説明

金属酸化物含有基板とその製造法

金属酸化物含有基板であって、FeとCrとを含み、かつNi、Mo、Mn、AlおよびSiよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含む合金と、前記合金を構成する金属元素の酸化物とを含み、CuKα線を用いて観測される前記基板の粉末X線回折パターンが、前記酸化物に帰属されるピークを少なくとも1つ有する、金属酸化物含有基板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として薄膜を担持させる基板に関し、詳しくは、合金からなり、高温酸化雰囲気に対する耐性に優れた金属酸化物含有基板に関する。
【背景技術】
【0002】
薄膜を担持させる基板としては、従来より、単結晶シリコン、多結晶シリコン、アモルファスシリコン等のシリコン基板が多用されている。しかし、近年では、シリコン基板は、ガラス基板、プラスティック基板、金属基板等に移行する傾向がある。
【0003】
一般に、薄膜の形成は、かなりの高温下で行われる。しかし、高温に耐え得るガラス基板は、一般に高価である。一方、安価なガラス基板は、耐熱性に欠け、薄膜形成時の高温に耐えることができない。さらに、ガラス基板は、衝撃に弱く、脆く、可撓性もない。また、プラスティック基板は、可撓性に優れるものの、耐熱性が低く、上記のような高温に耐えることができない。そこで、安価であり、可撓性を有し、比較的高い耐熱性を有する金属基板が注目されている。
【0004】
薄膜を担持させる基板としては、例えば以下のような基板が提案されている。
特許文献1は、薄膜電池を担持させる基板として、シリコン、石英、サファイア、アルミナ、ポリマー等からなる基板を提案している。前記基板上には、まず、金属集電体が形成され、その上に酸化バナジウムからなる正極が形成される。正極は、例えば基板温度を400℃に設定して、スパッタ法で形成される。その後、正極上に固体電解質が形成される。そして、その上に金属リチウムが形成されて、薄膜電池が完成する。
【0005】
特許文献1では、酸化バナジウムからなる正極は、真空雰囲気で形成される。そのため、基板が酸化されることはない。また、ポリイミドフィルム等の耐熱性の低いポリマー基板も提案されている。しかし、大電流を与える薄膜電池を得るためには、高温下で正極の薄膜をアニールして、正極の結晶性を高める必要がある。そのような場合には、ポリマー基板を用いることはできない。また、シリコン、石英、サファイア、アルミナ等からなる基板は、厚さを薄くするのに限界がある。
【0006】
特許文献2は、薄膜電池を担持させる基板として、表面に酸化ジルコニウムを有するジルコニウム基板を提案している。ジルコニウムは高融点を有するため、正極の薄膜を高温でアニールして、正極の結晶性を高める工程を行うことができる。しかし、ジルコニウム基板を薄くすると、酸化ジルコニウムは高温下で酸化物イオンを拡散しやすいため、ジルコニウムが全て酸化ジルコニウムに酸化され、基板が脆化してしまう。
【0007】
ジルコニウム基板上への酸化ジルコニウムの形成は、正極の結晶化を行うアニールプロセスで行われている。すなわち、正極集電体と正極とをジルコニア基板上に形成した後、正極の結晶性を高めるためのアニールと同時に酸化ジルコニウムの形成が行われる。しかし、この方法では、集電体と基板との界面が酸素不足となり、酸化ジルコニウムが十分に形成されない上、集電体とジルコニウムとが合金化する。その結果、集電体の電気抵抗が変動するため、電池の充放電特性がばらつくことが懸念される。また、正極と基板とが導通してしまうこともある。
【0008】
特許文献3は、薄膜電池を担持させる基板として、ステンレス鋼基板を提案している。ステンレス鋼基板上には、まず、酸化バナジウム溶液が塗布される。次に、基板の加熱を、室温から150℃の温度で0.1〜2時間程度行い、酸化バナジウ厶からなる正極の薄膜が基板上に形成される。このような低温で短時間の加熱であれば、ステンレス鋼基板の劣化はほとんど進行しないが、得られる薄膜電池に対して、高電圧と高エネルギー密度は望めない。
【0009】
特許文献4は、ステンレス鋼板または冷延鋼板からなり、片面または両面にニッケル、アルミニウム等からなる厚さ200μm以下の圧着層を有する基板を提案している。
【0010】
特許文献5は、アルミニウム基板の加熱による変形を抑制する観点から、アルミニウム板またはアルミニウム合金板と、耐熱性および弾性率の高いステンレス鋼板とを圧着して、複合基板とすることを提案している。
【0011】
特許文献6は、シリコン薄膜を担持させる基板として、ステンレス鋼板を用いることを提案している。例えば600℃でCVD法により、シリコン薄膜を直接に基板上に成長させることが提案されている。
【特許文献1】米国特許第5338625号明細書
【特許文献2】米国特許第6280875号明細書
【特許文献3】特開平4−121953号公報
【特許文献4】特公平4−78030号公報
【特許文献5】特開昭62−49673号公報
【特許文献6】特開2003−51606号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
近年の機器の小型化および高性能化に伴い、薄膜デバイスの小型化もしくは薄型化が強く要求されるようになりつつある。例えば、小型機器の電源となる薄膜電池の小型化や高性能化が強く求められている。近年、双方向通信が可能になり、通信距離も飛躍的に拡大しつつあるRFIDタグやICカード等にも、小型の薄膜電池を搭載する動きが見られる。
【0013】
薄膜電池の分野のように、担持される薄膜デバイスの小型化もしくは薄型化が強く要求されるほど、基板を薄くする必要がある。上記のように、薄膜を担持させる基板として、ステンレス鋼等からなる金属基板が注目されているが、薄くなるほど金属基板の剛性は低下する。そのため、熱処理時に、薄膜と基板との熱膨張係数の差や、基板内部の残留応力により、反りや捻れが生じ、基板が変形する。このような変形は、基板から薄膜を剥離させることがある。特に、薄膜の結晶性を高めることが要求される場合には、基板とともに薄膜を高温酸化雰囲気に暴露する必要があるため、このような問題が顕著となる。
【0014】
例えば、特許文献4〜6が提案するステンレス鋼を用いた基板は、高温酸化雰囲気に暴露されると、変形を生じる。また、基板が薄くなるほど、変形の程度は大きくなる。さらに、特許文献4、5のように、アルミニウム板またはアルミニウム合金板とステンレス鋼板とを圧着した場合、600℃以上では、アルミニウムとステンレス鋼中の鉄との間で、AlFe、AlFe等の脆弱な金属間化合物が生成する。そのため、アルミニウ厶−ステンレス鋼界面で剥離が生じるという問題も発生する。
【0015】
以上のように、薄膜を担持させる基板は、高温酸化雰囲気に暴露された場合に、変形を生じにくいことが要求されるが、従来から提案されている金属基板は、いずれもこのような要求を満足するものではない。本発明は、上記を鑑みたものであり、高温酸化雰囲気に対する耐性に優れ、薄くても、変形を生じにくい基板を提供することを目的の一つとする。
【0016】
次に、基板上に直接薄膜を形成する場合、ステンレス鋼板中の遷移元素が薄膜中に拡散することがある。例えば、特許文献6では、600℃でCVD法によりシリコン薄膜を基板上に成長させる際に、ステンレス鋼板中の遷移元素がシリコン薄膜中に拡散して、シリコン薄膜の特性が劣化することがある。また、特許文献4のようにステンレス鋼板上にニッケル層を圧着する場合には、シリコン薄膜中にニッケルが拡散することがある。本発明は、このような基板から薄膜への元素の拡散を防止することをも目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の金属酸化物含有基板は、合金と、前記合金を構成する金属元素の酸化物とを含み、前記合金は、FeとCrとを含み、かつNi、Mo、Mn、AlおよびSiよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含み、CuKα線を用いて観測される前記基板の粉末X線回折パターンは、前記酸化物に帰属されるピークを少なくとも1つ有する。なお、粉末X線回折パターンは、粉末X線回折装置を用いて、基板のままの状態で測定される。
【0018】
粉末X線回折測定では、例えばFeの酸化物および/またはCrの酸化物に帰属されるピークを観測することができる。また、同時に、金属状態の元素に帰属されるピークを少なくとも1つ観測することができる。
より詳しくは、合金を構成する金属元素の一部は、前記基板の少なくとも表層部において、通常自発的に形成される自然酸化膜(不動態膜)以外の酸化物を形成している。FeとCrとを含む合金の表面には、通常、厚さ10nm未満(一般に3nm程度)の不動態膜が形成されるが、不動態膜に帰属されるピークはCuKα線を用いた粉末X線回折測定で観測することはできない。一方、本発明の金属酸化物含有基板のCuKα線を用いた粉末X線回折測定では、酸化物に帰属されるピークを少なくとも1つ明瞭に観測することができる。
合金を構成する金属元素の酸化物は、基板の表面から少なくとも深さ1μmまでの領域に存在することが好ましく、より深い内部に存在してもよい。基板の表面から所定の深さにおける酸化物の存在は、例えばXPS(X線光電子分光法:X−ray Photoelectron Spectroscopy)、SIMS(二次イオン質量分析:Secondary ion mass spectrometry)などにより分析することができる。
【0019】
前記基板に含まれる全ての金属元素に占めるCrの含有率は、12重量%以上32重量%以下であることが好ましく、16重量%以上20重量%以下であることが更に好ましい。前記Cr含有率が、12重量%より少ないと、高温酸化雰囲気に対する十分な耐性が得られないことがあり、32重量%をこえると、基板が脆くなり、割れやすくなることがある。
【0020】
金属酸化物含有基板の表面には、さらにセラミックス層が形成されていることが好ましい。前記セラミックス層としては、例えば、酸化ケイ素、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウムよりなる群から選ばれた少なくとも1種を用いることができる。
【0021】
金属酸化物含有基板の表面にセラミックス層を設けることにより、加熱工程中に起こる、基板上の薄膜と基板との反応を抑制できる。例えば、金属酸化物含有基板上に直接、スパッタ法により、白金薄膜を形成した場合、この基板を800℃程度の温度で加熱すると、白金薄膜の電子伝導性が低下する。一方、基板上にセラミックス層を形成し、その上に白金薄膜を形成する場合、白金薄膜の電子伝導性の低下は抑制される。
【0022】
本発明は、また、FeとCrとを含み、かつNi、Mo、Mn、AlおよびSiよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含む合金からなる原料シートを、酸素が存在する雰囲気中で加熱することにより、前記合金を構成している金属元素の一部を酸化物に変換する工程を有する金属酸化物含有基板の製造法に関する。
【0023】
原料シートの加熱は、酸素が存在する雰囲気中で行う必要がある。原料シートに十分な酸素が供給されない環境では、加熱を行っても原料シートの酸化が十分に進行せず、高温酸化雰囲気に対する耐性に優れた基板を得ることができない。
【0024】
原料シートとしては、ステンレス鋼箔を用いることができる。ステンレス鋼としては、オーステナイト系、フェライト系およびマルテンサイト系のいずれを用いることもできる。
【0025】
原料シートの加熱は、400℃以上1000℃以下で行うことが好ましく、500℃以上900℃以下で行うことが更に好ましい。原料シートの加熱温度が400℃未満になると、高温酸化雰囲気に対する十分な耐性を有する金属酸化物含有基板が得られないことがあり、1000℃をこえると、基板が熔融したり、酸化が進行しすぎて基板が脆化したりすることがある。
【0026】
原料シートに含まれる全ての金属元素に占めるCrの含有率は、12重量%以上32重量%以下であることが好ましく、16重量%以上20重量%以下であることが更に好ましい。
【0027】
厚さ50μm未満の薄い原料シートの加熱は、原料シートに張力を印加しながら行うことが好ましい。原料シートは、その製造時に圧延工程を経ているため、残留応力を有する。この残留応力が原因となって、原料シートの加熱中に、基板が変形することがある。一方、原料シートの加熱を、原料シートに張力を印加しながら行うことにより、上記のような基板の変形を防ぐことができる。
前記張力は、原料シート面と平行な任意の方向に印加することができるが、原料シートの製造時における圧延方向に平行な張力を印加することが好ましい。原料シートに張力を印加する方法は特に限定されない。加熱中のシートが元の形状を保持できる方法であれば、どのような方法を採用してもよい。例えば、治具等で原料シートの端部を固定して、前記治具等により原料シート面と平行な方向の張力を原料シートに印加すればよい。
厚さ50〜200μmの厚い原料シートの場合、本発明で提案する金属酸化物含有基板の製造条件、すなわち400℃以上1000℃以下の温度領域では、原料シートに張力を印加する必要はない。厚い原料シートも製造時の圧延工程による残留応力を有するが、基板の表層部に形成される金属酸化物の層に対して、原料シートが十分に厚いため、加熱中に基板が変形することはないからである。
【0028】
本発明は、また、前記加熱により得られた基板の表面に、さらにセラミックス層を形成する工程を有する金属酸化物含有基板の製造法に関する。ここでも、例えば、酸化ケイ素、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウムよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含むセラミックス層を形成することができる。
【0029】
前記セラミックス層は、抵抗加熱蒸着法、電子線加熱蒸着法、スパッタ法、ゾルゲル法、パルスレーザデポジション法、イオンプレーティング法等により形成することができる。これらの方法を2種以上組み合わせてセラミックス層を形成してもよい。量産性と低コスト化を考慮する場合、ゾルゲル法が最も好ましい。
【0030】
本発明は、さらに、上記の金属酸化物含有基板およびその上に形成された発電要素を含み、発電要素が、正極、負極および正極と負極との間に介在する固体電解質を含む全固体電池に関する。
【発明の効果】
【0031】
本発明の金属酸化物含有基板は、高温酸化雰囲気に対する耐性に富んでいる。すなわち、本発明によれば、薄くても、高温酸化雰囲気でのアニールに耐え得る寸法安定性もしくは形状安定性を有する基板が得られる。従って、本発明の基板は、捻れ、反り等の変形を生じにくく、その基板に担持された薄膜の剥離を生じにくい。また、本発明のより好ましい態様においては、基板上に、薄膜が特性を損なうことなく特に良好な状態で形成される。そして、本発明によれば、薄膜デバイスを担持する基板の厚さを低減できることから、デバイス自体やそれを搭載する機器の小型化もしくは薄型化において有利となる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施例に係る金属酸化物含有基板のX線回折パターンである。
【図2】本発明の実施例で用いた原料シートのX線回折パターンである。
【図3】本発明の実施例に係る全固体薄膜電池の断面図である。
【図4】本発明の実施例に係る全固体薄膜電池の電池電圧と容量との関係を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明の金属酸化物含有基板は、合金と前記合金を構成する金属元素の酸化物とを含み、前記合金は、主成分として、FeとCrとを含み、副成分として、Ni、Mo、Mn、AlおよびSiよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含む。前記合金を構成している金属元素の一部は、少なくとも基板の表層部において、通常形成される不動態膜とは異なる酸化物を形成している。
【0034】
不動態膜とは異なる酸化物の存在は、粉末X線回折測定により確認することができる。例えば、CuKα線を用いて測定される前記基板の粉末X線回折パターンは、前記酸化物に帰属されるピークを少なくとも1つ有する。通常は、粉末X線回折パターンにおいて、酸化物に帰属されるピークは複数観測され、多くの場合、Feの酸化物に帰属されるピークと、Crの酸化物に帰属されるピークとを観測することができる。
【0035】
一方、前記粉末X線回折パターンは、金属状態の元素に帰属されるピークを少なくとも1つ有する。通常は、粉末X線回折パターンにおいて、少なくとも金属状態のFeに帰属されるピークまたは金属状態のCrに帰属されるピークを観測することができる。金属状態の元素に帰属されるピークが観測されなくなったり、小さくなり過ぎたりすると、基板の可撓性が不十分になることがある。
【0036】
酸化物に帰属されるピークと、金属状態のFeまたはCrに帰属されるピークとが、それぞれ明暸に表れている限り、ピーク強度に関わりなく、本発明の基板として用いることができる。ただし、基板の高温酸化雰囲気に対する耐性と可撓性とのバランスの観点から、酸化物に帰属されるピークのうち、最大ピークの強度(高さ)は、金属状態の元素に帰属されるピークのうち、最大ピークの強度(高さ)の3%以上95%以下であることが好ましく、10%以上、95%以下が更に好ましい。
基板の粉末X線回折パターンは、粉末X線回折装置を用い、CuKα線を用いて、2θ/θで測定する。粉末X線回折測定を行う場合、金属表面に形成される不動態膜のような厚さ数nmの酸化物層は検出されない。粉末X線回折測定は、μmオーダーの厚さを有する酸化物層を検出するのに有効である。
粉末X線回折測定では、斜入射非対称X線回折法もしくは薄膜X線回折法、すなわちX線の試料表面への入射角を微少として、試料の表面のみにX線を侵入させて表面のみの情報を得る方法とは異なり、試料中深くにX線が侵入するため、μmオーダーの厚さを有する酸化物層の検出に有効である。
【0037】
前記基板に含まれる全ての金属元素に占めるCrの含有率は、12重量%以上32重量%以下であることが好ましく、16重量%以上20重量%以下であることが更に好ましい。前記Cr含有率が、12重量%より少ないと、高温酸化雰囲気に対する十分な耐性が得られないことがあり、32重量%をこえると、基板が脆くなり、割れやすくなることがある。なお、前記基板に含まれる全ての金属元素に占めるFeおよびCrを除く金属元素の合計含有率は、0.01重量%以上20重量%以下であることが好ましい。
【0038】
本発明は、厚さは200μm以下の金属酸化物含有基板を得る場合に特に有効である。本発明の金属酸化物含有基板は、厚さ200μm以下であっても、例えば500℃以上の耐熱性を有し、かつ適度な可撓性を有するからである。一方、シリコンウェハ、アルミナ、石英、サファイア等からなる基板の場合、その厚さが200μm以下では、500℃以上の耐熱性と可撓性とを両立することはできないと考えられる。
【0039】
本発明の金属酸化物含有基板は、例えばFeとCrとを含み、かつNi、Mo、Mn、AlおよびSiよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含む合金からなる原料シートを、酸素が存在する雰囲気中で加熱することにより、得ることができる。FeとCrとを含み、かつNi、Mo、Mn、AlおよびSiよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含む合金としては、入手が容易であることから、ステンレス鋼を用いることが好ましい。本発明で用い得るステンレス鋼としては、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系等のステンレス鋼を挙げることができる。
【0040】
オーステナイト系のステンレス鋼としては、SUS(Steel Used Stainless)304系が挙げられる。この系列のステンレス鋼としては、SUS301、SUS301L、SUS630、SUS631、SUS302、SUS302B、SUSXM15J1、SUS303、SUS303Se、SUS304L、SUS304J1、SUS304J2、SUS305、SUS309S、SUS310S、SUS316、SUS16L、SUS321、SUS347等が挙げられる。オーステナイト系のステンレス鋼は、延性および靱性に富み、耐食性にも優れ、低温から高温での性能が良好である。
【0041】
フェライト系のステンレス鋼としては、SUS430系が挙げられる。この系列のステンレス鋼としては、SUH409、SUH409L、SUH21、SUS410L、SUS430F、SUS430LX、SUS430J1、SUS434、SUS436L、SUS444、SUS436J1L、SUSXM27、SUS447J1等が挙げられる。フェライト系のステンレス鋼は、加熱処理により硬化することが、ほとんどないことから、基板の可撓性を重視する場合に好ましく用いられる。
【0042】
マルテンサイト系のステンレス鋼としては、SUS410系が挙げられる。この系列のステンレス鋼としては、SUS410S、SUS410F2、SUS416、SUS420J1、SUS420J2、SUS420F、SUS420F2、SUS431等が挙げられる。マルテンサイト系のステンレス鋼は、加熱処理により硬化しやすいが、強度が高く、耐熱性にも優れることから、強度と耐熱性を重視する場合に好ましく用いられる。
なお、ステンレス鋼の種類を示す上記略号は、いずれも当業者に周知であり、日本工業規格(例えばJIS−G4304、JIS−G4305等)、ステンレス協会等でも用いられている。
【0043】
原料シートを酸素が存在する雰囲気中で加熱することにより、原料シートが表面から次第に、合金を構成している金属元素の一部が酸化物に変換される。よって、酸化物の分布は、基板の表面から中心に向かって漸減する場合が多い。
原料シートの加熱は、酸素が存在する雰囲気中で行う必要がある。原料シートに十分な酸素が供給されない環境では、加熱を行っても原料シートの酸化が十分に進行せず、高温酸化雰囲気に対する耐性に優れた基板を得ることができない。酸素が存在する雰囲気における酸素の分圧は、0.5Pa〜100kPaであることが好ましく、2Pa〜80kPaであることが更に好ましい。例えば、空気中(大気中)でも原料シートの加熱を行うことができる。室温大気中の酸素分圧は20kPaである。
【0044】
原料シートは、その製造時に圧延工程等を経ているため、残留応力を有する。しかし、上記のような加熱工程により、残留応力は緩和される。また、加熱工程により、ステンレス鋼箔の酸化が進行するため、後の工程では、ステンレス鋼箔の酸化に基づく基板の変形が、極めて生じにくくなる。
【0045】
原料シートの加熱は、400℃以上1000℃以下で行うことが好ましく、500℃以上900℃以下で行うことが更に好ましい。原料シートの加熱温度が400℃未満になると、高温酸化雰囲気に対する十分な耐性を有する金属酸化物含有基板が得られないことがある。また、残留内部応力を緩和し、後の加熱工程において基板の変形を確実に抑制する観点からも、加熱温度を400℃以上とすることが好ましい。一方、原料シートの加熱温度が、1000℃をこえると、基板が熔融したり、酸化が進行しすぎて基板が脆化したりすることがある。
【0046】
薄い原料シート(例えば厚さ50μm未満)の加熱は、原料シートの加熱は、原料シートに張力を印加しながら行うことが好ましい。張力を印加しないで原料シートの加熱を行う場合、原料シートの残留応力が原因となって、基板が変形することがある。一方、原料シートの加熱を、原料シートに張力を印加しながら行うことにより、上記のような基板の変形を確実に防ぐことができる。印加する張力は、加熱中の原料シートの寸法変化に追随して変化させることが好ましい。例えば、原料シートの製造時における圧延方向に張力が常時印加されるように、原料シートの圧延方向における一方の端部に、錘をぶら下げ、他方の端部を固定した状態で加熱を行うことが好ましい。
【0047】
原料シートの厚さは、所望の金属酸化物含有基板の厚さに応じて選択すればよい。例えば、厚さ200μm以下の金属酸化物含有基板を得る場合には、200μm以下のほぼ同様の厚さを有する原料シートを用いればよい。
【0048】
本発明の金属酸化物含有基板の表面には、さらにセラミックス層を設けることが好ましい。セラミックス層を形成する酸化物としては、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン等を挙げることができる。また、ケイ素、アルミニウム、ジルコニウム、チタン等から選ばれる2種以上の複合酸化物を用いることもできる。セラミックス層には、リン、ホウ素等をドープすることができる。
セラミックス層は、金属酸化物含有基板と、後の工程で基板上に形成される薄膜との反応を、抑制する役割を有する。セラミックス層の厚さは、例えば0.05〜5μmであることが好ましい。セラミックス層が厚すぎると、それだけ基板の厚さが厚くなり、薄い基板を得る観点からは不利となる。一方、酸化物層が薄すぎると、高温では、金属酸化物含有基板とその上に形成された薄膜との反応を抑制する効果が得られないことがある。
【0049】
セラミックス層は、抵抗加熱蒸着法、電子線加熱蒸着法、スパッタ法、ゾルゲル法、パルスレーザデポジション法、イオンプレーティング法、CVD法等により形成することができる。これらの方法を2種以上組み合わせて酸化物層を形成してもよい。量産性と低コスト化を考慮する場合、ゾルゲル法が最も好ましい。また、基板表面の平滑度を高める観点からも、ゾルゲル法が有利である。
【0050】
次に、本発明の金属酸化物含有基板上に、薄膜デバイスの一例として、発電要素を形成し、全固体電池としての薄膜電池を得る場合について説明する。高電圧で高エネルギー密度の薄膜電池を得るには、正極の薄膜を高温酸化雰囲気でアニールする必要があるため、本発明の金属酸化物含有基板を好ましく用いることができる。
【0051】
まず、本発明の金属酸化物含有基板上に、正極集電体としての薄膜を形成する。正極集電体としては、後に高温酸化雰囲気に暴露されても酸化されない材料が好ましい。例えば、白金、金、酸化インジウム、酸化スズ、酸化インジウム−酸化スズ(ITO)等を用いることが好ましい。なお、後に高温で加熱されない基板上の部位には、チタン、クロム、コバルト、銅、鉄、アルミニウム等の薄膜を形成することもできる。正極集電体としての薄膜の形成は、スパッタ法、CVD法、蒸着法、印刷法、印刷−焼付け法、ゾルゲル法、めっき法等により行うことができる。
【0052】
正極集電体の上には、正極としての薄膜を形成する。高エネルギー密度を達成する観点から、正極としては、結晶性の高い材料を用いることが好ましい。例えば、コバルト酸リチウム(LiCoO)、ニッケル酸リチウム(LiNiO)、マンガン酸リチウム(LiMn)等に代表されるリチウム含有遷移金属酸化物、リン酸コバルトリチウム(LiCoPO)、リン酸ニッケルリチウム(LiNiPO)、リン酸マンガンリチウム(LiMnPO)等に代表されるリチウム含有遷移金属リン酸塩、前記化合物の遷移金属の一部を他の遷移金属に置換したもの等を用いることができる。次に、正極の薄膜の結晶性を高めるために、例えば大気中で加熱処理(アニール)を行う。正極としての薄膜の形成は、スパッタ法、CVD法、蒸着法、印刷法、印刷−焼付け法、ゾルゲル法等により行うことができるが、組成の制御が比較的容易であることから、スパッタ法が好ましい。
【0053】
正極の上には、固体電解質としての薄膜を形成する。固体電解質としては、無機固体電解質を用いることが好ましい。例えば、オキシニトリドリン酸リチウム(LiPO)、チタンリン酸リチウム(LiTi(PO)、ゲルマニウムリン酸リチウム(LiGe(PO)、LiO−SiO、LiPO−LiSiO、LiO−V−SiO、LiO−P−B、LiO−GeO、LiS−SiS、LiS−GeS、LiS−GeS−Ga、LiS−P、LiS−B等を用いることができる。また、前記化合物に、異種元素、LiI等のハロゲン化リチウム、LiPO、LiPO、LiSiO、LiSiO、LiBO等をドープしたものを用いることもできる。さらに、これらの組み合わせを用いることもできる。また、固体電解質としての薄膜の形成は、蒸着法、スパッタ法、CVD法等により行うことができるが、組成の制御が比較的容易であることから、スパッタ法が好ましい。
【0054】
また、ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレンオキサイド、エチレンオキサイド−プロピレンオキサイド共重合体等にリチウム塩を溶解させ、高分子固体電解質を調製し、これを正極上に塗布し、乾燥させて、固体電解質としての薄膜とすることもできる。
【0055】
固体電解質の上には、負極としての薄膜を形成する。負極としては、例えば金属リチウム、リチウ厶合金、アルミニウム、インジウム、スズ、アンチモン、鉛、ケイ素、窒化リチウム、Li2.6Co0.4N、Li4.4Si、チタン酸リチウム、黒鉛等の炭素材料等を用いることができる。負極としての薄膜の形成は、蒸着法、スパッタ法、CVD法等により行うことができる。ただし、金属リチウムの薄膜形成には、蒸着法が簡便で好ましく、合金や化合物の薄膜形成には、組成の制御の容易さからスパッタ法が好ましく、黒鉛等の炭素材料の薄膜形成には、CVD法が好ましい。
【0056】
負極の上には、負極集電体としての薄膜を形成する。負極集電体は、正極集電体と同様の材料を用い、同様の方法で形成することができる。なお、正極が、リチウム含有化合物である場合には、負極としての薄膜を形成する工程を省くことができる。その場合、固体電解質上に負極集電体を直接形成し、負極集電体上に金属リチウムを析出させる。析出させた金属リチウムは、負極として機能する。
【0057】
以上により、薄膜電池は完成するが、その周囲を封止材料で覆うことが好ましい。封止材料としては、例えばエポキシ樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、パリレン、液晶ポリマー、ガラス、金属、あるいはこれらの複合物を用いることができる。薄膜電池の封止方法としては、塗布法、CVD法、スパッタ法を用いることができる。また、樹脂材料を用いる場合には、熱硬化法、加圧成型法、射出成型法等を用いることもできる。
【0058】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304(Crを18重量%含み、Niを8重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。前記ステンレス鋼箔を、大気中で、800℃で、5時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板を得た。
【0060】
図1に、加熱処理後の金属酸化物含有基板を、基板のまま粉末X線回折装置により分析して得られたX線回折パターンを示す。また、図2に、加熱処理前の原料シートのX線回折パターンを示す。図2には、SUS304に帰属されるピークが、それぞれ2θ=44°および75°付近に観測されるだけである。一方、図1では、FeおよびCrに帰属される多数の明瞭なピークが観測される。
【0061】
図1において、2θ=75°付近に観測されるピークは、金属状態のSUS304に帰属される最大ピークであり、2θ=51°付近に観測されるピークが、酸化物に帰属される最大ピークである。ここでは、酸化物に帰属される最大ピークの強度は、金属状態の元素に帰属される最大ピークの強度の30%である。
得られた金属酸化物含有基板の表面をエッチングしながら、深さ方向に向かって、XPSによる分析を行ったところ、深さ1μmを過ぎてもFeおよびCrに帰属されるピークの存在が確認できた。一方、原料シートを同様に分析したところ、エッチングを行う前の最表面では酸化物のピークが検出されたが、エッチングを開始すると、酸化物のピークは急激に消失した。
【0062】
原料シートおよび得られた金属酸化物含有基板上に、それぞれ厚さ1μmの白金薄膜をスパッタ法で形成した。次いで、白金薄膜を有する原料シートおよび白金薄膜を有する金属酸化物含有基板を、それぞれ800℃で5時間、大気中で加熱した。
【0063】
その結果、白金薄膜を有する原料シートは、白金薄膜を担持する面を外側にして、反りを生じていた。一方、白金薄膜を有する金属酸化物含有基板は、反りを生じることなく、初期の形状を保持していた。ただし、白金薄膜の面抵抗を測定したところ、金属酸化物含有基板上に形成した白金薄膜においても、一定の電子伝導性の低下が認められた。
また、直径10mmのガラス製の丸棒で、金属酸化物含有基板の中央部を押さえ、その基板を90°および180°方向に曲げても、基板が破断することはなかった。そして、基板を開放すると、外観は元の平坦な形状にもどり、原料シートと同程度の可撓性も維持されていることがわかった。
【実施例2】
【0064】
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304(Crを19重量%含み、Niを9.5重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。前記ステンレス鋼箔を、大気中で、800℃で、5時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板を得た。
【0065】
原料シートおよび得られた金属酸化物含有基板上に、それぞれパーヒドロポリシラザン(−(SiHNH)−の単位構造を有する無機高分子)のキシレン溶液(クラリアントジャパン(株)製)を塗布し、乾燥させた。次に、乾燥塗膜を有する原料シートおよび乾燥塗膜を有する金属酸化物含有基板を、それぞれ450℃で30分間大気中で加熱した。その結果、金属酸化物含有基板および原料シート上に、それぞれ厚さ1μmの酸化ケイ素(SiO)膜が形成された。
【0066】
酸化ケイ素膜を有する原料シートおよび酸化ケイ素膜を有する金属酸化物含有基板を、それぞれ800℃で5時間大気中で加熱した。その結果、酸化ケイ素膜を有する原料シートは、表面が波打ち、形状が著しく変化していた。一方、酸化ケイ素膜を有する金属酸化物含有基板は、初期の形状を保持していた。
【実施例3】
【0067】
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304(Crを19重量%含み、Niを9.5重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。前記ステンレス鋼箔を、大気中で、800℃で、5時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板を得た。
【0068】
原料シートおよび得られた金属酸化物含有基板上に、それぞれアルミナの原料ゾルを塗布し、乾燥させた。ここで、原料ゾルとしては、アルミニウムイソプロポキシドのエタノール溶液に触媒として硝酸を加えた混合溶液を用いた。次に、乾燥塗膜を有する原料シートおよび乾燥塗膜を有する金属酸化物含有基板を、それぞれ500℃で、30分間大気中で加熱した。その結果、原料シートおよび金属酸化物含有基板上に、それぞれ厚さ1μmの酸化アルミニウム(Al)膜が形成された。
【0069】
酸化アルミニウム膜を有する原料シートおよび酸化アルミニウム膜を有する金属酸化物含有基板を、それぞれ800℃で5時間、大気中で加熱した。その結果、酸化アルミニウム膜を有する原料シートは、表面が波打ち、形状が著しく変化していた。一方、酸化アルミニウム膜を有する金属酸化物含有基板は、初期の形状を保持していた。
【実施例4】
【0070】
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304(Crを19重量%含み、Niを9.5重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。前記ステンレス鋼箔を、大気中で、800℃で、5時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板を得た。
【0071】
原料シートおよび得られた金属酸化物含有基板上に、それぞれジルコニアの原料ゾルを塗布し、乾燥させた。ここで、原料ゾルとしては、ジルコニウ厶イソプロポキシドのエタノール溶液に触媒として硝酸を加えた混合溶液を用いた。次に、乾燥塗膜を有する原料シートおよび乾燥塗膜を有する金属酸化物含有基板を、それぞれ500℃で、30分間大気中で加熱した。その結果、原料シートおよび金属酸化物含有基板上に、それぞれ厚さ1μmの酸化ジルコニウム(ZrO)膜が形成された。
【0072】
酸化ジルコニウム膜を有する原料シートおよび酸化ジルコニウム膜を有する金属酸化物含有基板を、それぞれ800℃で、5時間大気中で加熱した。その結果、酸化ジルコニウム膜を有する原料シートは、表面が波打ち、形状が著しく変化していた。一方、酸化ジルコニウム膜を有する金属酸化物含有基板は、初期の形状を保持していた。
【実施例5】
【0073】
実施例2で得られた、酸化ケイ素膜を有する金属酸化物含有基板上に、厚さ1μmの白金薄膜を、スパッタ法で形成した。その後、酸化ケイ素膜と白金薄膜とを有する金属酸化物含有基板を、800℃で5時間大気中で加熱したところ、基板は反りを生じることなく、初期の形状を保持していた。また、白金薄膜の面抵抗を測定したところ、抵抗値は2Ωであり、白金薄膜が適度な電子伝導性を維持していた。
【実施例6】
【0074】
実施例3で得られた、酸化アルミニウム膜を有する金属酸化物含有基板上に、厚さ1μmの白金薄膜を、スパッタ法で形成した。その後、酸化アルミニウム膜と白金薄膜とを有する金属酸化物含有基板を、800℃で5時間、大気中で加熱したところ、基板は反りを生じることなく、初期の形状を保持していた。また、白金薄膜の面抵抗を測定したところ、抵抗値は2Ωであり、白金薄膜が適度な電子伝導性を維持していた。
【実施例7】
【0075】
実施例4で得られた、酸化ジルコニウム膜を有する金属酸化物含有基板上に、厚さ1μmの白金薄膜を、スパッタ法で形成した。その後、酸化ジルコニウム膜と白金薄膜とを有する金属酸化物含有基板を、800℃で5時間、大気中で加熱したところ、基板は反りを生じることなく、初期の形状を保持していた。また、白金薄膜の面抵抗を測定したところ、抵抗値は2Ωであり、白金薄膜が適度な電子伝導性を維持していた。
【実施例8】
【0076】
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304(Crを19重量%含み、Niを9.5重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。前記ステンレス鋼箔に、常時、長尺方向(すなわち原料シートの製造時における圧延方向)に500MPaの張力を印加しながら、前記ステンレス鋼箔を、大気中で、800℃で、5時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板を得た。
【0077】
500MPaの張力を原料シートに印加した場合、100枚中97枚の歩留まりで、原料シートの形状を維持した変形の認められない金属酸化物含有基板が得られた。一方、原料シートに張力を印加せずに原料シートを加熱した場合には、100枚中52枚の金属酸化物含有基板に反り、捩れ等が見られ、原料シートの形状からの変形が認められた。
【実施例9】
【0078】
以下の要領で図3に示すような全固体薄膜電池を作製した。
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304(Crを19重量%含み、Niを9.5重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。前記ステンレス鋼箔に、常時、長尺方向に500MPaの張力を印加しながら、前記ステンレス鋼箔を、大気中で、800℃で、5時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板31を得た。
【0079】
得られた金属酸化物含有基板31上に、ポリシラザンを塗布し、乾燥させた。次に、乾燥塗膜を有する金属酸化物含有基板31を、450℃で30分間大気中で加熱した。その結果、金属酸化物含有基板31上に、厚さ1μmの酸化ケイ素膜32が形成された。
【0080】
得られた酸化ケイ素膜32上に、正極集電体33として、厚さ1μmの白金薄膜を、スパッタ法で形成した。
【0081】
次いで、正極集電体33上に、LiCoOをターゲットに用いて、厚さ1μm、幅10mmおよび長さ10mmのサイズを有する正極34の薄膜をスパッタ法により形成した。得られた薄膜を800℃で、5時間、大気中で加熱して、LiCoOの結晶化を行った。
【0082】
結晶化工程を経た後の正極34上に、リン酸リチウムをターゲットに用いて、窒素雰囲気中で、スパッタ法により、厚さ1.5μmの固体電解質35の薄膜を形成した。その際、正極34の薄膜全体が、固体電解質35の薄膜で完全に覆われた。
【0083】
得られた固体電解質35上に、金属リチウムを蒸発源に用いて、真空蒸着法により、負極36として厚さ1μmの金属リチウムの薄膜を形成した。負極36のサイズは、正極34と同じとし、正極34を負極36と対向させた。
【0084】
得られた負極36上に、負極集電体37として、厚さ1μmの白金薄膜を、スパッタ法で形成した。
【0085】
最後に、正極集電体33および負極集電体37の一部を残して、積層された薄膜の全体をエポキシ樹脂38で覆い、エポキシ樹脂38を熱硬化させた。こうして全固体薄膜電池を得た。薄膜電池の製造過程において、電池が基板ごと反ったり、捻れたりすることはなかった。
【0086】
得られた薄膜電池の充放電特性を評価した。具体的には、正極集電体33と負極集電体37の露出部に、それぞれ外部リードを接続して、充電電流15μAで電池電圧4.2Vまで充電し、放電電流15μAで電池電圧3.0Vまで放電した。その際に得られた電池電圧と容量との関係を図4に示す。
《比較例1》
【0087】
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304(Crを19重量%含み、Niを9.5重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。
【0088】
原料シート上に、ポリシラザンを塗布し、乾燥させた。次に、乾燥塗膜を有する原料シートを、450℃で30分間大気中で加熱した。その結果、原料シート上に、厚さ1μmの酸化ケイ素膜が形成された。
【0089】
得られた酸化ケイ素膜上に、正極集電体として、厚さ1μmの白金薄膜を、スパッタ法で形成した。次いで、正極集電体上に、LiCoOをターゲットに用いて、厚さ1μm、幅10mmおよび長さ10mmのサイズを有する正極の薄膜をスパッタ法により形成した。
【0090】
得られた薄膜を800℃で、5時間、大気中で加熱して、LiCoOの結晶化を行ったところ、この時点で、薄膜電池が基板ごと、反りを生じた。
【実施例10】
【0091】
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304(Crを19重量%含み、Niを9.5重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。前記ステンレス鋼箔に張力を印加することなく、前記ステンレス鋼箔を、大気中で、800℃で、5時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板を得た。
【0092】
得られた金属酸化物含有基板上に、ポリシラザンを塗布し、乾燥させた。次に、乾燥塗膜を有する金属酸化物含有基板を、450℃で、30分間大気中で加熱した。その結果、金属酸化物含有基板上に、厚さ1μmの酸化ケイ素膜が形成された。
【0093】
得られた酸化ケイ素膜上に、正極集電体として、厚さ1μmの白金薄膜を、スパッタ法で形成した。次いで、正極集電体上に、LiCoOをターゲットに用いて、厚さ1μm、幅10mmおよび長さ10mmのサイズを有する正極の薄膜をスパッタ法により形成した。
【0094】
得られた薄膜を800℃で、5時間、大気中で加熱して、LiCoOの結晶化を行ったところ、この時点で、薄膜電池が基板ごと、反りを生じたが、反りの大きさは比較例1に比べて非常に小さかった。
【実施例11】
【0095】
以下に列挙するステンレス鋼箔からなる原料シート(厚さ10μm、幅20mm、長さ40mm)を用いたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。すなわち、所定のステンレス鋼箔を、大気中で、800℃で、5時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板を得た。
【0096】
オーステナイト系のステンレス鋼箔
SUS301、SUS301L、SUS630、SUS631、SUS302、SUS302B、SUSXM15J1、SUS303、SUS303Se、SUS304L、SUS304J1、SUS304J2、SUS305、SUS309S、SUS310S、SUS316、SUS16L、SUS321およびSUS347
【0097】
フェライト系のステンレス鋼箔
SUH409、SUH409L、SUH21、SUS410L、SUS430F、SUS430LX、SUS430J1、SUS434、SUS436L、SUS444、SUS436J1L、SUSXM27およびSUS447J1
【0098】
マルテンサイト系のステンレス鋼箔
SUS410S、SUS410F2、SUS416、SUS420J1、SUS420J2、SUS420F、SUS420F2およびSUS431
【0099】
そして、得られた金属酸化物含有基板上に、厚さ1μmの白金薄膜をスパッタ法で形成した。次いで、白金薄膜を有する金属酸化物含有基板を、800℃で5時間、大気中で加熱した。その結果、いずれの白金薄膜を有する金属酸化物含有基板においても、反りを生じることなく、初期の形状を保持していた。
また、直径10mmのガラス製の丸棒で、金属酸化物含有基板の中央部を押さえ、その基板を90°および180°方向に曲げても、基板が破断することはなかった。そして、基板を開放すると、外観は元の平坦な形状にもどり、原料シートと同程度の可撓性も維持されていることがわかった。
【実施例12】
【0100】
原料シートの加熱温度を変化させたこと以外、実施例1と同様の操作を行った。すなわち、ステンレス鋼箔(厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのSUS304)を、大気中で、300〜1200℃で、1〜48時間加熱し、目的とする金属酸化物含有基板を得た。酸化物に帰属される最大ピークの強度の、金属状態の元素に帰属される最大ピークの強度に対する割合(%)と、加熱温度と、加熱時間との関係を表1に示す。
【0101】
【表1】

【0102】
低温で短時間の加熱を行う場合には、原料シートの酸化が十分に進行せず、X線回折パターンにおいて酸化物に帰属されるピークが検出されなかった。この場合、表1中に「未検出」と記す。また、加熱温度が高温になると、酸化の進行が極めて早いものの、基板の機械強度の低下が生じ、基板が崩壊することがあった。この場合、表1中に「崩壊」と記す。表1の結果より、最適な加熱温度の範囲は400℃以上1000℃以下であり、好ましくは500℃以上900℃以下であることがわかる。
【実施例13】
【0103】
原料シートとして、厚さがそれぞれ10μm、20μm、50μm、100μmおよび200μmで、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を各100枚づつ用意した。ステンレス鋼には、SUS304合金(Crを18重量%含み、Niを8重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。
前記ステンレス鋼箔を大気中で、500℃で24時間加熱し、一旦、室温まで戻した。その後、大気中で、800℃で5時間加熱し、基板変形の程度を調べた。基板変形の程度は、「(変形のなかった数)/100(全基板数)」で表した。
また、比較のために、500℃で24時間の熱処理を施さない原料シートについても、大気中で、800℃で5時間加熱し、基板変形の程度を調べた。結果を表2に示す。
【0104】
【表2】

【0105】
上記のように、厚さ20μm以下の薄い原料シートでも、500℃で熱処理を施して金属酸化物含有基板とすることにより、500℃での熱処理を施さない厚さ50μm以上の原料シートと同程度の歩留りが得られることがわかる。また、厚さ50μm以上の原料シートに500℃での熱処理を施して金属酸化物含有基板とする場合には、基板が変形を生じる確率が極めて低くなることがわかる。
【実施例14】
【0106】
原料シートとして、厚さがそれぞれ10μm、20μm、50μm、100μmおよび200μmで、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を各100枚づつ用意した。ステンレス鋼には、SUS304合金(Crを18重量%含み、Niを8重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。
前記ステンレス鋼箔を、大気中で、時間を調整して、500℃で加熱し、所定の粉末X線回折パターンを有する基板を得た。
ここでは、金属状態の元素に帰属される最大ピークの強度に対する、酸化物に帰属される最大ピークの強度の割合(最大ピーク強度比)が、3%、5%、10%、25%、50%、90%、95%および100%となる回折パターンを有する金属酸化物含有基板を作製した。
その後、大気中で、800℃で、金属酸化物含有基板を5時間加熱し、基板変形の程度を、実施例13と同様に「(変形のなかった数)/100(全基板数)」で評価した。
また、比較のために、500℃での熱処理を施さない原料シートについても、大気中で、800℃で5時間加熱し、基板変形の程度を調べた。この場合の最大ピーク強度比は0%とした。結果を表3に示す。
【0107】
【表3】

【0108】
表3の結果より、酸化の程度は、最大ピーク強度比が3%以上95%以下となる場合が好適であることがわかる。しかし、この範囲を外れて酸化の程度が進んだ場合でも、基板の厚さが大きい場合には、高温酸化雰囲気に対する耐性に優れた金属酸化物含有基板を得ることが可能である。また、酸化の程度が低い場合でも、ある程度の効果が得られることがわかる。
【実施例15】
【0109】
原料シートとして、厚さ10μm、幅20mm、長さ40mmのステンレス鋼箔を用意した。ステンレス鋼には、SUS304合金(Crを18重量%含み、Niを8重量%含み、残部がほぼFeからなる合金)を用いた。
前記ステンレス鋼箔を大気中で、500℃で24時間、または、800℃で5時間加熱し、一旦、室温まで戻した。加熱に際して、原料シートの長尺方向に、10MPa、20MPa、50MPa、100MPa、300MPa、500MPa、700MPa、1000MPa、1500MPa、1700MPaまたは2000MPaの張力を印加した。
その後、大気中で、800℃で、金属酸化物含有基板を5時間加熱し、基板変形の程度を、実施例13と同様に「(変形のなかった数)/100(全基板数)」で評価した。
また、比較のために、張力を印加せずに大気中で、500℃で24時間、または、800℃で5時間の熱処理を施した原料シートについても、大気中で、800℃で5時間加熱し、基板変形の程度を調べた。この場合の張力は0MPaとした。結果を表4に示す。
【0110】
【表4】

【0111】
表4の結果より、張力が500MPa未満の場合には、基板が変形する場合が多く、1500MPaを超えると、原料シートが破断する可能性があることがわかる。よって、歩留りの顕著な向上を期待する場合には、張力の大きさを500MPa以上、1500MPa以下とすることが有効であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0112】
本発明の金属酸化物含有基板は、高温酸化雰囲気に対する耐性に富んでいるため、高温酸化雰囲気でアニールされる用途に好適である。本発明の金属酸化物含有基板は、寸法安定性もしくは形状安定性に優れているため、捻れ、反り等の変形を生じにくく、その基板に担持された薄膜の剥離を生じにくい。本発明は、薄膜デバイスやそれを搭載する機器の小型化もしくは薄型化にも貢献する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属酸化物含有基板であって、
FeとCrとを含み、かつNi、Mo、Mn、AlおよびSiよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含む合金と、
前記合金を構成する金属元素の酸化物と、
を含み、
CuKα線を用いて観測される前記基板の粉末X線回折パターンが、前記酸化物に帰属されるピークを少なくとも1つ有する、金属酸化物含有基板。
【請求項2】
前記酸化物が、前記基板の表面から少なくとも深さ1μmまでの領域に存在する、請求項1記載の金属酸化物含有基板。
【請求項3】
前記酸化物が、Feの酸化物およびCrの酸化物を含む、請求項1記載の金属酸化物含有基板。
【請求項4】
前記基板に含まれる全ての金属元素に占めるCrの含有率が、12重量%以上32重量%以下である、請求項1記載の金属酸化物含有基板。
【請求項5】
前記Crの含有率が、16重量%以上20重量%以下である、請求項4記載の基板。
【請求項6】
前記基板の表面に、セラミックス層が形成されている、請求項1記載の金属酸化物含有基板。
【請求項7】
前記セラミックス層が、酸化ケイ素、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウムよりなる群から選ばれた少なくとも1種からなる請求項6記載の金属酸化物含有基板。
【請求項8】
Feと、Crとを含み、かつNi、Mo、Mn、AlおよびSiよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含む合金からなる原料シートを、酸素が存在する雰囲気中で加熱することにより、前記合金を構成する金属元素の一部を酸化物に変換する工程を有する金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項9】
前記原料シートに含まれる全ての金属元素に占めるCrの含有率が、12重量%以上32重量%以下である、請求項8記載の金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項10】
前記Crの含有率が、16重量%以上20重量%である、請求項9記載の金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項11】
前記加熱後の基板の表面に、さらにセラミックス層を形成する工程を有する、請求項8記載の金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項12】
前記セラミックス層が、酸化ケイ素、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウムよりなる群から選ばれた少なくとも1種を含む、請求項11記載の金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項13】
前記セラミックス層が、抵抗加熱蒸着法、電子線加熱蒸着法、スパッタ法、ゾルゲル法、パルスレーザデポジション法およびイオンプレーティング法よりなる群から選ばれた少なくとも1つの方法により形成される、請求項8記載の金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項14】
前記加熱を、前記原料シートに張力を印加しながら行う、請求項8記載の金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項15】
前記張力の方向が、前記原料シートの製造時における圧延方向に対して平行である、請求項14記載の金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項16】
前記加熱を、前記原料シートが形状を保持できるように治具で固定しながら行う、請求項14記載の金属酸化物含有基板の製造法。
【請求項17】
請求項1記載の金属酸化物含有基板および前記基板上に形成された発電要素を含み、前記発電要素が、正極、負極および前記正極と前記負極との間に介在する固体電解質を含む、全固体電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【国際公開番号】WO2005/101551
【国際公開日】平成17年10月27日(2005.10.27)
【発行日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−512291(P2006−512291)
【国際出願番号】PCT/JP2005/006056
【国際出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】