説明

車両用駆動装置

【課題】エンジン始動直後にセレクト操作が為された場合であっても、入力クラッチの締結ショックを抑制する。
【解決手段】エンジンと駆動輪との間の動力伝達径路には、制御油圧が低下するエンジン停止時にバネ力によって滑り状態または締結状態に保持される前進クラッチが設けられ、セレクト操作によって締結状態と解放状態とに切り換えられる入力クラッチが設けられる。エンジン始動後には、制御油圧Pfcの上昇によって前進クラッチが滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられるまでは、締結速度が抑制される第1制御モードで入力クラッチが締結状態に切り換えられる。これにより、前進クラッチが滑り状態または締結状態に保持された状態、つまり動力伝達径路が接続された状態のもとで、入力クラッチが素早く締結されてしまうことが無いため、入力クラッチの締結ショックを抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジン停止時に付勢手段によって滑り状態または締結状態に保持される摩擦係合機構を備えた車両用駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、エンジンの燃料消費量を削減するため、停車時にエンジンを自動的に停止させるようにしたアイドリングストップ車両が開発されている。このアイドリングストップ車両は、所定の停止条件が成立したときにエンジンを自動的に停止させる一方、所定の始動条件が成立したときにエンジンを自動的に再始動させている。また、エンジンおよび電動モータを搭載するハイブリッド車両においても、停車時にエンジンを自動的に停止させることが一般的である。
【0003】
ところで、車両の動力伝達系には、複数の油圧クラッチや油圧ブレーキ(以下、油圧ブレーキを含めて油圧クラッチという)を備えた自動変速機が搭載されている。この自動変速機にクラッチ用の制御油圧を供給するため、自動変速機にはエンジンに駆動されるオイルポンプが接続されている。しかしながら、アイドリングストップ車両においては、停車時にエンジンを停止させることから、これに伴ってオイルポンプが停止するため、締結中の油圧クラッチは締結を維持できずに解放されていた。そして、エンジンの再始動によって再びオイルポンプが駆動されると、解放中の油圧クラッチが急速に締結され、油圧クラッチに締結ショックが発生し、車両品質を低下させてしまう要因となっていた。
【0004】
そこで、アイドリングストップ時における油圧クラッチの解放を回避するため、電動オイルポンプやアキュムレータを搭載することにより、エンジン停止時の油圧低下を回避することも考えられるが、電動オイルポンプ等を搭載することはアイドリングストップ車両の高コスト化を招く要因となる。このため、油圧クラッチの制御油圧が低下した場合であっても、油圧クラッチが完全に解放されることのないように、油圧クラッチのピストンにバネを組み付けるようにした動力伝達装置が開発されている(例えば、特許文献1参照)。このように、油圧クラッチのピストンをバネによって付勢することにより、クラッチ内の摩擦板を常に接触させておくことが可能となる。すなわち、制御油圧が低下した場合であっても油圧クラッチが完全に解放されることはなく、エンジン再始動時における油圧クラッチの締結ショックを抑制することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−9973号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の動力伝達装置においては、油圧クラッチのピストンがバネによって付勢される構造であるため、この油圧クラッチには解放時に作動油を供給するためのキャンセル油室が設けられている。このキャンセル油室に作動油を供給することにより、バネ力に抗する方向にピストンを移動させることができ、油圧クラッチを解放状態に切り換えることが可能となる。すなわち、油圧クラッチを完全に解放するためには、キャンセル油室に作動油を供給することが必要であるため、オイルポンプが停止するエンジン停止時には油圧クラッチを解放することができず、車両をニュートラル状態に制御することが不可能であった。
【0007】
そこで、エンジンと駆動輪との間に入力クラッチ(入力クラッチ機構)を組み込むことにより、エンジン停止時にも入力クラッチを解放することで車両をニュートラル状態に制御することが考えられる。この入力クラッチはセレクト操作によって切り換えられ、中立レンジが選択されたときには入力クラッチが解放される一方、走行レンジが選択されたときには入力クラッチを締結することが必要となっている。ところで、運転手の始動スイッチ操作によるエンジン始動時においては、エンジンが長時間に渡って停止することから、油圧クラッチに供給される制御油圧が大きく低下していることが多い。すなわち、始動スイッチ操作によるエンジン始動直後においては、油圧クラッチに対して十分な制御油圧が供給されておらず、油圧クラッチを滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えることが困難であった。このように油圧クラッチが滑り状態または締結状態となるエンジン始動直後において、セレクト操作によって走行レンジが直ちに選択された場合には、油圧クラッチを滑り状態または締結状態としたまま入力クラッチが締結されるため、入力クラッチの締結ショックを招いて車両品質を低下させる要因となっていた。
【0008】
本発明の目的は、エンジン始動直後にセレクト操作が為された場合であっても、入力クラッチ機構の締結ショックを抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の車両用駆動装置は、エンジンと駆動輪との間の動力伝達径路に設けられ、油圧ピストンを係合方向に移動させて摩擦板を係合する締結状態と前記油圧ピストンを解放方向に移動させて前記摩擦板の係合を解除する解放状態とに切り換えられる摩擦係合機構と、前記エンジンに駆動され、前記油圧ピストンを係合方向と解放方向とに移動させる作動油を前記摩擦係合機構に供給するオイルポンプと、前記摩擦係合機構に組み付けられて前記油圧ピストンを係合方向に付勢し、前記オイルポンプが停止されるエンジン停止時に前記摩擦係合機構を滑り状態または締結状態に保持する付勢手段と、前記動力伝達径路に設けられ、運転手のセレクト操作に基づいて前記動力伝達径路を接続する締結状態と前記動力伝達径路を切断する解放状態とに切り換えられる入力クラッチ機構と、前記摩擦係合機構と前記入力クラッチ機構との作動状態を制御する制御手段とを具備し、前記制御手段は、前記入力クラッチ機構が解放された状態のもとで前記摩擦係合機構が滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられるときに、運転手のセレクト操作により前記入力クラッチ機構を締結状態に切り換える際には、前記摩擦係合機構が解放状態に切り換えられるまで、前記入力クラッチ機構を締結状態に徐々に切り換える第1制御モードを実行することを特徴とする。
【0010】
本発明の車両用駆動装置における前記制御手段は、前記摩擦係合機構および前記入力クラッチ機構がともに解放状態にあるときに、セレクト操作に基づいて前記入力クラッチ機構を締結状態に切り換える第2制御モードを有し、前記第1制御モードにおける前記入力クラッチ機構の締結速度は、前記第2制御モードにおける前記入力クラッチ機構の締結速度よりも遅いことを特徴とする。
【0011】
本発明の車両用駆動装置における前記制御手段は、エンジン始動後に、前記摩擦係合機構が解放状態に切り換えられるまでは、前記第1制御モードのもとでセレクト操作に基づき前記入力クラッチ機構を締結状態に徐々に切り換えることを特徴とする。
【0012】
本発明の車両用駆動装置における前記制御手段は、運転手の始動スイッチ操作によるエンジン始動後に、前記摩擦係合機構が解放状態に切り換えられるまでは、前記第1制御モードのもとでセレクト操作に基づき前記入力クラッチ機構を締結状態に徐々に切り換えることを特徴とする。
【0013】
本発明の車両用駆動装置における前記制御手段は、前記摩擦係合機構が滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられた後に、前記第1制御モードから前記第2制御モードに切り換え、前記入力クラッチ機構の締結速度を引き上げることを特徴とする。
【0014】
本発明の車両用駆動装置における前記入力クラッチ機構は、セレクト操作によって走行レンジが選択されると締結状態に切り換えられ、セレクト操作によって非走行レンジが選択されると解放状態に切り換えられることを特徴とする。
【0015】
本発明の車両用駆動装置は、所定の停止条件下で自動的に前記エンジンを停止し、所定の始動条件下で自動的に前記エンジンを再始動するエンジン制御手段を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、摩擦係合機構が滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられるまで、入力クラッチ機構を解放状態から締結状態に切り換える際の締結速度を通常より遅くなるように設定したので、入力クラッチ機構の締結ショックを抑制することができ、車両品質を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施の形態である車両用駆動装置を示す概略図である。
【図2】(a)は低速締結モード(第1制御モード)による入力クラッチの締結過程を示す説明図であり、(b)は高速締結モード(第2制御モード)による入力クラッチの締結過程を示す説明図である。
【図3】車両用駆動装置の一部を制御系とともに示す概略図である。
【図4】入力クラッチの切換制御の手順を示すフローチャートである。
【図5】エンジン始動時における前進クラッチの作動状態を示す説明図である。
【図6】アイドリングストップ中に実行される入力クラッチの切換制御の手順を示すフローチャートである。
【図7】エンジン作動中に実行される入力クラッチの切換制御の手順を示すフローチャートである。
【図8】本発明の他の実施の形態である車両用駆動装置を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1は本発明の一実施の形態である車両用駆動装置を示す概略図である。図1に示すように、車両用駆動装置10は、エンジン11、トルクコンバータ12、無段変速機13、および前後進切換機構14を有している。エンジン11にはトルクコンバータ12および入力クラッチ15を介して無段変速機13が連結されており、この無段変速機13には前後進切換機構14およびフロントデファレンシャル機構16を介して前輪(駆動輪)19fが連結されている。また、前後進切換機構14にはトランスファクラッチ17を介して後輪(駆動輪)19rが連結されている。すなわち、入力クラッチ15および前後進切換機構14は、エンジン11と駆動輪19f,19rとの間の動力伝達径路18に設けられており、入力クラッチ15および前後進切換機構14を介して、エンジン11から駆動輪19f,19rに動力が伝達されている。
【0019】
図示する車両用駆動装置10はアイドリングストップ機能を有しており、所定の停止条件が成立したときにはエンジン11を自動的に停止させる一方、所定の始動条件が成立したときにはエンジン11を自動的に再始動させている。エンジン11の停止条件としては、停車状態(車速=0km/h)であり、且つブレーキペダルが踏み込まれること等が挙げられる。また、エンジン11の始動条件としては、ブレーキペダルの踏み込みが解除されることや、アクセルペダルが踏み込まれること等が挙げられる。なお、エンジン11を始動回転させるスタータモータとしては、始動時にピニオンが突出してエンジン11の図示しないリングギヤに噛み合う方式のスタータモータであっても良く、一方向クラッチを介してリングギヤに常時噛み合う方式のスタータモータであっても良い。さらに、オルタネータをスタータモータとして機能させても良い。
【0020】
エンジン11に連結されるトルクコンバータ12は、クランク軸20に連結されるポンプインペラ21と、このポンプインペラ21に対向するとともにタービン軸22に連結されるタービンランナ23とを備えている。なお、トルクコンバータ12には、フロントカバー24とタービンランナ23とを直結するロックアップクラッチ25が設けられている。また、無段変速機13は、プライマリ軸30とこれに平行となるセカンダリ軸31とを有している。プライマリ軸30にはプライマリプーリ32が設けられており、プライマリプーリ32の背面側にはプライマリ油室33が区画されている。また、セカンダリ軸31にはセカンダリプーリ34が設けられており、セカンダリプーリ34の背面側にはセカンダリ油室35が区画されている。さらに、プライマリプーリ32およびセカンダリプーリ34には駆動チェーン36が巻き掛けられている。プライマリ油室33およびセカンダリ油室35の油圧を調整することにより、プーリ溝幅を変化させて駆動チェーン36の巻き付け径を変化させることができ、プライマリ軸30からセカンダリ軸31に対する無段変速が可能となる。
【0021】
トルクコンバータ12から無段変速機13にエンジン動力を伝達するため、トルクコンバータ12と無段変速機13との間には歯車列40および入力クラッチ(入力クラッチ機構)15が設けられている。歯車列40は、トルクコンバータ12のタービン軸22に固定される駆動ギヤ40aと、セカンダリ軸31に回転自在に設けられる従動ギヤ40bとを備えている。また、入力クラッチ15は、従動ギヤ40bの中空軸40cに設けられる駆動ディスク41と、プライマリ軸30に設けられる従動ディスク42とを備えている。さらに、入力クラッチ15は、対向する駆動ディスク41と従動ディスク42とを押圧するための電磁駆動部43を有している。この電磁駆動部43は、磁性体であるプレッシャプレート43aとこれに対向する電磁石43bとによって構成されている。プレッシャプレート43aと電磁石43bとは、駆動ディスク41および従動ディスク42を挟み込むように配置されている。
【0022】
電磁石43bに対して通電を施すことにより、磁化する電磁石43bに向けてプレッシャプレート43aが吸引される。これにより、プレッシャプレート43aによって駆動ディスク41と従動ディスク42とが押圧されるため、入力クラッチ15は動力伝達径路18を接続する締結状態に切り換えられる。一方、電磁石43bに対する通電を遮断することにより、電磁石43bによるプレッシャプレート43aの吸引が解除される。これにより、プレッシャプレート43aによる駆動ディスク41と従動ディスク42との押圧状態が解除されるため、入力クラッチ15は動力伝達径路18を切断する解放状態に切り換えられる。なお、電磁石43bに通電する電流値を調整することにより、電磁石43bのプレッシャプレート43aに対する吸引力を自在に調整することが可能となる。すなわち、電磁石43bに対する電流値を制御することにより、入力クラッチ15の締結速度や締結トルクを自在に制御することが可能となっている。
【0023】
ここで、図2(a)は低速締結モード(第1制御モード)による入力クラッチ15の締結過程を示す説明図であり、図2(b)は高速締結モード(第2制御モード)による入力クラッチ15の締結過程を示す説明図である。図2(a)および(b)に示すように、入力クラッチ15は、第1締結速度で締結される低速締結モードと、第1締結速度よりも速い第2締結速度で締結される高速締結モードとを備えている。これら低速締結モードと高速締結モードとは、電磁石43bに対する電流値を調整することにより、後述する制御ユニット80によって切り換えられている。すなわち、電磁石43bに対する電流値を引き下げた場合には、入力クラッチ15は低速締結モードで締結状態に切り換えられ、締結時間は伸びるものの滑らかに入力クラッチ15を締結することが可能となる。一方、電磁石43bに対する電流値を引き上げた場合には、入力クラッチ15は高速締結モードで締結状態に切り換えられ、締結時間を短縮して素早く入力クラッチ15を締結することが可能となる。
【0024】
また、図1に示すように、無段変速機13から駆動輪19f,19rに向けてエンジン動力を出力するため、セカンダリ軸31には歯車列45を介して前後進切換機構14が接続されている。歯車列45は、セカンダリ軸31に固定される駆動ギヤ45aと、前後進切換機構14の前後進入力軸46に固定される従動ギヤ45bとを備えている。さらに、前後進切換機構14は、ダブルピニオン式の遊星歯車列47、前進クラッチ48および後退ブレーキ49によって構成されている。前後進切換機構14の遊星歯車列47は、前後進入力軸46に固定されるサンギヤ50と、これの径方向外方に回転自在に設けられるリングギヤ51とを備えている。サンギヤ50とリングギヤ51との間には相互に噛み合う一対のプラネタリピニオンギヤ52,53が複数設けられている。サンギヤ50とリングギヤ51とを連結するプラネタリピニオンギヤ52,53はキャリア54によって回転自在に支持されており、このキャリア54は前後進出力軸55に固定されている。
【0025】
また、前後進切換機構14の前進クラッチ(摩擦係合機構)48は、前後進入力軸46に固定されるクラッチドラム60と、キャリア54に固定されるクラッチハブ61とを備えている。クラッチドラム60とクラッチハブ61との間には複数枚の摩擦板60a,61aが設けられており、摩擦板60aはクラッチドラム60の内周面に支持され、摩擦板61aはクラッチハブ61の外周面に支持されている。また、クラッチドラム60内には摩擦板60a,61aを押圧する油圧ピストン62が摺動自在に設けられている。また、クラッチドラム60に収容される油圧ピストン62の一方面側には締結油室63が区画される一方、油圧ピストン62の他方面側には解放油室64が区画されている。さらに、締結油室63にはバネ部材(付勢手段)65が組み込まれており、バネ部材65によって油圧ピストン62は係合方向に付勢されている。なお、係合方向とは油圧ピストン62が摩擦板60a,61aに近づく方向であり、後述する解放方向とは油圧ピストン62が摩擦板60a,61aから離れる方向である。
【0026】
そして、前進クラッチ48の締結油室63に作動油を供給して解放油室64から作動油を排出することにより、油圧ピストン62を係合方向に移動させることが可能となる。これにより、油圧ピストン62を押し当てて摩擦板60a,61aを係合することができ、前進クラッチ48はクラッチドラム60とクラッチハブ61とを一体に回転させる締結状態となる。一方、締結油室63から作動油を排出して解放油室64に作動油を供給することにより、油圧ピストン62を解放方向に移動させることが可能となる。これにより、油圧ピストン62を離して摩擦板60a,61aの係合を解除することができ、前進クラッチ48はクラッチドラム60とクラッチハブ61とを切り離す解放状態となる。また、締結油室63と解放油室64との双方から作動油が排出された場合であっても、油圧ピストン62はバネ部材65によって係合方向に付勢されることから、前進クラッチ48は滑り状態または締結状態に制御される。なお、前進クラッチ48の滑り状態とは、摩擦板60a,61a間に設定される遊びが無くなる状態であり、摩擦板60a,61a同士が完全に締結される前の状態である。すなわち、前進クラッチ48の滑り状態とは、摩擦板60a,61a同士が軽く接触している状態であり、前進クラッチ48が解放状態から締結状態に移行する過程の状態である。
【0027】
さらに、前後進切換機構14の後退ブレーキ49は、図示しないケースに固定されるブレーキドラム70と、リングギヤ51に固定されるブレーキハブ71とを有している。ブレーキドラム70とブレーキハブ71との間には複数枚の摩擦板70a,71aが装着されており、摩擦板70aはブレーキドラム70の内周面に支持され、摩擦板71aはブレーキハブ71の外周面に支持されている。また、ブレーキドラム70内には摩擦板70a,71aを押圧する油圧ピストン72が摺動自在に収容されている。さらに、油圧ピストン72の一方面側には締結油室73が区画されており、この締結油室73に作動油を供給することにより、油圧ピストン72を係合方向に移動させることができ、後退ブレーキ49を締結状態に切り換えることが可能となる。なお、後退ブレーキ49の油圧ピストン72には、図示しないリターンスプリングが組み付けられており、締結油室73から作動油を排出することにより、後退ブレーキ49はバネ力によって解放状態に切り換えられる。
【0028】
なお、前進走行時には、後退ブレーキ49を解放した状態のもとで前進クラッチ48が締結される。これにより、前後進入力軸46と前後進出力軸55とが直結されるため、前後進入力軸46に入力されるエンジン動力は、そのままの回転方向で前後進出力軸55に伝達される。一方、後退走行時には、前進クラッチ48を解放した状態のもとで後退ブレーキ49が締結される。これにより、リングギヤ51が固定されるため、前後進入力軸46に入力されるエンジン動力は、逆向きの回転方向で前後進出力軸55に伝達される。このように、動力伝達径路18上の前進クラッチ48および後退ブレーキ49を制御することにより、前後進出力軸55の回転方向を切り換えることが可能となっている。
【0029】
ここで、図3は車両用駆動装置10の一部を制御系とともに示す概略図である。図3に示すように、車両用駆動装置10には、前後進切換機構14等に対して作動油を供給するため、トロコイドポンプ等のオイルポンプ74が設けられている。また、前進クラッチ48の締結油室63および解放油室64、後退ブレーキ49の締結油室73に作動油を供給制御するため、車両用駆動装置10内には複数のソレノイドバルブを備えたバルブユニット75が設けられている。オイルポンプ74とバルブユニット75とは油路76を介して接続されており、オイルポンプ74から吐出される作動油は、バルブユニット75を経て前進クラッチ48や後退ブレーキ49等に供給される。オイルポンプ74には従動スプロケット77bが連結されており、トルクコンバータ12のポンプインペラ21には駆動スプロケット77aが連結されている。また、駆動スプロケット77aと従動スプロケット77bとはチェーン77cを介して連結されている。このように、エンジン11とオイルポンプ74とは直結されており、エンジン11の駆動状態に連動してオイルポンプ74が作動している。なお、オイルポンプ74から吐出される作動油は、バルブユニット75を経てトルクコンバータ12や無段変速機13にも供給されている。
【0030】
また、エンジン11、入力クラッチ15、バルブユニット75等を制御するため、車両用駆動装置10には制御ユニット80が設けられている。すなわち、制御ユニット80は、入力クラッチ15および前進クラッチ48の作動状態を制御する制御手段として機能するとともに、エンジン11の作動状態を制御するエンジン制御手段として機能している。制御ユニット80には、セレクトレバー81の操作位置(セレクト操作)を検出するインヒビタスイッチ82、アクセルペダルの操作状況を検出するアクセルペダルセンサ83、ブレーキペダルの操作状況を検出するブレーキペダルセンサ84、車速を検出する車速センサ85、運転手に操作されるイグニッションスイッチ(起動スイッチ)86等が接続されている。そして、制御ユニット80は、各種センサ等からの情報に基づき車両状態を判定し、エンジン11、入力クラッチ15、バルブユニット75等に対して制御信号を出力する。なお、運転手に操作されるセレクトレバー81は、走行レンジであるDレンジ(前進走行レンジ)やRレンジ(後退走行レンジ)、非走行レンジであるPレンジ(駐車レンジ)やNレンジ(ニュートラルレンジ)に操作可能となっている。また、制御ユニット80は、制御信号等を演算するCPUを備えるとともに、制御プログラム、演算式、マップデータ等を格納するROMや、一時的にデータを格納するRAMを備えている。
【0031】
続いて、入力クラッチ15の切換制御について説明する。図4は入力クラッチ15の切換制御の手順を示すフローチャートであり、図4にはイグニッションスイッチ86がオン操作されてからオフ操作される迄の手順が示されている。図4に示すように、ステップS1では、イグニッションスイッチ86がオン操作されているか否かが判定される。ステップS1において、イグニッションスイッチ86がオン操作されている場合、つまり車両の制御システムが起動する車両起動状態であると判定された場合には、ステップS2に進み、セレクトレバー81の操作位置に基づいて入力クラッチ15が締結状態または解放状態に切り換えられる。このステップS2において、PレンジやNレンジが選択されている場合には入力クラッチ15が解放状態に切り換えられ、DレンジやRレンジが選択されている場合には入力クラッチ15が締結状態に切り換えられる。
【0032】
続くステップS3では、イグニッションスイッチ86が始動位置に操作されているか否かが判定される。ステップS3において、始動位置に操作されていると判定された場合には、ステップS4に進み、セレクトレバー81の操作位置が判定される。ステップS4において、PレンジやNレンジが選択されていると判定された場合には、入力クラッチ15が解放されることから、ステップS5に進み、エンジン11の始動が許可される。一方、ステップS4において、DレンジやRレンジが選択されていると判定された場合には、入力クラッチ15が締結されることから、エンジン11を始動させずに再びステップS1からルーチンが繰り返される。このように、イグニッションスイッチ86の始動操作によるエンジン始動時には、無段変速機13等の制御油圧が大幅に低下していることが想定されるため、駆動チェーン36等のスリップを防止する観点から、入力クラッチ15を解放した状態のもとでエンジン11を始動させている。
【0033】
そして、始動スイッチ操作によってエンジン11が始動されると、ステップS6において、セレクトレバー81の操作位置が判定される。ステップS6において、DレンジやRレンジが選択されていると判定された場合には、ステップS7に進み、前進クラッチ48が滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられたか否かが判定される。ステップS7において、前進クラッチ48が未だ滑り状態または締結状態であると判定された場合には、ステップS8に進み、低速締結モードで入力クラッチ15が解放状態から締結状態に切り換えられる。一方、ステップS7において、前進クラッチ48が解放状態に切り換えられていると判定された場合には、ステップS9に進み、低速締結モードよりも締結速度の速い高速締結モードで入力クラッチ15が解放状態から締結状態に切り換えられる。このように、始動スイッチ操作によるエンジン始動後においては、滑り状態または締結状態に保持されていた前進クラッチ48が解放されるまで、制御ユニット80は入力クラッチ15の締結速度を所定速度(例えば、第1締結速度)以下に抑制している。
【0034】
ここで、図5はエンジン始動時における前進クラッチ48の作動状態を示す説明図である。図5に示すように、始動スイッチ操作によるエンジン始動時においては、長時間に渡ってエンジン11が停止していることから、前進クラッチ48に対する制御油圧Pfcが大きく低下している。このため、始動スイッチ操作によってエンジン11が始動され、オイルポンプ74が駆動された場合であっても、時間経過と共に上昇する制御油圧Pfcが所定圧力P1に達するまでは、前進クラッチ48はバネ力によって滑り状態または締結状態に保持されることになる。このように、前進クラッチ48が滑り状態または締結状態に保持された状態、つまり動力伝達径路18が接続された状態のもとで、入力クラッチ15を急速に解放状態から締結状態に切り換えることは、入力クラッチ15の締結ショックを招いてしまうことから、前進クラッチ48が解放されるまでは緩やかな第1締結速度で入力クラッチ15を締結状態に切り換えている。すなわち、制御ユニット80は、入力クラッチ15が解放された状態のもとで前進クラッチ48が滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられるときに、運転手のセレクト操作により入力クラッチ15を締結状態に切り換える際には、前進クラッチ48が解放状態に切り換えられるまで、入力クラッチ15を締結状態に徐々に切り換える低速締結モード(第1制御モード)を実行している。これにより、エンジン始動直後にセレクト操作が為された場合であっても、入力クラッチ15が緩やかな第1締結速度で締結されるため、入力クラッチ15の締結ショックを回避して車両品質を向上させることが可能となる。なお、入力クラッチ15が解放状態に切り換えられていた場合には、既に締結ショックの発生が抑制される状況であることから、第2締結速度で素早く入力クラッチ15が締結されることになる。すなわち、制御ユニット80は、前進クラッチ48および入力クラッチ15がともに解放状態にあるときに、セレクト操作に基づいて入力クラッチ15を締結状態に切り換える高速締結モード(第2制御モード)を有している。
【0035】
なお、制御ユニット80は、バルブユニット75内に組み込まれる図示しない油圧センサからの信号によって制御油圧Pfcを判定し、この制御油圧Pfcが所定圧力P1に達するか否かによって前進クラッチ48の作動状態を判断している。これに限られることはなく、エンジン始動後の経過時間に基づいて前進クラッチ48の作動状態を判断しても良い。すなわち、制御油圧Pfcが所定圧力P1に達する迄に必要な所定時間T1を予め実験等によって定めておき、エンジン始動後の経過時間が所定時間T1に達するか否かによって前進クラッチ48の作動状態を判断させても良い。また、油圧ピストン72の作動位置を検出する図示しないストロークセンサを入力クラッチ15に組み付け、このストロークセンサからの検出信号に基づいて前進クラッチ48の作動状態を判断しても良い。さらに、前進クラッチ48の入力側と出力側との回転数差に基づいて前進クラッチ48の作動状態を判断しても良い。
【0036】
前述したように、エンジン始動後に入力クラッチ15が一旦締結されると、ステップS10に進み、運転手のセレクト操作に応じて入力クラッチ15が締結状態または解放状態に切り換えられる。そして、続くステップS11では、イグニッションスイッチ86がオフ操作されたか否かが判定される。ステップS11において、イグニッションスイッチ86がオン操作されていると判定された場合には、再びステップS9からルーチンが繰り返される。一方、ステップS11において、イグニッションスイッチ86がオフ側に切り換えられたと判定された場合には、ステップS12に進み、入力クラッチ15が解放状態に切り換えられる。
【0037】
続いて、車両起動状態での入力クラッチ15の切換制御について説明する。なお、車両起動状態での入力クラッチ15の切換制御とは、前述したステップS10において実行される入力クラッチ15の切換制御である。以下、車両起動状態における入力クラッチ15の切換制御の1つである、アイドリングストップ中に実行される入力クラッチ15の切換制御について、図6のフローチャートに沿って説明する。さらに、車両起動状態における入力クラッチ15の切換制御の1つである、エンジン作動中に実行される入力クラッチ15の切換制御について、図7のフローチャートに沿って説明する。なお、アイドリングストップ中とは、アイドリングストップ制御によるエンジン停止中を意味している。
【0038】
図6はアイドリングストップ中に実行される入力クラッチ15の切換制御の手順を示すフローチャートである。図6に示すように、ステップS21では、アイドリングストップ制御によるエンジン停止中であるか否かが判定される。ステップS21において、エンジン11が停止していると判定された場合には、ステップS22に進み、運転手によるセレクトレバー81の操作位置が判定される。ステップS22において、セレクトレバー81がPレンジまたはNレンジに操作されていると判定された場合には、ステップS23に進み、入力クラッチ15が解放状態に切り換えられる。一方、ステップS22において、セレクトレバー81がPレンジやNレンジ以外のDレンジやRレンジに操作されていると判定された場合には、ステップS24に進み、入力クラッチ15が締結状態に切り換えられる。このように、PレンジやNレンジが選択された場合には入力クラッチ15が解放される一方、DレンジやRレンジが選択された場合には入力クラッチ15が締結される。
【0039】
続いて、ステップS25に進み、エンジン11の始動要求があるか否かが判定される。すなわち、アイドリングストップ制御における所定の始動条件が成立しているか否かが判定される。このステップS25において、始動要求が無いと判定された場合には、再びステップS22に戻ってルーチンが繰り返される。一方、ステップS25において、始動要求があると判定された場合には、ステップS26に進み、走行再開に備えてエンジン11が再始動される。ここで、前進クラッチ48には油圧ピストン62を係合方向に付勢するバネ部材65が設けられることから、エンジン停止時に制御油圧が低下しても前進クラッチ48は滑り状態または締結状態に保持されており、エンジン再始動に伴う前進クラッチ48の締結ショックを抑制することが可能となる。すなわち、アイドリングストップ中のオイルポンプ停止に伴って制御油圧が低下した場合であっても、前進クラッチ48が完全に解放されることがないため、前進クラッチ48を滑り状態または締結状態から締結状態に滑らかに切り換えることが可能となる。
【0040】
また、アイドリングストップ中に、セレクトレバー81がPレンジまたはNレンジに操作された状態のもとで、ステップS25において始動要求があると判定された場合には、ステップS26に進み、エンジン11が再始動される。このようなアイドリングストップ制御によるエンジン再始動直後においても、前進クラッチ48に対する制御油圧が低下して前進クラッチ48が滑り状態または締結状態に保持されることから、入力クラッチ15を素早く解放状態から締結状態に切り換えると、入力クラッチ15の締結ショックを招くことになる。このため、前述した始動スイッチ操作によるエンジン始動時と同様に、アイドリングストップ制御によるエンジン再始動直後においても、前進クラッチ48が解放されるまでは緩やかな第1締結速度で入力クラッチ15を締結状態に切り換える。
【0041】
次いで、エンジン作動中に実行される入力クラッチ15の切換制御について説明する。図7はエンジン作動中に実行される入力クラッチ15の切換制御の手順を示すフローチャートである。図7に示すように、ステップS31では、セレクトレバー81がRレンジに切り換えられたか否かが判定される。ステップS31において、Rレンジに切り換えられたと判定された場合には、入力クラッチ15を締結状態に切り換えるため、ステップS32に進み、前進クラッチ48および後退ブレーキ49が解放状態に切り換えられる。そして、ステップS33において、高速締結モードで入力クラッチ15が締結状態に切り換えられてから、ステップS34において、後退ブレーキ49が締結状態に切り換えられる。
【0042】
また、ステップS31において、Rレンジに切り換えられていないと判定された場合には、ステップS35に進み、セレクトレバー81がPレンジやNレンジに切り換えられたか否が判定される。ステップS35において、PレンジやNレンジに切り換えられたと判定された場合には、入力クラッチ15を解放状態に切り換えるため、ステップS36に進み、前進クラッチ48および後退ブレーキ49が解放状態に切り換えられる。そして、ステップS37において、入力クラッチ15が解放状態に切り換えられる。
【0043】
また、ステップS35において、PレンジやNレンジに切り換えられていないと判定された場合、つまりセレクトレバー81がDレンジに切り換えられていると判定された場合には、入力クラッチ15を締結状態に切り換えるため、ステップS38に進み、前進クラッチ48および後退ブレーキ49が解放状態に切り換えられる。そして、ステップS39において、高速締結モードで入力クラッチ15が締結状態に切り換えられてから、ステップS40において、前進クラッチ48が締結状態に切り換えられる。
【0044】
このように、エンジン作動中においても、前進クラッチ48と後退ブレーキ49とを解放してから、入力クラッチ15を高速締結モードで切り換えるようにしたので、締結ショックを抑えて車両品質を向上させることが可能となる。また、図7のフローチャートでは、前進クラッチ48が解放されてから、高速締結モードで入力クラッチ15を締結しているが、これに限られることはなく、前進クラッチ48が滑り状態または締結状態のときに、低速締結モードで入力クラッチ15を締結しても良い。このように、前進クラッチ48が滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられるまでは、入力クラッチ15の締結速度が抑制(第1締結速度若しくはゼロ)されることから、セレクトレバー81が走行レンジ(Dレンジ,Rレンジ)と非走行レンジ(Pレンジ,Nレンジ)との間で頻繁に操作されたとしても、入力クラッチ15の締結ショックを確実に防止することが可能となる。
【0045】
これまで説明したように、油圧ピストン62を係合方向に付勢するバネ部材65を前進クラッチ48に組み込むようにしたので、アイドリングストップに伴って制御油圧が低下した場合であっても前進クラッチ48を滑り状態または締結状態に保持することができ、エンジン再始動に伴う前進クラッチ48の締結ショックを抑制することが可能となる。さらに、セレクト操作に連動する入力クラッチ15を動力伝達径路18に設けるようにしたので、前進クラッチ48が滑り状態または締結状態に保持されるエンジン停止時においても、セレクトレバー81をNレンジに操作することにより、入力クラッチ15を解放して車両をニュートラル状態に制御することが可能となる。
【0046】
このように、バネ部材65が組み込まれた前進クラッチ48を解放状態に切り換えるためには、エンジン11を始動してオイルポンプ74を作動させることにより、前進クラッチ48に制御油圧を供給する必要がある。しかしながら、運転手の始動スイッチ操作によるエンジン始動時においては、前進クラッチ48に対する制御油圧が大きく低下していることから、エンジン11を始動しても直ちに十分な制御油圧を確保することができず、前進クラッチ48を滑り状態または締結状態から切り換えることが困難であった。このように前進クラッチ48が滑り状態または締結状態に保持された状態、つまり動力伝達径路18が接続された状態のもとで、運転手によるセレクト操作によって入力クラッチ15を通常通り締結することは、入力クラッチ15の締結ショックを招く要因となっていた。そこで、本発明の車両用駆動装置10においては、始動スイッチ操作によるエンジン始動後に制御油圧が上昇して前進クラッチ48が解放されるまで、入力クラッチ15の締結速度を抑制するようにしている。これにより、前進クラッチ48を滑り状態または締結状態に保持したまま、入力クラッチ15が速い締結速度で締結されることがなく、締結ショックの発生を抑制して車両品質を向上させることが可能となる。なお、前述の説明では、入力クラッチ15の締結速度を二段階に切り換えるようにしているが、これに限られることはなく、更に多くの段階に分けて締結速度を制御しても良い。
【0047】
また、前述の説明では、無段変速機13よりも駆動輪19f,19r側に前後進切換機構14を配置しているが、これに限られることはなく、動力伝達径路18上の他の位置に前後進切換機構14を配置しても良い。ここで、図8は本発明の他の実施の形態である車両用駆動装置90を示す概略図である。なお、図8において図1に示す部材と同様の部材については、同一の符号を付してその説明を省略する。図8に示すように、車両用駆動装置90においては、入力クラッチ15とプライマリプーリ32との間の動力伝達径路18上に、前後進切換機構14を配置している。このように、無段変速機13よりもエンジン11側に前後進切換機構14を配置した場合であっても、前進クラッチ48や入力クラッチ15は動力伝達径路18上に配置されることから、本発明を有効に適用することが可能である。
【0048】
また、図1および図8に示すように、前進クラッチ48よりもエンジン11側に入力クラッチ15が配置されているが、これに限られることはなく、前進クラッチ48よりも駆動輪19f,19r側に入力クラッチ15を配置しても良い。さらに、無段変速機13よりもエンジン11側に入力クラッチ15が配置されているが、これに限られることはなく、無段変速機13よりも駆動輪19f,19r側に入力クラッチ15を配置しても良い。前進クラッチ48や入力クラッチ15は、エンジン11と駆動輪19f,19rとの間の動力伝達径路18上に配置すれば良く、他の機構に対する前後の位置関係が問われるものではない。なお、始動スイッチ操作によるエンジン始動を考慮した場合には、エンジン11から回転体を切り離して始動性を向上させるため、入力クラッチ15をエンジン11に近づけて配置することが望ましい。特に、変速機構が無段変速機13である場合には、始動スイッチ操作によるエンジン始動時に、制御油圧が大きく低下している無段変速機13を回転させることがないように、無段変速機13よりもエンジン11側に入力クラッチ15を配置することが好ましい。
【0049】
また、前述の説明では、前後進切換機構14の前進クラッチ48に対してバネ部材65を組み付けているが、これに限られることはなく、前後進切換機構14の後退ブレーキ(摩擦係合機構)49に対して油圧ピストン72を係合方向に付勢するバネ部材を組み付けても良い。これにより、後退走行時にアイドリングストップ制御が実行される車両においても、エンジン再始動時における後退ブレーキ49の締結ショックを抑制することが可能となる。なお、前進クラッチ48と後退ブレーキ49との双方に対し、油圧ピストン62,72を係合方向に付勢するバネ部材65を組み付けても良い。
【0050】
また、前述の説明では、車両用駆動装置10,90には変速機構としてチェーンドライブ式の無段変速機13が搭載されているが、これに限られることはなく、変速機構としてベルトドライブ式やトラクションドライブ式の無段変速機を搭載しても良く、変速機構として遊星歯車式や平行軸式の自動変速機を搭載しても良い。なお、変速機構として自動変速機を採用する場合には、前進発進時や後退発進時に締結される摩擦クラッチ(摩擦係合機構)や摩擦ブレーキ(摩擦係合機構)に対して、油圧ピストンを係合方向に付勢するバネ部材が組み付けられる。
【0051】
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。例えば、入力クラッチ15としては、締結速度や締結トルクを自在に調整可能であれば良く、磁性粉を摩擦媒介として用いるようにしたパウダー型の電磁クラッチ等であっても良い。また、入力クラッチ15として、手動変速機に搭載されるダイヤフラムスプリング型の摩擦クラッチを採用し、この摩擦クラッチのレリーズベアリングを電動アクチュエータによって制御しても良い。
【0052】
また、前述の説明では、オイルポンプ74としてトロコイドポンプを用いているが、これに限られることはなく、他の形式の内接型ギヤポンプであっても良く、外接型ギヤポンプであっても良い。また、レンジ操作部としてセレクトレバー81を用いているが、これに限られることはなく、パドルによってセレクト操作を行うパドル式のレンジ操作部、ダイヤルによってセレクト操作を行うダイヤル式のレンジ操作部、もしくは押ボタンによってセレクト操作を行う押ボタン式のレンジ操作部であっても良い。また、図示する車両用駆動装置10,90は、四輪駆動用の車両用駆動装置であるが、これに限られることなく、前進駆動用や後輪駆動用の車両用駆動装置であっても良い。なお、本発明の車両用駆動装置を、動力源としてエンジンと電動モータとを備えたハイブリッド車両に適用しても良いことはいうまでもない。
【符号の説明】
【0053】
10 車両用駆動装置
11 エンジン
15 入力クラッチ(入力クラッチ機構)
18 動力伝達径路
19f 前輪(駆動輪)
19r 後輪(駆動輪)
48 前進クラッチ(摩擦係合機構)
60a,61a 摩擦板
62 油圧ピストン
65 バネ部材(付勢手段)
74 オイルポンプ
80 制御ユニット(制御手段,エンジン制御手段)
81 セレクトレバー
86 イグニッションスイッチ(起動スイッチ)
90 車両用駆動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと駆動輪との間の動力伝達径路に設けられ、油圧ピストンを係合方向に移動させて摩擦板を係合する締結状態と前記油圧ピストンを解放方向に移動させて前記摩擦板の係合を解除する解放状態とに切り換えられる摩擦係合機構と、
前記エンジンに駆動され、前記油圧ピストンを係合方向と解放方向とに移動させる作動油を前記摩擦係合機構に供給するオイルポンプと、
前記摩擦係合機構に組み付けられて前記油圧ピストンを係合方向に付勢し、前記オイルポンプが停止されるエンジン停止時に前記摩擦係合機構を滑り状態または締結状態に保持する付勢手段と、
前記動力伝達径路に設けられ、運転手のセレクト操作に基づいて前記動力伝達径路を接続する締結状態と前記動力伝達径路を切断する解放状態とに切り換えられる入力クラッチ機構と、
前記摩擦係合機構と前記入力クラッチ機構との作動状態を制御する制御手段とを具備し、
前記制御手段は、前記入力クラッチ機構が解放された状態のもとで前記摩擦係合機構が滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられるときに、運転手のセレクト操作により前記入力クラッチ機構を締結状態に切り換える際には、前記摩擦係合機構が解放状態に切り換えられるまで、前記入力クラッチ機構を締結状態に徐々に切り換える第1制御モードを実行することを特徴とする車両用駆動装置。
【請求項2】
請求項1記載の車両用駆動装置において、
前記制御手段は、前記摩擦係合機構および前記入力クラッチ機構がともに解放状態にあるときに、セレクト操作に基づいて前記入力クラッチ機構を締結状態に切り換える第2制御モードを有し、
前記第1制御モードにおける前記入力クラッチ機構の締結速度は、前記第2制御モードにおける前記入力クラッチ機構の締結速度よりも遅いことを特徴とする車両用駆動装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の車両用駆動装置において、
前記制御手段は、エンジン始動後に、前記摩擦係合機構が解放状態に切り換えられるまでは、前記第1制御モードのもとでセレクト操作に基づき前記入力クラッチ機構を締結状態に徐々に切り換えることを特徴とする車両用駆動装置。
【請求項4】
請求項1または2記載の車両用駆動装置において、
前記制御手段は、運転手の始動スイッチ操作によるエンジン始動後に、前記摩擦係合機構が解放状態に切り換えられるまでは、前記第1制御モードのもとでセレクト操作に基づき前記入力クラッチ機構を締結状態に徐々に切り換えることを特徴とする車両用駆動装置。
【請求項5】
請求項2〜4のいずれか1項に記載の車両用駆動装置において、
前記制御手段は、前記摩擦係合機構が滑り状態または締結状態から解放状態に切り換えられた後に、前記第1制御モードから前記第2制御モードに切り換え、前記入力クラッチ機構の締結速度を引き上げることを特徴とする車両用駆動装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の車両用駆動装置において、
前記入力クラッチ機構は、セレクト操作によって走行レンジが選択されると締結状態に切り換えられ、セレクト操作によって非走行レンジが選択されると解放状態に切り換えられることを特徴とする車両用駆動装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の車両用駆動装置において、
所定の停止条件下で自動的に前記エンジンを停止し、所定の始動条件下で自動的に前記エンジンを再始動するエンジン制御手段を有することを特徴とする車両用駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−202501(P2012−202501A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−68576(P2011−68576)
【出願日】平成23年3月25日(2011.3.25)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】