説明

電磁波測定装置

【課題】動く被測定物、又は被測定物を動かしながら、その被測定物の空間情報及び時間情報をリアルタイムに取得できる電磁波測定装置を小型に実現する技術を提供する。
【解決手段】通過する光に対してその光の進行方向に垂直な面内で光学長が異なる複数の領域を有し、前記複数の領域にプローブ光138が入射され、各領域から遅延が異なる複数の時間差プローブ光139を出力する遅延時間変調素子21と、前記複数の時間差プローブ光139とテラヘルツ波136とが重畳して入射され、各時間差プローブ光139を前記テラヘルツ波136の電界に応じて変調する電気光学素子116と、前記変調後の各時間差プローブ光を、それぞれ異なる画素で検出するイメージセンサ119とを備え、前記遅延時間変調素子は、前記テラヘルツ波の1波長に含まれる大きさの複数の部分にそれぞれ前記複数の領域を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波を用いて被測定物の形状、材質を測定する技術に関わる。
【背景技術】
【0002】
近年、0.1〜10THzの周波数を有する電磁波、いわゆるテラヘルツ波の研究開発が盛んである。テラヘルツ波は、電波のもつ透過性と光のもつ集光性を有し、X線より安全な透過分析に用いることができる。多くの材料が、0.1〜10THzの周波数帯に固有の吸収スペクトルを有することから、テラヘルツ波による材料、材質の特定が可能である。テラヘルツ波は、セキュリティ、バイオ、メディカル、食品加工、鮮度分析などの産業応用分野で、今後多用されることが期待される。
【0003】
テラヘルツ波を用いて被測定物をイメージングすることは、被測定物のテラヘルツ波に対する特性が一目でわかり、有用性が高い。このイメージングは、原理的には、図15に示す測定系を用いて行われる。まずこの測定系について述べる。
【0004】
チタンサファイア結晶を用いたフェムト秒レーザ装置101から出射した短光パルス(中心波長800nm、スペクトル幅(FWHM)約20nm、パルス幅100fs)131はビームスプリッタ102により、テラヘルツ波励起のためのポンプパルス光132とテラヘルツ波の変調の空間分布を検出するためのプローブパルス光133に分岐される。
【0005】
ポンプパルス光132はミラー103で方向を変え、テラヘルツエミッタ112に入射する。エミッタとして、例えば(110)ZnTe結晶を用いると、ZnTeの非線形性により光整流作用が生じ、テラヘルツ波134が発生する。このテラヘルツ波134は、パルス幅が数ps程度になっている。またその周波数成分は0.1〜数THzまで広い範囲を有し、ピーク波長は1THz近傍である。
【0006】
このテラヘルツ波134はポリエチレンレンズ113により平行化され、コリメートなテラヘルツ波135になる。テラヘルツ波135が被測定物114を通過すると、被測定物114内のテラヘルツ波に対する吸収、反射などの特性の空間分布に応じ、空間位置に依存する変調を受ける。このような変調を、以下では簡単に、空間変調と呼ぶことにする。
【0007】
空間変調されたテラヘルツ波136はシリコンミラー115を通過し、電気光学素子116に入射される。この電気光学素子としては(110)ZnTeが用いられる。電気光学素子結晶内では、空間変調されたテラヘルツ波136の電界強度分布に応じて、空間位置に依存するポッケルス効果が生じる。
【0008】
一方、プローブパルス光133は、ミラー104、105、106、107から構成される遅延ラインを通過する。ミラー105、106はステージ108上に載っており、ステージ108が、図面の上下方向に約150ミクロン移動するごとに、後段の光学素子にプローブパルス光133が到着する時間を1ps変化させることができる。
【0009】
遅延ラインを通過したプローブパルス光137はミラー109で反射された後、凹レンズ110と凸レンズ111から構成されるビームエキスパンダにより、前記コリメートテラヘルツ波135のスポット径と同程度まで拡大される。拡大されたプローブパルス光138は、偏光板117で偏光方向を整えた後、シリコンミラー115で反射され電気光学素子116に導かれる。
【0010】
電気光学素子116内では、前述したポッケルス効果のために、複屈折率が空間位置に依存して変化する。その結果、プローブパルス光138の偏光方向が空間変調され、偏光板118を通過するプローブパルス光の光量が空間変調される。
【0011】
プローブパルス光は波長800nmなので、一般的なSiフォトダイオードで検出することができる。例えば、一般的に用いられているSiイメージセンサ119で、プローブパルス光の空間分布、すなわちその起源である被測定物114内のテラヘルツ波吸収、反射特性などの空間分布を検出、イメージングすることができる。
【0012】
なお、遅延ラインのステージ108を動かすことにより、テラヘルツ波136とプローブパルス光138の電気光学素子116到着時間の相対関係を変えることができる。プローブパルス光138のパルス幅は、テラヘルツ波136のパルス幅の10分の1程度しかないので、テラヘルツ波の所望の時間位置における電界強度をプローブ光でサンプリングすることができる。
【0013】
到着時間の相対関係が異なる複数のプローブパルス光を用いることにより、テラヘルツ波136の電界強度の時間変化を知ることができる。この時間変化のピーク位置から被測定物の屈折率が分かり、また、この時間変化のフーリエスペクトルから被測定物のテラヘルツ帯吸収スペクトルが分かるので、被測定物が何であるかを特定できる。
【0014】
ところが、この測定系は、遅延ラインのステージ108を機械的に移動させながら、テラヘルツ波136の異なる時間位置における電界強度をイメージセンサ上の光量としてサンプリングするので、ステージ108の移動時間のうちに動いてしまう被測定物をイメージングすることができない。つまり、動く被測定物、例えば生体、をイメージングし、また被測定物を動かしながら、例えば動いているベルトコンベア上で、イメージングする用途には向いていない。
【0015】
そこで、そのような用途に適した別の従来技術が、例えば特許文献1に提案されている。この技術に係る測定系には、図16に示すように、遅延ラインの代わりにパルス伸長器401と光ファイバ束402とが設けられる。パルス伸長器401は反射型回折格子、凹面鏡、平面反射鏡、再帰反射鏡などから構成されている。
【0016】
一般に知られているように、フェムト秒パルスはスペクトル広がりがある。パルス伸長器401において、プローブ光(フェムト秒パルス)に含まれる成分のうち、短波長な成分ほど、長波長成分より時間的に遅らせることにより、チャープ化プローブ光347を得る。その遅らせる時間は、テラヘルツ波136のパルス幅と同程度、例えば約10psec、にしておく。
【0017】
そうすることで、電気光学素子116、偏光板118を通過したチャープ化プローブ光438のうち、短波長な成分ほど、テラヘルツ波136の時間的に遅い位置をサンプリングしていることになり、時間軸を波長軸に変換することができる。
【0018】
そして、光ファイバ束402にも、短波長な成分ほど時間的に遅らせる分散特性を持たせることで、遅延時間の差をさらに拡大し、パルス幅を10nsecまで広げる。この程度のパルス幅になれば一般的な受光素子を用いて時間分解することができる。
【0019】
上述したように、この別の従来の技術では、テラヘルツ波136の異なる時刻の電界強度をプローブ光の異なる周波数成分で搬送し、それぞれの周波数成分に一般的な受光素子で時間分解できる程度にまで遅延差を与えることにより、2次元情報とその時間変化情報とが検出される。
【特許文献1】特開2004−020352号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
しかしながら、そのような従来技術を用いてもなお、次のような問題がある。
第1に、プローブ光を時間方向に拡大して測定するため、時間情報をリアルタイムに得ることができない。
【0021】
第2に、光ファイバ束には、空間情報を維持するために、イメージングすべき画素数と同数の光ファイバが必要である。しかも、プローブ光の異なる周波数成分に十分な遅延時間の差を与えるために、各光ファイバには数kmの長さが必要である。これらのため、光ファイバ束が非常に大きくなってしまう。
【0022】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、動く被測定物、又は被測定物を動かしながら、その被測定物の空間情報及び時間情報をリアルタイムに取得できる電磁波測定装置を小型に実現する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記目的を達成するため、本発明の電磁波測定装置は、通過する光に対してその光の進行方向に垂直な面内で光学長が異なる複数の領域を有し、前記複数の領域にプローブ光が入射され、各領域から遅延が異なる複数の時間差プローブ光を出力する遅延時間変調素子と、前記複数の時間差プローブ光と被測定電磁波とを重畳する重畳光学素子と、前記重畳された複数の時間差プローブ光と被測定電磁波とを入射され、各時間差プローブ光を前記被測定電磁波の電界に応じて変調する電気光学素子と、前記変調後の各時間差プローブ光を、それぞれ異なる画素で検出するイメージセンサとを備える。
【0024】
ここで、前記重畳光学素子は、前記時間差プローブ光及び前記被測定電磁波のうち、一方を反射し他方を透過することによって、両者を重畳してもよい。
【0025】
また、光学長とは、光路長に屈折率を掛けた量である。前記複数の領域がそれぞれ異なる光学長を持つように、前記複数の領域が光の通過方向にそれぞれ異なる厚みを有していてもよく、また、前記複数の領域がそれぞれ異なる屈折率を有してもよい。
【0026】
この構成よれば、前記複数の時間差プローブ光によって、前記被測定電磁波を異なる複数の時間位置でサンプリングし、そのサンプリングの結果を前記イメージセンサの異なる画素から得ることができる。
【0027】
この構成には、従来の遅延時間差を拡大するための長大な光ファイバ束が含まれないため小型に実現できる。また、従来と異なりプローブ光をサンプリング後に時間伸長しないので被測定物を厳密にリアルタイムに測定できる。
【0028】
また、前記遅延時間変調素子において、前記複数の領域は周期的に設けられ、その周期は前記被測定電磁波の中心波長よりも小さいことが望ましい。
【0029】
この構成よれば、一般に知られているように、電磁波の空間分解能はほぼその1波長であるので、前記被測定電磁波の中心波長よりもよりも小さい1周期内の複数の領域から出力される複数の時間差プローブ光は、同じ空間情報を持つ被測定電磁波を、それぞれ異なる時間位置でサンプリングすることになる。すなわち、時間サンプリングと共に、被測定電磁波による最大の空間分解能が発揮される。
【0030】
また、前記プローブ光は、中心波長が可視光乃至赤外光帯域に含まれかつパルス幅が300フェムト秒以下のレーザ光の一部であり、前記被測定電磁波は、前記レーザ光の他の一部がテラヘルツエミッタに入射することによって放射されるテラヘルツ波であることが好ましい。
【0031】
この構成よれば、様々な被測定物がテラヘルツ波に対して示す吸収及び反射などの固有の特性に基づいて、被測定物について優れた透過分析を行うことができる。そして、そのためのプローブ光の検出は、可視光乃至赤外光帯域に感度を有する一般的なイメージセンサを用いて行うことができる。
【0032】
また、前記電磁波測定装置は、さらに、前記変調後の各時間差プローブ光を、前記電気光学素子と前記イメージセンサとの間で、前記遅延時間変調素子の前記領域の配列間隔に対する前記イメージセンサの前記画素の配列間隔の割合で縮小する縮小光学系を備えてもよい。
【0033】
この構成によれば、一つの時間差プローブ光が、前記イメージセンサのちょうど一つの画素によって検出され、画素を有効活用することができる。現在の一般的なイメージセンサの画素の配列間隔は数μmであるのに対し、前記被測定電磁波の中心周波数を1THz(中心波長300μm)とし、一例として30点の時間サンプリングを行うとした場合、前記領域の配列間隔は10μmである。前記画素の配列間隔が前記領域の配列間隔に比べて小さい場合、このような縮小光学系を設けることで、同一の時間空間情報を担うプローブ光がただ一つの画素によって検出されるので、無駄がない。
【0034】
特に、前記遅延時間変調素子の光の入射面及び出射面の少なくとも一方を、断面が対称形を成す、各領域の厚みに応じたステップ形状に形成すれば、他の2つの以上のステップが一つにつながった急な段差を作らなくてよいため作成プロセスが容易になる。
【0035】
また、前記遅延時間変調素子の光の入射面及び出射面の両方を、各領域の厚みに応じたステップ形状に形成すれば、時間遅延を前記遅延時間変調素子の両面で稼ぐことができる。
【0036】
また、前記遅延時間変調素子の光の入射面及び出射面の少なくとも一方に、前記プローブ光の中心波長に対して反射防止膜が形成されていることが好ましい。さらに、表面の凹凸を覆う保護膜が形成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0037】
本発明を用いると、電磁波を用いた被測定物の形状判定と材質判定に必要なデータを同時にかつリアルタイムに測定することができ、高速な電磁波測定装置を小型に実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
<電磁波測定装置の構成>
図1は、本発明の実施の形態における電磁波測定装置の一例を示す構成図である。
【0039】
チタンサファイア結晶を用いたフェムト秒レーザ装置101から出射した短光パルス(中心波長800nm、スペクトル幅(FWHM)約20nm、パルス幅100fs)131はビームスプリッタ102により、ポンプパルス光132とプローブパルス光133に分岐される。
【0040】
ポンプパルス光132はミラー103で方向を変え、テラヘルツエミッタ112に入射する。テラヘルツエミッタ112として、例えば、厚み3mmの(110)ZnTe結晶を用いる。なお、テラヘルツエミッタ112には、ZnTeのほかに光伝導スイッチを用いることもできる。
【0041】
テラヘルツエミッタ112は、ポンプパルス光132が入射すると、そのパルス幅に対応して中心周波数1THz(中心波長300μm)のテラヘルツ波134を放射する。
【0042】
なお、ポンプパルス光のパルス幅は上述した100fsに限定されない。例えばパルス幅300fsのポンプパルス光を用いてもテラヘルツ波を得ることができる。
【0043】
テラヘルツ波134はポリエチレンレンズ113により平行化され、コリメートなテラヘルツ波135になる。テラヘルツ波135が被測定物114を通過すると、被測定物114内のテラヘルツ波に対する吸収、反射などの特性の空間分布に応じ変調を受ける。被測定物114として、図2のように120μmのプラスチック板51上に形成したアルミニウム52のストライプパターン(幅100μm、ピッチ400μm)を用いる。
【0044】
空間変調されたテラヘルツ波136はシリコンミラー115を通過し、電気光学素子116に入射される。電気光学素子としては厚み3mmの(110)ZnTeを用いる。電気光学素子結晶内では、テラヘルツ波136の電界強度の空間分布および時間変化に応じて、空間位置及び時刻に依存するポッケルス効果が生じる。
【0045】
一方、プローブパルス光133は、ミラー109で反射した後、凹レンズ110と凸レンズ111から構成されるビームエキスパンダにより、前記コリメートテラヘルツ波135のスポット径と同程度まで拡大される。拡大されたプローブパルス光138は、遅延時間変調素子21を通過する。
【0046】
遅延時間変調素子21は、後に詳述するように、通過する光の進行方向に垂直な面内で光学長が異なる複数の領域を有し、入射するプローブパルス光138に異なる複数の遅延を与えることによって、複数の時間差プローブパルス光139を出力する。
【0047】
ここで、遅延時間変調素子21は、テラヘルツ波136の1波長に含まれる大きさの複数の部分にそれぞれ前述した複数の領域を有し、各領域の配列間隔はプローブパルス光138の中心波長よりも十分に広い。
【0048】
遅延時間変調素子21から出力された複数の時間差プローブパルス光139は、偏光板117で偏光方向を整えた後、シリコンミラー115で反射されることによって、空間変調されたテラヘルツ波136と重畳され電気光学素子116に導かれる。
【0049】
ここで、シリコンミラー115が、重畳光学素子の一例である。なお、この逆に、時間差プローブパルス光139を透過しテラヘルツ波136を反射するITO(Indium Tin Oxide)付きガラスを用いて、重畳光学素子を実現することもできる。
【0050】
電気光学素子116内では、前述したように、空間変調されたテラヘルツ波による空間位置及び時刻に依存するポッケルス効果が生じ、それをプローブ光で時間方向に複数サンプリングする。
【0051】
より具体的に言えば、ポッケルス効果によって、複数の時間差プローブパルス光139のそれぞれに生じる偏光方向の変化を、偏光板117、118によって光量変化に置き換え、イメージセンサ119の各画素で検出する。
【0052】
なお、電気光学素子116とイメージセンサ119の間に、レンズを用いた縮小光学系を設置し、複数の時間差プローブパルス光139を、遅延時間変調素子21における領域の配列間隔に対するイメージセンサ119の画素の配列間隔の割合で縮小してもよい。
【0053】
イメージセンサには、例えば水平画素数320、垂直画素数240の1/4インチQVGAイメージセンサを用いることができる。イメージセンサの種類としては、CCD、MOSセンサなどが適用可能である。
【0054】
<遅延時間変調素子>
図3は、遅延時間変調素子21の断面の一例を示す断面図である。なお、紙面に直交する断面には、同様の形状が現れるとしてもよいし、一様な形状が現れるとしてもよい。同様の形状が現れる場合には段差は2次元方向に設けられ、また、一様な形状が現れる場合には、段差は1次元方向にのみ設けられることになる。遅延時間変調素子21の表面は、このような断面で表されるステップ形状に形成されている。このステップ形状の1段が前述した領域の一つに対応する。
【0055】
遅延時間変調素子21として、例えば、厚み1mm程度のn型GaN基板を用いることができる。GaNはバンドギャップが3.4eV(波長365nm相当)なので波長800nmのプローブパルス光138に対しては透明である。
【0056】
遅延時間変調素子21は、一例として、厚みが異なる5種類の領域を繰り返し有しており、その表面は、各領域の厚みに応じた5段のステップを繰り返す形状に形成されている。ここで、例えば、各ステップの幅を10μmとし、段差を43μmとすれば、GaNの屈折率は2.4なので、この繰り返しの1単位は、時間差0.2psecの5つの時間差プローブパルス光を、時間1psec、空間幅50μmに渡って出射する。
【0057】
この空間幅50μmの1単位が、テラヘルツ波136の1波長300μmに含まれる大きさの部分の一例である。そして、各領域の配列間隔であるステップ幅10μmは、プローブパルス光138の中心波長800nmよりも十分に広い。
【0058】
なお、ここで示したステップの数と大きさは一例である。繰り返しの単位がテラヘルツ波136の1波長に含まれ、かつステップ幅がプローブパルス光138の中心波長よりも広いという条件で、他の個数や大きさのステップを用いても構わない。
【0059】
例えば、発明者らは、幅10μm、段差43μmの10段のステップを繰り返す形状に形成した遅延時間変調素子21を用いて実験を行い、良好な結果を得た。この結果については後で詳述する。
【0060】
次に、遅延時間変調素子21の動作を詳細に説明する。
図3には、遅延時間変調素子21の各ステップに入射するプローブパルス光138の光路が示される。ここで、各ステップを0から4までの番号で示す。例えば、ステップ3に入射するプローブパルス光は光路13を進む。i番目のステップの幅をWi、またi番目とj番目のステップの段差をdijと表記する。例えば、i=3,j=4の場合について、ステップ幅はW3であり、段差はd34である。
【0061】
ここで、Wiはプローブ光138の波長λpに比べて十分大きな値とする。境界部における散乱などの影響を少なくするために、好ましくは、Wiはλpの5倍以上が望ましい。これにより、各ステップ内の中央付近ではプローブパルス光の波面はほぼ維持され、入射方向と同方向に出射される。
【0062】
一方、各ステップの境界近傍の光は、その境界の屈折、散乱等により方向を変える。しかし、Wiがλpに比べて十分大きいことから、方向を変える光は直進する光と比べて僅かであり、しかも、方向を変えた光の多くは、イメージセンサ119に達する光路から外れるので、ほとんど問題とならない。
【0063】
プローブパルス光138は遅延時間変調素子21の内部を通過することにより、複数の異なる遅延を与えられ、複数の時間差プローブパルス光139として出力される。例えば、光路14は光路13に比べて遅延時間変調素子21の内部をd34だけ多く通る。この結果、遅延時間変調素子21から光路13に沿って出力される時間差プローブパルス光と光路14に沿って出力される時間差プローブパルス光には時間差ΔT34が生じる。
【0064】
光速をc、遅延時間変調素子21の屈折率をnとすると、ΔT34
ΔT34 = (n−1) × d34/c
で与えられる。他の隣接する2つの光路に沿って出力される時間差プローブパルス光にも同様な時間差ΔT01、ΔT12、ΔT23が生じる。
【0065】
図4に示すように、遅延時間変調素子21から出射した時間差プローブパルス光139はシリコンミラー115でテラヘルツ波136と重畳され、電気光学素子116に入射される。この時、遅延が異なる一組の時間差プローブパルス光139を出力する遅延時間変調素子21上の幅をW=ΣWi、テラヘルツ波136の波長をλとすると、
λ>W
を満たせば、テラヘルツ波の空間分解能が波長λ程度であることを考慮して、単位幅W内の各時間差プローブパルス光139は、同じ空間情報を持つテラヘルツ波(図4のT1、T2、T3・・・)を、異なる複数の時間位置でサンプリングしていることになる。
【0066】
なお、ここでλ>Wなる条件は、前述した複数の領域の繰り返しの単位がテラヘルツ波の1波長に含まれることと等価である。
【0067】
これらの時間差プローブパルス光はイメージセンサ119の相異なる画素に入射される。図4の例では、最も早い時間差プローブパルス光によるサンプリング時刻を時刻Tとして、各画素は以下の情報を検出する。
【0068】
画素P1:テラヘルツ波T1の時刻Tの情報
画素P2:テラヘルツ波T1の時刻T+ΔT01の情報
画素P3:テラヘルツ波T1の時刻T+ΔT01+ΔT12の情報

画素P6:テラヘルツ波T2の時刻Tの情報
画素P7:テラヘルツ波T2の時刻T+ΔT01の情報
画素P8:テラヘルツ波T2の時刻T+ΔT01+ΔT12の情報

【0069】
図1で示されるようにテラヘルツ波は、被測定物114により空間変調されている。従って、イメージセンサ119は、テラヘルツの空間情報と時間情報の両方を取得することができる。
【0070】
<実験結果>
さて、発明者らは、前述した幅10μm、段差43μmの10段のステップを繰り返し単位(単位幅100μm)とする遅延時間変調素子21と共に、水平画素数320、垂直画素数240の1/4インチQVGAイメージセンサを用いて、図2に示される被測定物を測定する実験を行った。
【0071】
この実験から得られた測定結果を図5、図6に示す。図5は被測定物114を取り付けた場合の測定結果を示し、図6は被測定物114を取り外した時の測定結果を示す。図5、図6は、何れもイメージセンサの第120行目(画面のほぼ中央付近の水平行)の信号を示したものである。この実験では、図4に示される垂直方向に一様な被測定物を用いたので、イメージセンサの他の行でもほぼ同じ信号が得られた。
【0072】
図5、図6において、水平画素番号i+10j (i=1,2,3….10, j=0,1,2,3…31)の値は、被測定物の水平位置j×100μm±50μmを透過したテラヘルツ波を、基準時刻+i×0.2psecにおいてサンプリングした値を表す。
【0073】
例えば、基準時刻から時間0.6psec後におけるイメージングデータは、水平画素番号3+10jの値をプロットすることによって、例えば図7のようなイメージとして得られる。なお、図7のイメージには境界が滑らかになるよう信号処理を施している。白く見える部分はテラヘルツ波が透過する部分、黒い部分が透過しない部分である。400μmピッチのパターンがイメージングできていることがわかる。
【0074】
一方、テラヘルツ波が透過する部分の時間領域分光を行うには、例えば、水平画素番号i+50の値をプロットすればよく、図8に示す結果が得られる。ピーク位置が被測定物の有無に応じて0.2psecずれていることがわかる。プラスチック板の厚みをd、屈折率をn、光速をcとし、被測定物の有無におけるピーク位置変化をΔTとすると、
ΔT=(n−1)d/c
なる関係があるから、このプラスチック板の屈折率は約1.5となり、材料評価が可能である。また、図8をフーリエ変換すれば、被測定物あり/なしの比較から吸収スペクトルを求めることができる。一般に固有の吸収スペクトルをテラヘルツ帯に有する材料が多いので、プラスチック材質をより正確に特定することができる。
【0075】
このように本発明を用いると、イメージングとその材料評価を同時にすることができる。
【0076】
なお、発明者らは、この実験に用いた遅延時間変調素子21を、一般的な半導体フォトリソグラフィと塩素系ドライエッチングによって作製した。
【0077】
また、遅延時間変調素子21によるプローブ光の乱れ(例えば、遅延時間変調素子を通過するときに発生する損失が、遅延量によって異なるなど)は、画素毎の信号処理で補正してもよい。
【0078】
<遅延時間変調素子の製造、及び他の形状例>
図9は、本発明の実施の形態における遅延時間変調素子の他の形状例を示す断面図である。図3とは異なり、断面が対称を成す山形になるように形成されている。このような形状にすることにより、他の2つ以上の段差が一つにつながった急な段差を作らなくてよいため作成プロセスが容易になる。この結果、歩留が向上する。
【0079】
図10(a)〜(d)は、この作成プロセスを示す図である。(a)GaN基板301に電子ビーム蒸着とフォトリソグラフィにより、Niマスク302を形成する。(b)次にCl2ガスを用いたドライエッチングにより第1の凸部を形成する。NiマスクをHClにより除去する。同様に電子ビーム蒸着とフォトリソグラフィにより、Niマスク303を形成する。(c)次にCl2ガスを用いたドライエッチングにより第2の凸部を形成する。NiマスクをHClにより除去する。同様に電子ビーム蒸着とフォトリソグラフィにより、Niマスク304を形成する。(d)最後にCl2ガスを用いたドライエッチングにより第2の凸部を形成し、NiマスクをHClにより除去し完成する。
【0080】
なお、断面の山形は必ずしも対称形でなくてもよい。例えば、隣接する領域間の段差が全ての同一の大きさである形状は、上記のプロセスで作成可能である。
【0081】
図11は、遅延時間変調素子21のさらに他の形状例を示す断面図である。図11(a)は、図2のパターンを基板両面に面対称に形成した形状を示し、図11(b)は図9のパターンを基板両面に面対称に形成した形状を示している。いずれも、時間遅延を遅延時間変調素子21の両面で稼ぐことができる。
【0082】
この結果、同じ段差であれば、片面に形成する場合に比べて通過光に2倍の時間遅延を与えるとができ、時間的な測定範囲が広がる。または、同じ時間的測定範囲でよければ、各ステップの段差を、片面に形成する場合に比べて1/2にすることができプロセスが容易になる。
【0083】
なお、表面及び裏面の形状は必ずしも面対称でなくてもよい。表面及び裏面の形状を、単に各領域の厚みの差が強調される関係に形成してもよい。
【0084】
<遅延時間変調素子の変形例>
図12は、変形例における遅延時間変調素子21の構造を示す断面図である。この例では、遅延時間変調素子21の表面にアルミナ誘電体膜22、23を形成して、反射防止膜としている。一般に、誘電体の屈折率をn、対象とする波長をλとしたとき、誘電体厚がλ/4nのときに反射防止を行うことができる。
【0085】
前述した実験では、具体的に、屈折率1.65のアルミナを1200Å形成した遅延時間変調素子を用いることにより、中心波長800nmのプローブパルス光が遅延時間変調素子21に入射及び出射するときの損失を低減させた。なお、他の誘電体膜(遅延時間変調素子のステップ部屈折率と異なる屈折率を有する材料)を使用してもいいことはいうまでもない。
【0086】
図13は、他の変形例における遅延時間変調素子21の構造を示す断面図である。遅延時間変調素子21の表面に、遅延時間変調素子のステップ部屈折率と異なる屈折率を有する保護材料24が埋め込まれている。発明者らの実験では、保護材料24に、BPSG(Boro−phospho silicate glass)を用いた。BPSGは酸化膜の一種であり、スピンコートにより形成することができる。これにより、遅延時間変調素子のステップ部の屈折率を保護することができ、遅延時間変調素子の扱いが容易になる。
【0087】
図14は、さらに他の変形例における遅延時間変調素子21の構造を示す断面図である。遅延時間変調素子30は、プローブ光に対して透明なGaN基板31上に屈折率が相異なる領域32、33、34、35、36が周期的に設けられている。屈折率が異なれば、光学長も異なるので、各領域を通過するプローブパルス光は、相異なる遅延時間でイメージセンサに到着する。
【0088】
発明者らは、屈折率を変える手段として、微小TiO2を溶解させた樹脂(所謂ナノコンポジット)を用いた実験を行い、プローブパルス光に異なる複数の遅延が与えられることを確認した。この樹脂は、TiO2の含有量によって屈折率を変化させることができる。なお、領域32、33、34、35、36はナノコンポジットでなく、相異なる材料、例えば、組成の異なる誘電体及び半導体(例えばAlGaN)を用いてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、高速測定可能な電磁波測定装置、とりわけ、テラヘルツ測定装置に適用でき、医療、バイオ、農業、食品、環境、セキュリティなどの多種の分野での非破壊測定に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】本発明の実施の形態における電磁波測定装置の一例を示す構成図
【図2】被測定物の一例を示す図
【図3】遅延時間変調素子の断面形状の一例を示す断面図
【図4】空間情報及び時間情報が同時取得される原理を説明する図
【図5】被測定物を取り付けた場合のイメージセンサ出力の一例を示す図
【図6】被測定物を取り外した場合のイメージセンサ出力の一例を示す図
【図7】被測定物のイメージの一例を示す図
【図8】テラヘルツ波の時間変化の一例を示す図
【図9】遅延時間変調素子の他の断面形状の一例を示す断面図
【図10】(a)〜(d)遅延時間変調素子の作製プロセスの一例を示す図
【図11】(a)、(b)遅延時間変調素子のさらに他の断面形状の一例を示す断面図
【図12】変形例における遅延時間変調素子の構造を示す断面図
【図13】他の変形例における遅延時間変調素子の構造を示す断面図
【図14】さらに他の変形例における遅延時間変調素子の構造を示す断面図
【図15】従来のテラヘルツイメージング装置の一例を示す構成図
【図16】チャープ化プローブ光を用いた従来のテラヘルツイメージング装置の一例を示す構成図
【符号の説明】
【0091】
21、30 遅延時間変調素子
22、23 アルミナ誘電体膜
24 保護材料
31 GaN基板
32、33、34、35、36 屈折率が異なる領域
51 プラスチック板
52 アルミニウム
101 フェムト秒レーザ装置
102 ビームスプリッタ
103、104、105、106、107、109 ミラー
108 ステージ
110 凹レンズ
111 凸レンズ
112 テラヘルツエミッタ
113 ポリエチレンレンズ
114 被測定物
115 シリコンミラー
116 電気光学結晶
117、118 偏光板
119 イメージセンサ
131 短光パルス
132 ポンプパルス光
133、137、138 プローブパルス光
134、135、136 テラヘルツ波
139 時間差プローブパルス光
301 GaN基板
302、303、304 Niマスク
401 パルス伸長器
402 光ファイバ束
437、438 チャープ化プローブ光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
通過する光に対してその光の進行方向に垂直な面内で光学長が異なる複数の領域を有し、前記複数の領域にプローブ光が入射され、各領域から遅延が異なる複数の時間差プローブ光を出力する遅延時間変調素子と、
前記複数の時間差プローブ光と被測定電磁波とを重畳する重畳光学素子と、
前記重畳された複数の時間差プローブ光と被測定電磁波とを入射され、各時間差プローブ光を前記被測定電磁波の電界に応じて変調する電気光学素子と、
前記変調後の各時間差プローブ光を、それぞれ異なる画素で検出するイメージセンサと
を備えることを特徴とする電磁波測定装置。
【請求項2】
前記遅延時間変調素子において、前記複数の領域は周期的に設けられ、その周期は前記被測定電磁波の中心波長よりも小さい
ことを特徴とする請求項1に記載の電磁波測定装置。
【請求項3】
前記プローブ光は、中心波長が可視光乃至赤外光帯域に含まれかつパルス幅が300フェムト秒以下のレーザ光の一部であり、
前記被測定電磁波は、前記レーザ光の他の一部がテラヘルツエミッタに入射することによって放射されるテラヘルツ波である
ことを特徴とする請求項1に記載の電磁波測定装置。
【請求項4】
さらに、前記変調後の各時間差プローブ光を、前記電気光学素子と前記イメージセンサとの間で、前記領域の配列間隔に対する前記画素の配列間隔の割合で縮小する縮小光学系を備える
ことを特徴とする請求項1に記載の電磁波測定装置。
【請求項5】
前記重畳光学素子は、前記時間差プローブ光及び前記被測定電磁波のうち、一方を反射し他方を透過することにより、両者を重畳する
ことを特徴とする請求項1に記載の電磁波測定装置。
【請求項6】
前記複数の領域は、光の通過方向にそれぞれ異なる厚みを有している
ことを特徴とする請求項1に記載の電磁波測定装置。
【請求項7】
前記遅延時間変調素子の光の入射面及び出射面の少なくとも一方は、断面が対称形を成す、各領域の厚みに応じたステップ形状に形成されている
ことを特徴とする請求項6に記載の電磁波測定装置。
【請求項8】
前記遅延時間変調素子の光の入射面及び出射面の両方が、各領域の厚みに応じたステップ形状に形成されている
ことを特徴とする請求項6に記載の電磁波測定装置。
【請求項9】
前記遅延時間変調素子の光の入射面及び出射面の少なくとも一方に、前記プローブ光の中心波長に対して反射防止膜が形成されている
ことを特徴とする請求項6に記載の電磁波測定装置。
【請求項10】
前記遅延時間変調素子に、表面の凹凸を覆う保護膜が形成されている
ことを特徴とする請求項6に記載の電磁波測定装置。
【請求項11】
前記複数の領域は、それぞれ異なる屈折率を有している
ことを特徴とする請求項1に記載の電磁波測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−8862(P2008−8862A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−182202(P2006−182202)
【出願日】平成18年6月30日(2006.6.30)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】