどうかを判定する。Fp/Fsが1以上の場合は、セカンダリバランス推力FsをFminに等しく設定する。Fp/Fsが1未満の場合は、セカンダリパランス推力FsをFs=Fmin/(Fp/Fs)に設定する。
【0116】
プライマリバランス推力算出ユニットB9は、Fp/Fsが1以上の場合は、プライマリバランス推力FpをFp=Fmin・(Fp/Fs)に等しく設定する。Fp/Fsが1未満の場合は、プライマリバランス推力FpをFminに等しく設定する。
【0117】
この設定について図12を参照して説明する。Fp/Fsが1以上の場合、すなわちプライマリバランス推力Fpがセカンダリバランス推力Fsより大きい場合には、セカンダリバランス推力Fsを滑り限界推力Fminに等しく設定する。一方、プライマリバランス推力Fpは、推力比Fp/Fsに応じた値Fmin・(Fp/Fs)へと割り増しされる。逆に、Fp/Fsが1未満の場合、すなわちプライマリバランス推力Fpがセカンダリバランス推力 Fsより小さい場合には、プライマリバランス推力FpをFminに等しく設定する。一方、セカンダリバランス推力Fsは推力比Fp/Fsに応じた値Fmin/(Fp/Fs)へと割り増しされる。
【0118】
再び図13を参照すると、変速比フィードバックセカンダリ推力算出ユニットB10は、実変速比ipと目標変速比Dipの差または比に基づき、実変速比ipが目標変速比Dipに近づくように、変速比フィードバックセカンダリ推力Fs_fbを算出する。変速比フィードバックセカンダリ推力Fs_fbの算出は、前述のPI制御の式またはPID制御の式を用いて行われる。ただし、これらの式の左辺のフィードバック補正量Δxは変速比のフィードバック補正量ではなく、セカンダリ推力のフィードバック補正量に相当する変速比フィードバックセカンダリ推力Fs_fbである。変速比フィードバックセカンダリ推力算出ユニットB10はさらに、変速比フィードバックセカンダリ推力Fs_fbをセカンダリバランス推力Fsに加えた値が滑り限界推力Fminを下回らないように、変速比フィードバックセカンダリ推力Fs_fbを規制する。
【0119】
変速比フィードバックプライマリ推力演算ユニットB11は、実変速比ipと目標変速比Dipの差または比に基づき、実変速比ipが目標変速比Dipに近づくように、変速比フィードバックプライマリ推力Fp_fbを算出する。変速比フィードバックプライマリ推力Fp_fbの算出は、前述のPI制御の式またはPID制御の式を用いた行われる。ただし、これらの式の左辺のフィードバック補正量Δxは変速比のフィードバック補正量ではなく、プライマリ推力のフィードバック補正量に相当する変速比フィードバックプライマリ推力Fp_fbである。変速比フィードバックプライマリ推力演算ユニットB11はさらに、変速比フィードバックプライマリ推力Fp_fbをプライマリバランス推力Fpに加えた値が滑り限界推力Fminを下回らないように、変速比フィードバックプライマリ推力Fp_fbを規制する。
【0120】
加算器B14は、セカンダリバランス推力Fsに変速比フィードバックセカンダリ推力Fs_fbを加算して、加算結果を油圧換算ユニットB12に入力する。加算器B15はプライマリバランス推力Fpに変速比フィードバックプライマリ推力Fp_fbを加算して、加算結果を油圧換算ユニットB13に入力する。
【0121】
油圧演算ユニットB12は加算器B14からの入力値Fs+Fs_fbを油圧シリンダ16へ供給すべき目標セカンダリ圧力Psに換算して油圧制御回路21へ出力する。具体的には、入力値Fs+Fs_fbから遠心推力とばね推力とを差し引いた値を受圧面積で除すことで目標セカンダリ圧力Psを計算する。ここで、遠心推力は、セカンダリプーリ12の回転速度Nsとあらかじめ定められたセカンダリプーリ遠心推力係数とから算出される。ばね推力は油圧シリンダ16のストローク距離から算出する。
【0122】
油圧閑散ユニットB13は加算器B15からの入力値Fp+Fp_fbを油圧シリンダ15へ供給すべき目標プライマリ圧力Ppに換算して油圧制御回路21に出力する。具体的には、入力値Fp+Fp_fbから遠心推力とばね推力とを差し引いた値を受圧面積で除すことで目標プライマリ圧力Ppを計算する。ここで、遠心推力は、プライマリプーリ11の回転速度Npとあらかじめ定められたプライマリプーリ遠心推力係数とから算出される。ばね推力は油圧シリンダ15のストローク距離から算出する。
【0123】
以上のように、この実施形態においては、プーリ推力、言い換えれば油圧シリンダ15へ供給すべき目標プライマリ圧力Ppと油圧シリンダ16へ供給すべき目標セカンダリ圧力Ps、をフィードバック制御の対象としている。この場合も、第2の実施形態と同様に、変速コントローラ22が目標変速比Dipを図9に示す特性のマップを参照して伸びなし最大変速比と伸びあり最小変速比との間で設定すると、第2の実施形態と同様に、変速比幅を広く設定できる一方、最小変速比に関しても、最大変速比に関しても、Vチェーン13の伸びの有無により目標変速比Dipを実現できないケースが生じる。すなわち。Vチェーン13に伸びがない場合には、図の伸びあり最大変速比と伸びなし最大変速比の間の領域の目標変速比Dipは物理的に達成することができない。Vチェーン13に伸びがある場合には、図の伸びあり最小変速比と伸びなし最小変速比の間の領域の目標変速比Dipは物理的に達成することができない。
【0124】
こうしたで伸び依存変速条件において、積分項が累加しないように、変速コントローラ22は最小変速比付近と最大変速比付近の両方の変速条件に関して、伸び依存変速条件が成立するかどうかを判定し、判定結果に応じて積分項の更新を制限する。
【0125】
図14を参照して、このために、変速コントローラ22が実行する積分項更新制限ルーチンを説明する。
【0126】
ステップS1−S3及びステップS12とS13の処理は第2の実施形態と同一である。ステップS45とS46の処理は第2の実施形態のステップS5とS6の処理に類似するが、ステップS5とS6の処理の対象が目標変速比であるのに対して、ステップS45とS46の処理の対象はプーリ推力である点が異なる。
【0127】
ステップS3の判定が肯定的な場合には、前述のように現在の変速条件が最小変速比付近の伸び依存変速条件に該当することを意味する。
【0128】
この場合には、変速コントローラ22はステップS21で、プライマリ入力トルクTpとプライマリプーリ11の回転速度Npを読み込む。
【0129】
次のステップS22で、変速コントローラ22はプライマリ入力トルクTpからプライマリ推力下限値Fp_minを算出する。プライマリプーリ11は可動シーブがストッパに当接することで、V溝が一定幅を超えて広がらないように構成されている。可動シーブがストッパに当接した後は、プライマリ推力をさらに下げても、プライマリプーリ11のV溝の幅は換わらず、変速比は小さくならない。そこで、プライマリ推力下限値Fp_minは可動シーブのストッパに当接位置に相当するプライマリ推力に基づき設定される。プライマリ推力下限値Fp_minはプライマリ入力トルクTpとプライマリプーリ11の回転速度Npから計算される、ハードウェアのばらつきによる不確定要素を考慮して、プライマリ推力下限値Fp_minを計算値より若干高い値に設定しても良い。
【0130】
ステップS23で変速コントローラ22は加算器B15による加算値Fp+Fp_fbがプライマリ推力下限値Fp_minより小さいかどうかを判定する。加算値Fp+Fp_fbがプライマリ推力下限値Fp_minより小さい場合には、Vチェーン13に伸びがあると、実変速比ipは目標変速比Dipに到達できない。このような状況でプライマリ推力のフィードバック制御を実行すると、実行のつど、フィードバック制御量Fp_fbに含まれる積分項が累加する。その結果、目標変速比Dipが伸びあり最小変速比を上回った場合に実変速比ipの追随に遅れが生じる。
【0131】
そこで、ステップS23の判定が肯定的な場合には、変速コントローラ22はステップS24で、フィードバック制御量Fp_fbに含まれる積分項を固定値とすることで、フィードバック制御量Fp_fbを制限し、制限された値に基づきプーリ推力のフィードバック制御を行う。具体的には、ステップS23の判定が肯定的な場合には、ステップS45における積分項の更新を行わずに、バッファに記憶された更新前の積分項を用いてステップS24でプーリ推力のフィードバック制御を行う。ステップS24の処理の後、変速コントローラ22はルーチンを終了する。ステップS23の判定が否定的な場合には、変速コントローラ22はステップS45とS46で通常のプーリ推力のフィードバック制御を行う。
【0132】
一方、ステップS13の判定が肯定的な場合には、前述のように現在の変速条件が最大変速比付近の伸び依存変速条件に該当することを意味する。
【0133】
この場合には、変速コントローラ22はステップS32で、プライマリ入力トルクTpからセカンダリ推力上限値Fs_maxを算出する。セカンダリ推力上限値Fs_maxはプライマリ入力トルクTpとプライマリプーリ11の回転速度Npから計算される、伸びなし最大変速比を実現するためのセカンダリ推力である。ハードウェアのばらつきによる不確定要素を考慮して、セカンダリ推力上限値Fs_maxを計算値より若干低い値に設定しても良い。
【0134】
ステップS33で、変速コントローラ22は加算器R14による加算値Fs+Fs_fbがセカンダリ推力上限値Fs_maxより大きいかどうかを判定する。加算値Fs+Fs_fbがセカンダリ推力上限値Fs_maxより大きい場合には、Vチェーン13に伸びがないと、実変速比ipは目標変速比Dipに到達できない。その結果、ルーチン実行のつど、フィードバック制御量Fs_fbに含まれる積分項が累加し、目標変速比Dipが伸び’なし最大変速比を下回った場合に実変速比ipの追随に遅れが生じる。
【0135】
ステップS33の判定が肯定的な場合には、変速コントローラ22はステップS34で、フードバック制御量Fs_fbに含まれるフィードバック積分値を固定値とすることで、フィードバック制御量Fs_fbを制限し、制限された値に基づきプーリ推力のフィードバック制御を行う。具体的には、ステップS33の判定が肯定的な場合には、ステップS45における積分項の更新を行わずに、バッファに記憶された更新前の積分項を用いてステップS34でプーリ推力のフィードバック制御を行う。ステップS34の処理の後、変速コントローラ22はルーチンを終了する。ステップS33の判定が否定的な場合には、変速コントローラ22はステップS45とS46で通常のプーリ推力のフィードバック制御を行う。また、ステップS12とS13の判定のいずれかが否定的な場合も変速コントローラ22はステップS45とS46で通常のプーリ推力のフィードバック制御を行う。
【0136】
以上のルーチン実行により、図13に示す加算器B15の出力値Fp+Fp_fbがプライマリ推力下限値Fp_minを下回る場合にはフィードバック制御量Fp_fbに含まれる積分項が固定され、加算器B14の出力値Fs+Fs_fbがセカンダリ推力上限値Fs_maxを上回る場合にはフィードバック制御量Fs_fbに含まれる積分項が固定される。
【0137】
このようにして、この実施形態においては、伸び依存変速条件に相当するプライマリ推力またはセカンダリ推力に関して、フィードバック制御に制限を加えることで、変速条件が伸び依存変速条件から非伸び依存変速条件へと変化した場合の応答遅れを防止する。
【0138】
図15を参照して、目標変速比Dipの増大により時刻t1に最大変速比付近の伸び依存変速条件が成立し、時刻t2に同条件が不成立となる場合の、この実施形態によるプーリ推力の変化を説明する。図15(a)において、細破線は目標変速比Dipを表す。太破線はこの実施形態による積分項更新制限ルーチンを実行した場合の実変速比ipの変化を表す。実線は伸び依存変速条件において積分項更新制限ルーチンを実行しない場合の実変速比ipの変化を示す。
【0139】
図15(b)において、細破線は変速比フィードバック制御を禁止した場合のセカンダリプーリ12のプーリ推力の変化を表す。ここで、変速比フィードバック制御を禁止した場合のセカンダリプーリ12のプーリ推力は、図13のセカンダリバランス推力算出ユニットB8が出力するセカンダリパランス推力Fsに相当する。太破線は積分項更新制限ルーチンを実行した場合のセカンダリプーリ12のプーリ推力の変化を表す。実線は積分項更新制限ルーチンを実行しない場合のセカンダリプーリ12のプーリ推力の変化を表す。
【0140】
Vチェーン13に伸びが生じ、図15(a)に示すように、時刻t1に最大変速比付近の伸び依存変速条件が成立すると、以後は目標変速比Dipに対して実変速比ipは追随できず、目標変速比Dipを実変速比ipが常に下回った乖離状態が継続する。
【0141】
これに対して、変速コントローラ22は図13に示すプーリ推力のフィードバック制御機能により、PI制御またはPID制御のもとで積分項を累加させる。その結果、セカンダリプーリ12のプーリ推力Fsは時間とともに増大する。変速コントローラ22がプーリ推力のフィードバック制御に並行して図14の積分項更新制限ルーチンを実行しない場合には、積分項の累加により図15(b)の実線に示すように、セカンダリプーリ12の推力Fsは増大を続ける。目標変速比Dipが減少に転じて、時刻t2に伸び依存変速条件が不成立となると、セカンダリプーリ12の推力Fsは減少し始めるが、累加した積分項の減少に時間がかかるため、セカンダリプーリ12の推力Fsの減少は目標変速比Dipの減少に直ちに追随できない。結果として、図15(a)の実線が示すように、実変速比ipが目標変速比Dipに一致するのは時刻t2から相当の時間が経過した後となる。
【0142】
一方、変速コントローラ22が、プーリ推力のフィードバック制御に並行して図14の積分項更新制限ルーチンを実行する場合は、時刻t1から実変速比ipの目標変速比Dipに対する乖離が始まった後、セカンダリプーリ12のプーリ推力が最大変速比しきい値ip_maxに達すると、以後はプーリ推力のフィードバック制御に用いる積分項が、プーリ推力Fsが最大変速比しきい値ip_maxに達する直前の値に固定される。そのため、実変速比ipと目標変速比Dipの乖離状態が継続しても、プーリ推力のフィードバック制御に用いる積分項が累加せず、セカンダリプーリ12のプーリ推力はセカンダリパランス推力Fsに一定値を加えた状態を維持する。したがって、最大変速比しきい値ip_maxを上回る過大なプーリ推力が指令されることはない。
【0143】
このように、積分値の更新を禁じることで、時刻t2前に目標変速比Dipが減少を示すと、セカンダリプーリ12のプーリ推力は直ちに減少を開始する。そして、時刻t2に目標変速比Dipが伸び依存変速条件を満たさなくなった後は、セカンダリプーリ12のプーリ推力は速やかに減少して、実変速比ipを目標変速比Dipに一致させる。
【0144】
以上の各実施形態では、伸び依存変速条件で積分項を固定値とすることで、変速比フィードバック制御の制限している。しかしながら、変速比フィードバック制御の制限は積分項を固定値とすることに留まらない。例えば、一律にフィードバック制御を禁止することも可能である。この場合も、図15(b)に示すように、目標変速比Dipが伸び依存変速条件を満たさなくなった時の、実変速比ipの応答遅れの防止に関して好ましい効果を得ることができる。
【0145】
ただし、伸び依存変速条件であっても、一定の制限のもとで継続することで、実変速比ipを目標変速比Dipに近づけることができる場合がある。以上の各実施形態で、伸び依存変速条件であっても変速比フィードバック制御を禁止していないのはそのようなケースを考慮してのことである。
【0146】
以上説明した図8、図10、及び図14の各積分項更新制限ルーチンにおいて、ステップS2とS3及びステップS12とS13が、Vチェーン13の伸びの有無が実変速比ipの目標変速比Dipへの到達を不可能にする伸び依存変速条件、の成立を判定する判定手段を構成する。また、ステップS4及びステップS24とS34が伸び依存変速条件が成立する場合に、変速比フィードバック制御を制限するフィードバック制御制限手段を構成する。
【0147】
以上のように、この発明による変速比制御装置は、一対のプーリに掛け回された無端トルク伝達部材を介して一対のプーリ間で変速を行う無段変速機の制御装置において、一対のプーリ間の実変速比が目標変速比に追随するように変速比をフィードバック制御するフィードバック制御手段と、無端トルク伝達部材の伸びの有無が実変速比の目標変速比への到達を不可能にする伸び依存変速条件が成立するかどうかを判定する判定手段と、伸び依存変速条件が成立する場合に、変速比フィードバック制御を制限するフィードバック制御制限手段と、を備えている。
【0148】
フィードバック制御制限手段が、無端トルク伝達部材の伸びにより実現不可能となった目標変速比への変速比のフィードバック制御を制限することで、フィードバック制御量の増大が抑制される。その結果、実現可能な目標変速比が新たに設定された時点で生じるフィードバック制御の応答遅れが解消される。したがって、無端トルク伝達部材を用いた無段変速機の変速比フィードバック制御の応答性が向上する。
【0149】
フィードバック制御制限手段が、目標変速比と実変速比との乖離が継続する限り累加する積分項を含むフィードバック制御量を適用することで、変速比をフィードバック制御する場合に、フィードバック制御制限手段は積分項の累加を阻止することで、変速比フィードバック制御を制限することができる。これにより伸び依存変速条件が成立する期間中もフィードバック制御が継続されるので、フィードバック制御による目標変速比の実現と積分項の累加によるフィードバック制御の応答遅れの防止とを両立させることができる。
【0150】
さらに、フィードバック制御制限手段が、伸び依存変速条件が成立する期間中の積分項を、伸び依存変速条件が成立する直前の積分項の値に固定することで、伸び依存変速条件が成立する期間中の積分項の累加を阻止することができる。これにより伸び依存変速条件が成立する期間中もフィードバック制御が継続されるので、フィードバック制御による目標変速比の実現と積分項の累加によるフィードバック制御の応答遅れの防止とを両立させることができる。
【0151】
あるいは、フィードバック制御制限手段が、伸び依存変速条件が成立する期間中の積分項に上限を設けることで、伸び依存変速条件が成立する期間中の積分項の累加を阻止することができる。これにより伸び依存変速条件が成立する期間中もフィードバック制御が継続されるので、フィードバック制御による目標変速比の実現と積分項の累加によるフィードバック制御の応答遅れの防止とを両立させることができる。
【0152】
判定手段は、実変速比が無端トルク伝達部材に伸びがある場合に採り得る伸びあり最小変速比以下であって、かつ目標変速比より大きい場合に、伸び依存変速条件が成立したと判定することができる。この判定により、最小変速比付近の伸び依存変速条件を容易に精度良く判定できる。
【0153】
あるいは、判定手段は、実変速比が無端トルク伝達部材に伸びがない場合に取り得る伸びなし最大変速比以上であって、かつ目標変速比より小さい場合に、伸び依存変速条件が成立したと判定することができる。この判定により、最大変速比付近の伸び依存変速条件を容易に精度良く判定できる。
【0154】
フィードバック制御手段は、目標変速比と実変速比との乖離の継続に応じて累加する積分項を含むフィードバック制御量を目標変速比に適用することで変速比をフィードバック制御することができる。このように、目標変速比をフィードバック制御の対象とし、フィードバック制御制限手段が伸び依存変速条件下での目標変速比のフィードバック制御を制限することで、伸び依存変速条件下におけるフィードバック制御量の増大が抑制され、実現可能な目標変速比が新たに設定された時点で生じる実変速比変化の応答遅れを解消することができる。
【0155】
実変速比は一対のプーリを構成する各プーリに加えられるプーリ推力に応じて変化する。したがって、フィードバック制御手段が目標変速比と実変速比との乖離が継続する限り累加する積分項を含むフィードバック制御量を、一対のプーリのいずれかのプーリに加えられるプーリ推力に適用することも好ましい。このように、プーリ推力をフィードバック制御の対象とし、フィードバック制御制限手段が伸び依存変速条件下でのプーリ推量のフィードバック制御を制限することで、伸び依存変速条件下におけるフィードバック制御量の増大が抑制され、実現可能な目標変速比が新たに設定された時点で生じる実変速比変化の応答遅れを解消することができる
また、伸び依存変速条件が成立するとともに、フィードック制御を加えたプライマリプーリ推力が予め定めたプーリ推力下限値を下回る場合に、フィードバック制御手段が積分項の累加を阻止するようにすることも好ましい。このようにすることで、積分項が累加する状況を精度良く判定することができる。
【0156】
あるいは、伸び依存変速条件が成立するとともに、フィードック制御を加えたセカンダリプーリ推力が予め定めたプーリ推力上限値を上回る場合に、フィードバック制御手段が積分項の累加を阻止するようにすることも好ましい。このようにすることで、積分項が累加する状況を精度良く判定することができる。
【0157】
目標変速比を、無端トルク伝達部材に伸びがない場合に採り得る伸びなし最小変速比から、無端トルク伝達部材に伸びがある場合に採り得る伸びあり最大変速比に至る変速比領域の全域を対象として設定することも好ましい。この設定により、目標変速比の設定領域を拡げることができる。
【0158】
この発明はまた、一対のプーリに掛け回された無端トルク伝達部材を介して一対のプーリ間で変速を行う無段変速機の制御方法において、一対のプーリ間の実変速比が目標変速比に追随するように変速比をフィードバック制御し、無端トルク伝達部材の伸びの有無が実変速比の目標変速比への到達を不可能にする伸び依存変速条件が成立するかどうかを判定し、伸び依存変速条件が成立する場合に、変速比フィードバック制御を制限している。
【0159】
この制御方法によれば、無端トルク伝達部材の伸びにより実現不可能となった目標変速比への変速比のフィードバック制御を制限することで、フィードバック制御量の増大が抑制される。その結果、実現可能な目標変速比が新たに設定された時点で生じるフィードバック制御の応答遅れが解消される。したがって、無端トルク伝達部材を用いた無段変速機の変速比フィードバック制御の応答性が向上する。
【0160】
以上のように、この発明をいくつかの特定の実施形態を通じて説明して来たが、この発明は上記の各実施形態に限定されるものではない。当業者にとっては、クレームの技術範囲でこれらの実施形態にさまざまな修正あるいは変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0161】
1 内燃エンジン
3 ギヤ列
4 無段変速機(CVT)
5 ギヤ列
7 駆動輪
10 油圧ポンプ
11 プライマリプーリ
12 セカンダリプーリ
13 Vチェーン
15 油圧シリンダ
16 油圧シリンダ
21 油圧制御回路
22 変速コントローラ
41 アクセラレータペダル開度センサ
42 プライマリ回転センサ
43 セカンダリ回転センサ
45 インヒビタスイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対のプーリに掛け回された無端トルク伝達部材を介して前記一対のプーリ間で変速を行う無段変速機の変速制御装置、において、
前記一対のプーリ間の実変速比が目標変速比に追随するように変速比をフィードバック制御するフィードバック制御手段と、
前記無端トルク伝達部材の伸びの有無が前記実変速比の前記目標変速比への到達を不可能にする伸び依存変速条件が成立するかどうかを判定する判定手段と、
前記伸び依存変速条件が成立する場合に、変速比のフィードバック制御を制限するフィードバック制御制限手段と、
を備えたことを特徴とする無段変速機の変速制御装置。
【請求項2】
前記フィードバック制御手段は、前記目標変速比と前記実変速比との乖離が継続する限り累加する積分項を含むフィードバック制御量を適用することで、変速比をフィードバック制御するとともに、前記フィードバック制御制限手段は前記積分項の累加を阻止することで変速比のフィードバック制御を制限する、ことを特徴とする請求項1の変速制御装置。
【請求項3】
前記フィードバック制御制限手段は、前記伸び依存変速条件が成立する期間中の前記積分項を、前記伸び依存変速条件が成立する直前の前記積分項の値に固定することで、前記積分項の累加を阻止する、ことを特徴とする請求項2の変速制御装置。
【請求項4】
前記フィードバック制御制限手段は、前記伸び依存変速条件が成立する期間中の前記積分項に上限を設けることで、前記積分項の累加を阻止する、ことを特徴とする請求項2の無段変速機の変速制御装置。
【請求項5】
前記判定手段は、前記実変速比が、前記無端トルク伝達部材に伸びがある場合に実現し得る伸びあり最小変速比以下であって、かつ前記目標変速比より大きい場合に、前記伸び依存変速条件が成立したと判定する、ことを特徴とする請求項1から4のいずれかの変速制御装置。
【請求項6】
前記判定手段は、前記実変速比が、前記無端トルク伝達部材に伸びがない場合に実現し得る伸びなし最大変速比以上であって、かつ前記目標変速比より小さい場合に、前記伸び依存変速条件が成立したと判定する、ことを特徴とする請求項1から5のいずれかの変速制御装置。
【請求項7】
前記フィードバック制御手段は、前記フィードバック制御量を前記目標変速比に適用することで変速比をフィードバック制御する、ことを特徴とする請求項2から4のいずれかの変速制御装置。
【請求項8】
前記実変速比は、前記一対のプーリを構成する各プーリに加えられるプーリ推力に応じて変化するとともに、前記フィードバック制御手段は、前記フィードバック制御量を前記一対のプーリのいずれかのプーリに加えられるプーリ推力に適用することで変速比をフィードバック制御する、ことを特徴とする請求項2から4のいずれかの変速制御装置。
【請求項9】
前記一対のプーリは回転トルクを入力するプライマリプーリと回転トルクを出力するセカンダリプーリからなり、前記判定手段は、前記実変速比が、前記無端トルク伝達部材に伸びがある場合に実現し得る伸びあり最小変速比以下であって、かつ前記目標変速比より大きい場合に、前記伸び依存変速条件が成立したと判定し、前記フィードバック制御手段は、前記伸び依存変速条件が成立するとともに、フィードック制御を加えたプライマリプーリ推力が予め定めたプーリ推力下限値を下回る場合に、前記積分項の累加を阻止する、ことを特徴とする請求項7または8の変速制御装置。
【請求項10】
前記一対のプーリは回転トルクを入力するプライマリプーリと回転トルクを出力するセカンダリプーリからなり、前記判定手段は、前記実変速比が、前記無端トルク伝達部材に伸びがない場合に実現し得る伸びなし最大変速比以上であって、かつ前記目標変速比より小さい場合に、前記伸び依存変速条件が成立したと判定し、前記フィードバック制御手段は、前記伸び依存変速条件が成立するとともに、フィードバック制御を加えたセカンダリプーリ推力が予め定めたプーリ推力上限値を上回る場合に、前記積分項の累加を阻止する、ことを特徴とする請求項7または8の変速制御装置。
【請求項11】
前記目標変速比は、前記無端トルク伝達部材に伸びがない場合に実現し得る伸びなし最小変速比から、前記無端トルク伝達部材に伸びがある場合に実現し得る伸びあり最大変速比に至る変速比領域の全域を対象として設定される、請求項1から10のいずれかの変速制御装置。
【請求項12】
一対のプーリに掛け回された無端トルク伝達部材を介して前記一対のプーリ間で変速を行う無段変速機の制御方法、において、
前記一対のプーリ間の実変速比が目標変速比に追随するように変速比をフィードバック制御し、
前記無端トルク伝達部材の伸びの有無が前記実変速比の前記目標変速比への到達を不可能にする伸び依存変速条件が成立するかどうかを判定し、
前記伸び依存変速条件が成立する場合に、変速比のフィードバック制御を制限する、
ことを特徴とする無段変速機の変速制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−149659(P2012−149659A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−6651(P2011−6651)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】