説明

スピン伝導素子

【課題】外部磁場が半導体チャンネルに侵入することに起因するノイズやエラーを抑制することが可能なスピン伝導素子を提供すること。
【解決手段】磁気抵抗を利用したスピン伝導素子1は、スピンを半導体チャンネルに注入するための第一強磁性体12Aと、スピンを半導体チャンネルから抽出するための第二強磁性体12Bと、第一強磁性体12Aから第二強磁性体12Bまで延びる半導体チャンネル7と、第二強磁性体12B、及びあるいは、半導体チャンネル7を覆う磁気シールドS1と、第二強磁性体12B、及びあるいは、半導体チャンネル7と磁気シールドS1との間に設けられた絶縁膜と、を備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気抵抗効果を利用したスピン伝導素子に関する。
【背景技術】
【0002】
スピン伝導素子は、例えばHDDヘッド、磁気センサー、MRAMなどの各種製品に応用されている。スピン伝導素子には、電流に付随したスピン流を用いるものと、スピン流のみを用いるものが知られている。スピン流を利用した素子として、非磁性導電体上に、この非磁性導電体のスピン拡散長よりも短い間隔を置いて2つの強磁性体を配置されたものが知られている(例えば下記特許文献1を参照)。また、非磁性導電体内を比較的長い距離にわたって伝導するスピンを用いるデバイスとして、例えばスピンMOS−FETが知られている(例えば、下記特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3818276号公報
【特許文献2】特許第4143644号公報
【特許文献3】特願2010−086301号
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Applied Physics Letter 98,262503(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上述したような非磁性導電体内を比較的長い距離にわたって伝導するスピンを用いるデバイスにおいて、外部磁場に起因してスピンが回転するという現象が知られている(いわゆるHanle効果)。特に、スピン寿命が比較的長い半導体チャンネルを伝導したスピンでは、非常に弱い外部磁場の影響であってもスピンが回転する。従って、強磁性体電極の磁化情報を保持するスピンが半導体チャンネルを伝導する際に回転してしまい、正確にこの磁化情報が伝達できない、あるいはノイズの原因になるといった問題があった(非特許文献1を参照)。これを解決する方法として、個々の素子に磁気シールドを設置するという方法を我々は提案している(特許文献3を参照)。しかしながら、従来の素子全体に磁気シールドを設置した場合、スピン伝導の指標であるスピン輸送距離が磁気シールドを設置しない場合に比べて短くなるため、特性が劣化するという問題があることがわかった。
【0006】
本発明は、上記課題の解決のためになされたものであり、スピン輸送距離を劣化させずに半導体チャンネルに侵入する外部磁場に起因するノイズやエラーを抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明の磁気抵抗を利用したスピン伝導素子は、電子とスピンを半導体チャンネルに注入する第一強磁性体と、電子とスピンを半導体チャンネルから抽出する第二強磁性体と、第一強磁性体から第二強磁性体まで延びる半導体チャンネルと、第二強磁性体と半導体チャンネルの界面付近を外部磁場から保護する磁気シールドを備えることを特徴とする。
【0008】
この構成により、チャネル内を伝導するスピンが外部磁場の影響によって回転することを抑制できる。よって磁気抵抗効果を利用したスピン伝導素子において外部磁場に起因するノイズやエラーを抑制することができ、外部磁場の影響から情報を保護できる。また、スピン輸送距離の劣化も抑制することができる。
【0009】
ここで、磁気シールドは、第二強磁性体の磁化の向きと平行な半導体チャンネルにおける面を覆うことが好ましい。
【0010】
この構成により、半導体チャンネル内を伝導するスピンが外部磁場によって回転することを効率よく抑えることができる。
【0011】
また、磁気シールドの材料は、Ni、Fe、及びCoからなる群から選択される1以上の元素を含む軟磁性材料であることが好ましい。
【0012】
これらの軟磁性材料を用いることにより、半導体チャンネルに侵入する外部磁場を充分に遮蔽することができる。
【0013】
また、第一強磁性体と第二強磁性体の距離は、スピン輸送距離よりも短いことが好ましい。
【0014】
また、第一強磁性体及び第二強磁性体の材料は下記(1)〜(3)のいずれかであることが好ましい。
(1)Cr、Mn、Co、Fe、及びNiからなる群から選択される金属
(2)Cr、Mn、Co、Fe、及びNiからなる群の元素を1以上含む合金
(3)Cr、Mn、Co、Fe、及びNiからなる群から選択される1以上の元素と、B、C、及びNからなる群から選択される1以上の元素と、を含む化合物
【0015】
これらの材料はスピン分極率の大きい強磁性材料であるため、スピンの注入電極又はスピンの受け取り電極としての機能を好適に実現することが可能である。
【0016】
また、半導体チャンネルの材料は、Si、Ge、GaAs、C、及びZnOからなる群から選択される1以上の半導体を含む材料であることが好ましい。
【0017】
これらの材料はスピン拡散長が比較的長いため、半導体チャンネル内にスピンを好適に伝達、蓄積できる。
【0018】
また、第一強磁性体及び第二強磁性体の少なくとも一方と半導体チャンネルとの間に、障壁層が形成されていることが好ましい。
【0019】
これにより、第一強磁性体及び第二強磁性体の少なくとも一方から半導体チャンネルへスピン偏極した電子を多く注入・抽出することが可能となり、スピン伝導素子の出力を高めることが可能となる。
【0020】
また、障壁層の材料は、Mg及びAlのうちの少なくとも一方を含む酸化物材料であることが好ましい。これらの材料により、第一強磁性体及び前記第二強磁性体の少なくとも一方から半導体チャンネルへ注入されるスピンの注入・抽出効率を好適に向上できる。
【0021】
また、前記第二強磁性体の磁化方向は、反強磁性体及び形状異方性のうち少なくとも1つによって、固定されていることが好ましい。
【0022】
反強磁性体が、第二強磁性体と交換結合することにより、第二強磁性体の磁化方向に、一方向異方性を付与することが可能となる。この場合、反強磁性体を設けない場合よりも、高い保磁力を一方向に有する第二強磁性体を得られる。また、形状異方性によって磁化を固定する場合、保磁力差をつけるための反強磁性体を省略することが可能となる。
【0023】
また、第一強磁性体の保磁力は、第二強磁性体の保磁力と異なることが好ましい。この構成により、第一強磁性体及び第二強磁性体の一方を磁化固定層として機能させ、他方を磁化自由層として機能させることができ、スピン伝導素子を磁気センサーなどとして好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、スピン輸送距離を劣化させずに半導体チャンネルに侵入する外部磁場に起因するノイズやエラーを抑制することが可能なスピン伝導素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、第一実施形態に係るスピン伝導素子の上面図である。
【図2】図2は、図1におけるII−II線に沿った断面図である。
【図3】図3は、図2におけるIII−III線に沿った断面図である。
【図4】図4は、図2におけるIV−IV線に沿った断面図である。
【図5】図5は、図3の変形例を示す断面図である。
【図6】図6は、実施例1および比較例1〜3の第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの間の距離dとスピン出力の関係を示したグラフである。
【図7】図7は、実施例1および比較例1〜3おいて、外部磁場に対する電圧の変化を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照しながら、本発明に係るスピン伝導素子の好適な実施形態について詳細に説明する。図1は、第一実施形態に係るスピン伝導素子の上面図である。図2は、図1におけるII−II線に沿った断面図である。図3は、図2におけるIII−III線に沿った断面図である。図4は、図2におけるIV−IV線に沿った断面図である。
【0027】
図2に示すように、スピン伝導素子1は、半導体チャンネル層7、第一強磁性層12A、第二強磁性層12B、絶縁膜70、及び磁気シールドS1を主として備える。半導体チャンネル層7は、スピンを拡散、蓄積する部分であり、第一強磁性層12Aから第二強磁性層12Bまで延びている。図1に示すように、半導体チャンネル層7は、半導体チャンネル層7の厚み方向から見て矩形状をなしている。半導体チャンネル層7には導電性を付与するためのイオン、例えばPイオンあるいはSbイオン、が添加されている。イオン濃度は、例えば1.0×1015〜1.0×1022cm−3である。半導体チャンネル層7の材料は例えばSiである。また、半導体チャンネル層7における第一強磁性層12Aから第二強磁性層12Bまでの距離は、半導体チャンネル層7のスピン拡散長以下となっている。
【0028】
第一強磁性層12Aは、半導体チャンネル層7へスピンを注入するための注入電極として機能する部分である。第二強磁性層12Bは、半導体チャンネル層7を伝導してきたスピンを検出するための受け取り電極として機能する部分である。
【0029】
第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bは、X軸方向を長軸としY軸方向を短軸とした直方体形状をそれぞれ有している。第一強磁性層12Aの保磁力と第二強磁性層12Bの保磁力は互いに異なる。本実施形態では、第一強磁性層12AのX軸方向における幅は、第二強磁性層12BのX軸方向における幅と同一となっている一方、第一強磁性層12AのY軸方向における幅は、第二強磁性層12BのY軸方向における幅よりも小さくなっている。このような形状異方性により、第一強磁性層12Aの保磁力は、第二強磁性層12Bの保磁力よりも大きくなっている。図1及び図2に示すように、第一強磁性層12Aの磁化方向G1は、第二強磁性層12Bの磁化方向G2と平行、すなわち同一となっている。
【0030】
第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bは、強磁性材料からなり、例えば、下記(1)〜(3)のいずれかである。
(1)Cr、Mn、Co、Fe、及びNiからなる群から選択される金属
(2)Cr、Mn、Co、Fe、及びNiからなる群の元素を1以上含む合金
(3)Cr、Mn、Co、Fe、及びNiからなる群から選択される1以上の元素と、B、C、及びNからなる群から選択される1以上の元素とを含む化合物
【0031】
磁気シールドS1は、外部磁場が半導体チャンネル層7へ侵入することを遮蔽する膜である。このため、磁気シールドS1は、半導体チャンネル層7、第二強磁性層12B、及び第二配線20Bの上面、側面、及び下面のうち少なくとも一つの面を覆っている。磁気シールドS1は、半導体チャンネル層7、第二強磁性層12B、及び第二配線20Bに直接触れないように、絶縁膜70あるいは空気層などを間に介して形成されている。
【0032】
また、磁気シールドS1は半導体チャンネル層7における、第二強磁性層12Bの磁化の向きG2と平行な面(図2に示すYZ面)を覆うことが好ましく、この構成により、半導体チャンネル層7内を伝導するスピンが外部磁場によって回転することを効率よく抑えることができる。
【0033】
磁気シールドS1の材料は、例えばNi、Fe、及びCoからなる群から選択される1以上の元素を含む軟磁性材料であり、具体的には、Ni及びFeを含む合金、センダスト、Fe及びCoを含む合金、Fe、Co、及びNiを含む合金等の軟磁性材料である。また、磁気シールドS1の膜厚は、例えば10nm〜100nmである。
【0034】
スピン伝導素子1は、更に、障壁層81A、81Bを備えている。障壁層81A、81Bは、半導体チャンネル層7と、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの少なくとも一方との間に設けられている。これにより、第一強磁性層12Aから半導体チャンネル層7へスピン偏極した電子を効率的に注入することが可能となり、スピン伝導素子の電位出力を高めることが可能となる。また、第二強磁性層12Bに半導体チャンネル層7からスピン偏極した電子を多く抽出することが可能となり、スピン伝導素子の電位出力を高めることが可能となる。障壁層81A、81Bは、例えば絶縁性材料の膜からなるトンネル障壁である。図2では、障壁層81A、81Bが単層からなる例を示すが、障壁層81A、81Bは複数の層からなる積層構造を有していてもよい。このような構成により、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの磁性材料が、半導体チャンネル層7へ拡散することを抑制できる。また、障壁層81A、81Bと半導体チャンネル層7との界面におけるスピンの散乱や蓄積を調整することができる。
【0035】
障壁層81A、81Bの材料は、Mg及びAlのうちの少なくとも一方を含む酸化物材料である。これらの材料により、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの少なくとも一方から半導体チャンネルへ注入されるスピンの注入効率を好適に向上できる。障壁層81A、81Bの具体的な材料は、例えばMgO、Al、MgAlなどである。抵抗の増大を抑制し、トンネル絶縁層として機能させる観点から、障壁層81A、81Bの膜厚は、3nm以下であることが好ましい。また、障壁層81A、81Bの膜厚は、1原子層厚を考慮して、0.4nm以上であることが好ましい。
【0036】
スピン伝導素子1は、絶縁膜(あるいは絶縁体)70を更に備えている。絶縁膜70は、半導体チャンネル層7の露出を防ぎ、半導体チャンネル層7を電気的及び磁気的に絶縁する機能を有する。絶縁膜70は、磁気シールドS1と半導体チャンネル層7との間に設けられているので、半導体チャンネル層7を流れるスピン流が磁気シールドS1へ流出することが抑制される。絶縁膜70は、下部絶縁膜7a、側壁部絶縁膜7b及び最上部絶縁膜7cを含む。図3及び図4に示すように、下部絶縁膜7aは半導体チャンネル層7の下面に設けられており、側壁部絶縁膜7bは半導体チャンネル層7の側面に設けられている。さらに、最上部絶縁膜7cは、側壁部絶縁膜7bあるいは、第二配線20Bの上面、あるいは側面に設けられている。また、図3に示すように、図2のIII−III線に沿った断面において絶縁膜70の外側面は磁気シールドS1に接しており、絶縁膜70の内側面は半導体チャンネル層7に接している。このように絶縁膜70は、半導体チャンネル層7の表面(例えば下面、側面、または上面)の必要な領域を覆っている。さらに、この側壁部絶縁膜7b上に、第一配線20A、第一強磁性層12A、第二強磁性層12B、及び第二配線20Bに接続する配線を設けることにより、この配線によって半導体チャンネル層7のスピンが吸収されることを抑制できる。また、側壁部絶縁膜7b上に配線を設けることにより、配線から半導体チャンネル層7へ電流が流れることを抑制できる。さらに、図4に示すように、図2のIV−IV線に沿った断面において絶縁膜70の外側面は磁気シールドS1に接しており、絶縁膜70の内側面は半導体チャンネル層7に接している。このように絶縁膜70は、半導体チャンネル層7の表面(例えば下面、側面、または上面)の必要な領域を覆っている。さらに、この側壁部絶縁膜7b上に、第一配線20A、第一強磁性層12A、第二強磁性層12B、及び第二配線20Bに接続する配線を設けることにより、この配線によって半導体チャンネル層7のスピンが吸収されることを抑制できる。また、側壁部絶縁膜7b上に配線を設けることにより、配線から半導体チャンネル層7へ電流が流れることを抑制できる。
【0037】
以下、磁気抵抗を利用したスピン伝導素子1の動作について、図2を用いて説明する。まず、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの磁化方向を固定する。図2に示す例では、第一強磁性層12Aの磁化方向G1が、第二強磁性層12Bの磁化方向G2と同一方向(X軸方向)である。第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bを電流源90に接続することにより、第一強磁性層12Aに検出用電流を流す。強磁性体である第一強磁性層12Aから、障壁層81Aを介して、非磁性体の半導体チャンネル層7へ電流が流れることにより、第一強磁性層12Aの磁化の向きG1に対応する向きのスピンを有する電子が半導体チャンネル層7へ注入される。注入されたスピンは第二強磁性層12B側へ伝播していく。このように、半導体チャンネル層7に流れる電流及びスピン流が、主にY軸方向に流れる構造とすることができる。このような構成において、第一強磁性層12Aの磁化方向と逆方向(例えば図2に示す−X軸方向)に磁場を印加する。この際、磁場の強さを+から−に変化させると、保磁力の小さい第一強磁性層12Aにおける磁化が反転する。この磁化反転に伴う出力は、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bに接続された出力測定器80により測定することができる。以上のようにして、磁気抵抗効果を利用したスピン伝導素子1を不揮発な情報を持ったロジック素子として利用することができる。
【0038】
以下、本実施形態に係る磁気抵抗を利用したスピン伝導素子1の効果を説明する。前記第一強磁性層12Aは、半導体チャンネル層7へスピンを注入するための注入電極として機能し、第一強磁性層12Bは、半導体チャンネル層7からスピンを受け取るための受け取り電極として機能する。半導体チャンネル層7は、第一強磁性層12Aから注入されるスピンが伝導する部分として機能する。ここで、半導体チャンネル層7内を伝導するスピンは、第一強磁性層12Aの磁化情報を保持する。本実施形態に係るスピン伝導素子1では、第二強磁性層12B、障壁層81B、第二配線20B及び半導体チャンネル7の一部が絶縁膜70を介して磁気シールドS1に覆われている。このため、外部磁場が第二強磁性層12B、障壁層81B、第二配線20B及び半導体チャンネル7に侵入する場合に、第二強磁性層12B下の半導体チャンネル層7内を伝導、あるいは蓄積するスピンが外部磁場の影響によって回転することを抑制できる。よって、半導体チャンネル層7内を伝導するスピンの保持する磁化情報が正確に伝達され、半導体チャンネルに外部磁場が侵入することに起因するノイズやエラーを抑制できる。この時、従来の第一強磁性層12A、障壁層81A、第一配線20A及び半導体チャンネル7も含めて絶縁膜70を介して磁気シールドS1に覆われている場合に生じるスピン輸送特性の減少を生じることない素子形成が可能である。このようなスピン伝導素子1は、例えば磁気センサー、磁気抵抗メモリ(MRAM)、スピン流回路、核スピンメモリ、量子コンピュータなどに利用することができる。
【0039】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。以下に変形例を示すが、これらの変形例のいずれにおいても上記と同様に、半導体チャンネルに外部磁場が侵入することに起因するノイズやエラーを抑制できる。図5に示す断面構造が図3に示す断面構造と異なるのは、絶縁膜70及び磁気シールドS1の一部が半導体チャンネル層7内に埋め込まれている点である。すなわち、スピンが伝導する領域を囲うように形成された溝部に、絶縁膜70(7a、7b)、磁気シールドS1が内側から外側に向かって順に埋め込まれた構造としてもよい。
【0040】
また、第一配線20A及び第二配線20Bは必ずしも必要ではなく、省略してもよい。
【0041】
また、半導体チャンネル層7に用いられるスピン寿命の長い材料として、例えばSiやGaAsなどが挙げられるが、特にSiが好ましい。ただし、半導体チャンネル層7の材料はSiに限られず、スピン寿命の長い材料であることが好ましく、例えば、半導体チャンネルの材料は、Si、Ge、GaAs、C、及びZnOからなる群から選択される1以上の半導体を含む材料とすることができる。
【0042】
また、半導体チャンネル層7の厚み方向から見た形状は矩形状に限られず、例えば屈曲形状でもよい。また、半導体チャンネル層7の上面上において、第一配線20A及び第二配線20Bと、障壁層81A、81Bを介して第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bとが突出するように形成された例を示したが、第一強磁性層12A、第二強磁性層12B、第一配線20A及び第二配線20Bのうち少なくとも1つは、半導体チャンネル層7内に埋設されていてもよい。
【0043】
また、障壁層81A、81Bが、絶縁膜からなるトンネル障壁である例を示した。しかし、障壁層81A、81Bは、金属膜からなるトンネル障壁であってもよく、この場合、半導体の半導体チャンネル層7と金属の障壁層81A、81Bとのショットキー障壁とすることができる。第一強磁性体12Aと半導体チャンネル層7の間の前記第一障壁層81Aと第二強磁性体12Bと半導体チャンネル層7の間の第二障壁層81Bはショットキー障壁、トンネル障壁、あるいは、障壁層が省略されているいずれかの場合の組み合わせでもよい。
【0044】
また、上記では第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bが形状異方性により互いに異なる保磁力を有する例を示したが、これに限定されない。例えば、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの形状を同一として同じ保磁力を有する構成において、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの少なくとも一方の磁化方向が、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの少なくとも一方上に設けられた反強磁性層(体)によって、固定されていてもよい。この場合、反強磁性層(体)を設けない場合よりも、高い保磁力を一方向に有する第一強磁性層12Aあるいは第二強磁性層12Bが得られる。あるいは、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bに形状異方性を持たせて保磁力を互いに異ならせた構成において、更に反強磁性層(体)を用いてもよい。
【0045】
また、上記では、半導体チャンネル層7、第一強磁性層12A、第二強磁性層12B、及び磁気シールドS1が、いわゆる「層」である例を用いて説明したが、本発明はこれに限定されない。半導体チャンネル層7、第一強磁性層12A、第二強磁性層12B、及び磁気シールドS1の各々は、前記スピン伝導素子の構成物として使用できるものであれば、種々の形態の半導体チャンネル、第一強磁性体、第二強磁性体、及び磁気シールドとすることができる。この場合、半導体チャンネル、第一強磁性体、第二強磁性体、及び磁気シールドの各々は、例えば、球体状、円柱形状などの形態とすることができる。
【0046】
以下、実施例及び比較例を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
(実施例1)
まず、Si基板を準備した。次いで、洗浄により、Si基板の表面上の不純物、酸化物、有機物などを除去した。洗浄液として、希釈したHF溶液を用いた。その後、Si基板の表面に導電性を付与するためのイオンの打ち込みを行った。なお、電子濃度が1×1018cm−3となるようにした。
【0048】
続いて、MBE法によって、Si基板の表面上にMgOからなる障壁層81A、81Bとなる障壁膜を成膜した。その後、半導体チャンネル層7となる部分に略矩形状のマスクを形成し、Si基板に化学的なエッチングを行い、島状の半導体チャンネル層7を得た。エッチング後、不要なマスクを除去した。
【0049】
ついで、電子線(EB)リソグラフィによって、半導体チャンネル層7上に、強磁性層となる強磁性膜を障壁膜を間に介して形成した。この強磁性膜及び障壁膜の不要な部分をイオンミリングすることにより、半導体チャンネル層7の第一領域上に障壁層81Aを介して第一強磁性層12Aを形成するとともに、半導体チャンネル層7の第二領域上に障壁層81Bを介して第二強磁性層12Bを形成した。ここでは、第二強磁性層12Bの保磁力が第一強磁性層12Aの保磁力よりも大きくなるようにした。また、第一強磁性体12Aと第二強磁性体12Bの距離は、スピン輸送距離よりも短くなるように設計した。
【0050】
次いで、不要な障壁膜や強磁性膜が除去された半導体チャンネル層7の表面及び第一強磁性層12A、障壁層81A、第二強磁性層12B及び障壁層81Bの側壁に絶縁膜となるシリコン酸化膜を形成した。さらに、電子線(EB)リソグラフィによって第一強磁性層12A上に第一配線20Aを形成し、第二強磁性層12B上に第二配線20Bを形成した。その後、再度絶縁膜となるシリコン酸化膜を形成した。
【0051】
電子線(EB)リソグラフィ及びスパッタリング法によって第二強磁性層12B、第二配線20B、障壁層81B及び半導体チャンネル層7の一部を覆うようにNiFeからなる磁気シールドS1を形成した。以上の方法により、図1〜図4に示すようなスピン伝導素子1を作製した。
【0052】
(比較例1)
比較例1では、実施例1のスピン伝導素子1において、第一強磁性層12A、配線20A、障壁層81A及び半導体チャンネル層7の一部を覆うように磁気シールドS1を設けたこと以外は同じ構成としてスピン伝導素子を作製した。
【0053】
(比較例2)
比較例2では、実施例1のスピン伝導素子1において、磁気シールドS1を設けないこと以外は同じ構成としてスピン伝導素子を作製した。
【0054】
(比較例3)
比較例3では、実施例1のスピン伝導素子1において、第一強磁性層12A、第二強磁性層12B、第一配線20A、第二配線20B、障壁層81A、障壁層81B及び半導体チャンネル層7を覆うように磁気シールドS1を設けた以外は同じ構成としてスピン伝導素子を作製した
【0055】
(比較例4)
比較例4では、実施例1のスピン伝導素子1と同様な構成で磁気シールドS1を設け、第一強磁性層12Aと第二強磁性層12Bの距離はスピン輸送距離よりも離れた構成としてスピン伝導素子を作製した。
【0056】
[特性評価]
実施例1および比較例1〜4で作製したスピン伝導素子において、スピン輸送特性の評価とノイズの評価を行った。
【0057】
[スピン輸送特性の評価]
スピン輸送特性の評価は、局所測定法及びスピン輸送距離の依存性から見積もった。図2に示すように、第一配線20Aと第二配線20Bに電流源90を設置する。また、前記電流源90とは別に第一配線20Aと第二配線20Bに電圧測定器80を設置する。第一強磁性層12Aから第二強磁性層12Bに半導体チャンネル層7を介して電子が流れるようにし、外部磁場を印加することによって第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの磁化方向を調整する。
第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの磁化の組み合わせ状態によって生じる磁気抵抗の電圧差DVと第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bの間の距離dは、スピン輸送距離λlocalを用いて、
DV∝exp(−d/λlocal
で表される。実施例1および比較例1〜3の素子において前記関数で解析した結果を図6に示し、また実施例1および比較例1〜4について、それぞれ求めたスピン輸送距離を表1に示す。
【0058】
[ノイズの評価]
素子の外部磁場に対するノイズの評価は、Hanle測定を用いた。図2において第一強磁性層12Aと第二強磁性層12Bに電流源90を接続して電流を流し磁場と抵抗の関係を評価した。この際、磁化の向きを十分強い外部磁場を用いて反平行状態とし、第一強磁性層12Aと第二強磁性層12Bの磁化の向きと垂直な方向から磁場を印加し、外部磁場の強さを+10.0(Oe)から−10.0(Oe)に変化させて、第一強磁性層12A及び第二強磁性層12Bとの間に得られる電圧変化を観測した。実施例1および比較例1〜3について、その結果を図7に示す。
【0059】
実施例1および比較例1〜4について、スピン輸送距離とノイズの評価結果を表1にまとめて示す。
【0060】
【表1】

【0061】
この結果から、実施例1と比較例3は磁気シールドS1を設けることで、外部磁場の影響による電圧変化が見られずノイズを抑制する効果が得られるが、比較例3ではスピン輸送距離が劣化している。また磁気シールドS1をスピン注入側に設けた比較例1では、外部磁場に依存して電圧の変化が観測されており、ノイズを抑制する効果が得られない。スピンを検出する側に磁気シールドS1を設けた実施例1のような構成とした場合、スピン輸送特性の劣化が無く、かつ、ノイズを抑制する効果が得られる。
【0062】
第一強磁性層12Aと第二強磁性層12Bの距離がスピン輸送距離よりも狭い実施例1に比べて、比較例4では外部磁場の影響があることが観測されており、実施例1は第一強磁性層12Aと第二強磁性層12Bの距離がスピン輸送距離よりも狭い場合に限定されることがわかる。

【符号の説明】
【0063】
1…スピン伝導素子、7…半導体チャンネル層、12A…第一強磁性層、12B…第二強磁性層、20A…第一配線、20B…第二配線、70(7a、7b、7c)…絶縁膜、81A、81B…障壁層、S1…磁気シールド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピンを半導体チャンネルに注入するための第一強磁性体と、
スピンを前記半導体チャンネルから抽出するための第二強磁性体と、
前記第一強磁性体から前記第二強磁性体まで延びる前記半導体チャンネルと、
前記第二強磁性体と前記半導体チャンネルを覆う磁気シールドと、
前記第二強磁性体、及びあるいは、前記半導体チャンネルと前記磁気シールドとの間に設けられた絶縁膜と、を備える磁気抵抗効果を利用したスピン伝導素子。
【請求項2】
前記磁気シールドは、前記第二強磁性体の磁化の向きと平行な前記半導体チャンネルにおける面を覆う請求項1に記載の磁気抵抗効果を利用したスピン伝導素子。
【請求項3】
前記磁気シールドの材料は、Ni、Fe、及びCoからなる群から選択される1以上の元素を含む軟磁性材料である請求項1または請求項2に記載の磁気抵抗効果を利用したスピン伝導素子。
【請求項4】
第一強磁性体と第二強磁性体の距離が、スピン輸送距離よりも短い、請求項1〜3のいずれか一項に記載の磁気抵抗効果を利用したスピン伝導素子。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−74018(P2013−74018A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210588(P2011−210588)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】