説明

超伝導体積層構造及びその製造方法

【課題】マグネシウムの酸化を引き起こしにくい緩衝膜を用いてより超伝導性のよいホウ化マグネシウムの薄膜が形成できるようにする。
【解決手段】サファイア(酸化アルミニウム)からなり主表面がC面とされた基板101の上に例えば窒化ガリウム(GaN)などのガリウムと窒素とから構成された緩衝層102が形成され、緩衝層102の上に接してホウ化マグネシウムからなる超伝導体層103が形成されている。緩衝層102は、膜厚250nm程度に形成され、超伝導体層103は、膜厚100〜120nm程度に形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導磁石などに用いられる超伝導線材や超伝導量子干渉計,標準電圧発生装置などに用いられるジョセフソン接合などに適用可能なホウ化物超伝導材料から構成された超伝導体積層構造及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ホウ化マグネシウム(MgB2)は、バルクの単結晶は39Kと優れた超伝導転移温度を有しており、超伝導体材料として注目されている。例えば、素子に適用させるためには薄膜にして用いる場合が多いが、ホウ化マグネシウムの薄膜を形成する技術として、2段階成膜法が知られている。これは、スパッタ法やレーザ蒸着法により、基板の上にホウ素薄膜が形成された状態とした後に、高マグネシウム蒸気圧中で形成されたホウ素薄膜を600℃以上の高温に加熱することで、ホウ化マグネシウムの薄膜が形成された状態とするものである。
【0003】
この2段階成膜法に代表される従来のホウ化マグネシウム薄膜の形成方法では、ホウ化マグネシウム超伝導薄膜を成膜する際に、基板とホウ化マグネシウムとの反応や格子不整合性により、基板との界面にMgOやMgAl24などの不純物層やアモルファス層が形成され、ホウ化マグネシウム薄膜の超伝導性に悪影響を及ぼす(非特許文献1,2参照)。特に、酸化アルミニウムの結晶基板(サファイア基板)を用いる場合、上述した問題が顕著となる。この問題を解消するために、窒化アルミニウム(AlN)を窒化物緩衝層として用いた研究例がある(非特許文献3)。これは、AlNとホウ化マグネシウムとは、同じ六方晶の結晶構造を持ち、格子整合性がよいためである。
【0004】
【非特許文献1】W. Tian, X. Q. Pan, S. D. Bu, D. M. Kim, J. H. Choi, S. Patnaik and C. B. Eom, "Interface structure of epitaxial MgB2 thin films grown on (0001)sapphire", Applied Physics Letters, Vol.81, No.4, pp.685-687, 2002.
【非特許文献2】X. Zeng, A. V. Pogrebnyakov, A. Kotcharov, J. E. Jones, X.X.Xi, E. M. Lysczek, J. M. Redwing, S. Xu, Q. Li, J. Lettieri, D. G, Schlom, W.Tian, X. Pan, Z. Liu, "In situ epitaxial MgB2 thin films for superconducting electronics", Nature Materials, Vol.1, No.1, pp.35-38, 2002.
【非特許文献3】X.X.Xi, A. V. Pogrebnyakov, X. H. Zeng, A. Kotcharov, M. Redwing, S. Y. Xu, Q. Li, Zi-Kui Liu, J. Lettieri, V. Vaithyanathan, D. G. Schlom, H. M. Christen, H. Y. Zhai and A. Goyal, "Progress in the deposition of MgB2 thin films", Superconductor Science and Technology, Vol.17, No.5, pp.S196-S201, 2004.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、AlNの表面に形成される自然酸化膜の存在により、ホウ化マグネシウムの構成元素であるマグネシウムが酸化され、超伝導性の劣化を引き起こすという問題がある。マグネシウムは非常に酸化されやすいため、接触する層が酸化膜である場合、マグネシウムが酸化されて超伝導性の劣化を引き起こす可能性がある。
【0006】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、マグネシウムの酸化を引き起こしにくい緩衝膜を用いてより超伝導性のよいホウ化マグネシウムの薄膜が形成できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る超伝導体積層構造は、基板の上に形成されて少なくとも窒素とガリウムとから構成された緩衝層と、この緩衝層の上に接して形成されたホウ化マグネシウムからなる超伝導体層とを少なくとも備えるようにしたものである。従って、緩衝層の表面は、形成される自然酸化膜が除去しやすい状態となる。
【0008】
上記超伝導体積層構造において、基板と緩衝層との間に配置され、緩衝層より基板との格子定数の差が小さい基板側緩衝層を備えるようにしてもよい。この場合、基板側緩衝層は、窒化アルミニウムから構成すればよい。また、緩衝層は、窒素とガリウムに加えてアルミニウムが添加されて構成されていてもよい。
【0009】
また、本発明に係る超伝導体積層構造の製造方法は、基板の上に少なくとも窒素とガリウムとから構成された緩衝層が形成された状態とする第1工程と、緩衝層の上に、ホウ化マグネシウムからなる超伝導体層が接して形成された状態とする第2工程とを少なくとも備えるようにしたものである。ここで、第1工程の後、洗浄することで緩衝層の表面に形成された自然酸化膜が除去された状態とした後、第2工程を行う。なお、緩衝層は、化学気相成長法により形成された状態とすればよい。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したように、本発明によれば、窒素とガリウムとから構成された緩衝層の上に、ホウ化マグネシウムからなる超伝導体層が形成されているようにしたので、緩衝層の表面が、形成される自然酸化膜が除去しやすい状態となり、マグネシウムの酸化を引き起こしにくい状態がより容易に得られるようになり、より超伝導性のよいホウ化マグネシウムの薄膜が形成できるようになるという優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における超伝導体積層構造の構成例を模式的に示す断面図である。図1に示す超伝導体積層構造は、例えばサファイア(酸化アルミニウム)からなり主表面がC面とされた基板101の上に、例えば窒化ガリウム(GaN)などのガリウムと窒素とから構成された緩衝層102が形成され、緩衝層102の上に接してホウ化マグネシウムからなる超伝導体層103が形成されている。緩衝層102は、膜厚250nm程度に形成され、超伝導体層103は、膜厚100〜120nm程度に形成されている。なお、ホウ化マグネシウムの化学量論的な組成は、MgB2であるが、超伝導体層103は、上述したように非常に薄いため、化学量論的な組成となっていない場合もある。例えば、超伝導体層103は、MgBやMgB3などの状態の場合もある。
【0012】
GaNは、ホウ化マグネシウムと同じ六方晶の結晶構造を持ち格子定数が近いため、この上に接した状態でホウ化マグネシウム層を形成することが可能である。また、GaNは、AlNに比較して、表面に形成される自然酸化膜の除去が容易であり、ホウ化マグネシウム層が接触する面に自然酸化膜がない状態が得やすい。これらのことから、サファイアC面基板や炭化シリコン(0001)面基板などの市販されている基板の上に、GaN層を介することで、より結晶性のよい高品質なホウ化マグネシウム層の形成が可能となる。なお、用いる基板は、サファイアC面基板,炭化シリコン基板に限るものではなく、GaNの結晶成長が可能な基板であれば、他の材料からなる基板を用いるようにしてもよい。例えば、単結晶シリコンからなる基板であっても、基板表面に炭素をイオン注入して単結晶炭化シリコン層を形成することで、この上にGaNの結晶成長が形成可能となる。
【0013】
なお、緩衝層102にアルミニウムが添加されていてもよい。GaNにアルミニウムが添加された状態とすることで、緩衝層102の格子定数の制御が可能であり、ホウ化マグネシウム層に対する格子整合性をより向上させることができる。また、緩衝層102は、膜厚が薄いほど、超伝導体層103に対する格子整合性がよくなる。格子整合性がよくなることで、形成された超伝導体層103の超伝導特性の向上によりよい影響を与えるようになる。ただし、アルミニウムの添加量に対応し、緩衝層の表面に形成される自然酸化膜が除去しにくくなるので、この観点からは、アルミニウムはあまり添加しない方がよい。
【0014】
次に、図1に示した超伝導体積層構造の製造方法例について、図2(a),図2(b),図2(c)を用いて説明する。まず、図2(a)に示すように、サファイアからなり主表面がC面とされた基板101が用意された状態とする。ついで、図2(b)に示すように、化学的気相成長(CVD)法により、基板101の上に緩衝層102が形成された状態とする。例えば、トリメチルガリウムをGa原料とし、アンモニアをN原料とし、基板温度を1100℃とした熱CVD法により、緩衝層102が形成できる。CVD法を用いることにより、特性のよい緩衝層102が形成可能である。
【0015】
次に、緩衝層102が形成された基板101を洗浄し、緩衝層102の表面に形成された自然酸化膜が除去された状態とする。まず、基板101をアセトンにより洗浄し、ついで、塩酸により洗浄し、ついでアンモニア水で洗浄する。引き続いて、基板101を電子ビーム共蒸着装置の成膜室内に搬入し、成膜室内を成膜条件の圧力にまで減圧(排気)する。この排気により、成膜室の内部は、例えば、10-6〜10-7Pa程度にまで減圧され、基板101(緩衝層102)に吸着しているガス分子などが除去される。
【0016】
ついで、上記電子ビーム共蒸着装置を用い、マグネシウムとホウ素とを蒸着源とした電子ビーム共蒸着法により、基板温度を290℃程度とした状態で、図2(c)に示すように、緩衝層102に接して超伝導体層103が形成された状態とする(特開2004−099347号公報参照)。このように形成された超伝導体層103によれば、上述した洗浄により緩衝層102との界面では酸化膜などが除去された状態となっているため、ホウ素の酸化が抑制され、超伝導性の劣化が抑制され、よりよい超伝導性が得られる。
【0017】
次に、本発明の実施の形態における他の超伝導体積層構造について、図3を用いて説明する。図3に示す超伝導体積層構造は、炭化シリコンからなる基板201と緩衝層102との間に、格子不整合を緩和するためのAlNからなる基板側緩衝層104を備える。従って、基板側緩衝層104は、AlNに限らず、例えば、緩衝層102より基板101との格子定数の差が小さい材料から構成してもよい。基板側緩衝層104は、膜厚250nm程度に形成され、緩衝層102は、膜厚250nm程度に形成され、超伝導体層103は、膜厚100〜120nm程度に形成されている。このように、炭化シリコンを基板材料に用いる場合も、基板側緩衝層104を設けることで、より特性のよい超伝導体層103が得られる。
【0018】
次に、ホウ化マグネシウムからなる超伝導体層と基板との間に、AlNからなる層を設けた場合と、GaNからなる緩衝層を設けた場合とを比較した結果について以下に示す。図4は、ホウ化マグネシウムからなる超伝導体層における抵抗率の温度依存性を、超伝導体層の下層に用いる材料毎に示した特性図である。なお、白丸で示す特性は、サファイアC面基板の上に直接ホウ化マグネシウムからなる超伝導体層が形成されている試料であり、白四角で示す特性は、サファイアC面基板の上にAlNの層を介してホウ化マグネシウムからなる超伝導体層が形成されている試料であり、白三角は、炭化シリコン基板の上にAlNの層を介してホウ化マグネシウムからなる超伝導体層が形成されている試料であり、黒丸は、炭化シリコン基板の上にAlNとGaNの層を介してホウ化マグネシウムからなる超伝導体層が形成されている試料であり、黒四角は、サファイアC面基板の上にGaNの層を介してホウ化マグネシウムからなる超伝導体層が形成されている試料である。黒四角は、図1に示す構成に対応し、黒丸は、図3に示す構成に対応している。
【0019】
図4から明らかなように、超伝導体層の直下がGaNからなる層である場合、他の条件に比較してより高い温度で抵抗率が変化している。また、黒丸と黒四角とを比較すると、黒丸の方が、より高い温度で抵抗率が変化している。また、サファイアC面基板の上に形成するGaNからなる緩衝層の膜厚を200〜1500nmの範囲で変化させ、この上に形成されるホウ化マグネシウムからなる超伝導体層の特性を調査した。この調査の結果、超伝導転移温度が、33.7Kから34.8Kの範囲で変化したが、超伝導体層の膜厚変化に対する統計的な変化は得られていない。なお、いずれの特性も、バルクの単結晶ホウ化マグネシウムの超伝導転移温度39Kより低いが、これは形成している薄膜が薄く、完全な単結晶の状態となっていないためと考えられる。しかしながら、薄膜とすることで超伝導デバイスへの応用がより容易になる。
【0020】
ここで、黒丸と黒四角との差について考察する。例えば、図1に示す構成(黒四角)の場合、主表面がサファイアC面とされている基板101の緩衝層102が積層される部分の格子定数は0.2747nm程度であり、緩衝層102の格子定数は、0.3189nm程度であり、超伝導体層103の格子定数は、0.3086nmである。なお、サファイアC面の格子定数は、0.476nmである。これに対し、図3に示す構成(黒丸)の場合、炭化シリコンからなる基板201の格子定数は、0.3081nm程度であり、基板側緩衝層104の格子定数は、0.3111nmであり、緩衝層102の格子定数は、0.3189nm程度であり、超伝導体層103の格子定数は、0.3086nmである。
【0021】
従って、図3に示す構成の方が、図1に示す構成に比較して、基板から超伝導体層にかけての格子定数の変化がなだらかになっている。この結果、図3に示す構成の方が、格子整合性のよい状態となっている。この結果、図3に示す構成とした超伝導体積層構造の方が、形成されている超伝導体層における超伝導特性がよい状態になるものと考えられる。このように、基板と緩衝層との間に、緩衝層より基板との格子定数の差が小さい基板側緩衝層を備えるようにすることで、形成されている超伝導体層の超伝導特性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施の形態における超伝導体積層構造の構成例を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の実施の形態における超伝導体積層構造の製造方法例を説明するための工程図である。
【図3】本発明の実施の形態における超伝導体積層構造の他の構成例を模式的に示す断面図である。
【図4】ホウ化マグネシウムからなる超伝導体層における抵抗率の温度依存性を、超伝導体層の下層に用いる材料毎に示した特性図である。
【符号の説明】
【0023】
101…基板、102…緩衝層、103…超伝導体層、104…基板側緩衝層、201…基板。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の上に形成されて少なくとも窒素とガリウムとから構成された緩衝層と、
この緩衝層の上に接して形成されたホウ化マグネシウムからなる超伝導体層と
を少なくとも備えることを特徴とする超伝導体積層構造。
【請求項2】
請求項1記載の超伝導体積層構造において、
前記基板と前記緩衝層との間に配置され、前記緩衝層より前記基板との格子定数の差が小さい基板側緩衝層を備える
ことを特徴とする超伝導体積層構造。
【請求項3】
請求項2記載の超伝導体積層構造において、
前記基板側緩衝層は、窒化アルミニウムから構成されたものである
ことを特徴とする超伝導体積層構造。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の超伝導体積層構造において、
前記緩衝層は、窒素とガリウムに加えてアルミニウムが添加されて構成されている
ことを特徴とする超伝導体積層構造。
【請求項5】
基板の上に少なくとも窒素とガリウムとから構成された緩衝層が形成された状態とする第1工程と、
前記緩衝層の上に、ホウ化マグネシウムからなる超伝導体層が接して形成された状態とする第2工程と
を少なくとも備えることを特徴とする超伝導体積層構造の製造方法。
【請求項6】
請求項5記載の超伝導体積層構造の製造方法において、
前記第1工程の後、洗浄することで前記緩衝層の表面に形成された自然酸化膜が除去された状態とした後、前記第2工程を行う
ことを特徴とする超伝導体積層構造の製造方法。
【請求項7】
請求項5又は6記載の超伝導体積層構造の製造方法において、
前記緩衝層は、化学気相成長法により形成された状態とする
ことを特徴とする超伝導体積層構造の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−278105(P2006−278105A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−94511(P2005−94511)
【出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】