説明

エコーキャンセル装置、通信装置、及びエコーキャンセル方法

【課題】ダブルトーク状態においても優れたエコー除去性能を実現するエコーキャンセラを提供すること。
【解決手段】エコーキャンセラ10は、適応フィルタ20と、減算器30と、誤差信号生成回路40とを備える。適応フィルタ20は、スピーカー3から出力される前の受信信号x(k)から擬似エコー信号y’(k)を合成する。減算器30は、マイク2に入力された入力信号yin(k)から擬似エコー信号y’(k)を引くことにより、エコー除去信号p(k)を生成する。誤差信号生成回路40は、通話者の音声信号v(k)に相当する擬似音声信号r(k−1)をエコー除去信号p(k)から除去することにより、誤差信号s(k−1)を生成する。適応フィルタ20は、この誤差信号s(k−1)がより小さくなるように特性を更新する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通信装置におけるエコーキャンセル技術に関する。特に、本発明は、ダブルトール状態でのエコーキャンセル技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、テレビ電話機能を備えた携帯電話が登場し、そのテレビ電話機能を利用するにあたりハンズフリー通話を行うユーザが増加している。このハンズフリー通話では、スピーカーの出力音量が大きいため、スピーカーから出力された音声がマイクに入力されてしまう。このような現象は「回り込み」と参照される。
【0003】
図1に示されるように、遠端話者側で回り込みが発生すると、近端話者の声が時間をおいて近端話者側のスピーカーから聞こえる現象(いわゆる「エコー」)が発生する。このようなエコーは、近端話者にとっては不快な現象である。また、図2に示されるように、回り込みが遠端話者側と近端話者側の双方で発生すると、音響的な閉ループが形成される。ループゲインが大きくなると発振が起こり、「ブォーン」といった大きな音が聞こえる現象(いわゆる「ハウリング」)が発生する。ハウリングも不快な現象であり、双方のユーザは通話を中断せざるを得なくなる。このようなエコーやハウリングを抑制するために、エコーキャンセラが用いられる。
【0004】
図3は、非特許文献1に記載されているエコーキャンセラの構成を示している。近端話者側の携帯端末が遠端話者側の携帯端末に送信する信号は、送信信号e(k)である。一方、近端話者側の携帯端末が遠端話者側の携帯端末から受信する信号は、受信信号x(k)である。受信信号x(k)は、近端話者側の携帯端末のスピーカーから出力される。また、近端話者はハンズフリー通話を行っているとする。そのため、スピーカーから出力された受信信号x(k)の回り込みによって発生するエコー信号y(k)が、近端話者側の携帯端末のマイクに入力される。このエコー信号y(k)は、次の式(1)で表される。
【0005】
式(1):
y(k)=h(k)×x(k)
【0006】
式(1)中のパラメータh(k)は、受信信号x(k)からエコー信号y(k)への変換係数である。つまり、変換係数h(k)は、スピーカーからマイクへの音響エコー経路の伝達特性を示しており、近端話者側の携帯端末が置かれた環境に依存する。近端話者側の携帯端末のマイクには、上記エコー信号y(k)に加えて、近端話者の音声信号v(k)及び周囲雑音信号n(k)も入力される。すなわち、近端話者側の携帯端末のマイクに入力される入力信号yin(k)は、次の式(2)で表される。
【0007】
式(2):
in(k)=v(k)+n(k)+y(k)
【0008】
尚、上述のパラメータにおいて、kは時間を表している。以下の説明においても同様である。
【0009】
図3に示されるエコーキャンセラは、エコー信号y(k)をキャンセルするために、適応フィルタと減算器を備えている。まず、適応フィルタは、NLMSアルゴリズムに基づいて、受信信号x(k)から擬似エコー信号y’(k)を合成する。この擬似エコー信号y’(k)は、適応フィルタによって推定されるエコー信号であり、次の式(3)で表される。
【0010】
式(3):
y’(k)=h’(k)×x(k)
【0011】
式(3)中のパラメータh’(k)は、受信信号x(k)から擬似エコー信号y’(k)への変換係数である。つまり、変換係数h’(k)は、適応フィルタによって推定されるスピーカーからマイクへの音響エコー経路の伝達特性を示している。適応フィルタは、得られた擬似エコー信号y’(k)を減算器に出力する。
【0012】
減算器は、マイクから入力される入力信号yin(k)を受け取る。そして、減算器は、受け取った入力信号yin(k)から上記擬似エコー信号y’(k)を差し引くことによって、送信信号e(k)を生成する。減算器によって生成される送信信号e(k)は、次の式(4)で表される。
【0013】
式(4):
e(k)=yin(k)−y’(k)
=v(k)+n(k)+y(k)−y’(k)
【0014】
図3中の適応フィルタは、この送信信号e(k)に基づくフィードバック制御を行う。具体的には、適応フィルタは、送信信号e(k)が0になるように上記変換係数h’(k)を更新する。ここで、近端話者が話しておらず、近端話者の音声信号v(k)がゼロである場合を考える。また、周囲雑音信号n(k)は無視できるレベルであるとする。この場合、減算器によって生成される送信信号e(k)は、次の式(5)で表される。
【0015】
式(5):
e(k)=y(k)−y’(k)
【0016】
適応フィルタは、式(5)で表される送信信号e(k)が0になるように上記変換係数h’(k)を更新する。すなわち、適応フィルタは、マイクに入力されるエコー信号y(k)がキャンセルされるように、スピーカーからマイクへの音響エコー経路の伝達特性h(k)を推定する。式(5)で表されるe(k)は推定誤差であり、適応フィルタはこの推定誤差e(k)が0になるようにフィードバック制御を行っていると言える。適応フィルタの変換係数h’(k)が音響エコー経路の伝達特性h(k)と一致すると、擬似エコー信号y’(k)が実際のエコー信号y(k)に一致し、エコー除去が正常に実現される。
【0017】
このように、近端話者が話しておらず、遠端話者のみが話している場合には、エコー除去が正常に実現される。しかしながら実際には、遠端話者だけでなく近端話者も同時に話している状態(以下、「ダブルトーク状態」と参照される)が頻繁に発生する。ダブルトーク状態では、減算器によって生成される送信信号e(k)は、上記式(4)で表される。たとえ周囲雑音信号n(k)が無視できるとしても、近端話者の音声信号v(k)は無視することはできない。この場合、適応フィルタは、式(4)で表される送信信号e(k)が0になるようにフィードバック制御を行うため、エコー信号y(k)だけを正常に除去することができない。言い換えれば、マイクに入力されるエコー信号y(k)以外の外乱により、適応フィルタが伝達特性h(k)の推定を誤ってしまうため、エコー除去の性能が著しく劣化する。
【0018】
以上に説明されたように、図3で示されたエコーキャンセラは、外乱に対して不安定となり、特にダブルトーク状態ではエコー除去の性能が著しく劣化する。このような問題点を解決することを目的とした関連技術が、特許文献1(特開2002−76999号公報)に記載されている。
【0019】
図4は、特許文献1に記載されているエコーキャンセラの構成を示している。図4に示されるエコーキャンセラは、適応フィルタ101及び減算器102に加えて、パワー推定回路103、ステップサイズ決定回路104、雑音レベル推定回路106及び近端音声レベル推定回路107を備えている。
【0020】
図3の場合と同様に、適応フィルタ101は、受信信号x(k)から擬似エコー信号y’(k)を合成し、減算器102は、入力信号yin(k)から擬似エコー信号y’(k)を差し引くことによって送信信号e(k)を生成する。送信信号e(k)は、上記式(4)と同じである。その一方で、パワー推定回路103は、遠端話者からの受信信号x(k)に基づいて、その受信信号x(k)のパワーを推定する。また、雑音レベル推定回路106及び近端音声レベル推定回路107は、送信信号e(k)に基づいて、周囲雑音信号n(k)及び音声信号v(k)のそれぞれのレベルを推定する。
【0021】
ステップサイズ決定回路104は、受信信号x(k)の推定パワー、周囲雑音信号n(k)の推定レベル及び音声信号v(k)の推定レベルに基づいて、ステップサイズを決定する。ステップサイズとは、適応フィルタ101における変換係数h’(k)の更新量である。例えば、音声信号v(k)や周囲雑音信号n(k)の推定レベルが比較的小さい場合、すなわち、マイクに入力される入力信号yin(k)が主にエコー信号y(k)であると判定される場合、ステップサイズ決定回路104は、ステップサイズを比較的大きく設定する。一方、音声信号v(k)や周囲雑音信号n(k)の推定レベルが比較的大きい場合、すなわち、マイクに入力される外乱が大きいと判定される場合、ステップサイズ決定回路104は、ステップサイズを比較的小さく設定する。このようにして決定されたステップサイズ(更新量)が、送信信号e(k)と共に、適応フィルタ101に入力される。
【0022】
適応フィルタ101は、送信信号e(k)が0になるように変換係数h’(k)を更新する。このとき、適応フィルタ101は、ステップサイズ決定回路104によって決定されたステップサイズに従って、変換係数h’(k)を更新する。すなわち、音声信号v(k)や周囲雑音信号n(k)の推定レベルが比較的小さい場合、適応フィルタ101は変換係数h’(k)を大きく変更する。一方、音声信号v(k)や周囲雑音信号n(k)の推定レベルが比較的大きい場合、適応フィルタ101は変換係数h’(k)を小さく変更する。
【0023】
このように、図4で示されるエコーキャンセラは、入力信号yin(k)に含まれる音声信号v(k)や周囲雑音信号n(k)のレベルを推定し、状況に応じて変換係数h’(k)の更新量を可変に設定する。これにより、適応フィルタ101が伝達特性h(k)の推定を大きく誤ってしまうことが抑制され、外乱に対する安定度が向上する。つまり、エコー除去性能の著しい劣化が抑えられる。
【0024】
特許文献2には、スピーカーとマイクロホンを利用して拡声通話を行う拡声通話系に用いられるエコーキャンセラが開示されている。そのエコーキャンセラは、適応フィルタ部とエコー抑圧部とを備える。適応フィルタ部は、スピーカーとマイクロホンの音響結合などにより形成される帰還経路のインパルス応答を適応的に同定して、その帰還経路に入力される入力信号から帰還経路のエコー成分を推定する。更に、適応フィルタ部は、推定されたエコー成分を、帰還経路から入力されるマイクロホン入力信号から減算する。エコー抑圧部は、適応フィルタ部から出力されるエコーキャンセル出力信号に対してエコー抑圧処理を行う。具体的には、エコー抑圧部は、ウィーナーフィルタリング法に基づくエコー抑圧量を、上記マイクロホン入力信号と帰還経路に混入する近端側音声信号の比に基づいて定義されるエコー低減量を用いて求める。そして、エコー抑圧部は、適応フィルタ部から出力されるエコーキャンセル出力信号に対してエコー抑圧量を乗算する。
【0025】
【特許文献1】特開2002−76999号公報
【特許文献2】特開2008−141734号公報
【非特許文献1】未来ねっと技術シリーズ、ディジタル音声・オーディオ技術2、編著者:北脇信彦、発行所:電気通信協会、発売元:オーム社、ISBN4-88549-905-4
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
図4で示されたエコーキャンセラでは、受信信号x(k)の推定パワー、周囲雑音信号n(k)の推定レベル及び音声信号v(k)の推定レベルの3つのパラメータに基づいて、ステップサイズが決定される。しかしながら、そのような手法では、適切なステップサイズを決定することは困難である。なぜなら、受信信号x(k)のパワーや周囲雑音信号n(k)及び音声信号v(k)のレベルは、通話環境により大きく変動するからである。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明の第1の観点において、エコーキャンセル装置が提供される。そのエコーキャンセル装置は、適応フィルタと、減算器と、誤差信号生成回路とを備える。適応フィルタは、スピーカーから出力される前の受信信号から擬似エコー信号を合成する。減算器は、マイクに入力された入力信号から擬似エコー信号を引くことにより、エコー除去信号を生成する。誤差信号生成回路は、通話者の音声信号に相当する擬似音声信号をエコー除去信号から除去することにより、誤差信号を生成する。適応フィルタは、この誤差信号の大きさがより小さくなるように特性を更新する。
【0028】
本発明の第2の観点において、通信装置が提供される。その通信装置は、入力信号が入力されるマイクと、受信信号が出力されるスピーカーと、エコーキャンセル装置とを備える。エコーキャンセル装置は、スピーカーから出力される前の受信信号から擬似エコー信号を合成する適応フィルタと、入力信号から擬似エコー信号を引くことによりエコー除去信号を生成する減算器と、通話者の音声信号に相当する擬似音声信号をエコー除去信号から除去することにより誤差信号を生成する誤差信号生成回路と、を備える。適応フィルタは、この誤差信号の大きさがより小さくなるように特性を更新する。
【0029】
本発明の第3の観点において、エコーキャンセル方法が提供される。そのエコーキャンセル方法は、(A)適応フィルタを用いることにより、スピーカーから出力される前の受信信号から擬似エコー信号を合成することと、(B)マイクに入力された入力信号から擬似エコー信号を引くことにより、エコー除去信号を生成することと、(C)通話者の音声信号に相当する擬似音声信号をエコー除去信号から除去することにより、誤差信号を生成することと、(D)上記誤差信号の大きさがより小さくなるように、適応フィルタの特性を更新することと、を含む。
【発明の効果】
【0030】
本発明に係るエコーキャンセル技術によれば、マイクに入力されるエコー信号以外の外乱に対する適応フィルタの安定性が増す。その結果、ダブルトーク状態においても、優れたエコー除去性能が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態に係るエコーキャンセル技術を説明する。本実施の形態に係るエコーキャンセル技術は、例えば、携帯電話、携帯端末、固定電話、通信会議端末等の通信装置に適用され得る。
【0032】
1.構成
図5は、本実施の形態に係るエコーキャンセル技術が適用される通信装置の一例としての携帯端末1を概略的に示している。携帯端末1は、マイク2(入力部)、スピーカー3(出力部)、アンテナ4、及びディスプレイ5を備えている。携帯端末1は、アンテナ4を通して、他の携帯端末からの通話データを受信し、また、他の携帯端末に対して通話データを送信する。図5に示される携帯端末1は、例えばテレビ電話機能を有しており、ユーザ(近端通話者)は、この携帯端末1を用いてハンズフリー通話を行うことが可能である。ハンズフリー通話において、ディスプレイ5には遠端通話者の映像等が表示され、スピーカー3からは遠端通話者の音声が出力される。近端通話者の音声、周辺雑音、エコー等は、マイク2に入力される。
【0033】
本実施の形態に係る携帯端末1は更に、エコーキャンセラ(エコーキャンセル装置)10を搭載している。図6は、本実施の形態に係るエコーキャンセラ10の構成を示すブロック図である。本実施の形態に係るエコーキャンセラ10は、適応フィルタ20、第1減算器30、及び誤差信号生成回路40を備えている。誤差信号生成回路40は、残留エコー抑圧器41、ノイズサプレッサ42、及び第2減算器43を含んでいる。
【0034】
携帯端末1がアンテナ4を通して遠端話者側の携帯端末に送信する信号は、送信信号e(k)である。一方、携帯端末1がアンテナ4を通して遠端話者側の携帯端末から受信する信号は、受信信号x(k)である。受信信号x(k)は、携帯端末1のスピーカー3から出力される。また、近端話者はハンズフリー通話を行っているとする。そのため、スピーカー3から出力された受信信号x(k)の回り込みによって発生するエコー信号y(k)が、携帯端末1のマイク2に入力される。このエコー信号y(k)は、次の式(6)で表される。
【0035】
式(6):
y(k)=h(k)×x(k)
【0036】
式(6)中のパラメータh(k)は、受信信号x(k)からエコー信号y(k)への変換係数である。つまり、変換係数h(k)は、スピーカー3からマイク2への音響エコー経路の伝達特性を示しており、携帯端末1が置かれた環境に依存する。携帯端末1のマイク2には、上記エコー信号y(k)に加えて、近端話者の音声信号v(k)及び周囲雑音信号n(k)も入力される。すなわち、携帯端末1のマイク2に入力される入力信号yin(k)は、次の式(7)で表される。
【0037】
式(7):
in(k)=v(k)+n(k)+y(k)
【0038】
尚、上述のパラメータにおいて、kは時間を表している。以下の説明においても同様である。
【0039】
2.動作
図7は、本実施の形態に係るエコーキャンセラ10の動作を示すフローチャートである。以下、図6及び図7を参照することにより、本実施の形態に係るエコーキャンセラ10の動作を詳しく説明する。
【0040】
(ステップS1)
まず、適応フィルタ20は、NLMSアルゴリズムに基づいて、スピーカー3から出力される前の受信信号x(k)から擬似エコー信号y’(k)を合成する。この擬似エコー信号y’(k)は、適応フィルタ20によって推定されるエコー信号であり、次の式(8)で表される。
【0041】
式(8):
y’(k)=h’(k)×x(k)
【0042】
式(8)中のパラメータh’(k)は、受信信号x(k)から擬似エコー信号y’(k)への変換係数である。つまり、変換係数h’(k)は、適応フィルタ20によって推定されるスピーカー3からマイク2への音響エコー経路の伝達特性を示している。適応フィルタ20は、得られた擬似エコー信号y’(k)を第1減算器30に出力する。
【0043】
(ステップS2)
第1減算器30は、マイク2から入力される入力信号yin(k)を受け取る。そして、第1減算器30は、受け取った入力信号yin(k)から上記擬似エコー信号y’(k)を差し引くことによって、エコー除去信号p(k)を生成する。第1減算器30によって生成されるエコー除去信号p(k)は、次の式(9)で表される。
【0044】
式(9):
p(k)=yin(k)−y’(k)
=v(k)+n(k)+(y(k)−y’(k))
【0045】
式(9)中のパラメータ「y(k)−y’(k)」は、適応フィルタ20におけるエコー推定の誤差を示しており、以下「残留エコー信号」と参照される。
【0046】
(ステップS3)
残留エコー抑圧器41は、第1減算器30によって生成されたエコー除去信号p(k)と、マイク2から入力された入力信号yin(k)を受け取る。そして、残留エコー抑圧器41は、エコー除去信号p(k)から残留エコー信号「y(k)−y’(k)」を除去することにより、残留エコー除去信号q(k)を生成する。残留エコー信号「y(k)−y’(k)」の除去には、上述の特許文献2(特開2008−141734号公報)に記載されているものを使用することができる。残留エコー抑圧器41によって生成される残留エコー除去信号q(k)は、次の式(10)で表される。
【0047】
式(10):
q(k)=p(k)−(y(k)−y’(k))
=v(k)+n(k)
【0048】
(ステップS4)
ノイズサプレッサ42は、残留エコー抑圧器41によって生成された残留エコー除去信号q(k)を受け取る。そして、ノイズサプレッサ42は、残留エコー除去信号q(k)から周囲雑音信号n(k)と同等のノイズ信号を除去する。本実施の形態に係るノイズサプレッサ42としては、次の論文に記載されているものを使用することができる:加藤正徳, 杉山昭彦, 芹沢昌宏, “重み付き雑音推定とMMSE STSA法に基づく高音質雑音抑圧”, 電子情報通信学会論文誌, VOL.J87-A, No.7, pp.851-860,
July 2004.
【0049】
本実施の形態に係るノイズサプレッサ42は、上記論文に記載されているように重み付き雑音推定とMMSE STSA法に基づいて、ノイズ成分を除去する。より詳細には、ノイズサプレッサ42は、音声対雑音比の推定値に応じて重み付けした劣化音声を用いて、継続的に雑音推定値を更新する。雑音推定値は所定の記憶手段に記憶される。そして、ノイズサプレッサ42は、一つ前のサンプリング期間の残留エコー除去信号q(k−1)から、周囲雑音信号n(k)と同等の雑音推定値n’(k−1)を差し引き、それにより次の式(11)で示される擬似音声信号r(k−1)を生成する。
【0050】
式(11):
r(k−1)=q(k−1)−n’(k−1)
=v(k−1)+n(k−1)−n’(k−1)
【0051】
上述の通り、擬似エコー信号y’(k)がステップS2で除去され、残留エコー信号「y(k)−y’(k)」がステップS3で除去され、ノイズ成分が本ステップS4で除去される。従って、ノイズサプレッサ42によって生成される信号r(k−1)は、近端話者の音声信号v(k)に相当する擬似音声信号となる。つまり、ノイズサプレッサ42は、残留エコー除去信号q(k)からノイズ成分を除去することにより、擬似音声信号r(k−1)を抽出する。ノイズサプレッサ42は、得られた擬似音声信号r(k−1)を送信信号e(k−1)として出力する。送信信号e(k−1)が、音声信号v(k−1)とほとんど等しい擬似音声信号r(k−1)となるため、通話品質が改善される。更に、ノイズサプレッサ42は、得られた擬似音声信号r(k−1)を第2減算器43に出力する。
【0052】
(ステップS5)
第2減算器43は、第1減算器30によって生成されたエコー除去信号p(k)を受け取る。また、第2減算器43は、ノイズサプレッサ42によって生成された擬似音声信号r(k−1)を受け取る。そして、第2減算器43は、エコー除去信号p(k)から擬似音声信号r(k−1)を差し引くことによって、次の式(12)で表される信号s(k−1)を生成する。
【0053】
式(12):
s(k−1)=p(k)−r(k−1)
=(v(k)−r(k−1))+n(k)+(y(k)−y’(k))
【0054】
本実施の形態において、周辺雑音信号n(k)は無視できるレベルであるとする。また、上述の通り、擬似音声信号r(k−1)は近端話者の音声信号v(k)に相当するレベルである。従って、第2減算器43によって生成される信号s(k−1)は、エコー除去処理の結果としての残留エコー「y(k)−y’(k)」のレベルを示していると言える。言い換えれば、信号s(k−1)は、適応フィルタ20におけるエコー推定の誤差を示している。その意味で、第2減算器43によって生成される信号s(k−1)は、以下「誤差信号」と参照される。
【0055】
上述の残留エコー抑圧器41、ノイズサプレッサ42及び第2減算器43は、誤差信号s(k−1)を生成するための誤差信号生成回路40を構成している。誤差信号生成回路40は、通話者の音声信号v(k)に相当する擬似音声信号r(k−1)をエコー除去信号p(k)から除去することにより、誤差信号s(k−1)を生成する。そして、誤差信号生成回路40によって生成された誤差信号s(k−1)が、適応フィルタ20に出力される。すなわち、本実施の形態によれば、送信信号ではなく誤差信号s(k−1)が適応フィルタ20にフィードバックされる。
【0056】
(ステップS6)
適応フィルタ20は、誤差信号s(k−1)を受け取り、この誤差信号s(k−1)の大きさがより小さくなるように自身の特性を更新する。つまり、適応フィルタ20は、誤差信号s(k−1)ができるだけ小さくなるように変換係数h’(k)の更新を行う。この処理は、マイク2に入力されるエコー信号y(k)がキャンセルされるように、スピーカー3からマイク2への音響エコー経路の伝達特性h(k)を推定する処理に相当する。上述の通り、誤差信号s(k−1)は当該推定処理の誤差を表しており、適応フィルタ20はこの推定誤差s(k−1)が0になるようにフィードバック制御を行っていると言える。適応フィルタ20の変換係数h’(k)が音響エコー経路の伝達特性h(k)と一致すると、擬似エコー信号y’(k)が実際のエコー信号y(k)に一致し、エコーが完全にキャンセルされる。
【0057】
(ステップS7)
処理データが終了するまで、上記ステップS1〜S6が繰り返される。
【0058】
3.効果
以上に説明されたように、本実施の形態によれば、適応フィルタ20は、誤差信号s(k−1)に基づいてフィードバック制御を行う。その誤差信号s(k−1)は、音声信号v(k)に相当する成分を含んでいない。それは、誤差信号生成回路40が、音声信号v(k)に相当する擬似音声信号r(k−1)をエコー除去信号p(k)から除去することにより、誤差信号s(k−1)を生成しているからである。
【0059】
誤差信号s(k−1)から音声信号v(k)に相当する成分が排除されているため、その誤差信号s(k−1)に基づいてフィードバック制御を行う適応フィルタ20の外乱に対する安定性が増す。言い換えれば、音声信号v(k)が入力されるダブルトーク状態においても、適応フィルタ20の特性(変換係数h’(k))の更新が不安定になることが防止される。すなわち、ダブルトーク状態においても、エコーキャンセラ10の性能は低下せず、優れたエコー除去性能が実現される。
【0060】
また、図4で示されたエコーキャンセラと異なり、受信信号x(k)の推定パワー、周囲雑音信号n(k)の推定レベル及び音声信号v(k)の推定レベルの3つのパラメータに基づいて、ステップサイズを決定する必要もない。簡単な構成により、優れたエコー除去性能を実現することが可能である。
【0061】
以上、本発明の実施の形態が添付の図面を参照することにより説明された。但し、本発明は、上述の実施の形態に限定されず、要旨を逸脱しない範囲で当業者により適宜変更され得る。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】図1は、エコー発生の原理を示す概念図である。
【図2】図2は、ハウリングを示す概念図である。
【図3】図3は、関連技術に係るエコーキャンセラの構成を示すブロック図である。
【図4】図4は、他の関連技術に係るエコーキャンセラの構成を示すブロック図である。
【図5】図5は、本発明の実施の形態に係る携帯端末の構成を示す概略図である。
【図6】図6は、本発明の実施の形態に係るエコーキャンセラ(エコーキャンセル装置)の構成を示すブロック図である。
【図7】図7は、本発明の実施の形態に係るエコーキャンセラの動作を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0063】
1 携帯端末
2 マイク
3 スピーカー
4 アンテナ
5 ディスプレイ
10 エコーキャンセラ(エコーキャンセル装置)
20 適応フィルタ
30 第1減算器
40 誤差信号生成回路
41 残留エコー抑圧器
42 ノイズサプレッサ
43 第2減算器
e(k) 送信信号
x(k) 受信信号
in(k) 入力信号
y(k) エコー信号
y’(k) 擬似エコー信号
v(k) 音声信号
n(k) 周囲雑音信号
p(k) エコー除去信号
q(k) 残留エコー除去信号
r(k) 擬似音声信号
s(k) 誤差信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピーカーから出力される前の受信信号から擬似エコー信号を合成する適応フィルタと、
マイクに入力された入力信号から前記擬似エコー信号を引くことにより、エコー除去信号を生成する第1減算器と、
通話者の音声信号に相当する擬似音声信号を前記エコー除去信号から除去することにより、誤差信号を生成する誤差信号生成回路と
を備え、
前記適応フィルタは、前記誤差信号の大きさがより小さくなるように特性を更新する
エコーキャンセル装置。
【請求項2】
請求項1に記載のエコーキャンセル装置であって、
前記入力信号は、前記スピーカーから出力された前記受信信号に応じたエコー信号を含み、
前記誤差信号生成回路は、
前記エコー信号と前記擬似エコー信号との差である残留エコー信号を前記エコー除去信号から除去することにより、残留エコー除去信号を生成する残留エコー抑圧器と、
前記残留エコー除去信号からノイズ成分を除去することにより、前記擬似音声信号を生成するノイズサプレッサと、
前記エコー除去信号から前記擬似音声信号を引くことにより、前記誤差信号を生成する第2減算器と
を含む
エコーキャンセル装置。
【請求項3】
入力信号が入力されるマイクと、
受信信号を出力するスピーカーと、
エコーキャンセル装置と
を備え、
前記エコーキャンセル装置は、
前記スピーカーから出力される前の前記受信信号から擬似エコー信号を合成する適応フィルタと、
前記入力信号から前記擬似エコー信号を引くことにより、エコー除去信号を生成する第1減算器と、
通話者の音声信号に相当する擬似音声信号を前記エコー除去信号から除去することにより、誤差信号を生成する誤差信号生成回路と
を備え、
前記適応フィルタは、前記誤差信号の大きさがより小さくなるように特性を更新する
通信装置。
【請求項4】
請求項3に記載の通信装置であって、
前記入力信号は、前記スピーカーから出力された前記受信信号に応じたエコー信号を含み、
前記誤差信号生成回路は、
前記エコー信号と前記擬似エコー信号との差である残留エコー信号を前記エコー除去信号から除去することにより、残留エコー除去信号を生成する残留エコー抑圧器と、
前記残留エコー除去信号からノイズ成分を除去することにより、前記擬似音声信号を生成するノイズサプレッサと、
前記エコー除去信号から前記擬似音声信号を引くことにより、前記誤差信号を生成する第2減算器と
を含む
通信装置。
【請求項5】
適応フィルタを用いることにより、スピーカーから出力される前の受信信号から擬似エコー信号を合成することと、
マイクに入力された入力信号から前記擬似エコー信号を引くことにより、エコー除去信号を生成することと、
通話者の音声信号に相当する擬似音声信号を前記エコー除去信号から除去することにより、誤差信号を生成することと、
前記誤差信号の大きさがより小さくなるように、前記適応フィルタの特性を更新することと
を含む
エコーキャンセル方法。
【請求項6】
請求項5に記載のエコーキャンセル方法であって、
前記入力信号は、前記スピーカーから出力された前記受信信号に応じたエコー信号を含み、
前記誤差信号を生成することは、
前記エコー信号と前記擬似エコー信号との差である残留エコー信号を前記エコー除去信号から除去することにより、残留エコー除去信号を生成することと、
前記残留エコー除去信号からノイズ成分を除去することにより、前記擬似音声信号を生成することと、
前記エコー除去信号から前記擬似音声信号を引くことにより、前記誤差信号を生成することと
を含む
エコーキャンセル方法。
【請求項7】
受信した信号である第1の信号を出力する出力部と、
入力すべき信号である第2の信号と前記出力部から出力された前記第1の信号から発生するエコー信号とを含む第3の信号を入力する入力部と、
変換係数に基づいて前記エコー信号に相当する信号である擬似エコー信号を生成する適応フィルタと、
前記第3の信号から前記擬似エコー信号を差し引いた信号と、前記入力部に入力すべき信号であって前記第2の信号より前の時点で前記入力部に入力された信号に相当する擬似信号と、の差分である誤差信号を出力する誤差信号生成回路と、
を有し、
前記適応フィルタは前記誤差信号に基づいて前記変換係数を更新することを特徴とするエコーキャンセラ。
【請求項8】
前記適応フィルタは、前記誤差信号の大きさが小さくなるように前記変換係数を更新することを特徴とする請求項7に記載のエコーキャンセラ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−81004(P2010−81004A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−243702(P2008−243702)
【出願日】平成20年9月24日(2008.9.24)
【出願人】(302062931)NECエレクトロニクス株式会社 (8,021)
【Fターム(参考)】