説明

車両の制動制御装置

【課題】 ABS制御開始時の「G抜け感」を抑制することができる車両の制動制御装置を提供する。
【解決手段】 ABS制御の作動を予測するABS作動予測手段を設け、ブレーキコントローラ5は、ABS制御の作動が予測された場合、ABS制御の作動が予測された場合、ブレーキ液圧ユニット19の性能で決まる摩擦制動力上昇勾配に合わせた減少勾配で回生制動力をゼロまで減少させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者の要求制動力と車速に基づいて回生制動力と摩擦制動力との配分をし、回生協調ブレーキ制御を実行する車両(ハイブリッド車、電気自動車)の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の制動制御装置では、燃費向上を図るために、摩擦制動力よりも回生制動力を優先する制動制御を行っている。ところが、アンチロックブレーキ(ABS)制御では、制御性低下を回避するために、回生制動力をゼロとし、摩擦制動力の前後制動力配分をあらかじめ設定された制動力配分特性に一致させた後、摩擦制動力のみの増減によりABS制御を行っている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−62590号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来技術にあっては、ABS制御が作動開始したとき、回生制動力のカットと同時に摩擦制動力を上昇させる際、回生制動力のカットに対し摩擦制動力の上昇に遅れが生じるため、減速度が急減し、いわゆる「G抜け感」が発生するという問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、その目的とするところは、ABS制御開始時の「G抜け感」を抑制することができる車両の制動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明における車両の制動制御装置では、ABS制御の作動を予測するABS作動予測手段を設け、前記制動力制御手段は、ABS制御の作動が予測された場合、ABS制御の作動が予測された場合、摩擦制動手段の性能で決まる摩擦制動力上昇勾配に合わせた減少勾配で回生制動力をゼロまで減少させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明では、ABS制御の作動が予測された場合、摩擦制動手段の性能で決まる摩擦制動力上昇勾配に合わせた減少勾配で回生制動力をゼロまで減少させるため、ABS制御の開始前に摩擦制動力の配分比が高められ、ABS制御の開始時における摩擦制動力の増加量を小さく抑えることができる。これにより、摩擦制動力の応答遅れに起因する減速度の急減が抑えられ、「G抜け感」を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の制動制御装置が適用された前輪駆動ハイブリッド車を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の制動制御装置が適用された前輪駆動ハイブリッド車における駆動トルク性能特性図と駆動トルク概念図である。
【図3】実施例1の制動制御装置が適用された前輪駆動ハイブリッド車における回生協調による制動トルク性能をあらわす対比特性図である。
【図4】実施例1の制動制御装置が適用された前輪駆動ハイブリッド車における各車両モードを示す共線図である。
【図5】実施例1のブレーキコントローラ5にて実行される制動力制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図6】ABS制御の開始前に回生制動トルクを制限しない場合の、ABS制御開始直後におけるG抜け感の発生を示すタイムチャートである。
【図7】回生協調ブレーキ制御時の制動力配分をあらわす制動力配分特性図である。
【図8】実施例1のG抜け感抑制作用を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の車両の制動制御装置を実現するための形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
〔実施例1〕
まず、ハイブリッド車の駆動系構成を説明する。
図1は実施例1の制動制御装置が適用された前輪駆動によるハイブリッド車を示す全体システム図である。実施例1におけるハイブリッド車の駆動系は、図1に示すように、エンジンEと、第1モータジェネレータMG1と、第2モータジェネレータ(回生制動手段)MG2と、出力スプロケットOS、動力分割機構TMと、を有する。
【0010】
エンジンEは、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンであり、後述するエンジンコントローラ1からの制御指令に基づいて、スロットルバルブのバルブ開度等が制御される。
【0011】
第1モータジェネレータMG1と第2モータジェネレータMG2は、ロータに永久磁石を埋設しステータにステータコイルが巻き付けられた同期型モータジェネレータであり、後述するモータコントローラ2からの制御指令に基づいて、パワーコントロールユニット3により作り出された三相交流を印加することによりそれぞれ独立に制御される。
【0012】
両モータジェネレータMG1,MG2は、バッテリ4からの電力の供給を受けて回転駆動する電動機として動作することもできるし(以下、この状態を「力行」と呼ぶ)、ロータが外力により回転している場合には、ステータコイルの両端に起電力を生じさせる発電機として機能してバッテリ4を充電することもできる(以下、この動作状態を「回生」と呼ぶ)。
【0013】
動力分割機構TMは、サンギヤSと、ピニオンPと、リングギヤRと、ピニオンキャリアPCと、を有する単純遊星歯車により構成されている。そして、単純遊星歯車の3つの回転要素(サンギヤS、リングギヤR、ピニオンキャリアPC)に対する入出力部材の連結関係について説明する。サンギヤSには、第1モータジェネレータMG1が連結されている。リングギヤRには、第2モータジェネレータMG2と出力スプロケットOSとが連結されている。ピニオンキャリアPCには、エンジンダンパEDを介してエンジンEが連結されている。なお、出力スプロケットOSは、チェーンベルトCBや図外のディファレンシャルやドライブシャフトを介して左右前輪(駆動輪)に連結されている。
【0014】
上記連結関係により、図4に示す共線図上において、第1モータジェネレータMG1(サンギヤS)、エンジンE(プラネットキャリアPC)、第2モータジェネレータMG2および出力スプロケットOS(リングギヤR)の順に配列され、単純遊星歯車の動的な動作を簡易的に表せる剛体レバーモデル(3つの回転数が必ず直線で結ばれる関係)を導入することができる。
【0015】
ここで、「共線図」とは、差動歯車のギヤ比を考える場合、式により求める方法に代え、より簡単で分かりやすい作図により求める方法で用いられる速度線図であり、縦軸に各回転要素の回転数(回転速度)をとり、横軸に各回転要素をとり、各回転要素の間隔をサンギヤSとリングギヤRの歯数比λに基づく共線図レバー比(1:λ)になるように配置したものである。
【0016】
次に、ハイブリッド車の制御系を説明する。
実施例1におけるハイブリッド車の制御系は、図1に示すように、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、パワーコントロールユニット3と、バッテリ4と、ブレーキコントローラ(制動力制御手段、ABS制御手段)5と、統合コントローラ6と、を有して構成されている。
【0017】
統合コントローラ6には、アクセル開度センサ7と、車速センサ8と、エンジン回転数センサ9と、第1モータジェネレータ回転数センサ10と、第2モータジェネレータ回転数センサ11と、から入力情報がもたらされる。
【0018】
ブレーキコントローラ5には、前左車輪速センサ12と、前右車輪速センサ13と、後左車輪速センサ14と、後右車輪速センサ15と、マスタシリンダ圧センサ17と、ブレーキストロークセンサ18と、から入力情報がもたらされる。
【0019】
エンジンコントローラ1は、アクセル開度センサ7からのアクセル開度APとエンジン回転数センサ9からのエンジン回転数Neを入力する統合コントローラ6からの目標エンジントルク指令等に応じ、エンジン動作点(Ne,Te)を制御する指令を、例えば、図外のスロットルバルブアクチュエータへ出力する。
【0020】
モータコントローラ2は、レゾルバによる両モータジェネレータ回転数センサ10,11からのモータジェネレータ回転数N1,N2を入力する統合コントローラ6からの目標モータジェネレータトルク指令等に応じ、第1モータジェネレータMG1のモータ動作点(N1,T1)と、第2モータジェネレータMG2のモータ動作点(N2,T2)と、をそれぞれ独立に制御する指令をパワーコントロールユニット3へ出力する。なお、このモータコントローラ2は、バッテリ4の充電状態をあらわすバッテリS.O.Cの情報を用いる。
【0021】
パワーコントロールユニット3は、図外のジョイントボックスと昇圧コンバータと駆動モータ用インバータと発電ジェネレータ用インバータとを有し、損失を抑えたより少ない電流で両モータジェネレータMG1,MG2への電力供給が可能な電源系高電圧システムを構成する。第2モータジェネレータMG2のステータコイルには、駆動モータ用インバータが接続され、第1モータジェネレータMG1のステータコイルには、発電ジェネレータ用インバータが接続される。また、ジョイントボックスには、力行時に放電し回生時に充電するバッテリ4が接続される。
【0022】
ブレーキコントローラ5は、ブレーキ踏み込み操作やアクセル足離し操作等による減速要求操作時、要求制動トルクに対し回生制動トルクだけでは不足する場合、不足分を摩擦制動トルクで補うように、統合コントローラ6への制御指令とブレーキ液圧ユニット19への制御指令を出すことで回生協調ブレーキ制御を行う。また、ブレーキコントローラ5は、低μ路制動時や急制動時等において、4輪のブレーキ液圧を独立に制御するブレーキ液圧ユニット19への制御指令によりアンチロックブレーキ(ABS)制御を行う。
【0023】
ブレーキコントローラ5には、各車輪速センサ12,13,14,15からの車輪速情報や、マスタシリンダ圧センサ17やブレーキストロークセンサ18からの制動操作量情報が入力される。そして、これらの入力情報に基づいて、所定の演算処理を実行し、その処理結果による制御指令を統合コントローラ6とブレーキ液圧ユニット19へ出力する。なお、ブレーキ液圧ユニット19には、前左車輪ホイールシリンダ20と、前右車輪ホイールシリンダ21と、後左車輪ホイールシリンダ22と、後右車輪ホイールシリンダ23と、が接続されている。各ホイールシリンダ20,21,22,23は、図外のディスクブレーキ(摩擦制動手段)に内蔵されている。
【0024】
実施例1のブレーキ液圧ユニット19では、1つのポンプまたはブースタによりブレーキ液圧の元圧を生成する構成を採用しており、回生協調ブレーキ制御時における前後輪の摩擦制動トルクは、常に、あらかじめ設定された前後輪の制動力配分特性に応じて一定の配分比で増減される。なお、ABS制御中は、各輪に設けられた増圧弁と減圧弁(不図示)により、4輪のブレーキ液圧を独立に制御可能である。
【0025】
統合コントローラ6は、車両全体の消費エネルギを管理し、最高効率で車両を走らせるための機能を担うもので、加速走行時等において、エンジンコントローラ1への制御指令によりエンジン動作点制御を行い、また、停止時や走行時や制動時等において、モータコントローラ2への制御指令によりモータジェネレータ動作点制御を行う。この統合コントローラ6には、各センサ7,8,9,10,11からのアクセル開度APと車速VSPとエンジン回転数Neと第1モータジェネレータ回転数N1と第2モータジェネレータ回転数N2とが入力される。そして、これらの入力情報に基づいて、所定の演算処理を実行し、その処理結果による制御指令をエンジンコントローラ1とモータコントローラ2へ出力する。なお、統合コントローラ6とエンジンコントローラ1、統合コントローラ6とモータコントローラ2、統合コントローラ6とブレーキコントローラ5は、情報交換のためにそれぞれ双方向通信線24,25,26により接続されている。
【0026】
次に、駆動トルク性能について説明する。
実施例1のハイブリッド車の駆動トルクは、図2(b)に示すように、エンジン直接駆動トルク(エンジン総駆動トルクから発電機駆動分を差し引いた駆動トルク)とモータ駆動トルク(両モータジェネレータMG1,MG2の総和による駆動トルク)との合計で示される。その最大駆動トルクの構成は、図2(a)に示すように、低い車速ほどモータ駆動トルクが多くを占める。このように、変速機を持たず、エンジンEの直接駆動トルクと電気変換したモータ駆動トルクを加えて走行させることから、低速から高速まで、定常運転のパワーの少ない状態からアクセルペダル全開のフルパワーまで、ドライバの要求に対しシームレスに応答良く駆動トルクをコントロールすることができる(トルク・オン・デマンド)。
【0027】
そして、実施例1のハイブリッド車では、動力分割機構TMを介し、エンジンEと両モータジェネレータMG1,MG2と左右前輪のタイヤとがクラッチ無しで繋がっている。また、上記のように、エンジンパワーの大部分を発電機で電気エネルギに変換し、高出力かつ高応答のモータで車両を走らせている。このため、例えば、アイスバーン等の滑りやすい路面での走行時において、タイヤのスリップやブレーキ時のタイヤのロック等で車両の駆動トルクが急変する場合、過剰電流からのパワーコントロールユニット3の保護、あるいは、動力分割機構TMのピニオン過回転からの部品保護を行う必要がある。これに対し、高出力・高応答のモータ特性を活かし、部品保護の機能から発展させて、タイヤのスリップを瞬時に検出し、そのグリップを回復させ、車両を安全に走らせるためのモータトラクションコントロールを採用している。
【0028】
次に、制動トルク性能について説明する。
実施例1のハイブリッド車では、ブレーキ踏み込み操作やアクセル足離し操作等による減速要求操作時には、モータとして作動している第2モータジェネレータMG2を発電機として作動させることにより、車両の運動エネルギを電気エネルギに変換してバッテリ4に回収し、再利用する回生ブレーキシステムを採用している。
【0029】
この回生ブレーキシステムでの一般的な回生ブレーキ協調制御は、図3(a)に示すように、ブレーキペダル踏み込み量に対し要求制動トルクを算出し、要求制動トルクに大きさにかかわらず、算出された要求制動トルクを回生分と油圧分とで分担することで行われる。
【0030】
これに対し、実施例1のハイブリッド車で採用している回生ブレーキ協調制御は、図3(b)に示すように、ブレーキペダル踏み込み量に対し要求制動トルクを算出し、算出された要求制動トルクに対し回生ブレーキを優先し、回生分で賄える限りは油圧分を用いることなく、最大限まで回生分の領域を拡大している。これにより、特に加減速を繰り返す走行パターンにおいて、エネルギ回収効率が高く、より低い車速まで回生制動によるエネルギの回収を実現している。
【0031】
次に、車両モードについて説明する。
実施例1のハイブリッド車での車両モードとしては、図4の共線図に示すように、「停車モード」、「発進モード」、「エンジン始動モード」、「定常走行モード」および「加速モード」を有する。
【0032】
「停車モード」では、図4(a)に示すように、エンジンEと発電機MG1とモータMG2は止まっている。「発進モード」では、図4(b)に示すように、モータMG2のみの駆動で発進する。「エンジン始動モード」では、図4(c)に示すように、エンジンスタータとしての機能を持つ発電機MG1によって、サンギヤSが回ってエンジンEを始動する。「定常走行モード」では、図4(d)に示すように、主にエンジンEにて走行し、効率を高めるために発電を最小にする。「加速モード」では、図4(e)に示すように、エンジンEの回転数を上げると共に、発電機MG1による発電を開始し、その電力とバッテリ4の電力を使ってモータMG2の駆動トルクを加え、加速する。
【0033】
なお、後退走行は、図4(d)に示す「定常走行モード」において、エンジンEの回転数上昇を抑えたままで、発電機MG1の回転数を上げると、モータMG2の回転数が負側に移行し、後退走行を達成することができる。
【0034】
始動時には、イグニッションキーを回すことでエンジンEを始動させるが、エンジンEが暖機すると、直ぐにエンジンEを停止する。発進時やごく低速で走行する緩やかな坂を下る軽負荷時などは、エンジン効率の悪い領域は燃料をカットし、エンジンEは停止してモータMG2により走行する。通常走行時において、エンジンEの駆動トルクは、動力分割機構TMにより一方は左右前輪を直接駆動し、他方は発電機MG1を駆動し、モータMG2をアシストする。全開加速時は、バッテリ4からパワーが供給され、さらに駆動トルクを追加する。減速要求操作時には、左右前輪がモータMG2を駆動し、発電機として作用することで回生発電を行う。回収した電気エネルギはバッテリ4に蓄えられる。バッテリ4の充電量が少なくなると、発電機MG1をエンジンEにより駆動し、充電を開始する。車両停止時には、エアコン使用時やバッテリ充電時等を除き、エンジンEを自動的に停止する。
【0035】
次に、実施例1の制動制御装置について説明する。
ブレーキコントローラ5は、ABS制御の非作動時、要求制動トルクに対し回生制動トルクのみ、または回生制動トルクと摩擦制動トルクを出力するが、ABS制御中は、ABS制御の良好な制御性を確保すべく、回生協調ブレーキ制御を終了し、回生制動トルクをゼロとする。つまり、ABS制御中、ブレーキコントローラ5は、摩擦制動トルクのみを増減することとなる。ブレーキコントローラ5は、ABS制御の作動が予測された場合、要求制動トルクに応じた前輪制動トルクのうち、回生制動トルクの配分比をゼロとし、摩擦制動トルクを増加させておく。
【0036】
[制動力制御処理]
図5は、実施例1のブレーキコントローラ5にて実行される制動力制御処理の流れを示すフローチャートで、以下、各ステップについて説明する。
【0037】
ステップS1では、各車輪のスリップ率SiがABS作動予測判断値S0以上であるか否かを判定する(ABS作動予測手段に相当)。YESの場合にはステップS2へ移行し、NOの場合にはステップS6へ移行する。
ここで、スリップ率Siは、各車輪速センサ(車輪速検出手段)12〜15の検出値Vwiに基づいて車体速度Vを推定し(車体速推定手段)、下記の式に従って、各車輪のスリップ率Siを算出する(スリップ率算出手段)。
Si=|Vwi-V|/V
なお、実施例1の車両は2輪駆動車であるため、車体速度Vは従動輪の車輪速を車体速度としているが、4輪駆動車の場合には、前後加速度センサにて検出した値から車体速度を推定する。
【0038】
ABS作動予測判断値S0は、後述するABS作動しきい値SABSよりも小さな値であって、ABS制御の作動が予測されるスリップ率とする。また、ABS作動予測判断値S0は、ブレーキ液圧ユニット19の性能で決まるブレーキ液圧の昇圧速度が低いほど、より小さな値となるように設定する。
【0039】
ステップS2では、各車輪のステップ率SiがABS作動しきい値SABS以上であるか否かを判定する。YESの場合にはステップS5へ移行し、NOの場合にはステップS3へ移行する。ここで、ABS作動しきい値SABSは、車輪のロック傾向をあらわす、車輪のスリップ率最大値付近の値とする。
【0040】
ステップS3では、回生制動トルクをゼロまで減少させ、ステップS4へ移行する。ここでの回生制動トルクは、回生制動トルクと摩擦制動トルクとを合わせた車両の総制動トルクが略一定となるように、ブレーキ液圧ユニット19の性能で決まるブレーキ液圧の上昇勾配に合わせた減少勾配で減少させる。
【0041】
ステップS4では、ブレーキ液圧を高めて摩擦制動トルクを増加させ、リターンへ移行する。
【0042】
ステップS5では、摩擦制動トルクを制御するABS制御を実行し、リターンへ移行する。
【0043】
ステップS6では、車両の減速度に応じて回生制動トルクと摩擦制動トルクを制御する回生協調ブレーキ制御を実行し、リターンへ移行する。
【0044】
次に、作用を説明する。
[G抜け感の抑制作用]
図6は、実施例1の比較例として、ABS制御の開始前に回生制動トルクを制限しない場合の、ABS制御開始直後におけるG抜け感の発生を示すタイムチャートである。
【0045】
時点t1でブレーキペダルの踏み込みが開始されると、これに応じて回生制動トルクが立ち上がる。時点t2では、要求制動トルクに応じた前輪の制動トルクのうち、回生制動トルクの配分比が上限に達したため、ブレーキ液圧ユニット19においてフロント液圧とリア液圧とが立ち上がり、時点t2と時点t3の間の区間では、回生制動トルクの増加とともに、フロント液圧とリア液圧とが一定の配分比で増加する。
【0046】
時点t3では、前輪(駆動輪)のスリップ率SiがABS作動しきい値SABS以上となり、回生協調ブレーキ制御からABS制御へと移行する。このとき、回生制動トルクのカットとすると同時にフロント液圧とリア液圧とを一気に上昇させる(ABS制御の昇圧モード)が、ブレーキ液圧の昇圧速度は、ブレーキ液圧ユニット19の元圧を作り出すポンプ、アキュムレータまたはブースタの性能により決まっており、回生制動トルクのカットがほぼ瞬時に行われるのに対し、ブレーキ液圧の上昇には遅れが生じる。したがって、時点t3から時点t4でブレーキ液圧が立ち上がるまでの間、減速度が急減する、いわゆる「G抜け感」が発生するという問題があった。
【0047】
この「G抜け感」は、特に、フロント液圧とリア液圧を、あらかじめ設定された前後輪の制動力配分特性に応じた一定の配分比で増減させる構成のブレーキ液圧ユニット19を用いている際に顕著となる。
【0048】
ここで、例えば、低G領域では摩擦制動トルクに対し回生制動トルクを優先して出力し、高G領域では前輪制動力過多に伴うアンダーステア傾向を抑制するために、回生制動トルクを制限して前後輪の制動力配分をあらかじめ設定された制動力配分特性とする制御を行う場合を想定する。
【0049】
図7は、回生協調ブレーキ制御時の制動力配分をあらわす制動力配分特性図であり、前後輪の摩擦制動トルクを独立に制御可能なブレーキ液圧ユニット(以下、高機能ユニットと称す。)を採用している場合、減速度が高くなったとき、前輪側の制動力はそのままで後輪制動力のみを増加させ、前後輪の制動力配分を前後輪の理想配分特性に近い配分特性とすることが可能である。
【0050】
ところが、実施例1のブレーキ液圧ユニット19では、後輪制動力を大きくする際には前輪制動力も大きくなる構成であるため、上記高機能ユニットと異なり、回生協調ブレーキ制御中は常に前輪制動過多の状態である。したがって、ABS制御開始により前輪制動力過多配分から通常の前後制動力配分に移行する際、ほとんどの場合でフロント液圧を上昇させる昇圧モードとなるため、上述した「G抜け感」が発生しやすい。
【0051】
これに対し、実施例1の制動制御装置では、ABS制御の作動が予測された場合(車輪のスリップ率SiがABS作動予測判断値S0以上となった場合)、回生制動トルクを減少させると同時に摩擦制動トルクを増加させる。すなわち、ABS制御開始前にあらかじめ摩擦制動トルクを高めておくことで、高機能ユニットを用いることなく、ABS制御の開始直後の昇圧モードにおいて、ブレーキ液圧の上昇幅を小さく抑えることができる。これにより、摩擦制動トルクの応答遅れに起因する減速度の急減が抑えられ、「G抜け感」を抑制することができる。
【0052】
図8は、実施例1のG抜け感抑制作用を示すタイムチャートであり、時点t1でブレーキペダルの踏み込みが開始されるため、これに応じて回生制動トルクが立ち上がる(ステップS1→ステップS6)。時点t2では、要求制動トルクに応じた前輪制動トルクに対し、回生制動トルクの配分比が上限に達したため、ブレーキ液圧ユニット19においてフロント液圧とリア液圧とが立ち上がり、時点t2と時点t2'の間の区間では、回生制動トルクの増加とともに、フロント液圧とリア液圧とが一定の配分比で増加する。
【0053】
時点t2'では、車輪のスリップ率SiがABS作動予測判断値S0以上となったため、回生制動トルクを減少させると同時に、フロント液圧とリア液圧とを上昇させる(ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4)。このとき、回生制動トルクの減少勾配は、摩擦制動トルクの増加に応じて、要求制動トルクに応じた車両の総制動トルクが変化しないように設定しているため、回生制動トルクと摩擦制動トルクとの入れ替えに起因して車両の減速度が変動し、ドライバに違和感を与えることはない。
【0054】
時点t3では、前輪(駆動輪)のスリップ率SiがABS作動しきい値SABS以上となり、回生協調ブレーキ制御からABS制御へと移行する(ステップS1→ステップS2→ステップS5)。時点t3以降は、ABS制御において、フロント液圧を上昇させる昇圧モードとなるが、実施例1では、ABS制御の開始前から回生制動トルクを減少させると同時に摩擦制動トルクを増加させているため、ABS制御開始からのブレーキ液圧の必要増加量が小さく抑えられ、摩擦制動トルクの応答遅れに起因する「G抜け感」が抑制される。
【0055】
次に、効果を説明する。
実施例1の車両の制動制御装置にあっては、以下に列挙する効果を得ることができる。
【0056】
(1) ABS制御の作動を予測するABS作動予測手段(ステップS1)を設け、ブレーキコントローラ5は、ABS制御の作動が予測された場合、要求制動トルクに対する回生制動トルクの配分比を低く制限するため、摩擦制動トルクの応答遅れに起因する減速度の急減が抑えられ、「G抜け感」を抑制することができる。
【0057】
(2) ブレーキコントローラ5は、ABS制御の作動が予測された場合、回生制動力を略ゼロとするため、ABS制御開始時の「G抜け感」を確実に防止することができる。
【0058】
(3) ブレーキコントローラ5は、ABS制御の作動が予測された場合、要求制動トルクに応じた車両の総制動トルクが略一定となるように、摩擦制動トルクの増加率に合わせて回生制動トルクを減少させる。これにより、回生制動トルクと摩擦制動トルクとの入れ替えに起因して車両の減速度が変動し、ドライバに違和感を与えるのを防止することができる。
【0059】
(4) ブレーキコントローラ5は、車輪のスリップ率SiがABS制御の開始条件である最大値付近のABS作動しきい値SABSよりも小さなABS作動予測判断値S0以上の場合、ABS制御の作動が開始されると予測する。これにより、車輪のスリップ率Siに基づいて、ABS制御の作動開始をより正確に予測することができる。
【0060】
(5) ステップS1では、ブレーキ液圧ユニット19の性能で決まるブレーキ液圧の昇圧速度が低いほど、ABS作動予測判断値S0をより小さな値とする。すなわち、ブレーキ液圧の昇圧速度が低い場合には、より早めに摩擦制動トルクを高めておくことで、ブレーキ液圧ユニット19の昇圧性能にかかわらず、「G抜け感」を抑制することができる。
【0061】
(6) ブレーキ液圧ユニット19は、1つの元圧生成手段(ポンプまたはブースタ)によりフロント液圧とリア液圧を生成し、前後輪の摩擦制動トルクを制動力配分特性に応じた比率で増減する。すなわち、前後輪の摩擦制動トルクを独立に制御する高機能ユニットに対して安価な構成としながら、「G抜け感」の発生を抑制することができる。
【0062】
(他の実施例)
以上、本発明の車両の制動制御装置を実施例に基づき説明してきたが、具体的な構成については、これらの実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0063】
例えば、実施例1では、本発明をハイブリッド車に適用した例を示したが、本発明は、電動モータのみを駆動源する電気自動車に適用した場合でも、実施例1と同様の作用効果が得られる。
【0064】
また、実施例1のブレーキ液圧ユニット19では、回生ブレーキ制御時における前後輪の摩擦制動トルクを、常に一定の配分比で増減させる構成としたが、前後輪の摩擦制動トルクをそれぞれ独立に増減可能なブレーキ液圧ユニットを用いた場合であっても、実施例1と同様の作用効果を得ることができる。
【0065】
実施例1では、摩擦制動手段として、ブレーキ液圧によりディスクブレーキを作動させる例について説明したが、摩擦制動手段は任意であり、例えば、電動モータ等を用いてディスクブレーキを作動させるEMB(電動ブレーキ)を用いた構成としてもよい。EMBを用いた場合であっても、ABS制御が作動開始したとき、回生制動力のカットと同時に摩擦制動力を増加させる際、回生制動力のカットに対し摩擦制動力の上昇に遅れが生じるため、本発明の制動制御を実施することで、実施例1と同様の作用効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0066】
E エンジン
MG1 第1モータジェネレータ
MG2 第2モータジェネレータ
MG3 第3モータジェネレータ
OS 出力スプロケット
TM 動力分割機構
1 エンジンコントローラ
2 モータコントローラ
3 パワーコントロールユニット
4 バッテリ
5 ブレーキコントローラ
6 統合コントローラ
7 アクセル開度センサ
8 車速センサ
9 エンジン回転数センサ
10 第1モータジェネレータ回転数センサ
11 第2モータジェネレータ回転数センサ
12 前左車輪速センサ
13 前右車輪速センサ
14 後左車輪速センサ
15 後右車輪速センサ
17 マスタシリンダ圧センサ
18 ブレーキストロークセンサ
19 ブレーキ液圧ユニット
20 前左車輪ホイールシリンダ
21 前右車輪ホイールシリンダ
22 後左車輪ホイールシリンダ
23 後右車輪ホイールシリンダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回生制動力を出力する回生制動手段と、
摩擦制動力を出力する摩擦制動手段と、
運転者の要求制動力と車速に基づき、摩擦制動力と回生制動力との配分をし、回生協調ブレーキ制御を実行する制動力制御手段と、
アンチロックブレーキ(ABS)制御の開始条件が成立した場合、ABS制御を実行するABS制御手段と、
を備えた車両の制動制御装置において、
ABS制御の作動を予測するABS作動予測手段を設け、
前記制動力制御手段は、ABS制御の作動が予測された場合、前記摩擦制動手段の性能で決まる摩擦制動力上昇勾配に合わせた減少勾配で回生制動力をゼロまで減少させることを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制動制御装置において、
車体速を推定する車体速推定手段と、
車輪速を検出する車輪速検出手段と、
推定された車体速と検出された車輪速とに基づいて車輪のスリップ率を算出するスリップ率算出手段と、
を設け、
前記ABS作動予測手段は、算出された車輪のスリップ率が、ABS制御の開始条件である最大値付近のABS作動しきい値よりも小さなABS作動予測判断値以上の場合、ABS制御の作動が開始されると予測することを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両の制動制御装置において、
前記ABS作動予測手段は、摩擦制動力の応答性が低いほど、前記ABS作動予測判断値をより小さな値とすることを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3に記載の車両の制動制御装置において、
前記摩擦制動手段は、前後輪の摩擦制動力を前記前後輪の制動力配分特性に応じた比率で増減する制動手段であることを特徴とする車両の制動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−35840(P2012−35840A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−247651(P2011−247651)
【出願日】平成23年11月11日(2011.11.11)
【分割の表示】特願2007−107704(P2007−107704)の分割
【原出願日】平成19年4月17日(2007.4.17)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】