説明

車両用変速制御装置

【課題】アクセルオフ操作時に常に最適ギヤ比へのシフトダウンを行って適切なエンジンブレーキ作用を発生できる車両用変速制御装置を提供する。
【解決手段】補助ブレーキ切換スイッチの切換位置及び車速Vに基づき、目標制動力算出部31で実際に発生させるべき目標制動力tgtBを具体的に算出し、その目標制動力tgtBを達成可能な目標ギヤ段tgtGを目標ギヤ段算出部32で算出してシフトダウンを行う。目標制動力tgtBの算出時には、スイッチ切換位置がSDB弱位置のときに比較してSDB強位置ではより大きな目標制動力tgtBを算出し、より低ギヤ側の目標ギヤ段tgtGにシフトダウンすることによりエンジンブレーキ作用を高める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両用変速制御装置に係り、詳しくはエンジンブレーキ作用を高めるべくアクセルオフ操作時に自動的にシフトダウンする制御(以下、当該制御をシフトダウンブレーキという)を実行する変速制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばトラックやバスなどの車両では、車両重量が大きい上に積載量や乗車人数に応じて大幅に変化することから、サービスブレーキ(フットブレーキ)の他に補助ブレーキが装備されている。
この種の補助ブレーキとしては、エンジンの排気通路を強制閉鎖してエンジンブレーキ作用を高める排気ブレーキ、各気筒の圧縮上死点直前で排気弁の強制開弁により筒内から圧縮空気を排出してエンジンブレーキ作用を高める圧縮開放式エンジンブレーキ、或いは、流体の撹拌抵抗や電磁石の電磁誘導を利用してプロペラシャフトなどに回転抵抗を作用させるリターダなどがある。これらの補助ブレーキが運転者のアクセルオフ操作に応じて作動することにより、サービスブレーキの負担が軽減されると共に、サービスブレーキ操作の頻度減少により運転者の疲労も軽減可能となる。
【0003】
一方、近年では従来からの手動変速機の変速操作及び変速に伴うクラッチ操作をアクチュエータにより自動化した自動変速機が実用化されており、当該自動変速機の機能は補助ブレーキとしても利用されることがある(例えば、特許文献1参照)。即ち、この種の自動変速機はギヤ段を任意に切換可能であることから、変速制御を実行する変速制御装置によりアクセルオフ操作時にシフトダウンブレーキとして自動的にシフトダウンを実行させることにより、エンジンブレーキ作用を高めて補助ブレーキとして機能させている。
例えば特許文献1の技術では、運転席に設けられたスイッチの第1段操作時には、アクセルオフ操作されると排気ブレーキのみ若しくは排気ブレーキと圧縮開放式エンジンブレーキとを作動させ、スイッチの第2段操作時においてアクセルオフ操作されると、これらの補助ブレーキに加えて変速制御装置に現在のギヤ段から1段シフトダウンを実行させることでより高いエンジンブレーキ作用を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3030758号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、アクセルオフ操作時に要求されるエンジンブレーキ作用は走行状況によって異なることから、どのような状況においても一義的に1段シフトダウンするだけの特許文献1の技術では適切なエンジンブレーキ作用は到底望めなかった。
【0006】
例えば、運転者自身のエンジンブレーキの強弱に対する好みに応じて要求されるエンジンブレーキ作用は相違し、また、走行道路の起伏や混雑状況に応じても要求されるエンジンブレーキ作用は相違するが、特許文献1の技術では最適なエンジンブレーキ作用を実現できない場合が生じた。そのため、上記したシフトダウンブレーキによる効果、即ちサービスブレーキの負担軽減及び運転者の疲労軽減の効果についても十分に得ることができなかった。
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、アクセルオフ操作時に常に最適ギヤ比へのシフトダウンを行って適切なエンジンブレーキ作用を発生させることができる車両用変速制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、請求項1の発明は、運転者のアクセル操作量及び車速から求めた目標ギヤ比を達成するように変速機を変速制御する一方、運転者のアクセルオフ操作時に目標ギヤ比を現在のギヤ比よりも低ギヤ側に設定して変速機をシフトダウンするシフトダウンブレーキを行う車両用変速制御装置において、運転席に設けられて、シフトダウンブレーキを中止する中止位置、シフトダウンブレーキを弱い効力で作動させる弱位置、及びシフトダウンブレーキを強い効力で作動させる強位置に切換可能な切換スイッチと、切換スイッチの中止位置への切換時にはシフトダウンブレーキを中止し、切換スイッチの弱位置及び強位置への切換時には共にシフトダウンブレーキを作動させると共に、弱位置に比較して強位置では目標ギヤ比をより低ギヤ側に設定してシフトダウンする変速制御手段とを備えたものである。
【0008】
従って、切換スイッチの中止位置への切換時にはシフトダウンブレーキが中止される一方、切換スイッチの弱位置及び強位置への切換時には共にシフトダウンブレーキが作動すると共に、弱位置に比較して強位置では目標ギヤ比がより低ギヤ側に設定される。結果として、弱位置に比較して強位置ではよりシフトダウンブレーキの効力が高められ、シフトダウンブレーキの効力を強弱の2段に切換可能となる。このため、例えば一義的に1段シフトダウンするだけの特許文献1の技術に比較して、より適切なエンジンブレーキ作用を発生可能となる。
【0009】
請求項2の発明は、請求項1において、変速制御手段が、切換スイッチの弱位置または強位置への切換時に、予め設定された自車の車速と制動力との関係に従って弱位置に比較して強位置で車速からより高い制動力を目標制動力として算出し、算出した目標制動力を達成可能な値として目標ギヤ比を設定してシフトダウンするものである。
従って、切換スイッチの弱位置または強位置への切換時には、弱位置に比較して強位置で車速からより高い制動力が目標制動力として算出され、算出した目標制動力を達成可能な値として目標ギヤ比が設定されてシフトダウンされる。このように実際に発生させるべき目標制動力を具体的に算出し、その目標制動力を達成可能な目標ギヤ比に基づきシフトダウンブレーキを実行することから、シフトダウン後には目標制動力に極めて近いエンジンブレーキ、即ち現在の状況に対して最適なエンジンブレーキを発生可能となる。
【0010】
請求項3の発明は、請求項1または2において、変速制御手段が、設定した目標ギヤ比に基づきシフトダウンするとエンジン回転速度が上限値を越えるときには、エンジン回転速度を上限値に制限可能なように目標ギヤ比を高ギヤ比側に補正し、補正後の目標ギヤ比に基づきシフトダウンするものである。
従って、設定した目標ギヤ比に基づきシフトダウンするとエンジン回転速度が上限値を越えるときには、エンジン回転速度を上限値に制限可能なように目標ギヤ比が高ギヤ比側に補正され、補正後の目標ギヤ比に基づきシフトダウンされるため、エンジンの過回転が未然に防止される。
【0011】
請求項4の発明は、請求項1乃至3において、変速制御手段が、目標ギヤ比に基づくシフトダウン後において降坂路に起因する車速の増加に伴ってエンジン回転速度が上限値を越えるときには、エンジン回転速度を上限値に制限可能なように目標ギヤ比を高ギヤ比側に補正し、補正後の目標ギヤ比に基づきギヤ比を制御するものである。
従って、目標ギヤ比に基づくシフトダウン後において降坂路に起因する車速の増加に伴ってエンジン回転速度が上限値を越えるときには、エンジン回転速度を上限値に制限可能なように目標ギヤ比が高ギヤ比側に補正され、補正後の目標ギヤ比に基づきギヤ比が制御されるため、エンジンの過回転が未然に防止される。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように請求項1の発明の車両用変速制御装置によれば、切換スイッチの中止位置への切換時にはシフトダウンブレーキを中止する一方、切換スイッチの弱位置及び強位置への切換時には共にシフトダウンブレーキを作動させると共に、弱位置に比較して強位置では目標ギヤ比をより低ギヤ側に設定するため、シフトダウンブレーキの効力を強弱の2段に切換でき、適切なエンジンブレーキ作用を発生させることができる。
請求項2の発明の車両用変速制御装置によれば、請求項1に加えて、切換スイッチの弱位置及び強位置に応じて実際に発生させるべき目標制動力を具体的に算出し、その目標制動力を達成可能な目標ギヤ比に基づきシフトダウンすることから、シフトダウン後には目標制動力に極めて近いエンジンブレーキ、即ち現在の状況に対して最適なエンジンブレーキを発生させることができる。
【0013】
請求項3の発明の車両用変速制御装置によれば、請求項1または2に加えて、設定した目標ギヤ比に基づきシフトダウンするとエンジン回転速度が上限値を越えるときには、エンジン回転速度を上限値に制限可能なように目標ギヤ比を高ギヤ比側に補正してシフトダウンするため、エンジンの過回転を未然に防止して常に適切なエンジン回転域を保った状態でシフトダウンブレーキを開始することができる。
請求項4の発明の車両用変速制御装置によれば、請求項1乃至3に加えて、目標ギヤ比に基づくシフトダウン後において降坂路に起因する車速の増加に伴ってエンジン回転速度が上限値を越えるときには、エンジン回転速度を上限値に制限可能なように目標ギヤ比が高ギヤ比側に補正され、補正後の目標ギヤ比に基づきギヤ比が制御されるため、シフトダウンブレーキの実行中においてもエンジンの過回転を未然に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施形態の車両用変速制御装置が適用されたトラックの駆動系を示す全体構成図である。
【図2】目標ギヤ段を算出するためのECUの処理を示す制御ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体化した車両用変速制御装置の一実施形態を説明する。
図1は本実施形態の車両用変速制御装置が適用されたトラックの駆動系を示す全体構成図である。但し、本発明の変速制御装置の適用対象はトラックに限ることはなく、例えばバスや乗用車に適用してもよい。
車両には走行用動力源としてディーゼルエンジン(以下、エンジンという)1が搭載されている。エンジン1は、加圧ポンプによりコモンレールに蓄圧した高圧燃料を各気筒の燃料噴射弁に供給し、各燃料噴射弁の開弁に伴って筒内に噴射する所謂コモンレール式機関として構成されている。
【0016】
なお、エンジン1の形式はこれに限ることはなく、コントロールラックの作動に応じて各気筒への燃料噴射を制御する従来形式のディーゼル機関としてもよいし、ガソリンエンジンとしてもよい。
また、エンジン1の動弁機構1aは各気筒の排気弁を強制的に開弁し得るように構成され、これによりエンジン1は補助ブレーキの一種である圧縮開放式エンジンブレーキとして機能する。即ち、運転者のアクセルオフ操作時に各気筒の圧縮上死点直前で排気弁を強制開弁させることにより、筒内から圧縮空気を排出してエンジンブレーキ作用を高めるようになっている。筒内からの圧縮空気の排出量は、排気弁を強制開弁させるときのクランク角に応じて変化し、それに伴って圧縮開放式エンジンブレーキの効力が変化する。そこで、本実施形態では、排気弁の強制開弁を予め設定された2つのクランク角の何れかを選択して実行することにより、圧縮開放式エンジンブレーキが作動したときの効力を強弱2段階に切換可能としている。
【0017】
エンジン1の出力軸1bにはクラッチ装置2を介して自動変速機(以下、単に変速機という)3の入力軸3aが接続され、クラッチ装置2の接続時にエンジン1の回転が変速機3に伝達されるようになっている。当該変速機3は、前進12段(1速段〜12速段)及び後退1段を備えた手動式変速機をベースとしたものであり、以下に述べるように、その変速操作及び変速に伴うクラッチ装置2の断接操作を自動化したものである。言うまでもないが、変速機3の変速段は上記に限ることなく任意に変更可能である。
【0018】
クラッチ装置2は、フライホイール4にクラッチ板5をプレッシャスプリング6により圧接させて接続される一方、フライホイール4からクラッチ板5を離間させることにより切断される摩擦式クラッチとして構成されている。クラッチ板5にはアウタレバー7を介してエアシリンダ8が連結され、エアシリンダ8には電磁弁9が介装されたエア通路10を介して圧縮エアを充填したエアタンク11が接続されている。
電磁弁9の開弁時にはエアタンク11からエア通路10を介してエアシリンダ8に圧縮エアが供給され、エアシリンダ8が作動してアウタレバー7を介してクラッチ板5をフライホイール4から離間させ、これによりクラッチ装置2が接続状態から切断状態に切り換えられる。一方、電磁弁9が閉弁すると、圧縮エアの供給中止によりエアシリンダ8が作動しなくなることから、クラッチ板5はプレッシャスプリング6によりフライホイール4に圧接され、これによりクラッチ装置2は切断状態から接続状態に切り換えられる。このように電磁弁9の開閉に応じてエアシリンダ8が作動して、クラッチ装置2を自動的に断接操作可能になっている。
【0019】
車両の運転席にはチェンジレバー13が設けられ、図示はしないがチェンジレバー13は、パーキングレンジ(Pレンジ)、後退レンジ(Rレンジ)、ニュートラルレンジ(Nレンジ)、ドライブレンジ(Dレンジ)間で切換操作が可能とされている。一般的な車両と同様に、Nレンジはエンジン1の回転を伝達しないレンジ、PレンジはNレンジの機能に加えて車両を移動規制するレンジ、Dレンジは予め設定されたシフトマップに基づき自動変速を行うレンジ、Rレンジは後退時のレンジである。
なお、チェンジレバー13の構成はこれに限ることはなく、例えばDレンジの他に、手動変速のレンジとしてシフトアップレンジ(+レンジ)及びシフトダウンレンジ(−レンジ)を設けて、運転者の操作に応じてギヤ段を任意に切換可能としてもよい。
【0020】
変速機3にはギヤ段を切り換えるためのギヤシフトユニット14が設けられ、図示はしないがギヤシフトユニット14は、変速機3内の各ギヤ段に対応するシフトフォークを作動させる複数のエアシリンダ、及び各エアシリンダを作動させる複数の電磁弁を内蔵している。ギヤシフトユニット14はエア通路12を介して上記したエアタンク11と接続されており、各電磁弁の開閉に応じてエアタンク11からの圧縮エアが対応するエアシリンダに供給され、そのエアシリンダが作動して対応するシフトフォークを切換操作すると、切換操作に応じて変速機3のギヤ段が切り換えられる。このようにギヤシフトユニット14の電磁弁の開閉に応じてエアシリンダが作動して、変速機3を自動的に変速操作可能になっている。
【0021】
車室内には、図示しない入出力装置、制御プログラムや制御マップ等の記憶に供される記憶装置(ROM,RAMなど)、中央処理装置(CPU)、タイマカウンタなどを備えたECU(制御ユニット)21が設置されており、エンジン1、クラッチ装置2、変速機3の総合的な制御を行う。
ECU21の入力側には、エンジン1の回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサ22、変速機3の入力軸3aの回転速度(クラッチ回転速度)を検出するクラッチ回転速度センサ23、チェンジレバー13の切換位置を検出するレバー位置センサ24、変速機3のギヤ位置を検出するギヤ位置センサ25、アクセルペダル26の操作量Accを検出するアクセルセンサ27、変速機3の出力軸3bに設けられて車速Vを検出する車速センサ28などのセンサ類、及び運転席に設けられた補助ブレーキ切換スイッチ29が接続されている。
【0022】
補助ブレーキ切換スイッチ29は、車両に搭載された補助ブレーキの作動状態を運転者が任意に切り換えるためのスイッチであり、上記した圧縮開放式エンジンブレーキの作動状態に加えて、後述する他の補助ブレーキであるシフトダウンブレーキの作動状態も切換可能としている。
具体的に補助ブレーキ切換スイッチ29は、全ての補助ブレーキの作動を中止するOFF位置(中止位置)、圧縮開放式エンジンブレーキを弱い効力で作動させるPT弱位置、圧縮開放式エンジンブレーキを強い効力で作動させるPT強位置、強い効力の圧宿開放式エンジンブレーキに加えてシフトダウンブレーキを弱い効力で作動させるSDB弱位置(弱位置)、及び、強い効力の圧宿開放式エンジンブレーキに加えてシフトダウンブレーキを弱い効力で作動させるSDB強位置(強位置)の5位置間で任意に切換可能となっている。
【0023】
また、ECU21の出力側には、上記したクラッチ装置2の電磁弁9、ギヤシフトユニット14の各電磁弁などが接続されると共に、図示はしないが、コモンレール蓄圧用の加圧ポンプや各気筒の燃料噴射弁、及び圧縮開放式エンジンブレーキとして各気筒の排気弁を強制開弁させるためのアクチュエータなどが接続されている。
なお、このように単一のECU21で総合的に制御することなく、例えばECU21とは別にエンジン制御専用のECUを備えるようにしてもよい。
【0024】
そして、例えばECU21は、エンジン回転速度センサ22により検出されたエンジン回転速度Ne及びアクセルセンサ27により検出されたアクセル操作量Accに基づき、図示しないマップから加圧ポンプにより蓄圧されるコモンレールのレール圧や各気筒への燃料噴射量を算出すると共に、エンジン回転速度Ne及び燃料噴射量Qに基づき図示しないマップから燃料噴射時期を算出する。そして、これらの算出値に基づき加圧ポンプを駆動制御すると共に、各気筒の燃料噴射弁を駆動制御しながらエンジン1を運転させる。
また、ECU21は、レバー位置センサ24によりチェンジレバー13のDレンジが検出されているとき、アクセル操作量Acc及び車速センサ28により検出された車速Vに基づき、図示しないシフトマップから目標ギヤ段tgtGを算出する。そして、クラッチ装置2の電磁弁を開閉してエアシリンダ11によりクラッチ装置を断接操作させながら、ギヤシフトユニット14の所定の電磁弁を開閉してエアシリンダにより対応するシフトフォークを切換操作して目標ギヤ段tgtGを達成し、これにより常に適切なギヤ段をもって車両を走行させる。
【0025】
一方、ECU21は、アクセル操作量Accに基づき運転者のアクセルオフ操作を判定すると、補助ブレーキ切換スイッチ29がOFF位置のときには全ての補助ブレーキの作動を中止する一方、他の4位置への切換時には、その切換位置に応じて補助ブレーキを作動させる。即ち、OFF位置では全ての補助ブレーキを作動させないため、車両にはアクセルオフにより燃料噴射を中止したエンジン1が発生する本来のエンジンブレーキが作用すると共に、アシストブレーキの操作時には踏力に応じた制動力が作用する。
PT弱位置では、筒内からの圧縮空気の排出量を小としたクランク角でアクチュエータにより各気筒の排気弁を強制開弁させることで、弱い効力で圧縮開放式エンジンブレーキを作動させる。また、PT強位置では、圧縮空気の排出量を大としたクランク角で各気筒の排気弁を強制開弁させることで、強い効力で圧縮開放式エンジンブレーキを作動させる。
【0026】
SDB弱位置では、強い効力の圧縮開放式エンジンブレーキを行いながら、シフトダウンブレーキとして目標ギヤ段tgtGを現在選択しているギヤ段よりも低ギヤ側に設定してシフトダウンを実行する。また、SDB強位置では、同じく強い効力の圧縮開放式エンジンブレーキを行いながら、シフトダウンブレーキとして目標ギヤ段tgtGを上記したSDB弱位置で選択するギヤ段よりもさらに低ギヤ側に設定してシフトダウンを実行する。
以上のように補助ブレーキ切換スイッチ29の切換位置に応じて補助ブレーキの作動状態が切り換えられ、それに伴ってエンジンブレーキ作用がOFF位置、PT弱位置、PT強位置、SDB弱位置、SDB強位置の順に高められる。従って、運転者は予め補助ブレーキ切換スイッチ29を任意の位置に切り換えるだけで、アクセルオフ操作時のエンジンブレーキを所望の強さで発生させることができ、このエンジンブレーキだけでは制動力が不足する場合にのみサービスブレーキを操作する。
【0027】
例えば、運転者自身のエンジンブレーキの強弱に対する好みに応じて補助ブレーキ切換スイッチ29を切り換えることは勿論、これから走行する道路の起伏の強弱、或いは道路の混雑状況などを考慮して、運転者は補助ブレーキ切換スイッチ29の切換位置を決定する。例えば道路の起伏が強ければ、降坂路でより強いエンジンブレーキ作用を発生させた方が、サービスブレーキの負担が軽減されると共に、サービスブレーキ操作の頻度が減少して運転者の疲労も軽減される。また、道路が混雑していれば、先行車との距離を保つためにより強いエンジンブレーキを発生させた方が、やはりサービスブレーキの負担及び運転者の疲労の面で好ましい。
本実施形態では、シフトダウンブレーキを強弱の2段に切換可能とし、SDB弱位置に比較してSDB強位置ではより低ギヤ側に目標ギヤ段tgtGを設定してシフトダウンを実行することにより、シフトダウンブレーキ(即ちエンジンブレーキ)の効力を高めている。従って、一義的に1段シフトダウンするだけの特許文献1の技術に比較すると、より適切なエンジンブレーキ作用を発生できることから、上記したサービスブレーキの負担軽減及び運転者の疲労軽減の面で一層大きな利点を得ることができる。
【0028】
しかも、まず圧縮開放式エンジンブレーキを作動させた上で、強位置に相当する圧縮開放式エンジンブレーキの効力でもエンジンブレーキが不足する場合に限ってシフトダウンブレーキを作動させている。圧縮開放式エンジンブレーキに比較してシフトダウンブレーキは低車速でも強いエンジンブレーキ作用が得られる反面、シフトダウン時には僅かながら変速ショックを生じる欠点がある。
しかし、比較的弱いエンジンブレーキを必要とする状況では圧縮開放式エンジンブレーキで対処するため変速ショックは発生せず、より強いエンジンブレーキを必要とする状況では、エンジンブレーキにより発生した減速Gの急増により乗員が変速ショックを感じ難くなることから、シフトダウンブレーキが有する変速ショックの欠点を最小限に抑制することができる。
【0029】
以上のように補助ブレーキ切換スイッチ29の操作に応じて補助ブレーキとして圧縮開放式エンジンブレーキ及びシフトダウンブレーキを作動させているが、本実施形態では、シフトダウンブレーキの目標ギヤ段tgtGを算出する処理についても特徴があり、以下に、当該目標ギヤ段tgtGの算出処理を詳述する。
本実施形態の目標ギヤ段tgtGの算出処理は、車速に応じてシフトダウンブレーキで発生させるべき最適な目標制動力が定まり、その目標制動力を達成可能なギヤ段として目標ギヤ段tgtGを算出することにより、結果として適切なエンジンブレーキ作用を得ることができるという知見に基づくものである。
【0030】
図2は目標ギヤ段tgtGを算出するためのECU21の処理を示す制御ブロック図であるが、上記のように本実施形態では、補助ブレーキ切換スイッチ29の切換位置(以下、単にスイッチ切換位置と略することもある)に応じてシフトダウンブレーキの効力を切り換えているため、車速Vと共に当該スイッチ切換位置を情報として入力している。
スイッチ切換位置は3位置、即ち、シフトダウンブレーキを中止するOFF位置、PT弱位置及びPT強位置、シフトダウンブレーキを弱い効力で作動させるSDB弱位置、シフトダウンブレーキを強い効力で作動させるSDB強位置に区分され、その何れであるかが情報として車速Vと共に目標制動力算出部31に入力される。
【0031】
目標制動力算出部31では、スイッチ切換位置がOFF位置、PT弱位置またはPT強位置の何れかであるときには目標制動力tgtBが0に設定される。一方、スイッチ切換位置がSDB弱位置またはSDB強位置であるときには、予め車速Vと目標制動力tgtBとの関係を設定したマップに基づき車速Vから目標制動力tgtBが算出される。
当該マップはスイッチ切換位置毎に用意され、SDB弱位置のマップに比較してSDB強位置のマップでは同一車速Vにおいてより大きな目標制動力tgtBが算出されるように特性が設定されている。例えば、スイッチ切換位置がSDB強位置であり車速Vが80km/hのときには、目標制動力tgtBとして10000Nが算出される。
【0032】
このようにして算出された目標制動力tgtBは車速Vと共に目標ギヤ段算出部32に入力され、目標ギヤ段算出部32では、現在の車速Vを前提として目標制動力tgtBを達成するためのギヤ段が目標ギヤ段tgtGとして算出される。
当該算出処理はエンジン特性を考慮して行われる。即ち、現在の車速Vからシフトダウン後のギヤ段でのエンジン回転速度Neが判り、一方、アクセルオフ操作時のエンジン1は燃料噴射を中止していることから、シフトダウン後の運転状態でエンジン1が発生するトルク(この場合には負のトルク)も特定可能である。よって、各ギヤ段にシフトダウンした場合のエンジントルクに基づき、それぞれのギヤ段で目標制動力tgtBが達成できるか否かも判別できる。
【0033】
実際の目標ギヤ段算出部の処理では、予め目標制動力tgtB及び車速Vと目標ギヤ段tgtGとの関係を設定したマップを用意し、そのマップに基づき目標制動力tgtB及び車速Vから目標ギヤ段tgtGを算出する。目標制動力tgtBが高いほど低ギヤ側へのシフトダウンを必要とすることから、結果としてSDB弱位置に比較してSDB強位置ではより低ギヤ側に目標ギヤ段tgtGが設定されてシフトダウンブレーキが実行されることになる。なお、当然ながら目標制動力tgtBが0に設定されている場合には、現在のギヤ段が目標ギヤ段tgtGとして設定されることによりシフトダウンブレーキの実行が禁止される。
目標ギヤ段tgtGを設定するためのマップではエンジン回転速度Neの上限値が考慮されており、シフトダウン後にエンジン回転速度が上限値を越えるときには、1段高ギヤ側のギヤ段が目標ギヤ段tgtGとして算出される。これによりエンジン1の過回転が未然に防止され、常に適切なエンジン回転域を保った状態でシフトダウンブレーキを開始することができる。
【0034】
このようにして設定された目標ギヤ段tgtGに基づきECU21により変速機3の変速操作及びクラッチ装置の断接操作が行われることにより、変速機3は現在のギヤ段から目標ギヤ段tgtGにシフトダウンされて目標制動力tgtBに対応するエンジンブレーキが発生する。なお、以上はシフトダウンブレーキにより発生する制動力について述べているが、SDB弱位置やSDB強位置では並行して圧縮開放式エンジンブレーキも作動しているため、これらの補助ブレーキによる制動力が共に車両に作用することになる。
本実施形態では、この図2に基づいて説明した目標ギヤ段tgtGを算出するためのECU21の一連の処理が、本発明の変速制御手段として機能する。
【0035】
以上の説明から明らかなように本実施形態では、現在のスイッチ切換位置及び車速Vに基づき実際に発生させるべき目標制動力tgtBを具体的に算出し、その目標制動力tgtBを達成可能なギヤ段を目標ギヤ段tgtGとして設定してシフトダウンブレーキを実行している。従って、シフトダウン後には目標制動力tgtBに極めて近いエンジンブレーキ、即ち現在の状況に対して最適なエンジンブレーキを発生させることができ、ひいてはサービスブレーキの負担軽減及び運転者の疲労軽減の効果を一層高めることができる。
【0036】
一方、このようにして実行されたシフトダウンブレーキのエンジンブレーキ作用により、通常の走行状態では車速Vが次第に低下するはずであるが、例えば降坂路の走行時にはかえって車速Vが増加することもあり、この場合にはエンジン回転速度Neが上限値を越える可能性が生じる。
そこで、本実施形態では、シフトダウンブレーキの実行中には常にエンジン回転速度Neを監視し、上限値を越えるときには、エンジン回転速度Neを上限値に制限可能なように目標ギヤ段tgtGを1段高ギヤ側に補正し、補正後の目標ギヤ段tgtGに基づきシフトアップしている。従って、シフトダウンブレーキの実行中においてもエンジン1の過回転が未然に防止され、常に適切なエンジン回転域を保った状態でシフトダウンブレーキを継続することができる。
【0037】
ところで、シフトダウンブレーキを実行した場合には上記した変速ショックのように走行フィーリングを損なう要因になる可能性があるため、本実施形態ではこのような弊害を可能な限り抑制するために、目標ギヤ段tgtGを設定する際に以下の点に配慮している。
1)低車速域では変速ショックやエンジンブレーキが顕著化するため、例えば所定車速未満では走行フィーリングを優先してシフトダウンブレーキの実行を禁止する。具体的には、目標制動力tgtBとして0を設定することにより現在のギヤ段を維持する。
2)低ギヤ段ではエンジンブレーキが過大になり易いため、積極的なシフトダウンを抑制し、シフトダウンブレーキの中止時(OFF位置、PT弱位置及びPT強位置)のシフトダウンタイミングとの共通化を図る。
3)シフトダウンブレーキの中止・実行での制御干渉、変速ハンチングを抑制する。
4)SDB弱位置とSDB強位置との間の切換時の過大なエンジンブレーキ変化を抑制する。
5)シフトダウンブレーキの実行中に車速Vが増加したときの変速ハンチングを抑制する。
【0038】
これらの対策を講じることにより、シフトダウンブレーキの実行に起因する走行フィーリングの悪化を未然に防止することができる。
以上で実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこの実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、手動式変速機をベースとして変速操作及び変速に伴うクラッチ装置2の断接操作を自動化した変速機3を用いたが、変速機3の種別はこれに限ることはない。例えば、所謂デュアルクラッチ式変速機に適用してもよい。
当該デュアルクラッチ式変速機は、奇数段と偶数段とに分けた歯車機構をそれぞれクラッチを介してエンジン側と連結して構成され、一方の歯車機構のクラッチを接続して動力伝達しているとき、他方の歯車機構のクラッチを切断して次に予測されるギヤ段に予め切り換えておき、変速タイミングになると両クラッチの断接状態を逆転させて他方の歯車機構による動力伝達を開始するものである。このようなデュアルクラッチ式変速機においてもギヤ段を任意に切換可能であることから、実施形態で述べたようなシフトダウンブレーキを実行可能である。
【0039】
また、トルクコンバータに遊星歯車機構を組み合わせた自動変速機に適用してもよいし、ベルト式などの無段変速機に適用してもよい。特にギヤ比を無段階に制御可能な無段変速機によれば、スイッチ切換位置及び車速Vから求めた目標制動力tgtBと完全に一致するギヤ比を達成可能であるため、より適切なエンジンブレーキ作用を実現することができる。
また、上記実施形態では、スイッチ切換位置及び車速Vから目標制動力算出部31で目標制動力tgtBを算出し、その目標制動力tgtBを用いて目標ギヤ段算出部32で目標ギヤ段tgtGを算出したが、ECU21の演算負荷を軽減するために、目標制動力算出部31と目標ギヤ段算出部32とを統合してもよい。具体的には、事前の試験により目標制動力tgtBと目標ギヤ段tgtGとの関係を明確にした上で、スイッチ切換位置及び車速Vから直接目標ギヤ段tgtGを算出するマップを設定し、そのマップから目標ギヤ段tgtGを求めればよい。
【0040】
また、上記実施形態では、エンジン1に圧縮開放式エンジンブレーキの機能を付加したが、当該圧縮開放式エンジンブレーキの機能を省略してもよい。この場合には、補助ブレーキ切換スイッチ29のPT弱位置及びPT強位置を省略し、OFF位置、SDB弱位置、及びSDB強位置の3位置間の切換に応じて上記実施形態で述べた制御手順に従ってシフトダウンブレーキを作動させるようにすればよい。
【符号の説明】
【0041】
3 変速機
21 ECU(変速制御手段)
29 補助ブレーキ切換スイッチ(切換スイッチ)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者のアクセル操作量及び車速から求めた目標ギヤ比を達成するように変速機を変速制御する一方、運転者のアクセルオフ操作時に上記目標ギヤ比を現在のギヤ比よりも低ギヤ側に設定して上記変速機をシフトダウンするシフトダウンブレーキを行う車両用変速制御装置において、
運転席に設けられて、上記シフトダウンブレーキを中止する中止位置、上記シフトダウンブレーキを弱い効力で作動させる弱位置、及び上記シフトダウンブレーキを強い効力で作動させる強位置に切換可能な切換スイッチと、
上記切換スイッチの中止位置への切換時には上記シフトダウンブレーキを中止し、上記切換スイッチの弱位置及び強位置への切換時には共に上記シフトダウンブレーキを作動させると共に、弱位置に比較して強位置では上記目標ギヤ比をより低ギヤ側に設定してシフトダウンする変速制御手段と
を備えたことを特徴とする車両用変速制御装置。
【請求項2】
上記変速制御手段は、上記切換スイッチの弱位置または強位置への切換時に、予め設定された自車の車速と制動力との関係に従って弱位置に比較して強位置で車速からより高い制動力を目標制動力として算出し、該算出した目標制動力を達成可能な値として上記目標ギヤ比を設定してシフトダウンすることを特徴とする請求項1記載の車両用変速制御装置。
【請求項3】
上記変速制御手段は、上記設定した目標ギヤ比に基づきシフトダウンするとエンジン回転速度が上限値を越えるときには、該エンジン回転速度を上限値に制限可能なように上記目標ギヤ比を高ギヤ比側に補正し、該補正後の目標ギヤ比に基づきシフトダウンすることを特徴とする請求項1または2記載の車両用変速制御装置。
【請求項4】
上記変速制御手段は、上記目標ギヤ比に基づくシフトダウン後において降坂路に起因する車速の増加に伴って上記エンジン回転速度が上限値を越えるときには、該エンジン回転速度を上限値に制限可能なように上記目標ギヤ比を高ギヤ比側に補正し、該補正後の目標ギヤ比に基づきギヤ比を制御することを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の車両用変速制御装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−57705(P2012−57705A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−201107(P2010−201107)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(598051819)ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト (1,147)
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
【住所又は居所原語表記】Mercedesstrasse 137,70327 Stuttgart,Deutschland
【Fターム(参考)】