説明

赤外光用反射防止膜

【課題】 コスト的に安価なシリコン基板を用いながらも、6〜12μm波長領域の全範囲に亘って高く、かつ、リップルのない平坦な透過特性を得ることができる赤外光用反射防止膜を提供する。
【解決手段】 Si基板1の一方の面に、Ge層2、ZnS層3、Ge層4、ZnS層5及びフッ化イットリウム(YF3 )層を前記Si基板1側から順に積層し、これら各層それぞれの光学膜厚を、1.79μm、2.50μm、0.93μm、6.00μm及び5.38μmに設定して6〜12μm付近の赤外波長領域で90%以上の透過特性となるように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば非接触放射温度計測や人体検知等の用途に用いられる熱型赤外線センサの窓材や光学フィルタなどのように、6〜12μm波長領域の中赤外光を利用する光学機器の反射防止のために使用される赤外光用反射防止膜に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の反射防止膜のうち、基板上に単一の膜を形成してなる単層構造の反射防止膜の場合は、基板の屈折率(以下、nで表わす)の平方根(√n)と等しい屈折率を持つ膜を形成することにより、ある波長の一点で反射率を0%にすることが可能である。例えば、基板がシリコン基板である場合、シリコン(Si)の屈折率は、n=3.4であるから、反射率の低減を図るためには、√(3.4)=1.84の屈折率を持つ膜を形成することが必要であり、それに近い屈折率を有する膜材料としては、酸化ケイ素(SiO、その屈折率n=1.8)が相当する。しかし、このSiO単層をSi基板上に形成した反射防止膜は、5μm以下の波長領域で高い透過率が得られるものの、6μm以上の波長領域ではSiO中の不純物による吸収が多く、高い透過率を得ることができず、6〜12μm波長領域の中赤外光を利用する光学機器の反射防止膜としては全く実用に供し得ない。
【0003】
また、Si基板を用いる赤外光用反射防止膜として、前記酸化ケイ素(SiO)に代えて、硫化亜鉛(ZnS、n=2.3)を用い、このZnS層上に該硫化亜鉛の屈折率(n=2.3)の平方根、即ち、√(2.3)=1.51に近い屈折率を有する材料層、例えばBaF2 やPbF2 (共に、n=1.4)等の低屈折率材料を積層して多層構造としたものが考えられるが、これら各層を反射防止に必要な厚膜に成膜すると、多結晶性が顕著になり、粒界面での光の散乱によって高い透過率を得ること技術的に難しい。さらに、厚膜多層構造であるために、基板を含む下地との密着性にも問題があり、短期間の使用で剥離が生じるなど実用に供し得ない。
【0004】
上述のようなSi基板を用いる赤外光用反射防止膜では単層構造、多層構造のいずれの場合も6〜12μm波長領域で実用に十分に供し得るだけの透過特性、反射特性が得られない。この点に鑑みて、従来、基板として6〜12μm波長領域で不純物吸収が少ないゲルマニウム(Ge)基板を用い、このGe基板上に、ZnS層、Ge層、ZnS層及びフッ化イットリウム(YF3 )層を基板側から順に積層して、6〜12μm波長領域で高い透過率が得られるように構成した反射防止膜が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
【特許文献1】特開昭64−15703号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に示した従来の赤外光用反射防止膜は、基板から最も外側の最終層、つまり、光が最初に入射する層に、中赤外光領域での屈折率がn=1.5という低屈折率のYF3 層を用いていることにより、反射防止膜面の3〜15μm波長領域での平均透過率を、図4のAで示すように、90%以上と高くすることが可能で、最終層にYF3 層を用いていない場合の図4のBで示す平均透過率88%に比べて、反射ロスを大幅に改善することができる。反面、Ge基板はSi基板に比べて、10倍以上もコスト高であり、そのため、全体コストの安価な光学機器への適用は実際問題として困難である。また、最終層に低屈折率のYF3 層を用いた従来の赤外光用反射防止膜は、高い平均透過率が得られるものの、図2の点線で示すように、9μm前後の波長領域に不純物吸収により透過率が急激かつ局所的に低下する、いわゆる、リップルが発生し、実用範囲において平坦な透過特性が得られないという難点があった。
【0007】
本発明は上述の実情に鑑みてなされたもので、その目的は、コスト的に安価な割に不純物吸収があるシリコン基板を用いながらも、6〜12μm波長領域の全範囲に亘って高く、かつ、リップルのない平坦な透過特性を得ることができる赤外光用反射防止膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る赤外光用反射防止膜は、シリコン基板に複数の薄膜が積層状態に形成されてなる赤外光用反射防止膜であって、前記シリコン基板の少なくとも一方の面に、ゲルマニウム層、硫化亜鉛層、ゲルマニウム層、硫化亜鉛層及びフッ化イットリウム層を前記シリコン基板側から順に積層し、これら各層それぞれの光学膜厚を6〜12μm付近の赤外波長領域で90%以上の透過特性となるように設定して構成されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
上記構成の本発明によれば、基板として、材料コスト的に非常に安価なSi基板を用いて反射防止膜全体(製品)のコスト低減を図り、経済的な見地から光学機器への適用範囲を広く確保しながら、Si基板中の不純物による吸収が現れない6〜12μm付近の赤外波長領域において重点的に透過率が高くなるように最も外側に低屈折率のフッ化イットリウム層を配した多層構造とすることによって、実用的な中赤外波長領域の全範囲に亘って透過率が90%以上と高く、かつ、基板中の不純物吸収によるリップルのない平坦な透過特性、反射特性を得ることができる。また、反射率が小さくなるので、該反射防止膜をセンサへの導光路に設置して用いることで、迷光の影響を低減できるという効果も奏する。
【0010】
特に、本発明に係る赤外光用反射防止膜において、上記のような高い透過特性を得るための前記ゲルマニウム層、硫化亜鉛層、ゲルマニウム層、硫化亜鉛層及びフッ化イットリウム層の各光学膜厚を、請求項2に記載のように、Ge:1.79μm、ZnS:2.50μm、Ge:0.93μm、ZnS:6.00μm及びYF3 :5.38μmに設定することにより、全体を薄膜にして基板との密着性を良好に保ちつつ、図2の実線に示すように、6〜12μm付近の赤外波長領域において、平均透過率が95〜98%でリップルのない平坦な透過特性を確実に得ることができる。
【0011】
また、本発明に係る赤外光用反射防止膜において、前記シリコン基板の他の面には、ロングパスフィルタまたはショートパスフィルタなどのエッジフィルタや、バンドパスフィルタを形成してもよく、また、請求項3に記載のように、前記したと同一のゲルマニウム層、硫化亜鉛層、ゲルマニウム層、硫化亜鉛層及びフッ化イットリウム層を形成して所定波長領域の中赤外光の透過特性を持たせてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明に係る赤外光用反射防止膜の多層膜構造を示す概略縦断面図であり、同図において、1はシリコン(Si)基板であり、このSi基板1は1mmの厚さを有し、その一方の面上に、第1ゲルマニウム(Ge)層2、第1硫化亜鉛(ZnS)層3、第2Ge層4、第2ZnS層5及びフッ化イットリウム(YF3 )層6を、前記Si基板1側から順に積層してなる。
【0013】
前記第1Ge層2、第1ZnS層3、第2Ge層4、第2ZnS層5及びYF3 層6それぞれの光学膜厚は、Ge:1.79μm、ZnS:2.50μm、Ge:0.93μm、ZnS:6.00μm及びYF3:5.38μmで、6〜12μm付近の赤外波長領域で90%以上の透過特性となるように設定されている。
ここで、実際には、各層の屈折率は成膜条件により多少変化するとともに、屈折率の波長分散によって広い波長範囲で一様な値にならないが、上述したような各層それぞれの光学膜厚は、各層材料の波長10μm付近の屈折率を、Ge=4.25、ZnS=2.3、YF3 =1.5とみなして設定している。
【0014】
なお、各層2〜6の形成手段としては、真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング等の真空薄膜堆積方法が用いられる。また、最外側のYF3 層6の外側の屈折率は空気の屈折率(n=1.0)とみなしている。
【0015】
上記のように、Si基板1中の不純物による吸収が現れない6〜12μm付近の赤外波長領域を重点的に透過率が高くなるように、最も外側に低屈折率のYF3 層6を配した多層構造とすることによって、基板として材料コストの非常に安価なSi基板1を用い、かつ、反射防止機能を発揮する各層の膜厚も薄くして膜全体(製品)のコスト低減を図り、光学機器への適用範囲を経済的見地からも広く確保しながら、図2の実線に示すように、6〜15μmの広い赤外波長領域に亘って90%以上の高い透過率で、特に、6〜12μm付近の赤外波長領域においては平均透過率が95〜98%で、かつ、リップルのほとんどない平坦な透過特性、反射特性を得ることができる。
【0016】
図3は、上記した赤外光用反射防止膜において、最外側のYF3 層6を真空蒸着によりその光学膜厚が5.38μmとなるように比較的厚膜に成膜する場合に用いられる真空蒸着装置の概要構成図である。該真空蒸着装置は、蒸着炉10内の上部に、前記第1Ge層2、第1ZnS層3、第2Ge層4、第2ZnS層5を積層形成したSi基板1(以下、Si基板1等という)を下向き状態に支持するホルダ11と、このホルダ11に支持されたSi基板1等を輻射加熱するヒータ12とが配置されているとともに、蒸着炉10内の下部に、YF3を充填したハース(ルツボ)13に電子銃14から放射される電子ビームを照射させてハース13を加熱しYF3 を蒸発させる電子銃加熱源15とが配置されて構成されている。
【0017】
次に、上記のような構成の真空蒸着装置を用いてSi基板1等の最外側に、YF3 を真空蒸着して所定の光学膜厚のYF3 層6を成膜する方法について説明する。
まず、Si基板1等をホルダ11にセットした上で、ヒータ12を作動させてSi基板1等を100℃以下、詳しくは、60℃以上100℃以下に加熱し、その加熱温度を維持しつつ、電子銃加熱源15の電子銃14から放射される電子ビームをハース13に照射して該ハース13を加熱することにより、ハース13に充填されているYF3 を蒸発させて1〜15Å/sec.の速度で成膜を開始する。
【0018】
このように蒸着温度を100℃以下とすることにより、密着強度が大きく、膜剥離の生じないYF3 層6を確実に成膜することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る赤外光用反射防止膜の多層膜構造を示す概略縦断面図である。
【図2】本発明に係る赤外光用反射防止膜及び従来の反射防止膜の透過特性を示すグラフである。
【図3】本発明に係る赤外光用反射防止膜における最外側YF3 層の成膜に用いられる真空蒸着装置の概要構成図である。
【図4】従来の赤外光用反射防止膜で最外側にYF3 層が形成されている場合と形成されていない場合の透過特性の比較を説明するグラフである。
【符号の説明】
【0020】
1 Si基板
2 第1ゲルマニウム(Ge)層
3 第1硫化亜鉛(ZnS)層
4 第2Ge層
5 第2ZnS層
6 フッ化イットリウム(YF3 )層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン基板に複数の薄膜が積層状態に形成されてなる赤外光用反射防止膜であって、
前記シリコン基板の少なくとも一方の面に、ゲルマニウム層、硫化亜鉛層、ゲルマニウム層、硫化亜鉛層及びフッ化イットリウム層を前記シリコン基板側から順に積層し、これら各層それぞれの光学膜厚を6〜12μm付近の赤外波長領域で90%以上の透過特性となるように設定して構成されていることを特徴とする赤外光用反射防止膜。
【請求項2】
前記ゲルマニウム層、硫化亜鉛層、ゲルマニウム層、硫化亜鉛層及びフッ化イットリウム層の光学膜厚が、1.79μm、2.50μm、0.93μm、6.00μm及び5.38μmに設定されている請求項1に記載の赤外光用反射防止膜。
【請求項3】
前記シリコン基板の両面に、前記したと同一のゲルマニウム層、硫化亜鉛層、ゲルマニウム層、硫化亜鉛層及びフッ化イットリウム層が形成されている請求項1または2に記載の赤外光用反射防止膜。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−298661(P2007−298661A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−125464(P2006−125464)
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】