説明

アルカリ環境用転がり軸受

【課題】
アルカリ雰囲気下で使用しても、シール部材の劣化が小さく、良好な密封性を長く維持し、信頼性や耐久性に優れたアルカリ環境用転がり軸受を提供する。
【解決手段】
アルカリ雰囲気下で使用されるアルカリ環境用転がり軸受であって、該転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、上記内輪および外輪の軸方向両端開口部を覆うシール部材とが設けられ、該シール部材は少なくとも上記アルカリ雰囲気に接触する部位がフッ素ゴム成形体であり、該成形体がテトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム成形体およびフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム成形体から選ばれた少なくとも1つのフッ素ゴム成形体である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルカリ環境用転がり軸受に関し、特に化学プラントなどでアルカリ雰囲気下で使用されるアルカリ環境用転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子材料製造プラント、液晶用フィルム製造装置などの化学プラント設備では、アルカリ高濃度溶液中での処理槽が存在し、被処理物を含有するアルカリ高濃度溶液の撹拌や搬送のための撹拌機、ポンプ、搬送用ローラなどに使用される転がり軸受は比較的短寿命であるという問題がある。このような軸受の内輪、外輪および転動体には、一般に耐食性の高いステンレス鋼やセラミックが用いられるが、短寿命の原因として外部からの硬質異物の侵入による摩耗やロックが挙げられる。異物の侵入を防ぐためには、内輪および外輪の軸方向両端開口部にシール部材を設ければよいが、一般的には軸受シール部材として用いられるアクリルニトリルゴムやアクリルゴムを用いた場合、ゴム材の耐アルカリ性が悪いため、溶解したり、著しく強度が低下して破損する等、耐久性が確保できない。一方、耐薬品性の優れたゴムとしてフッ素ゴム組成物が挙げられる。従来使用されているフッ素ゴム組成物としては、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンの2元共重合体(VDF−HFP)や、これにテトラフルオロエチレンを加えた3元共重合体(VDF−HFP−TFE)いわゆるFKMが一般的である。しかしこれらのフッ素ゴム組成物でもアルカリ濃度が高い場合、強度低下が生じ、十分な耐久性が得られないという問題がある。
これに対し、シール部材の材質にポリエチレンなどの耐アルカリ性樹脂材を使用することにより、アルカリ性溶液中での転がり軸受の耐久性を向上させる方法が知られている(特許文献1)。
しかしながら、シール性の向上を目的に、シール部材と内輪または外輪との摺接部を接触させると、樹脂は弾性率が高いため接触部の緊迫力が高くなって、軸受の回転トルクが大きくなるという問題がある。トルクアップを防ぐために非接触型のシールを採用する方法もあるが、この方法では異物の侵入防止が不完全になってしまい、結局、短寿命となる。
【特許文献1】特開2003−49855号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
解決しようとする課題は、アルカリ雰囲気下で転がり軸受を使用しても、シール部材の劣化が小さく、良好な密封性を長く維持し、信頼性や耐久性に優れたアルカリ環境用転がり軸受がないという点である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明のアルカリ環境用転がり軸受は、アルカリ雰囲気下で使用されるアルカリ環境用転がり軸受であって、該転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、上記内輪および外輪の軸方向両端開口部を覆うシール部材とが設けられ、該シール部材は少なくとも上記アルカリ雰囲気に接触する部位がフッ素ゴム組成物の成形体であり、該成形体がテトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体(以下、「フッ素ゴム成形体」と略称する。)およびフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム成形体から選ばれた少なくとも1つのフッ素ゴム成形体であることを特徴とする。なお、アルカリ雰囲気とは、アルカリ性気体、アルカリ性溶液およびアルカリ性固体から選ばれる少なくとも1つのアルカリ性物質に定常的または非定常的に接触する状態をいう。
上記フッ素ゴム成形体のゴム硬度が 60〜90°であることを特徴とする。なお、ゴム硬度(度)はJIS K 6253に準じて測定される値である。
上記内輪、外輪および転動体が耐食性鋼製またはセラミック製であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明のアルカリ環境用転がり軸受は、テトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム成形体およびフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム成形体から選ばれた少なくとも1つのフッ素ゴム成形体よりシール部材を形成するので、アルカリ性溶液に浸漬されても物性劣化が少なく、また異物の侵入を効果的に防止することができる。このため、化学プラントや各種製造装置でアルカリ雰囲気下で使用されるアルカリ環境用転がり軸受の耐久性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明で使用できるフッ素ゴム組成物は、テトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体を含む加硫可能名なフッ素ゴム成形体は、化1に示される、繰り返し単位(1−1)と、繰り返し単位(1−2)とを分子内に含む高分子化合物を加硫して得られる成形体である。
【化1】

繰り返し単位(1−1)はテトラフルオロエチレンモノマーから形成される繰り返し単位であり、繰り返し単位(1−2)はプロピレンモノマーから形成される繰り返し単位である。好適な高分子化合物としてはテトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体である。2元共重合体全体に対して、繰り返し単位(1−1)は 20〜80 モル%、好ましくは 40〜60 モル%、繰り返し単位(1−2)は 20〜80 モル%、好ましくは 40〜60 モル%である。本発明に使用できるテトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体の市販品としては、旭硝子社製の商品名アフラス150シリーズ、アフラス100シリーズ等が挙げられる。
【0007】
本発明で使用できるフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム成形体は、化2に示される、繰り返し単位(2−1)と、繰り返し単位(2−2)と、繰り返し単位(2−3)とを分子内に含む高分子化合物を加硫して得られる成形体である。
【化2】

繰り返し単位(2−1)はフッ化ビニリデンモノマーから形成される繰り返し単位であり、繰り返し単位(2−2)はテトラフルオロエチレンモノマーから形成される繰り返し単位であり、繰り返し単位(2−3)はプロピレンモノマーから形成される繰り返し単位である。好適な高分子化合物としてはフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体である。3元共重合体全体に対して、繰り返し単位(2−1)は、1〜70 モル%、好ましくは 2〜65 モル%、繰り返し単位(2−2)は、1〜70 モル%、好ましくは 20〜60 モル%、繰り返し単位(2−3)は、1〜70 モル%、好ましくは 10〜45 モル%である。本発明に使用できるフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体の市販品としては、住友スリーエム社製の商品名BRE LJ 298005、旭硝子社製の商品名アフラスSP、アフラスMZ201等が挙げられる。
【0008】
上記フッ素系重合体はトリアリルイソシアヌレート、トリアリルシアヌレートなどの加硫助剤とともに、α、α−ビス−t−ブチルパーオキシ−ジイソプロピルベンゼン、2,5−ジメチル−2,5−ジ−t−ブチルパーオキシヘキサンなどの有機過酸化物を用いて加硫され、ゴム弾性を示す。
また、上記フッ素系重合体にカーボンブラック、シリカ、珪酸、珪藻土などの無機充填剤、酸化亜鉛、酸化マグネシウムなどの金属酸化物、オクチル化ジフェニルアミン、N−フェニル−1−ナフチルアミン等の老化防止剤などの添加剤を必要に応じて配合して加硫できる。
【0009】
本発明に使用できるフッ素ゴム成形体は、上記フッ素系重合体を単独で、あるいは混合して使用できる。加硫条件を考慮するとそれぞれ単独で用いることが好ましく、材料価格などの工業的利用性を考慮すると、テトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体またはフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム成形体であることが好ましい。
【0010】
これらの組成物を混合、または成形する方法は一般のゴム加工に用いるプロセスを採用することができ、オープンロール、バンバリーミキサー、ニーダ、各種密封式ミキサーなどにより混練した後、プレス成形(プレス加硫)、押し出し成形、射出成形などに供すればよい。また、特性を向上させるため、成形後には2次加硫を行なうことが好ましく、これはオーブン中で十分加熱(例えば 200℃、24 時間)することにより行なう。
【0011】
本発明で使用できるフッ素ゴム成形体のゴム硬度は 60〜90°である。好ましくは 70〜80°である。60°未満では軟らかくなりすぎて耐摩耗性が低下し、90°をこえると回転トルクが大きくなりすぎて、転がり軸受の温度が上昇する。なお、ゴム硬度(度)はJIS K 6253に準じて測定した。
【0012】
本発明のアルカリ環境用転がり軸受が使用できるアルカリ環境は、アルカリ性気体、アルカリ性溶液およびアルカリ性固体から選ばれる少なくとも1つのアルカリ性物質に定常的または非定常的に接触する環境である。これらの中で、本発明のアルカリ環境用転がり軸受は高分子材料製造プラント、液晶用フィルム製造装置などの化学プラント設備において、一般に用いられている水酸化ナトリウムを含む水溶液および水酸化カリウムを含む水溶液に接触する環境において、特に好適に使用できる。
【0013】
本発明のアルカリ環境用転がり軸受の一例を図1に示す。図1は深溝玉軸受の断面図である。
深溝玉軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この複数個の転動体4を保持する保持器5および外輪3等に固定されるシール部材6が内輪2および外輪3の軸方向両端開口部7a、7bにそれぞれ設けられている。
【0014】
シール部材6はフッ素ゴム成形体単独でもよく、あるいはフッ素ゴム成形体と金属板、プラスチック板、セラミック板等との複合体であってもよい。耐久性、固着の容易さからフッ素ゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
フッ素ゴム成形体と金属板との複合体からなるシール部材6の一例を図2に示す。シール部材6は鋼板などの金属板6aにフッ素ゴム成形体6bを固着して得られる。固着方法としては、機械的固着、化学的固着のいずれの方法であってもよい。好ましい固着方法としては、フッ素ゴム成形体を加硫時に、加硫型内に金属板を配置し、成形および加硫を同時に行ない固着する方法が挙げられる。
【0015】
シール部材6の装着方法としては、(1)シール部材6の一端6cを外輪3に固定し、他端6dは内輪2のシール面のV溝に沿ってラビリンス隙間を形成する、(2)シール部材6の一端6cを外輪3に固定し、他端6dは内輪2のシール面のV溝側面に接触させる、(3)シール部材6の一端6cを外輪3に固定し、他端6dは内輪2のシール面のV溝側面に接触させるが、接触するリップ部に吸着防止のスリットなどを設けて低トルク構造とするなどがある。
上記いずれの装着方法においても、周囲にあるアルカリ性溶液がシール部材6を構成するフッ素ゴム成形体6bと接触する。フッ素ゴム成形体6bは少なくともアルカリ性溶液と接触する部分が上述したフッ素ゴム成形体で形成される。例えばフッ素ゴム成形体6bを上述した単体のフッ素ゴム成形体としてもよく、また、アルカリ性溶液と接触する部分を上述したフッ素ゴム成形体として、その背面に従来のゴム成形体を積層した積層体としてもよい。
【0016】
各実施例および比較例に用いたフッ素ゴム組成物を以下に示す。
表1に示す配合組成でロール温度 50℃にてオープンロールを用いて混練することにより、未加硫フッ素ゴム組成物を得た。表1に用いた各材料を以下に示す。
(1)フッ素ゴム組成物1:旭硝子社製;アフラス150
(2)フッ素ゴム組成物2:デュポン・ダウ・エラストマー社製;A32J
(3)酸化マグネシウム:協和化学工業社製;キョウワマグ150
(4)水酸化カルシウム:近江化学工業社製;カルビット
(5)カーボン:エンジニアード社製;N990
(6)共架橋剤:日本化成社製;TAIC
(7)加硫剤:化薬アクゾ社製;パーカドックス14
【表1】

【0017】
実施例1、比較例1
上記未加硫フッ素ゴム組成物を用いて加硫プレス機にて加硫成形物を得た。金型実温度を 170℃に保ち、 12 分間、1次加硫を行なった。次いで加硫成形物を恒温槽内に移し、 200℃で 24 時間、2次加硫を行なった。
得られた加硫成形物をJIS K 6251 3号試験片の形状に打ち抜き試験片を作製した。試験片を水酸化ナトリウム 30%水溶液に 80℃×1000 時間の条件で浸漬して、浸漬前後の物性値を測定した。測定した物性値は硬度、引張り強度、引張り伸び、体積であり、浸漬前の物性値に対する浸漬後の硬度変化、引張り強度変化率、引張り伸び変化率、体積変化率をそれぞれ評価した。測定条件は硬度をJIS K 6253に、引張り強度および引張り伸びをJIS K 6251に、体積をJIS K 6258に、それぞれ準じた。結果を表2に示す。なお、表2において、* 印は測定不能を表す。
【表2】

実施例1は、長時間の浸漬でも劣化が軽微であり、アルカリ性溶液に対して優れた耐性を有していた。
比較例1は、アルカリ性溶液に浸漬された場合の物性劣化が著しい。短時間( 72 時間程度)の浸漬後、200 時間では、試験片の表面に溶解がみられた。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明のアルカリ環境用転がり軸受は、優れた耐アルカリ性を有するので、アルカリ雰囲気下で使用される転がり軸受に好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】アルカリ環境用転がり軸受の断面図である。
【図2】アルカリ環境用転がり軸受シール部材の断面図である。
【符号の説明】
【0020】
1 深溝玉軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ雰囲気下で使用されるアルカリ環境用転がり軸受であって、該転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する複数の転動体と、前記内輪および外輪の軸方向両端開口部を覆うシール部材とが設けられ、該シール部材は少なくとも前記アルカリ雰囲気に接触する部位がフッ素ゴム組成物の成形体であり、該成形体がテトラフルオロエチレン−プロピレン2元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体およびフッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン−プロピレン3元共重合体を含む加硫可能なフッ素ゴム組成物の成形体から選ばれた少なくとも1つのフッ素ゴム組成物の成形体であることを特徴とするアルカリ環境用転がり軸受。
【請求項2】
前記フッ素ゴム組成物の成形体のゴム硬度が 60〜90°であることを特徴とする請求項1記載のアルカリ環境用転がり軸受。
【請求項3】
前記内輪、外輪および転動体が耐食性鋼製またはセラミック製であることを特徴とする請求項1記載のアルカリ環境用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−200591(P2006−200591A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−10907(P2005−10907)
【出願日】平成17年1月18日(2005.1.18)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】