説明

運動案内装置、及びこれに用いられるシール部材

【課題】摺動抵抗値が小さい値を示すゴム材料製のシール部材を実現する。
【解決手段】運動案内装置10は、長手方向に転動体転走面11aを有する軌道部材11と、転動体転走面11aに対向する負荷転動体転走面13aと、当該負荷転動体転走面13aと平行な無負荷転動体転走路23とを有する移動部材13と、転動体転走面11aと負荷転動体転走面13aとで構成される負荷転動体転走路22と、無負荷転動体転走路23とをつなぐ方向転換路25を有する蓋部17と、負荷転動体転走路22と無負荷転動体転走路23と一対の方向転換路25,25とに転動自在に配設される複数の転動体12と、を備える。蓋部17あるいは移動部材13には、軌道部材11に対して隙間なく摺接するシール部材15が設置されており、シール部材15は、水素添加アクリロニトリルゴム組成物に対してハロゲン化処理を施したゴム材料を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運動案内装置、及びこれに用いられるシール部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、長手方向に転動体転走面を有する軌道部材と、前記転動体転走面に対向する負荷転動体転走面と、当該負荷転動体転走面と平行な無負荷転動体転走路とを有する移動部材と、前記移動部材の両端部に設置されるとともに、前記転動体転走面と前記負荷転動体転走面とで構成される負荷転動体転走路と、前記無負荷転動体転走路とをつなぐ方向転換路をそれぞれ有する一対の蓋部と、前記負荷転動体転走路と前記無負荷転動体転走路と一対の前記方向転換路とで構成される無限循環路に転動自在に配設される複数の転動体と、を備える運動案内装置が知られている。この種の運動案内装置には、軌道部材に対して隙間なく摺接するシール部材が、蓋部もしくは移動部材の側に設置されている。このシール部材は、エンドシールやサイドシール、インナシール、ダブルシール、あるいはスクレーパなどと呼ばれるゴム材料からなる部材であり、主として軌道部材と移動部材との間での防塵性能を付加するために用いられるものである。
【0003】
運動案内装置の技術分野で用いられる上記ゴム材料からなるシール部材には、例えば、水素添加アクリロニトリルゴム組成物(以下、「H−NBR」と記す場合がある。)が用いられる場合がある。この水素添加アクリロニトリルゴム組成物(H−NBR)は、耐油性のゴムであるNBR(ニトリルゴム)の改良グレードとして開発されたゴム材料である。すなわち、NBRには、そのポリマーの主鎖に不飽和結合(炭素・炭素二重結合)を含むため、耐熱性、耐候性、耐オゾン性などの化学的安定性には限界があった。そこで、その不安定な不飽和結合(二重結合)を飽和結合に変化させるために、不飽和結合部分を水素化することによって飽和結合へと変化させたものが、H−NBRである。H−NBRでは、水素化反応により、ポリマーの主鎖中に含まれる残存二重結合の量が少なくなるほど、つまり水素化率が高くなるほど、耐熱性、耐化学薬品性、耐候性などの改良効果が高くなるとされている。そして、一般的に、ポリマー主鎖中に残留している二重結合量を表す指標として、水素化率[%]が用いられており、現在、水素化率80%〜99%のものや、99%以上のほぼ完全水素化したものまでが市販されている。
【0004】
なお、ゴム製摺動部材の改良技術を開示した先行技術文献として、例えば、下記特許文献1が存在している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−240805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
さて、運動案内装置の技術分野で用いられる上記ゴム材料からなるシール部材に対しては、摩擦特性を向上させたいとする要請が存在していた。そして、ゴム材料に対してその表面に滑性処理を施すことで摩擦特性を向上させる従来の手段としては、コーティング処理を施すことでゴム材料の表面に滑性皮膜を形成する手法と、化学反応処理を施すことでゴム材料の表面近傍自体に滑性層を形成する手法が存在していた。しかしながら、コーティング処理によって滑性皮膜を形成する手法は、皮膜が剥離してしまう虞があり、特に、繰り返しの摺動抵抗が加わることとなる運動案内装置のシール部材には、適さない手法である。
【0007】
一方、化学反応処理を施すことでゴム材料自体に滑性層を形成する手法は、運動案内装置のシール部材に適用するには好ましいが、しかしながら、従来から運動案内装置のシール部材に用いられている水素添加アクリロニトリルゴム組成物(H−NBR)には、滑性層が形成できないとするのがゴム業界での一般的な考えであった。すなわち、ゴム材料に滑性層を形成する化学反応処理としては、リン酸塩処理などといった塩素を付加するハロゲン化処理が考えられるが、H−NBRは耐オゾン性などの向上のために水素が添加されており、不安定な不飽和結合(二重結合)が安定化した飽和結合に変化しているので、塩素が添加し難く、滑性層を形成できないとするのがこの技術分野での技術常識であった。
【0008】
以上のように、良好な性能を有するH−NBRではあるが、運動案内装置の技術分野では、従来のH−NBRに比べてさらに良好な摺動抵抗値を有するゴム材料を開発することで、運動案内装置の性能をさらに向上させたいとする要請が存在していた。しかしながら、かかる要請を満足できるゴム材料は、従来は存在していなかった。特に、潤滑剤としてのオイルなどを用いることができない悪潤滑環境下や、より高い摺動性を求められるマイクロガイドなどといった非常に小さなサイズの運動案内装置では、従来用いられていたものよりも摺動抵抗値が非常に小さい値を示すシール部材の実現が求められており、このような用途に用いることのできるゴム材料の実現が切に求められていた。
【0009】
本発明は、上述した課題の存在に鑑みて成されたものであって、その目的は、従来用いられていたものよりも摺動抵抗値が非常に小さい値を示すゴム材料製のシール部材を実現することにより、製品性能を向上させた運動案内装置と、この運動案内装置に用いられるシール部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る運動案内装置は、長手方向に転動体転走面を有する軌道部材と、前記転動体転走面に対向する負荷転動体転走面と、当該負荷転動体転走面と平行な無負荷転動体転走路とを有する移動部材と、前記移動部材の両端部に設置されるとともに、前記転動体転走面と前記負荷転動体転走面とで構成される負荷転動体転走路と、前記無負荷転動体転走路とをつなぐ方向転換路をそれぞれ有する一対の蓋部と、前記負荷転動体転走路と前記無負荷転動体転走路と一対の前記方向転換路とで構成される無限循環路に転動自在に配設される複数の転動体と、を備える運動案内装置であって、前記蓋部あるいは前記移動部材には、前記軌道部材に対して隙間なく摺接するシール部材が設置されており、前記シール部材が、水素添加アクリロニトリルゴム組成物に対してハロゲン化処理を施したゴム材料を備えることを特徴とするものである。
【0011】
本発明に係るシール部材は、長手方向に転動体転走面を有する軌道部材と、前記転動体転走面に対向する負荷転動体転走面と、当該負荷転動体転走面と平行な無負荷転動体転走路とを有する移動部材と、前記移動部材の両端部に設置されるとともに、前記転動体転走面と前記負荷転動体転走面とで構成される負荷転動体転走路と、前記無負荷転動体転走路とをつなぐ方向転換路をそれぞれ有する一対の蓋部と、前記負荷転動体転走路と前記無負荷転動体転走路と一対の前記方向転換路とで構成される無限循環路に転動自在に配設される複数の転動体と、を備える運動案内装置に用いられるシール部材であって、前記軌道部材に対して隙間なく摺接するように前記蓋部あるいは前記移動部材に設置されるとともに、水素添加アクリロニトリルゴム組成物に対してハロゲン化処理を施したゴム材料を備えることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来用いられていたものよりも摺動抵抗値が非常に小さい値を示すまったく新しいゴム材料製のシール部材を提供することができるので、従来よりも製品性能をさらに向上させた運動案内装置と、この運動案内装置に用いられるシール部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明品によって構成されるエンドシールを備える本実施形態に係るリニアガイド装置の一形態を例示する外観斜視図である。
【図2】図1で示したリニアガイド装置が備える無限循環路を説明するための断面図である。
【図3】本実施形態に係るリニアガイド装置が備える軌道レールの外観形状を示す斜視図である。
【図4】本発明を検証する実験の実験結果を示す図である。
【図5】無潤滑環境下での比較例の実験データを示す図である。
【図6】無潤滑環境下での実施例1の実験データを示す図である。
【図7】無潤滑環境下での実施例2の実験データを示す図である。
【図8】図5〜図7で示された波形データの比較を容易化するために数値化されたデータをグラフ化した図である。
【図9】無潤滑環境下で、比較例における摺動抵抗値の平均値を100%としたときに、実施例1及び実施例2における摺動抵抗値の平均値がどの程度減少しているかを百分率で表示した数値をグラフ化した図である。
【図10】無潤滑環境下で、比較例における摺動抵抗値の変動幅を100%としたときに、実施例1及び実施例2における摺動抵抗値の変動幅がどの程度減少しているかを百分率で表示した数値をグラフ化した図である。
【図11】オイル潤滑環境下での比較例の実験データを示す図である。
【図12】オイル潤滑環境下での実施例1の実験データを示す図である。
【図13】オイル潤滑環境下での実施例2の実験データを示す図である。
【図14】図11〜図13で示された波形データの比較を容易化するために数値化されたデータをグラフ化した図である。
【図15】オイル潤滑環境下で、比較例における摺動抵抗値の平均値を100%としたときに、実施例1及び実施例2における摺動抵抗値の平均値がどの程度減少しているかを百分率で表示した数値をグラフ化した図である。
【図16】オイル潤滑環境下で、比較例における摺動抵抗値の変動幅を100%としたときに、実施例1及び実施例2における摺動抵抗値の変動幅がどの程度減少しているかを百分率で表示した数値をグラフ化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、鋭意検討の結果、H−NBRに対して添加される水素の量を低減し、不安定な不飽和結合(二重結合)部分を残存させた状態でハロゲン化処理を行えば、その不飽和結合(二重結合)部分にハロゲン元素が結合して滑性層が形成されるのではないかとの着想を得た。そして、以下で説明する実験に基づく検証の結果、H−NBRにおいて一般的な水素添加率である80%〜99%以上ではなく、水素添加率が80%より小さい水素添加アクリロニトリルゴム組成物(以下、説明の便宜上、「lowH−NBR」と記す。)に対して所定のハロゲン化処理を行えば、従来にはない非常に好適な摩擦特性を有するゴム材料を得られることを確認したのである。そこで、以下に、本発明を適用可能な運動案内装置の形態例と、本発明者が行った検証実験の内容及び結果について、説明を行うこととする。
【0015】
[本発明を適用可能な運動案内装置の形態例]
まず、本発明品であるハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)をシール部材として用いた運動案内装置の具体的な実施形態について、図面を用いて説明する。なお、以下で例示する運動案内装置の実施形態は、各請求項に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0016】
本実施形態に係る運動案内装置は、図1〜図3に示すようなリニアガイド装置10として構成することが可能であり、かかるリニアガイド装置10の一部材、例えばエンドシール15を上述したハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)によって構成することにより、摺動特性の優れたリニアガイド装置10を提供することが可能となる。かかるリニアガイド装置10は、従来用いられていたものよりも摺動抵抗値が非常に小さい値を示すまったく新しいゴム材料製のシール部材を備えるものであり、リニアガイド装置10に初めて適用することが実現されたゴム材料である。
【0017】
ここで、図1は、本発明品によって構成されるエンドシール15を備える本実施形態に係るリニアガイド装置の一形態を例示する外観斜視図である。また、図2は、図1で示したリニアガイド装置が備える無限循環路を説明するための断面図である。さらに、図3は、本実施形態に係るリニアガイド装置が備える軌道レールの外観形状を示す斜視図である。
【0018】
まず、図1及び図2に例示するリニアガイド装置10の構成について説明する。本実施形態に係る運動案内装置としてのリニアガイド装置10は、軌道部材としての軌道レール11と、軌道レール11に多数の転動体として設置されるボール12…を介してスライド可能に取り付けられた移動部材としての移動ブロック13とを備えている。軌道レール11はその長手方向と直交する断面が概略矩形状に形成された長尺の部材であり、その表面(上面及び両側面)には、ボール12…が転がる際の軌道になる軌道面としての転動体転走面11a…が軌道レール11の全長に亘って形成されている。
【0019】
軌道レール11については、直線的に伸びるように形成されることもあるし、曲線的に伸びるように形成されることもある。また、図1及び図2において例示する転動体転走面11a…の本数は左右で2条ずつ合計4条設けられているが、その条数はリニアガイド装置10の用途等に応じて任意に変更することができる。
【0020】
さらに、軌道レール11には、図3にてより詳細に示すように、取り付けのためのボルト孔11bが等間隔で形成されており、このボルト孔11bを利用することで、軌道レール11が基準面に固定設置できるようになっている。
【0021】
一方、移動ブロック13には、転動体転走面11a…とそれぞれ対応する位置に軌道面としての負荷転動体転走面13a…が設けられている。軌道レール11の転動体転走面11a…と移動ブロック13の負荷転動体転走面13a…とによって負荷転動体転走路22…が形成され、複数のボール12…が挟まれている。また、移動ブロック13には、各転動体転走面11a…と平行に伸びる4条の無負荷転動体転走路23…がその内部に形成されている。さらに、移動ブロックの両端部には、一対の蓋部17,17が設置されている。この一対の蓋部17,17には、それぞれに方向転換路25が設けられている。この方向転換路25は、無負荷転動体転走路23…の端と負荷転動体転走路22…の端とを結ぶことができるように構成されている。したがって、1つの負荷転動体転走路22及び無負荷転動体転走路23と、それらを結ぶ一対の方向転換路25,25との組み合わせによって、1つの無限循環路が構成されている(図2参照)。
【0022】
そして、複数のボール12…が、負荷転動体転走路22と無負荷転動体転走路23と一対の方向転換路25,25とから構成される無限循環路に無限循環可能に設置されることにより、移動ブロック13が軌道レール11に対して相対的に往復運動可能となっている。
【0023】
また、一対の蓋部17,17のそれぞれには、一対の方向転換路25,25の外側において移動ブロック13と軌道レール11との隙間を塞ぐように、シール部材としての一対のエンドシール15,15が設置されている。このエンドシール15は、軌道レール11との接触箇所にリップ部を備えており、軌道レール11に対して隙間なく摺接することで、リニアガイド装置10に対して防塵効果を付与することができるようになっている。
【0024】
以上のような構成を備える本実施形態に係るリニアガイド装置10において、シール部材としての一対のエンドシール15,15を、本発明品であるハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)によって構成することにより、摺動特性の優れたリニアガイド装置10を提供することが可能となるのである。
【0025】
なお、本発明品であるハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)によって構成できる部材については、上述した一対のエンドシール15,15に限られるものではない。例えば、リニアガイド装置10などの運動案内装置に用いられるゴム材料製の摺動部材には、蓋部17に設置されるエンドシールの他にも、蓋部17あるいは移動部材である移動ブロック13に設置されるサイドシールやインナシール、ダブルシール、あるいはスクレーパなどと呼ばれる部材が存在しており、これらの部材についても上述した本発明品に係るゴム材料にて構成することが可能である。
【0026】
次に、本発明品であるハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)の製造条件について、本発明者が行った実験結果を示すことで説明を行うこととする。
【0027】
[検証実験及び結果]
検証実験は、水素添加率が80%よりも小さい水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)をテストピースとして準備し、このテストピースに対してハロゲン化処理を実施することで行われた。その実験結果を図4に示す。
【0028】
図4において、横軸はハロゲン化処理が行われた処理時間を表しており、原点から右に行くほど時間が経過していることを示している。すなわち、処理条件No.0が処理時間ゼロの状態である。また、処理条件No.11で過剰なゴムの硬化と亀裂破損が発生したため、この時点で実験を終了した。したがって、処理条件No.1〜10は、実験開始から硬化亀裂破損までの時間を均等に11分割した条件箇所であることを示している。一方、図4における縦軸は、摩擦力比の推移を示したものである。実際には、処理時間ゼロ、つまり未処理の状態での摩擦力(kgf)を基準値1とし、ハロゲン化処理が進行する時間経過とともに各時間帯での始動摩擦力(kgf)がどのように推移したかを絶対値表示で示している。
【0029】
この実験から、発明者は、まずは水素添加率が80%よりも小さい水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)に対してハロゲン化処理を行えば、H−NBRの一形態であるlowH−NBRであっても表面近傍に滑性層を形成することが可能であることを確認することができた。この事実は、H−NBRにはハロゲン化処理を実施することができないと考えられていたゴム業界の常識を覆すものであった。なお、発明者は、H−NBRにおける水素添加率が80%以上であると、ハロゲン化処理を行ったとしても、このようなH−NBRは水素添加率が高いため、滑性層の形成が阻害され、滑性層が十分に形成できないことを確認している。また、発明者は、水素添加率が80%よりも小さい水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)に対してハロゲン化処理を行った場合に形成される滑性層の成分についても解析しており、この滑性層の成分として、ハロゲン元素が含まれることを確認している。
【0030】
また、図4で示す実験結果からは、ハロゲン化処理の初期段階においては時間の経過とともに摩擦力が低下して行く傾向にあるものの、実験開始から硬化亀裂破損までの時間の約中間点以降では、摩擦力が上昇して行くことが確認できた。この結果からは、ハロゲン化処理による摩擦力の低下がピークを迎えて以降については、ハロゲン化処理が進むにつれてゴムの劣化硬化が進行するとともにゴムの剛性が向上してしまうので、その影響で摩擦力が徐々に上昇して行くことが予想できる。
【0031】
以上の結果を得た発明者は、続いて、ハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)を実際に運動案内装置のシール部材に適用した場合に、どの様な摺動抵抗値を示すかについての確認実験を行った。この実験は、図4において符号Aで示されるハロゲン化処理の処理時間が実験開始から硬化亀裂破損までの時間の約中間点である処理条件No.5のサンプル(以下、「実施例1」と記す。)と、符号Bで示される処理時間が4分の3経過した処理条件No.8のサンプル(以下、「実施例2」と記す。)を用いて行われた。
【0032】
また、この実験は、運動案内装置の一つであるリニアガイド装置を用いて行われた。効果の比較のために、エンドシールについては、比較例として従来からの一般的なH−NBRと、本発明品としてハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)の2種類のゴム材料を設置した場合における摺動抵抗値を測定した。なお、ハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)については、実施例1と実施例2を図4で示した同一条件で複数製作しておき、無作為に選択された2枚のエンドシールを1セットとし、リニアガイド装置の移動ブロックに対してこのエンドシールを組み込んで、3セット分の実験データを収集した。また、比較例である従来の一般的なH−NBRについても、任意に2枚3セット分を用意した。
【0033】
摺動抵抗値の測定は、リニアガイド装置の移動ブロックに対してロードセルを取り付け、比較例、実施例1、及び実施例2が取り付けられた移動ブロックを、例えば300mmのストローク幅でストロークさせ、かつ、測定速度10mm/secにて測定を行った。
【0034】
さらに、上述した実験は、無潤滑環境下での場合と、オイルを付与したオイル潤滑環境下での場合とで実施した。これにより、本発明品がどのような潤滑環境下であっても使用できるものであるか否かを確認することとした。なお、実験で使用されたオイルは、例えばエクソンモービル社が販売する工業用潤滑油(Mobil DTE26(VG68))を使用し、エンドシールが接触する軌道レール表面、及びエンドシールのリップ部に斑無く滴下することで付与された。
【0035】
まず、無潤滑環境下での実験データを図5〜図7に示す。図5〜図7において、図中(a)には、取得した摺動抵抗値の生データが示されている。一方、図中(b)には、取得した摺動抵抗値の生データにフィルタ処理を行うことで、摺動抵抗値成分とノイズ成分とに分離した結果が示されている。なお、フィルタ処理後の摺動抵抗値成分に対しては、説明の便宜のために300mmストロークの範囲内における最大値と最小値を示すための線が引かれている。また、図5において顕著に表れ、図6にもわずかに表れているが、定期的に摺動抵抗値が上下に波打つ傾向がある。これは、実験で使用したリニアガイド装置の軌道レール11には取り付けのためのボルト孔11bが開いており(例えば、図3参照)、この箇所をエンドシールが通過する際に、軌道レール表面とエンドシールとの接触面積が変化することに起因して生じる現象である。
【0036】
ここで、図5〜図7で示された波形データの比較を容易化するために、波形データを数値化したものとして表1を示す。また、表1をグラフ化したものとして図8を示す。
【0037】
【表1】

【0038】
表1及び図8から分かることとして、比較例として採用された一般的なH−NBRをエンドシールに用いた場合の摺動抵抗値は、実験セットごとの平均値で13.70〜22.70N(ニュートン)を示しているが、本発明品であるハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)については、実験セットごとの平均値で、実施例1で5.51〜8.80N、実施例2で6.30〜7.58Nを示していた。つまり、本発明品の方が、比較例に比べて摺動抵抗値が大きく減少しており、摺動性能が飛躍的に改善されていることが確認できた。また、300mmストロークの範囲内における摺動抵抗値の変動幅で比較しても、明らかに本発明品の方がその数値が小さくなっており、安定した摺動性能を得られていることが示されている。
【0039】
以上の効果をより明確に示すため、比較例に対する本発明品の摺動抵抗値の平均値、及び摺動抵抗変動幅の平均値を百分率で示し、比較することとした。この結果を、表2及び図9、並びに表3及び図10に示す。ここで、表2は、比較例における摺動抵抗値の平均値を100%としたときに、実施例1及び実施例2における摺動抵抗値の平均値がどの程度減少しているかを百分率で表示したものであり、図9は、数値で示された表2の値をグラフ化したものである。一方、表3は、比較例における摺動抵抗値の変動幅を100%としたときに、実施例1及び実施例2における摺動抵抗値の変動幅がどの程度減少しているかを百分率で表示したものであり、図10は、数値で示された表3の値をグラフ化したものである。
【0040】
【表2】

【0041】
【表3】

【0042】
表2及び図9から、摺動抵抗値の平均値については、本発明品の方が比較例に対して約41〜42%程度の改善効果が認められることが明らかとなった。また、表3及び図10から、摺動抵抗値の変動幅についても、本発明品の方が比較例に対して約33〜35%程度の改善効果が認められることが明らかとなった。これらの結果から、本発明品であるハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)については、従来の比較例であるH−NBRに比べて摺動抵抗値が大きく減少し、摺動特性が大幅に改善されることが明らかとなった。また、本発明品を適用したシール部材によれば、無潤滑環境下であっても摺動抵抗値が少なくとも10N以下となることが確認され、従来にはない良好な摺動特性を得られることが明らかとなった。
【0043】
次に、オイル潤滑環境下での実験データを図11〜図13に示す。図11〜図13において、図中(a)には、取得した摺動抵抗値の生データが示されている。一方、図中(b)には、取得した摺動抵抗値の生データにフィルタ処理を行うことで、摺動抵抗値成分とノイズ成分とに分離した結果が示されている。なお、フィルタ処理後の摺動抵抗値成分に対しては、説明の便宜のために300mmストロークの範囲内における最大値と最小値を示すための線が引かれている。また、図11において顕著に表れているが、オイル潤滑環境下の場合にも、無潤滑環境下の場合と同様に、リニアガイド装置10の軌道レール11に形成された取り付けのためのボルト孔11b(例えば、図3参照)の影響に起因する定期的な摺動抵抗値の上下方向での波打ち傾向が表れている。
【0044】
ここで、図11〜図13で示された波形データの比較を容易化するために、波形データを数値化したものとして表4を示す。また、表4をグラフ化したものとして図14を示す。
【0045】
【表4】

【0046】
表4及び図14から分かることとして、従来の比較例であるH−NBRをエンドシールに用いた場合の摺動抵抗値は、実験セットごとの平均値で5.66〜6.32Nを示しているが、本発明品であるハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)については、実験セットごとの平均値で、実施例1で3.04〜3.28N、実施例2で3.09〜3.22Nを示していた。つまり、本発明品の方が、比較例に比べて摺動抵抗値が約半分程度減少しており、摺動性能が飛躍的に改善されていることが示されている。また、300mmストロークの範囲内における摺動抵抗値の変動幅で比較しても、明らかに本発明品の方がその数値が小さくなっており、安定した摺動性能を得られていることが示されている。
【0047】
以上の効果をより明確に示すため、比較例に対する本発明品の摺動抵抗値の平均値、及び摺動抵抗変動幅の平均値を百分率で示し、比較することとした。この結果を、表5及び図15、並びに表6及び図16に示す。ここで、表5は、比較例における摺動抵抗値の平均値を100%としたときに、実施例1及び実施例2における摺動抵抗値の平均値がどの程度減少しているかを百分率で表示したものであり、図15は、数値で示された表5の値をグラフ化したものである。一方、表6は、比較例における摺動抵抗値の変動幅を100%としたときに、実施例1及び実施例2における摺動抵抗値の変動幅がどの程度減少しているかを百分率で表示したものであり、図16は、数値で示された表6の値をグラフ化したものである。
【0048】
【表5】

【0049】
【表6】

【0050】
表5及び図15から、摺動抵抗値の平均値については、本発明品の方が比較例に対して約53%程度の改善効果が認められることが明らかとなった。また、表6及び図16から、摺動抵抗値の変動幅についても、本発明品の方が比較例に対して約22〜23%程度の改善効果が認められることが明らかとなった。
【0051】
なお、表5及び図15、並びに表6及び図16で示された結果は、潤滑剤としてのオイルが機能している状態に加えて更に本発明品の効果が発揮されていることを示しており、本発明品が摺動特性の改善効果に大いに寄与していることを示すものである。
【0052】
これらの結果から、本発明品であるハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)については、オイル潤滑環境下であっても、従来の比較例であるH−NBRに比べて摺動抵抗値が大きく減少し、摺動特性が大幅に改善されることが明らかとなった。つまり、本発明品によれば、どのような潤滑環境下であっても、摺動特性が改善されることが明らかとなった。なお、本発明品を適用したシール部材によれば、オイル潤滑環境下においては、摺動抵抗値が少なくとも4N以下となることが確認され、従来にはない良好な摺動特性を得られることが明らかとなった。
【0053】
なお、本発明におけるハロゲン化処理については、例えば、硫酸ナトリウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸アルミニウム、次亜塩素酸ソーダ、塩化カルシウム、過塩化鉄液、硝酸ソーダ、重クロム酸ソーダ、リン酸塩などを含む液体に、被処理材料を所定時間浸漬し、当該被処理材料の表層に対して滑性層を形成する処理や、上記の液体を気化させたハロゲンガスが充満している密閉容器中に被処理材料を一定時間保持させ、当該被処理材料の表層に対して滑性層を形成する処理を含むものとする。
【0054】
また、ハロゲン化処理の具体的な手法については、例えば、
(1)被処理材料を上記の液体を気化させたハロゲンガスが充満している密閉容器中に一定時間保持させる。あるいは、別法として被処理材料を上記の液体を含むハロゲン化水素水溶液中に浸漬させる。
(2)水洗いして、被処理材料の表面に付着したハロゲン化成分を取り除く。
(3)被処理材料中のハロゲン化成分を中和するために、炭酸水素ナトリウム溶液等のアルカリ溶液に浸し中和処理する。
(4)被処理材料に付着している炭酸水素ナトリウム溶液等のアルカリ溶液を水洗いする。
(5)被処理材料を乾燥する。
という工程を実行することにより、行うことができる。
【0055】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施形態に記載の範囲には限定されない。上記実施形態には、多様な変更又は改良を加えることが可能である。
【0056】
例えば、上述した実施形態では、本発明に係るハロゲン化処理が施された水素添加アクリロニトリルゴム組成物(lowH−NBR)の運動案内装置への適用例として、リニアガイド装置10を例示して説明を行った。しかしながら、本発明に係るゴム材料は、あらゆる形式の運動案内装置に対して適用可能であり、例えば、転がり軸受や無潤滑軸受、リニアブッシュ、ボールスプライン装置、転動体にローラを使用した運動案内装置、ボールねじ装置、ローラねじ装置、クロスローラリングなどのような、あらゆる転動動作及び摺動動作を伴う装置に対して適用可能である。
【0057】
その様な変更又は改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。
【0058】
なお、本検証実験の実施例では、ハロゲン化処理した2枚のエンドシールを1セットとして摺動抵抗値を測定したが、本発明はこの形態に限定されるものではなく、ハロゲン化処理したエンドシールとハロゲン化処理していないエンドシールとを1セットとして用いた場合であっても、本発明の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0059】
10 リニアガイド装置、11 軌道レール、11a 転動体転走面、11b ボルト孔、12 ボール、13 移動ブロック、13a 負荷転動体転走面、15 エンドシール、17 蓋部、22 負荷転動体転走路、23 無負荷転動体転走路、25 方向転換路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向に転動体転走面を有する軌道部材と、
前記転動体転走面に対向する負荷転動体転走面と、当該負荷転動体転走面と平行な無負荷転動体転走路とを有する移動部材と、
前記移動部材の両端部に設置されるとともに、前記転動体転走面と前記負荷転動体転走面とで構成される負荷転動体転走路と、前記無負荷転動体転走路とをつなぐ方向転換路をそれぞれ有する一対の蓋部と、
前記負荷転動体転走路と前記無負荷転動体転走路と一対の前記方向転換路とで構成される無限循環路に転動自在に配設される複数の転動体と、
を備える運動案内装置であって、
前記蓋部あるいは前記移動部材には、前記軌道部材に対して隙間なく摺接するシール部材が設置されており、
前記シール部材が、水素添加アクリロニトリルゴム組成物に対してハロゲン化処理を施したゴム材料を備えることを特徴とする運動案内装置。
【請求項2】
請求項1に記載の運動案内装置において、
前記水素添加アクリロニトリルゴム組成物の水素添加率が、80%より小さいことを特徴とする運動案内装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の運動案内装置において、
前記シール部材の無潤滑環境下での摺動抵抗値が、10N以下であることを特徴とする運動案内装置。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の運動案内装置において、
前記シール部材のオイル潤滑環境下での摺動抵抗値が、4N以下であることを特徴とする運動案内装置。
【請求項5】
長手方向に転動体転走面を有する軌道部材と、
前記転動体転走面に対向する負荷転動体転走面と、当該負荷転動体転走面と平行な無負荷転動体転走路とを有する移動部材と、
前記移動部材の両端部に設置されるとともに、前記転動体転走面と前記負荷転動体転走面とで構成される負荷転動体転走路と、前記無負荷転動体転走路とをつなぐ方向転換路をそれぞれ有する一対の蓋部と、
前記負荷転動体転走路と前記無負荷転動体転走路と一対の前記方向転換路とで構成される無限循環路に転動自在に配設される複数の転動体と、
を備える運動案内装置に用いられるシール部材であって、
前記軌道部材に対して隙間なく摺接するように前記蓋部あるいは前記移動部材に設置されるとともに、水素添加アクリロニトリルゴム組成物に対してハロゲン化処理を施したゴム材料を備えることを特徴とするシール部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−15153(P2013−15153A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−146168(P2011−146168)
【出願日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【出願人】(390029805)THK株式会社 (420)
【Fターム(参考)】