説明

DLC製膜方法及び製膜装置

【課題】マイクロクラックやピンホールが形成されることなく、樹脂含有物成形品にDLC膜を形成できる方法及び製膜装置を提供する。
【解決手段】真空チャンバ4を減圧して原料ガスを導入した後、電極2,3間に高周波電圧を印加して目標膜厚より薄い膜厚のDLC膜10を形成する製膜工程と、高周波電圧の印加を停止して電極2,3に蓄積された熱を逃がす放熱工程を交互に行うことにより、目標膜厚に達するまで段階的にDLC膜を製膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂含有物成形品、特に、上下片端又は両端が開口された筒状、容器状の中空状樹脂含有物成形品の内周面にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を形成するDLC製膜方法及び製膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、注射器のシリンジなどは、旧来のガラス製のものに加え、洗浄の手間を軽減し、感染症を防止するため、予め薬液を注入した樹脂製のディスポーザブルタイプ(使い捨て)のものが広く普及している。
これらの材料として、長期保存に耐えるように、高ガスバリア性・高耐薬品性が要求されるだけでなく、ピストンの周囲に取り付けられたシリコンゴムなどのOリングとシリンジ内周面との摩擦が小さくして高摺動性を有することが要求される。
また、化学実験などで使用されるマイクロシリンジや、サンプリングチューブ、試験管、実験用中口ボトルなどもガラス製のものに加え、樹脂製のものが普及しており、やはり高耐薬品性が要求されている。
【0003】
このため、出願人は、中空状樹脂含有物成形品の内周面にDLC膜を形成する実験を行った。
DLC膜は、炭素間のSP結合を主体としたアモルファスな硬質炭素膜で、高ガスバリア性・低摩擦性・高硬度・高電気絶縁性・高屈折率・高放熱性・高耐食性等の優れた物理的・化学的特性を有している。
【0004】
そして、一般にペットボトルのような口の小さな容器の内面にDLC膜を形成する場合は、ペットボトル内を真空に維持して、原料ガスを供給した後、その外周面を囲む外部電極と、内部に挿入した内部電極との間に高周波電圧を印加させてプラズマを発生させ、内周面にDLC膜を形成している。
【特許文献1】特許第3880797号
【0005】
一方、図5は、注射器用シリンジなどのように内径と口径が略等しい筒状の中空状樹脂含有物成形品や、口径が内径と等しくないまでも比較的大きい容器状の中空状樹脂含有物成形品の内面にDLC膜を形成するDLC製膜装置を示す。
この種の樹脂含有物成形品としては、ガラス製注射器に替わり予め薬液が充填されるプレフィールドシリンジと称するプラスチック製の注射器や、開口端を栓にて密封した樹脂製チューブ内に予め検査薬を充填した減圧採血器などがある。
そして、DLC製膜装置51は、被処理物を載置する下部電極52と、当該下部電極52に対向する上部電極53が配された真空チャンバ54と、該真空チャンバ54を所定の真空度まで減圧する排気系55と、減圧された真空チャンバ54内に原料ガスを導入する原料ガス供給系56と、原料ガス導入後、前記上部電極及び下部電極の間に所定の高周波電圧を印加するプラズマ用電源57と、製膜後真空チャンバ54内に大気を導入する開放バルブ58を備えている。
【0006】
そして、例えばプレフィールドシリンジの内周面に、ピストンの摺動性を向上させると共に薬液の酸化防止、耐薬品性の向上のためにDLC膜を形成する場合、シリンジ61の外周面に外部電極となる金属カバー62を装着した状態で、シリンジ61を金属カバー62と共にその開口部を上に向けて下部電極52に載置する。
【0007】
この状態で製膜を行う場合に、図6に示すように、減圧工程P21−原料ガス供給工程P22−製膜工程P23−加圧工程P24の四工程で製膜を完了する。
まず、減圧工程P21では、排気系55により真空チャンバ54内を所定の真空度まで減圧させ、原料ガス供給工程P22で原料ガス供給系56から原料ガスの供給が開始された後、製膜工程P23で下部電極52及び上部電極53の間にプラズマ用電源57から供給される高周波電圧を印加し、プラズマを発生させることにより所定の製膜温度以下でシリンジ61の内周面に目標膜厚のDLC膜63が形成される。
そして最後に、加圧工程P24で大気開放バルブ58を開いて大気を導入することにより真空チャンバ54内を大気圧まで加圧し、DLC膜を形成したシリンジ61を取り出すようにしている。
【0008】
しかしながら、所定の膜厚のDLC膜を形成するために高周波電圧を印加して製膜したときに、シリンジ61の内面で成長していくDLC膜63の内部応力に起因してマイクロクラック64が形成されたり、DLC膜63の表面からシリンジ61まで貫通するピンホール65が形成されたりすることがあり、この場合はDLC膜が有する高ガスバリア性・高耐薬品性・高摺動性などの特性を得ることができなくなるという問題を生じた。
また、シリンジ61の外周面に装着された金属カバー62の上部電極53に近い上端部では、上下の電極52及び53間に高周波電圧を印加することにより電界集中を起こすため、その温度が、図6下段に示すように上昇傾向にある。
そして、条件によっては、製膜終了までに相当な高温(例えば120℃程度)に達する場合があり、樹脂含有物成形品であるシリンジ61の適正な製膜温度を超えてさらに耐熱温度近くまで達すると、シリンジ61が変質したり変色したりするという問題も生じた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、中空状樹脂含有物成形品の内周面にDLC膜を形成する場合に、マイクロクラックやピンホールの形成を抑え、また、中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着してその内周面にDLC膜を形成する場合であってもその金属カバーの温度上昇を抑えてDLC膜を形成することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、真空チャンバ内に、ステージとなる下部電極と、当該下部電極に対向する上部電極が配され、被処理物となる樹脂含有物成形品を下部電極に載置し、所定の真空度まで減圧した真空チャンバ内に原料ガスを導入した後、前記上部電極及び下部電極の間に高周波電圧を印加してプラズマを発生させることにより所定の製膜温度以下でその被処理物に目標膜厚のDLC膜を形成するDLC製膜方法において、
真空チャンバを減圧して原料ガスを導入した後、電極間に高周波電圧を印加して目標膜厚より薄い膜厚のDLC膜を形成する製膜工程と、高周波電圧の印加を停止して電極に蓄積された熱を逃がす放熱工程を交互に行うことにより、目標膜厚に達するまで段階的にDLC膜を製膜することを特徴としている。
請求項2の発明は、請求項1記載のDLC製膜方法において、前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、当該中空状樹脂含有物成形品を金属カバーと共にその開口部を上に向けて下部電極に載置し、その内面にDLC膜を形成する場合に、前記下部電極を強制冷却することにより、製膜工程中に加熱される金属カバーの温度を製膜温度以下に抑えることとしている。
請求項3の発明は、請求項1記載のDLC製膜方法において、前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、当該中空状樹脂含有物成形品を金属カバーと共にその開口部を上に向けて下部電極に載置し、その内面にDLC膜を形成する場合に、前記真空チャンバ内を強制冷却することにより、製膜工程中に加熱される金属カバーの温度を製膜温度以下に抑えることとしている。
請求項4の発明は、請求項1記載のDLC製膜方法において、前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、当該中空状樹脂含有物成形品を金属カバーと共にその開口部を上に向けて下部電極に載置し、その内面にDLC膜を形成する場合に、前記下部電極を強制冷却すると共に前記真空チャンバ内を強制冷却することにより、製膜工程中に加熱される金属カバーの温度を製膜温度以下に抑えることとしている。
請求項5の発明は、被処理物となる樹脂含有物成形品を載置する下部電極と、当該下部電極に対向する上部電極が配された真空チャンバと、該真空チャンバを所定の真空度まで減圧する排気系と、減圧された真空チャンバ内に原料ガスを導入する原料ガス供給系と、原料ガス導入後、前記上部電極及び下部電極の間に所定の高周波電圧を印加するプラズマ用電源を備え、所定の真空度まで減圧した真空チャンバ内に原料ガスを導入させ、上部電極及び下部電極の間に高周波電圧を印加してプラズマを発生させることにより所定の製膜温度以下で被処理物に目標膜厚のDLC膜を形成するDLC製膜装置において、
高周波電圧の印加と停止を交互に行って目標膜厚に達するまで段階的にDLC膜を製膜する給電コントローラを備えると共に、該コントローラによる高周波電圧の印加時間が目標膜厚より薄い膜厚のDLC膜を形成する所定時間に選定され、高周波電圧の印加を停止している時間が、被処理物に接触する電極に蓄積された熱を逃がす所定時間に選定されたことを特徴としている。
請求項6の発明は、請求項5記載のDLC製膜装置において、前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、中空状樹脂含有物成形品の内面にDLC膜を形成する場合に、高周波電圧印加中に加熱される金属カバーの温度が製膜温度以下に抑えられるように前記下部電極を強制冷却する冷却機構を備えている。
請求項7の発明は、請求項5記載のDLC製膜装置において、前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、中空状樹脂含有物成形品の内面にDLC膜を形成する場合に、高周波電圧印加中に加熱される金属カバーの温度が製膜温度以下に抑えられるように前記真空チャンバ内を強制冷却する冷却機構を備えている。
請求項8の発明は、請求項5記載のDLC製膜装置において、前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、中空状樹脂含有物成形品の内面にDLC膜を形成する場合に、高周波電圧印加中に加熱される金属カバーの温度が製膜温度以下に抑えられるように前記下部電極を冷却する電極冷却機構と、真空チャンバ内を強制冷却するチャンバ内冷却機構を備えている。
なお、本明細書中、「樹脂含有物成形品」というときは、樹脂のみで成形された樹脂成形品に限らず、樹脂に金属粉末や鉱物粉末その他の材料を混入した複合材料により成形された成形品や、金属粉末や金属粒子その他の材料のバインダとして樹脂が使用された複合材料により成形された成形品も含む。
【発明の効果】
【0011】
請求項1及び5の発明によれば、DLC膜を段階的に形成することにより最終的に所定の膜厚まで成長させているので、DLC製膜時に発生する内部応力を逃がしながら、薄膜のDLCを積層して所定膜厚のDLC膜が形成されるので、マイクロクラックが形成され難い。
また、連続して高周波電圧を印加したときにはピンホールと称する透孔欠陥が形成される場合でも、薄膜を積層する場合に夫々の薄膜でピンホールが形成されたとしても、その形成場所が分散されるため樹脂含有物成形品まで貫通するピンホールが形成され難く、良好な膜質が得られる。
さらに、電極間に高周波電圧を印加してDLC膜を形成する製膜工程と、高周波電圧の印加を停止して電極に蓄積された熱を逃がす放熱工程を交互に行うことにより、薄膜が形成されるたびに電極が冷却されるので、電極が製膜温度以上に加熱されることがなく、下部電極に接する被処理物(樹脂含有物成形品)が変色したり、変質することもない。
特に、被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、当該中空状樹脂含有物成形品を金属カバーと共にその開口部を上に向けて下部電極に載置し、その内面にDLC膜を形成する場合は、金属カバーの上端が加熱されやすいため、放熱時間を確保することにより、金属カバー加熱による悪影響を排除することができる。
【0012】
請求項2及び6の発明によれば、下部電極が強制冷却されるので、製膜中に加熱される金属カバーとこれに接する下部電極との間に温度勾配が形成され、高周波電圧の印加が停止されている間に金属カバーの熱が下部電極にいち早く逃がされるので、金属カバーの温度を製膜温度以下に抑えることができる。
請求項3及び7の発明によれば、真空チャンバ内が強制冷却されているので、製膜中に加熱される金属カバーの温度上昇が抑えられる。
請求項4及び8の発明によれば、下部電極及び真空チャンバ内の双方が冷却されるので、金属カバーの温度上昇をより確実に抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、所定の膜厚のDLC膜を形成する場合でも、マイクロクラックやピンホールの形成を抑え、また、高周波電圧の印加に伴う電極の加熱を防止するという目的を達成するために、電極間に高周波電圧を印加して目標膜厚より薄い膜厚のDLC膜を形成する製膜工程と、高周波電圧の印加を停止して電極に蓄積された熱を逃がす放熱工程を交互に行うことにより、目標膜厚に達するまで段階的にDLC膜を製膜することとした。
【0014】
図1は本発明装置を示す説明図、図2は下部電極の冷媒流路を示す説明図、図3は真空チャンバの冷媒通路を示す説明図、図4は本発明方法を示す説明図である。
【実施例1】
【0015】
図1に示すDLC製膜装置1は、被処理物となる樹脂含有物成形品を載置する下部電極2と、当該下部電極2に対向する上部電極3が配された真空チャンバ4と、該真空チャンバ4を所定の真空度まで減圧する排気系5と、減圧された真空チャンバ4内に原料ガスを導入する原料ガス供給系6と、原料ガス導入後、前記下部電極2及び下部電極3の間に所定の高周波電圧を印加するプラズマ用電源7と、その電源7からの給電状態をコントロールする給電コントローラ8と、真空チャンバ4内に大気を導入する開放バルブ9を備えている。
そして、前記排気系5により真空チャンバ4内を所定の真空度まで減圧して、前記原料ガス供給系6から原料ガスを導入し、下部電極2及び上部電極3の間にプラズマ用電源7から供給される高周波電圧を印加してプラズマを発生させることにより、所定の製膜温度以下で被処理物に目標膜厚のDLC膜10を形成することができるようになっている。
【0016】
被処理物としては、上下片端又は両端が開口された筒状又は容器状の中空状樹脂含有物成形品11が用いられ、その外周面に外部電極となる金属カバー12を装着した状態で、当該中空状樹脂含有物成形品11を金属カバー12と共にその開口部を上に向けて下部電極2に載置し、その内面にDLC膜を形成する。
なお、樹脂含有物成形品11は、樹脂のみで成形された成形品に限らず、樹脂に金属粉末や鉱物粉末その他の材料を混入した複合材料により成形された成形品や、金属粉末や金属粒子その他の材料のバインダとして樹脂が使用された複合材料により成形された成形品も含む。
本例では、樹脂含有物成形品11として例えば注射器用シリンジを用い、その内周面に、ピストンの摺動性を向上させると共に薬液の酸化防止のためにDLC膜10を形成する。
【0017】
下部電極2は、真空チャンバ4に対して電気的に絶縁されて前記プラズマ用電源7に接続されると共に、当該下部電極2を強制冷却する冷却機構13を備えている。
この冷却機構13は、その下部電極2の内部に形成された冷媒循環流路14と、当該循環流路14に冷媒を供給するポンプ15と、還流された冷媒を冷却する冷却機16を備えており、冷却機構13を介して下部電極2に印加された高周波電圧がリークしないように、全体が絶縁支持されている。
冷媒循環流路14は、図2(a)及び(b)に示すように下部電極2を所定厚さで水平に切断した切断面2sに刻設され、その両側に冷媒漏れを防止するOリング14s…が設けられている。
なお本例では、下部電極2が8℃に維持されるように冷媒温度が調整されている。
これにより、高周波電圧が印加されたときに、下部電極2に載置された金属カバー12の上端側に電界集中を生じて加熱されたとしても、金属カバー12と下部電極2に大きな温度勾配が生じるので、金属カバー12に蓄積された熱を逃がしやすい。
【0018】
上部電極3は上下位置調整可能に配されると共に、真空チャンバ4と共にアースに接続されている。
また、真空チャンバ4は、その内部を強制冷却する冷却機構17を備えている。
この冷却機構17は、真空チャンバ4の側壁部に形成された冷媒循環流路18と、当該循環流路18に冷媒を供給するポンプ19と、還流された冷媒を冷却する冷却機(図示せず)を備えている。
冷媒循環流路18は、図3(a)及び(b)に示すように、円筒状に形成された真空チャンバ4の胴部4Aに上下に貫通する複数の平行流路18a…が形成されると共に、底板4B及び天板4Cには隣接する平行流路18aを順次連通させて蛇行流路を形成する連結流路18b…、18c…が形成されている。
そして、本例では、真空チャンバ4内が8℃に維持されるように冷媒温度が調整されている。
【0019】
排気系5は、チャンバ4内を数秒以内に1〜数百Paまで減圧する真空ポンプ20やリザーバ(図示せず)を備えている。
また、原料ガス供給系6は、メタン(CH)などの炭化水素系ガスを供給する炭素系ガスボンベ21Aと、クリーニング用の水素ガス(H)を供給する水素ガスボンベ21Bを備え、必要に応じて夫々を真空チャンバ4内に供給する。
さらに、プラズマ用電源7からは、周波数約13.56MHz、電圧350V〜2kV、出力500W〜1kWの高周波電圧が供給される。
【0020】
給電コントローラ8は、目標膜厚に達するまで段階的にDLC膜が製膜されるように、プラズマ用電源7から下部電極2に供給される高周波電圧の印加と停止を交互に行う。
高周波電圧が印加されている間、樹脂含有物成形品11の内面にDLC膜が製膜され、高電圧の引火を停止している間、金属カバー12に蓄積された熱が放熱される。
すなわち、高周波電圧の一回の印加時間は、目標膜厚より薄い膜厚のDLC膜を形成する時間に選定されている。高周波電圧を例えば10秒連続印加することにより100nmのDLC膜が形成される場合に、高周波電圧の印加時間2秒、放熱時間2秒を交互に繰り返しながら高周波電圧を5回印加させ、DLC膜を膜厚20nmずつ形成していく。
もちろん、高周波電圧の印加時間は一定である必要はなく、任意に選択しうる。
【0021】
この場合に、予め実験により目標膜厚に達するまでの連続印加時間を求めておき、印加時間の合計が連続印加時間に等しくなるように高周波電圧印加のタイムスケジュールを設定したり、任意のタイムスケジュールに従って形成されたDLC膜の厚さを測定して目標膜厚が得られるタイムスケジュールを設定するようにしてもよい。
【0022】
以上が本発明に係るDLC製膜装置の一構成例であって、次に、これを用いたDLC製膜方法を図4に基づいて説明する。
まず、樹脂含有物成形品11の外周面に金属カバー12を装着させて下部電極4に載置し、真空チャンバ4を密封した状態で製膜処理を開始させる。
まず、減圧工程Pでは排気系5により真空チャンバ4内を数秒程度で数十Paまで減圧し、原料ガス供給工程Pでは原料ガス供給系6から炭化水素系ガスの供給が開始され、製膜工程が終了するまで供給される。
【0023】
次いで、目標膜厚に達するまで段階的にDLC膜を製膜するように給電コントローラ8により高周波電圧の給電制御Pを行う。
この場合に、電極2,3間に高周波電圧を印加して目標膜厚より薄い膜厚のDLC膜を形成する製膜工程Q〜Qと、高周波電圧の印加を停止して電極に蓄積された熱を逃がす放熱工程R〜Rを交互に行う。
【0024】
本例では、製膜工程Q〜Qが夫々2秒で合計10秒、放熱工程R〜Rが夫々2秒で合計8秒に設定されている。
これは、高周波電圧を連続印加したときにDLC膜の膜厚が目標膜厚である100nmに達するまでの時間が約10秒であったため、合計製膜時間が10秒となるように設定したもので、このとき各製膜工程Q〜QでDLC膜が20nmずつ形成される計算になる。
これにより、急激に膜厚の厚いDLC膜が形成されるのではなく、膜厚の薄いDLC膜が積層されて目標膜厚のDLC膜が形成される。
積層される個々のDLC膜は薄いので、その内部応力が小さく、また、上下に積層されるDLC膜の内部応力は各層ごとに分断されるものと考えられる。
したがって、結果的に、製膜時に発生する内部応力が逃がされることとなり、全体として大きな内部応力が生成されることがなく、マイクロクラックが生じ難い。
【0025】
さらに、従来方法のように連続して高周波電圧を印加する場合は、最初にピンホールが形成されると、そのピンホールを残したままDLC膜が成長するが、本例のように、高周波電圧を断続的に印加する場合には、夫々のDLC薄膜を形成する際にピンホールが形成されたとしても、その都度形成箇所が変化して分散される。
したがって、各層のDLC膜同士でピンホールが覆われ、樹脂含有物成形品11まで貫通するピンホールが形成されることがなく良好な膜質が得られる。
【0026】
また、放熱工程R〜Rは、製膜完了時の金属カバー12の上端部の温度が、上限製膜温度である75℃以下になるように設定したもので、冷却機構13及び17を稼動させずに製膜した場合の放熱速度が−3〜−4℃/sであったため合計で8秒とし、放熱温度を25〜30度とした。
これにより、製膜完了時の金属カバー12の上端部の温度上昇を、上限製膜温度である75℃以下に抑えることができる。
【0027】
このときの金属カバー12上端部の温度変化を、図4実線Tで示す。
各製膜工程Q〜Qにおいては、高周波電圧を連続印加するときと略同じ加熱速度で温度上昇するものの、2秒経過するたびに実行される放熱工程R〜Rにより加熱が中断され、その間、熱容量の大きい下部電極2に熱が逃がされるため温度が低下し、このように温度が変動しながら最終的に72℃程度に達する。
【0028】
そして、最後の製膜工程Qが終了した時点で加圧工程Pへ移行する。
加圧工程Pでは、開放バルブ8を開いて大気を真空チャンバ4内へ導入し、チャンバ4内を大気圧に戻す。
これにより、真空チャンバ4の蓋(図示せず)を開いて、DLCの製膜が完了した樹脂含有物成形品11を取り出すことができる。
【0029】
また、下部電極2を冷却機構13により8℃に維持しながら製膜する場合の金属カバー12上端部の温度変化を、図4鎖線Tで示す。
この場合、各製膜工程Q〜Qにおいて高周波電圧を印加することにより生ずる電極カバー12上端の熱がより多く下部電極2に逃がされるので、冷却機構13を稼動させない場合に比して加熱速度が小さい。
また、放熱工程R〜Rにおける冷却速度は、冷却機構13を稼動させない場合に比して大きくなる。
したがって、製膜工程Q〜Q及び放熱工程R〜Rで温度が変動しながらも最終的には55℃程度に抑えることができた。
【0030】
なお、下部電極2の冷却機構13に替えて、真空チャンバ4の冷却機構17を稼動させた場合は、金属カバー12が接する下部電極2を直接冷却するわけではないが、チャンバ内雰囲気温度が低温に維持されることにより、下部電極2が間接的に冷却されるので、下部電極2を直接冷却するときと略同程度に温度上昇を抑えることができた。
【0031】
さらに、下部電極2の冷却機構13及び真空チャンバ4の冷却機構17の双方を稼動させた場合の金属カバー12上端部の温度変化を、図4点線Tで示す。
この場合、各製膜工程Q〜Qにおいて高周波電圧を印加することにより生ずる電極カバー12上端の熱がより多く下部電極2に逃がされるので、冷却機構13のみを稼動させた場合に比して加熱速度がより小さい。
また、放熱工程R〜Rにおける冷却速度は、冷却機構13のみを稼動させた場合に比してさらに大きくなる。
したがって、製膜工程Q〜Q及び放熱工程R〜Rで温度が変動しながらも最終的に40℃程度に抑えることができた。
したがって、温度が変動しながらも最終的には55℃程度に抑えることができた。
【0032】
なお、上記実施例の説明では、樹脂含有物成形品11であるシリンジの内周面にDLC膜10を製膜するためにこれとは別パーツの金属カバー12をその外周面に装着する場合について説明したが、外周面側に予め金属カバーが装着された樹脂含有物成形品の内周面側にDLCコーティングを施す場合は、別パーツの金属カバーを使用することなく、その樹脂含有物成形品に装着されている金属カバーをそのまま利用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、製膜温度が上昇したときに膜品質に悪影響を及ぼす樹脂含有物成形品などの被処理物にDLC膜を形成する用途に適用することができ、特に、上下片端又は両端が開口された筒状又は容器状の中空状樹脂含有物成形品の内周面にDLC膜を形成する用途に最適である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明に係るDLC製膜装置の一例を示す説明図。
【図2】下部電極を示す説明図。
【図3】真空チャンバを示す説明図。
【図4】本発明に係るDLC製膜方法を示すタイムチャート。
【図5】従来のDLC製膜装置を示す説明図。
【図6】従来のDLC製膜方法を示すタイムチャート。
【符号の説明】
【0035】
1 DLC製膜装置
2 下部電極
3 上部電極
4 真空チャンバ
5 排気系
6 原料ガス供給系
7 プラズマ用電源
8 給電コントローラ
11 樹脂含有物成形品
12 金属カバー
13 冷却機構
17 冷却機構



【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内に、ステージとなる下部電極と、当該下部電極に対向する上部電極が配され、被処理物となる樹脂含有物成形品を下部電極に載置し、所定の真空度まで減圧した真空チャンバ内に原料ガスを導入した後、前記上部電極及び下部電極の間に高周波電圧を印加してプラズマを発生させることにより所定の製膜温度以下でその被処理物に目標膜厚のDLC膜を形成するDLC製膜方法において、
真空チャンバを減圧して原料ガスを導入した後、電極間に高周波電圧を印加して目標膜厚より薄い膜厚のDLC膜を形成する製膜工程と、高周波電圧の印加を停止して電極に蓄積された熱を逃がす放熱工程を交互に行うことにより、目標膜厚に達するまで段階的にDLC膜を製膜することを特徴とするDLC製膜方法。
【請求項2】
前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、当該中空状樹脂含有物成形品を金属カバーと共にその開口部を上に向けて下部電極に載置し、その内面にDLC膜を形成する場合に、前記下部電極を強制冷却することにより、製膜工程中に加熱される金属カバーの温度を製膜温度以下に抑える請求項1記載のDLC製膜方法。
【請求項3】
前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、当該中空状樹脂含有物成形品を金属カバーと共にその開口部を上に向けて下部電極に載置し、その内面にDLC膜を形成する場合に、前記真空チャンバ内を強制冷却することにより、製膜工程中に加熱される金属カバーの温度を製膜温度以下に抑える請求項1記載のDLC製膜方法。
【請求項4】
前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、当該中空状樹脂含有物成形品を金属カバーと共にその開口部を上に向けて下部電極に載置し、その内面にDLC膜を形成する場合に、前記下部電極を強制冷却すると共に前記真空チャンバ内を強制冷却することにより、製膜工程中に加熱される金属カバーの温度を製膜温度以下に抑える請求項1記載のDLC製膜方法。
【請求項5】
被処理物となる樹脂含有物成形品を載置する下部電極と、当該下部電極に対向する上部電極が配された真空チャンバと、該真空チャンバを所定の真空度まで減圧する排気系と、減圧された真空チャンバ内に原料ガスを導入する原料ガス供給系と、原料ガス導入後、前記上部電極及び下部電極の間に所定の高周波電圧を印加するプラズマ用電源を備え、所定の真空度まで減圧した真空チャンバ内に原料ガスを導入させ、上部電極及び下部電極の間に高周波電圧を印加してプラズマを発生させることにより所定の製膜温度以下で被処理物に目標膜厚のDLC膜を形成するDLC製膜装置において、
高周波電圧の印加と停止を交互に行って目標膜厚に達するまで段階的にDLC膜を製膜する給電コントローラを備えると共に、該コントローラによる高周波電圧の印加時間が目標膜厚より薄い膜厚のDLC膜を形成する所定時間に選定され、高周波電圧の印加を停止している時間が、被処理物に接触する電極に蓄積された熱を逃がす所定時間に選定されたことを特徴とするDLC製膜装置。
【請求項6】
前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、中空状樹脂含有物成形品の内面にDLC膜を形成する場合に、高周波電圧印加中に加熱される金属カバーの温度が製膜温度以下に抑えられるように前記下部電極を強制冷却する冷却機構を備えた請求項5記載のDLC製膜装置。
【請求項7】
前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、中空状樹脂含有物成形品の内面にDLC膜を形成する場合に、高周波電圧印加中に加熱される金属カバーの温度が製膜温度以下に抑えられるように前記真空チャンバ内を強制冷却する冷却機構を備えた請求項5記載のDLC製膜装置。
【請求項8】
前記被処理物となる上下片端又は両端が開口された中空状樹脂含有物成形品の外周面に外部電極となる金属カバーを装着した状態で、中空状樹脂含有物成形品の内面にDLC膜を形成する場合に、高周波電圧印加中に加熱される金属カバーの温度が製膜温度以下に抑えられるように前記下部電極を冷却する電極冷却機構と、真空チャンバ内を強制冷却するチャンバ内冷却機構を備えた請求項5記載のDLC製膜装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−35819(P2009−35819A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−178917(P2008−178917)
【出願日】平成20年7月9日(2008.7.9)
【出願人】(502435834)ふくはうちテクノロジー株式会社 (5)
【Fターム(参考)】