説明

酸化物焼結体、スパッタリングターゲットおよび透明導電性薄膜

【課題】 極めて平滑で、抵抗が低く、非晶質である透明導電性薄膜と、該透明導電性薄膜を安定的に成膜可能な酸化物焼結体、およびこれを用いたスパッタリングターゲットを提供する。
【解決手段】 インジウム、タングステン、亜鉛、シリコンおよび酸素からなり、タングステンがW/In原子数比で0.004〜0.034、亜鉛がZn/In原子数比で0.005〜0.032、シリコンがSi/In原子数比で0.007〜0.052の割合で含有し、かつ、ビックスバイト型構造の酸化インジウム結晶相を主相とする酸化物焼結体とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機物を利用する有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子、トランジスタ、太陽電池、レーザなどの有機デバイスにおいて、電極として形成される透明導電性薄膜、および該透明導電性薄膜製造用の酸化物焼結体、該酸化物焼結体を用いたスパッタリングターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
透明導電性薄膜は、高い導電性(例えば、1×10-3Ωcm以下の比抵抗)と可視光領域での高い透過率とを有することから、太陽電池や表示素子、その他の各種受光素子の電極などに利用されるほか、自動車や建築用の熱線反射膜、帯電防止膜、冷凍ショーケースなどの各種の防曇用の透明発熱体としても利用されている。
【0003】
透明導電性薄膜が使用される表示素子としては、近年、液晶ディスプレイ(LCD)、プラズマディスプレイ(PDP)などのフラットパネルディスプレイが広く普及しているが、次世代のフラットパネルディスプレイとして、エレクトロルミネッセンス(EL)素子が注目を浴びている。
【0004】
透明導電性薄膜が使用されるEL素子は、自己発光のため視認性が高く、完全固体素子であるため耐衝撃性に優れている。EL素子には、発光材料として無機化合物を用いる無機EL素子と、発光材料として有機化合物を用いる有機EL素子とがある。
【0005】
このうち、有機EL素子には、駆動電圧を大幅に低くして小型化することが容易であるという特徴がある。有機EL素子の構成には、透明絶縁性基板/陽極(透明電極)/正孔輸送層/発光層/電子輸送層/陰極(金属電極)の積層構造を基本とし、ガラス板などの透明絶縁性基板上に透明導電性薄膜を形成して、該透明導電性薄膜を陽極とする構成のボトムエミッション型が、通常、採用されている。
【0006】
透明絶縁性基板として、TFT(thin-film transistor)基板を使用する場合、取出し光量を多くするために、前述のボトムエミッション型に代えて、透明絶縁性基板/陽極(金属電極)/正孔輸送層/発光層/電子輸送層/陰極(透明電極)の積層構造を有するトップエミッション型も提案されている。
【0007】
透明導電性薄膜が使用される素子には、前記有機EL素子のほかに、有機物を利用する有機デバイスとして、発光素子、トランジスタ、太陽電池やレーザなどの有機デバイスも、近年、注目を浴びている。
【0008】
これらの有機デバイスに使用される透明導電性薄膜には、アンチモンやフッ素をドーパントとして含む酸化スズ(SnO2)や、アルミニウムやガリウムをドーパントとして含む酸化亜鉛(ZnO)や、スズをドーパントとして含む酸化インジウム(In23)などが、広範に利用されている。このうち、スズをドーパントとして含む酸化インジウム膜(In23−Sn系膜)は、ITO(Indium Tin Oxide)膜と称され、特に低抵抗の透明導電性薄膜が容易に得られることから、広く用いられている。
【0009】
これらの透明導電性薄膜を製造する方法としては、スパッタリング法が良く用いられている。スパッタリング法は、蒸気圧の低い材料の成膜や、精密な膜厚制御を必要とする際に、有効な手法であり、操作が非常に簡便であるため、工業的に広範に利用されている。
【0010】
透明導電性薄膜を製造するために使用されるスパッタリング法には、膜成分の原料としてスパッタリングターゲットが用いられ、一般に、約10Pa以下のガス圧のもとで、基板を陽極とし、スパッタリングターゲットを陰極として、これらの間にグロー放電を起こして、アルゴンプラズマを発生させ、プラズマ中のアルゴン陽イオンを陰極のスパッタリングターゲットに衝突させ、これによって弾き飛ばされるターゲット成分の粒子を基板上に堆積させて、膜を形成する。
【0011】
また、スパッタリング法には、アルゴンプラズマの発生方法で分類され、高周波プラズマを用いる高周波スパッタリング法、直流プラズマを用いる直流スパッタリング法がある。また、スパッタリングターゲットの裏側にマグネットを配置して、プラズマをスパッタリングターゲットの直上に集中させ、低ガス圧でもアルゴンイオンの発生効率を上げて成膜するマグネトロンスパッタ法もある。一般に、直流スパッタリング法は、導電性ターゲットを用いる必要があるが、高周波スパッタリング法に比べて成膜速度が速く、電源設備が安価で、成膜操作が簡単などの理由で、工業的に広く利用されている。
【0012】
しかし、透明導電性薄膜として用いるITO膜は、低抵抗であるものの結晶化温度が150℃前後と低く、基板を加熱しなくても透明導電性薄膜の表面には凹凸が生じる。そのため、ボトムエミッション型の有機EL素子において、正孔輸送層側である陽極にITO膜を用いた場合、表面の凹凸により超薄膜の有機物層に過電流が流れて、有機EL素子に黒点(ダークスポット)が発生し、不具合の一因となっている。正孔輸送層側である陽極としてITO膜を用いる時には、透明絶縁性基板に陽極となるITO膜を成膜後、研磨等により表面の凹凸をなくし、表面を平滑にしてから、正孔輸送層を積層させる。また、トップエミッション型の有機EL素子において、電子輸送層側である陰極にITO膜を用いた場合、結晶粒界を通し拡散した水分および酸素などが下地側の有機物層にダメージを与えるので、素子寿命が短くなるが、該陰極が非晶質の膜であれば、水分および酸素などが拡散し難くなる。従って、成膜後に表面が平滑であり、非晶質で水分および酸素などの拡散の少ない透明電極性薄膜が、電極として望まれることになる。
【0013】
また、有機層へ透明導電性薄膜を形成する際には、有機層の耐熱性が悪いため、加熱した成膜は不可能である。このため、低温成膜で低抵抗の薄膜が望まれる。ITOの場合、低抵抗の膜を得るためには、結晶化温度以上の温度において結晶化を促進し、移動度を上げなければならない。室温で成膜した場合、その比抵抗は6×10-4Ωcm程度である。
【0014】
透明導電性薄膜を成膜する過程においては、ボトムエミッション型の有機EL素子であるか、トップエミッション型の有機EL素子であるかに関わらず、スパッタリングターゲットに黒化物(ノジュール)が発生すると、薄膜中に粗大粒子が存在するようになる。ボトムエミッション型の場合は、粗大粒子の部分に有機層が蒸着できず、ダークスポットになる。トップエミッション型の場合は、有機層中へ粗大粒子が入り込み、粗大粒子の部分は機能を果たさなくなる。従って、いずれにおいても素子としての機能が低下することになる。
【0015】
このため、ITO膜をスパッタリング法で製造する際においては、ノジュールの発生が少ないスパッタリングターゲットが望まれる。ITO膜の製造におけるノジュール発生に対する抑制に関しては、スパッタリングターゲットの焼結密度を高めること、焼結体中の空孔制御、焼結体の強度を高めることなどが知られている。これらの対策を講じると、確かにスパッタリングターゲットでのノジュールの発生は減少するが、完全には抑制できず、その結果、成膜された導電性薄膜に欠陥を生じ、製品歩留まりを悪くしている。また、スパッタリングターゲットの焼結密度を高めても、スパッタ中に焼結割れが発生すると、その部分におけるノジュール発生確率が高くなるので、焼結体の強度は高いほうが好ましい。
【0016】
以上のように、ボトムエミッション型であるか、トップエミッション型であるかに関わらず、有機EL素子の透明導電性薄膜としてITO膜を製造する際に用いられる材料には、表面平滑性、非晶質であること、低い抵抗などが、要求される。また、スパッタリングターゲットについては、ノジュールの発生抑制が求められる。これらの要求は、有機EL素子のほか、有機物を利用するデバイスとして、発光素子、トランジスタ、太陽電池およびレーザなどの有機デバイスに関しても、同様である。
【0017】
酸化インジウム系透明導電性薄膜に関しては、スズ以外の添加物を含む酸化インジウム系透明導電性薄膜が検討されており、ITO膜にはない特徴を有する材料がいくつか見出されている。
【0018】
酸化インジウム系透明導電性薄膜の製造原料として、特開昭61−136954号公報に、酸化ケイ素(SiO2)および/または酸化ゲルマニウム(GeO2)を含有している酸化インジウム系焼結体が記載されており、また、特開昭62−202415号公報に、かかる酸化ケイ素および/または酸化ゲルマニウムを含有している酸化インジウム系焼結体を用い、高周波スパッタリング法と電子ビーム蒸着法で、Si添加酸化インジウム膜などを成膜する方法が記載されている。
【0019】
この方法によれば、膜欠陥が解消されたSi添加酸化インジウム膜などが得られるものの、前記酸化インジウム系焼結体から得られるスパッタリングターゲットを用いても、焼結体中に酸化ケイ素および/または酸化ゲルマニウムを含有していることから、導電性物質の母体中に高抵抗物質が含まれたスパッタリングターゲットを用いて直流スパッタリングを行う場合に該当し、アーキングなどが発生して、安定して成膜することができないという問題がある。
【0020】
また、直流電力を多く投入すれば、高抵抗物質の帯電が起きやすく、成膜中のアーキング発生頻度が増すため、高電力を投入することにより高成膜速度を得ることは難しいという問題もある。
【0021】
さらに、得られる透明導電性薄膜の結晶構造が明記されていないことから、この方法により、純アルゴンガス中で高周波スパッタリングにより成膜しても、表面が平滑な膜を得ることはできないものと考えられる。
【0022】
これに対して、特許第3224396号公報には、有機EL素子に使用する透明導電性薄膜として、Zn添加In23膜が記載されている。Zn添加In23膜は、非晶質構造をとりやすく、成膜時の基板温度が室温の場合だけでなく、例えば、200℃に加熱しても結晶化しない。従って、表面平滑性に優れた透明導電性薄膜を、安定して作製しやすいという利点も持っている。
【0023】
しかし、これには、短波長域における透過率、具体的には400nmにおける透過率がITOよりも低いという問題がある。
【0024】
【特許文献1】特開昭61−136954号公報
【0025】
【特許文献2】特開昭62−202415号公報
【0026】
【特許文献3】特許第3224396号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
本発明の目的は、極めて平滑で、抵抗が低く、非晶質である透明導電性薄膜と、該透明導電性薄膜を安定的に成膜可能な酸化物焼結体、およびこれを用いたスパッタリングターゲットを提供し、さらには、該スパッタリングターゲットからスパッタリングにより得られた透明導電性薄膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明の酸化物焼結体は、インジウム、タングステン、亜鉛、シリコンおよび酸素からなり、タングステンがW/In原子数比で0.004〜0.034、亜鉛がZn/In原子数比で0.005〜0.032、シリコンがSi/In原子数比で0.007〜0.052の割合で含有され、かつ、ビックスバイト型構造の酸化インジウム結晶相を主相とする。
【0029】
さらに、焼結密度が6.5g/cm3以上であることが望ましく、平均結晶粒径が5μm以下であることが望ましい。
【0030】
本発明のスパッタリングターゲットは、前記のいずれかの酸化物焼結体を平板状に加工し、冷却用金属板に貼り合わせて得る。
【0031】
本発明の非晶質の透明導電性薄膜は、インジウム、タングステン、亜鉛およびシリコンからなり、タングステンがW/In原子数比で0.004〜0.034、亜鉛がZn/In原子数比で0.005〜0.032、シリコンがSi/In原子数比で0.007〜0.052の割合で含み、残部が実質的にインジウムおよび酸素からなる。
【0032】
また、比抵抗が5×10-4Ωcm以下であることが望ましく、表面の平均粗さ(Ra)が、膜厚の1%未満であることが望ましい。
【0033】
さらに、400nmにおける透過率が65%を超えることが望ましい。
【0034】
さらに、3nm〜5nmの金属薄膜が積層されていることが望ましい。
【0035】
本発明の有機EL素子は、前記のいずれかの透明導電性薄膜を用いる。
【0036】
本発明の有機デバイスは、前記のいずれかの透明導電性薄膜を用いる。
【発明の効果】
【0037】
本発明の酸化物焼結体を用いたスパッタリングターゲットから、スパッタリング法により、極めて平滑で、抵抗が低く、非晶質である透明導電性薄膜を安定して得ることができる。さらに、該透明導電性薄膜を有機EL素子などの発光素子、トランジスタ、太陽電池およびレーザなどの有機デバイスの電極に使用することで、ダークスポット等の欠陥が抑制された有機デバイスを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
本発明者等は、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、スパッタリング法によって種々の組成の透明導電性薄膜を形成し、得られた透明導電性薄膜の結晶構造、電気特性および光学特性を検討したところ、インジウム、タングステン、亜鉛、シリコンおよび酸素からなり、タングステンがW/In原子数比で0.004〜0.034、亜鉛がZn/In原子数比で0.005〜0.032、シリコンがSi/In原子数比で0.007〜0.052の割合で含有されたスパッタリングターゲットを用いると、得られた透明導電性薄膜は、表面平滑性、抵抗および結晶性が、有機EL素子の透明導電性薄膜として好適であること、さらには、スパッタリングの際にノジュールの発生が見られないことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0039】
(酸化物焼結体)
本発明の透明導電性薄膜製造用の酸化物焼結体は、インジウム、タングステン、亜鉛、シリコンおよび酸素からなり、タングステンがW/In原子数比で0.004〜0.034、亜鉛がZn/In原子数比で0.005〜0.032、シリコンがSi/In原子数比で0.007〜0.052の割合で含有される。
【0040】
なお、該酸化物焼結体から作製されるスパッタリングターゲット、および該スパッタリングターゲットを用いて成膜された透明導電性薄膜の組成は、前記酸化物焼結体と実質的に同じである。
【0041】
タングステンは、透明導電性薄膜の結晶化温度を上げる効果、および導電性を付与する効果があり、タングステンの添加により、透明導電性薄膜が非晶質となる。W/In原子数比が0.004未満であると、透明導電性薄膜が結晶化してしまう。一方、0.034を超えると、比抵抗が5×10-4Ωcm以上となってしまう。
【0042】
また、酸化物焼結体においては、タングステンが酸化物焼結体の結晶粒の成長を妨げる効果があり、W/In原子数比が0.004以上であれば、酸化物焼結体の平均結晶粒径が、5μm以下と非常に微細になる。スパッタリング中に焼結割れが発生すると、ノジュールはその部分に発生しやすくなるが、本発明の酸化物焼結体においては、平均結晶粒径が非常に小さいため、酸化物焼結体の曲げ強さが高くなり、かかる酸化物焼結体から作製したノジュール発生の原因となるスパッタ中の焼結割れが、ほとんど生じなくなる。一方、W/In原子数比が0.034を超えると、Wが焼結を阻害するために、焼結密度が6.5g/cm3未満となってしまう。焼結密度が低いとノジュールの発生原因となったり、スパッタリング時の成膜速度が遅くなるので、生産上、好ましくない。
【0043】
亜鉛は、酸化物焼結体において、直流スパッタリングが可能な程度の導電性を付与する目的、および結晶化温度を上げる目的で添加する。酸化物焼結体のZn/In原子数比が0.005未満であると、成膜速度が非常に低くなり、生産性に劣り、また、低抵抗および非晶質の透明導電性薄膜を得ることができない。一方、Zn/In原子数比が0.032を超えると、可視域の短波長側(例えば、波長400nm付近)で、優れた透過特性をもつ透明導電性薄膜が得られない。
【0044】
シリコンは、結晶化温度の向上に寄与する。酸化物焼結体のSi/In原子数比が0.007未満であると、結晶化温度が低く、加熱せずに成膜を行っても、膜表面に凹凸が生じてしまう。Si/In原子数比が0.052を超えると、得られる透明導電性薄膜の抵抗が上昇してしまう。
【0045】
(酸化物焼結体の製造)
本発明の酸化物焼結体を製造するためには、平均粒径が0.1μm〜3μm以下の酸化インジウム粉末、酸化タングステン粉末、酸化シリコンおよび酸化亜鉛粉末を原料として用い、これらを所定の割合で調合し、水とともに樹脂製ポットに入れ、湿式ボールミルで混合する。この際、スラリー内への不純物混入を極力、避けるため、硬質ZrO2ボールミルを用いることが好ましい。混合時間は10時間〜30時間が好ましい。10時間より短いと、原料粉末の粉砕が不十分となり、安定的に高密度のターゲットが得られなくなり、30時間より長いと、過粉砕となり、粒子同士の凝集が強くなり、同様に安定して高密度のターゲットを得られなくなる。混合後、スラリーを取り出し、ろ過、乾燥、造粒する。
【0046】
平均粒径25μm〜100μm程度に造粒した造粒粉を、冷間静水圧(CIP)プレスで196MPa〜490MPa(2ton/cm2〜5ton/cm2)の圧力をかけて成形した。圧力は、196MPa(2ton/cm2)よりも低いと、成形体の密度が高まらず、高密度のターゲットが得られなくなり、490MPa(5ton/cm2)を超えると、成形体密度を高めることはできるが、その圧力を得るための工程および設備等の条件調整が大きくなり、製造コストが上がってしまう。
【0047】
次に、得られた成形体を、炉内容積0.01m3当たり10リットル/分の割合で焼結炉内に酸素を導入する雰囲気で、1200℃〜1500℃で、10時間〜30時間、焼結させる。1200℃よりも低温では、安定的に高密度のターゲットを得られず、1500℃を超えると、結晶粒径が大きくなったり、炉床板との反応が発生してしまう。処理時間が、10時間より短いと、安定的に高密度のターゲットを得られず、30時間を超えると、結晶粒径が大きくなってしまう。
【0048】
前記焼結時には、750℃までを0.5℃/分程度で、750℃から所定の焼結温度までを1℃/分程度で行うことが好ましい。昇温を遅くするのは、炉内の温度分布を均一にするためである。また、焼結終了後には、酸素導入を止め、焼結温度から1300℃までを10℃/分程度で降温し、1300℃で3時間保持した後、放冷した。
【0049】
酸化物焼結体において酸化物が存在する場合、異常放電が起こりやすくなり、直流電力を多く投入すれば、高抵抗物質の帯電が起きやすく、成膜中のアーキング発生頻度が増すため、電力を投入することにより高い成膜速度を得ることは難しい。しかし、酸化物焼結体に酸化物が存在せず、全添加元素がインジウムサイトに固溶している場合、このような現象が発生する可能性は小さくなる。本発明の酸化物焼結体においては、平均粒径が0.1μm〜3μm以下の酸化インジウム、酸化タングステン、酸化シリコンおよび酸化亜鉛を原料粉に用いて、十分に混合粉砕を行うことで、全添加元素をインジウムサイトに置換させることができる。前記原料粉の平均粒径が0.1μm未満であると、固溶しやすくなるが、原料粉の凝集が強くなり、高密度化を達成できない。一方、3μmを超えると、粉砕工程において適度な粉砕が行われず、造粒粉に粗い原料粉が存在する。原料粉が不均一になると、焼結が均一に行われなくなり、高密度を達成できず、粗い酸化物の拡散が進まず、酸化物焼結体中に酸化物が存在するという問題が発生する。
【0050】
得られた酸化物焼結体のスパッタリングする面をカップ砥石などで研磨し、厚さ3mm〜10mm程度に加工し、インジウム系合金などの冷却用金属板(バッキングプレート)に貼り合わせてスパッタリングターゲットとした。
【0051】
(スパッタリング成膜)
本発明の透明導電性薄膜を得るためには、本発明のスパッタリングターゲットを用いて、スパッタリング時のターゲット基板間距離を50mm〜100mmとし、スパッタリングガス圧を0.5Pa〜1.5Paとして、直流マグネトロンスパッタリング法により成膜を行う。
【0052】
ターゲット基板間距離が50mmよりも短くなると、基板に堆積するスパッタ粒子の運動エネルギーが高く、基板へのダメージが大きくなる。このため、膜自体が低級酸化物になり抵抗が高くなってしまう。また、膜厚分布が悪くなる。100mmより長いと、膜厚分布は良くなるが、基板に堆積するスパッタ粒子の運動エネルギーが低くなりすぎて、基板上で拡散による緻密化が起きず、密度の低い透明導電性薄膜しか得られず、好ましくない。
【0053】
スパッタリングガス圧が0.5Paより低いと、基板に堆積するスパッタ粒子の運動エネルギーが高く、基板へのダメージが大きくなる。このため、膜自体が低級酸化物になり抵抗が高くなってしまう。1.5Paより高いと、成膜速度が遅くなるだけでなく、基板に堆積するスパッタ粒子の運動エネルギーが低くなりすぎて、基板上で拡散による緻密化が起きず、密度の低い透明導電性薄膜しか得られず、好ましくない。
【0054】
(透明導電性薄膜)
本発明の透明導電性薄膜は、インジウム、タングステン、亜鉛、シリコンおよび酸素からなり、タングステンがW/In原子数比で0.004〜0.034、亜鉛がZn/In原子数比で0.005〜0.032、シリコンがSi/In原子数比で0.007〜0.052の割合で含有される。該透明導電性薄膜は、5×10-4Ωcm以下の低抵抗を示す。
【0055】
本発明の透明導電性薄膜は、加熱せずに成膜したとしても5×10-4Ωcm以下の比抵抗を示す。このため、有機発光層の上に、電極として形成することができ、上面電極である陰極から光を効率的に取り出すことが可能なトップエミッション型有機ELを実現できる。また、低温基板上に、低抵抗で表面平滑性に優れた透明電極を形成することが可能であるため、樹脂フィルム基板を用いたフレキシブル透明有機EL素子の陰極および/または陽極としても利用することができ、工業的価値が極めて高い。
【0056】
また、本発明の透明導電性薄膜は、完全に非晶質で、表面が平滑であり、その表面の平均粗さ(Ra)が膜厚の1%未満である。透明導電性薄膜として使用する場合に、さらに低抵抗であることが望まれる場合がある。この場合には、銀、銀合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金などの金属薄膜を積層すれば、低抵抗化が可能となる。金属薄膜の膜厚は、3nm〜5nmが好ましい。金属薄膜は、膜厚が5nmを超えて厚くなれば、抵抗値は低くなるが、透過率は悪くなる。逆に、3nm未満であると、金属薄膜の連続性が失われ、金属薄膜を積層する効果が発揮できない。
【実施例】
【0057】
酸化物焼結体の製造
(実施例1〜3、比較例1、2)
原料として、平均粒径0.1μm〜3μmのIn23粉(純度99.99質量%)、平均粒径0.1μm〜3μmのWO3粉(純度99.99質量%)、平均粒径0.1μm〜3μmのSiO2粉(純度99.99質量%)、および平均粒径0.1μm〜3μmのZnO粉(純度99.99質量%)を用いた。
【0058】
各粉末を、所定量に配合して、純水、分散剤、バインダとともに樹脂製ポットに入れ、硬質ZrO2ボールミルを用いた湿式ボールミルを用いて、20時間、混合した。混合スラリーを取り出し、濾過、乾燥および造粒を行った。得られた造粒粉に、294MPa(3ton/cm2)の圧力をかけて、冷間静水圧プレスで成形した。
【0059】
次に、得られた成形体を、炉内容積0.01m3当たり10リットル/分の割合で焼結炉内に酸素を導入する雰囲気で、1300℃で30時間、焼結した。この際、750℃までを0.5℃/分で、750℃から1300℃までを1℃/分で、それぞれ昇温した。焼結終了後、酸素導入を止め、1300℃から1200℃までを10℃/分で降温し、1200℃を3時間保持した後、放冷した。以上により、酸化物焼結体が得られた。
【0060】
得られた酸化物焼結体の焼結密度を、アルキメデス法で求めた。結晶粒径の測定試料には、得られた酸化物焼結体を表面研磨後、1300℃にてサーマルエッチングを施し、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して、平均粒径を求めた。
【0061】
インジウムに対するタングステン、シリコンおよび亜鉛の原子数比で求めた酸化物焼結体の組成と、焼結温度と、得られた酸化物焼結体の焼結密度および平均粒径とを、表1に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
焼結密度については、W/In原子数比が0.040である比較例2では、焼結密度が6.5g/cm3未満となり、W量が多くなると焼結性が悪くなることが分かった。平均粒径については、W量の効果が大きく、比較例1のように、W/In原子数比が0.003以下になると、酸化物焼結体の焼結密度の面では問題がないが、平均粒径が5μmよりも大きくなった。
【0064】
実施例1〜3、および比較例1、2で得られた酸化物焼結体における添加元素の分布状態ならびに酸化物の有無を、電子プローグマイクロアナライザ(EPMA)およびX線回折装置(XRD)で調査したところ、タングステン、シリコンおよび亜鉛とも均一に分散しており、これらの酸化物の存在は認められなかった。
【0065】
(比較例3)
次に、原料として、平均粒径0.5μmのIn23粉(純度99.99質量%)、平均粒径6μmのWO3粉(純度99.99質量%)、平均粒径0.5μmのSiO2粉(純度99.99質量%)、平均粒径0.5μmのZnO粉(純度99.99質量%)を用いた以外は、実施例1〜3と同様にして、酸化物焼結体を製造した。
【0066】
電子プローグマイクロアナライザ(EPMA)で、各元素の分布状態を調査したところ、酸化物焼結体の結晶粒径よりも大きい3μmのタングステン酸化物が観察された。このように粗大な酸化物が存在すると、アーキングの原因となり、生産上、好ましくない。シリコンおよび亜鉛は均一に分散していたため、インジウムサイトに固溶していると考えられる。
【0067】
成膜
(実施例4〜8、比較例4〜8)
組成を変えた以外は、実施例1と同様にして、実施例4〜8および比較例4〜8の酸化物焼結体を得て、それぞれの酸化物焼結体のスパッタ面を、カップ砥石で磨き、直径152mm、厚さ5mmに加工し、インジウム系合金を用いてバッキングプレートに貼り合わせて、スパッタリングターゲットとした。
【0068】
図1に概略図を示した直流マグネトロンスパッタ装置の非磁性体ターゲット用カソードに、前記スパッタリングターゲット(2)を取り付け、スパッタリングターゲット(2)の対向面に、厚さ1.1mmの#7059ガラス基板(4)を取り付けた。雰囲気は、Ar+O2とし、全圧0.6Pa、O2/(Ar+O2)×100=2.5%という条件で、ターゲット基板間距離を70mmとし、ガラス基板(4)の上に、膜厚200nmの透明導電性薄膜を形成した。なお、基板加熱は行わなかった。
【0069】
実施例4、5および比較例4について、成膜速度を成膜時間と膜厚から求めた。酸化物焼結体の組成、焼結密度および成膜速度を、表2に示す。なお、膜厚は、ガラス基板(4)上にマジックインキでマークし、マークしたマジックインキとその上に堆積した膜とを、成膜後にアセトンで除去し、生じた段差を接触式表面形状測定器(Dektak3ST)で測定して、得た。
【0070】
【表2】

【0071】
実施例6〜8および比較例5〜8について、得られた透明導電性薄膜の表面平滑性について、原子間力顕微鏡で平均粗さ(Ra)を測定し、比抵抗を4端針法で測定した。また、透明導電性薄膜の組成をEPMAで、それぞれ求め、基板を含めた400nmにおける光透過率を、分光光度計(日立製作所社製、U−4000)で測定した。透明導電性薄膜の組成、比抵抗、平均粗さ(Ra)および400nmにおける透過率を表3に示す。
【0072】
結晶性についても、X線回折装置(XRD)にて調査した。
【0073】
本発明の実施例4から8のいずれの透明導電性薄膜でも、結晶ピークは観察されず、非晶質であった。
【0074】
【表3】

【0075】
酸化物焼結体のZn/In原子数比が0.005以上の実施例4および5では、ITOと同等の50nm/s程度まで成膜速度が高くなった。
【0076】
酸化物焼結体のZn/In原子数比が0.005未満の比較例4では、成膜速度がITOの半分程度と、非常に小さい値となり、生産上好ましくない。
【0077】
比較例5のように、透明導電性薄膜のW/In原子数比が0.034を超えると、透明導電性薄膜の比抵抗が急激に高くなり、電極としては不適であった。
【0078】
一方、比較例6のように、透明導電性薄膜のSi/In原子数比が0.007未満であると、スパッタ中に透明導電性薄膜が結晶化するために、表面に凹凸が発生し、膜厚の200nmに対して1%である2nm以上の4nmという高い平均粗さ(Ra)を示した。
【0079】
比較のために、ITO膜も、同様に測定したが、平均粗さ(Ra)は2.2nmと、膜厚の200nmに対して1%である2nm以上の平均粗さ(Ra)を示した。
【0080】
比較例7のように、透明導電性薄膜のZn/In原子数比が0.032を超えると、400nmにおける透過率が60%以下となってしまった。
【0081】
比較例8のように、Si/In原子数比が0.052を超えると、比抵抗は5×10-4Ωcmよりも高くなってしまう。
【0082】
(実施例9、比較例9)
低抵抗化を目的として、Ag膜との積層を試みた。実施例6と同組成で、同様に作製した膜厚75nmの第1の透明導電性薄膜の上に、Ag層を5nm成膜し、さらに、第1の透明導電性薄膜と同じように第2の透明導電性薄膜を膜厚75nm、積層した。得られた積層膜の比抵抗を測定したところ、5×10-5Ωcmを示し、比抵抗が1桁下がった。
【0083】
同様に実施例6と同組成で、同様に作製した膜厚75nmの第1の透明導電性薄膜の上に、Ag層を7nm成膜し、さらに、第1の透明導電性薄膜と同じように第2の透明導電性薄膜を膜厚75nm、積層した。得られた積層膜の抵抗値は下がるが、550nmにおける透過率が87%であり、90%以下であった。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】本発明の実施例で使用する直流マグネトロンスパッタリング装置の概略図である。
【符号の説明】
【0085】
1 真空チャンバ
2 ターゲット
3 直流電源
4 ガラス基板
5 供給管
6 マグネット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インジウム、タングステン、亜鉛、シリコンおよび酸素からなり、タングステンがW/In原子数比で0.004〜0.034、亜鉛がZn/In原子数比で0.005〜0.032、シリコンがSi/In原子数比で0.007〜0.052の割合で含有され、かつ、ビックスバイト型構造の酸化インジウム結晶相を主相とすることを特徴とする酸化物焼結体。
【請求項2】
焼結密度が6.5g/cm3以上である請求項1に記載の酸化物焼結体。
【請求項3】
平均結晶粒径が5μm以下である請求項1または2に記載の酸化物焼結体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の酸化物焼結体を平板状に加工し、冷却用金属板に貼り合わせたことを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項5】
インジウム、タングステン、亜鉛およびシリコンからなり、タングステンがW/In原子数比で0.004〜0.034、亜鉛がZn/In原子数比で0.005〜0.032、シリコンがSi/In原子数比で0.007〜0.052の割合で含み、残部が実質的にインジウムおよび酸素からなる非晶質の透明導電性薄膜。
【請求項6】
比抵抗が5×10-4Ωcm以下である請求項5に記載の透明導電性薄膜。
【請求項7】
表面の平均粗さ(Ra)が、膜厚の1%未満である請求項5または6に記載の透明導電性薄膜。
【請求項8】
400nmにおける透過率が65%を超えることを特徴とする請求項5〜7のいずれかに記載の透明導電性薄膜。
【請求項9】
請求項5〜8のいずれかに記載の透明導電性薄膜に3nm〜5nmの金属薄膜が積層されている透明導電性薄膜。
【請求項10】
請求項5〜9のいずれかに記載の透明導電性薄膜を用いた有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項11】
請求項5〜9のいずれかに記載の透明導電性薄膜を用いた有機デバイス。

【図1】
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【公開番号】特開2006−160535(P2006−160535A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−350207(P2004−350207)
【出願日】平成16年12月2日(2004.12.2)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】