説明

量子井戸構造、光閉じ込め型量子井戸構造、半導体レーザ、分布帰還型半導体レーザ、分光計測装置及び量子井戸構造の製造方法

【課題】本発明は、従来より厚みの厚いIn組成の大きな結晶を量子井戸層とした量子井戸構造を実現した、特性の高性能化を図ることができる量子井戸構造、光閉じ込め型量子井戸構造、半導体レーザ、分布帰還型半導体レーザ、分光計測装置及び量子井戸構造の製造方法を提供する。
【解決手段】InP基板13上に有機金属気相成長法で形成され、該InP基板13の格子定数に対して2%以上大きい格子定数を有する量子井戸層10を含む量子井戸構造において、前記量子井戸層10は、成長温度が440℃以上510℃以下、かつ、成長速度が1.5μm/時以上で形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子井戸構造、光閉じ込め型量子井戸構造、半導体レーザ、分布帰還型半導体レーザ、分光計測装置及び量子井戸構造の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、中赤外領域のレーザ光を用いて医療診断、環境計測、食品検査、ガス濃度測定などを行う分光機器が注目されている。レーザ光源としては、小型、低消費電力で単色の光源が望ましく、半導体レーザはその有力な候補である。半導体レーザでは活性層に歪み量子井戸を導入することにより、発振波長の長波長化に加え、レーザ性能が大幅に改善されることがわかり、現在では、半導体結晶成長技術の進歩に伴って歪み量子井戸構造を半導体レーザに利用できるようになってきている。
【0003】
特に、InP基板上に形成されるInGaAsPを用いた半導体レーザは、光ファイバを用いた通信用光源として精力的に研究開発が行われ、成熟した加工技術と優れた性能が実現されている。InP基板上に形成される半導体レーザの対象となる波長域は、前記のように光通信用途のため、主として1.25μmから1.6μmであった。
【0004】
一方、近年になり、InPに対し2%程度の圧縮歪みを有するInGaAs/InGaAs(P)量子井戸構造を活性層に用いることにより、波長2.0μm以上で発振する半導体レーザが実現できることが実験的に明らかになった。これにより、従来では光通信分野にほとんど限定されてきたInP系材料を用いた半導体レーザの応用範囲が広げられることになった。
【0005】
さらに、InGaAs中のGaの量を減少させることにより、圧縮歪み量が大きくなり、Gaを0としたInAsの場合においては、歪み量は3.2%となり、理論的には2μmから3μmの波長帯域のレーザ発光が可能になることがわかってきた。また、InAsにV族原子であるNやSbを加えることによっても、レーザの発振波長が増加することが知られている。
【0006】
【非特許文献1】M.Gendry、V.Drouot、C.SantineIII、and G.Hollinger、「Critical thicknesses of highly strained InGaAs layers grown on InP by molecular beam epltaxy」Appl.Phys.Lett、Vol.60、No.18、4 May 1992、p.2249−2251
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般的に高歪み材料系の結晶成長においては、膜厚の増加に伴う歪み応力の増加により格子緩和が生じ結晶品質を劣化させることが問題となるので、格子緩和が生じない膜厚(臨界膜厚)未満の膜厚で成長する必要があった。また、膜厚の増加に伴う歪みの増加により三次元的な島状成長が誘発されることも問題となっていた。この島状成長は量子井戸構造の結晶品質を著しく悪化させる。InP基板上のInGaAsを量子井戸層とする量子井戸構造では、InPに対して2%を超える圧縮歪みを有する場合、この三次元的な島状成長が顕著になる(上記非特許文献1参照)。
【0008】
さらに、InAsやInAsNのようなInの組成が大きい結晶では、成長中に表面からIn原子が蒸発するために平坦且つ急峻な界面を有する量子井戸構造を形成することが難しい。このように膜厚の増加に伴う島状成長と、In原子の蒸発が顕著になる場合、In組成の大きな結晶(例えば、InAs)の膜厚を大きくすることができず、2μm以上での発光が得られないという問題が生じる。
【0009】
従来のIn組成の大きな結晶を量子井戸層とした量子井戸構造の製造方法では、その成長温度に関して、島状成長やIn原子の蒸発を抑制するための条件が明確でなく、そのため、良質な結晶を得ることが困難であった。
【0010】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであって、In組成の大きな結晶を形成する際に最適な成長温度且つ成長速度をとることにより、島状成長とIn原子の蒸発を抑えることができ、その結果、従来より厚みの厚いIn組成の大きな結晶を量子井戸層とした量子井戸構造を実現した、特性の高性能化を図ることができる量子井戸構造、光閉じ込め型量子井戸構造、半導体レーザ、分布帰還型半導体レーザ、分光計測装置及び量子井戸構造の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するための第1の発明に係る量子井戸構造は、
InP基板上に有機金属気相成長法で形成され、該InP基板の格子定数に対して2%以上大きい格子定数を有する量子井戸層を含む量子井戸構造において、
前記量子井戸層は、成長温度が440℃以上510℃以下、かつ、成長速度が1.5μm/時以上で形成される
ことを特徴とする。
【0012】
上記の課題を解決するための第2の発明に係る量子井戸構造は、第1の発明に係る量子井戸構造において、
前記量子井戸層の厚さは2nmから9nmである
ことを特徴とする。
【0013】
上記の課題を解決するための第3の発明に係る量子井戸構造は、第1の発明又は第2の発明に係る量子井戸構造において、
室温でのバンドギャップ波長は1.9μmから2.8μmである
ことを特徴とする。
【0014】
上記の課題を解決するための第4の発明に係る量子井戸構造は、第1の発明から第3の発明のいずれかひとつに係る量子井戸構造において、
前記量子井戸層の数は1層から7層である
ことを特徴とする。
【0015】
上記の課題を解決するための第5の発明に係る量子井戸構造は、第1の発明から第4の発明のいずれかひとつに係る量子井戸構造において、
前記量子井戸層は、InAs、InGaAs、InAsN、InAsSbのいずれかひとつにより形成されている
ことを特徴とする。
【0016】
上記の課題を解決するための第6の発明に係る光閉じ込め型量子井戸構造は、第1の発明から第5の発明のいずれかひとつに係る量子井戸構造において、
前記量子井戸層の上下に光閉じ込め層を形成し、
該光閉じ込め層の成長温度は前記量子井戸層の成長温度よりも高い
こと特徴とする。
【0017】
上記の課題を解決するための第7の発明に係る半導体レーザは、
第6の発明に係る光閉じ込め型量子井戸構造を用いた半導体レーザにおいて、
発振波長が1.9μmから2.8μmである
ことを特徴とする。
【0018】
上記の課題を解決するための第8の発明に係る分布帰還型半導体レーザは、
第6の発明に係る光閉じ込め型量子井戸構造を用いた半導体レーザにおいて、
前記光閉じ込め層に回折格子が形成されている
ことを特徴とする。
【0019】
上記の課題を解決するための第9の発明に係る分布帰還型半導体レーザは、第8の発明に係る分布帰還型半導体レーザにおいて、
クラッド層と前記量子井戸構造とからなる積層構造がメサストライプ状に加工されており、前記積層構造の両側をRu又はFeをドーピングした半絶縁性半導体結晶で埋め込まれた
ことを特徴とする。
【0020】
上記の課題を解決するための第10の発明に係る分布帰還型半導体レーザは、第8の発明に係る分布帰還型半導体レーザにおいて、
クラッド層と前記量子井戸構造とからなる積層構造がメサストライプ状に加工されており、前記積層構造の両側をp型InP層とn型のInP層とを交互に積層したpn埋め込み層で埋め込まれた
ことを特徴とする。
【0021】
上記の課題を解決するための第11の発明に係る分布帰還型半導体レーザは、第8の発明から第10の発明のいずれかひとつに係る分布帰還型半導体レーザにおいて、
発振波長が1.9μmから2.8μmである
ことを特徴とする。
【0022】
上記の課題を解決するための第12の発明に係る分光計測装置は、
第11の発明に係る分布帰還型半導体レーザを光源として用いる
ことを特徴とする。
【0023】
上記の課題を解決するための第13の発明に係る量子井戸構造の製造方法は、
InP基板上に第一の光閉じ込め層、量子井戸層、第二の光閉じ込め層を有する積層構造を成長する量子井戸構造の製造方法において、
前記第一の光閉じ込め層を結晶成長する工程と、
前記量子井戸層を結晶成長する工程と、
前記第二の光閉じ込め層を結晶成長する工程とを有し、
前記量子井戸層を結晶成長する温度が440℃以上510℃以下、かつ、成長速度が1.5μm/時以上であって、前記第一の光閉じ込め層又は前記第二の光閉じ込め層を結晶成長する温度が前記量子井戸層を結晶成長する温度より高い
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、従来作製が困難であった圧縮歪み量が大きく、かつ、厚みの厚いIn組成の大きな結晶を量子井戸層とした量子井戸構造を容易に作製することができ、当該構造を適用したレーザの高性能化の実現に極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明に係る量子井戸構造、光閉じ込め型量子井戸構造、半導体レーザ、分布帰還型半導体レーザ、分光計測装置及び量子井戸構造の製造方法の実施例について、図1から図9を用いて説明する。図1は実施例1を説明する量子井戸構造を示す概略断面構造図、図2は成長速度とPL発光ピーク強度の関係の一例を示す図、図3は成長温度と量子井戸層歪み量の関係の一例を示す図、図4はInAs量子井戸層膜厚とPL発光ピーク波長の関係の一例を示す図、図5は量子井戸層数とPL発光ピーク強度の関係の一例を示す図、図6は実施例5を説明する光閉じ込め型量子井戸構造を示す概略断面構造図、図7は実施例6を説明するブロードコンタクトレーザの構造を示す概略斜視図、図8は実施例7を説明するリッジ型DFBレーザの構造を示す概略斜視図、図9は実施例8を説明する埋め込み型DFBレーザの構造を示す概略斜視図である。
【実施例1】
【0026】
量子井戸層10としてInPに対し3.2%の圧縮歪みを持つInAsを、障壁層11としてInPに格子整合(歪み量は0)したIn0.53Ga0.47Asを用いた本発明の第1の実施例を、図1を用いて説明する。図1に示したように、本実施例の量子井戸構造12は、InP(100)基板13の面上にInPバッファ層14(膜厚200nm)、InAs量子井戸層10とInGaAs障壁層11からなる量子井戸構造12、InPキャップ層15(膜厚100nm)から構成されており、量子井戸層10の数は2、障壁層11の数は3である。
【0027】
上記InAs量子井戸層10としては5nmのInAs層を用い、InGaAs障壁層11としてはInPに格子整合した膜厚16.5nmのInGaAs層を用いた。結晶成長は50Torrに減圧したMOVPE法によって行った。成長温度は、MOVPE成長炉のサセプタに、熱電対を埋め込んだSiウエハを置いて測定した値である。全ての試料においてInPバッファ層14の成長温度は620℃とし、InAs量子井戸層10、InGaAs障壁層11、InPキャップ層15の成長温度は420℃から620℃まで変化させた。
【0028】
また、III族原料としてはトリメチルインジウム(TMIn)及びトリエチルガリウム(TEGa)を用い、V族原料としてはアルシン(AsH3)及びホスフィン(PH3)を使用した。InAs量子井戸層10の成長速度はInAs量子井戸層10成長時のTMInの流量を変化させることで制御した。具体的には、TMInの流量を2倍にすれば成長速度はおおよそ2倍となる。このような制御により、InAs量子井戸層10の成長速度を0.1μm/時から3.0μm/時まで変化させた。InGaAs障壁層11の成長速度はいずれの試料においても2.0μm/時である。試料の構造的特性の評価にはPhilips社製のエックス線回折装置を用いた。光学的特性の評価には波長532nmのレーザを光源としたフォトルミネセンス(PL:photoluminescence)測定を室温(25℃)で行った。
【0029】
始めに、成長温度を500℃として、5nmのInAs量子井戸層10の成長速度を0.1μm/時から3.0μm/時まで変化させた試料のPL測定を行った。図2にInAs量子井戸層10の成長速度とPL発光ピーク強度の関係を示す。成長速度0.6μm/時では全く発光が得られないが、2.0μm/時程度まで成長速度を増加させることで発光強度が急激に増加している。2.2μm/時以上では発光強度はほぼ一定である。すなわち、成長温度500℃ではInAs量子井戸層10の成長速度を1.5μm/時、望ましくは2.0μm/時以上にすることで光学的特性の優れた量子井戸構造12が得られることが確認された。
【0030】
なお、InAs量子井戸層10の成長速度は10μm/時以下であることが望ましい。これは、成長速度を増加させるために原料ガスの供給を増加させても供給された大量の原料ガスが完全に分解されないため、結局成長に必要な結晶原料(原子)が不足して高品質の結晶が得られないからである。
【0031】
また、従来、InP基板13上にInAs結晶を成長する場合は、InAsの歪が大きくなるため歪により格子緩和が起きない膜厚(臨界膜厚)未満で成長されていた。このため、薄い膜厚のInAs結晶の成長を制御するために、成長速度を低くしてInAs結晶を成長する必要があった。本実施例では、従来技術に比べて成長速度を高くして、InP基板13上での成長原子の拡散長を低減して島状結晶の形成を抑制することにより、歪の大きなInAsの成長できる膜厚の範囲を拡大した点で従来技術とは異なる。
【0032】
次に、InAs量子井戸層10の成長速度及び膜厚をそれぞれ2.8μm/時、5nmで固定し、成長温度のみ異なる試料について、エックス線回折測定を行った。図3に成長温度と作製した試料のInAs量子井戸層10の歪み量の関係を示す。横軸に成長温度、縦軸にX線回折測定結果から導出されるInAs量子井戸層10の歪み量をプロットした。InAs量子井戸層10がInAsで劣化なく形成されているのであれば、3.2%の歪み量を示さなければならない。図3から明らかなように、成長温度440℃から510℃で作製した試料においては、3.2%の歪み量を示している。
【0033】
しかしながら、430℃以下及び520℃以上においては、3.2%以下の歪み量となっている。これはInAsが島状成長やIn原子の蒸発により格子緩和が発生し、良好な量子井戸構造12が得られていないことを明らかにしている。また、プロットしたマーカが○の試料はPL発光が得られた試料で、×の試料はPL発光が得られなかった試料を示している。
【0034】
つまり、成長温度520℃以上では発光が得られていない。これは成長温度が高いためにIn原子の蒸発が活発になり、量子井戸構造12の界面を悪化させたためである。成長温度を440℃から510℃の範囲にすることでInAs層を量子井戸層10とした良好な量子井戸構造12が得られることが確認された。
【0035】
なお、ここでは成長速度が2.8μm/時の場合について説明したが、1.5μm/時以上の成長速度の場合において同様の結果が得られた。また、この場合も前述の通り、成長速度は10μm/時以下であることが望ましい。
【0036】
また、成長温度が440℃未満のときは、原料ガスの熱分解が不十分で成長原子を十分供給できないこと、InP基板13上の成長原子は拡散長が短すぎて結晶における原子位置を占有できないこと等により高品質の結晶を得ることができない。このことは、格子緩和が生じる原因にもなりうる。さらに、成長温度が低いとInAs結晶の下層となるInGaAs結晶を成長した後に分解していないGa原子が成長雰囲気に残留する。このGa原子がInAs結晶の成長の際に取り込まれると、本来InAs結晶が有する歪量(3.2%)が減少する。
【0037】
また、成長温度が510℃より高いときは、結晶表面でのInの再蒸発が活発になり表面が荒れ凹凸が増加する。この凹凸は島状結晶の核となるので島状結晶の形成が活性化する。さらに、InP基板13上での成長原子の拡散長が増加するので、島状結晶の形成に寄与する成長原子が増加し、島状結晶の形成が活性化する。このことが格子緩和を生じさせる。
【0038】
これらのことから、成長温度を440℃から510℃という比較的低い温度にすることによりIn原子の蒸発を抑制して島状結晶の核の形成を抑制するという効果が、成長速度を高くすることによりInP基板13上の成長原子の拡散長を低減して島状結晶の形成に寄与する成長原子を低減するという効果に相乗して、島状結晶の形成の抑制においてさらなる効果を奏し、さらに高品質の結晶を成長できるようになる。
【0039】
また、成長温度を440℃から510℃の範囲にすることによっても、InP基板13上での成長原子の拡散長を低減して島状結晶の形成に寄与する成長原子を低減するという効果が得られる。したがって、成長原子の拡散長を低減するという点で、成長温度を440℃から510℃にするとともに成長速度を高くすることにより相乗効果が得られ、島状結晶の形成の抑制においてさらなる効果を奏し、さらに高品質の結晶を成長できるようになる。
【0040】
以上のことから、InAsを量子井戸層10とした量子井戸構造12を作製する際には成長温度を440℃以上510℃以下に設定し、InAs量子井戸層10の成長速度を1.5μm/時、望ましくは成長温度500℃で成長速度2.2μm/時以上とすることで良好な特性を有する量子井戸構造12が得られることが確認された。
【0041】
本実施例では、量子井戸層10としてInAsを用いたが、InP基板に対して2%以上の圧縮歪を有するInGaAsを用いても同様に良好な量子井戸構造12が得られることが確認された。
【0042】
また、本実施例では、障壁層11としてInPに格子整合したInGaAs層を用いたが、InGaAsP層やInGaAlAs層を用いても同様に良好な量子井戸構造12が得られることが確認された。
【実施例2】
【0043】
実施例1とInAs量子井戸層10の膜厚が異なる実施例2について説明する。InAs量子井戸層10の成長温度及び成長速度は実施例1で示された範囲の条件である。図4にInAs量子井戸層10の膜厚とPL発光ピーク波長の関係を示す。横軸にInAs量子井戸層10の膜厚、縦軸にPL発光ピーク波長をプロットしている。●が測定点を示し、実線は計算結果である。
【0044】
InAs量子井戸層10の膜厚を9nmまで厚くしても発光が得られた。このときのPL発光ピーク波長は2.62μmであった。また、量子井戸層10の膜厚と発光波長の関係は計算結果と良く一致していることから、InAsを量子井戸層10とする良好な量子井戸構造12が得られていることが確認された。
【実施例3】
【0045】
実施例1とInAs量子井戸層10の数の異なる実施例3について説明する。量子井戸層10は5nmのInAsで、障壁層11はInPに対し0.5%の引っ張り歪みを有する16.5nmもしくは20.0nmのIn0.46Ga0.54Asとした。その他の条件は実施例1で示された範囲の条件である。
【0046】
図5にInAs量子井戸層10の数とPL発光ピーク強度の関係を示す。横軸にInAs量子井戸層10の数、縦軸にPL発光ピーク強度をプロットしている。いずれの障壁層11を用いた場合でも、InAs量子井戸層10の数は10層まで発光が確認された。量子井戸層10の数が増えると量子井戸構造12内の歪み応力が蓄積するため、16.5nmのInGaAs障壁層11では量子井戸層10の数を6層以上にすると単一の量子井戸構造12に比べて発光強度が半分以下となる。
【0047】
それに対し、20.0nmの障壁層11を用いた場合では、InAs量子井戸層10の数が8層で半分以下となっている。障壁層11を20.0nmとすることで、7層のInAs量子井戸層10からなる量子井戸構造12が得られることが確認された。
【0048】
本実施例では障壁層11の歪み量を引っ張り歪み0.5%としたが、引っ張り歪み2%もしくはInPに格子整合する場合でも同様の結果が得られることが確認された。
【実施例4】
【0049】
実施例1と量子井戸層10を構成する結晶が異なる実施例4について説明する。量子井戸層10は5nmのInAsNとした。Nの原料としてはジメチルヒドラジン(DMHy)もしくはターシャリーブチルヒドラジン(TBHy)を用いた。InAsNのN組成は3%である。
【0050】
その他は、実施例1で示された範囲の条件である。作製した量子井戸構造12のPL測定を行ったところ、2.8μmにピーク波長を持つ発光が得られ、良好な量子井戸構造12が得られることが確認された。
【0051】
本実施例ではInAsNを量子井戸層10としたが、InAsSbを用いた場合でも同様の結果が得られることが確認された。
【実施例5】
【0052】
図6に実施例5の光閉じ込め(SCH:Separate Confinement Heterostructure)構造を有する量子井戸構造を示す。本実施例では量子井戸構造12の上下にSCH層としてInPに格子整合したバンドギャップ波長が1.3μmのInGaAsP層を用いた。本実施例のSCH構造は、量子井戸構造12よりもSCH層の成長温度が高いことを特徴とする。量子井戸構造12は実施例1から実施例4に示した構造である。
【0053】
本実施例のSCH構造の製造方法を説明する。620℃でInPバッファ層14を成長後、620℃で所定の膜厚の下部InGaAsP光閉じ込め層16を成長する。その後、InGaAs障壁層11(図1参照)を10nm成長し、AsH3雰囲気でInAs量子井戸層10(図1参照)の成長温度(例えば500℃)まで成長温度を下げる。
【0054】
InAs量子井戸層10成長後、InGaAs障壁層11を10nm成長し、成長温度を620℃まで上げる。その後、上部InGaAsP光閉じ込め層16を成長する。その後、InPキャップ層15を成長する。このようなSCH構造においても実施例1から実施例3で示したものと同等な特性が得られることが確認された。
【0055】
本実施例では、InGaAsP光閉じ込め層16を成長後、InGaAsを10nm成長した後に、AsH3雰囲気中で温度をInAs量子井戸層10(図1参照)の成長温度まで下げたが、InGaAs障壁層11を成長しながら成長温度を下げる、もしくは、InGaAs障壁層11を成長後、AsH3雰囲気で成長温度を下げてInAs量子井戸層10を成長するシーケンスでも同様の特性を有する量子井戸構造12が得られることが確認された。
【0056】
本実施例では、SCH層としてバンドギャップ波長1.3μmのInGaAsP光閉じ込め層16を用いたが、InPに格子整合したその他のバンドギャップ波長のInGaAsP層もしくはInGaAsでも同様な特性が得られた。また、上下のSCH層の組み合わせにこれらのどの層を用いても、同様の特性が得られることが確認された。さらに、多層のSCH層や、GRIN(Graded−index)SCH層を用いても同様の特性が得られることが確認された。
【実施例6】
【0057】
実施例6として実施例5で示したSCH構造を用いて作製したブロードコンタクトレーザについて図7を用いて説明する。InP基板13(図1参照)上にSiを1×1018cm3の濃度にドーピングしたn型InPクラッド層17を成長し、実施例5で示したSCH構造を作製する。その後、Znを1×1018cm3の濃度でドーピングしたp型InPクラッド層18、p型InGaAsPコンタクト層19を順次形成する。
【0058】
本実施例で用いた量子井戸構造12は、3層のInAs量子井戸層10(図1参照)と、20.0nmのInPに格子整合したInGaAs障壁層11(図1参照)、100nmのバンドギャップ波長1.3μmのInGaAsP光閉じ込め層16からなる。コンタクト層19の成長後、SiO2をマスク20として、40μm幅のストライプ構造を形成し、p型電極21を蒸着する。その後、InP基板13を研磨して、裏面にn型電極22を蒸着する。最後に共振器長900μmの長さに劈開し、レーザ構造が作製される。
【0059】
本実施例のレーザは量子井戸層10(図1参照)の膜厚を変えることで、室温連続動作において波長1.9μmから2.6μmでのマルチモード発振が得られ、いずれもしきい値電流密度は1.5kA/cm2程度であり、30mW程度の光出力が得られた。
また、本実施例では量子井戸層10としてInAsを用いたが、量子井戸層10にInAsNもしくはInAsSbを用いることで、2.8μmまでの発振が得られ、その他の特性も同様の結果が得られることが確認された。
【実施例7】
【0060】
実施例7として実施例5で示したSCH構造用いて作製したリッジ型分布帰還型レーザについて図8を用いて説明する。実施例5と同様にSCH構造を作製した後、上部InGaAsP光閉じ込め層16に回折格子を電子ビーム露光及びウェットエッチングを用いて形成し、分布帰還型(DFB:Distributed Feedback)構造を作製する。
【0061】
その後、p型InPクラッド層18、InGaAsPコンタクト層19を再成長する。コンタクト層19成長後、SiO2をマスク20としてドライエッチング及びウエットエッチングを併用して1.5μm幅のストライプ構造を作製する。その後、ストライプ脇にSiO220を形成し、p型電極21を蒸着する。n型電極22形成後、共振器長900μmに劈開し、リッジ型DFBレーザ構造が作製される。
【0062】
本実施例のレーザは、室温連続動作において波長1.9μmから2.8μmでの単一モード発振が得られ、しきい値電流は30mA程度であり、5mW程度の光出力が得られた。また、いずれのレーザにおいても注入電流と動作温度の制御により、4nmの波長変化が可能であった。
【実施例8】
【0063】
実施例8として実施例5で示したSCH構造用いて作製した埋め込み型DFBレーザについて図9を用いて説明する。実施例7と同様にDFB構造を作製後、p型InPクラッド層18を再成長する。その後、SiO2をマスク20(図7参照)としてドライエッチング及びウェットエッチングを用いて1.4μm幅のストライプ構造を作製する。
【0064】
その後、ルテニウム(Ru)をドーピングした半絶縁性InPによりストライプ脇を埋め込む。その後、p型InPクラッド層18を積み増し成長し、さらにInGaAsPコンタクト層19を形成する。p型、n型電極を形成し、共振器長900μmに劈開し、埋め込み型DFBレーザが作製される。本実施例のレーザは実施例7と同等の特性が得られた。
【0065】
本実施例では、ストライプ脇の埋め込み層23としてRuをドーピングした半絶縁性InP層を用いたが、Feをドーピングした半絶縁性InP層、もしくはn型、P型InP層を交互に積層したpn埋め込み層を用いた場合も同様の特性が得られることが確認された。
【実施例9】
【0066】
実施例9として実施例7,8で示したDFBレーザを用いた気体分子の分光計測装置について説明する。この分光計測装置は、気体分子の吸収線(例えば、CO2:2.05μm、N2O:2.13μm、CO:2.33μm)と同一の発振波長の実施例7、実施例8記載のDFBレーザを用いることで、従来の通信波長帯のレーザを用いた場合に比べ、2桁以上の感度で計測できた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、例えば、圧縮歪みの大きい量子井戸層を有する良質な量子井戸構造、光閉じ込め型量子井戸構造、半導体レーザ、分布帰還型半導体レーザ、分光計測装置及び量子井戸構造の製造方法に適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】実施例1を説明する量子井戸構造を示す概略断面構造図である。
【図2】成長速度とPL発光ピーク強度の関係の一例を示す図である。
【図3】成長温度と量子井戸層歪み量の関係の一例を示す図である。
【図4】InAs量子井戸層膜厚とPL発光ピーク波長の関係の一例を示す図である。
【図5】量子井戸層数とPL発光ピーク強度の関係の一例を示す図である。
【図6】実施例5を説明する光閉じ込め型量子井戸構造を示す概略断面構造図である。
【図7】実施例6を説明するブロードコンタクトレーザの構造を示す概略斜視図である。
【図8】実施例7を説明するリッジ型DFBレーザの構造を示す概略斜視図である。
【図9】実施例8を説明する埋め込み型DFBレーザの構造を示す概略斜視図である。
【符号の説明】
【0069】
10 InAs量子井戸層
11 InGaAs障壁層
12 量子井戸構造
13 InP基板
14 InPバッファ層
15 InPキャップ層
16 InGaAsP光閉じ込め層
17 n型InPクラッド層
18 p型InPクラッド層
19 p型InGaAsPコンタクト層
20 SiO2マスク
21 p型電極
22 n型電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
InP基板上に有機金属気相成長法で形成され、該InP基板の格子定数に対して2%以上大きい格子定数を有する量子井戸層を含む量子井戸構造において、
前記量子井戸層は、成長温度が440℃以上510℃以下、かつ、成長速度が1.5μm/時以上で形成される
ことを特徴とする量子井戸構造。
【請求項2】
請求項1に記載の量子井戸構造において、
前記量子井戸層の厚さは2nmから9nmである
ことを特徴とする量子井戸構造。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の量子井戸構造において、
室温でのバンドギャップ波長は1.9μmから2.8μmである
ことを特徴とする量子井戸構造。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の量子井戸構造において、
前記量子井戸層の数は1層から7層である
ことを特徴とする量子井戸構造。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の量子井戸構造において、
前記量子井戸層は、InAs、InGaAs、InAsN、InAsSbのいずれかひとつにより形成されている
ことを特徴とする量子井戸構造。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の量子井戸構造において、
前記量子井戸層の上下に光閉じ込め層を形成し、
該光閉じ込め層の成長温度は前記量子井戸層の成長温度よりも高い
こと特徴とする光閉じ込め型量子井戸構造。
【請求項7】
請求項6に記載の光閉じ込め型量子井戸構造を用いた半導体レーザであって、
発振波長が1.9μmから2.8μmである
ことを特徴とする半導体レーザ。
【請求項8】
請求項6に記載の光閉じ込め型量子井戸構造を用いた分布帰還型半導体レーザであって、
前記光閉じ込め層に回折格子が形成されている
ことを特徴とする分布帰還型半導体レーザ。
【請求項9】
請求項8に記載の分布帰還型半導体レーザにおいて、
クラッド層と前記量子井戸構造とからなる積層構造がメサストライプ状に加工されており、前記積層構造の両側をRu又はFeをドーピングした半絶縁性半導体結晶で埋め込まれた
ことを特徴とする分布帰還型半導体レーザ。
【請求項10】
請求項8に記載の分布帰還型半導体レーザにおいて、
クラッド層と前記量子井戸構造とからなる積層構造がメサストライプ状に加工されており、前記積層構造の両側をp型InP層とn型のInP層とを交互に積層したpn埋め込み層で埋め込まれた
ことを特徴とする分布帰還型半導体レーザ。
【請求項11】
請求項8から請求項10のいずれか一項に記載の分布帰還型半導体レーザにおいて、
発振波長が1.9μmから2.8μmである
ことを特徴とする分布帰還型半導体レーザ。
【請求項12】
請求項11に記載の分布帰還型半導体レーザを光源として用いる
ことを特徴とする分光計測機器。
【請求項13】
InP基板上に第一の光閉じ込め層、量子井戸層、第二の光閉じ込め層を有する積層構造を成長する量子井戸構造の製造方法において、
前記第一の光閉じ込め層を結晶成長する工程と、
前記量子井戸層を結晶成長する工程と、
前記第二の光閉じ込め層を結晶成長する工程とを有し、
前記量子井戸層を結晶成長する温度が440℃以上510℃以下、かつ、成長速度が1.5μm/時以上であって、前記第一の光閉じ込め層又は前記第二の光閉じ込め層を結晶成長する温度が前記量子井戸層を結晶成長する温度より高い
ことを特徴とする量子井戸構造の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2009−59843(P2009−59843A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−225104(P2007−225104)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】