説明

静磁波素子

【課題】 ある周波数f0 において、ある電力Psh以下の入力信号に対して、周波数f0 を中心として出力信号が3dB以上抑圧された範囲の帯域幅Baの狭い静磁波素子を得る。
【解決手段】 静磁波素子10は、GGG基板などの非磁性基板12を含む。非磁性基板12上に、YIG単結晶膜のような磁性ガーネット単結晶膜14を形成する。磁性ガーネット単結晶膜14については、不純物としてのPbの含有量が5重量ppm以下となるようにする。磁性ガーネット単結晶膜14上に、間隔を隔ててマイクロストリップライン16,18を形成する。マイクロストリップライン16,18に平行な向きに磁界Hを印加する。そして、マイクロストリップライン16に信号を入力し、マイクロストリップライン18から信号を出力する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は静磁波素子に関し、特にたとえば、マイクロ波を変換して磁性ガーネット単結晶膜に静磁波を伝播させ、その静磁波をさらにマイクロ波に変換して出力させる静磁波素子に関する。
【0002】
【従来の技術】図1は、この発明の背景となる静磁波素子の一例を示す図解図である。静磁波素子10は、非磁性基板12を含む。非磁性基板12としては、たとえばガドリニウム・ガリウム・ガーネット(GGG)基板などが用いられる。非磁性基板12上には、磁性ガーネット単結晶膜14が形成される。磁性ガーネット単結晶膜14としては、たとえばイットリウム・鉄・ガーネット(YIG)膜などが用いられる。さらに、磁性ガーネット単結晶膜14上には、互いに間隔を隔てて2つのマイクロストリップライン16,18が形成される。一方のマイクロストリップライン16は信号入力用として用いられ、他方のマイクロストリップライン18は信号出力用として用いられる。
【0003】このような静磁波素子10を使用する場合、たとえばマイクロストリップライン16,18に平行な向きに磁界Hが印加される。そして、一方のマイクロストリップライン16にマイクロ波信号が入力されると、静磁波に変換され、磁性ガーネット単結晶膜14上を静磁波が伝播する。そして、他方のマイクロストリップライン18でマイクロ波に変換され、マイクロ波出力信号として取り出される。
【0004】このような静磁波素子では、図2(A)(B)に示すように、ある周波数f0において、ある値Psh以上の電力Pinの入力信号を入力したとき、周波数f0 の部分のみ、Pin−Pshだけ入力信号より小さい電力の信号が出力される。このことを利用して、S/Nエンハンサやリミッタなどが作製される。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】このように、この静磁波素子においては、周波数f0 において入力信号より小さい電力の出力信号が出力されるが、その前後においても、Pshより小さい電力の入力信号に対して、出力信号が抑圧されるという現象がみられる。実用上では、Psh以下の電力の入力信号に対しては、出力信号が抑圧されないことが望ましいが、実際にはこのような現象があり、静磁波素子の特性を悪化させている。
【0006】良好な特性を有する静磁波素子として、Psh以下の電力の入力信号に対して、出力信号の抑圧される帯域幅の狭いものが望まれている。つまり、図2(B)に示すように、周波数f0 を中心として出力信号が3dB以上抑圧された範囲の帯域幅をBaとしたとき、帯域幅Baの狭い静磁波素子が好ましい。
【0007】それゆえに、この発明の主たる目的は、ある電力Psh以下の入力信号に対して、周波数f0 を中心として出力信号が3dB以上抑圧された範囲の帯域幅Baの狭い静磁波素子を提供することである。
【0008】
【課題を解決するための手段】この発明は、磁性ガーネット単結晶膜を含む静磁波素子であって、磁性ガーネット単結晶膜に含まれるPbの量が5重量ppm以下である、静磁波素子である。このような静磁波素子において、磁性ガーネット単結晶膜は、液相エピタキシャル法により非磁性基板上に形成することができる。さらに、磁性ガーネット単結晶膜は、MoO3 を含む原料融液を用いた液相エピタキシャル法によって形成することができる。また、磁性ガーネット単結晶膜は、イットリウム・鉄・ガーネット系の単結晶膜とすることができる。
【0009】静磁波素子に用いられる磁性ガーネット単結晶膜としては、主として液相エピタキシャル法によって非磁性基板上に形成されたものが用いられている。非磁性基板上に磁性ガーネット単結晶膜を形成するには、溶質としての単結晶膜成分を溶媒成分に溶融した溶液を過飽和状態にし、これに非磁性基板を回転させながら接触させ、非磁性基板上に単結晶を成長させている。このとき、Pb化合物を溶媒の成分の一つとする方法が現在最も多く用いられており、このため、作製された磁性ガーネット単結晶膜には、磁性ガーネットの構成元素ではないPbが混入していた。ところが、磁性ガーネツト単結晶膜に含まれるPbの量と、周波数f0 を中心として出力信号が3dB以上抑圧された範囲の帯域幅Baとの関係を調べたところ、図3に示すように、Pbの含有量が少ないときに、Baが小さくなることがわかった。そこで、磁性ガーネット単結晶膜にPbが含まれていないときに、良好な特性を有する静磁波素子を得ることができると考え、本発明に至った。なお、Pbの含有量を5重量ppm以下としたのは、磁性ガーネット単結晶膜に含まれるPbの量を測定するための誘導結合プラズマ発光分光法の検出限界が5重量ppmであるからである。このような磁性ガーネット単結晶膜を形成するには、液相エピタキシャル法が用いられるが、Pbの含有量を5重量ppm以下とするために、たとえばMoO3 を含む原料融液が用いられる。また、磁性ガーネット単結晶膜としては、たとえばイットリウム・鉄・ガーネット系の単結晶膜が用いられる。
【0010】この発明の上述の目的,その他の目的,特徴および利点は、図面を参照して行う以下の発明の実施の形態の詳細な説明から一層明らかとなろう。
【0011】
【発明の実施の形態】この発明の静磁波素子としては、図1に示すような構造の静磁波素子10が用いられる。図1に示す構造の静磁波素子10において、非磁性基板12として、たとえばガドリニウム・ガリウム・ガーネット(GGG)基板が用いられ、磁性ガーネット単結晶膜14として、たとえばイットリウム・鉄・ガーネット(YIG)膜が用いられる。ここで、磁性ガーネット単結晶膜14として、Pbの含有量が5重量ppm以下のものが用いられる。
【0012】このような磁性ガーネット単結晶膜14を形成するために、Pb化合物を含まない溶媒成分に単結晶膜成分を溶融した溶液が準備される。この溶液を過飽和状態にし、この溶液に非磁性基板12を回転させながら接触させることにより、非磁性基板12上に磁性ガーネット単結晶膜14が形成される。Pb化合物を含まない溶媒としては、たとえばMoO3 を主成分とした溶媒などを使用することができる。
【0013】このようにして得られた静磁波素子10では、誘導プラズマ発光分光法によって磁性ガーネット単結晶膜14中にPbが検出されず、周波数f0 を中心として出力信号の電力が3dB以上抑圧された帯域幅Baを小さくすることができた。それにより、周波数特性の良好な静磁波素子10を得ることができる。
【0014】
【実施例】(実施例1)まず、溶媒成分であるMoO3 ,Li2 Oと、非磁性ガーネット単結晶膜を形成するためのYIG成分であるFe2 3 ,Y2 3 とを、モル比でMoO3 :Li2 O:Y2 3 :Fe2 3 =39.1:37.5:16.9:6.5となるように調合し、混合したものを原料溶液としてPtるつぼに充填した。この原料溶液を1200℃で12時間溶融したのち、1100℃まで冷却し、原料溶液に直径52mmのGGG基板を2時間接触させて、膜厚が約5μmのYIG単結晶膜を形成した。このYIG単結晶膜の組成を誘導結合プラズマ発光分光法により分析した結果、表1に示すように、単結晶成分であるFe2 3 ,Y2 3 以外の成分としてMo,Li,Ptが検出されたが、これらはいずれも40重量ppm以下と極めて微量であった。また、当然のことながら、この単結晶膜からは、Pbは検出されなかった。
【0015】
【表1】


【0016】このようにして形成したYIG単結晶膜を用いて図1に示すような静磁波素子を作製し、Baを測定したところ、1.4MHzであった。ここで、入力信号の周波数f0 を1.5GHz、入力電力Pinを−17dBm、印加磁界Hを8000A/mとした。この静磁波素子で得られたBa=1.4MHzという値は、図3R>3との比較からわかるように、Pbを含有するYIG単結晶膜を用いた場合の1/5〜1/2と極めて良好なものであった。
【0017】(実施例2)次に、溶媒成分であるMoO3 ,K2 Oと、YIG成分であるFe2 3 ,Y2 3 とを、モル比でMoO3 :K2 O:Y2 3 :Fe2 3 =39.1:37.5:16.9:6.5となるように調合し、混合したものを原料溶液としてPtるつぼに充填した。この原料溶液を1200℃で12時間溶融したのち、1100℃まで冷却し、原料溶液に直径52mmのGGG基板を2時間接触させて、膜厚が約5μmのYIG単結晶膜を形成した。このYIG単結晶膜の組成を誘導結合プラズマ発光分光法により分析した結果、表2に示すように、単結晶成分であるFe2 3 ,Y2 3 以外の成分としてMo,K,Ptが検出されたが、これらはいずれも40重量ppm以下と極めて微量であった。また、当然のことながら、この単結晶膜からは、Pbは検出されなかった。
【0018】
【表2】


【0019】このようにして形成したYIG単結晶膜を用いて図1に示すような静磁波素子を作製し、Baを測定したところ、1.6MHzであった。ここで、入力信号の周波数f0 を1.5GHz、入力電力Pinを−17dBm、印加磁界Hを8000A/mとした。この静磁波素子で得られたBa=1.6MHzという値は、図3R>3との比較からわかるように、Pbを含有するYIG単結晶膜を用いた場合の1/5〜1/2と極めて良好なものであった。
【0020】このように、誘導結合プラズマ発光分光法によって磁性ガーネット単結晶膜中にPb成分が検出されないとき、すなわちPb量が誘導結合プラズマ発光分光法による検出限界である5重量ppm以下のときに、周波数特性の良好な静磁波素子が得られることが確認できた。
【0021】
【発明の効果】この発明によれば、非磁性基板上に形成された磁性ガーネット単結晶膜に含まれるPbの量を5重量ppm以下とすることにより、周波数f0 を中心として出力信号の電力が3dB以上抑圧された範囲の帯域幅Baを小さくすることができ、周波数特性の良好な静磁波素子を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の背景となる静磁波素子の構造を示す図解図である。
【図2】(A)および(B)は、図1に示す静磁波素子を用いた場合における入力信号と出力信号との関係を示す図である。
【図3】図1に示す静磁波素子において、磁性ガーネット単結晶膜に含まれるPb不純物量と帯域幅Baとの関係を示す図である。
【符号の説明】
10 静磁波素子
12 非磁性基板
14 磁性ガーネット単結晶膜
16,18 マイクロストリップライン

【特許請求の範囲】
【請求項1】 磁性ガーネット単結晶膜を含む静磁波素子であって、前記磁性ガーネット単結晶膜に含まれるPbの量が5重量ppm以下である、静磁波素子。
【請求項2】 前記磁性ガーネット単結晶膜は、液相エピタキシャル法により非磁性基板上に形成されたものである、請求項1に記載の静磁波素子。
【請求項3】 前記磁性ガーネット単結晶膜は、MoO3 を含む原料融液を用いた液相エピタキシャル法によって形成されたものである、請求項2に記載の静磁波素子。
【請求項4】 前記磁性ガーネット単結晶膜は、イットリウム・鉄・ガーネット系の単結晶膜である、請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の静磁波素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2001−168603(P2001−168603A)
【公開日】平成13年6月22日(2001.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−350305
【出願日】平成11年12月9日(1999.12.9)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】