説明

転がり軸受用保持器及びその製造方法、並びに転がり軸受

【課題】ポケットのバリ取り作業や圧縮専用の別機構が不要で、低コストで寸法精度や強度に優れる転がり軸受用保持器を提供する。
【解決手段】保持器形状と一致するキャビティ本体部と、前記キャビティ本体部の保持器の下端面相当部分から該下端面の幅で形成される円筒状の空所とで形成されるキャビティを有し、かつ、前記空所内を昇降する可動スリーブを備える成形用金型を用いるとともに、前記可動スリーブを前記下部円環部の最終厚さとなる位置よりも降下させた状態で、溶融樹脂組成物を射出して前記キャビティを充填した後、前記溶融樹脂組成物が固化する前に、前記可動スリーブを前記位置まで上昇させて該溶融樹脂組成物を圧縮し、圧縮状態のまま前記溶融樹脂組成物を固化させて転がり軸受用保持器を製造する。また、このようにして得られた保持器を備える転がり軸受を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合成樹脂製の転がり軸受用保持器及びその製造方法に関する。また、本発明は、前記保持器を備える転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
各種転がり軸受においては、高速での回転に対応するために軽量で柔軟性に優れる合成樹脂製保持器が使用されることが多くなっている。合成樹脂製保持器は射出成形法で製造されるが、成形用金型のキャビティ内に溶融樹脂組成物を射出充填し、保圧、冷却して溶融樹脂組成物の固化を待つ通常の射出成形法と、射出充填後に成形用金型を移動させて圧縮を加える射出圧縮法とが知られている。圧縮することにより、樹脂組成物中の配合成分(特に補強材)の配向や、得られる保持器の反りやヒケ、変形等を防止することができ、更には溶融樹脂組成物中のボイド(微小の空孔)を低減して樹脂強度の低下を防ぐことができるため、有効な成形方法である。
【0003】
尚、射出圧縮法としては、成形機の型締め機構を利用してキャビティが保持器形状と一致する寸前で可動側金型を待機させておき、そこへ溶融樹脂組成物を射出充填した後、キャビティが保持器形状と一致するまで可動側金型を移動して圧縮を加える方法(例えば特許文献1〜3参照)や、圧縮専用の別機構を設け、固定金型(枠)と可動金型とを完全に型締めしておき、射出充填した後に圧縮専用の別機構に移して圧縮を行う方法(例えば特許文献4〜6参照)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−39046号公報
【特許文献2】特開平8−323813号公報
【特許文献3】特開2005−231239号公報
【特許文献4】特公平4−30329号公報
【特許文献5】特開平6−24679号公報
【特許文献6】特開平7−80894号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、保持器には転動体を保持するためのポケットがあるため、上記のような射出圧縮法で成形することは一般に困難とされている。即ち、ポケットを形成するには、キャビティを保持器の形状と一致するまで完全に型締めした後、溶融樹脂組成物を射出充填し、固化させる必要がある。しかし、上記のように、圧縮のためにはキャビティを完全に型締めすることがないため、キャビティのポケット相当部分にも溶融樹脂組成物が入り込み、得られる保持器のポケットにバリが残ったり、場合によってはポケットが形成されないことがある。そのため、バリ取り加工等が別途必要になり、コスト増を招くようになる。
【0006】
また、本来の保持器の形状とは一致しない部分に入り込んだ溶融樹脂組成物を圧縮するため、圧縮の際に成形用金型に大きな圧力が加わり、成形用金型の損傷を起こすこともある。
【0007】
更には、圧縮専用の別機構を付加する方法では、別機構の装置や設備、工程が必要となりコスト増になる。
【0008】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、ポケットのバリ取り作業や圧縮専用の別機構が不要で、低コストで寸法精度や強度に優れる転がり軸受用保持器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明では下記を提供する。
(1)射出成形法により合成樹脂製の転がり軸受用保持器を製造する方法であって、
保持器形状と一致するキャビティ本体部と、前記キャビティ本体部の保持器の下端面相当部分から該下端面の幅で形成される円筒状の空所とで形成されるキャビティを有し、かつ、前記空所内を昇降する可動スリーブを備える成形用金型を用いるとともに、
前記可動スリーブを下部円環部の最終厚さとなる位置よりも降下させた状態で、溶融樹脂組成物を射出して前記キャビティを充填した後、
前記溶融樹脂組成物が固化する前に、前記可動スリーブを前記位置まで上昇させて該溶融樹脂組成物を圧縮し、
圧縮状態のまま前記溶融樹脂組成物を固化させることを特徴とする転がり軸受用保持器の製造方法。
(2)前記可動スリーブの適所に、厚み部分を長手方向に沿って貫通する空孔を形成し、前記空孔に可動ピンを挿通するとともに、
前記可動ピンを降下させて該可動ピンの先端と前記空孔の開口界面との間の空所にも前記溶融樹脂組成物を充填し、前記可動スリーブを上昇させた後、前記可動ピンを前記開口界面まで上昇させることを特徴とする上記(1)記載の転がり軸受用保持器の製造方法。
(3)前記可動スリーブの空孔を、前記キャビティにおいて前記溶融樹脂組成物が会合する位置またはその近傍に設けたことを特徴とする上記(2)記載の転がり軸受用保持器の製造方法。
(4)前記溶融樹脂組成物の硬化後、成形用金型を開き、前記可動スリーブ及び前記可動ピンの少なくとも一方を更に昇降させて保持器離型を行うことを特徴とする上記(1)〜(3)の何れか1項に記載の転がり軸受用保持器の製造方法。
(5)上記(1)〜(4)の何れか1項に記載の方法により得られることを特徴とする転がり軸受用保持器。
(6)上記(5)記載の転がり軸受用保持器を備えることを特徴とする転がり軸受。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、キャビティが保持器の形状と一致しているため、ポケットに溶融樹脂組成物が入り込むことがないためポケットのバリ取り作業が不要になり、更には圧縮専用の別機構も不要となるため、低コストで転がり軸受用保持器を製造することができる。また、ゲートから注入した溶融樹脂組成物がキャビティ内で圧縮されるため、得られる保持器のウエルド部の強度が向上する。更に、反りやヒケ、変形等を防止でき、寸法精度も向上し、溶融樹脂組成物中のボイドを低減して樹脂強度の低下を防ぐこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】円錐ころ軸受用保持器の一例を示す斜視図である。
【図2】(A)図1の円錐ころ軸受用保持器の製造に使用する成形用金型を示す一部断面図であり、溶融樹脂組成物を射出充填するときの状態を示す図、(B)充填した溶融樹脂組成物を固化させるときの状態を示す図である。
【図3】図2に示した成形用金型の他の例を示す図であり、(A)溶融樹脂組成物を射出充填するときの状態を示す図、(B)充填した溶融樹脂組成物を固化させるときの状態を示す図である。
【図4】玉軸受用冠型保持器の一例を示す斜視図である。
【図5】図4の冠型保持器の製造に使用する成形用金型を示す一部断面図であり、(A)溶融樹脂組成物を射出充填するときの状態を示す図、(B)充填した溶融樹脂組成物を固化させるときの状態を示す図である。
【図6】円筒ころ軸受用保持器の一例を示す斜視図である。
【図7】アンギュラ玉軸受用保持器の一例を示す斜視図である。
【図8】アンギュラ玉軸受用保持器の他の例を示す斜視図である。
【図9】針状ころ軸受用保持器の一例を示す上面図及び側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0013】
図1は転がり軸受用保持器の一例である円錐ころ軸受用保持器1を示す斜視図であるが、上下の円環部10A、10Bを複数の柱部11で連結した形状を呈しており、小径の上部円環部10Aと大径の下部円環部10Bとを複数の柱部11,11で連結し、隣接する柱部11,11により円錐ころ(図示せず)を保持するためのポケット12を形成している。
【0014】
この円錐ころ軸受用保持器1を製造するために本発明では、図2に示す成形用金型20を用いる。図2は成形用金型20を円錐ころ軸受用保持器1の側面に対応して示す一部断面図であるが、型締めした際に、円錐ころ軸受用保持器1の形状に一致したキャビティ本体部21が形成される。即ち、キャビティ本体部21は、上部円環部10Aに相当する上側円環状空部21Aと、下部円環部10Bに相当する下側円環状空部21Bと、柱部11に相当する柱状空部21Cとが連結して形成され、上側円環状空部21A、下側円環状空部21B及び隣接する柱状空部21C,21Cとの間に、円錐ころ軸受用保持器1のポケット12に対応するポケット部22で構成される。但し、本発明では、下側円環状空部21Bは、目的とする円錐ころ軸受用保持器1の下部円環部10Bの厚さTに相当する位置K(仮想線で示す)までの空間を意味する。
【0015】
また、成形用金型20は、下側円環状空部21Bに連続して、円錐ころ軸受用保持器1の下部円環部10Bの下端面の幅D(図1)で形成される円筒状の空所23が形成されており、この空所23に可動スリーブ25が収容される。可動スリーブ25は、空所23の内壁を摺動するように厚みが設定された円筒状のスリーブ本体25Aを備え、昇降棒26により図中上下方向に移動する。
【0016】
成形に際して先ず、(A)に示すように、可動スリーブ25を、上端面25aが位置Kよりも下方となるように降下させた状態にして型締めを行う。そして、ゲート(図示せず)を通じて溶融樹脂組成物を射出充填する。これにより、キャビティ本体部21には、可動スリーブ25の位置Kよりも降下した分だけ本来の樹脂量よりも多い溶融樹脂組成物が充填される。
【0017】
次いで、溶融樹脂組成物が固化する前に、(B)に示すように、可動スリーブ25を、上端面25aが位置Kと一致する位置まで上昇させる。これにより、位置Kと上端面25aとの間に充填されていた溶融樹脂組成物がキャビティ本体部21に押し戻され、溶融樹脂組成物がキャビティ本体部21の内部で圧縮される。それとともに、キャビティ本体部21においてゲートから射出された溶融樹脂組成物が会合する位置(ウエルド位置)でも溶融樹脂組成物が撹拌され、ウエルド部が形成され難くなる。
【0018】
そして、この圧縮状態のまま保持し、保圧及び冷却過程を経て溶融樹脂組成物を固化する。
【0019】
その後、型を開くことで円錐ころ軸受用保持器1が得られるが、可動スリーブ25を更に上昇させることにより、円錐ころ軸受用保持器1を成形用金型20から容易に離型することができる。
【0020】
得られた円錐ころ軸受用保持器1は、溶融樹脂組成物が保持器形状に一致するキャビティ本体部21のみに充填され、固化したものであるため、ポケット12にバリが発生することがなく、寸法精度の高いものとなる。また、下部円環部10Bも本来の厚さTとなる。
【0021】
また、図3に示すように、可動スリーブ25のスリーブ本体部25Aに空孔30を形成し、空孔30に可動ピン31を挿通させてもよい。そして、先ず、(A)に示すように、可動スリーブ25を位置Kよりも下方まで降下させるとともに、可動ピン31を所定量降下させ、溶融樹脂組成物を可動スリーブ25の上端面25aまでの空間に加えて、空孔30の可動ピン31が降下した部分(空所35)にも充填させる。次いで、(B)に示すように、可動スリーブ25及び可動ピン31を位置Kまで上昇させることにより、充填した溶融樹脂組成物をキャビティ本体部21の内部で圧縮する。そして、圧縮状態を維持したまま溶融樹脂組成物を固化させる。固化後、型を開く際に、可動スリーブ25または可動ピン31、あるいは可動スリーブ25と稼動ピン31の両方を更に上昇させることにより、円錐ころ軸受用保持器1を成形用金型20から容易に離型することができる。
【0022】
尚、空孔30は、ウエルド位置に対応して形成することが好ましい。可動ピン31を上昇させた際に、ウエルド位置で溶融樹脂組成物がより撹拌されてウエルド部がより形成され難くなる。
【0023】
上記において、溶融樹脂組成物には制限はなく、例えばポリアミドやポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂にガラス繊維や炭素繊維、チタン酸カリウムウィスカー等の繊維状補強材を配合したものが用いられる。また、成形時及び使用時の熱劣化を抑えるために、ヨウ化物系熱安定剤やアミン系熱安定剤を単独で、あるいは両方を添加してもよい。更に、耐衝撃性を改善するために、エチレンプロピレン非役ジエンゴム(EPDM)等のゴム系材料を配合してもよい。
【0024】
本発明の製造方法は、円錐ころ軸受用保持器1の他にも種々の保持器に適用できる。例えば、図4に示すような玉軸受用冠型保持器1Aの製造にも適用できる。この冠型保持器1Aは、円環状の基部10Cの一方の側に、柱部11Aが等間隔で立設しており、隣接する一対の柱部11A,11Aにより、玉(図示せず)を保持するためのポケット12Aが形成されている。
【0025】
本発明では、この冠型保持器1Aを製造するために、図5に示すように、保持器形状に一致するキャビティ本体部21が形成され、更に、基部10Cの端面に対応する位置Kから連続する円筒状の空所23に可動スリーブ25が収容された成形用金型20を用いる。そして、(A)に示すように、可動スリーブ25を、上端面25aが位置Kよりも下方となるように降下させた状態にして型締めを行い、溶融樹脂組成物を射出充填する。次いで、溶融樹脂組成物が固化する前に、(B)に示すように、可動スリーブ25を、上端面25aが位置Kと一致する位置まで上昇させる。そして、この圧縮状態のまま保持し、保圧及び冷却過程を経て溶融樹脂組成物を固化させる。その後、型を開き、可動スリーブ25を更に上昇させる。
【0026】
尚、この場合も、図3に示したように、スリーブ本体部分に空孔を形成して可動ピンを挿通させる構成とすることもできる。
【0027】
その他にも、例えば、図6に円筒ころ軸受用保持器1Bの一例を示すが、円筒ころ軸受用保持器1Bは離型のためにラジアルドロー金型(割り型)を使用する必要があり、キャビティを保持器形状と一致するまで完全に型締めせずに溶融樹脂組成物を射出充填すると、キャビティのポケット部に加えて、割り面にも溶融樹脂組成物が入り込んでしまう。そのため、従来の射出圧縮法ではポケット12Bや割り面対応箇所でのバリ取り作業が必要であったが、本発明に従えばバリ取り作業が不要になる。
【0028】
更に、図7及び図8に示すようなアンギュラ玉軸受用保持器、図9に示すような針状ころ軸受用保持器等の製造にも応用でき、それぞれの保持器に一致する形状のキャビティを有し、かつ、円環部端面に対応する境界面の適所、好ましくは溶融樹脂組成物の会合位置に空洞を設け、可動ピンを配設した成形用金型を用い、上記と同様の溶融樹脂組成物の射出充填、保持及び固化を行うことにより、ポケットのバリ取り作業が不要で、ウエルド部の増強を図った保持器を得ることができる。
【0029】
本発明は、上記の如くして製造された保持器を備える転がり軸受を提供する。何れの保持器もウエルド部が強化されており、耐久性に優れ高信頼性の転がり軸受となる。
【符号の説明】
【0030】
1 円錐ころ軸受用保持器
10A 上部円環部
10B 下部円環部
11 柱部
12 ポケット
20 成形用金型
21 キャビティ本体部
25 可動スリーブ
26 昇降棒
30 空孔
31 可動ピン



【特許請求の範囲】
【請求項1】
射出成形法により合成樹脂製の転がり軸受用保持器を製造する方法であって、
保持器形状と一致するキャビティ本体部と、前記キャビティ本体部の保持器の下端面相当部分から該下端面の幅で形成される円筒状の空所とで形成されるキャビティを有し、かつ、前記空所内を昇降する可動スリーブを備える成形用金型を用いるとともに、
前記可動スリーブを下部円環部の最終厚さとなる位置よりも降下させた状態で、溶融樹脂組成物を射出して前記キャビティを充填した後、
前記溶融樹脂組成物が固化する前に、前記可動スリーブを前記位置まで上昇させて該溶融樹脂組成物を圧縮し、
圧縮状態のまま前記溶融樹脂組成物を固化させることを特徴とする転がり軸受用保持器の製造方法。
【請求項2】
前記可動スリーブの適所に、厚み部分を長手方向に沿って貫通する空孔を形成し、前記空孔に可動ピンを挿通するとともに、
前記可動ピンを降下させて該可動ピンの先端と前記空孔の開口界面との間の空所にも前記溶融樹脂組成物を充填し、前記可動スリーブを上昇させた後、前記可動ピンを前記開口界面まで上昇させることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用保持器の製造方法。
【請求項3】
前記可動スリーブの空孔を、前記キャビティにおいて前記溶融樹脂組成物が会合する位置またはその近傍に設けたことを特徴とする請求項2記載の転がり軸受用保持器の製造方法。
【請求項4】
前記溶融樹脂組成物の硬化後、成形用金型を開き、前記可動スリーブ及び前記可動ピンの少なくとも一方を更に昇降させて保持器離型を行うことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の転がり軸受用保持器の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載の方法により得られることを特徴とする転がり軸受用保持器。
【請求項6】
請求項5記載の転がり軸受用保持器を備えることを特徴とする転がり軸受。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−159135(P2012−159135A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−19040(P2011−19040)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】