説明

転がり軸受軌道輪およびその製造方法ならびに転がり軸受

【課題】 熱処理時の反りや変形を抑えることができ、均一な硬度を有する転がり軸受軌道輪およびその製造方法ならびにその転がり軸受軌道輪を有する転がり軸受を提供する。
【解決手段】 本発明の転がり軸受軌道輪の製造方法は、スラストニードルころ軸受の軌道輪1を加熱した後、金型12a、12bでプレスしながらその金型12a、12bを冷却媒体として冷却して恒温変態させて下部ベイナイトを生じさせることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受軌道輪およびその製造方法ならびに転がり軸受に関するものであり、特に、薄肉の転がり軸受軌道輪およびその製造方法ならびにその薄肉の転がり軸受軌道輪を有する転がり軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、スラストニードル(針状)ころ軸受の軌道輪やシェル型ラジアルニードルころ軸受の軌道輪は、低炭素のSPCC(JIS:冷間圧延鋼板)材や、SCM415材(JIS:クロムモリブデン鋼鋼材)に短時間の浸炭処理を施し、表層の硬度必要部を硬化したものが用いられてきた。また、SK5材(JIS:炭素工具鋼鋼材)のような中〜高炭素鋼を全体加熱でずぶ焼入れしたものも作られている。これらはいずれも熱処理に浸炭やバッチ加熱炉を用いていた。
【0003】
一方、一部では高周波加熱での薄肉品の焼入れも行なわれており、これまでに高周波加熱による薄肉品や偏肉部品の焼入れに関しては、下記の特許文献1〜4などの技術がある。しかし、これらはいずれも焼入れ時にエアーやガスで冷却し、冷却速度を制御して歪みを抑えたり、厚肉部と薄肉部との焼入れ速度差をなくし、変形を抑えるものであった。
【0004】
また、管状部材に関しては拘束を与えながらの焼入れ技術(たとえば特許文献5)もあるが、焼入れは溶液を用いており、金型を拘束と焼入れ媒体との両方に使った技術はなく、このような技術で恒温変態技術に関するものもなかった。
【特許文献1】特開平6−179920号公報
【特許文献2】特開平9−302416号公報
【特許文献3】特開2001−214213号公報
【特許文献4】特開2003−55713号公報
【特許文献5】特開平7−216456号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の低炭素のSPCC材やSCM415材に短時間の浸炭処理を施し、表層の硬度必要部を硬化したものでは、素材の加工性は優れるが、熱処理に浸炭を用いるため、オフラインでの熱処理になり、浸炭時の粒界酸化や焼入れ時の反り、変形などによって寿命や強度が安定しない問題があった。
【0006】
また、SK5材のような中〜高炭素鋼には素材が高硬度で加工しにくいという問題があり、雰囲気炉での全体加熱−焼入れしたものでは、浸炭と同様、冷却むらによる変形が出る。これらのずぶ焼入れ品に対しては、冷却をゆっくりと均一に行なうこと(たとえば不活性ガスを吹付けて冷却する)などが行なわれているが、変形をなくすことは困難で、反りを少なくするには反り直しのための焼戻しが必要であった。
【0007】
一方、高周波加熱品でも、高周波加熱−水焼入れの工程時の焼入れ媒体に空気や水を使う以上、いかにゆっくりと冷却しても焼入れ時の変形は避けられず、特に水を使う場合は液の劣化や消耗での液交換が必要であった。
【0008】
金型による焼入れは高周波加熱と連動させることで反りや変形のない焼き入れが可能であるが、型の温度上昇を防ぐため油や水で冷やしたり、油焼入れをした後に所定の温度で製品を引き上げて型で拘束する技術が一般的である。また、金型でプレス焼入れする場合、焼き戻しが必要である。
【0009】
それゆえ本発明の目的は、熱処理時の反りや変形を抑えることができ、均一な硬度を有する転がり軸受軌道輪およびその製造方法ならびにその転がり軸受軌道輪を有する転がり軸受を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の転がり軸受軌道輪の製造方法は、転がり軸受の軌道輪を加熱した後、金型でプレスしながらその金型を冷却媒体として冷却して恒温変態させて下部ベイナイトを生じさせることを特徴とするものである。
【0011】
上記の転がり軸受軌道輪の製造方法において好ましくは、転がり軸受軌道輪の加熱は誘導加熱により行われる。
【0012】
上記の転がり軸受軌道輪の製造方法において好ましくは、転がり軸受軌道輪は、炭素を0.4質量%以上含む中炭素鋼である。
【0013】
本発明の転がり軸受軌道輪は、上記のいずれかに記載の方法により製造され、かつ下部ベイナイトを有することを特徴とするものである。
【0014】
本発明の転がり軸受は、上記の転がり軸受軌道輪と、転動体とを備えている。
【0015】
上記の転がり軸受において好ましくは、転がり軸受は、スラストニードルころ軸受である。
【発明の効果】
【0016】
本願発明者らは、転がり軸受軌道輪の製造方法において、転がり軸受の軌道輪を金型でプレスしながらその金型を冷却媒体として冷却して恒温変態させて下部ベイナイトを生じさせることにより、変形や反りがなく、均一な硬度分布をもち、靭性に優れた長寿命の軸受軌道輪を製造できることを見出した。
【0017】
このように本発明の転がり軸受軌道輪の製造方法によれば、恒温保持することで変態を生じさせるため、転がり軸受軌道輪の材質はベイナイト組織になり、マルテンサイト組織に比べて焼入れ歪が少なく、焼き戻しを行わなくても靭性があり、経年寸法変化も抑えられる利点がある。また、焼き戻しを行う必要がないため、転がり軸受軌道輪をピースバイピースで熱処理することができる。また、焼き戻しを行う必要がないため、通常の焼入れ・焼き戻しを1回の工程で終了でき、生産工程が省略できる。
【0018】
また反り・変形を抑えることができるため、薄肉の軸受軌道輪を精度よく製作することができる。また、金型を冷却媒体として恒温変態を行うため、衝風や油による焼入れよりも均一な熱処理が可能であるとともに、プレス圧力、金型の温度を一定にすることで安定した品質を確保することができる。また、水や油を使わないので、作業環境がクリーンであり、廃液などの環境汚染問題もない。
【0019】
また、1個1個の焼入れのため、品質管理が行ないやすい。また、下部ベイナイトを生じさせることにより硬度も高くすることができる。
【0020】
上記の転がり軸受軌道輪の製造方法において、転がり軸受軌道輪の加熱を誘導加熱により行なうことにより、安価な高周波用材料(機械構造用鋼)が適用でき、寿命も安定している。また、誘導加熱により加熱するため、短時間で加熱でき、粒界酸化や脱炭などの表面異常層ができない。また、誘導加熱により加熱するため、焼入れ条件やコイル形状を変えて、部分的に非恒温変態部を作ることができるので、熱処理後に曲げ加工が必要な製品にも適用できる。
【0021】
上記の転がり軸受軌道輪の製造方法において、転がり軸受軌道輪が炭素を0.4質量%以上含む中炭素鋼であることにより、十分な硬度を得ることができる。
【0022】
上記の転がり軸受軌道輪を用いることにより、寿命や強度の安定した転がり軸受、たとえばスラストニードルころ軸受を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について図に基づいて説明する。
【0024】
図1および図2は、本発明の一実施の形態における転がり軸受軌道輪の製造方法を工程順に示す概略断面図である。まず、素材として、所定の組成を有する鋼、たとえば0.4質量%以上の炭素を含む中炭素鋼が準備される。その鋼がたとえば切削などの加工を施されて、軸受軌道輪の形状とされる。
【0025】
図1を参照して、軸受軌道輪1が回転テーブル10上に載置されて、たとえば加熱コイル11により誘導加熱される。この際、軸受軌道輪1は回転テーブル10により回転される。
【0026】
図2を参照して、所定温度に加熱された軸受軌道輪1は、所定温度に制御された冷却金型12aと12bとに挟まれ、かつ冷却金型12b上に重り13が載せられる。これにより、軸受軌道輪1が、たとえば2.94N/cm2以上のプレス圧力で、冷却金型12a、12bでプレスされながら冷却金型12a、12bを冷却媒体として冷却されて恒温変態し硬化する。つまり、冷却金型12a、12bは、軸受軌道輪1を拘束するとともに、軸受軌道輪1の恒温変態における冷却媒体となる。
【0027】
上記の方法により、均一な硬度分布をもち、表層面に酸化や脱炭などの欠陥がなく、反り・変形も非常に少ない、長寿命の軸受軌道輪1を製造することができる。また、この軸受軌道輪1は下部ベイナイトを有している。
【0028】
このようにして製造された軸受軌道輪1では、エアーやガスを焼入れ媒体として製造された従来の軸受軌道輪と比較して、平面度が低く揃い、かつ硬さも安定している。
【0029】
なお、冷却金型12a、12bを冷却媒体とするために、軸受軌道輪1に比べて冷却金型12a、12bの熱容量を相当程度大きくする方法がある。たとえば、軸受軌道輪1の温度を900℃下げるのに冷却金型12a、12bの温度上昇を5℃以下に抑えるためには、冷却金型12a、12bの熱容量は軸受軌道輪1の熱容量の180倍以上とする必要がある。軸受軌道輪1は上下の冷却金型12aと12bとにより挟まれるため、上下の冷却金型12a、12bのいずれか一方の熱容量は軸受軌道輪1の熱容量の90倍以上とする必要がある。このため、仮に軸受軌道輪1と冷却金型12a、12bとが同じ材質(たとえば鋼)からなり同じ比熱を有する場合には、上下の冷却金型12a、12bのいずれか一方の質量は軸受軌道輪1の質量の90倍以上とする必要がある。
【0030】
上記のような方法で製造された軸受軌道輪1を用いて、たとえば図3に示すようなスラストニードルころ軸受を製造することができる。このスラストニードルころ軸受は、1対の軸受軌道輪1と、この1対の軸受軌道輪1間に配置された複数の転動体(ニードルころ)2と、複数の転動体2を転動可能に保持するための保持器3とを有している。
【0031】
また、上記のような方法で製造された軸受軌道輪1を用いて、たとえば図4に示すようなシェル型ラジアルニードルころ軸受を製造することもできる。このシェル型ラジアルニードルころ軸受は、軸受軌道輪1である円筒状の外輪1と、この外輪1の内周側に配置された保持器付きころ4とを有している。保持器付きころ4は、複数の転動体(ニードルころ)2と、複数の転動体2を転動可能に保持するための保持器3とを有している。なお、外輪1の両端部には、鍔部6、7が設けられているが、この鍔部6、7のいずれか一方または両方がなくても良い。また、図5に示すように1つの外輪1の内周側に複数(たとえば2つ)の保持器付きころ4が配置されていても良い。
【0032】
なお、図4または図5に示す軸受軌道輪1は円筒状の外輪1であるため、この外輪1の焼入れ時に用いる冷却金型は図2の冷却金型12a、12bとは異なる形状、たとえば円筒形状などにする必要がある。
【実施例1】
【0033】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0034】
素材として、中炭素鋼S53Cを用いた。この素材から内径60mm、外径85mm、肉厚1mmの外形を有するスラストニードルころ軸受軌道輪(NTN品名:AS1112)を旋削により製作した。
【0035】
高周波誘導加熱装置(80kHz)を用い、上記軌道輪を回転させながら、片幅面に近接した誘導コイルに所定の電流を流して誘導加熱した(図1)。この場合、全体が均一温度(約900℃)になるようにゆっくりと加熱した。その後、軌道輪に比べ相当大きい熱容量を持つ鉄製の上下プレス型中に軌道輪をセットし、直ちにプレスにより所定圧力で押え付けるとともに、プレスによる型冷却で軌道輪を恒温変態により硬化させた(図2)。恒温変態による硬化時の型温度、型による拘束時間(保持時間)を種々変化させて、恒温変態後の硬度やミクロ組織との関係を調べた。
【0036】
表1に、型温度および型による拘束時間と、反り変形、恒温変態後の硬度およびミクロ組織との関係を示す。
【0037】
また、表1には、高周波加熱後に水焼入れしたサンプルと、全体的に加熱した後に衝風焼入れしたサンプルと、高周波加熱後に空冷したサンプルとの反り変形、恒温変態後の硬度およびミクロ組織との関係も併せて示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1の結果より、本発明例のようにプレス圧力を2.94N/cm2としたとき、型温度を250℃以上320℃以下にするとともに、型による拘束時間(保持時間)を30秒以上5分以下にすることにより、恒温変態が生じて下部ベイナイトを有する組織が得られることがわかる。また本発明例の下部ベイナイトを有する組織において、反り変形が19μm以下になるとともに、ビッカース硬度HV685以上になることがわかる。また本発明例の一部においては、焼戻しを行っていないにもかかわらず、焼き戻しを行った際に見られる焼き戻しマルテンサイトと同様の組織が観察された。
【0040】
一方、比較例のサンプルでは組織に下部ベイナイトが観察されず、焼戻しが必要な焼入れマルテンサイトになったり、反り変形が大きくなったり、HV685以上のビッカース硬度が得られない材質であった。
【0041】
また、これらの軸受軌道輪の代表について、表2の条件で寿命評価を行った結果を表3に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
ここで、軌道輪はその一部あるいは全体を恒温変態させているので、焼き戻しは行っていない。比較例のサンプルのうち、マルテンサイト変態させているものは150℃×120分の焼き戻しを行った。試験は希薄な潤滑条件での試験である。
【0045】
表3の結果より、本方法で製作した軌道輪は、金型プレスを焼入れ媒体として通常のマルテンサイト焼入れを行った比較例のサンプルと同等以上の寿命であることがわかる。また、通常の高周波加熱後に水焼入れした比較例のサンプルでは変形が大きく試験できない精度であった。また、衝風焼入れした比較例のサンプルでは寿命が短くなり、空冷した比較例のサンプルでは薄肉部材といえども焼入れ硬化していなかった。
【0046】
また表4には各軌道輪の120℃×1500時間に保持した後の経年寸法変化状況を示す。
【0047】
【表4】

【0048】
表4の結果より、本発明例のものでは、比較例のものよりも経年寸法変化が少ないことがわかる。これは、焼入れマルテンサイトを有する組織が不安定であるため温度上昇による寸法変化が大きいが、本発明例の恒温変態品では組織が安定であり温度上昇による寸法変化が小さいからである。このことから、本発明例のサンプルでは焼き戻しを行わなくても寸法が安定することがわかる。
【0049】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の転がり軸受軌道輪およびその製造方法ならびに転がり軸受は、薄肉の転がり軸受軌道輪およびその製造方法ならびにその薄肉の転がり軸受軌道輪を有する転がり軸受に有利に適用される。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の一実施の形態における転がり軸受軌道輪の製造方法において軸受軌道輪を加熱する工程を示す概略断面図である。
【図2】本発明の一実施の形態における転がり軸受軌道輪の製造方法において軸受軌道輪を冷却して恒温変態させる工程を示す概略断面図である。
【図3】本発明の一実施の形態における転がり軸受軌道輪を用いたスラストニードルころ軸受の構成を示す概略断面図である。
【図4】本発明の一実施の形態における転がり軸受軌道輪を用いたシェル型ラジアルニードルころ軸受の構成を示す概略断面図である。
【図5】外輪内に複数の保持器付きころが配置されたシェル型ラジアルニードルころ軸受の構成を示す概略断面図である。
【符号の説明】
【0052】
1 転がり軸受軌道輪、2 転動体、3 保持器、4 保持器付きころ、6,7 鍔部、10 回転テーブル、11 加熱コイル、12a,12b 冷却金型、13 重り。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の軌道輪を加熱した後、金型でプレスしながら前記金型を冷却媒体として冷却して恒温変態させて下部ベイナイトを生じさせることを特徴とする、転がり軸受軌道輪の製造方法。
【請求項2】
前記転がり軸受軌道輪の前記加熱は誘導加熱により行われることを特徴とする、請求項1に記載の転がり軸受軌道輪の製造方法。
【請求項3】
前記転がり軸受軌道輪は、炭素を0.4質量%以上含む中炭素鋼であることを特徴とする、請求項1または2に記載の転がり軸受軌道輪の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法により製造され、かつ下部ベイナイトを有することを特徴とする、転がり軸受軌道輪。
【請求項5】
請求項4に記載の前記転がり軸受軌道輪と、転動体とを備えた、転がり軸受。
【請求項6】
前記転がり軸受は、スラストニードルころ軸受であることを特徴とする、請求項5に記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−89795(P2006−89795A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−275357(P2004−275357)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】