説明

スパッタ方法およびスパッタ装置

【課題】簡単な構成で、簡単な制御で、逆スパッタの防止による膜の高品質化、組成ズレの制御および成膜の再現性向上を図り、膜質の変化のない高品質な圧電膜、絶縁膜や導電体膜などの薄膜を成膜することができるスパッタ方法およびスパッタ装置を提供する。
【解決手段】真空容器内に、ターゲット材を保持するスパッタ電極およびスパッタ電極と対向離間配置され、基板を保持する基板ホルダを有し、さらに基板ホルダのインピーダンスを調整するための調整可能なインピーダンス回路を備えるインピーダンス調整回路とを有し、インピーダンス回路のインピーダンスが調整されることにより、基板ホルダのインピーダンスが調整され、基板の電位が調整されることにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタ装置およびスパッタ方法に関し、詳しくは、プラズマを用いた気相成長法により成膜するスパッタ装置、これを用いて絶縁膜(絶縁体)や誘電膜(誘電体)などの薄膜の成膜を行うスパッタ方法、これらのスパッタ装置やスパッタ方法を用いて成膜された圧電膜などの絶縁膜や誘電体膜、この圧電膜を用いた圧電素子およびこの圧電素子を備えたインクジェット装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、圧電膜、絶縁膜、誘電体膜等の薄膜を成膜するために、プラズマを用いた気相成長法により成膜するスパッタ方法やこれを実施するスパッタ装置が用いられている。このようなスパッタ方法および装置では、高真空中でプラズマ放電により生成される高エネルギのArイオン等のプラズマイオンをターゲットに衝突させて、ターゲットの構成元素を放出させ、放出されたターゲットの構成元素を基板の表面に蒸着させることにより、基板上に薄膜を形成している。
【0003】
スパッタ方法および装置においては、良質な薄膜を形成するために、真空容器内に設けられたスパッタ電極と対向する位置に配置された基板電極に保持された基板の表面に所定の電位を与えてスパッタリングを行っている(例えば、特許文献1および2参照)。
特許文献1に記載されたバイアススパッタ方法およびその装置では、基板に入射する陽イオンの入射エネルギを制御することで高品質な膜を形成するために、一例として、プラズマ発生用高周波電源が接続されるスパッタ電極と正バイアスをかけるために直流電源あるいは高周波電源が接続される基板電極との間のプラズマ放電空間を内包する第3の電極を設け、この第3の電極にターゲット材を設置すると共に負の直流電圧を印加している。
【0004】
また、特許文献1に記載の他の例では、基板電極にバイアスをかけるための直流電圧を印加する直流電源を接続すると共に、スパッタ電極に高周波電源と直流電源とを接続し、交互印加手段によってターゲット材がスパッタされる閾値以下の直流電圧と閾値以上の直流電圧とを交互に印加し、整合回路制御手段によって直流電圧の変化に同期して高周波電源の整合回路(マッチングボックス)の回路定数を変化させている。
さらに、他の例では、スパッタ電極に高周波電源を接続すると共に、基板電極に直流電圧を印加する直流電源を接続し、さらにフローティング電位検出手段によってプラズマ放電空間のフローティング電位を検出し、または基板電極と直流電源との間に設けられた高周波電流検出手段によって基板に流れる電流値を検出し、検出されたフローティング電位または電流値に基づいて、基板電位制御手段によって基板電極に印加する直流電圧を制御している。
【0005】
特許文献2に記載されたスパッタ方法およびスパッタ装置では、スパッタリング中の薄膜の静電破壊を防止するために、プラズマ発生用の負電圧を印加するスパッタ電源が接続されたターゲットとバイアスをかけるための所望の電圧、例えば、負電圧または交流電圧を印加する交流電源であるバイアス電源が接続されるウェハステージ上の基板との間のスパッタ空間の側方位置に制御電極を配置し、基板をフローティング電位に置き、制御電極に基板の電位が略ゼロVになる制御電圧を印加しながらスパッタを行っている。
【0006】
【特許文献1】特開平06−145972号公報
【特許文献2】特開2002−129320号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載されたバイアススパッタ方法およびその装置では、いずれの例においても、基板の表面に所定の電位を与えるために基板電極に直流あるいは交流の電源を設置しているのみならず、第3の電極や、交互印加手段および整合回路制御手段や、フローティング電位検出手段または高周波電流検出手段および基板電位制御手段
を設ける必要があり、装置構成や制御が複雑になるという問題があった。
また、特許文献1に記載の発明では、基板に入射する陽イオンの入射エネルギを制御することで高品質な膜を形成しているが、基板にバイアスをかけるために、直流電源や高周波電源を用いているため、必ずしも、要求される高品質の膜形成に必要な成膜条件に最も合致する基板電位に設定することができないし、真空容器内の成膜環境の変化などに応じて、また、成膜状態や再現性に応じて、適宜また適切に基板電位を調整・制御することができないという問題があった。
【0008】
また、特許文献2に記載されたスパッタ方法およびスパッタ装置では、基板電位をゼロにするように制御電極に電圧を印加しながら成膜することができるが、負電圧または交流電圧を印加する交流電源であるバイアス電源を基板を保持するウェハステージに接続する必要があるばかりか、基板電位をゼロにするための制御電極をスパッタ空間の側方位置に設ける必要があり、特許文献1に記載の発明と同様に、やはり、装置構成や制御が複雑になるという問題があった。
また、特許文献2に記載の発明では、スパッタリング中の薄膜の静電破壊を防止するために、基板にバイアスをかけるバイアス電源として高周波電源を用い、制御電極の電圧を制御して、基板電位をゼロにするようにしているが、静電破壊の防止しか考慮していないため、要求される高品質の膜形成に必要な成膜条件に最も合致する基板電位に設定することができないし、真空容器内の成膜環境の変化などに応じて、また、成膜状態や再現性に応じて、適宜また適切に基板電位を調整・制御することができないという問題があった。
【0009】
また、このような装置構成や制御が複雑となるスパッタ方法および装置で成膜された圧電膜や、絶縁膜や導電体膜などの薄膜の製造コストが高くなり、また、性能のばらつきや歩留まりの低下を招き、引いては、圧電素子などの薄膜を用いるデバイス、これらの圧電素子などのデバイスを用いるインクジェットヘッドなどのコストの上昇や性能低下を招くという問題があった。
【0010】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点を解消し、簡単な構成でかつ簡単な制御で、スパッタリングにおいて成膜中のプラズマのエネルギを制御し、基板電位を所定のフローティング電位に保つことにより、逆スパッタの防止による膜の高品質化、組成ズレの制御、および成膜の再現性向上を図ることができ、その結果、一定の品質の良質な、すなわち膜質の変化のない高品質な圧電膜や、絶縁膜や導電体膜などの薄膜を成膜することができるスパッタ方法およびスパッタ装置を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、上記目的を達成することのできるスパッタ方法やスパッタ装置を用いて成膜された膜質のばらつきや組成ズレのない高品質な絶縁膜や誘電体膜、特に、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなり、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶が安定的に成長し、しかもPb抜けが安定的に抑制された圧電膜、この圧電膜を用いた圧電素子およびこの圧電素子を備えたインクジェットヘッドを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明者等は、膜質の変化のない高品質な圧電膜や、絶縁膜や導電体膜などの薄膜を得るために、上記特許文献1および2を始めとして多くの従来技術を検討し、このような高品質な薄膜を成膜することができるスパッタ方法およびスパッタ装置について、鋭意研究を重ねた結果、以下のことを知見した。
まず、上記特許文献1および2のいずれに記載の発明も、基板に流入するイオンのエネルギを高めるためのものであり、イオンエネルギを弱める観点では考えられていない。
また、これらの従来技術では記載がなく全く考慮していないが、装置や基板のディメンジョンが基板電位に大きく影響し、基板のディメンジョンを含めるのが良い。
【0012】
さらに、この他、一般的なスパッタ装置においては基板は接地電位であったり、フローティング電位にあったりするが、フローティング電位の場合、直流的にはフローティングであっても交流(13.56MHz)においては、一定のインピーダンスを持つ。このインピーダンスを積極的に制御して、成膜状態や再現性を見ながら制御するのが良い。
また、通常は基板バイアスを印加する際には基板や成膜する材料が導電体の場合は、直流のバイアスを印加することが可能であるが、絶縁体の場合はバイアスを行うことができない。また、マイナス(−)バイアスを印加することは高周波によって可能であるが、基板の電位をプラス(+)側に制御することはできない。
【0013】
以上から、本発明者等は、スパッタ法において成膜中のプラズマエネルギが高いと、膜の応力が強くなったり、選択的に逆スパッタされる材料があったりするため、組成ズレの原因となる。そのためプラズマのエネルギーを制御する方法が必要であること、および、絶縁膜を成膜すると、アノード部分に膜が付着する。そのため、プラズマ条件が変化してしまい、膜質の異なるものができる。その膜質が変化する要因の一つとして、基板の電位が変わることが上げられる。基板の電位を保ちながら、かつ、基板の電位をモニタすることで、成膜の再現性が向上することを知見した。
これらの知見から、本発明者等は、本発明に至ったものである。
【0014】
すなわち、上記目的を達成するために、本発明の第1の態様は、真空容器と、この真空容器内に設けられ、スパッタリング用のターゲット材を保持するスパッタ電極と、このスパッタ電極に接続され、前記スパッタ電極に高周波を印加する高周波電源と、前記真空容器内の、前記スパッタ電極と対向する位置に離間して配置され、前記ターゲット材の成分による薄膜が成膜される基板を保持する基板ホルダと、前記基板ホルダのインピーダンスを調整するインピーダンス調整回路とを有し、前記インピーダンス調整回路は、その片側が直接接地電位に設定され、前記基板ホルダのインピーダンスを調整するための調整可能なインピーダンス回路を備え、前記インピーダンス調整回路の前記インピーダンス回路のインピーダンスが調整されることにより、前記基板ホルダのインピーダンスが調整され、前記基板の電位が調整されることを特徴とするスパッタ装置を提供するものである。
【0015】
ここで、前記インピーダンス調整回路は、もう一方の片側が前記基板ホルダに接続されるのが好ましい。
また、前記インピーダンス調整回路は、もう一方の片側が前記基板ホルダを支持する前記真空容器の側壁に接続されるのが好ましい。
また、前記インピーダンス調整回路は、さらに、前記インピーダンス回路に前記基板の基板電位と前記接地電位との間の電位の直流成分を測定する検出回路を備えるのが好ましい。
【0016】
また、さらに、前記インピーダンス調整回路の前記検出回路による検出結果を表示する手段を備えるのが好ましい。
また、さらに、前記インピーダンス調整回路の前記検出回路による検出結果に基づいて前記真空容器内の清掃時期を知らせる手段を備えるのが好ましい。
また、前記インピーダンス調整回路は、さらに、前記真空容器の外部において、前記インピーダンス回路のインピーダンスを調整する調整手段を備えるのが好ましい。
【0017】
また、前記スパッタ電極に保持される前記ターゲット材と前記基板ホルダに保持される前記基板との間の距離が、10cm以下であるのが好ましく、さらに、前記距離が、2cm以上であるのが好ましい。
また、前記薄膜が、絶縁膜あるいは誘電体膜であるのが好ましい。
また、前記薄膜が、圧電膜であるのが好ましい。
【0018】
また、上記目的を達成するために、本発明の第2の態様は、真空容器内に設けられたスパッタ電極にスパッタリング用のターゲット材を保持すると共に、前記真空容器内の、前記スパッタ電極と対向する位置に配置された基板ホルダに基板を保持し、前記スパッタ電極に接続された高周波電源によって前記スパッタ電極に高周波を印加して、前記ターゲット材をスパッタリングし、前記基板の表面に前記ターゲット材の成分による薄膜を成膜するスパッタ方法であって、その片側が直接接地電位に設定されたインピーダンス調整回路によって前記基板の基板電位と接地電位との間の電位の直流成分が測定され、この測定結果がモニタされ、前記インピーダンス調整回路により、前記基板ホルダのインピーダンスが調整され、前記基板の電位が調整されて、前記基板表面に前記薄膜が成膜されることを特徴とするスパッタ方法を提供するものである。
【0019】
ここで、前記基板の基板電位と接地電位との間の電位の直流成分は、前記インピーダンス回路に設けられた検出回路により測定され、前記基板ホルダのインピーダンスは、前記検出回路による前記直流成分の検出結果に応じて、外部から調整手段によって前記インピーダンス調整回路のインピーダンス回路のインピーダンスを調整することにより調整されるのが好ましい。
また、前記スパッタ電極に保持される前記ターゲット材と前記基板ホルダに保持される前記基板との間の距離が、10cm以下であるのが好ましい。
また、前記距離が、2cm以上であるのが好ましい。
また、前記薄膜が、絶縁膜あるいは誘電体膜であるのが好ましい。
また、前記薄膜が、圧電膜であるのが好ましい。
【0020】
また、上記他の目的を達成するために、本発明の第3の態様は、上記第1の態様のスパッタ装置または上記第2の態様のスパッタ方法によって基板上に成膜されたことを特徴とする圧電膜を提供するものである。
また、上記他の目的を達成するために、本発明の第4の態様は、上記第3の態様の圧電膜と、この圧電膜に電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子を提供するものである。
また、上記他の目的を達成するために、本発明の第5の態様は、上記第4の態様の圧電素子と、インクが貯留されるインク貯留室およびこのインク貯留室から外部に前記インクが吐出されるインク吐出口を有するインク貯留吐出部材と、前記圧電素子と前記インク貯留吐出部材との間に設けられる振動板とを備えることを特徴とするインクジェットヘッドを提供するものである。
【0021】
さらに、本発明のスパッタ方法による成膜方法は、プラズマを用いる気相成長法により膜、すなわち薄膜を成膜する成膜方法であって、成膜温度Ts(℃)と、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)と、成膜される前記膜の特性との関係に基づいて、成膜条件を決定することを特徴とするものである。
ここでは、「成膜温度Ts(℃)」は、成膜を行う基板の中心温度を意味するものとする。また、「プラズマ電位Vsおよびフローティング電位Vf」は、ラングミュアプローブを用い、シングルプローブ法により測定するものとする。フローティング電位Vfの測定は、プローブに成膜中の膜等が付着して誤差を含まないように、プローブの先端を基板近傍(基板から約10mm)に配し、できる限り短時間で行うものとする。プラズマ電位Vsとフローティング電位Vfとの電位差Vs−Vf(V)はそのまま電子温度(eV)に変換することができる。電子温度1eV=11600K(Kは絶対温度)に相当する。
本発明の成膜方法は、プラズマを用いる気相成長法により膜を成膜する場合に適用することができる。本発明の成膜方法を適用可能な膜としては、絶縁膜、誘電体膜、および圧電膜等が挙げられる。
【0022】
また、本発明の成膜方法は、1種または複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい)の成膜に好ましく適用できる。ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜は、電圧無印加時において自発分極性を有する強誘電体膜である。
ここで、本発明の成膜方法を下記一般式(P)で表される1種または複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい)に適用する場合、下記式(1)および(2)を充足する範囲で成膜条件を決定することが好ましく、下記式(1)〜(3)を充足する範囲で成膜条件を決定することが特に好ましい。
一般式A・・・(P)
(式中、A:Aサイト元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素、B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,Ni,およびランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、O:酸素原子。a=1.0かつb=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)、
Ts(℃)≧400・・・(1)、
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs−Vf(V)≦35・・・(3)
【0023】
また、本発明の圧電膜は、上記一般式(P)で表される1種または複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい)において、プラズマを用いる気相成長法により成膜されたものであり、上記式(1)および(2)を充足する成膜条件で成膜されたものであることを特徴とするものである。本発明の圧電膜は、下記式(1)〜(3)を充足する成膜条件で成膜されたものであることが好ましい。
【0024】
また、本発明は、下記一般式(P−1)で表されるPZTまたはそのBサイト置換系、およびこれらの混晶系に好ましく適用できる。
Pb(Zrb1Tib2b3)O・・・(P−1)
(式(P−1)中、XはV族およびVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、b1>0、b2>0、b3≧0。a=1.0であり、かつb1+b2+b3=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい)
本発明によれば、1.0≦a、好ましくは1.0≦a≦1.3であるPb抜けのない圧
電膜を提供することができる。
【0025】
また、本発明の圧電素子は、上記圧電膜と、この圧電膜に電界を印加する電極とを備
えたことを特徴とするものである。本発明の液体吐出装置(インクジェットヘッド)は、上記圧電素子と、液体が貯留される液体貯留室およびこの液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口を有する液体貯留吐出部材とを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明の第1および第2の態様によれば、簡単な構成でかつ簡単な制御で、スパッタリングにおいて成膜中のプラズマのエネルギを制御し、基板電位を所定のフローティング電位に保つことにより、逆スパッタの防止による膜の高品質化、組成ズレの制御、および成膜の再現性向上を図ることができる。その結果、これらの態様によれば、一定の品質の良質な、すなわち膜質の変化のない高品質な圧電膜や、絶縁膜や導電体膜などの薄膜を成膜することができる。
また、本発明の第3の態様によれば、膜質のばらつきや組成ズレのない高品質な絶縁膜や誘電体膜、特に、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなり、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶が安定的に成長し、しかもPb抜けが安定的に抑制された圧電膜を得ることができる。
さらに、本発明の第4および第5の態様によれば、この圧電膜を用いた圧電素子およびこの圧電素子を備えたインクジェットヘッドを得ることができる。
【0027】
さらにまた、本発明の成膜方法によれば、膜特性に対して影響を与える上記2つのファクターと成膜される膜の特性との関係に基づいて、成膜条件を決定する構成としているので、スパッタリング法等のプラズマを用いる気相成長法により良質な膜を安定的に成膜することができる。したがって、本発明の成膜方法は、圧電膜の成膜等に好ましく適用することができる。
また、本発明によれば、ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることが可能となる。本発明によれば、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に、本発明の第1の態様に係るスパッタ装置、および第2の態様に係るスパッタ方法、これらのスパッタ装置やスパッタ方法を用いて成膜された絶縁膜、誘電体膜などの第3の態様に係る薄膜、特に圧電膜、この圧電膜を用いた第4の態様に係る圧電素子およびこの圧電素子を備えた第5の態様に係るインクジェット装置について、添付の図面に示す好適な実施形態に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明のスパッタ方法を実施するスパッタ装置の一実施形態を概念的に示す概略構成図であり、図2は、図1に示すスパッタ装置の装置構成を示す概略断面図であり、図3は、図1に示すスパッタ装置の基板側インピーダンス調整器の概略回路図である。
以下では、薄膜として圧電膜を成膜し、薄膜デバイスとして圧電素子を製造するスパッタ装置を代表例として説明するが、本発明はこれに限定されないのはいうまでもない。
【0029】
図1および図2に示すように、本発明のスパッタ装置10は、絶縁膜、誘電体膜などの薄膜、特に圧電膜を成膜するための、すなわち基板SB上にプラズマを用いた気相成長法(スパッタリング)により圧電膜などの薄膜を成膜し、圧電素子などの薄膜デバイスを製造するRFスパッタ装置であって、ガス導入管12aおよびガス排出管12b(共に図2参照)を備える真空容器12と、この真空容器12内に設けられ、スパッタリング用のターゲット材TGを保持し、プラズマを発生させるスパッタ電極(カソード電極)14と、このスパッタ電極14に接続され、スパッタ電極14に高周波を印加する高周波電源16と、真空容器12内の、スパッタ電極14と対向する位置に配置され、ターゲット材TGの成分による薄膜が成膜される基板SBを保持する基板ホルダ18と、基板ホルダ18に接続され、基板ホルダ18の基板側インピーダンスを調整するインピーダンス調整回路20とを有する。
【0030】
真空容器12は、スパッタリングを行うために所定の真空度を維持する、鉄、ステンレス、アルミニウム等で形成される気密性の高い容器であって、図示例においては、接地され、その内部に成膜に必要なガスを導入するガス導入管12aおよび真空容器12内のガスの排気を行うガス排出管12bが取り付けられている。ガス導入管12aから真空容器12内に導入されるガスとしては、アルゴン(Ar)、または、アルゴン(Ar)と酸素(O)の混合ガス等を用いることができる。ガス導入管12aは、これらのガスの供給源(図示せず)に接続されている。一方、ガス排出管12bは、真空容器12内を所定の真空度にすると共に、成膜中にこの所定の真空度に維持するために、真空容器12内のガスを排気するため、真空ポンプ等の排気手段に接続されている。
なお、真空容器12としては、スパッタ装置で利用される真空チャンバ、ベルジャー、真空槽などの種々の真空容器を用いることができる。
【0031】
スパッタ電極14は、真空容器12の内部の上方に配置され、その表面上(図2中、下面)に成膜する圧電膜などの薄膜の組成に応じた組成のターゲット材TGを装着し、保持するようになっており、高周波電源16に接続されている。
高周波電源16は、真空容器12内に導入されたArなどのガスをプラズマ化させるための高周波電力(負の高周波)をスパッタ電極14に供給するためのものであり、その一方の端部がスパッタ電極14に接続され、他方の端部が接地されている。なお、高周波電源16がスパッタ電極14に印加する高周波電力は、特に制限的ではなく、例えば13.65MHz、最大5kW、あるいは、最大1kWの高周波電力などを挙げることができるが、例えば50kHz〜2MHz、27.12MHz、40.68MHz、60MHz、1kW〜10kWの高周波電力を用いるのが好ましい。
【0032】
スパッタ電極14は、高周波電源13からの高周波電力(負の高周波)の印加により放電して、真空容器12内に導入されたArなどのガスをプラズマ化し、Arイオン等のプラスイオンを生成させる。したがって、スパッタ電極14は、カソード電極またはプラズマ電極と呼ぶこともできる。
こうして生成されたプラスイオンは、スパッタ電極14に保持されたターゲット材TGをスパッタする。このようにして、プラスイオンにスパッタされたターゲット材TGの構成元素は、ターゲット材TGから放出され、中性あるいはイオン化された状態で、対向離間配置された基板ホルダ18に保持された基板SB上に蒸着される。
こうして、図2に点線で示すように、真空容器12の内部にArイオン等のプラスイオンやターゲット材TGの構成元素やそのイオンなどを含むプラズマ空間Pが形成される。
【0033】
基板ホルダ18は、真空容器12の内部の下方に、スパッタ電極14と対向する位置に離間して配置され、スパッタ電極14に保持されたターゲット材TGの構成元素(成分)が蒸着され、圧電膜などの薄膜が成膜される基板SBを保持、すなわち図中下面から支持するためのものである。なお、基板ホルダ18は、図示しないが、基板SBの成膜中に、基板SBを所定温度に、加熱しかつ維持するためのヒータ(図示せず)を備えている。
ここで、本発明のスパッタ装置10においては、その前提条件として、基板SBが接地電位になっていないことが必須条件であり、基板ホルダ18に保持される基板SBが、接地電位になっていない構造である必要がある。すなわち、スパッタ装置10では、基板SB、したがって、基板ホルダ18の電位がフローティング電位となる構造である必要がある。
ここで、ターゲット材TGの面積(St)と対向する基板ホルダ18のアノード電極として機能する部分の内の接地電位である部分の面積(Sa)の比 Sa/Stが3以下であることが好ましい。この理由は、接地電位である部分の面積が大きいと、フローティング電位である部分のインピーダンスをインピーダンス調整回路20によって調整する効果が薄くなるためである。
なお、基板ホルダ18に装着される基板SBのサイズは、特に制限的ではなく、通常の6インチサイズの基板であっても、5インチや、8インチのサイズの基板であってもよいし、5cm角のサイズの基板であってもよい。
【0034】
また、スパッタ電極14に保持されたターゲット材TGと基板ホルダ18に保持される基板SBとの間の距離(ターゲット基板間距離)は、10cm(100mm)以下であるのが好ましく、より好ましくは8cm(80mm)以下であり、さらに好ましくは6cm(60mm)以下であることが良い。この理由は、ターゲット材TGと基板SBとの距離があまりに離れていると、インピーダンス回路20による基板SBのインピーダンス調整の効果が少ないためである。
なお、ターゲット材TGと基板SBとの距離の下限は、プラズマを発生させる放電が起これば、特に制限的ではないが、この距離があまり近いと放電が起こらなくなるので、2cm以上であるのが好ましい。
なお、このターゲット材TGと基板SBとの距離は、ターゲット材TGおよび基板SBの厚みが薄い場合には、スパッタ電極14と基板ホルダ18との間の距離で代表させることもできる。
【0035】
インピーダンス調整回路20は、本発明の最も特徴とする部分で、基板ホルダ18のインピーダンスを調整するためのものであって、真空容器12の外部に設けられ、その片側(一方)が直接接地電位に設定され、もう一方の片側(他方)がHNコネクタ20aを介して基板ホルダ18に接続されている。
インピーダンス調整回路20は、図3に示すように、基板ホルダ18のインピーダンスを調整するための調整可能なインピーダンス回路22と、このインピーダンス回路22に基板SBの基板電位、すなわち、基板SBの電位と接地電位との間の電位の直流成分(Vdc)を測定する検出回路24と、この検出回路24による検出結果を表示する表示ユニット26と、インピーダンス回路22のインピーダンスを調整する調整つまみ28aおよび28bとを備え、調整つまみ28aおよび28bの少なくとも一方によってインピーダンス回路22のインピーダンスが調整されることにより、基板ホルダ18のインピーダンスが調整される。
【0036】
インピーダンス回路22は、図3に示すように、電気容量(静電容量)を変えることができる真空バリコン(バリアブルコンデンサ)などからなり、互いに並列に接続される第1可変コンデンサ30および第2可変コンデンサ32と、第2可変コンデンサ32と直列に接続されるコイル34とを有する。ここで、第1可変コンデンサ30の一方の端部は、並列に接続されるコイル34の一方の端部と接続され、この接続点31は、HNコネクタなどのコネクタ20aおよび同軸ケーブル20bを介し、さらに真空容器12に取り付けられたコネクタ20aおよび同軸ケーブル20bを介して真空容器12内の基板ホルダ18に接続されている。また、コイル34の他方の端部は、第2可変コンデンサ32の一方の端部と直列に接続される。第2可変コンデンサ32の他方の端部は、並列に接続される第1可変コンデンサ30の他方の端部と接続され、この接続点33は接地される。
第1可変コンデンサ30および第2可変コンデンサ32には、調整つまみ28aおよび28bがそれぞれ取り付けられ、調整つまみ28aおよび28bによって第1可変コンデンサ30および第2可変コンデンサ32のそれぞれの静電容量が変えられ、その結果、インピーダンス回路22のインピーダンスが変えられるようになっている。
【0037】
検出回路24の一方の端部は、接続点31とHNコネクタ20aとの間に接続され、検出回路24の他方の端部は、BNCコネクタなどのコネクタ24aを介して接地されている。
こうして、検出回路24は、インピーダンス回路22の接続点31の電位(直流成分Vdc)を測定し、検出することにより、基板SBの基板電位、すなわち基板SBの電位と接地電位との間の電位の直流成分(直流成分Vdc)を測定することができる。なお、検出回路24は、インピーダンス回路22の接続点31の電位を測定できれば、特に制限的ではなく、従来公知の電位検出回路を用いることができる。
ここで、検出回路24は、インピーダンス調整回路20に内蔵されていなくても良く、外部接続されるものであっても良いし、基板SBの基板電位の測定の時にのみ、インピーダンス回路22に接続されるものであっても良いし、さらに、インピーダンス調整回路20に接続されることなく、基板SBの基板電位を測定するものであっても良いし、基板電位を直接プローブ等で測定するものであっても良い。
【0038】
また、表示ユニット26は、検出回路24による測定結果、検出結果をモニタするために表示する部分であって、測定された基板SBの基板電位を表示する基板電位表示部26aと、測定された基板SBの基板電位に基づいて真空容器12の内壁面へのターゲット材TGの構成元素の付着量や付着度合を算定し、真空容器12内の清掃時期を表示する清掃時期表示部26bを備える。
ここで、表示ユニット26は、検出回路24と一体的に設けられていても良いし、別々に設けられ、検出回路24による測定結果、検出結果をモニタするときのみ、検出回路24に接続されるものであっても良い。もちろん、表示ユニット26も、インピーダンス調整回路20への内蔵やインピーダンス回路22への接続については、検出回路24と同様に構成することができる。
【0039】
表示ユニット26の基板電位表示部26aは、成膜中において、検出回路24による基板SBの基板電位の測定結果をモニタさせるために表示するためのものであるので、所定組成の圧電膜を成膜する場合の好適な基板SBの基板電位、またはその範囲を、圧電膜組成や膜種に応じて、予め求めておき、基板電位表示部26に表示された基板SBの基板電位が所定範囲の限界に近づいたり、所定範囲を外れたりした場合には、基板電位表示部26に表示された基板SBの基板電位をモニタしながら、インピーダンス調整回路20の調整つまみ28aおよび28bの少なくとも一方によってインピーダンス回路22の第1および第2可変コンデンサ30および32の少なくとも一方の容量を変えて調整し、インピーダンス回路22のインピーダンスを変えて調整し、基板ホルダ18およびこれに保持される基板SBのインピーダンスを変えて調整して、基板SBの基板電位が所定範囲内に適切に入れることが行われる。こうして、成膜中の基板SBの電位を適切な基板電位とし、その結果、成膜中の真空容器12内のプラズマ空間Pのプラズマの電位を圧電膜等の薄膜の成膜に適したものとすることができる。
ところで、圧電膜を成膜する場合には、基板SBの基板電位を、例えば、10V以上、好ましくは20V以上にインピーダンス回路20を調整しながら成膜するのが好ましい。
【0040】
なお、基板電位表示部26への基板電位の表示と同時に、基板電位が所定範囲の限界に近づいたり、所定範囲を外れたりした場合には、基板電位表示部26に警告表示や、音声による告知や警告などを行っても良い。
一方、清掃時期表示部26bに、清掃時期を表示する場合にも、真空容器12の内壁面へのターゲット材TGの構成元素の付着量や付着度合と、インピーダンス回路22のインピーダンスの調整量などを、予め、圧電膜などの膜種等に応じて求めておき、清掃時期に近付いたり、達した場合に、清掃時期を表示するようにすれば良い。この場合にも、表示のみならず、音声による告知や警告などを行っても良い。
【0041】
上述した例では、真空容器12を接地し、基板ホルダ18を電気的にフローティングとして、インピーダンス調整回路20によって基板ホルダ18のインピーダンスを調整しているが、本発明はこれに限定されず、基板ホルダ18を支持し、基板ホルダ18と電気的に接続され、真空容器12の内壁面を覆う被覆部材を、基板ホルダ18と共に電気的にフローティングとして、インピーダンス調整回路20によって被覆部材のインピーダンスを調整して基板ホルダ18のインピーダンスを調整するようにしても良いし、基板ホルダ18を真空容器12に電気的に接続し、基板ホルダ18も真空容器12も電気的にフローティングとして、インピーダンス調整回路20によって真空容器12の内側壁のインピーダンスを調整して基板ホルダ18のインピーダンスを調整するようにしても良い。
【0042】
本発明のスパッタ装置は、基本的に以上のように構成されるものであり、以下に、その作用および本発明のスパッタ方法について説明する。
図4は、本発明のスパッタ方法の一例を示すフローチャートである。
まず、図4に示すように、ステップS10で、図1〜図3に示すスパッタ装置10において、真空容器12内に設けられたスパッタ電極14にスパッタリング用のターゲット材TGを装着して保持させるとともに、真空容器内において、スパッタ電極14と対向する位置に離間して配置された基板ホルダ18に圧電膜などの薄膜を成膜する基板を装着して保持させる。
次いで、ステップS12において、基板ホルダ18にインピーダンス調整器20を接続し、基板ホルダ18のインピーダンスが調整でき、基板ホルダ18に保持された基板SBの電位を測定できる状態にする。
【0043】
この後、ステップS14において、真空容器12内が所定に真空度になるまでガス排出管12bから排気し、所定の真空度を維持するように排気し続けながら、ガス導入管12aからアルゴンガス(Ar)などのプラズマ用ガスを所定量づつ供給し続ける。これと同時に、ステップS16において、高周波電源16からスパッタ電極14に高周波(負の高周波電力)を印加して、スパッタ電極14を放電させて、真空容器12内に導入されたArなどのガスをプラズマ化し、Arイオン等のプラスイオンを生成させ、プラズマ空間Pが形成される。
次いで、ステップS18において、こうして形成されたプラズマ空間P内のプラスイオンは、スパッタ電極14に保持されたターゲット材TGをスパッタし、スパッタされたターゲット材TGの構成元素は、ターゲット材TGから放出され、中性あるいはイオン化された状態で、対向離間配置された基板ホルダ18に保持された基板SB上に蒸着され、成膜が開始される。
【0044】
続いて、ステップS20では、成膜中において、インピーダンス調整器20の検出回路24によって基板SBの基板電位(直流成分)が測定され、表示ユニット26の基板電位表示部26aに基板SBの基板電位が表示される。
続いて、基板電位表示部26aに表示された基板SBの基板電位をモニタしながら、インピーダンス調整器20のインピーダンス回路22の第1および第2のコンデンサ30および32の少なくとも1つの電気(静電)容量を調整つまみ28aおよび28bによって可変しながら、真空容器12内の基板ホルダ18のインピーダンスを調整し、基板SBの電位を予め決められている所定範囲内に調整する。こうして、成膜中の基板SBの基板電位を適切な基板電位とし、その結果、成膜中の真空容器12内のプラズマ空間Pのプラズマの電位を圧電膜等の薄膜の成膜に適したものとすることができる。
【0045】
その結果、成膜中のプラズマのエネルギを制御し、基板電位を所定のフローティング電位に保つことにより、逆スパッタの防止による膜の高品質化、組成ズレの制御、および成膜の再現性向上を図ることができ、一定の品質の良質な、すなわち膜質の変化のない高品質な圧電膜などの薄膜を成膜することができる(ステップS24)。
なお、上述したように、インピーダンス調整器20による真空容器12内の基板ホルダ18のインピーダンスの調整によって、調整される基板SBの基板電位は、本スパッタ方法を実施する前に、インピーダンス調整器20による調整を行わずにスパッタ方法を実施して、成膜される圧電膜などの薄膜の特性と基板SBの基板電位との関係を予め求め、所要の膜特性を得ることができる基板SBの基板電位の調整範囲や基板ホルダ18のインピーダンスの調整範囲などを求めておくのが良い。
なお、本発明の特徴とするインピーダンス調整器でのインピーダンス調整による基板電位の調整に応じた膜質の調整は、本発明のスパッタ装置やスパッタ方法のようなスパッタリングなどのプロセスのみならず、プラズマエッチングやCVDなどのプラズマを用いる全てのプロセスや当該プロセスを実施するプラズマを用いる装置に好適に適用可能であることは言うまでもない。
【0046】
次に、本発明のスパッタ方法による成膜方法において、インピーダンス調整器20での基板ホルダ18のインピーダンスの調整による基板SBの基板電位の調整を行う場合の好ましいその他の成膜条件に説明する。
本発明のスパッタリングによる成膜方法における成膜条件は、成膜温度Ts(℃)と、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)と基板のフローティング電位Vf(V)との差であるVs−Vf(V)と、成膜される前記膜の特性との関係に基づいて決定されるのが好ましい。
ここで、前記関係が求められる前記膜の特性としては、膜の結晶構造および/または膜組成が挙げられる。
【0047】
図5は、図1および図2に示すスパッタ装置における成膜中の様子を模式的に示す図である。
図5に模式的に示すように、スパッタ電極14の放電により真空容器12内に導入されたガスがプラズマ化され、Arイオン等のプラスイオンIpが生成し、スパッタ電極14と基板ホルダ18との間、すなわち、スパッタ電極14に保持されたターゲット材TGと基板ホルダ18に保持された基板SBとの間にプラズマ空間Pが生成される。生成したプラスイオンIpはターゲット材TGをスパッタする。プラスイオンIpにスパッタされたターゲット材TGの構成元素Tpは、ターゲット材TGから放出され中性あるいはイオン化された状態で基板SBに蒸着される。
【0048】
プラズマ空間Pの電位は、プラズマ電位Vs(V)となる。本発明では、通常、基板SBは、絶縁体であり、かつ、電気的にアースから絶縁されている。したがって、基板SBはフローティング状態にあり、その電位はフローティング電位Vf(V)となる。ターゲット材TGと基板SBとの間にあるターゲット材TGの構成元素Tpは、プラズマ空間Pの電位と基板SBの電位との電位差Vs−Vfの加速電圧分の運動エネルギーを持って、成膜中の基板SBに衝突すると考えられる。
【0049】
プラズマ電位Vsおよびフローティング電位Vfは、ラングミュアプローブを用いて測定することができる。プラズマP中にラングミュアプローブの先端を挿入し、プローブに印加する電圧を変化させると、例えば、図6に示すような電流電圧特性が得られる(小沼光晴著、「プラズマと成膜の基礎」p.90、日刊工業新聞社発行)。この図6では、電流が0となるプローブ電位がフローティング電位Vfである。この状態は、プローブ表面へのイオン電流と電子電流の流入量が等しくなる点である。絶縁状態にある金属の表面や基板表面はこの電位になっている。プローブ電圧をフローティング電位Vfより高くしていくと、イオン電流は次第に減少し、プローブに到達するのは電子電流だけとなる。この境界の電圧がプラズマ電位Vsである。
プラズマ空間Pと基板SBとの電位差Vs−Vfは、基板SBとターゲット材TGとの間にアースを設置するなどして変えることもできるが、本発明においては、基板ホルダ18のインピーダンスを調整することにより基板SBの基板電位であるフローティング電位Vfを調整することにより変えることができる。
【0050】
プラズマを用いるスパッタリングにおいて、成膜される膜の特性を左右するファクタとしては、成膜温度、基板の種類、基板に先に成膜された膜があれば下地の組成、基板の表面エネルギー、成膜圧力、雰囲気ガス中の酸素量、投入電極、基板/ターゲット間距離、プラズマ中の電子温度および電子密度、プラズマ中の活性種密度および活性種の寿命等が考えられる。
本発明者等は、多々ある成膜ファクタの中で、成膜される膜の特性は、成膜温度Tsと電位差Vs−Vfとの2つのファクタに大きく依存することを見出し、これらファクタを好適化することにより、良質な膜を成膜できることを見出している。すなわち、成膜温度Tsを横軸にし、電位差Vs−Vfを縦軸にして、膜の特性をプロットすると、ある範囲内において良質な膜を成膜できることを見出している(図19参照)。
【0051】
電位差Vs−Vfが基板SBに衝突するターゲット材TGの構成元素Tpの運動エネルギーに相関することを述べた。下記式に示すように、一般に運動エネルギーEは温度Tの関数で表されるので、基板SBに対して、電位差Vs−Vfは温度と同様の効果を持つと考えられる。
E=1/2mv=3/2kT
(式中、mは質量、vは速度、kは定数、Tは絶対温度である。)
電位差Vs−Vfは、温度と同様の効果以外にも、表面マイグレーションの促進効果、弱結合部分のエッチング効果などの効果を持つと考えられる。
【0052】
特開2004−119703号公報には、スパッタリング法により圧電膜を成膜する際に、圧電膜にかかる引張応力を緩和するために、基板にバイアスを印加することが提案されている。基板にバイアスを印加することは、基板に突入するターゲットの構成元素のエネルギ量を変えていることになる。しかしながら、特開2004−119703号公報には、プラズマ電位Vs、およびプラズマ電位Vsとフローティング電位Vfとの差である電位差Vs−Vfについて記載されていない。
【0053】
通常、従来のスパッタ装置などの成膜装置では、プラズマ空間Pと基板SBとの電位差Vs−Vfは、装置の構造によってほぼ決まり、大きく変えることができないので、従来は、電位差Vs−Vfを変えるという発想自体がほとんどなかった。スパッタ方法ではないが、特開平10−60653号公報に、アモルファスシリコン膜等を高周波プラズマCVD法により成膜する成膜方法において、電位差Vs−Vfを特定の範囲内に制御する成膜方法が開示されている。この発明では、電位差Vs−Vfが基板面上で不均一になることを解消するために、電位差Vs−Vfを特定の範囲内に制御するようにしている。しかしながら、説く開平10−60653号公報には、成膜温度TsとVs−Vfと成膜される膜の特性との関係に基づいて、成膜条件を決定することについては記載されていない。
【0054】
この成膜方法は、スパッタ方法を始めとして、プラズマを用いる気相成長法により成膜することが可能なものであれば、いかなる膜にも適用することができる。本発明の成膜方法を適用可能な膜としては、絶縁膜、誘電体膜、および圧電膜等が挙げられる。
本発明の成膜方法は、1種または複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜(不可避不純物を含んでいてもよい。)の成膜に好ましく適用できる。ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜は、電圧無印加時において自発分極性を有する強誘電体膜である。
【0055】
本発明者等は、本発明の成膜方法を下記一般式(P)で表される1種または複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜に適用する場合、下記式(1)および(2)を充足する範囲で成膜条件を決定することが好ましいことを見出している(図19参照)。
一般式A・・・(P)
(式中、A:Aサイト元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素、B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,Ni,およびランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、O:酸素原子。a=1.0かつb=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)、
Ts(℃)≧400・・・(1)、
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)
【0056】
上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物としては、チタン酸鉛、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ジルコニウム酸鉛、チタン酸鉛ランタン、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン、マグネシウムニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛、ニッケルニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛等の鉛含有化合物、および、チタン酸バリウム、チタン酸ビスマスナトリウム、チタン酸ビスマスカリウム、ニオブ酸ナトリウム、ニオブ酸カリウム、ニオブ酸リチウム等の非鉛含有化合物が挙げられる。圧電膜は、これら上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物の混晶系であってもよい。
【0057】
本発明は、下記一般式(P−1)で表されるPZTまたはそのBサイト置換系、およびこれらの混晶系に好ましく適用できる。
Pb(Zrb1Tib2b3)O・・・(P−1)
(式(P−1)中、XはV族およびVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素である。a>0、b1>0、b2>0、b3≧0。a=1.0であり、かつb1+b2+b3=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
上記一般式(P−1)で表されるペロブスカイト型酸化物は、d=0のときチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)であり、d>0のとき、PZTのBサイトの一部をV族およびVI族の元素群より選ばれた少なくとも1種の金属元素であるXで置換した酸化物である。
Xは、VA族、VB族、VIA族、およびVIB族のいずれの金属元素でもよく、V,Nb,Ta,Cr,Mo,およびWからなる群より選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。
【0058】
本発明者等は、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜する場合、上記式(1)を充足しないTs(℃)<400の成膜条件では、成膜温度が低すぎてペロブスカイト結晶が良好に成長せず、パイロクロア相がメインの膜が成膜されることを見出している(図19参照)。
本発明者等は、さらに、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜する場合、上記式(1)を充足するTs(℃)≧400の条件では、成膜温度Tsと電位差Vs−Vfが上記式(2)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかも、Pb抜けを安定的に抑制することができ、結晶構造および膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に成膜することができることを見出している(図19参照)。
【0059】
PZTのスパッタ成膜において、高温成膜するとPb抜けが起こりやすくなることが知られている(特開平6−49638号公報の図2等参照)。本発明者等は、Pb抜けが、成膜温度以外に電位差Vs−Vfにも依存することを見出している。PZTの構成元素であるPb,Zr,およびTiの中で、Pbが最もスパッタ率が大きく、スパッタされやすい。例えば、「真空ハンドブック」((株)アルバック編、オーム社発行)の表8.1.7には、Arイオン300evの条件におけるスパッタ率は、Pb=0.75、Zr=0.48,Ti=0.65であることが記載されている。スパッタされやすいということは、スパッタされた原子が基板面に付着した後に、再スパッタされやすいということである。プラズマ電位と基板の電位との差が大きい程、すなわち、Vs−Vfの差が大きい程、再スパッタの率が高くなり、Pb抜けが生じやすくなると考えられる。このことは、PZT以外のPb含有ペロブスカイト型酸化物でも、同様である。また、スパッタリング法以外のプラズマを用いる気相成長法でも同様である。
【0060】
成膜温度Tsと電位差Vs−Vfがいずれも過小の条件では、ペロブスカイト結晶を良好に成長させることができない傾向にある。また、成膜温度Tsと電位差Vs−Vfのうち少なくとも一方が過大の条件では、Pb抜けが生じやすくなる傾向にある。
すなわち、上記式(1)を充足するTs(℃)≧400の条件では、成膜温度Tsが相対的に低い条件のときには、ペロブスカイト結晶を良好に成長させるために電位差Vs−Vfを相対的に高くする必要があり、成膜温度Tsが相対的に高い条件のときには、Pb抜けを抑制するために、電位差Vs−Vfを相対的に低くする必要がある。これを表したのが、上記式(2)である。
【0061】
本発明者等は、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜する場合、下記式(1)〜(3)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、圧電定数の高い圧電膜が得られることを見出している。
Ts(℃)≧400・・・(1)、
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs−Vf(V)≦35・・・(3)
【0062】
本発明者等は、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜を成膜する場合、成膜温度Ts(℃)=約420の条件では、電位差Vs−Vf(V)=約42Vとすることで、Pb抜けのないペロブスカイト結晶を成長させることができるが、得られる膜の圧電定数d31は、100pm/V程度と低いことを見出している。この条件では、電位差Vs−Vf、すなわち基板に衝突するターゲット材TGの構成元素Tpのエネルギが高すぎるために、膜に欠陥が生じやすく、圧電定数が低下すると考えられる。本発明者等は、上記式(1)〜(3)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、圧電定数d31≧130pm/Vの圧電膜を成膜できることを見出している。
【0063】
本発明のスパッタ方法等のプラズマを用いる気相成長法において、膜特性に対して影響を与えるファクタが、成膜温度Ts(℃)、および、成膜時のプラズマ中のプラズマ電位Vs(V)とフローティング電位Vf(V)との差である電位差Vs−Vf(V)であることを明らかにしたものである。
本発明の成膜方法によれば、膜特性に対して影響を与える上記2つのファクタと成膜される膜の特性との関係に基づいて、成膜条件を決定する構成としているので、スパッタ方法等のプラズマを用いる気相成長法により良質な膜を安定的に成膜することができる。
本発明の成膜方法を採用することで、装置条件が変わっても良質な膜を成膜できる条件を容易に見出すことができ、良質な膜を安定的に成膜することができる。
【0064】
本発明のスパッタ方法による成膜方法は、圧電膜の成膜等に好ましく適用することができる。本発明によれば、ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることが可能となる。本発明によれば、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜の成膜において、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することが可能となる。
【0065】
上記成膜方法を適用することで、以下の本発明の圧電膜を提供することができる。
すなわち、本発明の圧電膜は、下記一般式(P)で表される1種または複数種のペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜において、本発明のスパッタ方法等のプラズマを用いる気相成長法により成膜されたものであり、下記式(1)および(2)を充足する成膜条件で成膜されたものである。
一般式A・・・(P)
(式中、A:Aサイト元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素、B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,Ni,およびランタニド元素からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、O:酸素原子。a=1.0かつb=1.0である場合が標準であるが、これらの数値はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)、
Ts(℃)≧400・・・(1)、
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)
【0066】
本発明によれば、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶構造を有し、しかも、Pb抜けが抑制され、結晶構造および膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に提供することができる。
また、本発明によれば、1.0≦aであるPb抜けのない組成の圧電膜を提供することができ、1.0<aであるPbリッチな組成の圧電膜を提供することもできる。aの上限は特に制限なく、本発明者等は、1.0≦a≦1.3であれば、圧電性能が良好な圧電膜が得られることを見出している。
【0067】
本発明の圧電膜は、下記式(1)〜(3)を充足する成膜条件で成膜されたものであることが好ましい。かかる構成とすることで、圧電定数の高い圧電膜を提供することができる。
Ts(℃)≧400・・・(1)、
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)、
10≦Vs−Vf(V)≦35・・・(3)
【0068】
こうして得られた本発明の圧電膜は、膜質のばらつきや組成ズレのない高品質な絶縁膜や誘電体膜、特に、PZT等のPb含有ペロブスカイト型酸化物からなり、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶が安定的に成長し、しかもPb抜けが安定的に抑制された圧電膜であり、インクジェットヘッドなどに用いるのに適した圧電素子として利用することができる。
本発明の圧電膜、絶縁膜、誘電体膜などの薄膜は、基本的に以上のように構成される。
【0069】
次に、本発明に係る圧電素子およびこれを備えたインクジェットヘッドの構造について説明する。図7は、本発明の圧電素子の一実施形態を用いたインクジェットヘッドの一実施形態の要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は、実際のものとは適宜異ならせてある。
図7に示すように、本発明のインクジェットヘッド50は、本発明の圧電素子52と、インク貯留吐出部材54と、圧電素子52とインク貯留吐出部材54との間に設けられる振動板56を有する。
まず、本発明の圧電素子について説明する。同図に示すように、圧電素子52は、基板58と、基板58上に順次積層された下部電極60、圧電膜62および上部電極64とからなる素子であり、圧電膜62に対して、下部電極60と上部電極64とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。
【0070】
基板58としては、特に制限的ではなく、シリコン、ガラス、ステンレス(SUS)、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板を挙げることができる。なお、基板58として、シリコン基板の表面にSiO酸化膜が形成されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
また、下部電極60は、基板58の略全面に形成されており、この上に図中手前側から奥側に延びるライン状の凸部62aがストライプ状に配列したパターンの圧電膜62が形成され、各凸部62aの上に上部電極64が形成されている。
圧電膜62のパターンは、図示するものに限定されず、適宜設計される。なお、圧電膜62は、連続膜でも構わないが、圧電膜62を、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部62aからなるパターンで形成することで、個々の凸部62aの伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0071】
下部電極60の主成分としては、特に制限的ではなく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,およびSrRuO等の金属または金属酸化物、およびこれらの組合せが挙げられる。
上部電極64の主成分としては、特に制限的ではなく、下部電極60で例示した材料、Al,Ta,Cr,およびCu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、およびこれらの組合せが挙げられる。
圧電膜62は、上述の本発明のスパッタ方法を適用する成膜方法により成膜された膜である。圧電膜62は、好ましくは、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物からなる圧電膜である。
下部電極60と上部電極64の厚みは、例えば200nm程度である。圧電膜62の膜厚は特に制限なく、通常1μm以上であり、例えば1〜5μmである。
【0072】
図7に示すインクジェットヘッド50は、概略、上記構成の圧電素子52の基板58の下面に、振動板56を介して、インクが貯留されるインク室(インク貯留室)68およびインク室68から外部にインクが吐出されるインク吐出口(ノズル)70を有するインク貯留吐出部材54が取り付けられたものである。インク室68は、圧電膜62の凸部62aの数およびパターンに対応して、複数設けられている。すなわち、インクジェットヘッド50は、複数の吐出部を72を有し、圧電膜62、上部電極64、インク室68およびインクノズル70は、各吐出部72毎に設けられている。一方、下部電極60、基板58および振動板56は、複数の吐出部に共通に設けられているが、これに制限されず、個々に、または幾かずつまとめて設けられていても良い。
インクジェットヘッド50では、後述する好ましい駆動方法により、または従来公知の駆動方法により、圧電素子52の凸部62aに印加する電界強度を凸部62a毎に増減させてこれを伸縮させ、これによってインク室68からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
本発明の実施形態の圧電素子およびこれを用いるインクジェットヘッドは、基本的に以上のように構成されている。
【0073】
次に、図8〜図11を参照して、本発明のインクジェットヘッドに適用される駆動方法について説明する。なお、本発明のインクジェットヘッドは、以下に説明する駆動方法により駆動するのが好ましいが、本発明はこれに限定されず、従来公知の駆動方法により駆動されても良いのはもちろんである。
ここで、図8は、インクジェットヘッドを駆動するための両極性波形の一例を示すグラフである。図9は、インクジェットヘッドを駆動するための単極性波形の一例を示すグラフである。図10は、多数の多パルス波形を含むドライブシグナルの電圧と時間との関係の一例を示すグラフである。図11(A)〜(E)は、多パルス波形に応じた吐出部のオリフィスからのインクの吐出状態の一例を示す概略図である。
【0074】
本発明に適用される駆動方法は、従来のように、1つの駆動パルスで、所定サイズのオリフィスから所望の体積の1つの液滴を吐出するのではなく、複数の駆動パルスでより小さいサイズのオリフィスから同様の体積の液滴を吐出することを可能にするものである。
すなわち、このインクジェットヘッドの駆動方法は、2以上のドライブパルスを含む多パルス波形を圧電素子に与えて、インクジェットヘッドの1つの吐出部から、一つ、すなわち単一のインク液滴を吐出させるもので、ドライブパルスの周波数としてインクジェットヘッド(吐出部)の固有周波数fjより大きい周波数を用いるものである。
【0075】
本駆動方法で用いられる多パルス波形の一例を図8に示す。図8は、多パルス波形を4つのドライブパルスから構成した例であるが、2つまたは3つのドライブパルスから構成しても良いし、5つ以上のドライブパルスから構成しても良い。なお、図8は、各ドライブパルスが正規化電圧(V/Vmax)と正規化時間とで表される両極性波形からなる例である。
ここで、ドライブパルスの周波数は、吐出部の固有周波数fjより高い方が良いが、例えば、好ましくは、1.3 fj 以上、より好ましくは、1.5 fj 以上、さらに好ましくは、1.5 fj以上、2.5 fj以下、さらにより好ましくは、1.8 fj 以上、2.2の fj 以下であるのが良い。
【0076】
また、これらの複数のドライブパルスは、同一のパルス周期をパルスでも良いし、異なるパルス周期を持つパルスであっても良い。
さらに、これらの複数のドライブパルスは、図8に示すように、マイナス(−)側成分Spおよびプラス(+)側成分Smからなる双極性パルスからなるものでも良いし、図9に示すように、プラス(+)側成分だけからなる単極性パルスからなるものでも良いし、マイナス(−)側成分だけからなる単極性パルス、あるいは両単極性パルス、あるいはさらに双極性パルスを含む混合パルスからなるものでも良い。なお、ドライブパルスの周期tpは、同一であっても、異なっていても良い。
また、各ドライブパルスの振幅は、吐出部に印加される最大または最小の電圧に相当する振幅を持つが、実質的に同一であっても、異なっていても良いが、次のドライブパルスの振幅は、より前のドライブパルスの振幅より大きいことが好ましい。
【0077】
また、好ましい駆動方法においては、複数パルスに応じて液滴吐出装置に単一液滴を吐出させるために、それぞれが20μ秒以下の周期を持つ1以上のパルスを有する波形を用いるのが良い。ここで、1以上のパルスは、それぞれが12μ秒以下の周期を持つのが好ましく、より好ましくは、10μ秒以下の周期を持つのが良い。
また、2以上のパルスに応じて液滴吐出装置に流体の単一液滴を吐出させるために、それぞれが約25μ秒以下の周期を持つ2以上のパルスを有する多パルス波形を用いても良い。ここで、2以上のパルスは、それぞれが12μ秒以下の周期を持つのが好ましく、より好ましくは8μ秒以下の周期、さらに好ましくは、5μ秒以下の周期を持つのが良い。
また、液滴は、1ピコリットルと100 ピコリットルの間の量を持つのが好ましく、より好ましくは、5ピコリットルと200 ピコリットルの間の量、さらに好ましくは、50ピコリットルと1000ピコリットルとの間の量を持つのが良い。
【0078】
上記駆動方法において、吐出部の固有周波数fj における複数のドライブパルスの高調波成分は、最大成分の周波数fmaxにおける複数のドライブパルスの高調波成分の50%以下であるのが好ましく、より好ましくは25%以下、さらに好ましくは10%以下であるのが良い。
上記駆動方法において、液滴の量の少なくとも60%は、rが下記式で与えられる、完全に球形の液滴の半径に相当し、mdが液滴の質量であり、ρが流体の密度であるとき、液滴における点の半径r内に含まれるのが良い。
【0079】
【数1】

ここで、液滴は、少なくとも4ms−1の速度を持つのが好ましく、より好ましくは少なくとも6ms−1の速度、さらに好ましくは8ms−1の速度を持つのが良く、液滴の量の少なくとも80%は液滴の上述した球内に含まれるのが好ましく、より好ましくは、液滴の質量の少なくとも90%が含まれるのが良い。
【0080】
また、この駆動方法においては、多パルス波形を連続パルスから構成しても良いが、不連続なパルスを含んでいても良い。
また、インクジェットヘッドを使ってプリントしている間に、多数の液滴が、多数の多パルス波形で吐出部を駆動することによって、各吐出部から吐出される。図10に示されるように、多パルス波形210および220には、それぞれ遅延期間212および222が続き、多パルス波形210および220が分離される。1つの液滴が、多パルス波形210に応じて吐出され、もう1つの液滴が、多パルス波形220に応じて吐出される。ここで、多パルス波形210および220は、図8に示すような4つのドライブパルスからなるものであるが、3以下のドライブパルスからなるものでも5以上のドライブパルスからなるものでも良いが、遅延期間212および222は、多パルス波形210および220の各全期間(4つの全ドライブパルスの合計の時間)より長く、1つの多パルス波形の全期間の2倍以上であるのが好ましく、特に、2以上の整数倍とするのが良い。
【0081】
本駆動方法における複数のドライブパルスからなる多パルス波形による単一のインク液滴の成長および吐出について説明する。
図11(A)〜(E)は、多パルス波形による単一のインク液滴の成長および吐出を示す模式図である。
これらの図に示すように、複数のドライブパルスからなる多パルス波形に応じて吐出部から吐出されるべき単一のインク液滴の体積は、順次の次のドライブパルスで増加してゆき、最後に、分離されて、単一のインク液滴として吐出される。
まず、初めに、すなわち、最初のドライブパルスの印加前に、インク室68(図7参照)内のインクは、内部圧力によりノズル70のオリフィス72からわずかに後退して曲がっているメニスカス74を形成する(図11(A)参照)。
【0082】
オリフィス72が円形である場合には、Dは、オリフィス直径である。 ここで、直径Dは、インクジェットデザインと液滴サイズの必要条件に応じて決めることができる。例えば、直径Dは、およそ10μmと200μmの間、好ましくはおよそ20μmと50μmの間とすることができる。 最初のパルスは、オリフィス72から最初の所定体積のインクを押し出し、インク表面80をノズル70から少し突き出させる(図11(B)参照)。
最初の吐出液滴部分が分離するか、または収縮する前に、第2番目のパルスが、所定体積のインクをノズル70から押し出し、ノズル70から突き出ているインクに付加する。
こうして、ノズル70から突き出ているインクの体積が増加し、インク液滴が成長する。第2番目および第3番目のパルスからのインクは、図11(C)および(D)に示されるように、それぞれ、インク液滴の体積を増やし、かつモーメントを付加する。このようにして、連続したドライブパルスによるインクの体積は増加し、図5Cおよび図5Dに示されるように、オリフィス72に形成されつつある液滴に膨らみを持たせる。
【0083】
最終的には、ノズル70は、第4番目のドライブパルスによって一つ、すなわち単一のインク液滴84を吐出し、メニスカス74は、その初期位置(図11(E)および(A)参照)に戻る。図11(E)は、また、ノズル70にインク液滴の頭部に接続する非常に薄いテール(尾引き)を示している。 このテールのサイズは、従来の公知の単一のパルスおよびより大きいノズルを使って形成された液滴に対するテールより実質的に小さい。
すなわち、この駆動方法を適用することにより、同一の単一のインク液滴を吐出される場合、従来公知の単一のパルスによりインク液滴を吐出するためのノズルのサイズ、例えば、オリフィスの直径を実質的に小さくできる。例えば、4ドライブパルスからなる多パルス波形を用いる場合には、ノズルのサイズを従来の1/4程度にすることができる。そして、この駆動方法では、吐出インク液滴のテールを極めて小さくすることができる。こうして、この駆動方法では、インク液滴の「テール(尾引き)」に起因するサテライトやスプラッシュなどの微小分離液滴の発生を防止することができる。
本発明のインクジェットヘッドに適用される駆動方法は、基本的に以上のように構成される。
【0084】
次に、本発明に係るインクジェットヘッドを備えるインクジェット式記録装置の構造について説明する。図12は、本発明のインクジェットヘッドを備えるインクジェット式記録装置の一実施形態の全体構成を示す装置全体図であり、図13は、その部分上面図である。
図示例のインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェットヘッド(以下、単に「ヘッド」という)50K,50C,50M,50Yを有する印字部102と、各ヘッド50K,50C,50M,50Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
【0085】
印字部102をなすヘッド50K,50C,50M,50Yが、各々上記実施形態のインクジェットヘッド50(図7参照)である。
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図12に示すように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、この固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0086】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面および印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面および印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0087】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示せず)の動力が伝達されることにより、ベルト133は、図12において時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は、図12において左から右へと搬送される。
なお、縁無しプリント等を印字すると、ベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
また、吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0088】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを、紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図13参照)。各印字ヘッド50K,50C,50M,50Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド50K,50C,50M,50Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ、各ヘッド50K,50C,50M,50Yから、それぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0089】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0090】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
本実施形態のインクジェット記記録装置は、基本的に以上のように構成されている。
【0091】
以上、本発明に係るスパッタ方法およびスパッタ装置、ならびにこれらによって成膜された圧電膜、絶縁膜、誘電体膜などの薄膜、圧電素子などの薄膜デバイス、インクジェットヘッドおよびインクジェット式記録装置について種々の実施形態および実施例を挙げて詳細に説明したが、本発明は、上記実施形態および実施例には限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や設計の変更を行ってもよいのは、もちろんである。
【実施例】
【0092】
以下に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
(実施例1)
図1および図2に示すスパッタ装置10として、神港精機社製STV4320型スパッタ装置を用いた。本スパッタ装置10では、基板ホルダ18は、接地あるいはフローティング状態ともに選択できるものであった。高周波電源16は、最大1kWの高周波電力を印加できるものを用いた。
図1および図2に示すスパッタ装置10において、図3に示すようなインピーダンス調整器20を用い、基板ホルダ18に接続した。
【0093】
ターゲット材TGには、4インチサイズのPb1.3Zr0.52Ti0.48組成の焼結体を用いた。基板SBには、予め、Siウエハ上に、Tiを10nm、Irを150nm形成した、基板サイズ5cm角の基板を用いた。
ターゲット材TGGと基板SBとの間の距離は、60mmとした。
基板温度を525℃として、Ar+O(2.5%)のガスを導入し、0.5PaにてPZT膜の成膜を行った。
成膜中の基板電位をモニタしながら、インピーダンス調整器20のインピーダンス回路22のインピーダンスを調整した。
なお、インピーダンス回路22は、高周波(RF)の位相を0〜±180°、高周波(RF)の透過率を0〜1まで変化させることができるものであった。
インピーダンス回路22のインピーダンスを調整したときの基板電位Vfと膜の結晶相の関係を表1に示す。なお、このインピーダンス回路22は、そのインピーダンスの調整により、基板電位Vfを−10V〜+20Vまで調整することができた。
【0094】
【表1】

【0095】
表1から明らかなように、実施例1においては、インピーダンス調整器20のインピーダンス回路22のインピーダンスを調整することにより、基板電位Vfを調整することがで、その結果、基板電位Vfに応じて膜の構造を変えることができることがわかる。すなわち、本発明の実施例においては、インピーダンス回路22のインピーダンスを変化させることで、膜質をコントロールできることがわかる。
特に、インピーダンス回路22のインピーダンスを変化させて、基板電位Vfを−10V〜+10Vに調整した場合には、ペロブスカイト相とパイロクロア相を持つPZTを成膜することができ、基板電位Vfを12V以上に調整した場合には、PZTとして好ましいペロブスカイト相単相のみのPZTを成膜することができることがわかる。
【0096】
(比較例1)
ターゲット材TGと基板SBとの間の距離を12cmとし、基板電位Vfを+10Vまたは+11Vに調整した以外は、実施例1と同様の実験を行った。
その結果を表2に示す。
【0097】
【表2】

【0098】
表2から明らかなように、比較例1においては、基板電位Vfは、ほとんど変化しないため膜の構造がほぼ同じものとなったことがわかる。その結果、膜質をコントロールできないことがわかる。
基板SBとターゲット材TGとの間の距離が長いと、基板電位Vfが変化しない理由としては、プラズマの発生している場所から離れているためと考えることができる。なお、基板電位Vfが10V〜11Vであるため、パイロクロア相とペロブスカイト相を持つPZTしか成膜することができなかった。
【0099】
(実施例2)
基板電位Vfの値を調整した場合と調整しない場合で、その他の条件は実施例1と同様にして、複数のバッチで成膜を行った。その結果を表3に示す。
【0100】
【表3】

【0101】
表3から明らかなように、実施例3においては、調整した場合は、基板SBの基板電位Vfを一定に保つことが可能であるが、調整しない場合は、徐々に基板SBの基板電位Vfが変化していくことがわかる。調整なしの場合、基板ホルダ18近傍や側壁などに絶縁膜が形成されて、プラズマの状態が変化していくため、基板SBの電位が変化していると考えられる。一方で調整することで、一定の電位で成膜が可能となると考えられる。
したがって、基板電位Vfを調整することにより、基板電位Vfを一定にまたは所定範囲に保ち、膜質を変化させずに、同一の膜質の圧電膜を得ることができる。また、同一の膜質の薄膜を得るために必要な基板電位Vfの範囲を予め求めておき、基板電位Vfを調整しない場合であっても、基板電位Vfの変化をモニタしながら、基板電位Vfが所定範囲から外れたことを検知して、または、膜室の劣化を見て、あるいは、基板電位Vfが所定範囲内に調整できない場合に、真空容器12内の清掃時期を知ることができる。この際には、インピーダンス調整器20の表示ユニット26の清掃時期表示部26bに清掃時期を表示するようにするのが好ましい。
この後、スパッタ装置10、特に、真空容器12内を清掃することにより、再び、同一の膜質の圧電膜を得ることができる。
その結果、本発明は、スパッタ装置の安定性の向上や、スパッタ法で圧電膜、絶縁膜、誘電体膜などの製造のモニタとして適用することができることがわかる。
【0102】
(実施例3)
図1および図2に示すスパッタ装置10を用い、真空度0.5Pa、Ar/O混合雰囲気(O体積分率2.5%)の成膜条件下で、Pb1.3Zr0.52Ti0.48またはPb1.3Zr0.43Ti0.44Nb0.13のターゲット材を用いて、PZTまたはNbドープPZTからなる圧電膜の成膜を行った。以下では、NbドープPZTは「Nb−PZT」と略記する。
成膜基板SBとして、Siウエハ上に30μm厚のTi密着層と150nm厚のPt下部電極とが順次積層された電極付き基板を用意した。基板SB/ターゲット材TG間距離は、60mmとした。
インピーダンス調整器20によって基板ホルダ18のインピーダンスを調整することにより、浮遊状態にある基板SBの基板電位Vf(V)を調整して、成膜を行った。このときのプラズマ電位Vsを測定したところ、電位差Vs−Vf(V)=約12Vであった。
【0103】
このプラズマ条件下で、450〜600℃の範囲内で成膜温度Tsを変化させて、成膜を行った。成膜温度Ts=525℃では、Nb−PZT膜を成膜し、それ以外の成膜温度Tsでは、PZT膜を成膜した。得られた膜のX線回折(XRD)測定を実施した。得られた主な膜のXRDパターンを図14に示す。
なお、本実施例3では、ペロブスカイト結晶構造のPZT系圧電膜を得ることを目的として実験を行った。
【0104】
図14に示すように、電位差Vs−Vf(V)=約12Vの条件下では、成膜温度Ts=475〜575℃の範囲内において、結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られた。成膜温度Ts=450℃では、パイロクロア相が主の膜が得られたので、「×」と判定した。成膜温度Ts=475℃は、同一条件で調製した他のサンプルではパイロクロア相が見られたため、「▲」と判定した。成膜温度Ts=575℃から配向性が崩れ始めたので、成膜温度Ts=575℃を「▲」と判定し、成膜温度Ts=600℃を「×」と判定した。成膜温度Ts=500〜550℃の範囲内において、良好な結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が安定的に得られたので、「●」と判定した。
【0105】
得られた各圧電膜について、XRFによる組成分析を実施した。結果を図15に示す。図15中の「Pb/Bサイト元素」は、Pbのモル量とBサイト元素の合計モル量(Zr+Ti、またはZr+Ti+Nb)との比を示している。
図15に示すように、電位差Vs−Vf(V)=約12Vの条件では、成膜温度Ts=350〜550℃の範囲において、1.0≦Pb/Bサイト元素≦1.3のPb抜けのないPZT膜またはNb−PZT膜を成膜することができた。ただし、成膜温度Tsが450℃以下では成膜温度不足のためペロブスカイト結晶が成長しなかった。また、成膜温度Tsが600℃以上では、Pb抜けのためペロブスカイト結晶が成長しなかった。
【0106】
例えば、電位差Vs−Vf(eV)=約12V、成膜温度Te=525℃の条件下で成膜したNb−PZT膜の組成は、Pb1.12Zr0.43Ti0.44Nb0.13であった。
上記Pb1.12Zr0.43Ti0.44Nb0.13のサンプルについて、圧電膜上にPt上部電極をスパッタリング法にて100nm厚で形成した。圧電膜の圧電定数d31を片持ち梁法により測定したところ、圧電定数d31は、250pm/Vと高く、良好であった。
【0107】
(実施例4)
実施例3とスパッタ装置10内のプラズマ状態を変えるため、インピーダンス調整器20によって基板ホルダ18のインピーダンスを実施例3と異なるように調整することにより、浮遊状態にある基板SBの基板電位Vf(V)を調整して、成膜を行った。このときのプラズマ電位Vsを実施例3と同様に測定したところ、電位差Vs−Vfは、約42Vであった。このプラズマ条件下で、380〜500℃の範囲内で成膜温度Tsを変化させて、PZT膜の成膜を行い、得られた膜のXRD測定を実施した。得られた主な膜のXRDパターンを図16に示す。
図16に示すように、電位差Vs−Vf(V)=約42の条件では、成膜温度Ts=420℃において、良好な結晶配向性を有するペロブスカイト結晶が得られたので、「●」と判定した。成膜温度Ts=400℃以下および460℃以上では、パイロクロア相がメインの膜が得られたので、「×」と判定した。
【0108】
実施例3と同様に、得られた各PZT膜について組成分析を実施した。結果を図17に示す。図17に示すように、電位差Vs−Vf(V)=約42Vの条件では、成膜温度Ts=350℃以上450℃未満の範囲において、1.0≦Pb/Bサイト元素≦1.3のPb抜けのないPZT膜を成膜することができた。ただし、成膜温度Tsが400℃以下では成膜温度不足のためペロブスカイト結晶が成長しなかった。
【0109】
(実施例5)
さらに、インピーダンス調整器20によって基板ホルダ18のインピーダンスを変えることで、浮遊状態にある基板SBの基板電位Vf(V)を変え、電位差Vs−Vf(V)を変えて、PZT膜またはNb−PZT膜の成膜を行い、実施例4と同様に評価した。電位差Vs−Vf(V)=約22V、約32V、約45V、約50Vの条件について、それぞれ成膜温度Tsを変えて、成膜を実施した。実施例3〜5を通して、成膜温度Ts=525℃であり、電位差Vs−Vf(V)=約12V、約32V、約45Vの成膜条件で成膜したサンプルがNb−PZT膜であり、それ以外のサンプルがPZT膜である。
XRD測定結果が「×」のサンプルのXRDパターン例を図18に示す。図18は、Vs−Vf(V)=約32V、成膜温度Ts=525℃の条件で成膜したNb−PZT膜のXRDパターンである。パイロクロア相が主であることが示されている。
【0110】
図19に、実施例3〜5のすべてのサンプルについて、成膜温度Tsを横軸にし、電位差Vs−Vfを縦軸にして、XRD測定結果をプロットした。図19には、電位差Vs−Vf=−0.2Ts+100の直線と、電位差Vs−Vf=−0.2Ts+130の直線を引いてある。
図19には、PZT膜またはNb−PZT膜においては、下記式(1)および(2)を充足する範囲で成膜条件を決定することで、パイロクロア相の少ないペロブスカイト結晶を安定的に成長させることができ、しかもPb抜けを安定的に抑制することができ、結晶構造および膜組成が良好な良質な圧電膜を安定的に成膜できることが示されている。
Ts(℃)≧400・・・(1)、
−0.2Ts+100<Vs−Vf(V)<−0.2Ts+130・・・(2)
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明のスパッタ装置およびスパッタ方法は、スパッタリングなどのプラズマを用いる気相成長法により、圧電膜、絶縁膜、誘電体膜などの薄膜を成膜する場合に適用することができ、インクジェット式記録ヘッド、強誘電体メモリ(FRAM)、および圧力センサ等に用いられる圧電膜等の成膜に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0112】
【図1】本発明のスパッタ方法を実施するスパッタ装置の一実施形態を概念的に示す概略構成図である。
【図2】図1に示すスパッタ装置の装置構成を示す概略断面図である。
【図3】図1に示すスパッタ装置の基板側インピーダンス調整器の一実施形態の概略回路図である。
【図4】本発明のスパッタ方法の一例を示すフローチャートである。
【図5】図1および図2に示すスパッタ装置における成膜中の様子を模式的に示す模式図である。
【図6】スパッタ装置におけるプラズマ電位Vsおよびフローティング電位Vfの測定方法を示す説明図である。
【図7】本発明の圧電素子およびこれを用いるインクジェットヘッドの一実施形態の構造を示す断面図である。
【図8】図7に示すインクジェットヘッドを駆動するための両極性波形の一例を示すグラフである。
【図9】図7に示すインクジェットヘッドを駆動するための単極性波形の一例を示すグラフである。
【図10】多数の多パルス波形を含むドライブシグナルの電圧と時間との関係の一例を示すグラフである。
【図11】(A)〜(E)は、多パルス波形に応じた吐出部のオリフィスからのインクの吐出状態の一例を示す概略図である。
【図12】図7に示すインクジェットヘッドを備えるインクジェット式記録装置の一実施形態の構成を示す構成図である。
【図13】図12に示すインクジェット式記録装置の部分上面図である。
【図14】実施例3で得られた主な圧電膜のXRDパターンを示すグラフである。
【図15】実施例3で得られた圧電膜の組成分析結果を示すグラフである。
【図16】実施例4で得られた主な圧電膜のXRDパターンを示すグラフである。
【図17】実施例4で得られた圧電膜の組成分析結果を示すグラフである。
【図18】実施例5において、電位差Vs−Vf(V)=約32、成膜温度Ts=525℃の条件で成膜した圧電膜のXRDパターンを示すグラフである。
【図19】実施例3〜5のすべてのサンプルについて、成膜温度Tsを横軸にし、電位差Vs−Vfを縦軸にして、XRD測定結果をプロットしたグラフである。
【符号の説明】
【0113】
10 スパッタ装置
12 真空容器
12a ガス導入管
12b ガス排出管
14 スパッタ電極(カソード電極)
16 高周波電源
18 基板ホルダ
20 インピーダンス調整回路
22 インピーダンス回路
24 検出回路
26 表示ユニット
26a 基板電位表示部
26b 清掃時期表示部
28a、28b 調整つまみ
30、32 可変コンデンサ
34 コイル
50、50K,50C,50M,50Y インクジェットヘッド
52 圧電素子
54 インク貯留吐出部材
56 振動板
58 基板(支持基板)
60、64 電極
62 圧電膜
68 インク室
70 インク吐出口
100 インクジェット式記録装置
IP プラスイオン
P プラズマ空間
SB 基板(成膜基板)
TG ターゲット材
Tp ターゲット材の構成元素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器と、
この真空容器内に設けられ、スパッタリング用のターゲット材を保持するスパッタ電極と、
このスパッタ電極に接続され、前記スパッタ電極に高周波を印加する高周波電源と、
前記真空容器内の、前記スパッタ電極と対向する位置に離間して配置され、前記ターゲット材の成分による薄膜が成膜される基板を保持する基板ホルダと、
前記基板ホルダのインピーダンスを調整するインピーダンス調整回路とを有し、
前記インピーダンス調整回路は、その片側が直接接地電位に設定され、前記基板ホルダのインピーダンスを調整するための調整可能なインピーダンス回路を備え、
前記インピーダンス調整回路の前記インピーダンス回路のインピーダンスが調整されることにより、前記基板ホルダのインピーダンスが調整され、前記基板の電位が調整されることを特徴とするスパッタ装置。
【請求項2】
前記インピーダンス調整回路は、もう一方の片側が前記基板ホルダに接続される請求項1に記載のスパッタ装置。
【請求項3】
前記インピーダンス調整回路は、もう一方の片側が前記基板ホルダを支持する前記真空容器の側壁に接続される請求項1に記載のスパッタ装置。
【請求項4】
前記インピーダンス調整回路は、さらに、前記インピーダンス回路に前記基板の基板電位と前記接地電位との間の電位の直流成分を測定する検出回路を備える請求項1〜3のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項5】
さらに、前記インピーダンス調整回路の前記検出回路による検出結果を表示する手段を備える請求項4に記載のスパッタ装置。
【請求項6】
さらに、前記インピーダンス調整回路の前記検出回路による検出結果に基づいて前記真空容器内の清掃時期を知らせる手段を備える請求項4または5に記載のスパッタ装置。
【請求項7】
前記インピーダンス調整回路は、さらに、前記真空容器の外部において、前記インピーダンス回路のインピーダンスを調整する調整手段を備える請求項1〜6のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項8】
前記スパッタ電極に保持される前記ターゲット材と前記基板ホルダに保持される前記基板との間の距離が、10cm以下である請求項1〜7のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項9】
前記距離が、2cm以上である請求項8に記載のスパッタ装置。
【請求項10】
前記薄膜が、絶縁膜あるいは誘電体膜である請求項1〜9のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項11】
前記薄膜が、圧電膜である請求項1〜10のいずれかに記載のスパッタ装置。
【請求項12】
真空容器内に設けられたスパッタ電極にスパッタリング用のターゲット材を保持すると共に、前記真空容器内の、前記スパッタ電極と対向する位置に配置された基板ホルダに基板を保持し、
前記スパッタ電極に接続された高周波電源によって前記スパッタ電極に高周波を印加して、前記ターゲット材をスパッタリングし、前記基板の表面に前記ターゲット材の成分による薄膜を成膜するスパッタ方法であって、
その片側が直接接地電位に設定されたインピーダンス調整回路によって前記基板の基板電位と接地電位との間の電位の直流成分が測定され、この測定結果がモニタされ、
前記インピーダンス調整回路により、前記基板ホルダのインピーダンスが調整され、前記基板の電位が調整されて、前記基板表面に前記薄膜が成膜されることを特徴とするスパッタ方法。
【請求項13】
前記基板の基板電位と接地電位との間の電位の直流成分は、前記インピーダンス回路に設けられた検出回路により測定され、
前記基板ホルダのインピーダンスは、前記検出回路による前記直流成分の検出結果に応じて、外部から調整手段によって前記インピーダンス調整回路のインピーダンス回路のインピーダンスを調整することにより調整される請求項12に記載のスパッタ方法。
【請求項14】
前記スパッタ電極に保持される前記ターゲット材と前記基板ホルダに保持される前記基板との間の距離が、10cm以下である請求項12または13に記載のスパッタ方法。
【請求項15】
前記距離が、2cm以上である請求項14に記載のスパッタ方法。
【請求項16】
前記薄膜が、絶縁膜あるいは誘電体膜である請求項12〜15のいずれかに記載のスパッタ方法。
【請求項17】
前記薄膜が、圧電膜である請求項12〜16のいずれかに記載のスパッタ方法。
【請求項18】
請求項1〜11のいずれかに記載のスパッタ装置または請求項12〜17のいずれかに記載のスパッタ方法によって基板上に成膜されたことを特徴とする圧電膜。
【請求項19】
請求項18に記載の圧電膜と、この圧電膜に電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項20】
請求項19に記載の圧電素子と、
インクが貯留されるインク貯留室およびこのインク貯留室から外部に前記インクが吐出されるインク吐出口を有するインク貯留吐出部材と、
前記圧電素子と前記インク貯留吐出部材との間に設けられる振動板とを備えることを特徴とするインクジェットヘッド。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate


【公開番号】特開2009−57599(P2009−57599A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−225826(P2007−225826)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.FRAM
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】