説明

食道癌細胞の増殖抑制剤及びスクリーニング方法

【課題】新規な食道癌細胞の増殖抑制剤、およびそのスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIを阻害する化合物を有効成分とする食道癌細胞の増殖抑制剤、及びカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害またはその発現量の変化を指標とする食道癌細胞の増殖抑制剤のスクリーニングする方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIを阻害する化合物を含む食道癌細胞の増殖抑制剤に関する。また、本発明はカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化の阻害またはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の発現量の変化を指標とする食道癌細胞の増殖抑制剤のスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食道は咽頭と胃の間をつなぐ管腔状の臓器であり、大部分は胸腔、一部は頸部と腹腔に存在する。胸腔の上部では気管と脊椎の間にあり、下部では心臓、大動脈と肺に囲まれている。食道は口から食べた食物を胃に送る働きをする。
【0003】
日本人の2001年の癌による死亡率は10万人中238.8人である。死亡原因の中で食道癌が占める割合は年々増加しており、2001年度には男性では全癌死亡例の5.0%、女性では1.4%が食道癌であった。食道癌の発症年齢のピークは60〜70歳代にあり、男性に発症が多い。また喫煙、飲酒、熱い嗜好物などの環境要因が発生に密接に関連する。さらに食道壁内部や周辺は血管やリンパ管が豊富であるため、発生した癌の転移が多いことが知られている。
【0004】
食道癌の治療は進行度(日本食道疾患研究会編 臨床・病理 食道癌取り扱い規約 1999年)や転移、全身状態を考慮して決定する。食道癌の標準的な治療法は日本食道疾患研究会編「食道癌治療ガイドライン」(2002年)に示されている。現在最も一般的な療法は手術療法であり、癌を含めた食道とリンパ節を含む周囲の組織を切除(リンパ節郭清)した上で、胃など他の臓器を用いて食道を再建する。ただし手術療法、特に広範囲のリンパ節郭清は患者に大きな負担を与え、手術後のQOL低下への配慮も必要である。粘膜内にとどまる早期の癌の場合には内視鏡的粘膜切除術が可能である場合がある。また根治療法、対症療法の両面から放射線照射が行われる場合がある。さらに手術療法や放射線療法と組み合わせて化学療法が行われる。化学療法では現在、5−fluorouracilとcisplatinの併用療法が最も有効であると考えられている。
【0005】
食道癌の遺伝子治療は癌抑制遺伝子p53を組み込んだベクターを内視鏡手術にて直接患部に注入する方法が行われているが、一定の期間進行が停止するという報告があったのみで、癌が半分以下に縮小または消失したという報告はない。近年、増加している食道癌への効果的な治療薬は少なく、より効果的な治療法の提供が望まれている。
【0006】
カルシウムは細胞内のセカンドメッセンジャーとして生命現象の制御を担っている重要な分子である。細胞内には、細胞内カルシウム濃度の上昇に伴い活性化される酵素群が存在し、細胞増殖、細胞周期、細胞接着、運動、分泌などに関与する様々な分子にシグナルを伝える。カルシウムイオン依存性シグナル伝達に関わる多機能性プロテインキナーゼとしてカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼファミリーが知られている。カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII(CaMKII)は最も解析が進んだカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼファミリー分子で、CaMKIIα、CaMKIIβ、CaMKIIγ、CaMKIIδの4つのアイソフォームが存在する。神経系では、CaMKIIαおよびCaMKIIβの発現が顕著で、海馬における長期記憶に関与することが知られている。またCaMKIIγ、CaMKIIδは偏在性な発現を示すことが知られており、特にCaMKIIδは筋細胞の分化に関与するという報告がある(非特許文献1)。近年、細胞の増殖に深く関与するMAPキナーゼ経路がカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIにより調節を受けるという報告がなされ、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの細胞の癌化への関与が予想されている(非特許文献2)。
【0007】
近年、活性化したカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIに結合し、その機能を抑制する分子としてカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター遺伝子(CaMKIIN)が同定された(特許文献1、非特許文献3、4)。カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター遺伝子には、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1(CaMKIINα)とカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター2(CaMKIINβ)の二種類が存在し、これらの間には塩基配列に40.9%、アミノ酸配列に64.5%の相同性がある。
【0008】
これまでに、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1と癌に関しての知見としては、大腸癌株化細胞で細胞増殖の抑制が認められることが報告されているが、その詳細な分子機構は不明である。(非特許文献5)。
【特許文献1】特表2004−506442号公報
【非特許文献1】Gaertner TR, Kolodziej SJ, Wang D, Kobayashi R, Koomen JM, Stoops JK, Waxham MN., "Comparative analyses of the three-dimensional structures and enzymatic properties of alpha, beta, gamma and delta isoforms of Ca2+-calmodulin-dependent protein kinase II.," 「J Biol Chem.」279: 12484-12494 (2004)
【非特許文献2】Illario M, Cavallo AL, Bayer KU, Di Matola T, Fenzi G, Rossi G, Vitale M., "Calcium/calmodulin-dependent protein kinase II binds to Raf-1 and modulates integrin-stimulated ERK activation.," 「J Biol Chem.」278: 45101-45108 (2003)
【非特許文献3】Chang BH, Mukherji S, Soderling TR., "Calcium/calmodulin-dependent protein kinase II inhibitor protein: localization of isoforms in rat brain.," 「Neuroscience」. 102: 767-777 (2001)
【非特許文献4】Chang B.H., Mukherji S., Soderling T.R., "Characterization of a calmodulin kinase II inhibitor protein in brain.," 「Proc Natl Acad Sci U S A.」. 95: 10890-10895 (1998)
【非特許文献5】Zhang J, Li N, Yu J, Zhang W, Cao X., "Molecular cloning and characterization of a novel calcium/calmodulin-dependent protein kinase II inhibitor from human dendritic cells.," 「Biochem Biophys Res Commun.」. 285: 229-234 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
食道癌の有効な治療法の開発は、その患者数が近年増加していること、また治療時の肉体的負担が大きく、難治性であることから必要性が高い。また現在、新規の抗がん剤の組み合わせや、特定分子を標的とした遺伝子治療の試みがなされているが著しい効果は出ていない。本発明の目的は、食道癌細胞の増殖抑制効果を持つ化合物を提供すること、またそれらの化合物のスクリーニング法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、DNAマイクロアレイ解析およびRT−PCR解析の結果、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子(CaMKIINα)の発現が、食道正常組織と比較して、食道癌組織において有意に減少していることを見出した。さらに食道癌細胞において、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子が、癌の発生機序に関与するシグナル伝達分子として知られている転写因子アクチベータープロテイン1(AP−1)の転写活性を抑制する能力を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物を含む、食道癌細胞の増殖抑制剤に関するものである。
【0012】
また、本発明の好ましい態様は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物が、(1)配列番号1もしくは配列番号2の塩基配列で表されるポリヌクレオチド、(2)配列番号1もしくは配列番号2の塩基配列と80%以上の同一性を有するポリヌクレオチド、(3)(1)または(2)のポリヌクレオチドの塩基配列中の1個から数個の塩基が欠失、置換又は付加したポリヌクレオチド、から選択されるポリヌクレオチドである、食道癌細胞の増殖抑制剤である。さらに、本発明は、これらポリヌクレオチドがベクターに組み込まれたものである食道癌細胞の増殖抑制剤を含む。
【0013】
また、本発明の別の好ましい態様は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物が、配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドの変異体、または配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドもしくは該ポリペプチドの変異体の断片である、食道癌細胞の増殖抑制剤である。
【0014】
また、本発明の別の好ましい態様は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物が、化学式(I)〜(III)
【0015】
【化1】

【0016】
で表されるいずれかの化合物である食道癌細胞の増殖抑制剤に関するものである。
【0017】
さらに本発明は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化の阻害、またはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の発現量の変化(増加又は減少)を指標とする食道癌細胞の増殖抑制剤をスクリーニングする方法を提供する。好ましい態様は、アクチベータープロテイン1の転写活性を指標に、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化の阻害を測定することにより食道癌細胞の増殖抑制剤をスクリーニングする方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、食道癌細胞の増殖抑制剤とそのスクリーニング法が提供される。下記実施例において具体的に示されるように、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化の阻害は、食道癌細胞の増殖を著しく抑制する。従って、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIは、食道癌治療の分子標的として有用であり、本発明で提供するカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物を含む食道癌細胞の増殖抑制剤は、食道癌治療薬として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII(CaMKII)の活性化を阻害する化合物を含む、食道癌細胞の増殖抑制剤である。ここで、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化とは、リン酸化酵素たるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの酵素活性の上昇を意味する。
【0020】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの酵素活性は、同酵素の基質となりうるタンパク質またはペプチドの、セリンまたはスレオニン残基のリン酸化量を指標として測定できる。また、転写因子であるアクチベータープロテイン1の結合配列をプロモーター部位として持つ、レポーター遺伝子配列を含むプラスミドを用いて、アクチベータープロテイン1の転写活性を指標に測定できる。
【0021】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIは、基質特異性の広い多機能性のプロテインキナーゼの一種であり、4つのアイソフォーム、すなわちCaMKIIα(配列番号5)、CaMKIIβ(配列番号6)、CaMKIIγ(配列番号7)、CaMKIIδ(配列番号8)が存在する。すなわち、本発明におけるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIとは、配列番号5〜8のアミノ酸配列で表される上記4つのアイソフォームを含む。
【0022】
株化細胞とは、生体より採取した細胞であって、適切な培養条件で培養した場合にほぼ無限に増殖することが可能である状態の細胞のことを言う。ここでいう適切な培養条件とは、各細胞に応じた温度、栄養分、増殖因子、付着面などが提供される条件を言う。
【0023】
本発明の食道癌細胞の増殖抑制剤には、上記の適切な培養条件において株化細胞または生体由来の細胞を培養する場合に、培養液へ添加することによって食道癌細胞の増殖を阻害もしくは抑制する、または細胞死を誘導する化合物が含まれる。なお、食道癌細胞の増殖の阻害、抑制ならびに細胞死は、目視観察、フローサイトメトリー法による細胞表面抗原の変化の検出および細胞内への色素取り込みの検出、または培養液に添加したトリチウムチミジンの細胞内の取り込み量の検出等により確認することが可能である。
【0024】
本発明の食道癌細胞の増殖抑制剤は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物として、上記のようなカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの酵素活性の上昇を抑制する作用を有する化合物を含有するものである。カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの酵素活性の上昇を抑制する作用を有する化合物としては、例えば、該作用を有する低分子有機化合物、ポリヌクレオチド、ポリペプチド等が挙げられる。
【0025】
本発明の食道癌細胞の増殖抑制剤は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物として、好ましくは、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター遺伝子、すなわちカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1(CaMKIINα)およびカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター2(CaMKIINβ)を含むものである。具体的には、本発明の食道癌細胞の増殖抑制剤は、より好ましくは、(1)配列番号1もしくは配列番号2の塩基配列で表されるポリヌクレオチド、(2)配列番号1もしくは配列番号2の塩基配列と80%以上の同一性を有するポリヌクレオチド、または(3)(1)もしくは(2)のポリヌクレオチドの塩基配列中の1個から数個の塩基が欠失、置換又は付加したポリヌクレオチドを含むものである。
【0026】
本発明において「ポリヌクレオチド」は、ポリリボヌクレオチド(RNA)及びポリデオキシヌクレオチド(DNA)のいずれも包含する核酸を意味する。なお、上記DNAには、cDNA、ゲノムDNA、及び合成DNAが含まれる。また上記RNAには、total RNA、mRNA、及び合成RNAが含まれる。
【0027】
本発明の増殖抑制剤に含まれるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害するポリヌクレオチドには、好ましくは配列番号1もしくは配列番号2の塩基配列と80%以上、85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の%同一性を有するポリヌクレオチドが含まれる。ここで、「%同一性」は、BLASTやFASTAによるタンパク質又は遺伝子の検索システムを用いて、ギャップを導入して、決定することができる(Karlin,S.ら、1993年、Proceedings of the National Academic Sciences U.S.A.、第90巻、p.5873−5877;Altschul,S.F.ら、1990年、Journal of Molecular Biology、第215巻、p.403−410;Pearson,W.R.ら、1988年、Proceedings of the National Academic Sciences U.S.A.、第85巻、p.2444−2448)。
【0028】
本発明の増殖抑制剤に含まれるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害するポリヌクレオチドには、配列番号1もしくは配列番号2の塩基配列で表されるポリヌクレオチド、または配列番号1もしくは配列番号2の塩基配列と80%以上の同一性を有するポリヌクレオチド、のいずれかのポリヌクレオチドの塩基配列中の1個から数個の塩基が欠失、置換又は付加したポリヌクレオチドが含まれる。ここで、「数個」とは、約5、4、3又は2個以下の整数を意味する。また、「付加」とは、元のポリヌクレオチドの塩基配列に別の塩基配列を追加することであり、付加される部位は元のポリヌクレオチドの5’末端であっても3’末端であってもよく、またはポリヌクレオチド内のいくつかの部位に同じ程度または異なる程度で付加されていてもよい。
【0029】
本発明の増殖抑制剤に含まれる上記のカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害するポリヌクレオチドは、該ポリヌクレオチドが発現可能なように発現ベクターに組み込まれたものであってもよい。該ポリヌクレオチドを組み込んだ発現ベクターを、食道癌細胞に導入することで細胞増殖を抑制できる。これらポリヌクレオチドを発現ベクターへ組み込む方法としては、リン酸カルシウム法、DEAE−デキストラン法、エレクトロポレーション法、さらにリポソーム法、マイクロインジェクション法などの化学・物理的手段が挙げられる。
【0030】
本発明の増殖抑制剤に含まれる上記のカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害するポリヌクレオチドを組み込む発現ベクターとして、ウイルスベクターを用い、ウイルスベクターに組み込まれた該ポリヌクレオチドを食道癌細胞または生体へ導入することができる。ウイルスベクターとしては、すでにp53遺伝子のような癌抑制遺伝子を導入することによって臨床的に用いられているアデノウィルスベクターの他、レトロウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、アデノウイルス/アデノ随伴ウイルスハイブリッドベクター、レンチウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクターなどが挙げられる。食道癌細胞へのウイルスベクターの導入においては、細胞当たり100以下、好ましくは20以下、より好ましくは5以下のウイルス粒子の感染が生じることが望ましい。また生体へのウイルスベクターの導入においては、投与単位当たり1×1011以下、好ましくは1×1010以下、好ましくは1×10以下、より好ましくは1×10以下の感染性ウイルス粒子を食道癌組織へ投与することが望ましい。
【0031】
本発明の増殖抑制剤に含まれるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物には、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター遺伝子、すなわちカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1(CaMKIINα)またはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター2(CaMKIINβ)によってコードされるポリペプチドが含まれる。具体的には、配列番号3または配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドが含まれる。また、本発明の食道癌細胞増殖抑制剤にはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する作用を有する限り、配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドの変異体、または配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドの断片も含まれる。また、上記ポリペプチド、その変異体、またはその断片が修飾されたポリペプチドも含まれる。
【0032】
ここで、配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドの「変異体」には、配列番号3または4で表されるアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失もしくは置換したポリペプチドを含まれる。さらに1もしくは数個のアミノ酸が当該ポリペプチドのアミノ末端、カルボキシル末端、又はポリペプチド内へ付加したポリペプチドも含まれる。これらの変異は、いくつかの部位に同じ程度または異なる程度で存在してもよい。さらに該ポリペプチドの変異体には、その部分配列と約80%以上、約85%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上、約97%以上、約98%以上、約99%以上の%同一性を示すポリペプチドも含まれる。このような変異体には、例えば、ヒトと異なる哺乳動物種のホモログ、同種の哺乳動物(例えば人種)間での多型性変異に基づく変異体などの天然変異体が含まれる。
【0033】
配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドまたは該ポリペプチドの変異体の断片には、配列番号3または4で表されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドまたはその部分配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失もしくは置換、付加したポリペプチドの内、少なくとも50個、好ましくは30個、20個、より好ましくは10個の連続したアミノ酸配列を含んでなるポリペプチドが含まれる。
【0034】
また、上記の配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、その変異体、またはその断片が「修飾されたポリペプチド」には、ペプチド結合または修飾されたペプチド結合(すなわち、ペプチド等配電子体)によって互いに連結された2つ以上のアミノ酸を含んでなるポリペプチドが含まれる。該ポリペプチドは、遺伝子によってコードされる20種のアミノ酸とは異なるアミノ酸を含有することができる。また、該修飾されたポリペプチドには、翻訳後修飾などの天然の修飾、あるいは当該分野で周知の化学的な修飾方法のいずれかによって修飾がなされたポリペプチドが含まれる。修飾は、ペプチド骨格、アミノ酸側鎖及びアミノ末端またはカルボキシル末端を含むポリペプチド内のいずれの位置に行われていてもよい。同じタイプの修飾が、ポリペプチド内のいくつかの部位に同じ程度または異なる程度で存在してもよい。また、異なる複数のタイプの修飾を含んでもよい。該ポリペプチドは、例えばユビキチン化の結果として分枝がなされてもよく、環状であってもよい。環状、分枝状および分枝した環状のポリペプチドは、翻訳に続く天然の修飾に起因しても、あるいは合成的方法によって作製されてもよい。
【0035】
配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、該ポリペプチドの変異体、または該ポリペプチドもしくは該ポリペプチドの変異体の断片を食道癌細胞へ導入することにより、細胞増殖を阻害することができる。食道癌細胞への導入には、細胞のタンパク質輸送による取り込みを利用する方法、リポソーム法、細胞表面に親和性が高い分子と該ペプチドを結合させる方法などが挙げられる。さらに、これらのポリペプチドを患者へ投与することによって食道癌を治療することができる。
【0036】
上記ポリペプチドは、例えば当業界で慣用の技術である化学合成またはDNA組換え技術によって作製することができる。ペプチドの化学合成に際しては、例えばApplied Biosystems社製や島津製作所社製等の市販のペプチド合成機を使用して合成することができる。
【0037】
さらに上記ポリペプチドは、前述のポリヌクレオチドを発現ベクターに組み込み、該ベクターによって形質転換又はトランスフェクションされた原核又は真核宿主細胞を培養することによって、該細胞又は培養上清から得ることができる。
【0038】
この場合の宿主細胞としては、細菌などの原核細胞(例えば大腸菌、枯草菌)、酵母(例えばサッカロマイセス・セレビシアエ)、昆虫細胞(例えばSf9細胞)、哺乳動物細胞(例えばCOS、CHO、BHK)などを用いることができる。ベクターには、該ポリペプチドをコードするDNAの他に、調節エレメント、例えばプロモーター、エンハンサー、ポリアデニル化シグナルおよびリボソーム結合部位、複製開始点、ターミネーター、選択マーカーなどを含むことができる。
【0039】
また、上記ポリペプチドの精製を容易にするために、標識ペプチドを該ペプチドのC末端またはN末端に付加した融合タンパク質の形態で製生産することもできる。代表的な標識ペプチドには、6〜10残基のヒスチジンリピート、FLAG、mycぺプチト゛、GFPポリペプチドなどが挙げられるが、標識ペプチドはこれらに限られるものではない。標識ペプチドを付加したポリペプチドの精製には、一般に用いられるそれぞれの標識ペプチドに適したアフィニティークロマトグラフィーを用いることができる。
【0040】
標識ペプチドを付けずに該ポリペプチドを生産した場合には、その精製法として例えばイオン交換クロマトグラフィーによる方法を挙げることができる。またこれに加えて、ゲルろ過や疎水性クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィーなどを組み合わせる方法でもよい。
【0041】
本発明の増殖抑制剤に含まれるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物には、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの酵素活性の上昇を抑制する作用を有する低分子有機化合物が含まれる。例えば、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼの活性化につながるリン酸化を抑制したり、リン酸化部位を脱リン酸化したり、このキナーゼ活性そのものを阻害する化合物が挙げられる。本発明の増殖抑制剤に含まれる、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの酵素活性の上昇を抑制する作用を有する好ましい低分子有機化合物は、次の化学式(I)〜(III)
【0042】
【化2】

【0043】
で表されるいずれかの化合物である。
【0044】
化学式(I)で表される化合物(KN−62)は、市販のもの(生化学工業社、SIGMA-ALDRICH社などから入手可能)、または既存の合成法(例えば、J. Med. Chem., 37:4079-4084(1994))に従って製造したものを用いることができる。また、化学式(II)で表される化合物(KN−93)は、市販のもの(Calbiochem社、SIGMA-ALDRICH社、生化学工業社等から入手可能)、または既存の合成法(例えば、Biochem. Biophys. Res. Commun. ,181:968-975(1991))に従って製造したものを用いることができる。さらに、化学式(III)で表される化合物(ラベンダスチンC)は、市販のもの(Calbiochem社、SIGMA-ALDRICH社、和光純薬工業社などから入手可能)、または既存の合成法(例えば、Biochemistry, 23:5036-5041(1984))に従って製造したものを用いることができる。
【0045】
これらのうち、化学式(II)で表されるKN−93は、細胞浸透性のカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII阻害剤である。KN−93は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIと性質が類似のプロテインキナーゼであって、サイクリックAMPによって活性化されてタンパク質のセリン残基もしくはスレオニン残基をリン酸化するプロテインキナーゼAには作用せず、カルシウムあるいはカルモジュリンによって活性化されたカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIに作用する。
【0046】
これら化学式(I)〜(III)で表される化合物などの低分子有機化合物であるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII阻害剤は、食道癌細胞の培養上清中に添加することで、その細胞増殖を抑制できる。さらにin vivoにおいては、細胞膜透過性であるので内視鏡手技等により癌部へ直接投与することで、食道癌細胞の増殖を抑制し、食道癌を治療できる。
【0047】
本発明の食道癌細胞増殖抑制剤には、任意の薬理学的に許容な医薬品添加剤、担体又はキャリア等を包含することができる。薬理学的に許容されるとは、用いる投与量又は濃度においては投与を受ける生体または生体由来の細胞に対して無毒性であることをいう。
【0048】
薬理学的に許容な医薬品添加剤としては、たとえば緩衝剤、安定剤、賦形剤としての効果が得られるものが挙げられる。具体的には、リン酸、クエン酸、その他の有機酸又はそれらの塩等の緩衝液、アスコルビン酸を含む抗酸化剤、トゥイーン(登録商標)、プルロニック(登録商標)、PEG等の非イオン性界面活性剤、EDTA等のキレート剤、低分子量(残基数10個未満)のポリペプチド、血清アルブミン、ゼラチン、免疫グロブリン等のタンパク質、ポリビニルピロリドン等の親水性重合体、グリシン、グルタミン、アスパラギン、アルギニン、リシン等のアミノ酸、グルコース、マンノース、デキストリン、デキストラン等の単糖類、二糖類又はその他の炭水化物、マンニトール、ソルビトール等の糖アルコール類、ナトリウムイオン等の塩形成対イオン、などが挙げられる。
【0049】
また、薬理学的に許容な担体又はキャリアとしては、陽イオン性脂質またはポリ陽イオン性脂質を用いることができる。陽イオン性脂質またはポリ陽イオン性脂質としては、例えばリポフェクチン(登録商標)、リポフェクタミン(登録商標)、DOTMA、DOGS(トランスフェクタム;ジオクタデシルアミドグリシルスペルミン)、DOPE(1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン)、DOTAP(1,2−ジオレオイル−3−トリメチルアンモニウムプロパン)、DDAB(ジメチルジオクタデシルアンモニウムブロミド)、ポリブレン、生体適合性のポリマー製またはコポリマー製ナノ粒子、または、ポリ(エチレンイミン)(PEI)、ポリリジン、プロタミン、pK17、ペプチドK8、ペプチドp2などのペプチドを挙げることができる。
【0050】
本発明の食道癌細胞増殖抑制剤は、静脈より注射や点滴による投与が可能であるほか、経口、経皮、経粘膜、経膣、皮下、点眼、筋肉内、直腸内投与などが可能である。さらに食道内視鏡技術によって、直接食道癌が発生している患部に注入することもできる。
【0051】
本発明は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1の検体試料における発現量の変化(増加または減少)、又はカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化の阻害を指標とする食道癌細胞の増殖抑制剤をスクリーニングする方法を提供する。
【0052】
本発明のスクリーニング方法で用いられる検体試料としては、例えば食道組織やその周辺組織などの生体組織、食道細胞、正常食道組織由来の株化細胞、食道癌由来の株化細胞、あるいは血液、血清、血漿、尿などの体液などを用いることができる。被験者の生体組織は、生検法などで採取するか、もしくは手術によって得ることができる。被験者は哺乳類、好ましくはヒトである。
【0053】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子もしくはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター2遺伝子の発現を検出もしくは発現量を測定する方法としては、当該遺伝子の転写産物であるmRNAの発現もしくは発現レベル、また同様に当該遺伝子の翻訳産物であるタンパク質または当該タンパク質の断片の存在もしくは存在量を検出もしくは測定する方法が挙げられる。当該遺伝子の転写産物は、ノーザンブロット法、RT−PCR法、in situ ハイブリダイゼーション法、DNAマクロアレイなどの、特定遺伝子の発現を特異的に検出する公知の方法に従って検出もしくは測定することができる。
【0054】
また、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子由来ポリペプチドもしくはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター2遺伝子由来ポリペプチドの発現を検出もしくは発現量を測定する方法としては、慣用の酵素又は蛍光団で必要により標識したカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子由来ポリペプチドもしくはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター2遺伝子由来ポリペプチドを認識する抗体又はその断片と検体試料とを接触させる工程、及び抗原−抗体複合体を定性的に又は定量的に測定する工程とを含む方法を用いることができる。検出もしくは測定は、例えば免疫電顕によりカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1由来ポリペプチドもしくはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター2遺伝子由来ポリペプチドの存在を検出もしくは発現レベルを測定する方法、酵素抗体法(例えばELISA)、蛍光抗体法、放射性免疫測定法、均一法、不均一法、固相法、サンドイッチ法などの慣用法によって当該ポリペプチドの存在を検出または発現レベルを測定する方法などによって行うことができる。
【0055】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性は、試験管内で適切な条件下において単位時間内にその基質となりうる分子への、リン酸基の供与効率として測定することによって評価することが可能である。例えば、Biochemical Journal、378: 391−397(2004)に記載の方法を適用できる。
【0056】
また、食道癌細胞におけるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII活性化の阻害の程度を測定する方法として、レポーターアッセイによる各種転写調節因子の転写活性を測定する方法を挙げることができる。測定対象となる転写調節因子の例としては、アクチベータープロテイン1、CREB、Gli、NFκB、Smad、β−cateninなどの例をあげることができる。
【0057】
たとえば、アクチベータープロテイン1の活性評価の場合には、評価対象とする化合物を細胞内へ導入しまたは細胞培養液へ添加した後のアクチベータープロテイン1の転写活性の変化を測定することで、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性を評価することが出来る。この方法を用いることにより、評価対象とする化合物が食道癌細胞の増殖抑制作用を有するか否かを評価することができる。すなわち、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化の阻害をアクチベータープロテイン1の転写活性を指標に測定することによって、食道癌細胞の増殖抑制剤をスクリーニングすることができる。この際、評価対象とする化合物は発現ベクターに組み込んだ遺伝子でも良いし、細胞膜透過性処理を施したタンパク質でもよいし、低分子有機化合物でも良い。
【0058】
具体的には、レポーターアッセイ法においては、例えばヒト食道癌由来のプライマリー細胞、KYSEシリーズなどの食道癌由来の株化細胞、またはHEK293、CHOなどの哺乳類株化細胞を用いる。また、ルシフェラーゼ、βガラクトシダーゼ、Green Fluorescent Protein(GFP)などのレポーター遺伝子配列を含み、さらに測定対象とする転写因子が結合しうる転写調節領域配列を該レポーターのプロモーター領域に結合したレポータープラスミドベクターを、評価の対象とする遺伝子を組み込んだ発現ベクターと共に上記の細胞に導入する。両ベクターの導入後、6〜48時間、好ましくは12〜48時間、さらに好ましくは24〜48時間、細胞を培養した後、レポータータンパク質の基質を添加し、基質が変換されたことによって発生する発光、蛍光、発色などのシグナルを指標としてレポーター活性を測定する。さらに、評価の対象とする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを組み込んだ細胞において、レポーター活性が評価対象遺伝子を含まない発現ベクターを導入した細胞と比べて有意に変化していることを検出することによって、該評価対象遺伝子の転写因子調節活性を評価することができる。
【0059】
レポーターアッセイ法においては、そのレポーター遺伝子として、前述のようにルシフェラーゼ、βガラクトシダーゼ、Green Fluorescent Protein(GFP)などを用いてよい。また、その由来は、例えばルシフェラーゼであればホタル、ウミシイタケなどどのような生物由来であってもよい。また基質としては、レポーター遺伝子の翻訳産物が利用しうるものであれば特に制限されることはなく、各社から多くの測定キット(Bright−Glo(登録商標) Luciferase Assay System(Promega社製)、Luciferase Assay Kit(Stratagene社製)など)が市販されており、そのどれを利用してもよい。
【実施例】
【0060】
実施例1:食道癌組織のDNAマイクロアレイ解析
1)実験者の臨床病理学的所見
インフォームドコンセントを得た119名の食道癌患者から、食道癌摘出手術時又は食道生検実施時に食道の摘出組織を得た。摘出された組織片について肉眼的及び/又は病理組織学的に食道癌組織を判断し、食道癌病変部と正常組織部を分けてただちに凍結し、液体窒素中で保存した。
【0061】
2)total RNA抽出とcDNAの調製
試料として食道癌患者の食道組織における食道癌病変部の組織、及び同一食道組織における非癌組織(正常組織)を用いた。おのおのの組織から、Trizol reagent(Invitrogen社製)を用いて、同社推奨のプロトコールによりtotalRNAを調製した。
【0062】
上述の方法で得られたtotalRNA 1μgについて、oligo(dT)プライマー及びランダムノナマーを併用し、CyScribe First-Strand cDNA Labeling Kit(GEヘルスケア社製)を用いてメーカー推奨のプロトコールで逆転写反応を行った。正常組織由来又は食道癌組織由来のtotalRNAにはCy3−dUTP(GEヘルスケア社製)を、リファレンスtotalRNA(Stratagene社製)にはCy5−dUTP(GEヘルスケア社製)を添加して、メーカー推奨のプロトコールで逆転写反応時にcDNAの標識を行った。標識されたcDNAはQIA quick PCR purification Kit(QIAGEN社製)で精製してからハイブリダイズに用いた。
【0063】
3)オリゴDNAマイクロアレイの作製
オリゴDNAマイクロアレイとしてはAffymetrix社製「GeneChip」(登録商標)(Human Genome U133 A)又は本明細書中で述べる方法に従って作製したDNAチップを使用した。
【0064】
DNAチップの作製方法を以下に示す。最初に、搭載するオリゴDNAの種類を決定するために、「GeneChip」を用いて遺伝子の絞込みを行った。「GeneChip」の操作については、「Complete GeneChip」(登録商標) Instrument Systemなどの同社の定める手順に基づいて実施した。「Complete GeneChip」を用いた解析の結果、食道癌によって発現変動が起こる可能性がある遺伝子及び実験対照となりうる遺伝子を計8961種抽出した。
【0065】
抽出した8961種の遺伝子について、配列の重複をおこさないように配列特異性が高い部位の配列60−70残基をそれぞれ選択して合成した。4倍に希釈したSolution I(タカラバイオ社製)に30μMとなるように溶解した、配列番号9のオリゴDNAを含む、8961種の60又は70merからなる合成オリゴDNAを、MATSUNAMI・DNAマイクロアレイ用コートグラスDMSO対応 Type Iアミノ修飾オリゴDNA固定コート(松浪硝子工業株式会社社製)上にスポッター(GMS417arrayer,Affymetrix社製)を用いて湿度環境50−60%でスポットした。
【0066】
4)ハイブリダイゼーション
標識したcDNA 1μgをアンチセンスオリゴカクテル(QIAGEN社製)に溶解し、Gapカバーグラス(松浪硝子工業社製)を載せたDNAチップにアプライし、42℃で16時間ハイブリダイゼーションを行った。ハイブリダイゼーション終了後、DNAチップを2xSSC/0.1%SDS、1xSSC、0.2xSSCで順次洗浄した。
【0067】
5)遺伝子発現量の測定
上述の方法によりハイブリダイゼーションを行ったDNAチップをAgilentマイクロアレイスキャナー(Agilent社製)を用いてスキャンし、画像を取得して蛍光強度を数値化した。統計学的処理は、Speed T.著「Statistical analysis of gene expression microarray data」(Chapman & Hall/CRC社発行)、またはCauston H.C.ら著「A beginner’s guide Microarray gene expression data analysis」(Blackwell publishing社発行)に記載の手法を参考にして行った。すなわち、ハイブリダイズ後の画像解析から得られたデータについて、それぞれの対数値をとり、global normalizationとLOWESS(locally weighted scatterplot smoother)による平滑化を行い、MAD によるスケーリング処理によってノーマライゼーション補正を行った。
【0068】
その結果、食道癌病変部における発現量が、非癌組織部より有意に少ない遺伝子(p<6.2E−13、by Student’s t−test)として、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1を見出すことが出来た。
【0069】
実施例2:定量RT−PCR法による食道及び食道癌組織におけるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の発現量測定
1)RNAの調製
正常組織由来又は食道癌組織由来のtotal RNAは、BioChain Institute, Inc.社より購入した。KYSE−180株化細胞のRNAは、以下のように抽出した。回収した細胞をHomogenizer(Invitrogen社製)を用いて破濁した後、Micro−to Midi Total RNA Purification System(Invitrogen社製)を用いて抽出した。抽出方法は、それぞれ同社推奨のプロトコールに従った。抽出したRNAを60μlのNuclease free waterに溶解し、RNA量をNanoDrop(NanoDrop Technologoes Inc.社製)で測定した。
【0070】
2)定量的RT−PCR
上述のtotal RNA 1μgについて、oligo(dT)プライマーを使用し、SuperScript First−Strand Synthesis System for RT−PCR (Invitrogen社製)を用いて、同社推奨のプロトコールに基づいて逆転写反応を行った。合成したcDNAに80μlのTEを加え、最終分量を100μlにした。
【0071】
定量的RT−PCRは、タカラバイオ社発行の書籍である「はじめてのリアルタイムPCR」、「リアルタイムPCRの基礎知識」、「リアルタイムPCR実践編」に記載の方法を参考に行った。
【0072】
検量線の作成は、内部標準であるGAPDHについてはHuman referencen RNAより合成したcDNAを、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1についてはPCR断片を、それぞれ任意の濃度に希釈して行った。組成及び反応条件は、SYBR Premix ExTaq(タカラバイオ社製)に従い、ABI PRISM 7000にて増幅反応を行った。合成したcDNA 1μl(total RNA 10 ng相当)を用い、プライマーはそれぞれ0.2 M(終濃度)、45サイクルの増幅反応を行った。
【0073】
その結果、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の発現量は、食道癌組織において正常食道組織の約1/7.7に減少していることが確認された。また、食道癌由来の株化細胞であるKYSE−180についても、発現は正常食道組織の約1/9.1に減少していた。
【0074】
実施例3
食道癌株化細胞において、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子が癌シグナル伝達経路であるアクチベータープロテイン1経路に対して与える影響について検討した。食道癌株化細胞として、KYSE−180を用いた。
【0075】
1)RT−PCR法によるカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子発現の確認
0.7μgのアクチベータープロテイン1レポーター遺伝子を組み込んだベクターであるpAP−1(PMA)−TA−Luc(CLONTECH社製)と、0.18〜1.7μgのカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子を組み込んだpME18SFL3ベクター(TOYOBO社製)を、lipofectamine (Invitrogen社製) 5 μlおよび Plus reagent (Invitrogen社製) 5 μlを用いて、同時にKYSE−180株化細胞に導入した。導入方法はlipofectamineの使用説明書に従った。遺伝子を導入後、48時間経過したKYSE−180株化細胞からtotalRNAを抽出した。このうち1μgを用いて、oligo(dT)プライマーを使用し、SuperScript First−Strand Synthesis System for RT−PCR (Invitrogen社製)で逆転写反応を行った。方法は同社推奨のプロトコールに従った。合成したcDNAに80μlのTEを加え、最終分量を100μlにした。PCR反応は、合成したcDNA 1μl(total RNA 20 ng相当)に対してTaKaRA Taq(タカラバイオ)を用いて増幅反応を行った。組成は同社推奨のプロトコールに従い、プライマーはそれぞれ0.2M(終濃度)、サイクル数は23サイクルとした。
【0076】
この結果、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子導入株化細胞中では、導入遺伝子量に応じたカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の発現が確認された。
【0077】
2)レポーターアッセイ
0.7μgのアクチベータープロテイン1レポーター遺伝子を組み込んだベクターであるpAP−1(PMA)−TA−Luc(CLONTECH社製)と、0.18〜1.7μgのカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子を組み込んだpME18SFL3ベクター(TOYOBO社製)を、lipofectamine (Invitrogen社製) 5 μlおよび Plus reagent (Invitrogen社製) 5 μlを用いて同時に細胞に導入した。導入方法はlipofectamineの使用説明書に従った。遺伝子導入から24時間後に細胞を剥離し、96well plateに6×10cells/well播種した。さらに24時間後(遺伝子導入から48時間後)にTPA(25ng/ml)を添加して刺激を加え、TPA添加から6時間後に培養上清を除去して洗浄を行った上で、PLB(Promega)50μlで細胞を破砕し、細胞抽出液を得た。
【0078】
細胞抽出液10μlに発光基質(20mM Tricine、2.67mM MgSO、0.1mM EDTA、33.3mM DTT、0.53mM ATP、0.22mM Coenzyme−A、0.047mM D−Luciferin)を50μl添加し、ルミノメーターにてLuciferinの発光値を測定した。
【0079】
その結果を図1、2に示した。図1のグラフはTPA刺激後の、図2のグラフは無刺激の細胞を用いた場合の、それぞれレポーターアッセイによるAP―1活性の測定結果を示す。いずれのグラフも、横軸はカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の導入量(μg)またはベクター導入量(μg)を、縦軸はAP−1活性に依存するLuciferinの発光値(強度)を表す。また、それぞれの核酸電気泳動像は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子とコントロール遺伝子としてGAPDHの発現量を検出した核酸電気泳動像である。TPA刺激が有りまたは無しのいずれの場合においても、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の導入濃度および発現量に依存的にアクチベータープロテイン1シグナル活性が抑制されることが示された。
【0080】
実施例4:カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII阻害剤の細胞増殖速度に対する影響
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII阻害剤であるKN−93(コスモバイオ社製)、またはコントロール化合物として、阻害活性を持たないKN−93誘導体であるKN−92(コスモバイオ社製)を培養液に添加した場合の、KYSE−180細胞の増殖能を測定した。培養開始時の細胞数を60000個/wellとして、96well plateに播種した。培養液に化合物を添加して3日間COインキュベーター内、37℃で培養した後の細胞数をAlamar Blue(TREK Diagnostic Systems Lyd社製)を用いて測定した。
【0081】
5%FBSおよびペニシリンを含むF12/RPMI培地90μlとAlamar Blue 10μlを混合して調製液とした。前記の方法で培養した細胞の上清を除去し、調製液を1well当たり100μl添加した。調製液を添加後、37℃で2時間培養し、プレートリーダーにて570nmでの吸光度(OD570)と600nmでの吸光度(OD600)を測定した。それぞれ検体及びブランクの570nm及び600nmでの吸光度<OD570>、<OD600>の値を下記の計算式(1)に代入し、還元率を算出して細胞数の指標とした。
【0082】
【数1】

【0083】
コントロール化合物KN−92を培養液中に添加した培養した細胞は、化合物を添加せずに培養した細胞と同様な増殖能を示した。それに対して、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII阻害剤KN−93を培養液中に添加して培養した場合、KYSE−180細胞の増殖は顕著に抑制された(表1)。
【0084】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】図1は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子を導入したKYSE−180株化細胞における、TPA刺激(25ng/ml,6時間)AP−1活性依存性Luciferin発光値を表すグラフ、および同遺伝子とコントロール遺伝子としてGAPDHの発現量を検出した核酸電気泳動像である。グラフの横軸はカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の導入量を、縦軸はLuciferinの発光値を示す。
【図2】図2は、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子を導入した無刺激のKYSE−180株化細胞における、AP−1活性依存性Luciferin発光値を表すグラフ、および同遺伝子とコントロール遺伝子としてGAPDHの発現量を検出した核酸電気泳動像である。グラフの横軸はカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の導入量を、縦軸はLuciferinの発光値を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII(CaMKII)の活性化を阻害する化合物を含む、食道癌細胞の増殖抑制剤。
【請求項2】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物が以下の(1)〜(3)から選択されるポリヌクレオチドである請求項1に記載の食道癌細胞の増殖抑制剤。
(1)配列番号1または配列番号2の塩基配列で表されるポリヌクレオチド。
(2)配列番号1または配列番号2の塩基配列と80%以上の同一性を有するポリヌクレオチド。
(3)(1)又は(2)のポリヌクレオチドの塩基配列において1個から数個の塩基が欠失、置換又は付加したポリヌクレオチド。
【請求項3】
前記ポリヌクレオチドが発現可能なベクターに組み込まれたものである請求項3に記載の食道癌細胞の増殖抑制剤。
【請求項4】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物が、配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチド、配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドの変異体、または配列番号3もしくは配列番号4のアミノ酸配列で表されるポリペプチドもしくは該ポリペプチドの変異体の断片である請求項1に記載の食道癌細胞の増殖抑制剤。
【請求項5】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化を阻害する化合物が化学式(I)〜(III)
【化1】

で表されるいずれかの化合物である請求項1に記載の食道癌細胞の増殖抑制剤。
【請求項6】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化の阻害、またはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIインヒビター1遺伝子の発現量の変化を指標とする食道癌細胞の増殖抑制剤をスクリーニングする方法。
【請求項7】
カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼIIの活性化の阻害をアクチベータープロテイン1の転写活性を指標に測定する請求項6に記載の食道癌細胞の増殖抑制剤をスクリーニングする方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−214201(P2008−214201A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−50052(P2007−50052)
【出願日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】