説明

酸化亜鉛薄膜の成膜方法、該成膜方法により得られた酸化亜鉛薄膜、該酸化亜鉛薄膜を用いた半導体素子、該酸化亜鉛薄膜を成膜するための成膜装置

【課題】 スパッタリングガスに酸素を含有させ酸素流量を大きくしたとしても、バイアスを印加しない場合と同等又はそれ以上の結晶子サイズを有する酸化亜鉛薄膜を得ることができる酸化亜鉛薄膜の成膜方法、該成膜方法により得られた酸化亜鉛薄膜、該酸化亜鉛薄膜を用いた半導体素子、該酸化亜鉛薄膜を成膜するための成膜装置を提供する。
【解決手段】 酸素と不活性ガスからなるスパッタリングガスを含む雰囲気下で酸化亜鉛ターゲットを用いてスパッタリングすることにより、酸化亜鉛薄膜を基板上に成膜する成膜方法であって、前記基板にパルスバイアスを印加しつつ成膜することを特徴とする酸化亜鉛薄膜の成膜方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶子サイズの大きい酸化亜鉛薄膜を成膜するための成膜方法、該成膜方法により得られた酸化亜鉛薄膜、該酸化亜鉛薄膜を用いた半導体素子、該酸化亜鉛薄膜を成膜するための成膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化亜鉛が優れた半導体の性質を示すことは古くから知られており、近年薄膜トランジスタ(TFT)、発光デバイス、透明導電膜等の半導体素子への電子デバイス応用を目指し、酸化亜鉛薄膜の研究開発が活発化している。
【0003】
例えば、酸化亜鉛薄膜を活性層として用いた薄膜トランジスタは、従来液晶ディスプレイに主に用いられているアモルファスシリコン(a−Si:H)を活性層として用いたアモルファスシリコンTFTに比較して電子移動度が大きく、優れたTFT特性を有し、また、室温付近の低温でも多結晶薄膜が得られるため高い移動度が期待できる等の利点もあり、積極的な開発が進められている。
【0004】
ここで、酸化亜鉛薄膜の成膜方法としては、スパッタリング法を挙げることができる。
スパッタリング法とは、真空処理室中にスパッタリングガスを導入しながら基板とターゲット(酸化亜鉛)間に高電圧を印加し、イオン化したスパッタリングガスをターゲットに衝突させて、はじき飛ばされたターゲット物質を基板に成膜させる方法である。
また、スパッタリング法において、基板にバイアスとして高周波バイアスや直流バイアスを連続的に印加し、結晶性を制御することも行われている(例えば、下記特許文献1参照)。
【0005】
ここで、酸化亜鉛薄膜をスパッタリング法により成膜する場合、結晶粒界における酸素が脱離し、酸素空孔に起因する欠陥準位を形成するという問題が生じる。当該欠陥準位は、電気的に浅い不純物準位を形成し、酸化亜鉛薄膜の低抵抗化を引き起こす。そのため、高抵抗であることが望まれる薄膜トランジスタの活性層には適さないものとなる。
そこで、酸化亜鉛薄膜の酸素空孔に起因する欠陥準位の形成を抑えるために、スパッタリングガスの酸素流量を大きくすることが行われている。
【0006】
しかし、スパッタリングガスの酸素流量を大きくすることにより、酸化亜鉛の結晶子サイズが小さくなるという問題が生じる。この理由は、酸素イオンの薄膜成長表面への運動エネルギーが大きくなり、酸化亜鉛薄膜の結晶化が阻害されるからだと考えられる。
また、当該問題は、基板にバイアスを印加しない場合でも生じ、基板に高周波バイアスや直流バイアスを連続的に印加した場合はさらに顕著となる。
【0007】
結晶子サイズの小さい酸化亜鉛薄膜を例えば薄膜トランジスタに用いた場合、欠陥準位が酸化亜鉛薄膜(活性層)中のキャリアのトラップとなり、電子移動度を低下させる等の問題が生じる。また、結晶子サイズは、酸化亜鉛薄膜の抵抗や透過性等の膜性能に影響を与えるため、薄膜トランジスタ以外でも大きい結晶子サイズを有する酸化亜鉛薄膜が望まれる場合が往々にしてある。
【0008】
【特許文献1】特開2008−108985号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、スパッタリングガスに酸素を含有させ酸素流量を大きくしたとしても、バイアスを印加しない場合と同等又はそれ以上の結晶子サイズを有する酸化亜鉛薄膜を得ることができる酸化亜鉛薄膜の成膜方法、該成膜方法により得られた酸化亜鉛薄膜、該酸化亜鉛薄膜を用いた半導体素子、該酸化亜鉛薄膜を成膜するための成膜装置を提供することを解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に係る発明は、酸素と不活性ガスからなるスパッタリングガスを含む雰囲気下で酸化亜鉛ターゲットを用いてスパッタリングすることにより、酸化亜鉛薄膜を基板上に成膜する成膜方法であって、前記基板にパルスバイアスを印加しつつ成膜することを特徴とする酸化亜鉛薄膜の成膜方法に関する。
【0011】
請求項2に係る発明は、前記パルスバイアスが交流パルスバイアスであることを特徴とする請求項1記載の酸化亜鉛薄膜の成膜方法に関する。
【0012】
請求項3に係る発明は、前記交流パルスバイアスにおいて、正のピークから負のピークに移行する間の一定期間及び負のピークから正のピークに移行する間の一定期間が、負のピーク値と正のピーク値の間の電位であることを特徴とする請求項2記載の酸化亜鉛薄膜の成膜方法に関する。
【0013】
請求項4に係る発明は、前記パルスバイアスが負の直流パルスバイアスであることを特徴とする請求項1記載の酸化亜鉛薄膜の成膜方法に関する。
【0014】
請求項5に係る発明は、請求項1乃至4いずれか記載の成膜方法により成膜された酸化亜鉛薄膜に関する。
【0015】
請求項6に係る発明は、請求項5に記載の酸化亜鉛薄膜を用いた半導体素子に関する。
【0016】
請求項7に係る発明は、スパッタリングガスとして酸素と不活性ガスからなるガスを用いたスパッタリング法により、真空処理室内の基板上に酸化亜鉛薄膜を成膜するための成膜装置であって、前記基板側に交流パルスバイアス又は負の直流パルスバイアスを印加するためのパルス電源を有することを特徴とする成膜装置に関する。
【発明の効果】
【0017】
請求項1に係る発明によれば、酸素と不活性ガスからなるスパッタリングガスを含む雰囲気下で酸化亜鉛ターゲットを用いてスパッタリングすることにより、酸化亜鉛薄膜を基板上に成膜する成膜方法であって、前記基板にパルスバイアスを印加しつつ成膜することにより、酸素流量を大きくしても、バイアスを印加しない場合と同等又はそれ以上の大きさの結晶子サイズを有する酸化亜鉛薄膜を得ることができる。
【0018】
請求項2に係る発明によれば、前記パルスバイアスが交流パルスバイアスであることにより、酸化亜鉛薄膜の結晶子サイズを確実に大きくすることができる。
【0019】
請求項3に係る発明によれば、前記交流パルスバイアスにおいて、正のピークから負のピークに移行する間の一定期間及び負のピークから正のピークに移行する間の一定期間が、負のピーク値と正のピーク値の間の電位であることにより、デューティ比を小さくすることができ、且つイオンの運動エネルギーを時間的に変化させることができるので、結晶子サイズを容易に大きくすることができる。
【0020】
請求項4に係る発明によれば、前記パルスバイアスが負の直流パルスバイアスであることにより、酸化亜鉛薄膜の結晶子サイズを確実に大きくすることができる。
【0021】
請求項5に係る発明によれば、請求項1乃至4いずれか記載の成膜方法により成膜された酸化亜鉛薄膜であることにより、結晶子サイズの大きい酸化亜鉛薄膜となる。
【0022】
請求項6に係る発明によれば、請求項5に記載の酸化亜鉛薄膜を用いた半導体素子であることにより、例えば薄膜トランジスタの場合、電子移動度を向上させることができる。
【0023】
請求項7に係る発明は、スパッタリングガスとして酸素と不活性ガスからなるガスを用いたスパッタリング法により、真空処理室内の基板上に酸化亜鉛薄膜を成膜するための成膜装置であって、前記基板側に交流パルスバイアス又は負の直流パルスバイアスを印加するためのパルス電源を有することにより、酸素流量を大きくしても、結晶子サイズの大きい酸化亜鉛薄膜を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の酸化亜鉛薄膜の成膜方法について説明する。
本発明に係る酸化亜鉛薄膜の成膜方法はスパッタリング法である。
また、スパッタリング法におけるスパッタリングガスとしては、酸素と不活性ガスの混合ガスが用いられる。
加えて、酸化亜鉛薄膜の成膜時には、基板側にバイアスとして交流パルスバイアス又は負の直流パルスバイアス(以下、まとめてパルスバイアスと称すこともある)が印加される。
【0025】
図1はパルスバイアスを説明するためのイメージ図であり、(a1)(a2)が交流パルスバイアスを示すイメージ図、(b)が直流パルスバイアスを示すイメージ図である。
交流パルスとは図1(a1)(a2)に示すように、時間により大きさ・極性ともに変化するものを指し、直流パルスとは図1(b)に示すように、時間によって大きさは変化するものの極性は変化しないものを指す。
なお、図1(a2)には、正のピークから負のピークに移行する間の一定期間及び負のピークから正のピークに移行する間の一定期間において、電位が0Vの期間を有するが、当該期間の電位は0Vに限定されるわけでなく、負のピーク値と正のピーク値の間の値であればよい。また、図1(b)には負のピークのあとに電位が0Vの期間を有するが、当該電位も0Vに限定されるわけでなく、負のピーク値のよりも負の方向に小さい値(0Vと負のピーク値の間の値)であればよい。
【0026】
バイアスとして基板に交流パルスバイアス又は負の直流パルスバイアスを印加した場合、基板のプラズマに対する負の電位が、一定期間ごとに負の方向に増大することとなる。それにより、基板に入射する正の電荷を有するイオン(正イオン)(不活性ガス(Ar等)や酸素(O、O2+))の運動エネルギーが一定期間ごとに増大する。その一方で、運動エネルギーがあまり増大しない期間も有する。
このような環境下で酸化亜鉛薄膜を成膜することにより、結晶子サイズが大きくなる(詳細は後述する)。
【0027】
また、基板に交流パルスバイアス又は負の直流パルスバイアスを印加することにより、酸素流量を増やしても結晶子サイズを大きいままに維持することができる。つまり、結晶子サイズを大きく維持したままで、酸素空孔の増大を防いで、酸化亜鉛薄膜の低抵抗化を防ぐことができる。
【0028】
図2は本発明に係る酸化亜鉛薄膜の成膜に用いる成膜装置の一例を示す概略構成図である。以下、図2の成膜装置を説明しつつ、酸化亜鉛薄膜の成膜方法の実施形態についてより詳細に説明する。
図2に示す成膜装置(M1)はスパッタリング装置であり、真空処理室(1)内に、ターゲット(2)(本実施形態では、酸化亜鉛焼結体)及び基板支持台(3)を有している。そして、真空処理室(1)内にスパッタリングガスを導入しながらターゲット(2)に、マッチングボックス(4)を介して高周波電源(5)により高電力を印加し、スパッタリングガスをイオン化する。そして、イオン化されたスパッタリングガスをターゲット(2)に衝突させることにより、はじき飛ばされたターゲット物質(本実施形態における酸化亜鉛)が、基板支持台(3)上の基板(6)上に成膜される。なお、真空処理室(1)は、ロータリーポンプ(7)及びターボ分子ポンプ(8)により真空排気される。また、基板支持台(3)には、基板(6)を所望の温度にするためのヒーターが内蔵されていている。
【0029】
本実施形態では、スパッタリング法におけるスパッタリングガスとして、酸素に不活性ガスを混合した混合ガスを用いる。さらに、図2で示すように、酸化亜鉛薄膜成膜時に基板(6)に対してパルス電源(9)により、交流パルスバイアス又は負の直流パルスバイアスを印加する。
【0030】
以下、パルスバイアスの効果について説明する。
成膜中のプラズマは電荷中性法則より、基板に対してやや正の電位(ポテンシャル)を有する。このような環境下において基板(6)に対して負の直流パルスバイアスを印加した場合、負のバイアスが印加されている間はプラズマに対する基板の電位がより負の方向に増大するので、基板のプラズマに対する負の電位が一定期間ごとに増大することとなる。それにより、基板に入射する正イオン(不活性ガス(Ar等)や酸素(O、O2+))の運動エネルギーが一定期間ごとに増大する。即ち、入射する正イオンの運動エネルギーの増大と減少が交互に生じることとなる。そして、入射したイオンの運動エネルギーが成膜表面における原子の運動エネルギーに変換される。
不活性ガスのイオンの運動エネルギーの増大は結晶子サイズを増大させるが、酸素イオンの運動エネルギーの増大は薄膜成長を阻害する。しかし、運動エネルギーの増大と減少が交互に生じる環境下で酸化亜鉛薄膜を成膜することにより、薄膜成長の阻害を抑えつつ、結晶子サイズを増大させることができる。
【0031】
一方、基板に交流パルスバイアスを印加した場合、正極性のパルス期間では基板の電位が正に変化するが、プラズマ電位以上に基板電位が増大すると、プラズマ中の電子が基板に流入し基板の正電位の上昇を抑制する。従って、交流パルスバイアスを基板に印加した場合、基板の正電位は殆どがプラズマ電位に抑制される。
これに対し、負方向の電位は印加したパルスバイアスにより決まるので、バイアス印加時には正方向の電位に比して負方向の電位が大きくなる。
そのため、交流パルスバイアスを基板に印加した場合、基板に入射する正イオン(不活性ガス(Ar等)や酸素(O、O2+))の運動エネルギーが、正極性のパルス期間においては減少し、負極性のパルス期間においては増大する。それにより、負の直流パルスバイアスを印加した場合と同様に、正イオンの運動エネルギーが一定期間ごとに増大し、運動エネルギーの増大と減少が交互に生じる。これにより、酸化亜鉛薄膜の結晶子サイズを増大させることができる。
【0032】
上記したように、基板への負の直流パルスバイアス又は交流パルスバイアスの印加により、基板へ入射する正イオンの運動エネルギーを一定期間ごとに増大させ、運動エネルギーの増大と減少を交互に生じさせることで、結晶子サイズの増大、すなわち結晶性の向上を図ることができる。
パルスバイアスを印加したときの結晶子サイズは、高周波バイアスや直流バイアスを連続的に印加したときの結晶子サイズより大きくすることができるのはもちろんのこと、バイアスを印加しないときの結晶子サイズよりも大きくすることができる。
【0033】
さらに、パルスバイアスを印加することによる結晶子サイズの増大の効果は、酸素流量を増やしても生じる。そのため、結晶子サイズを大きく維持したままで、酸素流量を増やし、酸素空孔の増大を防ぐことができる。
【0034】
結晶子サイズの大きさは、パルスバイアスの周波数やデューティ比によって調整することができる。また、パルスバイアスの条件に加えて、他の条件(酸化亜鉛の成膜圧力・スパッタリングガスの組成等)を調整することで結晶子サイズを調整することもできる。
なお、パルスバイアスの周波数やデューティ比は、成膜条件(酸化亜鉛の成膜圧力・スパッタリングガスの組成等)との関係を勘案しつつ、適宜設定する必要がある。
【0035】
また、基板に印加する交流パルスバイアスは、図1(a2)に示すように、正のピークから負のピークに移行する間の一定期間及び負のピークから正のピークに移行する間の一定期間における電位が、負のピーク値と正のピーク値の間(図1(a2)では0V)であることが好ましい。これにより、交流パルスバイアスのデューティ比を小さくすることができ、且つ成膜表面に入射するイオンの運動エネルギーを時間的に変化させることができるので、結晶子サイズの大きい酸化亜鉛薄膜を得やすいからである。
【0036】
スパッタリングガスの構成成分である不活性ガスとしては、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、ネオン(Ne)等の希ガスが挙げられる。酸素と共に不活性ガスを用いることにより、スパッタ率を向上させることができ、高い成膜速度を実現することができるという効果も奏する。また、不活性ガスを選択して質量数の大きいものを使用することにより、成膜表面に与える運動エネルギーを増大させることもできる。
【0037】
また、スパッタリング法としてはマグネトロンスパッタリング法が好ましい。マグネトロンスパッタリング法を用いることで、成膜速度も向上させることができる。
【0038】
本発明には、上記成膜方法により得られた酸化亜鉛薄膜及び該酸化亜鉛薄膜を用いた半導体素子も含まれる。
以下、本発明に係る半導体素子の例として、薄膜トランジスタについて説明する。
【0039】
図3は本発明に係る酸化亜鉛薄膜を用いた薄膜トランジスタ(20)を示す図である。
薄膜トランジスタ(20)は、基板(6)上に、ゲート電極(21)、ゲート絶縁膜(22)、酸化物半導体薄膜層(23)、第一オーバーコート絶縁膜(24)、第二オーバーコート絶縁膜(25)、一対のソース・ドレイン電極(25)を図3に示すように積層して形成される。
【0040】
酸化亜鉛薄膜(23)は、基板にパルスバイアスを印加してスパッタリング法により成膜しているため、スパッタリングガスにおける酸素流量を大きくしても、本発明の効果により結晶子サイズの大きい膜が成膜可能となる。これにより、結晶子サイズが小さいことに起因する薄膜トランジスタ(20)の電子移動度の低下を防ぐことができる。さらに、酸素流量を大きくすることができるので、酸化亜鉛薄膜(23)内の酸素空孔に起因する欠陥準位の発生を抑えることができる。つまり、パルスバイアスを印加することにより、欠陥密度の低い、電子移動度の高い薄膜トランジスタを得ることができる。
【実施例】
【0041】
以下、本発明の実施例を示すことにより、本発明の効果をより明確なものとする。
(実施例1)
まず、実施例1として、基板に高周波バイアスと交流パルスバイアスを印加することで、得られる酸化亜鉛薄膜の結晶成長への影響について検証する。
実施例1では、図4に示す成膜装置(M2)(マグネトロンスパッタ装置)を用いて、酸化亜鉛薄膜の成膜を行った。
成膜装置(M2)は、図2に示す成膜装置(M1)にマッチングボックス(10)、高周波電源(11)を接続することにより、基板に対し、交流パルスバイアスと高周波バイアスを夫々別に印加できるようにしたものである。なお、図4において、図2と同じ構成には同じ符号を付している。
【0042】
実施例1では、交流パルスバイアスとしては両極性パルスを用い、成膜時に周波数を0Hz,500Hz,1kHz,10kHz,20kHzと変化させた。パルス幅は正負とも5μsecで固定した。また、本実施例の交流パルスバイアスは、正のピークから負のピークに移行する間及び負のピークから正のピークに移行する間に、電位が0Vの期間を有する(図1(a2)参照)。なお、周波数を500Hz〜20kHzまで変化させた場合、パルス幅を固定しているため、デューティ比は0.5%〜20%まで変化する。
また、高周波バイアスとしては高周波(13.56MHz)電力を5Wと20W印加した。
ターゲットには無添加酸化亜鉛焼結体ターゲット(純度5N、直径4inch)を用い、基板には無アルカリガラス(コーニング社製イーグル2000)を用いた。スパッタリングガスとしてはアルゴンガスと酸素の混合ガスを用い、成膜圧力1Pa、アルゴン(Ar)流量10sccm、酸素(O)流量5sccmで実施した。ガラス基板は150℃に加熱し、ターゲットには高周波電源(5)により180Wの電力を投入した。
酸化亜鉛の結晶性の評価には、X-ray diffraction(XRD: Rigaku, ATX-G)(CuKα 50kV 300mA)を使用した。
【0043】
図5は基板に高周波バイアスを印加して成膜した酸化亜鉛薄膜における、2θ-ω測定によるX線回折スペクトルを示す図であり、(a)が高周波バイアスを印加しない場合、(b)が5Wの高周波バイアスを印加した場合、(c)が20Wの高周波バイアスを印加した場合を示す。
図6は基板に高周波バイアスを印加した場合の、基板電位(V)と図5のX線回折スペクトルからシェラーの式を用い導出した結晶子サイズ(nm)の高周波バイアス電力(W)依存性を示す図であり、(a)が高周波バイアスの電力と結晶子サイズの関係を、(b)が高周波バイアスの電力と基板電位の関係を示す。なお、基板電位は高周波の平均電位を示す。
図7は交流パルスバイアスを印加させて成膜した酸化亜鉛薄膜における、2θ-ω測定によるX線回折スペクトルを示す図であり、(a)がバイアスを印加しない場合、(b)が500Hzの交流パルスバイアスを印加した場合、(c)が1kHzの交流パルスバイアスを印加した場合、(d)が10kHzの交流パルスバイアスを印加した場合、(e)が20kHzの交流パルスバイアスを印加した場合を示す。
図8は、交流パルスバイアスの周波数(Hz)・パルス負期間における基板電位(V)・図7のX線回折スペクトルからシェラーの式を用い導出した結晶子サイズ(nm)の関係を示した図であり、(a)が交流パルスバイアスの周波数と結晶子サイズの関係を、(b)が交流パルスバイアスの周波数と基板電位の関係を示す。
【0044】
高周波バイアスを印加した場合、図6に示すように、5Wの高周波バイアスを印加すると結晶子サイズは急激に小さくなり、高周波バイアスを20Wに増加させると、結晶子サイズはさらに小さくなった。
結晶子サイズが小さくなった理由としては、高周波バイアスの印加により基板の電位は5Wで−51V、20Wで−91Vとなり、基板の電位により加速された正イオンが連続的に成膜表面に入射することで、酸化亜鉛薄膜の結晶成長を阻害したためだと考えられる。
【0045】
一方、交流パルスバイアスを印加した場合、図8で示すように、周波数が500Hz〜1kHzまでの領域では、交流パルスバイアス出力時の負期間の基板電位が高周波バイアス印加時に比して増加しているにもかかわらず、バイアスを印加しない場合に比して結晶子サイズが大きくなっている。
500Hz〜1kHzの低周波の交流パルスバイアスの印加ではデューティ比が0.5〜1%と低く、基板へ入射する正イオンの運動エネルギーの増大が一定期間ごとに生じる。そして、入射したイオンの運動エネルギーが成膜表面における原子の運動エネルギーに変換される。
このように、一定期間ごとに正イオンの運動エネルギーの増大が生じることにより、結晶子サイズの大きい酸化亜鉛薄膜を得ることができる。
【0046】
上記したように、基板に交流パルスバイアスを印加することにより、結晶子サイズの大きい酸化亜鉛薄膜を得ることができるといえる。
なお、直流パルスバイアスを印加した場合も、基板の負の電位が一定期間ごとに負の方向に増大する、つまり、基板へ入射する正イオンの運動エネルギーの増大が一定期間ごとに生じるので、交流パルスバイアスを印加した場合と同様に、結晶子サイズの大きい酸化亜鉛薄膜を得ることができる。
【0047】
(実施例2)
次いで、本発明の酸化亜鉛薄膜を用いた薄膜トランジスタの性能について検証する。
実施例2では、酸化亜鉛薄膜成膜時に、パルスバイアスとして、実施例1と同じ両極性交流パルスを、周波数を0Hz,500Hz,1kHz,10kHz,30kHzと変化させた。
また成膜条件は、成膜圧力3Pa、アルゴン(Ar)流量10sccm、酸素(O)流量30sccmとし、その他の条件は実施例1と同じ条件とした。
【0048】
このように成膜した酸化亜鉛薄膜を用いて薄膜トランジスタ(図3参照)を作成し、移動度を計測した。
また比較例として、バイアスを印加せずに成膜した酸化亜鉛薄膜を用いた薄膜トランジスタの移動度も計測した。
なお、薄膜トランジスタ作成時のアニーリング温度は400℃である。
【0049】
図9は交流パルスバイアスを印加させて成膜した酸化亜鉛薄膜において、2θ-ω測定によるX線回折スペクトルを示す図であり、(a)が高周波バイアスを印加しない場合、(b)が1kHzの交流パルスバイアスを印加した場合、(c)が10kHzの交流パルスバイアスを印加した場合、(d)が30kHzの交流パルスバイアスを印加した場合を示す。
図10は交流パルスバイアスの周波数(Hz)と図9のX線回折スペクトルからシェラーの式を用い導出した結晶子サイズ(nm)の関係を示した図である。
図11は薄膜トランジスタにおけるゲート電圧(V)とドレイン電流(A)の関係(伝達特性)を示した図であり、(a)が交流パルスバイアスを印加した場合の薄膜トランジスタ、(b)がバイアスを印加していない場合の薄膜トランジスタを示す。
【0050】
実施例2では、交流パルスバイアスを印加した場合、少なくとも周波数30kHzまでは結晶子サイズがバイアスを印加しない場合に比して大きくなることがわかった(図10参照)。
【0051】
また、図11で示すように、周波数10kHzの交流パルスバイアスを印加した薄膜トランジスタは、バイアスを印加しない薄膜トランジスタに比して、スイッチング特性が良好で、ON電流が大きいことが分かる。また、伝達特性より移動度を計算した結果、交流パルスバイアスを印加した薄膜トランジスタの電子移動度は5.41cm/V・sec、バイアスを印加しない薄膜トランジスタの電子移動度は3.06cm/V・secとなった。
このように、交流パルスバイアスを印加した酸化亜鉛薄膜を用いることにより、電子移動度が大きく、性能のよい薄膜トランジスタを作成することができるといえる。
【0052】
なお、図8(実施例1)では、周波数を20kHzに増加させると結晶子サイズは急激に減少した。その理由は、周波数を高くしすぎると、基板の電位が負方向に増大する時間が長くなり、高周波バイアスを印加した場合と近い環境となったからだと考えられる。一方、図10(実施例2)では、結晶子サイズが20kHzを超えても小さくならない。図8(実施例1)と図10(実施例2)での成膜条件を比較した場合、図10の方がスパッタガス中の酸素のガス流量比が大きく、成膜圧力も異なる。このことより、基板に印加するパルスバイアスの条件(周波数等)には、成膜圧力・スパッタリングガスの流量比等に応じた最適値があるといえる。
また、周波数の最適値は他の成膜条件により異なるため、本発明のパルスバイアスの周波数が本実施例に限定されるわけではない。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、薄膜トランジスタ、発光デバイス、透明導電膜、ダイオード、光電変換素子等の半導体素子に好適に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】パルスを説明するための図である。
【図2】本発明に係る成膜装置の実施形態を示す概略構成図である。
【図3】本発明に係る半導体素子の一例である薄膜トランジスタを示す図である。
【図4】実施例に用いたマグネトロンスパッタ装置を示す図である。
【図5】基板に高周波バイアスを印加して成膜した酸化亜鉛薄膜における、2θ-ω測定によるX線回折スペクトルを示す図である。
【図6】基板に高周波バイアスを印加した場合の、基板電位と図5のX線回折スペクトルからシェラーの式を用い導出した結晶子サイズの高周波バイアス電力依存性を示す図である。
【図7】交流パルスバイアスを印加させて成膜した酸化亜鉛薄膜における、2θ-ω測定によるX線回折スペクトルを示す図である。
【図8】交流パルスバイアスの周波数・パルス負期間における基板電位・図7のX線回折スペクトルからシェラーの式を用い導出した結晶子サイズの関係を示した図である。
【図9】交流パルスバイアスを印加させて成膜した酸化亜鉛薄膜において、2θ-ω測定によるX線回折スペクトルを示す図である。
【図10】交流パルスバイアスの周波数と図9のX線回折スペクトルからシェラーの式を用い導出した結晶子サイズの関係を示した図である。
【図11】薄膜トランジスタにおけるゲート電圧とドレイン電流の関係(伝達特性)を示した図である。
【符号の説明】
【0055】
1 真空処理室
6 基板
9 直流パルス電源
20 半導体素子(薄膜トランジスタ)
22 酸化亜鉛薄膜
M1 成膜装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素と不活性ガスからなるスパッタリングガスを含む雰囲気下で酸化亜鉛ターゲットを用いてスパッタリングすることにより、酸化亜鉛薄膜を基板上に成膜する成膜方法であって、
前記基板にパルスバイアスを印加しつつ成膜することを特徴とする酸化亜鉛薄膜の成膜方法。
【請求項2】
前記パルスバイアスが交流パルスバイアスであることを特徴とする請求項1記載の酸化亜鉛薄膜の成膜方法。
【請求項3】
前記交流パルスバイアスにおいて、正のピークから負のピークに移行する間の一定期間及び負のピークから正のピークに移行する間の一定期間が、負のピーク値と正のピーク値の間の電位であることを特徴とする請求項2記載の酸化亜鉛薄膜の成膜方法。
【請求項4】
前記パルスバイアスが負の直流パルスバイアスであることを特徴とする請求項1記載の酸化亜鉛薄膜の成膜方法。
【請求項5】
請求項1乃至4いずれか記載の成膜方法により成膜された酸化亜鉛薄膜。
【請求項6】
請求項5に記載の酸化亜鉛薄膜を用いた半導体素子。
【請求項7】
スパッタリングガスとして酸素と不活性ガスからなるガスを用いたスパッタリング法により、真空処理室内の基板上に酸化亜鉛薄膜を成膜するための成膜装置であって、
前記基板側に交流パルスバイアス又は負の直流パルスバイアスを印加するためのパルス電源を有することを特徴とする成膜装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−109192(P2010−109192A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−280429(P2008−280429)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(509093026)公立大学法人高知工科大学 (95)
【Fターム(参考)】