説明

被覆熱処理鋼材およびその製造方法

【課題】少なくとも片面にめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱した後に冷却する熱処理を行っても、自動車用部材としての塗装後の適正な耐食性を有し、熱処理に伴うスケールの発生を抑制できる被覆熱処理鋼材を提供する。
【解決手段】少なくとも一つの面にアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱する熱処理を行われてなる被覆熱処理鋼材であって、熱処理を行われた部分の少なくとも一部の表面に鉄−アルミニウムが合金化された皮膜を有し、この皮膜が耐食性を有し、かつ高温で潤滑機能を確保し得る皮膜である被覆熱処理鋼材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆熱処理鋼材およびその製造方法に関し、さらに詳しくは、自動車用部材等に好適に用いることができる、優れた耐食性とスケール抑制性とを兼ね備える被覆熱処理鋼材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用部材には、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板または電気亜鉛めっき鋼板等の亜鉛系めっき鋼材が、使用環境における耐食性が必要十分であるとともにコスト面で優れることから、広く用いられる。なかでも、鋼板を連続的に溶融亜鉛めっきした後に500〜550℃程度の温度で熱処理してめっき層全体をFe−Znの金属間化合物層に変化させた合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、溶融亜鉛めっき鋼板や電気亜鉛めっき鋼板に比較すると、めっき層が電気化学的に幾分貴となって犠牲防食能は僅かに低下するものの、めっき層の塗装膜との密着性が向上することから、化成処理および電着塗装を行われて使用されることを前提とする自動車用部材に多用される。
【0003】
なお、合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、そのめっき層が上述したように金属間化合物で形成されることから、プレス(曲げ、絞り)加工時にめっき皮膜の一部がパウダリングする場合がある。このような場合には、かかる問題の少ない溶融亜鉛めっき鋼板や電気亜鉛めっき鋼板が、合金化溶融亜鉛めっき鋼板に代替して用いられる。
【0004】
近年、自動車構造用鋼材には、地球環境への配慮から軽量で高強度の材料が強く要請される。また、衝突時の車体の安全性を高めて安全性を向上するため、衝突時における自動車用部材のエネルギー吸収特性を高めるための開発も推進されている。例えば、自動車の側面からの衝突に対する安全性を高めるため、ドアーの内部に補強用のビームとして配置される鋼管等の金属管に適当な湾曲形状を付与することによって衝突エネルギーの吸収能を高めている。また、センターピラーの補強材もその形状や曲率の適正化を図ることにより、衝突時のエネルギー吸収能を高めている。このような自動車用部材を提供するために、特に鋼管や鋼板のプレ成形品素材を最適な形状に加工する発明が開示されている。
【0005】
一方、自動車用部材には、車体の軽量化を図るため、高張力化に対する要請も強い。このような要請に対応するため、従来とは全く異なる強度レベルからなる高張力鋼、例えば、引張強さが780MPa以上、さらに900MPa以上という超高強度の鋼材も広く用いられるようになっている。高張力鋼からなる素材に、冷間で曲げ加工を行うことは困難であり、また熱間で曲げ加工を行う場合にも不均一な歪みの発生による形状のばらつきを防止できず、形状凍結性が不足する。これに加えて、上述の観点から最適な形状に曲げ加工を行うために、例えば曲げ方向が2次元的や3次元的に変化する、多岐にわたる曲げ形状からなる鋼材を高い寸法精度で加工する曲げ加工技術の開発も強く要請される。
【0006】
本発明者らは、特許文献1により、鋼材の曲げ方向が3次元的に変化する連続曲げの場合であっても、3次元に移動自在に配置されたローラダイスを用いて効率的に、曲げ加工、さらには曲げ加工と同時に鋼材の焼入れを行うための曲げ加工方法および曲げ加工装置に係る発明を開示した。この発明では、高周波加熱コイルにより被加工材である鋼材を、部分的かつ連続的に鋼材の焼入れ可能な温度以上であってかつ組織が粗粒化しない温度まで急速に加熱した直後に急冷し、加熱されて変形抵抗が低下した部分を、可動ローラダイスにより塑性変形させるものである。
【0007】
この発明により自動車用部材を現実に量産するには、製造コストの上昇を抑制するために、被加工材を大気中で加熱することが望ましい。前述の通り、自動車用部材に用いられる鋼材には、基本的に化成処理や電着塗装が施されるが、耐食性を強化する観点から、亜鉛系めっき鋼材が多用されている。したがって、特許文献1により開示した加工方法等において被加工材として亜鉛系めっき鋼材を用いることが可能であれば、被加工材の加熱による酸化を防止できるとともに耐食性を有する曲げ加工部材や焼入部材を製造することができるため、自動車用用途への適用範囲を大幅に拡大することができるようになる。
【0008】
しかしながら、亜鉛めっき鋼材をそのAc変態点、さらにはAc変態点以上に加熱すると、めっき層としての機能が喪失されるおそれがある。その理由は、第1に、亜鉛の蒸気圧が例えば200mmHg:788℃、400mmHg:844℃と温度の上昇とともに急増するために急速加熱過程で気化する可能性があること、第2に、大気中での加熱に伴い亜鉛の酸化が生じること、そして第3に、亜鉛めっき鋼材が600℃以上、特にΓ相(FeZn10)が分解する660℃を超える温度に加熱されると、鋼素地のフェライト中へのZnの固溶現象が顕著になり、めっき層が失われる可能性があるからである。
【0009】
このような問題に対応するため、特許文献2には、亜鉛めっきされた高周波焼入用鋼板をAr点以上1000℃以下の焼入温度で、かつ加熱開始から350℃に冷却されるまでのヒートサイクルタイムを60秒間以内に制限して加熱および冷却する高周波焼入による強化部材の製造方法に係る発明が開示されている。この発明によれば、高周波焼入強化部材として、焼入用鋼板を素板とする溶融亜鉛めっき鋼板を用いて強度を向上させる部位に高周波焼入を施しても、焼入部にめっき層に残存させることができ、しかも、めっき層中のFe濃度が35%以下(本明細書では特に断りがない限り「%」は「質量%」を意味する)に制御され、塗装性および耐食性にも優れる自動車用部材を提供できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO/2006/093006
【特許文献2】特開2000−248338号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、特許文献2により提案された焼入用鋼板に形成される亜鉛めっき層の挙動を明らかにするため、亜鉛系めっき鋼材を用いて高周波加熱による加熱および冷却実験を行った。
【0012】
通常のめっき付着量レベルである60g/m(片面当たり)の亜鉛系めっき鋼材を900℃程度に加熱してから急冷した場合に、めっき層は15%以上のFeを含有する組成となるが、めっき層中にはη相(化学式:Zn)が存在する。供試材に合金化溶融亜鉛めっき鋼材を用いた場合にもめっき層中にη相が存在する。
【0013】
これは、合金化溶融亜鉛めっき鋼材を用いる場合を例として考察すれば、高周波加熱および冷却の過程で金属間化合物が一旦分解して再構成されることによる。すなわち、900℃の加熱温度は、Fe−Zn系の金属間化合物であるζ相(FeZn13)、δ相(FeZn)、Γ相(FeZn21)およびΓ相(FeZn10)のいずれの融点または分解温度より高いため、加熱過程におけるめっき層には高濃度のFeを含有するZnの液相のみが存在し、冷却過程で金属間化合物を析出しつつ、一部に液相Znを残存させたまま凝固するためと考えられる。
【0014】
このような加熱および冷却条件で得られためっき層は、その表面粗度は非常に粗いものになる。このように、加熱および冷却によりめっき層の表面性状が劣化した熱処理鋼材は、その後に行われる化成処理および電着塗装により形成される電着塗膜の膜厚の不均一を生じ、耐食性の著しい低下を誘発することとなる。
【0015】
換言すると、亜鉛系めっき鋼材に600℃以上の温度域、特にAc点以上1000℃以下のような高温域に加熱して冷却するプロセスを施すと、めっき層が鋼素地へ拡散し、または酸化若しくは蒸発により消失する現象を示すものの、何らかの耐食性が期待できる程度に加熱された部分にめっき層を残存させることは特許文献2により開示されるように可能であるものの、残存するめっき層の表面状態が粗いために、その後に自動車用部材として十分な表面処理を施すことが困難になる。
【0016】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、少なくとも片面にめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱した後に冷却する熱処理を行っても、自動車用部材としての適正な塗装後の耐食性を有するとともに、熱処理に伴うスケールの発生を抑制でき、さらには、スケールの発生を抑制できるとともに硬質であることから高温での加工時にも優れた潤滑性を示す被覆熱処理鋼材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、アルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材を焼入れ可能温度域に加熱する熱処理を行うと、この熱処理を行われた部分の少なくとも一部の表面に鉄−アルミニウムが合金化された皮膜が残存し、残存したこの皮膜は、耐食性を有するとともに高温で潤滑機能を確保し得る皮膜であることから、自動車用部材として好適な被覆熱処理鋼材を得られるという知見に基づく。
【0018】
本発明は、少なくとも一つの面にアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱する熱処理を行われてなる被覆熱処理鋼材であって、この熱処理を行われた部分の少なくとも一部の表面に鉄−アルミニウムが合金化された皮膜を有し、この皮膜が耐食性を有し、かつ高温で潤滑機能を確保し得る皮膜であることを特徴とする被覆熱処理鋼材である。
【0019】
別の観点からは、本発明は、少なくとも片面にアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱し、加熱された部分の少なくとも一部の表面に液相が存在しないうちに冷却することにより、この加熱および冷却を行われた部分の少なくとも一部の表面に、酸化物および鉄−アルミニウムが合金化された固溶相を有し、耐食性を有するとともに高温で潤滑機能を確保し得る皮膜を形成することを特徴とする被覆熱処理鋼材の製造方法である。
【0020】
これらの本発明では、アルミニウムベース合金のめっき皮膜が、Al−Zn溶融めっき皮膜、55%Al−Zn−1.5%Si溶融めっき皮膜、純Al電気めっき皮膜またはAl−Mn電気めっき皮膜であることが例示される。
【0021】
これらの本発明では、アルミニウムベース合金のめっき皮膜の付着量が一面当たり10g/m以上100g/m以下であること、または、このめっき層の表面の、JIS B 0610により規定される中心線平均粗さRa(以下、単に「表面粗さRa」という)は特に規定しない。
【0022】
上述した本発明に係る被覆熱処理鋼材の製造方法では、アルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材が、その長手方向へ向けて断続的または連続的に送られながら、第1の支持手段により支持されるとともに、加圧ロールが、第1の支持手段の下流側に配置されるとともにその位置が二次元または三次元に移動自在である第2の支持手段によって回転自在に支持され、さらに、アルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の加熱が、この第2の支持手段と第1の支持手段との間であってアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の外周にこの鋼材から離間して配置される加熱手段によって行われるとともに、冷却が、この加熱手段と第2の支持手段との間に配置される冷却手段によって行われることが、望ましい。
【0023】
これらの本発明における「鋼材」とは、平板材のみならず、丸形、矩形、台形等の断面形状を有する閉断面材、ロールフォーミング等により製造されるチャンネル材等の開断面材、押し出し加工により製造されるチャンネル材等の異型断面材、または例えば丸棒、角棒さらには異形棒等の各種の断面形状を有する棒材等を意味するものであり、長手方向へ断面形状がテーパー状に変化するテーパー形状のものも包含する。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、少なくとも片面にめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱した後に冷却する熱処理を行っても、自動車用部材としての塗装後の適正な耐食性を有するとともに、熱処理に伴うスケールの発生を抑制でき、さらにはスケールの発生を抑制できるとともに硬質であることから高温での加工時にも優れた潤滑性を有する被覆熱処理鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、本発明に係る被覆熱処理鋼材を製造するための製造装置の構成を例示する説明図である。
【図2】図2は、本発明に係る被覆熱処理鋼材を製造するための製造装置における高周波加熱コイルおよび冷却装置の構成の概略を例示する断面図である。
【図3】図3は、本発明に係る被覆熱処理鋼材の製造に用いることができる可動ローラダイスの形状を例示する説明図であり、図3(a)はめっき鋼材が丸管などの閉断面材である場合に2つの加圧ロールにより構成される場合であり、図3(b)はめっき鋼材が矩形管等の閉断面材である場合に2つの加圧ロールにより構成される場合であり、さらに図3(c)はめっき鋼材が矩形管などの閉断面材である場合に4つの加圧ロールにより構成される場合である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明を実施するための形態を、添付図面を参照しながら説明する。
本発明に係る被覆熱処理鋼材は、少なくとも一つの面にアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材を素材とし、この鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱する熱処理を行われてなるものである。
【0027】
本発明における素材としての鋼材は、平板材のみならず、丸形、矩形、台形等の断面形状を有する閉断面材、ロールフォーミング等により製造されるチャンネル材等の開断面材、押し出し加工により製造されるチャンネル材等の異型断面材、または例えば丸棒、角棒さらには異形棒等の各種の断面形状を有する棒材等の中実材を包含する。また、この鋼材には、断面形状が、長手方向へ一定であるもののみならず、長手方向へテーパー状に変化するテーパー形状のものも包含する。
【0028】
本発明における素材としての鋼材として、高強度鋼を採用すれば、熱間曲げ加工を施した後に、その表面に自動車用部材としての下地化成被膜および塗装被膜を施すことにより、塗装後耐食性を具備する高強度の曲げ加工部材とすることができる。また、本発明における素材として用いる鋼材として、焼入性を有する鋼材を使用し、低強度の鋼材を出発材料として熱間加工を行った後、焼入によって強度を上げ、高強度の被覆熱処理鋼材とすることもできる。
【0029】
焼入性を有する鋼材として、例えば、その化学組成がC:0.1%以上0.3%以下、Si:0.01%以上0.5%以下、Mn:0.5%以上3.0%以下、P:0.003%以上0.05%以下、S:0.05%以下、Cr:0.1%以上0.5%以下、Ti:0.01%以上0.1%以下、Al:1%以下、B:0.0002%以上0.004%以下、N:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなり、必要に応じて、Cu:1%以下、Ni:2%以下、Mo:1%以下、V:1%以下、およびNb:1%以下から選ばれた1種または2種以上を含有する焼入用鋼からなる素地鋼が例示される。
【0030】
この素地鋼を素板とする鋼材から製造されたチャンネル部材等の部材であれば、焼入可能な温度まで加熱してから急冷を施すことにより、引張強さが1200MPa以上の被覆熱処理鋼材とすることが可能になる。
【0031】
この鋼材の少なくとも一つの面には、アルミニウムベース合金のめっき皮膜が形成されている。ここで、「アルミニウムベース合金のめっき皮膜」とは、50%以上のAlを含有する各種Al合金であるめっき皮膜を意味しており、具体的には、Al−Zn溶融めっき皮膜、55%Al−Zn−1.5%Si溶融めっき皮膜、純Al電気めっき皮膜またはAl−Mn電気めっき皮膜等が例示される。
【0032】
このアルミニウムベース合金のめっき皮膜の付着量は、一面当たり10g/m以上100g/m以下であることが、熱処理後の塗装後耐食性を十分に確保する観点から、好ましい。
【0033】
また、このアルミニウムベース合金のめっき皮膜の表面の、JIS B 0610により規定される中心線平均粗さRa(以下、単に「表面粗さRa」という)は、特に規定しないが、熱処理後の塗装後耐食性を十分に確保する観点から、5μm以下であることが好ましい。
【0034】
本発明における素材である鋼材は、その少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱する熱処理を行われる。焼入れ可能温度域とは、例えば、鋼材のAc点以上の温度域に60秒間以内程度の短時間で急速に加熱し、0.1秒間以上30秒間以下程度この温度以上の温度域に滞在させ、30℃/秒以上の冷却速度で急速に冷却することが、例示される。
【0035】
上述した特許文献1により開示した発明に基づいて本発明に係る被覆熱処理鋼材を製造する場合には、この熱処理は、アルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材を、その長手方向へ向けて断続的または連続的に送られながら、第1の支持手段により支持されるとともに、加圧ロールが、第1の支持手段の下流側に配置されるとともにその位置が二次元または三次元に移動自在である第2の支持手段によって回転自在に支持され、さらに、アルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の加熱が、この第2の支持手段と第1の支持手段との間であってアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の外周にこの鋼材から離間して配置される加熱手段によって行われるとともに、冷却が、この加熱手段と第2の支持手段との間に配置される冷却手段によって行われることが、望ましい。
【0036】
鋼材の、この熱処理を行われた部分の少なくとも一部の表面には、鉄−アルミニウムが合金化された固溶相を有する、本発明に係る被覆熱処理鋼材が得られる。具体的には、この被覆熱処理鋼材は、50%以上のAlを含有する各種Al合金である皮膜を有する。
【0037】
この皮膜の付着量は、一面当たり10g/m以上100g/m以下である。また、このため、本発明に係る被覆熱処理鋼材は、熱処理後の優れた塗装後耐食性を有する。また、この鉄−アルミニウムが合金化された固溶相を有する皮膜は、高温で潤滑機能を確保し得る皮膜である。このため、本発明に係る被覆熱処理鋼材は、自動車用部材として好適に用いることができる。
【0038】
本発明に係る被覆熱処理鋼材は、この鋼材の少なくとも一部が本発明で規定する条件を満足するものであればよい。例えば、自動車用の曲げ部材を想定した場合に、この部材の全てに曲げ加工や焼入れが施される必要はなく、端部は曲げ加工も焼入れも行われない部材も対象となる。このような場合には、部材の一部に熱間曲げや焼入れが施されることになるが、この部材の全ての部分において本発明で規定する皮膜を有する必要はない。すなわち、部材として特に重要な面や部分についてのみ本発明で規定する条件を満足すれば、本発明に係る被覆熱処理鋼材に包含される。
【0039】
本発明に係る被覆熱処理鋼材は、以上のように構成される。次に、本発明に係る製造方法を説明する。
本発明では、少なくとも片面にアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱し、加熱された部分の少なくとも一部の表面に液相が存在しないうちに冷却することにより、この加熱および冷却を行われた部分の少なくとも一部の表面に、酸化物および鉄−アルミニウムが合金化された固溶相を有し、耐食性を有するとともに高温で潤滑機能を確保し得る皮膜を形成することによって、本発明に係る被覆熱処理鋼材を製造する。
【0040】
本発明に係る製造方法において、実用的な価値が高いのは、素材である鋼材として、少なくとも片面にアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する素地鋼板から製管された鋼管等からなる自動車用の長尺部材を用い、焼入れ、若しくは加熱後に熱間曲げ加工、または焼入と熱間曲げ加工とを同時に施すことにより、本発明に係る被覆熱処理鋼材を得ることである。
【0041】
このため、本発明に係る製造方法は、少なくとも一部に形成されるアルミニウムベース合金のめっき層の付着量が片面当たり5g/m以上90g/m以下であるめっき鋼板からなる長尺部材に、10℃/秒以上の昇温速度で、焼入が可能な温度域への加熱を行い、この加熱をされた部分に、曲げモーメントを付与してから30℃/秒以上の冷却速度での冷却を行った後、必要に応じて、このめっき鋼材の表面に当接する加圧ロールによってこのめっき鋼材の表面に残存するめっき層の表面粗度を調整する。
【0042】
本発明に係る製造方法に用いられるめっき鋼材は、めっき付着量を片面当たりで10g/m以上100g/m以下で管理する。本発明では、焼入れが可能な温度域として最高到達温度は850℃以上となり、熱処理後に十分な耐食性を確保するには、20g/mの付着量を残存させる必要がある。このため、熱処理前のAl系めっき鋼材におけるめっき付着量は上述したように10g/m以上100g/m以下とする。
【0043】
本発明では、加熱された部分の少なくとも一部の表面に液相が存在しないうちに冷却することにより、この加熱および冷却を行われた部分の少なくとも一部の表面に、酸化物および鉄−アルミニウムが合金化された固溶相を有し、耐食性を有するとともに高温で潤滑機能を確保し得る皮膜を形成する。
【0044】
加熱に伴いめっき層が液相状態になると、液タレ等が誘発され、外観不良を発生する。これを防止するために、加熱前のめっき鋼材におけるめっき付着量は90g/m以下と限定する。めっき鋼材における、より望ましいめっき付着量は、5g/m以上80g/m以下である。
【0045】
本発明に係る鋼材の製造方法では、このめっき層を形成しためっき鋼材を、焼入れが可能な温度域としてAc点以上に加熱する。このときの熱処理パターンとしては、昇温速度が10℃/秒以上で加熱し、30℃/秒以上の冷却速度で冷却する必要がある。昇温速度が上記のように規定する速度より低下すると生産性が低下し、冷却速度が上記で規定する速度より遅くなると焼き入れが入らなくなるからである。
【0046】
本発明に係る製造方法では、最高到達温度またはその近傍温度域での保持時間は規定しないが、保持時間は30秒間以下とすることが望ましく、さらに望ましくは20秒間以下である。高温域での保持時間が長くなると、生産コストが掛かる上、生産性も低下するからである。
【0047】
本発明に係る製造方法では、必要に応じて、上述しためっき鋼材を加熱および冷却して得られた亜鉛系めっき熱処理鋼材を、後述する図3に示す可動ローラダイスに装着された加圧ロールまたはローラ等により加圧することによって、残存するめっき層の表面粗度の調整を行う。
【0048】
通常、めっき層の表面粗度を調整するための加圧は、線荷重を1kgf/mm以上100kgf/mm以下の範囲で変更させて制御することにより行われる。
図1は、本発明に係る被覆熱処理鋼材1bを製造するための製造装置7の構成を例示する説明図である。
【0049】
図1に例示する製造装置7では、被加工材1の断面形状を丸形(丸管)とし、被加工材であるめっき鋼材1aを逐次連続的に加熱し、局部的な加熱部に可動ローラダイス4を用いて塑性変形を生じさせ、その直後に冷却することにより、被覆熱処理鋼材1bを製造する。
【0050】
このため、めっき鋼材1aを保持するための二組の回転可能な支持手段である支持ロール2、2と、その上流側にはめっき鋼材1aを断続的または連続的に送り移動させる送り装置3が配置される。一方、二対の支持ロール2、2の下流側には、めっき鋼材1aを支持し、この支持位置または/および移動速度を制御させるための可動ローラダイス4が配置される。図1に示すように、可動ローラダイス4は、めっき鋼材1aの表面に当接する孔型ロールである加圧ロール4a、4bを二つ備える。
【0051】
可動ローラダイス4の入り側には、めっき鋼材1aの外周にめっき鋼材1aから離間して配置されてめっき鋼材1aを部分的に急速に加熱する高周波加熱コイル5と、高周波加熱コイル5により急速に加熱されためっき鋼材1aに冷却媒体を噴射することによってめっき鋼材1aを急速に冷却する冷却装置6とが配置される。
【0052】
図2は、この製造装置7における高周波加熱コイル5および冷却装置6の構成の概略を例示する断面図である。加熱部を形成すべきめっき鋼材1aの外周にこのめっき鋼材1aから離間させて、環状の高周波加熱コイル5を配置して、この高周波加熱コイル5によりめっき鋼材1aを部分的に急速に加熱し、次いで、必要に応じて、冷却装置6から冷却媒体(例えば水)を噴射することにより、高周波加熱コイル5により急速に加熱されためっき鋼材1aを急速に冷却する。
【0053】
このとき、二組の支持ロール2、2を通過しためっき鋼材1aを可動ローラダイス4の加圧ロール4a、4bにより支持し、めっき鋼材1aの外周に配置した高周波加熱コイル5および冷却装置6を用いて、めっき鋼材1aを局部的に加熱および冷却しながら、可動ローラダイス4の位置を二次元または三次元で制御するとともにその移動速度も適宜調整することによって、めっき鋼材1aにおける部分的に高温にある部分に曲げモーメントを与えて曲げ加工を行うことができるとともに、加熱装置5による加熱速度および加熱温度と冷却装置6による冷却速度とを適宜調整することによってめっき鋼材1aの所望の部分に焼入れを行うことができるので、所望の高強度を有するとともに所望の曲率の二次元または三次元の曲げ加工部を有する被覆熱処理鋼材1bを製造することができる。
【0054】
図3は、本発明に係る被覆熱処理鋼材1bの製造に用いることができる可動ローラダイス4の形状を例示する説明図であり、図3(a)はめっき鋼材1aが丸管などの閉断面材である場合に2つの加圧ロール4a、4bにより構成される場合であり、図3(b)はめっき鋼材1aが矩形管等の閉断面材である場合に2つの加圧ロール4c、4dにより構成される場合であり、さらに図3(c)はめっき鋼材1aが矩形管などの閉断面材である場合に4つの加圧ロール4e、4f、4g、4hにより構成される場合である。
【0055】
図3(a)〜図3(c)に示すように、可動ローラダイス4における加圧ロール4aおよび4b、4cおよび4d、4e〜4hは、いずれも、めっき鋼材1aの表面に当接してめっき鋼材1aをその長手方向へ送りながらめっき鋼材1aを保持するため、高温域での加熱に伴ってめっき鋼材1aの表面におけるめっき層の表面性状が悪化しやすい状況にあっても、加圧ロール4aおよび4b、4cおよび4d、4e〜4hを用いて加圧力を付与しながらめっき鋼材1aの表面を押圧することができるので、めっき層の表面粗さRaを調整することができ、これにより、その表面にめっき層を残存させた被覆熱処理鋼材1bの表面性状を改善することができる。
【0056】
可動ローラダイス4が、上下方向へのシフト機構、左右方向へのシフト機構、上下方向に傾斜するチルト機構、あるいは左右方向に傾斜するチルト機構を具備すること、望ましくはさらに前後方向への移動機構を具備することによって、3次元的にめっき鋼材1aを支持し、必要により曲げモーメントを付与することができる。
【0057】
図3に示す可動ローラダイス4による加圧によってめっき鋼材1aのめっき層の表面粗度を調整するには、具体的には、めっき鋼材1aに対する加圧ロール4aおよび4b、4cおよび4d、4e〜4hの押圧力を制御することによって行えばよく、そのときの押し付け圧は、加圧ロール4aおよび4b、4cおよび4d、4e〜4hのロール径が30mm程度である場合には、線荷重として1kgf/mm以上100kgf/mm以下であることが望ましい。押圧力は、可動ローラダイス4に油圧シリンダーやエアシリンダーを装着して制御することが例示される。
【0058】
このようにして、本実施の形態によれば、めっき鋼材1aに高温加熱および冷却による熱処理を施す場合であっても、所定のめっき付着量を残存させることができ、これにより、めっき層の表面性状(表面粗さRa)の改善を図ることが可能である。このようにして製造される被覆熱処理鋼材1bは、自動車用部材としての塗装後の適正な耐食性を確保することができる。
【0059】
すなわち、本発明によれば、少なくとも片面にめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱した後に冷却する熱処理を行っても、自動車用部材としての塗装後の適正な耐食性を有するとともに、熱処理に伴うスケールの発生を抑制でき、さらにはスケールの発生を抑制できるとともに硬質であることから高温での加工時にも優れた潤滑性を有する被覆熱処理鋼材を提供することができる。
【符号の説明】
【0060】
1 被加工材
1a 亜鉛系めっき鋼材
1b 亜鉛系めっき熱処理鋼材
2 支持手段、支持ロール
3 押し出し装置
4 可動ローラダイス
5 高周波加熱コイル
6 冷却装置
7 製造装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一つの面にアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱する熱処理を行われてなる被覆熱処理鋼材であって、該熱処理を行われた部分の少なくとも一部の表面に鉄−アルミニウムが合金化された皮膜を有し、当該皮膜が耐食性を有し、かつ高温で潤滑機能を確保し得る皮膜であることを特徴とする被覆熱処理鋼材。
【請求項2】
前記アルミニウムベース合金のめっき皮膜は、Al−Zn溶融めっき皮膜、55質量%Al−Zn−1.5質量%Si溶融めっき皮膜、純Al電気めっき皮膜またはAl−Mn電気めっき皮膜である請求項1に記載された被覆熱処理鋼材。
【請求項3】
少なくとも片面にアルミニウムベース合金のめっき皮膜を有する鋼材の少なくとも一部を焼入れ可能温度域に加熱し、加熱された部分の少なくとも一部の表面に液相が存在しないうちに冷却することにより、該加熱および冷却を行われた部分の少なくとも一部の表面に、酸化物および鉄−アルミニウムが合金化された固溶相を有し、耐食性を有するとともに高温で潤滑機能を確保し得る皮膜を形成することを特徴とする被覆熱処理鋼材の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−265515(P2010−265515A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−118798(P2009−118798)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】