説明

アルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラー及びその製造方法

【課題】Al−Cu−Mg基合金において、200℃程度の使用温度にて高温強度に優れ、かつ生産性に優れたアルミニウム合金鋳物製のコンプレッサーインペラーを提供する。
【解決手段】本発明係るアルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラーは、Cu:1.4〜3.2mass%、Mg:1.0〜2.0mass%、Ni:0.5〜2.0mass%、Fe:0.5〜2.0mass%、Ti:0.05〜0.35mass%、及びB:0.002〜0.07mass%を含有し、残部がアルミニウム及び不純物からなり、最大結晶粒径が150μm以下であり、最大二次デンドライトアーム間隔が50μm以下である、ことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や船舶用の内燃機関用のターボチャージャーに使用される、アルミニウム合金鋳物製のコンプレッサーインペラー及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や船舶用の内燃機関に用いられるターボチャージャーには、高速回転によって空気を圧縮して内燃機関に供給するためのコンプレッサーインペラーが設けられている。このコンプレッサーインペラーは、高速回転中には150℃程度の高温に達し、さらに回転中心近傍、とくにディスク部には回転軸からのねじり応力や遠心力などによる高い応力が発生する。
【0003】
コンプレッサーインペラーは、当該ターボチャージャーの要求性能に応じて種々の素材によって形成される。船舶用などの大型の用途には通常アルミニウム合金の熱間鍛造材からインペラー形状に削り出した物が使用されているが、乗用車、トラックなどの自動車用や小型船舶用など、比較的小型なものについては、大量生産性やコストが重視されるため、鋳造性の良好なJIS−AC4CH(Al−7%Si−0.3%Mg合金)、ASTM−354.0(Al−9%Si−1.8%Cu−0.5%Mg合金)、ASTM−C355.0(Al−5%Si−1.3%Cu−0.5%Mg合金)等、Siを主要添加元素とした易鋳造性アルミニウム合金を石膏型(プラスターモールド)に低圧鋳造法、減圧鋳造法または重力鋳造法などによって鋳造し、これを溶体化処理や時効処理により強化したものが広く使用されている。またその基本的な製造方法は、特許文献1に詳しく開示されている。
【0004】
ところで近年、エンジンの小型化、高出力化や排気再循環量増加に伴う空気の高圧縮比化が要求される中、このようなターボチャージャーのより高速な回転が指向されている。しかしながら、回転数の増大によって空気の圧縮による発熱量は増加し、また排気側のタービンインペラーも同時に高温化するためその伝熱によりコンプレッサーインペラーに発生する温度は増大する。このため、上記従来のSiを主要添加元素とした易鋳造性アルミニウム合金製のコンプレッサーインペラーでは使用中に変形したり、さらには疲労破壊したりする不具合が発生しやすく、正常な回転の継続が不可能となることが判明している。具体的にはこれらの既存のコンプレッサーインペラーでは150℃程度が使用可能な温度の上限であるが、上記目的のため、200℃程度でも使用できるようなコンプレッサーインペラーの開発が強く望まれている。
【0005】
そこで、アルミニウム合金組成をより高温強度の優れた、例えばJIS−AC1B(Al−5%Cu−0.3%Mg合金)などに変更することが考えられるが、特許文献2の明細書2頁に記載されているように、コンプレッサーインペラーのように複雑形状で、かつ薄肉の羽根の部分がある場合、同合金では溶湯の流動性が悪く、薄肉部への湯回り不良(充填不良)が発生しやすい。
【0006】
そこで、特許文献2には、湯回り性の重要視される羽根部にはAC4CHなどのAl−Si系の易鋳造性の合金を用い、強度の必要な回転軸に結合されるボス部からディスク部にかけてはAC1BなどのAl−Cu系の高強度の合金を用いて、これを2回に分けて注湯して合体させ、コンプレッサーインペラーを形成する方法が提案されている。
【0007】
また、特許文献3には、羽根部には鋳造性の良好な合金を用い、応力のかかるボス部からディスク部中央部にかけては25%Bを含有するアルミニウムウィスカーなどの強化材にアルミニウムを含浸させて強化した強化複合材を別途製造し、これらを接合してコンプレッサーインペラーを形成することが提案されている。
【0008】
また特許文献4には、その接合を摩擦圧接でおこなうことが提案されている。しかしながら、上記の各方法では羽根部とボス部に異なる材料を併用するため、生産性が劣りコストアップとなり、いまだに工業化は達成されていない。
【0009】
そこで、特許文献5では、Al−Cu−Mg基合金の添加元素とその組み合わせの範囲を適正化することで、単一合金で鋳造可能とし、180℃での耐力値を250MPa以上としたコンプレッサーインペラーが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第4,556,528号明細書
【特許文献2】特開平10−58119号公報
【特許文献3】特開平10−212967号公報
【特許文献4】特開平11−343858号公報
【特許文献5】特開2005−206927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記特許文献5に記載のAl−Cu−Mg基合金においては、ターボチャージャーの更なる高速回転化に伴い、更に高い200℃付近での高温使用に耐えられることが求められている。また同時に、Al−Cu−Mg基合金でも安定した生産性を確保するために、鋳造歩留を向上させなければならない。
【0012】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、Al−Cu−Mg基合金において、200℃程度の使用温度にて高温強度に優れ、かつ生産性に優れたアルミニウム合金鋳物製のコンプレッサーインペラー及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係るアルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラーは、
Cu:1.4〜3.2mass%、Mg:1.0〜2.0mass%、Ni:0.5〜2.0mass%、Fe:0.5〜2.0mass%、Ti:0.05〜0.35mass%、及びB:0.002〜0.07mass%を含有し、残部がアルミニウム及び不純物からなり、
鋳物内部の最大結晶粒径が150μm以下であり、鋳物内部の最大二次デンドライトアーム間隔が50μm以下である、
ことを特徴とする。
【0014】
この場合に、鋳物の内部に残留する水素ガス量が0.4cc/100gAl以下であり、かつ酸化物量が100ppm以下である、
こととしてもよい。
【0015】
上記目的を達成するため、本発明の第2の観点に係るアルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラーの製造方法は、
Cu:1.4〜3.2mass%、Mg:1.0〜2.0mass%、Ni:0.5〜2.0mass%、Fe:0.5〜2.0mass%、Ti:0.05〜0.35mass%、及びB:0.002〜0.07mass%を含有し、残部がアルミニウム及び不純物からなるアルミニウム合金溶湯を用意する工程と、
該アルミニウム合金溶湯に脱水素ガス処理と介在物除去処理とを施す溶湯処理工程と、
該溶湯処理工程の後、前記アルミニウム合金溶湯を720〜780℃に調整し、180〜250℃の石膏型とインペラーディスク面に接する面に配置された金属製の冷やし金とで構成される製品形状の空間に注入し、圧力鋳造法によりアルミニウム合金鋳物を得る鋳造工程と、
該アルミニウム合金鋳物に溶体化熱処理工程及び時効熱処理工程を施す熱処理工程と、を備える、
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、Al−Cu−Mg基合金において、200℃付近での高温強度に優れ、かつ生産性に優れたアルミニウム合金鋳物製のコンプレッサーインペラーを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】コンプレッサーインペラーの構造の一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0019】
(第1の実施形態)
図1に本実施形態に係るコンプレッサーインペラーの形状の一例を示す。コンプレッサーインペラー1は、回転中心軸(ボス部)9と一体に連なるディスク部10から、複数枚の薄肉の羽根11が出ている形状を有している。このコンプレッサーインペラー1は、高速回転中には200℃程度の高温に達し、さらに回転中心近傍、とくにディスク部には回転軸からのねじり応力や遠心力などによる高い応力が発生する。
【0020】
本発明者等は、上述の課題を解決するために種々実験検討を重ね、Al−Cu−Mg基合金において、Ti及びBの添加量の範囲を適正化し、結晶粒径を安定的に微細化すると同時に、冷却速度を制御し、二次デンドライトアーム間隔を適正化することで鋳造性が確保され、かつ200℃での高温使用に耐える強度が得られることを見出した。
【0021】
なお、本発明において「耐熱強度に優れた」とは200℃程度での使用温度でも、変形や疲労破壊が起こらないことを意味し、具体的には200℃での引張試験により得られる0.2%耐力値が260MPa以上、かつ200℃での回転曲げ疲労試験により得られる170MPa荷重時の破断繰り返し回数が10回以上であることとする。
【0022】
次に、本発明におけるアルミニウム合金の成分組成範囲の限定理由について説明する。尚、Cu,Mg,Ni,Feについては前報特許文献5と同様である。
【0023】
Cu、MgはAl母相中に固溶し、固溶強化によって機械的強度を向上させる効果を持つ。また、Cu、Mgが共存することによって、AlCu、AlCuMg等の析出強化による強度向上に寄与する。但し、これらの2種の元素は凝固温度範囲を拡大する元素であるため過剰な添加は鋳造性を劣化させる。Cu量が1.4mass%未満、Mg量が1.0mass%未満では、200℃の高温において必要とされる機械的強度が得られない。一方、Cuが3.2mass%を越え、Mgが2.0mass%を越えて含有されると、コンプレッサーインペラーとしての鋳造性が劣化し、とくに羽根先端部への湯回りが不十分となり欠肉が発生しやすくなる。使用中の変形などの不具合を確実に防止し、かつ鋳造時の欠肉発生を可及的に防ぎ工業的に望ましい歩留まりを得るための望ましい添加範囲は、Cuが1.7〜2.8mass%、Mgが1.3〜1.8mass%である。
【0024】
Ni、Feは、Alとの間に金属間化合物を分散して形成し、合金の高温強度を向上させる効果があり、Niは0.5mass%以上、Feは0.5mass%以上を必要とする。しかしながら両者はともに過剰に含有すると、金属間化合物が粗大化してしまうだけでなく、高温でCuFeAlやCuNiAlを形成してAl母相中の固溶Cu量を下げ、かえって強度を低下させてしまうので、Niは2.0mass%以下、Feも2.0mass%以下とする。望ましい成分範囲としては、Feが0.7〜1.5mass%、Niが0.5〜1.4mass%である。望ましい範囲の下限は製造ばらつきを考慮し工業的に安定的な量産をする上での目安値であり、上限は効果が飽和しこれ以上の添加は無駄となる添加量である。
【0025】
Tiは、鋳造時の初晶アルミニウム結晶粒の成長抑制効果があるため、鋳造中の凝固組織を微細化して溶湯補給性を改善し、湯回り性を改善する効果を有するため添加する。Tiの添加量が0.050mass%未満では上記の効果を十分に得ることはできない。しかし、Tiが0.35mass%を越えて含有されるとAlとの間に数10〜数100μmの大きさの粗大な金属間化合物を形成して回転時に疲労亀裂の起点となり、コンプレッサーインペラーとしての信頼性を低下させる。
【0026】
Bは、TiB粒子として市販のAl−5%Ti−1%B合金またはAl−5%Ti−0.2%B合金などのTiB微細化剤を用いて添加する。TiB粒子は数μmの大きさの粒子で鋳造時に初晶アルミニウムの結晶核として機能するため、B量として0.0020%以上添加しないと製品全体の結晶粒微細化が不十分となる。一方で、TiB粒子は凝集体を形成しやすいため、B量として0.070%以上の過剰添加となるとTiB凝集体が疲労亀裂の起点となり、コンプレッサーインペラーの信頼性を低下させる。
【0027】
また上記以外の不純物元素として、Siは0.30mass%、Zn、Mn、Crなどは0.20mass%程度までの含有は許容される。
【0028】
上述のように成分規定した本発明のアルミニウム合金は、従来のAl−Si系アルミニウム合金鋳物の製造方法に準じて、石膏型(プラスターモールド)を使用し圧力鋳造法(低圧鋳造法、減圧鋳造法または差圧鋳造法)によってコンプレッサーインペラー形状に鋳造する。その際、鋳物内部の最大二次デンドライトアーム間隔が50μm以下となるように凝固条件を制御する必要がある。これは、コンプレッサーインペラーの回転の加減速により発生する繰り返し応力による疲労破壊を防止するためで、二次デンドライトアーム間隔が50μmを越えると、粗大なデンドライトアーム境界に沿って線状に分布する金属間化合物に沿って疲労亀裂が発生・進展しやすい。疲労亀裂の発生を効果的に防止するには、望ましくは最大二次デンドライトアーム間隔を40μm以下とする。二次デンドライトアーム間隔を小さくするには冷却速度を大きくするのが有効であり、具体的には製品内部の全域を5℃/秒以上の冷却速度とすることで最大デンドライトアーム間隔を50μm以下とすることができる。これは主に冷やし金(チルプレート)の適正配置・石膏型の予熱温度管理・鋳造温度の適正化などにより制御可能であり、各々の製造設備や製品寸法に応じた鋳造条件の適正化が必要となる。例えば、ディスク直径40mm〜150mmのコンプレッサーホイールにおいて、ディスク面に接する面に金属製の冷やし金を配置し、石膏型の温度を180〜250℃とし、溶湯温度を720〜780℃とすることで、冷却速度を5℃/秒以上とすることができる。冷やし金の材質は、熱伝導率が高い銅及び銅合金が好ましいが、鉄、ステンレス鋼なども使用できる。また、冷やし金をさらに水などにより冷却しても良く、工業的な大量生産においては温度管理のため水冷することが望ましい。
【0029】
また、鋳造時に初晶アルミニウムの最大結晶粒径を150μm以下にしないと、デンドライトの粗大成長により羽根部などの狭い湯道にデンドライトが張り出すこととなり、凝固過程で生じる引け巣に溶湯補給することが困難となる。つまり、押し湯効果が効かなくなることから、製品内部に収縮巣欠陥が多数発生してしまう。コンプレッサーインペラー製品の羽根部の最も薄い部分で肉厚が0.3mm程度であることから、製品内部の結晶粒の最大サイズは150μm以下とする。さらに、製品全体の凝固完了まで溶湯補給を行い、押し湯効果を十分に効かせるには、望ましくは最大結晶粒径を100μm以下とする。結晶粒を小さくするには、TiB系微細化剤を添加することが最も効果的であり、上記のようにTi量を0.050mass%〜0.35mass%かつB量を0.0020〜0.070mass%とすることで製品全体にわたり結晶粒径を150μm以下とすることができる。例えば、市販のAl−5%Ti−1%B合金またはAl−5%Ti−0.2%B合金などのTiB系微細化剤をアルミニウム合金溶湯中に適正量添加し、機械的攪拌または電磁的攪拌により均一混合した後、鋳造を実施することとすればよい。さらに安定的に結晶粒を微細化させるためには、アルミニウム合金凝固中の冷却速度を大きくすることが有効であり、製品内部全体の冷却速度を5℃/秒以上にすることが望ましい。冷却速度を5℃/秒以上にする手法としては、例えば冷やし金を用いた上記手法が用いられる。
【0030】
以上により耐熱強度に優れたターボチャージャー用アルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラーが得られる。
【0031】
本発明によれば、回転数の増大に伴う温度の増加に耐えられる、耐熱強度に優れたアルミニウム合金製のコンプレッサーインペラーを低コストで供給することが可能である。また、これにより、本発明は、ターボチャージャーの加給能力を増し内燃機関の出力向上に寄与することができるという工業上顕著な効果を奏する。
【0032】
(第2の実施形態)
本発明者らは、さらに、合金内部に残留する水素ガス量及び介在物量を同時に低減することが鋳造性及び高温強度を更に向上させることも見出した。本発明の第2の実施形態に係るターボチャージャー用アルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラーにおいては、コンプレッサーインペラーの回転の加減速により発生する繰り返し応力による疲労破壊を防止するため、破壊の起点となるポロシティ欠陥及び介在物欠陥を極力少なくすることを特徴とする。
【0033】
ポロシティ欠陥は主に残留水素ガスが原因であることから、製品残留水素ガス濃度を0.4cc/100gAl以下にすることが好ましい。冷却速度が小さい場合はポロシティ欠陥が生じやすくなるため、望ましくは製品残留水素ガス濃度を0.3cc/100gAl以下とする。また、介在物欠陥とは主にアルミ溶解時生じる酸化物や炉体の耐火物が原因であり、Al、MgO、AlMgOといったアルミニウムやマグネシウムの酸化物及び複合酸化物である。欠陥要因として問題とならない酸化物量としては製品内部で100ppm以下が望ましい。
【0034】
本実施形態のターボチャージャー用アルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラーを製造する方法は、鋳造工程と熱処理工程に分けられる。鋳造工程では、前述の第1の実施形態と同様の成分を有するアルミニウム合金溶湯に溶湯処理(脱水素ガス処理及び介在物除去処理)を施した後、石膏型を使用した圧力鋳造によってコンプレッサーインペラー形状に鋳造する。
【0035】
脱水素ガス処理とはアルミニウム合金溶湯中に残留する水素ガス濃度を低減する処理であり、アルミニウム合金溶湯中に回転ガス吹込み装置、ランスパイプまたはポーラスパイプなどを用いてアルゴンガス、窒素ガスなどの不活性ガス、塩素ガスまたは塩素ガスと不活性ガスとの混合ガスを吹き込む処理である。例えば、200kgのアルミニウム合金溶湯中に回転ガス吹込み装置にてアルゴンガスを2.5Nm/h、20分間吹き込むことで、残留水素ガス濃度を0.3cc/100gAl以下にすることができる。
【0036】
介在物除去処理とはアルミニウム合金溶湯中の酸化物量を低減する処理であり、上記のガス吹込み処理のみでも低減可能であるが、ガス吹込み処理に加えて、保持炉内のアルミニウム合金溶湯を静置させる鎮静処理やセラミックフィルタまたは金属製フィルタにアルミニウム合金溶湯を通過させる処理を付加することにより効果的に介在物量を低減することができる。例えば、200kgのアルミニウム合金溶湯中に回転ガス吹込み装置にてローター回転数300rpm、アルゴンガスを2.5Nm/h、30分間吹き込んだ場合、製品中に含まれる残留酸化物量を100ppm以下にすることができる。さらに、ガス吹込み後、30分間の鎮静処理を行い、除滓後、60メッシュの金網フィルタにアルミニウム合金溶湯を通過させながら鋳造することによって、製品中に含まれる残留酸化物量を20ppm以下にまで低減することができる。
【0037】
また、鋳造後の熱処理工程は溶体化処理と時効処理とで構成され、この熱処理工程により、Cuによる固溶強化、Cu、Mgによる析出強化、AlとFeとの間、及びAlとNiとの間での金属間化合物形成による分散強化を有効に活用することができる。その場合、固相線温度以下5〜25℃の温度範囲で溶体化処理を施し、次いで、180〜230℃で3〜30時間の時効処理を施し強化することが好ましい。溶体化処理は、510〜530℃で処理することがさらに好ましい。また、時効処理は190〜210℃で5〜20時間処理することがさらに好ましい。時効処理の温度が低過ぎ、または時間が短すぎると強化に作用し得るだけの析出強化がなされない。一方、時効処理の温度が高すぎ、または時間が長すぎると形成された析出相が粗大化(過時効)し、強化作用が得にくくなるとともに、Cuの固溶強化能が低下する。
【実施例】
【0038】
以下、実施例によりさらに詳細に本発明を説明する。
【0039】
[実施例1]
表1に、本発明の範囲である実施例1〜5と、本発明の範囲から外れる比較例1〜15と、のそれぞれについて、成分、鋳造条件及び熱処理条件を示す。
【0040】
【表1】

【0041】
表1のアルミニウム合金を150kg溶解後、回転ガス吹込み装置を用いてローター回転数400rpm、気体流量2.5Nm/hの条件にてアルゴンガスを20分間吹き込み、その後、鎮静保持を1時間実施し、除滓後、TiB微細化剤ロッド(Al−5%Ti−1.0%B合金)とAl−10%Ti母合金を添加することで、表1に示すようにTi量及びB量を調整した。鋳物のコンプレッサーインペラーは、ディスク直径50mm、高さ40mm、羽根数12枚、羽根先端肉厚0.3mmの乗用車ターボチャージャー用コンプレッサーインペラー形状で石膏鋳型を用いた低圧鋳造法により鋳造した。比較のため、溶湯温度や石膏温度の変更、または、冷やし金の有無により冷却速度を変化させた条件でも鋳造を実施した。
【0042】
いずれの条件も付与圧力は100kPaとし、製品全体が凝固完了するまで加圧保持し、製品を石膏型から取り外した後、530℃で8時間の溶体化処理を施し、200℃で20時間の時効処理を施した。
【0043】
上記の如く鋳造した各コンプレッサーインペラー(実施例1〜5、比較例1〜15)について、内部品質(水素ガス量、酸化物量)、内部組織(結晶粒径、二次デンドライトアーム間隔)、高温特性(0.2%耐力、破断繰り返し数)及び生産性(鋳造歩留評価)の各項目にて評価を行った。その結果を表2に示し、詳細について以下説明する。
【0044】
【表2】

【0045】
検査工程では、外観検査で湯回り不良及び引け巣不良を、X線検査で内在するブローホールを検出し不良品とした。表2に記載の鋳造歩留評価とは、全検査数に対する検査工程で良品と判定された個数の割合が90%未満である場合に「×」(現行品以下)、90%以上である場合に「△」(現行品同等)、95%以上である場合に「○」(現行品より大幅改善)とした。
【0046】
さらに、コンプレッサーインペラー製品の中心軸より丸棒試験片(φ8mm)を採取して、200℃における引張試験より0.2%耐力値を測定し、200℃における回転曲げ疲労試験(小野式回転曲げ疲労試験機、負荷応力170MPa、回転数50Hz)により破断繰り返し回数を測定した。
【0047】
さらに、同じ条件で鋳造した別のコンプレッサーインペラー製品の中心軸より残留水素ガス測定用の丸棒を採取し、ランズレー式真空溶融抽出法にて製品内部に残留する水素ガス量を測定した。ランズレー式真空溶融抽出法とは、固体アルミをステンレスカプセルに装入し、加熱溶融させ、抽出したガスを分析し、水素ガス量を定量する方法である。また、主な介在物である酸化物については、ディスク面をランダムに3箇所ドリリングし、得られたアルミ片2gをヨウ素メタノール溶液にて溶解し、溶解残渣中の酸化物量を秤量した。
【0048】
また、結晶粒径及び二次デンドライトアーム間隔は同一条件で鋳造した製品を中心線で切断し、断面研磨した後、ディスク底面近傍、ディスク端部、軸部中央、軸部上部、羽根部先端の金属組織を光学顕微鏡により倍率100倍で観察し、交線法により求めた。表中の数値範囲は各測定箇所のうち最小値から最大値までを表す。なお、これらの測定法自体については「アルミニウムのデンドライトアームスペーシングと冷却速度の測定法」、軽金属学会研究部会報告書No20(1988年)、46〜52頁に記載されている。
【0049】
比較例1は、TiB微細化剤の添加量が少なく、かつ石膏温度が高いために、結晶粒径及び二次デンドライトアーム間隔が大きくなり、鋳造歩留、高温特性ともに低い結果となった。比較例2は、TiB微細化剤は十分に添加されており、鋳造歩留は現行並であるものの、石膏温度が高く、二次デンドライトアーム間隔が50μm以上の場所が存在することから、高温特性で低い値となった。反対に、比較例3では石膏温度が低く、二次デンドライトアーム間隔は小さくなっているものの、TiB微細化剤が不足しているため結晶粒径が粗大となり、鋳造歩留が大幅に低下している。比較例4では、TiB微細化剤を過剰に添加したことによってTiB粒子の凝集体を起点とした破断が起こりやすくなるために、特に回転曲げ疲労における破断繰り返し回数が少なくなっている。比較例5は溶湯温度が低いために鋳造時の湯廻り性が悪く、鋳造歩留が大幅に低下している。比較例6、7は溶湯温度が高過ぎることと冷やし金を用いていないために、製品中央部における冷却速度が低下し、所望の高温特性が得られていない。比較例8〜11はCu,Mg,Fe,Ni成分の下限値を下回っており、高温特性が得られていない。比較例12、13はCu,Mg量が多く高温特性は得られているものの、鋳造性が悪化し、鋳造歩留が低下している。比較例14、15はFe,Ni量が多く粗大な晶出物相が存在するために高温特性が得られていない。
【0050】
これらに対し、本発明の実施例1〜5は、適正な成分範囲およびTiB微細化剤量が添加されているため、製品全体において結晶粒径が150μm以下に微細化されているとともに、石膏温度が低いために二次デンドライトアーム間隔が50μm以下に抑えられていることから、鋳造歩留も良好で、かつ高温特性値も十分に高い。
【0051】
[実施例2]
表3に、本発明の範囲である実施例6〜9と、本発明の範囲から外れる比較例16〜23と、のそれぞれについて、成分、鋳造条件及び熱処理条件を示す。
【0052】
【表3】

【0053】
Cu:2.5mass%、Mg:1.5mass%、Fe:1.0mass%、Ni:1.0mass%、のアルミニウム合金を150kg溶解後、回転ガス吹込み装置を用いてローター回転数400rpm、気体流量2.5Nm/hの条件にてアルゴンガスを20分間吹き込み、その後、鎮静保持を1時間実施し、除滓後、TiB微細化剤ロッド(Al−5%Ti−1.0%B合金)とAl−10%Ti母合金を添加することでTi:0.10mass%、B:0.0050mass%に調整した。製品サイズはディスク直径92mm、高さ70mm、羽根数14枚、羽根先端肉厚0.4mmのトラックターボチャージャー用コンプレッサーインペラー形状で石膏鋳型とディスク底部に接する箇所に設置した銅板製の冷やし金とを用いた低圧鋳造法により鋳造した。比較のため、溶湯処理を実施しない条件、溶湯温度や石膏温度を変更した条件、冷やし金を用いない条件でも鋳造を実施した。付与圧力は100kPaとし、製品全体が凝固完了するまで加圧保持し、製品を石膏型から取り外した後、溶体化処理と時効処理を施した。
【0054】
上記の如く鋳造した各コンプレッサーインペラー(実施例6〜9、比較例16〜23)について、実施例1と同様の各項目にて評価を行った。その結果を表4に示し、以下その詳細について説明する。
【0055】
【表4】

【0056】
比較例16、19は溶湯温度または石膏温度が高く、結晶粒径及び二次デンドライトアーム間隔が大きいために高温特性についての値が低くなった。比較例17、18は溶湯温度または石膏温度が低く、二次デンドライトアーム間隔は50μm以下となるため高温特性は良いが、鋳造中に凝固が進行し易いために湯廻り不良が多く発生し、鋳造歩留が極端に低くなった。比較例20、21では熱処理工程のうちどちらか一方を省略しているため、高温特性の値がかなり低くなった。また、回転ガス吹込み処理無しの比較例22は、水素ガス量が多く、ブローホール欠陥が多いために鋳造歩留が低く、さらにブローホール欠陥が疲労破壊の起点となるために高温疲労特性も低い値となった。比較例23は、冷やし金を用いないため、冷却速度が低く、高温特性が低い。
【0057】
これらに対し、本発明の実施例6〜9は、回転ガス吹込み処理を行うことで、水素ガス量、酸化物量ともに低く、溶湯温度及び石膏温度も適正化され、かつ冷やし金も用いられている。これらの条件により製造されていることで、実施例6〜9は、冷却速度が高く、二次デンドライトアーム間隔が50μm以下に抑えられていることから、鋳造歩留も良好で、かつ高温特性値も十分に高い。さらに、実施例7と8とを比較すると、実施例8の方が鎮静処理を行っているため酸化物量が少なくなっており、より高温特性が向上している。
【符号の説明】
【0058】
1 コンプレッサーインペラー
9 ボス部
10 ディスク部
11 羽根部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu:1.4〜3.2mass%、Mg:1.0〜2.0mass%、Ni:0.5〜2.0mass%、Fe:0.5〜2.0mass%、Ti:0.05〜0.35mass%、及びB:0.002〜0.07mass%を含有し、残部がアルミニウム及び不純物からなり、
鋳物内部の最大結晶粒径が150μm以下であり、鋳物内部の最大二次デンドライトアーム間隔が50μm以下である、
ことを特徴とするアルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラー。
【請求項2】
鋳物の内部に残留する水素ガス量が0.4cc/100gAl以下であり、かつ酸化物量が100ppm以下である、
ことを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラー。
【請求項3】
Cu:1.4〜3.2mass%、Mg:1.0〜2.0mass%、Ni:0.5〜2.0mass%、Fe:0.5〜2.0mass%、Ti:0.05〜0.35mass%、及びB:0.002〜0.07mass%を含有し、残部がアルミニウム及び不純物からなるアルミニウム合金溶湯を用意する工程と、
該アルミニウム合金溶湯に脱水素ガス処理と介在物除去処理とを施す溶湯処理工程と、
該溶湯処理工程の後、前記アルミニウム合金溶湯を720〜780℃に調整し、180〜250℃の石膏型とインペラーディスク面に接する面に配置された金属製の冷やし金とで構成される製品形状の空間に注入し、圧力鋳造法によりアルミニウム合金鋳物を得る鋳造工程と、
該アルミニウム合金鋳物に溶体化熱処理工程及び時効熱処理工程を施す熱処理工程と、を備える、
ことを特徴とするアルミニウム合金鋳物製コンプレッサーインペラーの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−25986(P2012−25986A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−163706(P2010−163706)
【出願日】平成22年7月21日(2010.7.21)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)
【Fターム(参考)】