説明

クラッチレリーズ軸受

【課題】トルク損失を低減させ、かつ、水が軸受内部に侵入しにくいシール構造としたクラッチレリーズ軸受を提供する。
【解決手段】クラッチレリーズ軸受10の外輪20の一側端部には径方向内方に延びる外輪鍔部22が形成され、外輪鍔部22の軸受内方に内輪30の一側端部36が形成され、内輪30の一側端部36の軸受内方には軸線方向に筒状部32が形成されている。そして、外輪鍔部22と内輪30の一側端部36の間に、外輪鍔部22の軸受内側に固定され、内輪30とは非接触とされた第1シール部材40が配設され、第1シール部材40には、軸受内方に軸線方向に延設され内輪30の筒状部32の外径面に近接したシールリップ42が形成されている。そして、第1シール部材40の径方向内方の先端には、内輪30の一側端部36に近接し、軸受外方に向かって径方向外方に傾斜するシール端面44が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はクラッチレリーズ軸受に関する。具体的には、クラッチ機構の回転部材と接触して外輪が回転するタイプのクラッチレリーズ軸受の密封構造に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジンとトランスミッションとの間に配設されるクラッチ装置にはクラッチレリーズ軸受が組み込まれている。このクラッチレリーズ軸受の内部に水が入ってしまうと、軸受内部に封入されたグリース等の潤滑油が劣化し、軸受内部に錆が発生して、軸受の寿命低下を引き起こす。
そこで、従来のクラッチレリーズ軸受には、軸受外部から軸受内部への水等の異物の侵入を防ぎ、軸受内部に封入されているグリース等の潤滑油の軸受外部への流出を防ぐために、内輪又は外輪のいずれか一方に固定され他方に摺接する接触タイプのシールを内輪と外輪の間に配置した構成の密封構造を採用しているものがある。
【0003】
先行技術文献として、特開2001−311437号公報(特許文献1)には、外輪回転タイプのクラッチレリーズ軸受について、内輪に固定されたシール部材が外輪に摺接する構成の密封構造が記載されている。また、特開2006−9826号公報(特許文献2)には、外輪回転タイプのクラッチレリーズ軸受について、外輪に固定されたシール部材が内輪に摺接する構成の密封構造が記載されている。
【0004】
図3に、特許文献1に記載されたクラッチレリーズ軸受とほぼ同一の構成のクラッチレリーズ軸受110の部分断面図を示す。図3に示すように、クラッチレリーズ軸受110は、外輪120の一端部に径方向内方に延びる鍔部122が形成され、ダイヤフラムスプリング(クラッチ機構の回転部材)112と外輪120の鍔部122の接触により外輪120が回転するタイプのクラッチレリーズ軸受である。
そして、外輪120との間に複数の玉(転動体)114が転動可能に配置される内輪130の内周には自動調心用の弾性スリーブ140が固着されている。そして、内輪130の一端部において弾性スリーブ140からシール部材142が突設形成されている。そして、シール部材142の二股に分岐した先端を外輪120の鍔部122の軸受内方の側面に摺接させることにより、外輪120と内輪130の間の隙間を塞ぐ構造となっている。また、軸方向の他端では、内輪130にスリンガ150を外嵌め固定し、外輪に外嵌め固定されたオイルシール152の先端を軸受外方からスリンガ150に摺接させて、外輪120と内輪130の間の隙間を塞ぐ構造となっている。よって、クラッチレリーズ軸受110は、潤滑油が漏れにくく泥水が侵入しにくい構造であるため、良好な潤滑性と耐水性を維持できると考えられる。
【特許文献1】特開2001−311437号公報
【特許文献2】特開2006−9826号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、図3に示したクラッチレリーズ軸受110では、シール部材142が外輪120の鍔部122に接触する構造であるため、外輪120の回転による鍔部122とシール部材142との摩擦によりトルク損失が生じるという問題がある。
そして、トルク損失を低減させるために、シール部材142を外輪120の鍔部122に対して軽接触とすると、雨の日のような、クラッチレリーズ軸受110に大量の水がかかる環境では、シール部材142が外輪120の鍔部122に接触している部分を通って、水が軸受の内部に侵入することを、抑止することが困難となる。
そして、水がいったんクラッチレリーズ軸受110の中に入ってしまうと、外輪120の回転による遠心力により、水は径方向外方となる軸受の内部に入り込んでしまう。また、シール部材142が内輪130と外輪120の間を塞いでいるため、いったん軸受の内部に入り込んだ水を軸受の外部へ排出することは困難となる。そして、軸受の内部に水が侵入すると、グリース等の潤滑油の劣化、錆び発生の原因となり、軸受の寿命低下を引き起こすこととなる。
【0006】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、トルク損失を低減させ、かつ、水が軸受内部に侵入しにくいシール構造としたクラッチレリーズ軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明にかかるクラッチレリーズ軸受は、外輪と、内輪と、外輪と内輪の間に転動可能に配置された複数の転動体とを備え、
前記外輪の一側端部には径方向内方に延びる外輪鍔部が形成されると共に、該外輪鍔部の軸受外部の側面はクラッチ機構の回転部材が接触する接触面とされ、該外輪鍔部が形成された一側と同じ側に該外輪鍔部から軸受内方に所定の間隔をおいて前記内輪の一側端部が形成されたクラッチレリーズ軸受であって、
前記内輪の一側端部の軸受内方には外径面が軸線方向と同じとされた筒状部が形成されており、前記外輪鍔部と該内輪の一側端部の間には、該外輪鍔部の軸受内部の側面に固定され、該内輪とは非接触とされたシール部材が配設されており、
前記シール部材には、前記内輪の一側端部の側に、軸線方向に延設され前記内輪の筒状部の外径面に近接したシールリップが形成されており、
前記シール部材の径方向内方の先端には、前記内輪の一側端部と近接し、該内輪の一側端部から前記外輪鍔部に向かって径方向内方から径方向外方に傾斜するシール端面が形成されていることを特徴とする。
【0008】
この発明によれば、シール部材は外輪に固定され、内輪とは非接触とされているので、シール部材が内輪に接触するタイプに比べて、トルクの損失を低減させることが出来る。
そして、シール部材の径方向内方の端に、内輪の一側端部から外輪鍔部に向かって径方向内方から径方向外方に傾斜するシール端面が形成されている。そのため、シール部材の径方向内方の端の付近に介在する水等の異物が、外輪と共に回転するシール部材の回転による遠心力により、径方向外方かつ軸受外方に導かれる。よって、シール部材の径方向内方の端と内輪の一側端部の隙間からの、水等の異物の侵入が抑止される。
そして、シール部材の径方向内方の端が、内輪の一側端部と近接しラビリンスを形成しているので、シール部材と内輪の一側端部との間の隙間から水等の異物が軸受内部に侵入することが抑止される。
また、シール部材の内輪の一側端部の側に軸方向に延設されシールリップが、内輪の一側端部の軸受内方の筒状部の外径面との間に軸線方向と同じ向きのラビリンスを形成しており、ラビリンスは遠心力が働く方向に対して垂直方向となっている。そのため、ラビリンスは遠心力により異物が軸受内部へ導かれる構造ではない。よって、水等の異物がシール部材の径方向内方の端と内輪の一側端部の間の隙間からシールリップと内輪の筒状部の外径面との間に侵入した場合でも、シール部材の回転による遠心力により異物が軸受内部に導かれることがない。
よって、本発明によれば、トルク損失を低減させ、かつ、水が軸受内部に侵入しにくいシール構造にしたクラッチレリーズ軸受を提供することができる。
【発明の効果】
【0009】
この発明によれば、シール部材は外輪に固定され、内輪とは非接触とされているので、シール部材が内輪に接触するタイプに比べて、トルクの損失を低減させることが出来る。
そして、シール端面の付近に介在する水等の異物が、外輪と共に回転するシール部材の回転による遠心力により、径方向外方かつ軸受外方に導かれる。よって、シール部材の径方向内方の端と内輪の一側端部の隙間からの、水等の異物の侵入が抑止される。
そして、シール部材と内輪の一側端部でラビリンスが形成され、シール部材と内輪の間の隙間から水等の異物が軸受内部に侵入することが抑止される。
また、シール部材のシールリップと内輪の筒状部が軸線方向と同じ向きのラビリンスを形成するため、水等の異物がシールリップと内輪の筒状部の外径面との間に侵入した場合でも、シール部材の回転による遠心力により異物が軸受内部に導かれることがない。
よって、本発明によれば、トルク損失を低減させ、かつ、水が軸受内部に侵入しにくいシール構造にしたクラッチレリーズ軸受を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【実施例1】
【0011】
図1に本発明の実施例1におけるクラッチレリーズ軸受10の部分断面図を示す。クラッチレリーズ軸受10は外輪20と、内輪30と、外輪20と内輪30の間に転動可能に配置された複数の玉(転動体)14と、保持器16とを備えた外輪回転タイプのクラッチレリーズ軸受である。
そして、外輪20の一側端部には径方向内方に延びる外輪鍔部22が形成されると共に、外輪鍔部22の軸方向外方の側面はダイヤフラムスプリング12が接触する接触面24とされている。ダイヤフラムスプリング12が本発明のクラッチ機構の回転部材である。
そして、外輪鍔部22が形成された側と同じ側に外輪鍔部22から軸受内方に所定の間隔をおいて内輪30の端部に径方向内方に延びる内輪鍔部34が形成されている。そして、内輪30の端部の軸受内方には外径面が軸線と平行とされた円筒形の筒状部32が形成されており、内輪30の端部の筒状部32と内輪鍔部34の間は、外径面が径方向に縮径する傾斜部38とされている。この、傾斜部38の外径面に続く内輪鍔部34の側面が、本発明の内輪30の一側端部36である。なお、外輪20および内輪30はプレス加工により形成される。
【0012】
そして、外輪鍔部22と内輪30の一側端部36の間には、外輪鍔部22の軸受内部の側面に加硫接着により固定され、内輪30とは非接触とされた第1シール部材40が配設されている。この第1シール部材40が本発明のシール部材である。そして、第1シール部材40には、内輪30の一側端部36の側に、軸線方向に延設され内輪30の筒状部32の外径面に近接したシールリップ42が形成されている。そして、第1シール部材40の径方向内方のシール先端44には、内輪30の一側端部36と近接し、内輪30の一側端部36から外輪鍔部22に向かって径方向内方から径方向外方に傾斜するシール端面46が形成されている。なお、シール端面46の軸受外方の端は、軸受内方から軸受外方に向かって径方向内方から径方向外方に傾斜する外輪鍔部22の先端26に連続した傾斜面となるように隣接している。そして、シール端面46とシールリップ42の間は、内輪30の傾斜面38に近接し軸受内方に向かって拡径するシール傾斜部48とされている。なお、実施例1では第1シール部材40はゴム製としているが、軟質樹脂製としても良い。
【0013】
そして、クラッチレリーズ軸受10の他端部には、外輪20に外嵌めされた第2シール部材50が装着されており、第2シール部材50の先端に形成されたシールリップ52が内輪30の内周面に摺接する構成とされている。そして、第2シール部材50の軸受外方には、内輪30に内嵌めされたスリンガ54が、第2シール部材50に近接して配設されている。
【0014】
この実施例1のクラッチレリーズ軸受10によれば、第1シール部材40は外輪20に固定され、内輪30とは非接触とされているので、シール部材が内輪と接触するタイプに比べて、トルクの損失を低減させることが出来る。
そして、第1シール部材40の径方向内方の端の付近に介在する水等の異物が、外輪20と共に回転する第1シール部材40の回転による遠心力により、径方向外方に向かって軸受外方に傾斜するシール端面46に沿って径方向外方かつ軸受外方に導かれ、更に、外輪鍔部22の先端26により軸受外方へと導かれる。よって、第1シール部材40の径方向内方のシール先端44と内輪30の一側端部36の間の隙間から水等の異物が軸受内部へ侵入することが抑止される。そして、第1シール部材40の径方向内方のシール先端44が、内輪30の一側端部36と近接してラビリンスを形成するため、第1シール部材40と内輪30の間から水等の異物が軸受内部に侵入することが抑止される。
また、第1シール部材40の、内輪30の一側端部36の側に軸方向に延設されたシールリップ42が、内輪30の端部の軸受内方の筒状部32の外径面と、軸線方向に同じ向きのラビリンスを形成しており、ラビリンスは遠心力が働く方向に対して垂直方向となっている。そのため、ラビリンスは遠心力により異物が軸受内部へ導かれる構造ではない。よって、第1シール部材40の径方向内方のシール先端44と内輪の一側端部36の間から水等の異物がシールリップ42と内輪30の筒状部32の外径面との間に侵入した場合でも、第1シール部材40の回転による遠心力で、異物が軸受内部に導かれることがない。
よって、本発明によれば、トルク損失を低減させ、かつ、水が軸受内部に侵入しにくいシール構造としたクラッチレリーズ軸受を提供することができる。
【実施例2】
【0015】
図2に本発明の実施例2におけるクラッチレリーズ軸受10Aの部分断面図を示す。クラッチレリーズ軸受10Aは、第1シール部材40のシール先端44が外輪20の外輪鍔部22の先端26の大半を覆っていること、及び内輪30の一側端部36は内輪の端面とされ、内輪鍔部が形成されていないことに特徴がある。実施例2のクラッチレリーズ軸受10Aの他の構成は実施例1のクラッチレリーズ軸受10と同様であるので、同じ符号を付して、詳細な説明は省略する。
実施例2では、第1シール部材40のシール先端44が外輪20の外輪鍔部22先端26の大半を覆っているので、シール端面46によって軸受外方に導かれる異物が外輪鍔部22とシール先端44の接合部に当たることがないので、外輪鍔部22とシール先端44の接合部の劣化を防ぐことができる。また、シール端面46が外輪鍔部22の先端26まで延びているので、異物の軸受外方へに誘導が円滑になされる。
そして、内輪30の一側端部36に内輪鍔部が形成されない構成としても、本発明の課題を解決したクラッチレリーズ軸受を提供することができる。
【0016】
なお、本発明は調心式クラッチレリーズ軸受全般に適用することができる。その他、本発明に係るクラッチレリーズ軸受はその発明の思想の範囲で、各種の形態で実施できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施例1におけるクラッチレリーズ軸受の部分断面図である。
【図2】実施例2におけるクラッチレリーズ軸受の部分断面図である。
【図3】従来技術によるクラッチレリーズ軸受の部分断面図である。
【符号の説明】
【0018】
10、10A クラッチレリーズ軸受
12 ダイヤフラムスプリング(クラッチ機構の回転部材)
14 玉(転動体)
16 保持器
20 外輪
22 外輪鍔部
24 接触面
26 先端
30 内輪
32 筒状部
34 内輪鍔部
36 一側端部
38 傾斜部
40 第1シール部材(シール部材)
42 シールリップ
44 シール先端
46 シール端面
50 第2シール部材
52 シールリップ
54 スリンガ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪と、内輪と、外輪と内輪の間に転動可能に配置された複数の転動体とを備え、
前記外輪の一側端部には径方向内方に延びる外輪鍔部が形成されると共に、該外輪鍔部の軸受外部の側面はクラッチ機構の回転部材が接触する接触面とされ、該外輪鍔部が形成された一側と同じ側に該外輪鍔部から軸受内方に所定の間隔をおいて前記内輪の一側端部が形成されたクラッチレリーズ軸受であって、
前記内輪の一側端部の軸受内方には外径面が軸線方向と同じとされた筒状部が形成されており、前記外輪鍔部と該内輪の一側端部の間には、該外輪鍔部の軸受内部の側面に固定され、該内輪とは非接触とされたシール部材が配設されており、
前記シール部材には、前記内輪の一側端部の側に、軸線方向に延設され前記内輪の筒状部の外径面に近接したシールリップが形成されており、
前記シール部材の径方向内方の先端には、前記内輪の一側端部と近接し、該内輪の一側端部から前記外輪鍔部に向かって径方向内方から径方向外方に傾斜するシール端面が形成されていることを特徴とするクラッチレリーズ軸受。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−287600(P2009−287600A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−137940(P2008−137940)
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】