説明

硬質炭素膜層を備えた層構造体およびその層構造を表面に備えたバルブリフター

【課題】作動時に600MPaあるいはそれ以上の高い摺動面圧が作用する部材に使用しても、成膜した硬質炭素膜層の剥離が生じないようにした硬質炭素膜層を備えた層構造体を開示する。
【解決手段】基材2の上にTi層3、中間層4および硬質炭素膜層5をこの順で積層してなる層構造体1において、中間層4はSiとCの混合成分層であってTi層3の上に形成される第1の層41とその上に形成される第2の層42とで構成される。第1の層41はC量に対するSi量の組成比が30〜60mass%の層であり、第2の層42は第1の層41から硬質炭素膜層5に向かうに従いC量に対するSi量の組成比が減少していく傾斜層であり、硬質炭素膜層5の直下においてC量に対するSi量の組成比5〜20mass%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低摩擦化を目的として成膜される硬質炭素膜層を備えた層構造体と、その層構造体を表面層に持つバルブリフターに関する。
【背景技術】
【0002】
低摩擦化を目的として、例えば鉄やステンレス材である基材の表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)に代表される硬質炭素膜層を成膜することが行われており、基材に硬質炭素膜層を成膜した材料は、自動車の摺動部品などにおいて多く採用されている。比較して柔らかい基材表面に硬い硬質炭素膜層を単に成膜した場合、密着性が不十分となり、基材と硬質炭素膜層との間に剥離が生じやすいので、剥離を回避するための技術が開発されかつ実施されている。そのような技術の一例が特許文献1または特許文献2などに記載されている。
【0003】
特許文献1には、母材に中間層(例えばSi,Ti)を介して形成されたダイヤモンドライクカーボン層を含んでなるダイヤモンドライクカーボン薄膜において、中間層とダイヤモンドライクカーボン層の間に、中間層の成分と炭素からなる混合成分層を設け、混合成分層がダイヤモンドライクカーボン層と接する位置では該混合成分層は実質的に炭素からなり、また中間層と接する位置では該混合成分層は実質的に中間層の成分からなるとともに、この混合成分層の組成を層厚さ方向で連続的に変化させている。
【0004】
特許文献2には、少なくとも表面の一部に設けられた炭化タングステンを含む合金層、この合金層の上に設けられ、前記合金層の組成に対し炭素含有量のみが多い組成か、実質的に炭素からなる下地層、およびこの下地層上に設けられたダイヤモンドライクカーボン薄膜を備える物品が記載されている。
【0005】
また、特許文献3には、基材上に、該基材と相性のよい中間層(金属膜)が形成され、その上に、硬質炭素膜として、シリコンを含有する高濃度シリコン含有硬質炭素膜(高濃度層)とその上に形成した該高濃度層よりも少なめのシリコンを含有する低濃度シリコン含有硬質炭素膜(低濃度層)からなる硬質炭素膜を形成した層構造体が記載されている。そして、硬質炭素膜に含まれるシリコンの量が基材から遠くなるにつれて減少することで、硬質炭素膜の耐面圧性を含めた密着性が向上すると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−256850号公報
【特許文献2】特開平7−268607号公報
【特許文献3】特開平2006−161075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、基材の表面に硬質炭素膜層を成膜した部材について、実際に使用しかつ継続して研究を行ってきているが、その過程で、従来提案されている、基材と硬質炭素膜層との密着性を高めるために両者間に金属とCを含む混合層からなる中間層を形成した部材は、硬質炭素膜層の剥離を防ぐのにある程度は有効であるが、自動車のバルブリフターのように、作動時に600MPaあるいはそれ以上の摺動面圧が作用する部材の場合には、高硬質である硬質炭素膜層と比較して低硬度である基材との間に存在する、金属とCを含む混合層に応力が集中し、長い時間運転を継続すると、剥離が生じやすくなることを経験した。
【0008】
また、特許文献3に記載のように、硬質炭素膜をシリコン高濃度層とシリコン低濃度層の2層構造とし、基材上に形成した中間層の上に、シリコン高濃度層を形成するようにすることで、硬質炭素膜全体と中間層との密着性を向上させることができると考えられるが、シリコン含有量がある程度以上に高くなるとそれに応じて膜硬度が低下して脆くなることから、この場合も、作動時に600MPaあるいはそれ以上の摺動面圧が作用する部材に適用するときには、前記シリコン高濃度層が崩壊し、硬質炭素膜が基材から剥離してしまう恐れがある。
【0009】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、作動時に600MPaあるいはそれ以上の高い摺動面圧が作用する部材に使用しても、成膜した硬質炭素膜層の剥離が生じないようにした硬質炭素膜層を備えた層構造体を開示することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決すべく、本発明者らは基材の表面に硬質炭素膜層を備えた層構造体について、さらに多くの実験と研究を行うことにより、基材の上にTi層、中間層および硬質炭素膜層をこの順で積層してなる層構造体において、中間層におけるSiとCの構成比を特定の範囲に限定し、かつその比率を層厚さ方向に連続的に変化させることで、中間層内での局所的な内部応力の集中を緩和させることができ、バルブリフターのような摺動環境が高面圧下にある部品に使用しても、硬質炭素膜層の剥離が生じるのを抑制でき、長時間にわたって低摩擦効果を維持できることを知見した。本発明は、上記の知見に基づいてなされたものである。
【0011】
すなわち、本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体は、基材の上にTi層、中間層および硬質炭素膜層をこの順で積層してなる層構造体であって、前記中間層はSiとCの混合成分層であり、かつ前記中間層は前記Ti層の上に形成される第1の層と該第1の層の上に形成される第2の層とを有し、前記第1の層はC量に対するSi量の組成比が30〜60mass%の層であり、前記第2の層は前記第1の層から前記硬質炭素膜層に向かうに従いC量に対するSi量の組成比が減少していく傾斜層となっており硬質炭素膜層直下においてC量に対するSi量の組成比5〜20mass%であることを特徴とする。
【0012】
後の実施例に示すように、本発明による層構造体を備えた部材は、前記第1の層をC量に対するSi量の組成比が30〜60mass%の層とすることで、硬度と付着力の点でバランスの取れた状態となり、摺動環境が高面圧下である過酷な条件で使用しても、硬質炭素膜層の剥離は生じない。しかし、C量に対するSi量の組成比が本発明による範囲を外れる場合には、同じ条件で使用したときに、剥離が生じる。
【0013】
本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体のより好適な態様では、前記第2の層の厚みがSiO換算で0.5〜1.5μmである。後の実施例に示すように、第2の層の厚みが上記の範囲であれば、過酷な条件で使用しても、硬質炭素膜層の剥離は生じない。しかし、厚みが上記の範囲を外れる場合には、同じ条件で使用したときに、剥離が生じる場合がある。
【0014】
本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体のより好適な態様では、表層である硬質炭素膜層の硬度が16GPa以上であることを特徴とする。
【0015】
本発明の硬質炭素膜層を備えた層構造体では、基材の直上にTi層を有し、さらにその上に前記中間層を有している。そのために、上記のように硬度が16GPa以上である高硬質の硬質炭素膜層を用いても、基材との間に高い密着性を形成することができ、剥離が生じるのを回避できる。
【0016】
本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体のより好適な態様では、表層である硬質炭素膜層の面粗度がJISB0601−1994に準拠してRz=0.5μm以下であることを特徴とする。
【0017】
一般に、硬質炭素膜層を備えた層構造体において、硬質炭素膜層の面粗度は基材表面の面粗度に倣うものであり、両者間での高い密着性を確保するには、基材の面粗度を粗くしてより高いアンカー効果を確保することが必要となる。しかし、本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体では、前記したTi層と中間層とを基材と硬質炭素膜層との間に介在させることで、基材と硬質炭素膜層との間の高い密着性を確保している。そのために、基材の表面がごく平坦(Rz=0.5μm以下)であっても、硬質炭素膜層面が剥離するのを回避できる。結果として、本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体では、表層である硬質炭素膜層の面粗度がJISB0601−1994に準拠してRz=0.5μm以下のものとすることができる。硬質炭素膜層の表面の平坦度が極めて高いことから、部材として、従来品よりも低摩擦係数のものとすることができる。
【0018】
本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体は、低摩擦化が求められる任意の部材の表面層として形成することができる。前記したように、高い摺動面圧下でも硬質炭素膜層の剥離が生じないことから、本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体を表面層に持つバルブリフターは、きわめて好適な部品である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、作動時に600MPaあるいはそれ以上の高い摺動面圧が作用する部材に使用しても、成膜した硬質炭素膜層の剥離が生じないようにした硬質炭素膜層を備えた層構造体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体を模式的に示す図。
【図2】実施例1での結果を示すグラフ。
【図3】実施例2での結果を示すグラフ。
【図4】実施例3での結果を示すグラフ。
【図5】実施例4での結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体を実施の形態に基づき説明する。なお、以下の説明および図面では、「mass%」を単に「%」として記載する。
【0022】
図1は、本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体を模式的に示している。図1に示すように、硬質炭素膜層を備えた層構造体1は、基材2と、その直上に成膜したTi層3と、その直上に成膜した中間層4と、その直上に成膜した硬質炭素膜層5とからなる。成膜の方法は任意であり、一例として、CVD(化学蒸着)法が挙げられる。
【0023】
基材2は、硬質炭素膜層を備えた層構造体の用途に応じて最適の材料が選択されるが、一般的に、鉄材あるいはステンレス材である。硬質炭素膜層5は、公知のダイヤモンドライクカーボン(DLC)であってよいが、これに限らない。
【0024】
中間層4は、SiとCの混合成分層であり、前記Ti層3の上に形成される第1の層41と該第1の層41の上に形成される第2の層42とからなる。そして、前記第1の層41は、C量に対するSi量の組成比が30〜60%の範囲の層であり、前記第2の層42は、第1の層41から前記硬質炭素膜層5に向かうに従ってC量に対するSi量の組成比が次第に減少する傾斜層となっており、硬質炭素膜層5の直下においてC量に対するSi量の組成比が5〜20%とされている層である。この組成比は、硬質炭素膜層5のC量に対するSi量の組成比と同じであることが好ましい。
【0025】
制限されないが、Ti層3の厚みはSiO換算で0.2〜1.0μm程度であり、中間層4の厚みはSiO換算で0.8〜1.9μm程度である。そして、中間層4を構成する第1の層41の厚みはSiO換算で0.3〜0.4μmであり、第2の層の厚みがSiO換算で0.5〜1.5μmである。また、硬質炭素膜層5の厚みは、0.2〜10μm程度である。
【0026】
上記構成である硬質炭素膜層を備えた層構造体1は、基材2の直上にTi層3を成膜し、その直上に、前記特定の組成比とされたSiとCの混合層を中間層4として成膜したことにより、基材2と硬質炭素膜層5との間の密着性が大きく向上し、硬質炭素膜層5が剥離するのが大きく抑制される。
【実施例】
【0027】
以下、実施例と比較例により、本発明の優位性を説明する。
【0028】
[実施例1]
サンプルの作成
Fe基材の表面に、CVD法を用いて、Ti層、中間層、DLC膜を、この順で順次成膜して、表1に示したサンプル1〜14を得た。Ti層の成膜は、サンプル1〜15のすべてについて、Tiターゲットを用いたマグネトロン法により、Arを100cc導入しながら3kwの電力をターゲットに印加して放電させることで、Tiを蒸着させた。厚みはすべてSiO換算で0.8μm程度とした。
【0029】
各サンプル1〜15のTi層の上に、中間層を構成する第1の層を膜厚SiO換算で0.4μm程度に成膜した。成膜はアセチレン(C)ガスとテトラメチルシラン(TMS)ガスを混合させたCVD法で行い、各サンプル1〜15について、アセチレンガスとTMSガスの流量比を適切に設定することで、C量に対するSi量の組成比を異ならせた。さらに、各サンプル1〜15の第1の層の上に、やはり中間層を構成する、C量に対するSi量の組成比が次第に減少していく傾斜層を、第2の層として、膜厚SiO換算で1.0μm程度に成膜した。成膜をアセチレンガスとTMSガスの流量比を段階的に変化させる条件で行うことで、C量に対するSi量の組成比を次第に減少させた。
【0030】
各サンプル1〜15の各第2の層の上に、膜厚0.2〜10μmのDLC膜を、アセチレンガス100ccとArガス100ccを混合させたCVD法により成膜した。
【0031】
耐久試験
上記のサンプル1〜15を用いてバルブリフターを作り、実際のエンジンに取り付けて、耐久試験を行った。試験条件は、エンジン回転速度:2000±50[r/min]、エンジン油:JWS3049 SL−5W30、摺動時間:200Hr、エンジン負荷:無負荷、最大リフト荷重:450N、とした。試験終了後に、バルブリフターを取り出し、DLC膜の剥離が生じているかどうかを目視により観察した。その結果を表1および図2に示した。なお、図2で、×、○に付いている数字はサンプル番号である。
【0032】
【表1】

【0033】
[評価]
表1および図2に示されるように、他の成膜条件が同じであっても、Ti層の上に形成される第1の層のC量に対するSi量の組成比が30〜60%の範囲であり、かつ第1の層の上に形成される第2の層は、前記第1の層に面する部位でのC量に対するSi量の組成比が30〜60mass%であり、そこからDLC膜に向かうに従いC量に対するSi量の組成比が減少していく傾斜層となっていて、DLC膜直下におけるC量に対するSi量の組成比5〜20mass%である場合には、同じ条件で耐久試験を行ったときに、剥離が発生していないことがわかる。
【0034】
[実施例2](中間層の膜厚)
中間層の膜厚と密着性すなわち剥離発生有無との関係を実証すべく、実施例1でのサンプル7、サンプル8、サンプル9、サンプル10、サンプル11、とサンプル13を用いて、剥離発生の有無を実機評価した。
【0035】
サンプルの作成
サンプルの製造方法は実施例1と同様にして行った。ただし、各サンプルについて、第1の層と第2の層(傾斜層)との膜厚(SiO換算)を表2に示すように異ならせた。
【0036】
【表2】

【0037】
耐久試験
表2に示す、サンプル7−1〜7−4、サンプル8−1〜8−5、サンプル9−1〜9−5、サンプル10−1〜10−4、サンプル11−1〜11−4、およびサンプル13−1〜13−4を用いて実施例1と同様にバルブリフターを作り、実際のエンジンに取り付けて、実施例1と同じ条件で耐久試験を行った。試験終了後に、バルブリフターを取り出し、DLC膜の剥離が生じているかどうかを目視により観察した。その結果を表2および図3に示した。
【0038】
[評価]
表2および図3に示されるように、いずれのサンプルにおいても、第1の層の厚さがほぼ同じ(SiO換算で0.3〜0.4μm)であっても、第2の層(傾斜層)の厚さが、SiO換算で0.5〜1.5μmの範囲では剥離が発生せず、SiO換算で0.5μm未満であるか、SiO換算で1.5μmを超える場合には剥離が発生している。このことから、本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体において、第2の層(傾斜層)の厚みがSiO換算で0.5〜1.5μmの範囲であることは、剥離発生防止に特に有効であることが推認される。
【0039】
[実施例3](DLC膜の表面硬度)
実施例1でのサンプル8を作る際に、DLC膜の製膜条件を冶具に印加する電圧を適切に設定することで、表3に示すように、DLC膜の表面硬度が異なる8種類のサンプル(サンプル8−6〜8−13)を作成した。そのサンプルを用いて実施例1と同様にバルブリフターを作り、実際のエンジンに取り付けて、実施例1と同じ条件で耐久試験を行った。試験終了後に、バルブリフターを取り出し、DLC膜の剥離が生じているかどうかを目視により観察したが、剥離は生じていなかった。
【0040】
また、試験終了時でのDLC膜の摩耗量を摩耗深さとして測定した。その結果も表3に示し、また図4に示した。
【0041】
【表3】

【0042】
[評価]
本発明の硬質炭素膜層を備えた層構造体では、基材の直上にTi層を形成し、さらにその上に前記中間層を形成し、その上に硬質炭素膜層(DLC膜)を形成していることから、硬度が16GPa以上である高硬質の硬質炭素膜層を用いても、基材との間に高い密着性を形成することができ、剥離が生じなかったことがわかる。
【0043】
また、表3および図4に示すように、膜硬度が16GPa以上であることで、部品の摩耗深さが0.2μm以下となっており、部品として低摩擦効果も得られることがわかる。
【0044】
[実施例4](DLC膜の表面粗度)
実施例1でのサンプル8を作る際に、Fe基材の表面粗度(JISB0601−1994に準拠するRz)を0.32から0.6の間の6段階のものが得られるように研磨した。研磨後の6種類のFe基材を用いた以外は、実施例1と同様にして、表4に示す6つのサンプル(8−14〜8−19)を作成した。作成したサンプル8−14〜8−19のDLC膜の表面粗度を測定したところ、Fe基材の表面粗度と同等の表面粗度とであった。
【0045】
また、そのサンプルを用いて実施例1と同様にバルブリフターを作り、実際のエンジンに取り付けて、実施例1と同じ条件で耐久試験を行った。試験終了後に、バルブリフターを取り出し、DLC膜の剥離が生じているかどうかを目視により観察したが、剥離は生じていなかった。
【0046】
また、各サンプルのDLC膜の摩擦係数と、従来基材であるSCM42Cの摩擦係数とをリングオンブロック試験(JWS3049,ヘルツ圧640MPa、油温80℃、摺動速度0.3m/s)により測定し、従来基材の摩擦係数を1として各サンプルの摩擦係数比を算出した。その結果を表4および図5に示した。
【0047】
【表4】

【0048】
[評価]
本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体では、前記したTi層と中間層とを基材と硬質炭素膜層との間に介在させることで、基材と硬質炭素膜層との間の高い密着性を確保している。そのために、Fe基材の表面がごく平坦(Rz=0.5μm以下)であっても、DLC膜に剥離が生じていない。このことは、本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体では、硬質炭素膜層(DLC膜)の表面の平坦度を極めて高くすることが可能であることを示しており、バルブリフターのような部材をとして、従来品よりも低摩擦係数のものとすることができる。
【0049】
実際に、表面粗度Rzが0.6であるDLC膜を備えたサンプル8−19では、従来品と比較して摩擦係数が大きくなっているが、Rz=0.5μm以下のものでは摩擦係数が小さくなっている。このことから、本発明による硬質炭素膜層を備えた層構造体では、表層である硬質炭素膜層の面粗度がJISB0601−1994に準拠してRz=0.5μm以下である場合に、特に有効な部品を製造できることがわかる。
【符号の説明】
【0050】
1…硬質炭素膜層を備えた層構造体、
2…基材、
3…Ti層、
4…SiとCの混合成分層である中間層、
41…C量に対するSi量の組成比が30〜60%の範囲である第1の層、
42…第1の層から硬質炭素膜層に向かうに従ってC量に対するSi量の組成比が次第に減少する傾斜層であり、硬質炭素膜層の直下においてC量に対するSi量の組成比が5〜20%とされている第2の層、
5…硬質炭素膜層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の上にTi層、中間層および硬質炭素膜層をこの順で積層してなる層構造体であって、
前記中間層はSiとCの混合成分層であり、かつ前記中間層は前記Ti層の上に形成される第1の層と該第1の層の上に形成される第2の層とを有し、前記第1の層はC量に対するSi量の組成比が30〜60mass%の層であり、前記第2の層は前記第1の層から前記硬質炭素膜層に向かうに従いC量に対するSi量の組成比が減少していく傾斜層となっており硬質炭素膜層直下においてC量に対するSi量の組成比5〜20mass%であることを特徴とする硬質炭素膜層を備えた層構造体。
【請求項2】
前記第2の層の厚みがSiO換算で0.5〜1.5μmであることを特徴とする請求項1に記載の硬質炭素膜層を備えた層構造体。
【請求項3】
表層である硬質炭素膜層の硬度が16GPa以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の硬質炭素膜層を備えた層構造体。
【請求項4】
表層である硬質炭素膜層の面粗度がJISB0601−1994に準拠してRz=0.5μm以下であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一項に記載の硬質炭素膜層を備えた層構造体。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか一項に記載の硬質炭素膜層を備えた層構造体を表面層に持つバルブリフター。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−241463(P2011−241463A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−116575(P2010−116575)
【出願日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(591029699)日本アイ・ティ・エフ株式会社 (25)
【Fターム(参考)】