説明

R−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法

【課題】外殻部にDyが濃縮された主相結晶粒をR−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部にも効率よく形成し、残留磁束密度の低下を抑制しつつ保磁力を向上させる。
【解決手段】本発明によるR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法では、軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素Rとして含有するR2Fe14B型化合物結晶粒を主相として有する少なくとも1つのR−Fe−B系希土類焼結磁石体を用意する。次に、有機溶媒およびDyイオンを含むめっき液中で電解めっきを行うことにより、R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面にDyを電析させる。その後、Dyが表面に電析したR−Fe−B系希土類焼結磁石体を加熱することにより、R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部にDyを拡散させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、R2Fe14B型化合物結晶粒(Rは希土類元素)を主相として有するR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法に関し、特に、軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素Rとして含有し、かつ、軽希土類元素RLの一部がDyによって置換されているR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法に関している。
【背景技術】
【0002】
Nd2Fe14B型化合物を主相とするR−Fe−B系の希土類焼結磁石は、永久磁石の中で最も高性能な磁石として知られており、ハードディスクドライブのボイスコイルモータ(VCM)や、ハイブリッド車搭載用モータ等の各種モータや家電製品等に使用されている。R−Fe−B系希土類焼結磁石をモータ等の各種装置に使用する場合、高温での使用環境に対応するため、耐熱性に優れ、高保磁力特性を有することが要求される。
【0003】
R−Fe−B系希土類焼結磁石の保磁力を向上する手段として、Dyを原料として配合し、溶製した合金を用いることが行われている。この方法によると、希土類元素Rとして軽希土類元素RLを含有するR2Fe14B相の希土類元素RがDyで置換されるため、R2Fe14B相の結晶磁気異方性(保磁力を決定する本質的な物理量)が向上する。しかし、R2Fe14B相中における軽希土類元素RLの磁気モーメントは、Feの磁気モーメントと同一方向であるのに対して、Dyの磁気モーメントは、Feの磁気モーメントと逆方向であるため、軽希土類元素RLをDyで置換するほど、残留磁束密度Brが低下してしまうことになる。
【0004】
一方、Dyは希少資源であるため、その使用量の削減が望まれている。これらの理由により、軽希土類元素RLの全体をDyで置換する方法は好ましくない。
【0005】
比較的少ない量のDyを添加することにより、Dyによる保磁力向上効果を発現させるため、Dyを多く含む合金・化合物などの粉末を、軽希土類RLを多く含む主相系母合金粉末に添加し、成形・焼結させることが提案されている。この方法によると、DyがR2Fe14B相の粒界近傍に多く分布することになるため、主相外殻部におけるR2Fe14B相の結晶磁気異方性を効率よく向上させることが可能になる。R−Fe−B系希土類焼結磁石の保磁力発生機構は核生成型(ニュークリエーション型)であるため、主相外殻部(粒界近傍)にDyが多く分布することにより、結晶粒全体の結晶磁気異方性が高められ、逆磁区の核生成が妨げられ、その結果、保磁力が向上する。また、保磁力向上に寄与しない結晶粒の中心部では、Dyによる置換が生じないため、残留磁束密度Brの低下を抑制することもできる。
【0006】
しかしながら、実際にこの方法を実施してみると、焼結工程(工業規模で1000℃から1200℃で実行される)でDyの拡散速度が大きくなるため、Dyが結晶粒の中心部にも拡散してしまう結果、期待していた組織構造を得ることは容易でない。
【0007】
さらにR−Fe−B系希土類焼結磁石の別の保磁力向上手段として、焼結磁石の段階でDyを含む金属、合金、化合物等を磁石表面に被着後、熱処理、拡散させることによって、残留磁束密度をそれほど低下させずに保磁力を回復または向上させることが検討されている(特許文献1、特許文献2、及び特許文献3)。
【0008】
特許文献1は、Ti、W、Pt、Au、Cr、Ni、Cu、Co、Al、Ta、Agのうち少なくとも1種を1.0原子%〜50.0原子%含有し、残部R´(R´はCe、La、Nd、Pr、Dy、Ho、Tbのうち少なくとも1種)からなる合金薄膜層を焼結磁石体の被研削加工面に形成することを開示している。
【0009】
特許文献2は、小型磁石の最表面に露出している結晶粒子の半径に相当する深さ以上に金属元素R(このRは、Y及びNd、Dy、Pr、Ho、Tbから選ばれる希土類元素の1種又は2種以上)を拡散させ、それによって加工変質損傷部を改質して(BH)maxを向上させることを開示している。
【0010】
特許文献3は、厚さ2mm以下の磁石の表面に希土類元素を主体とする化学気相成長膜を形成し、磁石特性を回復させることを開示している。
【0011】
一方、Dy層を焼結磁石表面に形成する他の方法として、ディッピング(溶融めっき)法が提案されている。特許文献4は、Dy−FeなどのDy合金の溶湯中に磁石を浸漬し、その後、時効処理を行うことを開示している。
【特許文献1】特開昭62−192566号公報
【特許文献2】特開2004−304038号公報
【特許文献3】特開2005−285859号公報
【特許文献4】特開2005−209932号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1、特許文献2及び特許文献3に開示されている従来技術は、いずれも、加工劣化した焼結磁石表面の回復を目的としているため、表面から内部に拡散される金属元素の拡散範囲は、焼結磁石の表面近傍に限られている。このため、厚さ3mm以上の磁石では、保磁力の向上効果がほとんど得られない。
【0013】
また、特許文献1から3の方法のいずれも、Dy層を焼結磁石体上に成長させる過程で、成膜装置内部の磁石以外の部分(例えば真空チャンバーの内壁)にも多量に希土類金属が堆積するため、貴重資源である重希土類元素の省資源化に反することになる。
【0014】
これに対して、特許文献4に開示されている方法によれば、磁石以外の装置部分にDy金属が付着する量が少なく、原理的には高歩留まりが期待できる。しかしながら、Dyを溶融するには、Dyの融点以上の温度に加熱する必要があり、そのような高温の溶湯中に希土類焼結磁石を浸すと、希土類焼結磁石の粒界相が溶け出してしまい、磁石特性が劣化する。このような問題を回避するには、Dy溶湯の温度を低下させる必要があるが、そのためには、Dy単体ではなくDy合金(例えばDy−Fe)を用いる必要がある。しかし、このような合金溶湯に希土類焼結磁石を浸すと、Dy以外の金属成分(例えばFe)を含有する合金層しか焼結磁石上に形成できない。このような合金層から焼結磁石中に拡散を行うと、Dy以外の金属成分の存在により、Dyの拡散効率が低下してしまう。
【0015】
また、特許文献4に開示されているようなディッピング法では、希土類磁石の表面に形成される合金層の厚さを高精度に制御することが困難であり、必要以上に厚い膜が不均一に形成されてしまう。このため、ディッピング法に焼結磁石表面の厚膜合金を均一に薄膜化する表面研削加工が必要になり、製造コストが増加してしまう。
【0016】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、製造コストを増加させることなく、少ない量のDyを効率よく焼結磁石体の内部に拡散させ、保磁力が向上したR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によるR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法は、軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素Rとして含有するR2Fe14B型化合物結晶粒を主相として有する少なくとも1つのR−Fe−B系希土類焼結磁石体を用意する工程(A)と、有機溶媒およびDyイオンを含むめっき液中で電解めっきを行うことにより、前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面にDyを電析させる工程(B)と、前記Dyが表面に電析したR−Fe−B系希土類焼結磁石体を加熱することにより、前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部にDyを拡散させる工程(C)とを包含する。
【0018】
好ましい実施形態において、前記工程(B)において、前記めっき液を加熱しない状態で電解を行う。
【0019】
好ましい実施形態において、前記工程(C)において、前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の加熱温度を700℃以上1000℃以下の範囲内に設定する。
【0020】
好ましい実施形態において、前記工程(C)において、前記処理室内を真空または不活性雰囲気で満たした状態で加熱処理を行う。
【0021】
好ましい実施形態において、前記工程(B)における前記電解めっきはパルス電解めっきである。
【0022】
好ましい実施形態において、前記めっき液は、無水Dy塩化物を前記有機溶媒に溶解することによって調整されている。
【0023】
好ましい実施形態において、前記工程(B)において、1μm以上10μm以下の厚さを有するDy層を前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に形成する。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、有機溶媒およびDyイオンを含むめっき液中で電解めっきを行うことにより、R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面にDyを電析させた後、焼結磁石体の内部にDyを拡散させる。このため、Dyを無駄に消費してしまうことなく、極めて効率的に磁石体の内部に拡散させることが可能になる。
【0025】
有機溶媒中の電解めっきは、R−Fe−B系希土類焼結磁石体の粒界相を溶かし出すような高温で行う必要がなく、例えば室温で好適に実行することが可能である。また、焼結磁石体の表面に析出するDyの層厚の制御も容易であるため、その後にDy層の研磨工程は不要である。また、焼結磁石体の表面に形成されるDy層は、実質的に合金化しておらず、主としてDyから形成される。このため、Dyを焼結磁石体の内部にも効率的に拡散させることができる。
【0026】
Dyの拡散により、希土類焼結磁石体中では主相外殻部において軽希土類元素RLをDyで置換することができるため、残留磁束密度Brの低下を抑制しつつ、保磁力HcJを上昇させることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明によるR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法では、まず、R−Fe−B系希土類焼結磁石体を用意する。このR−Fe−B系希土類焼結磁石体は、R2Fe14B型化合物結晶粒(主相)と希土類リッチな粒界相とを含んでいる。この段階におけるR−Fe−B系希土類焼結磁石体は軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素Rとして含有する。
【0028】
次に、有機溶媒およびDyイオンを含むめっき液中にR−Fe−B系希土類焼結磁石体を浸しめっき液中で電解めっきを行う。この電解めっきにより、有機溶媒中のDyイオンがR−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に集まり、R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面にDyが電析する。こうしてDyが表面に電析した状態のR−Fe−B系希土類焼結磁石体をめっき液から取り出した後、炉などの加熱処理室内に挿入する。加熱処理室内でR−Fe−B系希土類焼結磁石体に対する加熱処理を行うことにより、R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面から内部にDyを拡散させる。
【0029】
従来技術では、Dy層を焼結磁石体上に成長させる過程で、Dyの成膜材料供給源を極めて非効率的に消費してしまうことになる。例えばスパッタリング法によってDy層を焼結磁石体上に堆積する場合、Dyのターゲットを焼結磁石体に対向する位置に配置した状態でスパッタリングする必要がある。このとき、ターゲットからスパッタされたDyは、スパッタ装置内において焼結磁石体が存在しない部分にも衝突し、そこにも堆積してゆく。同様のことが、Dyの他の薄膜堆積技術(蒸着法など)を用いる場合にも生じる。すなわち、従来の薄膜堆積技術による場合、焼結磁石体に薄膜を堆積する工程でDyの多く(例えば80〜90%)が無駄に消費されてしまうという問題がある。
【0030】
これに対し、本発明では、めっき液中の電解めっきによりDyイオンをR−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に引き寄せることができるため、Dyを次に行う拡散に無駄なく効率的に利用することが可能になる。また、Dy合金の溶湯にR−Fe−B系希土類焼結磁石体を浸す従来技術に比べると、厚さの制御されたDy層を形成できる有利な効果が得られる。
【0031】
本発明者は、R−Fe−B系希土類焼結磁石のより効率的な(RH歩留まり高い)高保磁力化プロセスについて、鋭意検討の結果、高歩留まりの成膜方法として、電気めっきに注目した。しかしながら、Dyは酸化還元電位が卑であるため、一般的な水溶液中で電気めっきを行うと、水の電解が優先的に起こり、Dyを電析させることができない。発明者はDy塩化物を含む有機溶媒中めっきを行うことにより、希土類磁石の表面にDyを析出させることができることを見出した。しかし、有機溶媒溶液といえども、めっき液中には微量の水分が残存し、それを完全に取り除くことは困難であった。また有機溶媒中にはDy塩化物は溶けにくく、Dyイオンが高濃度に溶解しためっき液を作製するのは困難であった。その結果,一般的な水溶液めっき液に比べ導電率が低いめっき液となり、一般的な定電流電解を行うと、陰極である希土類磁石の表面付近でDyイオンの供給が追いつかずに、還元電流は残存した微量水分の電解に費やされるため、発生した水素による希土類磁石の特性劣化を引き起こし、結局は希土類磁石表面にDy被膜はほとんど成膜しないことがわかった。
【0032】
そこで、本発明者は、パルス電解を行うことにより、陰極付近のDyイオンの供給を確保し、水素ガス発生による希土類磁石の特性劣化を引き起こすことなく、歩留まり高く、均一なDy被膜を磁石表面に成膜でき、その後熱処理を行うことにより、高い残留磁束密度と高い保磁力とを兼ね備えた高性能希土類磁石の開発に成功した。
【0033】
本発明で用いるめっき液は、Dy塩化物(DyCl3)を有機溶媒に溶解させて調整する。めっき液中に極力水分を含ませないようにするためには、Dy塩化物(DyCl3)は無水物を使用するのが好ましい。無水DyCl3は溶解させるのに時間がかかるため、露点−50℃以下の乾燥Arなどの不活性ガスをバブリングしながら攪拌溶解させるのが好ましい。
【0034】
有機溶媒としては、極力導電性が高く、Dy塩化物を均一に溶解させるために、ホルムアミド、ジメチルホルムアミドなどの極性溶媒が好ましい。
【0035】
めっき液中のDyイオン濃度は0.01mol/l以上が好ましい。めっき液中のDyイオン濃度が0.01mol/l未満であると、電析効率が低く、実用的でないと共に、陰極である希土類磁石の表面付近でDyイオンの供給が追いつかずに、還元電流は残存した微量水分の電解に費やされ、水素ガスが発生しやすくなり、磁石が水素を取り込んで脆化することにより特性劣化する恐れがある。
【0036】
パルスめっき条件は、最大電流(CDmax)1.0〜5.0A/dm2、最小電流密度(CDmin)0〜1.0A/dm2、最大電流密度値の継続時間(Ton)1〜100ms、最小電流密度値の継続時間(Toff)1〜100msといったパルス波形の電流を用い、浴温5〜50℃で行うのが好ましい。このような条件で行うことにより、磁石表面付近で極力水素ガスを発生することなく、最も効率よく成膜することができる。
【0037】
こうしてR−Fe−B系焼結磁石体の表面にDy層を形成した後、Dyを表面から内部に拡散させるための熱処理を行う。
【0038】
本発明によれば、成膜のためにDy供給源をスパッタリングしたり、蒸発させる必要がないため、有機溶媒に溶解させたDyを磁石体の内部に効率よく拡散させることが可能であり、貴重資源であるDyの省資源化に大いに寄与することとなる。
【0039】
本発明における拡散処理により、R2Fe14B主相結晶粒に含まれる軽希土類元素RLの一部を焼結体表面から粒界拡散によって内部に浸透させたDyで置換し、R2Fe14B主相の外殻部にDyが相対的に濃縮した層(厚さは例えば1nm)を形成することができる。
【0040】
R−Fe−B系希土類焼結磁石の保磁力発生機構はニュークリエーション型であるため、主相外殻部における結晶磁気異方性が高められると、主相における粒界相の近傍で逆磁区の核生成が抑制される結果、主相全体の保磁力HcJが効果的に向上する。本発明では、焼結磁石体の表面に近い領域だけでなく、磁石表面から奥深い領域においても重希土類置換層を主相外殻部に形成することができるため、磁石全体にわたって結晶磁気異方性が高められ、磁石全体の保磁力HcJが充分に向上することになる。したがって、本発明によれば、消費するDyの量が少なくとも、焼結体の内部までDyを拡散・浸透させることができ、主相外殻部で効率良くDy2Fe14Bを形成することにより、残留磁束密度Brの低下を抑制しつつ保磁力HcJを向上させることが可能になる。
【0041】
上記説明から明らかなように、本発明では、原料合金の段階においてDyを添加しておく必要はない。すなわち、希土類元素Rとして軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1種)を含有する公知のR−Fe−B系希土類焼結磁石を用意し、その表面から重希土類元素を磁石内部に拡散する。本発明は、原料合金の段階においてDyが幾らか添加されているR−Fe−B系焼結磁石に対して適用しても同様の効果が得られる。
【0042】
表面に電析したDyは、磁石界面におけるDy濃度の差を駆動力として、粒界相中を磁石内部に向かって拡散する。このとき、R2Fe14B相中の軽希土類元素RLの一部が、磁石表面から拡散浸透してきたDyによって置換される。その結果、R2Fe14B相の外殻部にDyが濃縮された層が形成される。
【0043】
このようなDy濃縮層の形成により、主相外殻部の結晶磁気異方性が高められ、保磁力HcJが向上することになる。すなわち、少ないDy金属の使用により、磁石内部の奥深くにまでDyを拡散浸透させ、主相外殻部のみを効率的にDy2Fe14Bに変換するため、残留磁束密度Brの低下を抑制しつつ、磁石全体にわたって保磁力HcJを向上させることが可能になる。
【0044】
なお、実験によると、Dyの拡散浸透に伴って軽希土類元素RLは焼結磁石体内部から表面に向かって拡散し、磁石体表面にRL濃化層を形成することがわかった。このため、焼結磁石体内部における希土類元素の総量(主相の体積比率)は、ほとんど変化せず、残留磁束密度の低下が抑制される。
【0045】
前述のように、R−Fe−B系焼結磁石は、ニュークリエーションによる保磁力発生機構を有しているため、主相外殻部における結晶磁気異方性が高められることにより、主相の粒界相近傍における逆磁区の核生成が抑制され、保磁力HcJが高まる。
【0046】
また、拡散するDyの含有量は、磁石全体の重量比で0.1%以上1.5%以下の範囲に設定することが好ましい。1.5%を超えると、拡散に要する処理時間が長くなりすぎる可能性があり、0.1%未満では、保磁力HcJの向上効果が不充分だからである。上記の温度領域で、30〜180分熱処理することにより、0.1%〜1.5%の拡散量が達成できる。
【0047】
焼結磁石体の表面状態はDyが拡散浸透しやすいよう、より金属状態の近い方が好ましく、電析前に酸洗浄やブラスト処理等の活性化処理を行った方がよいが、焼結磁石体の表面は、例えば切断加工が完了した後の酸化が進んだ状態にあってもよい。
【0048】
本発明によれば、僅かな量のDyを用いて残留磁束密度Brおよび保磁力HcJの両方を高め、高温でも磁気特性が低下しない高性能磁石を提供することができる。このような高性能磁石は、超小型・高出力モータの実現に大きく寄与する。粒界拡散を利用した本発明の効果は、厚さが10mm以下の磁石において特に顕著に発現する。
【0049】
以下、本発明によるR−Fe−B系希土類焼結磁石を製造する方法の好ましい実施形態を説明する。
【0050】
[原料合金]
まず、25質量%以上40質量%以下の軽希土類元素RLと、0.6質量%以上〜1.6質量%のB(硼素)と、残部Fe及び不可避的不純物とを含有する合金を用意する。Bの一部はC(炭素)によって置換されていてもよいし、Feの一部(50原子%以下)は、他の遷移金属元素(例えばCoまたはNi)によって置換されていてもよい。この合金は、種々の目的により、Al、Si、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Zn、Ga、Zr、Nb、Mo、Ag、In、Sn、Hf、Ta、W、Pb、およびBiからなる群から選択された少なくとも1種の添加元素Mを0.01〜1.0質量%程度含有していてもよい。
【0051】
上記の合金は、原料合金の溶湯を例えばストリップキャスト法によって急冷して好適に作製され得る。以下、ストリップキャスト法による急冷凝固合金の作製を説明する。
【0052】
まず、上記組成を有する原料合金をアルゴン雰囲気中において高周波溶解によって溶融し、原料合金の溶湯を形成する。次に、この溶湯を1350℃程度に保持した後、単ロール法によって急冷し、例えば厚さ約0.3mmのフレーク状合金鋳塊を得る。こうして作製した合金鋳片を、次の水素粉砕前に例えば1〜10mmの大きさのフレーク状に粉砕する。なお、ストリップキャスト法による原料合金の製造方法は、例えば、米国特許第5、383、978号明細書に開示されている。
【0053】
[粗粉砕工程]
上記のフレーク状に粗く粉砕された合金鋳片を水素炉の内部へ収容する。次に、水素炉の内部で水素脆化処理(以下、「水素粉砕処理」と称する場合がある)工程を行なう。水素粉砕後の粗粉砕合金粉末を水素炉から取り出す際、粗粉砕粉が大気と接触しないように、不活性雰囲気下で取り出し動作を実行することが好ましい。そうすれば、粗粉砕粉が酸化・発熱することが防止され、磁石の磁気特性が向上するからである。
【0054】
水素粉砕によって、希土類合金は0.1mm〜数mm程度の大きさに粉砕され、その平均粒径は500μm以下となる。水素粉砕後、脆化した原料合金をより細かく解砕するとともに冷却することが好ましい。比較的高い温度状態のまま原料を取り出す場合は、冷却処理の時間を相対的に長くすれば良い。
【0055】
[微粉砕工程]
次に、粗粉砕粉に対してジェットミル粉砕装置を用いて微粉砕を実行する。本実施形態で使用するジェットミル粉砕装置にはサイクロン分級機が接続されている。ジェットミル粉砕装置は、粗粉砕工程で粗く粉砕された希土類合金(粗粉砕粉)の供給を受け、粉砕機内で粉砕する。粉砕機内で粉砕された粉末はサイクロン分級機を経て回収タンクに集められる。こうして、0.1〜20μm程度(典型的には3〜5μm)の微粉末を得ることができる。このような微粉砕に用いる粉砕装置は、ジェットミルに限定されず、アトライタやボールミルであってもよい。粉砕に際して、ステアリン酸亜鉛などの潤滑剤を粉砕助剤として用いてもよい。
【0056】
[プレス成形]
本実施形態では、上記方法で作製された磁性粉末に対し、例えばロッキングミキサー内で潤滑剤を例えば0.3wt%添加・混合し、潤滑剤で合金粉末粒子の表面を被覆する。次に、上述の方法で作製した磁性粉末を公知のプレス装置を用いて配向磁界中で成形する。印加する磁界の強度は、例えば1.5〜1.7テスラ(T)である。また、成形圧力は、成形体のグリーン密度が例えば4〜4.5g/cm3程度になるように設定される。
【0057】
[焼結工程]
上記の粉末成形体に対して、650〜1000℃の範囲内の温度で10〜240分間保持する工程と、その後、上記の保持温度よりも高い温度(例えば1000〜1200℃)で焼結を更に進める工程とを順次行なうことが好ましい。焼結時、特に液相が生成されるとき(温度が650〜1000℃の範囲内にあるとき)、粒界相中のRリッチ相が融け始め、液相が形成される。その後、焼結が進行し、焼結磁石体が形成される。焼結後、必要に応じて、時効処理(500〜1000℃)が行われる。
【0058】
[Dy電析工程]
次に、有機溶媒にDyイオンを溶解させためっき液中で電解めっきを行い、焼結磁石体の表面にDyを効率良く形成する。
【0059】
適切な量のDyを磁石体中に拡散させるためには、表面に電析するDy層の厚さを1〜10μmの範囲に設定することが好ましい。そのためには、パルス電解により0.5〜5時間のめっき処理を行うことが好ましい。
【0060】
本実施形態によれば、Dyをスパッタリングしたり、蒸発させたりすることなく、磁石表面に歩留まり良く、成膜できるため、少ないDy量で、高い保磁力の高性能希土類磁石を得ることができる。また、特許文献4におけるような処理後の研削工程などの必要もない。
【0061】
[拡散工程]
次に、焼結磁石体の表面から内部にDyを拡散浸透させて、保磁力HcJを向上させる。具体的には、表面にDyが析出した状態の焼結磁石体を処理室内に配置し、加熱により、Dyを焼結磁石体の表面から内部に拡散させる。
【0062】
拡散のための熱処理は、R−Fe−B系希土類焼結磁石体を処理室内に静置させた状態で処理室の雰囲気全体を加熱することによって行っても良いし、高周波誘導加熱等により、焼結磁石体を直接加熱することによって行っても良い。
【0063】
処理室内の加熱温度は700℃〜1000℃が好ましく、850℃〜950℃がより好ましい。この温度領域であれば、Dyが焼結磁石体の粒界相を伝って内部へ効率よく拡散する。上記温度領域で拡散を行う場合、30〜180分程度の熱処理により、焼結磁石体の重量に対して0.1%〜1%の比率でDyを含有するように拡散を行うことができる。
【0064】
なお、本明細書における「処理室」は、焼結磁石体を含み得る空間を広く含むものであり、熱処理炉の処理室を意味する場合もあれば、そのような処理室内に収容される処理容器を意味する場合もある。
【0065】
熱処理時における処理室内は不活性雰囲気であることが好ましい。本明細書における「不活性雰囲気」とは、真空、また不活性ガスで満たされた状態を含むものとする。また、「不活性ガス」は、例えばアルゴン(Ar)などの希ガスであるが、焼結磁石体との間で化学的に反応しないガスであれば、「不活性ガス」に含まれ得る。
【0066】
本実施形態における拡散工程は、焼結磁石体の表面状況に敏感ではなく、拡散工程の前に焼結磁石体の表面にZnやSnなどからなる膜が形成されていてもよい。ZnやSnは、低融点金属であり、しかも、少量であれば磁石特性を劣化させず、また上記の拡散の障害ともならないからである。
【実施例】
【0067】
まず、Nd:31.8、B:0.97、Co:0.92、Cu:0.1、Al:0.24、残部:Fe(質量%)の組成を有するように配合した合金のインゴットをストリップキャスト装置により溶融し、冷却することによって凝固した。こうして、厚さ0.2〜0.3mmの合金薄片を作製した。
【0068】
次に、この合金薄片を容器内に充填し、水素処理装置内に収容した。そして、水素処理装置内に圧力500kPaの水素ガス雰囲気で満たすことにより、室温で合金薄片に水素吸蔵させた後、放出させた。このような水素処理を行うことにより、合金薄片を脆化し、大きさ約0.15〜0.2mmの不定形粉末を作製した。
【0069】
上記の水素処理により作製した粗粉砕粉末に対し粉砕助剤として0.05wt%のステアリン酸亜鉛を添加し混合した後、ジェットミル装置による粉砕工程を行うことにより、粉末粒径が約3μmの微粉末を製作した。
【0070】
こうして作製した微粉末をプレス装置により成形し、粉末成形体を作製した。具体的には、印加磁界中で粉末粒子を磁界配向した状態で圧縮し、プレス成形を行った。その後、成形体をプレス装置から抜き出し、真空炉により1020℃で4時間の焼結工程を行った。こうして、15mm角の立方体形状を有する焼結体ブロックを作製したあと、この焼結体ブロックを機械的に加工することにより、厚さ(磁化方向サイズ)1mm×縦10mm×横10mmの焼結磁石体を複数個作製した。
【0071】
次に、この焼結磁石体に対し、以下の表1に示す条件でDyめっきを行った。
【0072】
有機溶媒(ホルムアミドまたはジメチルホルムアミド)50mlを露点-60℃以下に乾燥したAr300ml/minでバブリングしながら,所定量のDyCl3を有機溶媒にゆっくり加えた。DyCl3の全てが溶解するまで、約3日間、有機溶媒の攪拌を行った。
【0073】
複数の焼結磁石体を治具に固定した状態で有機溶媒中に浸し、表1に示す条件でパルス電解によるめっき処理を行った。
【0074】
【表1】

【0075】
めっき処理後の焼結磁石体の表面にはDy層が形成された。めっき液から焼結磁石体を取り出した後、焼結磁石体をエタノールによって洗浄した。
【0076】
次に、得られた試料を真空熱処理炉にて900℃、60min、1.0×10-2Paの条件で熱処理した後、500℃、60min、2Paの条件で時効処理を行った。
【0077】
次に、B−Hトレーサを用いて磁石特性(残留磁束密度:Br、保磁力:HcJ)を測定した。また、Dyの電析状況や拡散状況はEPMA(島津製作所製EPM−810)にて評価した。
【0078】
表2および図1に磁石特性を示す。これらの結果からわかるように、本実施例の方法によれば、保磁力が向上した。ここで、「比較例」は、試料1〜4と同様にして製造された焼結磁石体であるが、Dy層の形成およびDy拡散を行わなかった点で試料1〜4と異なっている。これらの結果からわかるように、本実施例の方法によれば、保磁力が向上していることがわかる。
【0079】
図2は、試料2のDyめっき後における表面EPMA分析結果を示す写真である。図2から、Dyが焼結磁石体内部の粒界相へ拡散していることがわかる。
【0080】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明によれば、Dyを無駄に消費することなく、焼結磁石体の内部に効率よく拡散し、主相結晶粒の外殻部にDyが濃縮することができるため、高い残留磁束密度と高い保磁力とを兼ね備えた高性能磁石を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本発明の実施例について得られた磁石特性を示すグラフであり、(a)は残留磁束密度Brを示すグラフであり、(b)は保磁力HcJを示すグラフである。
【図2】本発明の実施例(試料2)について得られた表面EPMA分析結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽希土類元素RL(NdおよびPrの少なくとも1種)を主たる希土類元素Rとして含有するR2Fe14B型化合物結晶粒を主相として有する少なくとも1つのR−Fe−B系希土類焼結磁石体を用意する工程(A)と、
有機溶媒およびDyイオンを含むめっき液中で電解めっきを行うことにより、前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面にDyを電析させる工程(B)と、
前記Dyが表面に電析したR−Fe−B系希土類焼結磁石体を加熱することにより、前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の内部にDyを拡散させる工程(C)と、
を包含するR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。
【請求項2】
前記工程(B)において、前記めっき液を加熱しない状態で電解を行う請求項1に記載のR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。
【請求項3】
前記工程(C)において、前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の加熱温度を700℃以上1000℃以下の範囲内に設定する請求項1に記載のR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。
【請求項4】
前記工程(C)において、前記処理室内を真空または不活性雰囲気で満たした状態で加熱処理を行う、請求項1に記載のR−Fe−B系希土類焼結磁石の製造方法。
【請求項5】
前記工程(B)における前記電解めっきはパルス電解めっきである請求項1に記載のR−Fe−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項6】
前記めっき液は、無水Dy塩化物を前記有機溶媒に溶解することによって調整されている請求項1に記載のR−Fe−B系焼結磁石の製造方法。
【請求項7】
前記工程(B)において、1μm以上10μm以下の厚さを有するDy層を前記R−Fe−B系希土類焼結磁石体の表面に形成する請求項1に記載のR−Fe−B系焼結磁石の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−288020(P2007−288020A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−115224(P2006−115224)
【出願日】平成18年4月19日(2006.4.19)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】