説明

S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするむくみ改善剤。

【課題】S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするむくみ改善剤を提供する。
【解決手段】本発明は、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするむくみ改善剤を提供する。本発明のむくみ改善剤は、外部からの刺激によってダメージを受けたリンパ管でのVEGFR3発現低下を改善することで、むくみ及び、むくみによって引き起こされる関節の痛みやセルライトの蓄積等の症状を予防、改善することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするむくみ改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
むくみとは、体内の組織液が適切に排出されないことが原因となり、組織間隙に余分な水分やタンパク質が蓄積して膨張するために生じるものであり、長時間の座位及び立位等により日常的に自然発生しやすいものである。むくみを長時間放置しておくと、美容上好ましくないだけではなく、関節等に痛みを感じたり、肥満につながるセルライトが蓄積する等、人体に様々な悪影響をもたらすと考えられる。
【0003】
皮膚の真皮内に存在する毛細リンパ管は、末梢組織に漏出した組織液やタンパク質、小腸より吸収された脂肪を回収し、又、老廃物の排出を行うことにより、体内の組織液の循環を維持している。このような組織液の循環は、体液の恒常性維持や組織の生理活性に必要不可欠といえる。
【0004】
毛細リンパ管は、一層のリンパ管内皮細胞から成る。リンパ管内皮細胞には、特異的に発現する膜貫通型受容体チロシンキナーゼであるVEGFR3があり、VEGFR3を活性化する因子として血管内皮増殖因子−C(VEGF−C)が同定されている。このVEGF−C/VEGFR3を介したシグナル伝達の結果、リンパ管内皮細胞が増殖・遊走後に新たなリンパ管の形成が促進される(リンパ管新生)。
【0005】
VEGF−Cを含むVEGFファミリーは複数の因子で構成される。VEGF−Aは、血管形成促進に働く一方で、リンパ管に対してはその機能を悪化させる働きを持ち、VEGF−Bは血管特異的に働くとされている。VEGF−Cはリンパ管特異的に作用し、リンパ管新生を促進する主要な因子であることが知られている。
【0006】
従来、むくみを解消する方法としては、薬剤の塗布又はマッサージ等の体外からの物理的力によりリンパ液の流れを促進し、体内の組織液の循環を活発化させることがよく知られている。むくみ改善効果を持つ薬剤には、植物抽出物等を含む化粧料や食品があり、例えば、茯苓を有効成分とするむくみ改善剤(特許文献1)、α−グリコシル化ルチンを有効成分とするむくみ改善用食品(特許文献2)等の技術が報告されている。
【0007】
又、VEGF−Cが減少した皮膚においては浮腫が発生すること(非特許文献1)や、VEGFR3中和抗体を用いてVEGF−CのVEGFR3への結合を阻害するとリンパ管の数が顕著に減少し、浮腫が発生すること(非特許文献2)が報告されている。このように、様々な刺激によりVEGF−C/VEGFR3シグナル伝達が低下するとむくみが発生し、そのようなシグナル伝達低下を改善することがむくみ改善につながると考えられている。
【0008】
VEGF−C/VEGFR3シグナル伝達低下を改善する技術として、キョウニンエキス、ニンジンエキス、カノコソウエキス、サンザシエキス、メリロートエキス、オドリコソウエキス、及びイリス根エキスから成る群から選定される1又は複数種の薬剤を含有することを特徴とするVEGF−C産生促進剤(特許文献3)の報告がある。
【0009】
一方、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩は、美白剤(特許文献4)、抗炎症剤(特許文献5)としての技術が開示されているが、むくみ改善効果については報告がなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4052750号
【特許文献2】特開2007−130020号
【特許文献3】特開2008−189609号
【特許文献4】特許第2876244号
【特許文献5】特許第2522940号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】J Invest Dermatol.129,1292−8(2009)
【非特許文献2】J Invest Dermatol.126,919−21(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
日常生活においては、皮膚は常に紫外線や乾燥、温度変化等の外界からの刺激にさらされた状態にある。そのような刺激によりリンパ管がダメージを受け、VEGF−C/VEGFR3シグナル伝達が阻害されてリンパ管の機能が低下すると、体内での組織液回収が滞り、新たなむくみ症状を引き起こすことが予想される。
【0013】
しかし、マッサージやむくみ改善剤、むくみ改善用食品等は、水分循環を活性化してむくみを解消するため、むくみ発生の原因となるリンパ管の機能低下に直接働きかけるものではなく、一時的なむくみ改善効果しか得られないという問題点があった。
【0014】
又、リンパ管機能低下の改善にはVEGF−C/VEGFR3シグナル伝達の正常化が重要であり、VEGF−C産生促進によりむくみを改善する技術が報告されているが、外界からの様々な刺激によりVEGFR3発現が低下した状態では、その効果は十分に発揮されないという問題点があった。
【0015】
本発明は、VEGFR3発現低下を改善することによりリンパ管機能を活性化することで、むくみを改善する優れた効果を有する組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、この問題点を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩に優れたむくみ改善効果を発見し、本発明を完成するに至った。
【0017】
本発明は、化学式(1)で表されるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするむくみ改善剤を提供する。
【化1】

【0018】
本発明は、むくみ及び、むくみによって引き起こされる関節の痛みやセルライトの蓄積等の症状を予防、改善するためのむくみ改善剤を提供する。
【0019】
本発明は、S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするVEGFR3発現低下抑制剤を提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明のS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩は、外界からの刺激によってダメージを受けたリンパ管内皮細胞膜上でのVEGFR3の発現低下を改善することで、優れたむくみ改善効果を示し、更に、むくみにより引き起こされる関節の痛みやセルライトの蓄積等を予防、改善することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明で使用されるS−ラクトイルグルタチオンの化学式(1)を以下に示す。
【化1】

【0022】
S−ラクトイルグルタチオンは、細胞増殖制御機構の過程において、メチルグリオキサールがグルタチオンと非酵素的に反応して中間体ヘミメルカプタールを与え、このヘミメルカプタールがグリオキサラーゼIによって代謝されて生成される。
【0023】
S−ラクトイルグルタチオンは市販品を用いても良いが、上述のようにグリオキサラーゼIによって酵素的にメチルグリオキサールとグルタチオンから製造することもできる(特開平1−98487号)。
【0024】
S−ラクトイルグルタチオンの塩としては、ナトリウム、カリウム、リチウム等のアルカリ金属塩、カルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム及びモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリエチルアミン、ピペラジン、アルギニン等のアミン類との塩、そして塩酸塩等が挙げられるが、これらは常法によりS−ラクトイルグルタチオンから製造することができる。
【0025】
本発明におけるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩の配合量は、通常0.001〜10重量%の範囲が好ましく、より好ましくは0.01〜5重量%である。
【0026】
本発明のむくみ改善剤は、皮膚外用剤としての適用が有効である。
【0027】
皮膚外用剤の形態の場合には、本発明の効果を損なわない範囲で上記成分の他、通常の化粧料及び薬剤に配合されている水性成分、粉体、油剤、保湿剤、アルコール類、pH調整剤、防腐剤、色素、増粘剤、香料等を適宜配合することができると共に、常法に従って製造することができる。皮膚外用剤の形態の具体例としては、化粧水、乳液、クリーム、ジェル、軟膏、浴用剤、ゲル剤、ペースト剤、エッセンス、パック等があげられる。
【0028】
本発明のS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩は、外界からの刺激によりダメージを受けたリンパ管内皮細胞膜上でのVEGFR3の発現低下を改善することで、優れたむくみ改善効果を示し、更に、むくみにより引き起こされる関節の痛みやセルライトの蓄積等を予防、改善することができる。
【0029】
本発明を詳細に説明するため、実施例1として本発明の処方例を挙げるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
本発明の化学式(1)で表されるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩は、処方例として下記の製剤化を行うことができる。
【0031】
処方例1 クリーム1
処方 配合量(重量%)
1.S−ラクトイルグルタチオン 0.1
2.スクワラン 5.5
3.オリーブ油 3.0
4.ステアリン酸 2.0
5.ミツロウ 2.0
6.ミリスチン酸オクチルドデシル 3.5
7.ポリオキシエチレンセチルエーテル(20E.O.) 3.0
8.ベヘニルアルコール 1.5
9.モノステアリン酸グリセリン 2.5
10.香料 0.1
11.1,3−ブチレングリコール 8.5
12.パラオキシ安息香酸エチル 0.05
13.パラオキシ安息香酸メチル 0.2
14.精製水 68.05
[製造方法]成分2〜9を加熱して混合し、70℃に保ち油相とする。成分11〜14を加熱溶解して混合し、75℃に保ち水相とする。油相に水相を加えて乳化して、かき混ぜながら冷却し、45℃で成分10を加え、更に30℃まで冷却して成分1を加え、製品とする。
【0032】
比較例1 クリーム2
処方例1において、S−ラクトイルグルタチオンを精製水に置き換えたものを従来のクリームとした。
【0033】
処方例2 化粧水
処方 配合量(重量%)
1.S−ラクトイルグルタチオン 0.01
2.1,3−ブチレングリコール 8.0
3.グリセリン 2.0
4.キサンタンガム 0.02
5.クエン酸 0.01
6.クエン酸ナトリウム 0.1
7.エタノール 5.0
8.パラオキシ安息香酸メチル 0.1
9.ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(40E.O.) 0.1
10.香料 0.1
11.精製水 84.56
[製造方法]成分1〜6及び11と、成分7〜10をそれぞれ均一に溶解し、両者を混合し濾過して製品とする。
【0034】
処方例3 乳液
処方 配合量(重量%)
1.S−ラクトイルグルタチオンナトリウム塩 0.05
2.スクワラン 5.0
3.オリーブ油 5.0
4.ホホバ油 5.0
5.セタノール 1.5
6.モノステアリン酸グリセリン 2.0
7.ポリオキシエチレンセチルエーテル(20E.O.)
3.0
8.ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート 2.0
9.香料 0.1
10.プロピレングリコール 1.0
11.グリセリン 2.0
12.パラオキシ安息香酸メチル 0.2
13.精製水 73.15
[製造方法]成分2〜8を加熱溶解して混合し、70℃に保ち油相とする。成分10〜13を加熱溶解して混合し、75℃に保ち水相とする。油相に水相を加えて乳化して、かき混ぜながら冷却し、45℃で成分9を加え、更に30℃まで冷却して成分1を加え、製品とする。
【0035】
処方例4 軟膏
処方 配合量(重量%)
1.S−ラクトイルグルタチオン 1.0
2.ポリオキシエチレンセチルエーテル(30E.O.) 2.0
3.モノステアリン酸グリセリン 10.0
4.流動パラフィン 5.0
5.セタノール 6.0
6.パラオキシ安息香酸メチル 0.1
7.プロピレングリコール 10.0
8.精製水 65.9
[製造方法]成分2〜5を加熱溶解して混合し、70℃に保ち油相とする。成分1及び6〜8を加熱溶解して混合し、75℃に保ち水相とする。油相に水相を加えて乳化して、かき混ぜながら30℃まで冷却して製品とする。
【0036】
処方例5 浴用剤
処方 配合量(重量%)
1.S−ラクトイルグルタチオンカリウム塩 5.0
2.炭酸水素ナトリウム 50.0
3.黄色202号(1) 0.05
4.香料 0.25
5.無水硫酸ナトリウム 44.7
[製造方法]成分1〜5を均一に混合し製品とする。
【0037】
以下、本発明を効果的に説明するために、実施例2として本発明の実験例を挙げるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例2】
【0038】
実験例1 LYVE−1及びProx1陽性の内皮細胞(HDMEC)における、VEGFR3遺伝子の発現変化
本研究では、外部からの刺激の一例として、炎症性サイトカインIL−1αがリンパ管の特異的マーカーであるLYVE−1及びProx1を発現している内皮細胞でのVEGFR3 mRNA発現に与える影響について検討した。
HDMECを60mm dishに1×10個播種し、コンフルエントになった時点で10ng/mlのIL−1αを添加し、同時に、10μMのS−ラクトイルグルタチオン、比較対象として10μMのグルタチオン(いずれもWAKO)を添加した。培養後、総RNAの抽出を行った。細胞からの総RNAの抽出はTRIZOL Reagent(Invitrogen)を用いて行い、総RNA量は分光光度計(NanoDrop)を用いて260nmにおける吸光度により求めた。mRNA発現量の測定は、細胞から抽出した総RNAを基にしてリアルタイムRT−PCR法により行った。リアルタイムRT−PCR法には、SuperScript3 Platinum Two−Step
qRT−PCR Kit with SYBR Green(Invitrogen)を用いた。すなわち、500ngの総RNAを逆転写反応後、PCR反応(95℃:15秒間、60℃:30秒間、40cycles)を行った。その他の操作は定められた方法に従い、mRNAの発現量を内部標準であるGAPDH mRNAの発現量に対する割合として求めた。尚、各遺伝子の発現量の測定に使用したプライマーは次の通りである。
【0039】
VEGFR3用のプライマーセット
GCGTCATCGCTGTCTTCTTCT(配列番号1)
CAGGTAGCCCGTCTTGATGTC(配列番号2)
GAPDH用のプライマーセット
TGAACGGGAAGCTCACTGG(配列番号3)
TCCACCACCCTGTTGCTGTA(配列番号4)
【0040】
その結果を表1に示す。HDMECにIL−1αを添加すると、VEGFR3 mRNAの発現量は減少したが、S−ラクトイルグルタチオンはこの変化を回復させた。一方、グルタチオンではわずかな効果しか認められなかった。従って、S−ラクトイルグルタチオンは、リンパ管機能低下によるむくみの原因となるVEGFR3の減少を改善する作用があることが示された。
【0041】
【表1】

【0042】
実験例2 使用試験
処方例1及び比較例1のクリームを調製し、実際に使用した場合の効果について検討した。普段からむくみで悩んでいる女性被験者10名(20−50代)を対象に、右ふくらはぎに処方例1のクリームを、又左ふくらはぎには比較例1のクリームを塗布してもらい、1日朝夕2回、1ヶ月間の使用試験を行った。評価方法は、使用1ヶ月後に左右ふくらはぎの最大周囲長を朝夕の2回測定し、朝夕のふくらはぎ最大周囲長の差をむくみ量とした。その平均値を求め、比較例1と処方例1を1ヶ月間使用した後の、むくみ量を比較した。また、同時に使用感アンケートを行い、むくみや関節の痛み、セルライト等への影響について評価した。
【0043】
その結果を表2及び表3に示す。比較例1を使用した場合に比べて、処方例1を使用した場合の方がむくみ量が顕著に小さく、使用感アンケートからも、処方例1塗布によるむくみ改善効果の実感も高いことがわかる。又、処方例1の使用により、むくみ改善に加え、関節の痛みやセルライト等が軽減されたという評価もあり、本発明のS−ラクトイルグルタチオンを含有するむくみ改善剤は、ヒトにおける使用試験において優れたむくみ改善効果に加え、むくみにより二次的に発生する関節の痛みやセルライトの蓄積を軽減する効果を示すことが明らかとなった。
【0044】
【表2】

【0045】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とする組成物は、優れたむくみ改善効果を示す。又、このむくみ改善剤は、リンパ管機能低下によるむくみの原因となるVEGFR3発現低下を改善することで、むくみ及び、むくみにより二次的に発生すると考えられる関節の痛みやセルライトの蓄積等を予防、改善することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式(1)で表されるS−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするむくみ改善剤。
【化1】

【請求項2】
むくみによって引き起こされる関節の痛みやセルライトの蓄積の症状を予防、改善するための、請求項1に記載のむくみ改善剤。
【請求項3】
S−ラクトイルグルタチオン及び/又はその塩を含有することを特徴とするVEGFR3発現低下改善剤。

【公開番号】特開2011−84473(P2011−84473A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−235843(P2009−235843)
【出願日】平成21年10月13日(2009.10.13)
【出願人】(592262543)日本メナード化粧品株式会社 (223)
【Fターム(参考)】