説明

車両用駆動系摩擦要素の制御装置

【課題】摩擦要素の耐久性向上と、車両の加速性能の向上とを両立することができる車両用駆動系摩擦要素の制御装置を提供すること。
【解決手段】車両の駆動源(エンジンEng)と駆動輪(左右駆動輪LT,RT)との間に配置されてトルク伝達を断接する摩擦要素(発進クラッチCL1)をスリップ締結する摩擦要素制御部(図4)において、クラッチ放熱パワー演算手段(ステップS11)により求めた摩擦要素が吸収可能な最大エネルギーと、クラッチ吸収パワー演算部(ステップS12)により求めた摩擦要素が吸収するエネルギーとが一致するようにクラッチ伝達トルク制限値を設定し、差回転演算手段(ステップS2)により求めた摩擦要素CL1の差回転ΔNが小さいほどクラッチ伝達トルク制限値を高くする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の駆動系に配置した摩擦要素をスリップ締結する摩擦要素制御部を備えた車両用駆動系摩擦要素の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の発進時に、エンジンと無段変速機との間に配置した駆動系摩擦要素をスリップ締結する車両用駆動系摩擦要素の制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
この車両用駆動系摩擦要素の制御装置では、発進時の無段変速機の変速比が最もロー側の変速比よりも高いときには、摩擦要素の伝達トルクを増大補正して摩擦要素の差回転が小さくなるように制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-75838号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、一般的にエンジンはエンスト回避下限回転数、いわゆるアイドリング回転数以上で回転する必要がある。そのため、従来の車両用駆動系摩擦要素の制御装置では、摩擦要素の伝達トルクの増大補正に伴って低下するエンジン回転数がエンスト回避下限回転数を下回らないように、伝達トルクを増大補正する際の上限値を設定している。
【0006】
これにより、摩擦要素の伝達トルクの上限値が制限され、その分スリップ締結時の差回転が大きくなって摩擦要素が吸収するエネルギーが増加し、摩擦要素の耐久性が悪化する問題があった。また、摩擦要素の伝達トルクの上限値を制限することで、制限した分だけ伝達トルクを高めることができず、加速性が良くないという問題も生じていた。
【0007】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、摩擦要素の耐久性向上と、車両の加速性能の向上とを両立することができる車両用駆動系摩擦要素の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の車両用駆動系摩擦要素の制御装置では、車両の駆動源と駆動輪との間に配置されてトルク伝達を断接する摩擦要素をスリップ締結する摩擦要素制御部を備える。この摩擦要素制御部は、クラッチ放熱パワー演算手段により求めた摩擦要素が吸収可能な最大エネルギーと、クラッチ吸収パワー演算部により求めた摩擦要素が吸収するエネルギーとが一致するように摩擦要素による伝達トルクの上限値を設定し、差回転演算手段により求めた摩擦要素の差回転が小さいほど上記上限値を高くする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の車両用駆動系摩擦要素の制御装置にあっては、上記構成により、摩擦要素の耐久性向上と、車両の加速性能の向上とを両立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例1の制御装置が適用された車両を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の統合コントローラに設定されている無段変速機の変速線図の一例を示す図である。
【図3】実施例1の統合コントローラに含まれる発進時車両制御系を示す制御ブロック図である。
【図4】実施例1の統合コントローラにて実行される摩擦要素制御処理(摩擦要素制御部)の流れを示すフローチャートである。
【図5】停車時の変速比とクラッチ吸収パワーとの関係を示すマップの一例である。
【図6】クラッチ差回転とクラッチ伝達トルク制限値との関係を示すマップの一例である。
【図7】実施例1の制御装置が適用された車両でのクラッチパワー制限発進モード時での各特性を示すタイムチャートであって、(a)はエンジン回転数・プライマリ回転数・車両速度の特性を示し、(b)はクラッチ伝達トルク制限値・クラッチ伝達トルク指令値の特性を示し、(c)はクラッチ伝達トルク制限値・エンジントルク指令値の特性を示す。
【図8】実施例1の制御装置が適用された車両での通常発進モード時での各特性を示すタイムチャートであって、(a)はエンジン回転数・プライマリ回転数・車両速度の特性を示し、(b)はクラッチ伝達トルク制限値・クラッチ伝達トルク指令値の特性を示し、(c)はクラッチ伝達トルク制限値・エンジントルク指令値の特性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の電動車両の制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0012】
まず、構成を説明する。
図1は、実施例1の制御装置が適用された車両を示す全体システム図である。
【0013】
実施例1における車両の駆動系は、図1に示すように、エンジンEngと、発進クラッチ(摩擦要素)CL1と、無段変速機CVTと、ファイナルギヤFGと、ディファレンシャルギヤDEと、左駆動輪LTと、右駆動輪RTと、を備えている。
【0014】
前記エンジンEngは、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンであり、統合コントローラ1からのエンジントルク指令値に基づいて、スロットルアクチュエータによる吸入空気量とインジェクタによる燃料噴射量と、点火プラグによる点火時期の制御により、エンジントルク指令値に応じたエンジントルクを出力する。また、必要に応じてエンジン始動制御やエンジン停止制御やスロットルバルブのバルブ開度制御やフューエルカット制御等が行われる。
【0015】
前記発進クラッチCL1は、前記エンジンEngと無段変速機CVTの間に配置されてトルク伝達を断接する摩擦要素(クラッチ)である。この発進クラッチCL1は、統合コントローラ1からのクラッチ伝達トルク指令値に基づき、図示しない油圧ユニットにより作り出されたクラッチ制御油圧により締結・スリップ締結(半締結)・開放が制御され、クラッチ伝達トルク指令値に応じた伝達トルクを出力する。この発進クラッチCL1としては、例えば、ダイアフラムスプリングによる付勢力にて完全締結を保ち、油圧アクチュエータを用いたストローク制御により、完全締結〜スリップ締結〜完全開放までが制御されるノーマルクローズの湿式多板クラッチが用いられる。
【0016】
前記無段変速機CVTは、変速比を無段階に設定しつつそれらを連続的に変えることのできる無段変速機能を有し、実施例1ではプライマリプーリPrPと、セカンダリプーリSePと、ベルトBとを有するベルト式無段変速機である。この無段変速機CVTは、プライマリプーリPrPの間隔を変化させてベルトBの接触円の径を変化させると共に、それに連携させてセカンダリプーリSePの間隔も変化させてベルトBの接触円の径を変化させることにより連続的に変速する。ここで、プライマリプーリPrPは入力軸(プライマリ軸)INに連結され、発進クラッチCL1を介してエンジンEngに連結されている。また、セカンダリプーリSePは出力軸OUTに連結され、ファイナルギヤFG、ディファレンシャルギヤDEを順に介して左右駆動輪LT,RTに連結されている。
【0017】
また、図2に無段変速機CVTの変速線図の一例を示す。この変速線図では、横軸に車両速度、縦軸にエンジン回転数をとり、アクセル開度ごとに車両速度とエンジン回転数とが決まるようにしている。そして、右上がりの2本の直線のうち左側の直線は最もロー側の変速比であり、右側の直線は最もハイ側の変速比である。無段変速機CVTにおける変速比は、この2本の線の間で、アクセル開度、車両速度、エンジン回転数によって決まる。
【0018】
前記統合コントローラ1は、発進クラッチCL1の耐久性を損なうことなく、可能な限りアクセル開度に応じたエンジントルク指令とクラッチ伝達トルク指令を出力することで、クラッチ耐久性と加速要求に応じた加速度とを両立させるための機能を担うものである。この統合コントローラ1は、エンジン回転数センサ2からのエンジン回転数情報と、プライマリプーリ回転数センサ3からのプライマリプーリ回転数情報と、セカンダリプーリ回転数センサ4からのセカンダリプーリ回転数情報と、アクセル開度センサ5からのアクセル開度情報と、を入力し、エンジンEngへエンジントルク指令値を出力し、発進クラッチCL1へクラッチ伝達トルク指令値を出力する。
【0019】
図3は、この統合コントローラ1に含まれる発進時車両制御系を示す制御ブロック図である。
【0020】
前記統合コントローラ1は、変速比計算部1aと、車速計算部1bと、クラッチ差回転計算部1cと、クラッチ放熱パワー計算部1dと、要求エンジントルク計算部1eと、クラッチ温度計算部1fと、クラッチ過熱判定部1gと、通常発進可否判定部1hと、車両停止判定部1iと、クラッチ締結判定部1jと、発進モード選択部1kと、目標エンジン回転数計算部1mと、エンジン回転数フィードバックトルク計算部1nと、クラッチ伝達トルク制限値計算部1pと、クラッチ伝達トルク計算部1qと、エンジントルク計算部1rと、を有している。
【0021】
前記変速比計算部1aは、プライマリプーリ回転数センサ3からプライマリプーリ回転数情報を入力し、セカンダリプーリ回転数センサ4からセカンダリプーリ回転数情報を入力する。そして、プライマリプーリ回転数からセカンダリプーリ回転数を除して無段変速機CVTの変速比を計算する。変速比情報は、通常発進可否判定部1hへ出力される。なお、セカンダリプーリ回転数がゼロの場合(発進直後)には、直前の変速比を維持する。
【0022】
前記車速計算部1bは、セカンダリプーリ回転数センサ4からセカンダリプーリ回転数情報を入力すると共に、予め設定されたディファレンシャルギヤ比及びタイヤ動半径を記憶している。そして、下記式(1)により車両速度を計算し、車両速度情報は車両停止判定部1iへ出力される。
車両速度[m/s]=(セカンダリプーリ回転数[rpm]/60)×2×π
×タイヤ動半径[m]×(1/ディファレンシャルギヤ比)・・(1)
【0023】
前記クラッチ差回転計算部1cは、エンジン回転数センサ2からエンジン回転数情報を入力し、プライマリプーリ回転数センサ3からプライマリプーリ回転数情報を入力する。そして、エンジン回転数からプライマリプーリ回転数を減じて発進クラッチCL1のクラッチ差回転ΔNを計算する。クラッチ差回転情報は、クラッチ温度計算部1f、クラッチ締結判定部1j、クラッチ伝達トルク制限値計算部1pへ出力される。
【0024】
前記クラッチ放熱パワー計算部1dは、図示しない検出手段から発進クラッチ温度情報、潤滑油量情報、油温情報を入力する。そして、発進クラッチ温度・潤滑油量・油温に基づいてクラッチ放熱パワーを計算する。クラッチ放熱パワー情報は、クラッチ温度計算部1f及びクラッチ伝達トルク制限値計算部1pへ出力される。
ここで、クラッチ放熱パワーとは、発進クラッチCL1を締結する際に、この発進クラッチCL1によって吸収可能なエネルギーの最大値であり、発進クラッチCL1が耐久劣化しない最高温度である。なお、簡単化のため「発進クラッチCL1が耐久劣化しない最高温度」で発進クラッチ温度が飽和するクラッチ放熱パワーを実験的に求めても良い。
【0025】
前記要求エンジントルク計算部1eは、アクセル開度センサ5からアクセル開度情報を入力する。そして、アクセル開度に応じて要求エンジントルクを計算する。要求エンジントルク情報は、クラッチ伝達トルク計算部1q及びエンジントルク計算部1rへ出力される。なお、アクセル開度と要求エンジントルクとの関係を予めマップに設定しておき、このマップを用いて要求エンジントルクを求めても良い。
【0026】
前記クラッチ温度計算部1fは、クラッチ差回転計算部1cからクラッチ差回転情報を入力し、クラッチ放熱パワー計算部1dからクラッチ放熱パワー情報を入力し、クラッチ伝達トルク計算部1qからクラッチ伝達トルク指令値を入力する。そして、まずクラッチ差回転ΔNにクラッチ伝達トルクを乗じてクラッチ吸収パワーを計算する。次にこのクラッチ吸収パワーからクラッチ放熱パワーを減じ、積分することで発進クラッチCL1のクラッチ温度を計算する。クラッチ温度情報はクラッチ過熱判定部1gへ出力される。なお、発進クラッチCL1にクラッチ温度を検出するセンサを設け、このセンサによりクラッチ温度を検出しても良い。
ここで、クラッチ吸収パワーとは、発進クラッチCL1がスリップ締結時に吸収するエネルギーである。このクラッチ吸収パワーは、横軸にクラッチ差回転ΔNをとり、縦軸にクラッチ伝達トルクをとれば双曲線となる。
【0027】
前記クラッチ過熱判定部1gは、クラッチ温度計算部1fからクラッチ温度情報を入力する。そして、このクラッチ温度が、発進クラッチCL1が耐久劣化しない最高温度(以下、境界温度αという)を超えたか否か(クラッチ過熱状態であるか)を判定し、判定結果は発進モード選択部1kへ出力される。このクラッチ過熱判定部1gでは、クラッチ温度が境界温度α以上であれば過熱状態とし、クラッチ温度が境界温度αよりも低ければ非過熱状態とする。
【0028】
前記通常発進可否判定部1hは、変速比計算部1aから無段変速機CVTの変速比情報を入力する。そして、この変速比が、予め求めた発進閾値βよりもハイ側かロー側かを判定し、判定結果は発進モード選択部1kへ出力される。
この通常発進可否判定部1hでは、変速比が発進閾値βよりもハイ側であれば通常発進不可能とし、変速比が発進閾値βよりもロー側であれば通常発進可能とする。
【0029】
前記車両停止判定部1iは、車速計算部1bから車両速度情報を入力する。そして、この車両速度が、予め定めた停止閾値γ以下であるか否かを判定し、判定結果は発進モード選択部1kへ出力される。
この車両停止判定部1iでは、車両速度が停止閾値γ以下であれば車両停止とし、車両速度が停止閾値γより大きければ車両非停止とする。
【0030】
前記クラッチ締結判定部1jは、クラッチ差回転計算部1cから発進クラッチCL1のクラッチ差回転情報を入力する。そして、このクラッチ差回転ΔNが、予め定めたクラッチ締結閾値δ以下であるか否かを判定し、判定結果はクラッチ伝達トルク制限値計算部1pへ出力される。
このクラッチ締結判定部1jでは、クラッチ差回転ΔNがクラッチ締結閾値δ以下であれば発進クラッチCL1が完全締結状態であるとし、クラッチ差回転ΔNがクラッチ締結閾値δより大きければ発進クラッチCL1が非完全締結状態(スリップ締結状態〜開放状態)とする。
【0031】
前記発進モード選択部1kは、クラッチ過熱判定部1gから過熱判定情報を入力し、通常発進可否判定部1hから可否判定情報を入力し、車両停止判定部1iから停止判定情報を入力し、クラッチ締結判定部1jから締結判定情報を入力する。そして、各情報に基づいて発進モードを選択し、選択結果は目標エンジン回転数計算部及びクラッチ伝達トルク制限値計算部へ出力される。
この発進モード選択部1kでは、車両停止判定時且つ通常発進可能判定時の場合には、通常発進モードを選択する。また、車両停止判定時且つ通常発進不可能判定時の場合には、クラッチパワー制限発進モードを選択する。さらに、車両停止判定時にも拘らずクラッチ過熱判定時の場合には、クラッチパワー制限発進モードを選択する。
【0032】
前記目標エンジン回転数計算部1mは、アクセル開度センサ5からアクセル開度情報を入力し、発進モード選択部1kからモード選択情報を入力する。そして、各情報に基づいて目標エンジン回転数を計算し、目標エンジン回転数情報はエンジン回転数フィードバックトルク計算部1nへ出力される。
この目標エンジン回転数計算部1mでは、通常発進モード選択時には、アクセル開度に応じた目標エンジン回転数を計算する。また、クラッチパワー制限発進モード選択時には、エンスト回避下限回転数を目標エンジン回転数とする。なお、アクセル開度と目標エンジン回転数との関係を予めマップに設定しておき、このマップを用いて目標エンジン回転数を求めても良い。
【0033】
前記エンジン回転数フィードバックトルク計算部1nは、エンジン回転数センサ2からエンジン回転数情報を入力し、目標エンジン回転数計算部1mから目標エンジン回転数情報を入力する。そして、目標エンジン回転数と実際のエンジン回転数とが一致するようにエンジントルクの調整トルク(エンジン回転数フィードバックトルク)を計算し、エンジン回転数フィードバックトルク情報はエンジントルク計算部1rへ出力される。このエンジン回転数フィードバックトルク計算部1nとしては、例えば周知のPIフィードバック制御器を用いる。
【0034】
前記クラッチ伝達トルク制限値計算部1pは、クラッチ差回転計算部1cから発進クラッチCL1のクラッチ差回転情報を入力し、クラッチ放熱パワー計算部1dから発進クラッチCL1のクラッチ放熱パワー情報を入力し、発進モード選択部1kからモード選択情報を入力する。そして、各情報に基づき発進クラッチCL1による伝達トルクの上限値であるクラッチ伝達トルク制限値を計算する。クラッチ伝達トルク制限値情報は、クラッチ伝達トルク計算部1qへ出力される。
このクラッチ伝達トルク制限値計算部1pでは、通常発進モード選択時には、発進クラッチCL1において設計上伝達可能な最大トルクをクラッチ伝達トルク制限値とする。また、クラッチパワー制限発進モード選択時には、クラッチ放熱パワーからクラッチ差回転ΔNを除して求めた値をクラッチ伝達トルク制限値とする。
【0035】
前記クラッチ伝達トルク計算部1qは、要求エンジントルク計算部1eから要求エンジントルク情報を入力し、クラッチ締結判定部1jからクラッチ締結情報を入力し、クラッチ伝達トルク制限値計算部1pからクラッチ伝達トルク制限値情報を入力する。そして、各情報に基づいてクラッチ伝達トルク指令値を計算し、クラッチ伝達トルク指令値情報は、発進クラッチCL1及びクラッチ温度計算部1fへ出力される。
このクラッチ伝達トルク計算部1qでは、クラッチ非締結判定時において通常発進モード選択時には、要求エンジントルクに応じてクラッチ伝達トルク指令値を計算する。また、クラッチ非締結判定時においてクラッチパワー制限発進モード選択時には、クラッチ伝達トルク制限値に応じてクラッチ伝達トルク指令値を計算し、このクラッチ伝達トルク制限値が要求エンジントルクに達したら、要求エンジントルクに応じてクラッチ伝達トルク指令値を計算する。さらに、クラッチ完全締結判定時には、発進クラッチCL1を完全締結可能なトルク(例えば、設計上伝達可能な最大トルク)をクラッチ伝達トルク指令値とする。
【0036】
前記エンジントルク計算部1rは、要求エンジントルク計算部1eから要求エンジントルク情報を入力し、クラッチ締結判定部1jからクラッチ締結情報を入力し、エンジン回転数フィードバックトルク計算部1nからエンジン回転数フィードバックトルク情報を入力する。そして、各情報に基づいてエンジントルク指令値を計算し、エンジントルク指令値情報はエンジンEngへ出力される。
このエンジントルク計算部1rでは、クラッチ非締結判定時においては、エンジン回転数フィードバックトルクをエンジントルク指令値とする。また、クラッチ完全締結判定時には、要求エンジントルクに応じてエンジントルク指令値を計算する。ここで、クラッチ非締結判定時はクラッチ伝達トルクが制限されるため、エンジン回転数フィードバックトルク計算部1nからのエンジン回転数フィードバックトルク情報も自動的に調整される。
【0037】
図4は、実施例1の統合コントローラにて実行される摩擦要素制御処理(摩擦要素制御部)の流れを示すフローチャートである。以下、図4の各ステップについて説明する。
【0038】
ステップS1では、発進クラッチCL1が完全開放状態であるか否かを判断し、YES(完全開放状態)の場合にはステップS1を繰り返し、NO(非完全開放状態)の場合にはステップS2へ移行する。ここで、発進クラッチCL1の状態判断は、クラッチ制御油圧の大きさに基づいて判断する。
【0039】
ステップS2では、ステップS1での発進クラッチCL1非完全開放との判断に続き、エンジン回転数からプライマリプーリ回転数を減じて発進クラッチCL1のクラッチ差回転ΔNを計算し、ステップS3へ移行する。このステップS2は、発進クラッチCL1のスリップ締結時のクラッチ差回転ΔNを求める差回転演算手段に相当する。
【0040】
ステップS3では、発進クラッチCL1が完全締結状態であるか否か、つまりステップS2で求めたクラッチ差回転ΔNが予め定めたクラッチ締結閾値δ以下であるか否かを判定し、YES(クラッチ締結閾値δ以下=完全締結状態)の場合にはステップS4へ移行し、NO(クラッチ締結閾値δより大=非完全締結状態;スリップ締結状態)の場合にはステップS7へ移行する。
【0041】
ステップS4では、ステップS3での発進クラッチCL1完全締結との判断に続き、クラッチ完全締結トルク、例えば発進クラッチCL1において設計上伝達可能な最大トルク、をクラッチ伝達トルク指令値に設定し、このクラッチ伝達トルク指令値を発進クラッチCL1へ出力し、ステップS5へ移行する。
【0042】
ステップS5では、アクセル開度に応じて要求エンジントルクを計算し、ステップS6へ移行する。
【0043】
ステップS6では、ステップS3での発進クラッチCL1完全締結との判断に基づき、ステップS5で求めた要求エンジントルクをエンジントルク指令値に設定し、このエンジントルク指令値をエンジンEngへ出力し、エンドへ移行してこの摩擦要素制御処理を終了する。
【0044】
ステップS7では、ステップS3での発進クラッチCL1非完全締結(スリップ締結)との判断に続き、セカンダリプーリ回転数とディファレンシャルギヤ比とタイヤ動半径から、上述の式(1)により車両速度を計算し、ステップS8へ移行する。
【0045】
ステップS8では、車両が停止状態であるか否か、すなわちステップS7で計算した車両速度が予め定めた停止閾値γ以下であるか否かを判断し、YES(車両速度≦停止閾値γ;車両停止)の場合にはステップS9へ移行し、NO(車両速度>停止閾値γ;車両非停止)の場合にはステップS11へ移行する。
【0046】
ステップS9では、ステップS8での車両停止との判断に続き、プライマリプーリ回転数からセカンダリプーリ回転数を除して無段変速機CVTの変速比を計算し、ステップS10へ移行する。なお、セカンダリプーリ回転数が0rpmの場合には、直前に算出した変速比を維持する。このステップS9は、無段変速機CVTの変速比を求める変速比演算手段に相当する。
【0047】
ステップS10では、車両が通常発進可能であるか否か、すなわちステップS9で計算した変速比が発進閾値βよりもハイ側かロー側かを判断し、YES(通常発進可能=変速比ロー側)の場合にはステップS11へ移行し、NO(通常発進不可=変速比ハイ側)の場合にはステップS14へ移行する。このステップS10は、停車時における無段変速機CVTの変速比に基づいて、発進クラッチCL1が吸収可能な最大エネルギーと、発進クラッチCL1が吸収するエネルギーとが一致するように発進クラッチCL1による伝達トルクの上限値を設定するか否かを判断する制御モード判断手段に相当する。
【0048】
ステップS11では、ステップS8での車両非停止との判断、又はステップS10での通常発進可能との判断に続き、クラッチ温度・潤滑油量・油温から、発進クラッチCL1が吸収可能な最大エネルギーである発進クラッチCL1のクラッチ放熱パワーを計算し、ステップS12へ進む。なお、簡単化のため「発進クラッチCL1が耐久劣化しない最高温度」で発進クラッチ温度が飽和するクラッチ放熱パワーを実験的に求めても良い。このステップS11は、発進クラッチCL1が吸収可能な最大エネルギーを求めるクラッチ放熱パワー演算手段に相当する。
【0049】
ステップS12では、ステップS2にて求めた発進クラッチCL1のクラッチ差回転ΔNに、発進クラッチCL1におけるクラッチ伝達最大トルクを乗じて、発進クラッチCL1がスリップ締結時に吸収するエネルギーであるクラッチ吸収パワーを計算し、ステップS13へ移行する。このステップS12は、発進クラッチCL1がスリップ締結時に吸収するエネルギーを求めるクラッチ吸収パワー演算手段に相当する。
なお、「クラッチ伝達最大トルク」とは、発進クラッチCL1において伝達することが可能な最大トルクである。ここで、クラッチ吸収パワーを求める際に、必ずしも「クラッチ伝達最大トルク」を用いる必要はない。例えば、一般的に車両発進に必要な加速度を定義し、この加速度に基づいて必要な駆動トルクを求め、そのときの変速比を考慮した上で算出したクラッチ伝達トルクを用いても良い。
【0050】
ステップS13では、ステップS12にて求めたクラッチ吸収パワーからステップS11にて求めたクラッチ放熱パワーを減じ、さらに積分することで、発進クラッチCL1のクラッチ温度を計算し、ステップS14へ移行する。なお、温度を検出するセンサを用いて発進クラッチCL1のクラッチ温度を検出しても良い。
【0051】
ステップS14では、発進クラッチCL1が過熱状態であるか否か、すなわちステップS13にて求めたクラッチ温度が境界温度α(発進クラッチCL1が耐久劣化しない最高温度)を超えたか否かを判断し、YES(クラッチ過熱状態=クラッチ温度>境界温度α)の場合にはステップS15へ移行し、NO(クラッチ非過熱状態=クラッチ温度≦境界温度α)の場合にはステップS16へ移行する。
【0052】
ステップS15では、ステップS10での通常発進不可能との判断、又は、ステップS14での発進クラッチCL1過熱状態との判断のいずれかに続き、発進モードを「クラッチパワー制限発進モード」に設定し、ステップS17へ移行する。
【0053】
ステップS16では、ステップS10での通常発進可能との判断及びステップS14での発進クラッチCL1非過熱状態との判断に続き、発進モードを「通常発進モード」に設定し、ステップS17へ移行する。
【0054】
ステップS17では、発進クラッチCL1による伝達トルクの上限値であるクラッチ伝達トルク制限値を計算し、ステップS18へ移行する。
ここで、ステップS15においてクラッチパワー制限発進モードの設定した場合には、ステップS11にて求めたクラッチ放熱パワーから、ステップS2にて求めたクラッチ差回転ΔNを除して、クラッチ伝達トルク制限値を求める。これにより、クラッチ差回転ΔNが小さいほどクラッチ伝達トルク上限値を高くなる。また、クラッチ放熱パワーからクラッチ差回転ΔNを除した値が、発進クラッチCL1の設計上伝達可能な最大トルクを超えた場合には、この最大トルクをクラッチ伝達トルク制限値とする。
なお、ステップS13で求めた発進クラッチCL1のクラッチ温度が、予め設定した許容温度(<境界温度α)よりも小さいときは、加速度を高めるためにクラッチ伝達トルク制限値を若干大きく設定しても良いし、あるいは安全率を見込んでクラッチ伝達トルク制限値を若干小さく設定しても良い。
また、ステップS16において通常発進モードを設定した場合には、発進クラッチCL1において設計上伝達可能な最大トルクをクラッチ伝達トルク制限値とする。つまり、通常発進モードを設定した場合、実質的にクラッチ伝達トルク制限値を設定しない。
【0055】
ステップS18では、アクセル開度に応じて要求エンジントルクを計算し、ステップS19へ移行する。
【0056】
ステップS19では、ステップS17にて求めたクラッチ伝達トルク制限値と、ステップS18にて求めた要求エンジントルクとに基づいてクラッチ伝達トルク指令値を設定し、このクラッチ伝達トルク指令値を発進クラッチCL1へ出力し、ステップS20へ移行する。
ここで、ステップS15においてクラッチパワー制限発進モードの設定した場合には、クラッチ伝達トルク制限値でクラッチ伝達トルク指令値を制限するため、まずクラッチ伝達トルク制限値をクラッチ伝達トルク指令値に設定する。
また、ステップS16において通常発進モードを設定した場合には、最初から要求エンジントルクをクラッチ伝達トルク指令値に設定する。なお、このとき、クラッチ最大伝達トルクをクラッチ伝達トルク指令値としてもよい。
【0057】
ステップS20では、目標エンジン回転数を計算し、ステップS21へ移行する。
ここで、ステップS15においてクラッチパワー制限発進モードの設定した場合には、エンスト回避下限回転数(アイドル回転数)を目標エンジン回転数に設定する。
また、ステップS16において通常発進モードを設定した場合には、アクセル開度に応じた目標エンジン回転数を計算する。なお、アクセル開度と目標エンジン回転数との関係を予めマップに設定しておき、このマップを用いて目標エンジン回転数を求めても良い。
【0058】
ステップS21では、ステップS20にて求めた目標エンジン回転数と、実際のエンジン回転数とに基づき、目標エンジン回転数と実エンジン回転数とが一致するようにエンジントルクの調整トルクであるエンジン回転数フィードバックトルクを計算し、ステップS22へ移行する。なお、このステップS21の実装としては、例えばPIフィードバック制御器を用いる。
【0059】
ステップS22では、クラッチ非締結状態のとき、ステップS18にて求めた要求エンジントルクと、ステップS21にて求めたエンジン回転数フィードバックトルクとに基づいて、エンジントルク指令値を設定し、このエンジントルク指令値をエンジンEngへ出力し、エンドへ移行してこの摩擦要素制御処理を終了する。
また、ステップS16において通常発進モードを設定した場合には、このステップS22において、要求エンジントルクをエンジントルク指令値に設定する。
【0060】
次に、作用を説明する。
まず、「従来の車両用駆動系摩擦要素制御とその課題」の説明を行い、続いて、実施例1の車両用駆動系摩擦要素の制御装置における「耐久性及び加速性の向上両立作用」を説明する。
【0061】
[従来の車両用駆動系摩擦要素制御とその課題]
従来から、駆動源(エンジンやモータ等)と駆動輪との間に、トルク伝達を断接する例えば発進クラッチCL1のような摩擦要素を配置した車両が知られている。ここで摩擦要素は、断接過渡期や、伝達トルクの調整を行う場合等にスリップ締結されるが、このスリップ締結時に、摩擦要素において摩擦による熱、すなわちクラッチ吸収パワーが発生する。このクラッチ吸収パワーが大きいと、摩擦要素が早期に劣化する等の悪影響が生じる。
【0062】
ここで、従来の車両用駆動系摩擦要素制御では、摩擦要素の下流側に配置された無段変速機の変速比がハイ側になるほど、クラッチ伝達トルクを大きく設定している。すなわち、クラッチ伝達トルクを大きくするために摩擦要素の締結油圧を高くし、クラッチ差回転を小さくする。これにより、摩擦熱、つまりクラッチ吸収パワーの発生を抑えて、摩擦要素の耐久性を確保している。
【0063】
ところで、摩擦要素の締結油圧が高くなるとエンジン回転の負荷になるため、エンジン回転数が低下する。ここで、エンストを防止するために、エンジン回転数がエンジンのエンスト回避下限回転数を下回らないようにする必要がある。つまり、エンジンのアイドリング回転数を確保しなければならない。そのため、クラッチ伝達トルクの上限値を設定し、必要なエンジン回転数を確保している。
【0064】
つまり、無段変速機の変速比に応じて求めたクラッチ伝達トルクが、上記上限値を超える場合には、この上限値で制限する。この結果、クラッチ吸収パワーを抑制するために必要なクラッチ伝達トルクを発生させることができず、クラッチ差回転が大きくなってしまっている。そのため、エンストを回避することはできるが、クラッチ差回転が大きい分クラッチ吸収パワーが増加し、摩擦要素の耐久性が悪化してしまう問題があった。
【0065】
さらに、クラッチ伝達トルクは、上限値で制限した分だけ上げることができないので、加速性がよくないという問題も生じていた。
【0066】
[耐久性及び加速性の向上両立作用]
実施例1の車両用駆動系摩擦要素の制御装置を適用した車両において、例えば、車両停止状態から発進するような場合、図4に示すフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS7→ステップS8→ステップS9へと進む。そして、ステップS9にて無段変速機CVTの変速比を計算し、ステップS10へと移行する。
【0067】
ステップS10では、ステップS9にて計算した停車時の変速比が発進閾値βよりもハイ側かロー側かによって発進モードを選択する。そして、変速比が発進閾値βよりもハイ側であり、ステップS10にて通常発進不可能と判断された場合では、ステップS15へ進んでクラッチパワー制限発進モードに設定する。また、変速比が発進閾値βよりもロー側であり、ステップS10にて通常発進可能と判断された場合では、ステップS11にて発進クラッチCL1が吸収可能な最大エネルギーであるクラッチ放熱パワーを求め、ステップS12へ進む。そして、クラッチ伝達最大トルクに時々刻々と変化するクラッチ差回転ΔNを乗じて、発進クラッチCL1がスリップ締結時に吸収するエネルギーであるクラッチ吸収パワーを求める。そして、ステップS13→ステップS14へと進んで、発進クラッチCL1のクラッチ温度が過熱状態であれば、ステップS15へ進んでクラッチパワー制限発進モードに設定する。また、発進クラッチCL1のクラッチ温度が非過熱状態であれば、ステップS16へ進んで通常発進モードに設定する。
【0068】
ここで、車両の発進から発進クラッチCL1の完全締結までの間に、発進クラッチCL1が吸収するエネルギー(クラッチ吸収パワー)は、停車時の変速比ごとに求めておく(図5参照)。
【0069】
なお、クラッチ吸収パワーを計算する際に、必ずしもクラッチ伝達最大トルクを用いる必要はない。例えば、一般的に発進に必要な加速度を定義し、この加速度に基づいて発進に必要な駆動トルクを求め、停車時の変速比を考慮して求めたクラッチ伝達トルクを用いても良い。
【0070】
ただし、上記クラッチ伝達トルクがクラッチ伝達最大トルクよりも低下していると、発進クラッチCL1の完全締結までの時間が長くなり、走行抵抗によって消費するエネルギーが増加するため、クラッチ伝達最大トルクで発進するよりも発進クラッチCL1が吸収するエネルギー(クラッチ吸収パワー)が増加してしまう。
【0071】
ここで、ドライバが現実にどの程度アクセルを踏み込むか、つまり要求トルクがどの程度の大きさになるか予測できないため、通常発進モードとクラッチパワー制限発進モードとを切り替える発進閾値βは、クラッチ伝達最大トルクを用いて求めた閾値と、変速比最ローとの間で任意に設定することができる。
【0072】
また、一般的に無段変速機CVTでは、プライマリプーリ回転数及びセカンダリプーリ回転数が低い場合には、ベルト滑りが懸念されるため変速を行わない。しかし、停車時の変速比が最ハイに近い状態では駆動力が不足し、車速が上昇せず、発進クラッチCL1の完全締結までに時間を要する。このため、ロー側への変速が可能な状態になった場合に、積極的にロー側へ変速することで発進クラッチCL1が吸収するエネルギー(クラッチ吸収パワー)を低減することができる。したがって、変速を考慮したクラッチ差回転ΔNに基づいてクラッチ吸収パワーを計算してもよい。
【0073】
そして、ステップS15又はステップS16にて発進モードの設定を行ったら、ステップS17に進んでクラッチ伝達トルク制限値を計算する。
【0074】
ここで、上述の通りクラッチ吸収パワーは、発進クラッチCL1におけるクラッチ差回転ΔNにクラッチ伝達トルクを乗じて求めるので、横軸にクラッチ差回転ΔN、縦軸にクラッチ伝達トルクを取れば、クラッチ吸収パワーは双曲線になる。
【0075】
ここで、クラッチ吸収パワーをクラッチ放熱パワーより小さくすれば、発進クラッチCL1の温度は上昇しないため、耐久劣化も生じない。しかしながら、クラッチ吸収パワーを小さくするためにクラッチ伝達トルクを小さくすれば、発進加速度も小さくなって加速性の悪化をまねく。そのため、可能な限りクラッチ伝達トルクを大きくしてクラッチ吸収パワーを大きくしたい。
【0076】
したがって、クラッチ放熱パワーを上限とすれば、クラッチ差回転ΔNが大きい場合にはクラッチ伝達トルクが小さくなるが、クラッチ差回転ΔNが小さい場合にはクラッチ伝達トルクが大きくなるのでクラッチ伝達トルク制限値も大きくすることができる(図6参照)。
【0077】
以上より、発進クラッチCL1のスリップ締結時に、クラッチ放熱パワーを上限としてクラッチ伝達トルクを制限する、すなわち、発進クラッチCL1が吸収可能な最大エネルギー(クラッチ放熱パワー)と、発進クラッチCL1が吸収するエネルギー(クラッチ吸収パワー)とが一致するように伝達トルクの上限値であるクラッチ伝達トルク制限値を設定する。そして、このクラッチ伝達トルク制限値をクラッチ差回転ΔNが小さいほど高くする。これにより、ドライバ要求トルクを可能な限り発生させて加速性の向上を図りつつ、クラッチの耐久劣化も防ぐことができ、耐久性の向上と加速性の向上との両立を図ることができる。
【0078】
特に、実施例1の車両用駆動系摩擦要素の制御装置では、発進クラッチCL1と駆動輪LT,RTとの間に無段変速機CVTを配置し、ステップS9において無段変速機CVTの変速比を求める。そして、ステップS10において停車時における無段変速機CVTの変速比に基づいて、発進クラッチCL1が吸収可能な最大エネルギー(クラッチ放熱パワー)と、発進クラッチCL1が吸収するエネルギー(クラッチ吸収パワー)とが一致するように発進クラッチCL1による伝達トルクの上限値であるクラッチ伝達トルク制限値を設定するか否かを判断している。
【0079】
そのため、停車時の無段変速機CVTの変速比に応じてクラッチ伝達トルク指令値やエンジントルク指令値を制限することなり、制限の必要がない場合は大きな加速度を得ることができて、加速性の低下を防止することができる。また、制限が必要な場合であっても可能な限り大きな加速度を得ることができる。以下、タイムチャートを使って説明する。
【0080】
図7は、実施例1の制御装置が適用された車両でのクラッチパワー制限発進モード時での各特性を示すタイムチャートであって、(a)はエンジン回転数・プライマリ回転数・車両速度の特性を示し、(b)はクラッチ伝達トルク制限値・クラッチ伝達トルク指令値の特性を示し、(c)はクラッチ伝達トルク制限値・エンジントルク指令値の特性を示す。
【0081】
このクラッチパワー制限発進モード時では、停車時の無段変速機CVTの変速比が発進閾値βよりもハイ側であるので、駆動力が不足して車速が上昇せず、発進クラッチCL1の完全締結までに時間を要する。すなわち、図7(a)に示すように、エンジン回転数に対するプライマリプーリ回転数の上昇に時間がかかる。なお、図7(a)においてΔNはクラッチ差回転である。
【0082】
そこで、クラッチ伝達トルク制限値を設定してクラッチ伝達トルク指令値及びエンジントルク指令値を要求エンジントルクよりも小さくなるように制限する。これにより、クラッチ吸収パワーがクラッチ放熱パワーより大きくなることがなくなり、クラッチ温度の上昇が抑制されて発進クラッチCL1の耐久性を向上することができる。
【0083】
また、クラッチ伝達トルク制限値は、クラッチ吸収パワーとクラッチ放熱パワーとが一致するように設定されると共に、クラッチ差回転ΔNが小さいほど高くなる。
【0084】
そのため、クラッチ伝達トルク指令値及びエンジントルク指令値も、クラッチ差回転ΔNの減少に応じて高くなるクラッチ伝達トルク制限値に合わせ、次第に大きくなる。そして、それぞれ時刻t1において要求エンジントルクと一致すると、その後要求エンジントルクに合わせた値に設定される。
【0085】
これにより、可能な限りドライバの要求エンジントルクを発生させることができ、発進クラッチCL1の劣化を防止しつつ、大きな加速度を得ることができる。
【0086】
図8は、実施例1の制御装置が適用された車両での通常発進モード時での各特性を示すタイムチャートであって、(a)はエンジン回転数・プライマリ回転数・車両速度の特性を示し、(b)はクラッチ伝達トルク制限値・クラッチ伝達トルク指令値の特性を示し、(c)はクラッチ伝達トルク制限値・エンジントルク指令値の特性を示す。
【0087】
この通常発進モード時では、停車時の無段変速機CVTの変速比が発進閾値βよりもロー側であり、発進時に必要な駆動力を確保することができ、所定の勾配で車速が上昇する。そのため、発進クラッチCL1の完全締結までの時間が増長せず、発進クラッチCL1のクラッチ温度が必要以上に上昇することはない。なお、図8(a)においてΔNはクラッチ差回転である。
【0088】
そこで、クラッチ伝達トルク制限値を発進クラッチCL1において発生できる最大トルクに設定し、実質的にクラッチ伝達トルク指令値及びエンジントルク指令値を制限しない。その結果、クラッチ伝達トルク指令値及びエンジントルク指令値は、要求エンジントルクに合わせて設定することができ、発進直後からドライバの要求エンジントルクを発生させることができて大きな加速度を得ることができる。このため、加速性の低下を防止することができる。
【0089】
さらに、実施例1の車両用駆動系摩擦要素の制御装置では、ステップS17において、発進クラッチCL1のクラッチ伝達トルク制限値を、クラッチ放熱パワーからクラッチ差回転ΔNを除して求める。そして、このように求められたクラッチ伝達トルク制限値に基づいて、ステップS19にて発進クラッチCL1のクラッチ伝達トルク指令値を設定する。
【0090】
これにより、クラッチ伝達トルク制限値を簡易的に求めることができ、短時間での制御処理が可能となる。
【0091】
次に、効果を説明する。
実施例1の電動車両の制御装置にあっては、下記に挙げる効果を得ることができる。
【0092】
(1) 車両の駆動源(エンジンEng)と駆動輪(左右駆動輪LT,RT)との間に配置されてトルク伝達を断接する摩擦要素(発進クラッチCL1)をスリップ締結する摩擦要素制御部(図4)を備えた車両用駆動系摩擦要素の制御装置において、前記摩擦要素制御部(図4)は、前記摩擦要素CL1が吸収可能な最大エネルギーを求めるクラッチ放熱パワー演算手段(ステップS11)と、前記摩擦要素CL1がスリップ締結時に吸収するエネルギーを求めるクラッチ吸収パワー演算手段(ステップS12)と、前記摩擦要素のスリップ締結時のクラッチ差回転ΔNを求める差回転演算手段(ステップS2)と、を有し、前記摩擦要素CL1のスリップ締結時に、前記摩擦要素CL1が吸収可能な最大エネルギーと、前記摩擦要素CL1が吸収するエネルギーとが一致するように前記摩擦要素CL1による伝達トルクの上限値(クラッチ伝達トルク制限値)を設定し、前記クラッチ差回転ΔNが小さいほど前記上限値(クラッチ伝達トルク制限値)を高くする構成とした。
このため、摩擦要素CL1の耐久性向上と、車両の加速性能の向上とを両立することができる。
【0093】
(2) 前記摩擦要素(発進クラッチCL1)と前記駆動輪(左右駆動輪LT,RT)との間に無段変速機CVTを配置すると共に、前記無段変速機CVTの変速比を求める変速比演算手段(ステップS9)を有し、前記摩擦要素制御部(図4)は、停車時における前記無段変速機CVTの変速比に基づいて、前記摩擦要素CL1が吸収可能な最大エネルギー(クラッチ放熱パワー)と、前記摩擦要素CL1が吸収するエネルギー(クラッチ吸収パワー)とが一致するように前記摩擦要素CL1による伝達トルクの上限値(クラッチ伝達トルク制限値)を設定するか否かを判断する制御モード判断手段(ステップS10)を有する構成とした。
このため、停車時の無段変速機CVTの変速比に応じてクラッチ伝達トルク指令値やエンジントルク指令値を制限することなり、制限の必要がない場合は大きな加速度を得ることができて、加速性の低下を防止することができる。また、制限が必要な場合であっても可能な限り大きな加速度を得ることができる。
【0094】
(3) 前記摩擦要素制御部(図4)は、前記摩擦要素(発進クラッチCL1)による伝達トルクの上限値(クラッチ伝達トルク制限値)を、前記摩擦要素CL1が吸収可能な最大エネルギー(クラッチ放熱パワー)から前記差回転ΔNを除して求め、該上限値(クラッチ伝達トルク制限値)に基づいて前記摩擦要素CL1の伝達トルク指令値を設定する構成とした。
このため、クラッチ伝達トルク制限値を簡易的に求めることができ、短時間での制御処理が可能となる。
【0095】
以上、本発明の車両用駆動系摩擦要素の制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0096】
実施例1では、摩擦要素として、エンジンEngと無段変速機CVTとの間に配置した発進クラッチCL1を用いる例を示した。しかし、摩擦要素として、無段変速機CVTと左右駆動輪LT,RTとの間に設けたクラッチを用いる例や、無段変速機CVTの代わりに有段の自動変速機を配置し、この有段の自動変速機に内蔵したクラッチやブレーキを流用する例も含まれる。つまり、この摩擦要素は、車両の駆動系に配置されると共に、締結開放時にスリップ締結されるものであればよい。
【0097】
実施例1では、無段変速機CVTとして、ベルト式無段変速機を用いる例を示した。しかし、変速比を無段階に変化できる自動変速機であれば良い。
【0098】
実施例1では、駆動源としてエンジンEngのみを有するいわゆるエンジン車への適用例を示した。しかし、駆動源としてエンジンとモータとを併用するハイブリッド車両や、モータのみを駆動源とする電気自動車や燃料電池車等にも適用することができる。
【符号の説明】
【0099】
Eng エンジン
CL1 発進クラッチ(摩擦要素)
CVT 無段変速機
LT 左駆動輪
RT 右駆動輪
1 統合コントローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動源と駆動輪との間に配置されてトルク伝達を断接する摩擦要素をスリップ締結する摩擦要素制御部を備えた車両用駆動系摩擦要素の制御装置において、
前記摩擦要素制御部は、前記摩擦要素が吸収可能な最大エネルギーを求めるクラッチ放熱パワー演算手段と、前記摩擦要素がスリップ締結時に吸収するエネルギーを求めるクラッチ吸収パワー演算手段と、前記摩擦要素のスリップ締結時の差回転を求める差回転演算手段と、を有し、
前記摩擦要素のスリップ締結時に、前記摩擦要素が吸収可能な最大エネルギーと、前記摩擦要素が吸収するエネルギーとが一致するように前記摩擦要素による伝達トルクの上限値を設定し、前記差回転が小さいほど前記上限値を高くすることを特徴とする車両用駆動系摩擦要素の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された車両用駆動系摩擦要素の制御装置において、
前記摩擦要素と前記駆動輪との間に無段変速機を配置すると共に、前記無段変速機の変速比を求める変速比演算手段を有し、
前記摩擦要素制御部は、停車時における前記無段変速機の変速比に基づいて、前記摩擦要素が吸収可能な最大エネルギーと、前記摩擦要素が吸収するエネルギーとが一致するように前記摩擦要素による伝達トルクの上限値を設定するか否かを判断する制御モード判断手段を有することを特徴とする車両用駆動系摩擦要素の制御装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載された車両用駆動系摩擦要素の制御装置において、
前記摩擦要素制御部は、前記摩擦要素による伝達トルクの上限値を、前記摩擦要素が吸収可能な最大エネルギーから前記差回転を除して求め、該上限値に基づいて前記摩擦要素の伝達トルク指令値を設定することを特徴とする車両用駆動系摩擦要素の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−69406(P2011−69406A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−219060(P2009−219060)
【出願日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】