説明

バイポーラ半導体素子

【課題】高温や電流密度が高い条件下でも基板へ少数キャリアが到達するのを防いで、順方向電圧の増大を防ぐことができるバイポーラ半導体素子を提供する。
【解決手段】このSiC pinダイオード20では、n型SiC基板21とn型のドリフト層23との間に形成されている厚さを20μmとしたn型のバッファ層22が、p型のアノード層24,25からの正孔のトラップとして働いて、正孔(少数キャリア)がn型SiC基板21へ到達することを防ぐ。これにより、正孔(少数キャリア)がn型SiC基板21へ到達することを防いで、n型SiC基板21から積層欠陥が拡大するのを防いで、順方向電圧の増大を防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電流通電に伴い順方向電圧が経時増加する要因である積層欠陥の核となる欠陥を低減させることが可能なバイポーラ半導体素子に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化珪素(SiC)などのワイドギャップ半導体材料は、シリコン(Si)に比べて絶縁破壊電界強度が約10倍高い等の優れた特性を有しており、高い耐逆電圧特性を有する高耐圧バイポーラパワー半導体素子に好適な材料として注目されている。
【0003】
pinダイオードやバイポーラトランジスタ、GTO(ゲートターンオフトランジスタ)、GCT(ゲート転流型ターンオフトランジスタ)などのバイポーラ半導体素子は、ショットキーダイオードやMOSFETなどのユニポーラ半導体素子に比べてビルトイン電圧が高いが、少数キャリアの注入によるドリフト層の伝導度変調によりオン抵抗が大幅に小さくなる。
【0004】
したがって、電力用途などの高電圧大電流領域では、損失を小さくするために、バイポーラ半導体素子が用いられている。SiCでこれらのバイポーラ半導体素子を構成すると、Siの素子に比べて格段に優れた性能を実現できる。
【0005】
例えば、SiCで構成した10kVの高耐圧pinダイオード素子の場合、順方向電圧がSiのpinダイオードの約1/3であり、オフ時の速度に該当する逆回復時間が約1/20以下と高速である。また、電力損失をSiのpinダイオードの約1/5以下に低減でき省エネルギー化に大きく貢献できる。SiCのpinダイオード以外にもSiCのnpnトランジスタやSiCのSIAFET、SiCのSIJFETなどが開発され同様の電力損失低減効果が報告されている(例えば非特許文献1)。この他、ドリフト層として反対極性のp型半導体層を用いたSiCのGTOなども開発されている(例えば非特許文献2)。
【0006】
ところで、SiCバイポーラ半導体素子では、順方向に電流を流すと、順方向電圧が増大する「順方向電圧ドリフト」という現象が存在する。この順方向電圧ドリフトは、積層欠陥がドリフト層中に拡大することにより発生する。この積層欠陥の種となる欠陥には、基底面転位(ベーサルプレーン転位)と表面欠陥(ハーフループ)が存在する。このうち、基底面転位は、基板に多数存在する。この基板へ少数キャリアが到達すると、基板から積層欠陥がドリフト層中に向かって拡大する。
【0007】
そこで、特許文献1(米国特許第6849874号明細書)では、ドリフト層と基板との間に基板と同程度の不純物濃度のバッファ層を形成して、ドリフト層から基板へ少数キャリアが到達するのを防ぐ技術が示されている。この技術によるSiCバイポーラ半導体素子の半導体積層構造を図8の左側に模式的に示し、上記半導体積層構造の各半導体層に対応する電子密度分布K1と正孔密度分布K2を図8の右側に模式的に示す。図8の右側には、室温で電流密度100A/cm程度の電流を流す場合の電子密度分布K1と正孔密度分布K2を示している。
【0008】
このバッファ層を有するSiCバイポーラ半導体素子では、図8の右側に示すように、室温で電流密度100A/cm程度の電流を流す場合は、少数キャリアとしての正孔が基板に到達しておらず、基板からの積層欠陥の拡大は見られなかった。
【0009】
しかし、200℃を超える高温下や、電流密度200A/cm以上の電流を通電する場合、図9の右側に符号Mで示すように、少数キャリアとしての正孔が基板に到達しており、基板からの積層欠陥の拡大が起こった。これは、温度や電流の増大によるものだけでなく、積層欠陥が連続した準位を形成し、拡散係数が大きくなるため、少数キャリアが基板まで運ばれるためである。すなわち、バッファ層だけでは、正孔(少数キャリア)が基板へ到達するのを防ぐことができず、基板から積層欠陥が拡大し、順方向電圧ドリフトが発生した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第6849874号明細書
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】松波弘之編著、「半導体SiC技術と応用」、218−221頁、日刊工業新聞社刊
【非特許文献2】A.K.Agarwal et.al、Materials Science Forum Volume 389−393、2000年、1349−1352頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、この発明の課題は、高温や電流密度が高い条件下でも基板へ少数キャリアが到達するのを防いで、順方向電圧の増大を防ぐことができるバイポーラ半導体素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、この発明のバイポーラ半導体素子は、炭化けい素半導体で作製された基板と、
上記基板上に形成されていると共に炭化けい素半導体で作製された第1導電型のバッファ層と、
上記バッファ層上に形成されていると共に炭化けい素半導体で作製された第1導電型のドリフト層と、
上記ドリフト層上に形成されていると共に炭化けい素半導体で作製された第2導電型の半導体層とを備え、
上記第1導電型のバッファ層の厚さを、13μm以上としたことを特徴としている。
【0014】
この発明によれば、上記基板と第1導電型のドリフト層との間に形成されていて上記第2導電型の半導体層からの少数キャリアのトラップとして働く第1導電型のバッファ層の厚さを13μm以上としたことで、高温や電流密度が高い条件下でも少数キャリアが基板へ到達することを防止できる。これにより、基板から積層欠陥が拡大するのを防いで、順方向電圧の増大を防止できるバイポーラ半導体素子を実現できる。
【0015】
また、一実施形態のバイポーラ半導体素子では、上記第1導電型のバッファ層の厚さを、20μm以上とした。
【0016】
この実施形態によれば、順方向電圧の増大を略完全に防止できる。
【0017】
また、一実施形態のバイポーラ半導体素子では、上記第1導電型のバッファ層の厚さを、50μm以下とした。
【0018】
この実施形態によれば、上記第1導電型のバッファ層の厚さを50μm以下としたので、結晶成長時間が抑えられると共にバッファ層の抵抗を抑えて素子の損失の増大を抑えることができる。
【0019】
また、一実施形態のバイポーラ半導体素子では、上記ドリフト層の上に形成された第2導電型の半導体層がアノードであるダイオードである。
【0020】
この実施形態によれば、高温や電流密度が高い条件下でも基板へ少数キャリアが到達するのを防いで、基板から積層欠陥が拡大するのを防止できるので、順方向電圧の増大を防止できるダイオードを実現できる。
【0021】
また、一実施形態のバイポーラ半導体素子では、上記第1導電型の基板がコレクタ層であると共に上記ドリフト層上に形成されている第2導電型の半導体層がベース層であり、
さらに、上記ベース層上に形成されていると共に炭化けい素半導体で作製された第1導電型のエミッタ層を有するトランジスタである。
【0022】
この実施形態によれば、高温や電流密度が高い条件下でも基板へ少数キャリアが到達するのを防いで、基板から積層欠陥が拡大するのを防止できるので、順方向電圧の増大を防止できるトランジスタを実現できる。
【0023】
また、一実施形態のバイポーラ半導体素子では、上記基板がコレクタ層であり、
上記第2導電型の半導体層上に形成されていると共に第1導電型の炭化けい素半導体で作製されたエミッタ層を有するIGBTである。
【0024】
この実施形態によれば、高温や電流密度が高い条件下でも基板へ少数キャリアが到達するのを防いで、基板から積層欠陥が拡大するのを防止できるので、安定した特性を長時間維持できる信頼性が高いIGBTが得られる。
【発明の効果】
【0025】
この発明のバイポーラ半導体素子によれば、基板と第1導電型のドリフト層との間に形成されていて第2導電型の半導体層からの少数キャリアのトラップとして働く第1導電型のバッファ層の厚さを20μm以上とした。これにより、高温や電流密度が高い条件下でも少数キャリアが基板へ到達することを防止でき、基板から積層欠陥が拡大するのを防いで、順方向電圧の増大を防止できるバイポーラ半導体素子を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】この発明のバイポーラ半導体素子の第1実施形態としてのSiC pinダイオードの断面を示す断面図である。
【図2】この発明のバイポーラ半導体素子の第2実施形態としてのnpnバイポーラトランジスタの断面を示す断面図である。
【図3】この発明のバイポーラ半導体素子の第3実施形態としてのIGBTの断面を示す断面図である。
【図4】上記第1実施形態のSiCバイポーラ半導体素子のストレステスト後の電流電圧特性を示す図である。
【図5】比較例のSiCバイポーラ半導体素子のストレステスト後の電流電圧特性を示す図である。
【図6】バッファ層の厚さと順方向電圧の増大ΔVfとの関係を示す特性図である。
【図7】上記第1実施形態のSiCバイポーラ半導体素子の半導体積層構造と対応するキャリア密度分布を模式的に示す図である。
【図8】従来のSiCバイポーラ半導体素子の半導体積層構造と対応するキャリア密度分布(室温,低電流密度)を模式的に示す図である。
【図9】従来のSiCバイポーラ半導体素子の半導体積層構造と対応するキャリア密度分布(高温,高電流密度)を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、この発明を図示の実施の形態により詳細に説明する。
【0028】
(第1の実施の形態)
図1に、この発明のバイポーラ半導体素子の第1実施形態としてのpn接合ダイオード(pinダイオード)20の断面図である。この第1実施形態では、第1の導電型としてのn型の4H型SiCで作製した基板21の上に、以下に説明する半導体層を形成する。なお、4H型の「H」は六方晶を表し、4H型の「4」は原子積層が4層周期となる結晶構造を表している。
【0029】
上記n型の4H型SiC基板21上に、順次、n型4H−SiC、p型(第2の導電型)4H−SiCをエピタキシャル成長させて、後述するように、エピタキシャルpinダイオード20を作製する。
【0030】
図1に示すn型の4H型SiC基板21は、改良レーリー法によって成長させたインゴットをオフ角θを8度にしてスライスし、鏡面研磨することによって作製した。ホール効果測定法によって求めたSiC基板21のキャリヤ密度は8×1018cm−3、厚さは400μmである。
【0031】
カソードとなる基板21のC面(カーボン面)に、CVD法によって窒素ドープn型SiC層(n型成長層)とアルミニウムドープp型SiC層(p型成長層)を順次エピタキシャル成長で形成する。上記窒素ドープn型SiC層であるn型成長層が、図1に示すn型のバッファ層22とn型のドリフト層23となる。また、バッファ層22はドナー密度7×1017cm−3、膜厚は20μmである。また、ドリフト層23はドナー密度約5×1015cm−3、膜厚は300μmである。
【0032】
一方、上記アルミニウムドープp型SiC層であるp型成長層が、アノードとなるp型接合層24とp+型コンタクト層25となる。このp型接合層24はアクセプタ密度5×1017cm−3、膜厚は1.5μmである。また、p+型コンタクト層25はアクセプタ密度約1×1018cm−3、膜厚は0.5μmである。
【0033】
この実施形態のpinダイオード20は、上記SiC基板21の上に、n型バッファ層22、n型ドリフト層23、p型接合層24およびp+型コンタクト層25を順次形成したものであるが、作製時の処理条件を以下により詳しく説明する。
【0034】
先ず、この実施形態のpinダイオード20は、材料ガスとして、シラン(SiH)およびプロパン(C)を用いる。ドーパントガスとして窒素(N)およびトリメチルアルミニウム(Al(CH)) を用いる。また、キャリアガスとして水素(H)を用いる。各ガスの流量は、sccm(standard cc per minute)または、slm(standard liter minute)で表す。圧力は、kPa(kilo pascal)で表す。また、以下の説明において、各ガスの名称の後に付したかっこ内の数値は流量を表す。また、基板21の温度は1550℃に保たれており、処理チャンバー内の圧力は5.6kPaに保たれている。
【0035】
カソードとなるn型4HSiC基板21のC面にバッファ層22を形成する工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、窒素(30sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は80分である。
【0036】
また、ドリフト層23の形成工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、窒素(0.2sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は1200分である。また、P型接合層24の形成工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、トリメチルアルミニウム(15sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は6分である。また、p+型コンタクト層25の形成工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、トリメチルアルミニウム(30sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は2分である。
【0037】
上記の各形成工程の処理により、この第1実施形態のpinダイオード用のSiCエピタキシャルウェーハを作製できる。
【0038】
一方、この第1実施形態のエピタキシャルpinダイオード20用のSiCエピタキシャルウェーハに対する比較例としてのpinダイオード用のSiCエピタキシャルウェーハを作製した。この比較例のpinダイオード用のSiCエピタキシャルウェーハは、n型4H型SiC基板21上に、膜厚20μmのn型バッファ層22に替えて膜厚2.5μmのn型バッファ層を形成した点だけが上記第1実施形態と相違する。よって、ここでは、上記比較用のpinダイオード用のSiCエピタキシャルウェーハを作製するときの処理条件として、SiC基板上にバッファ層を形成する工程だけを説明する。
【0039】
まず、基板の温度は1550℃に保たれており、処理チャンバー内の圧力は5.6kPaに保たれている。基板のC面にバッファ層を形成する工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、窒素(30sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は10分である。
【0040】
次に、この第1実施形態となるSiCエピタキシャルウェーハと、比較用のSiCエピタキシャルウェーハとのそれぞれに、次に説明する加工を施すことによって、図1に示すこの実施形態のpinダイオード20および比較用pinダイオードを作製できる。
【0041】
まず、反応性イオンエッチング(RIE)によりSiCエピタキシャルウエーハの両端部を除去してメサ構造に加工する。このRIEにおけるエッチングガスとしては、CF(4弗化炭素)とOを用いて、プラズマ処理装置により、圧力5Pa、高周波電力260Wの条件で深さ約2.5μmまでエッチングした。また、このときのマスク材料として、CVDによって堆積したSiO膜(厚さ10μm)を用いた。
【0042】
次に、エッチングにより形成したメサ底部での電界集中を緩和するために、メサ底部に幅250μm、深さ0.7μmのp型JTE(ジャンクション・ターミネーション・エクステンション)26を設けた。このp型JTE26は、Alイオン注入により形成した。このAlイオン注入のエネルギーは30〜450keVの間で6段階に変え、トータルドーズ量は1.2×1013cm−2である。また、このp型JTE26の形成時には、JTE26の注入層がボックスプロファイルとなるように設計した。イオン注入は全て室温で行い、イオン注入のマスクには、グラファイト(厚さ5μm)を用いた。注入イオンの活性化のための熱処理をアルゴンガス雰囲気中で1700℃、3分の条件で行った。アニールの後、温度1200℃、3時間のウェット酸化により保護膜としての熱酸化膜27を形成した。なお、図1において、30は、絶縁保護膜(もしくは酸化膜)である。
【0043】
次に、基板21の下面に、Ni(厚さ350nm)を形成しカソード電極28とする。P+型コンタクト層25上に、Ti(チタン:厚さ350nm)とAl(アルミニウム:厚さ100nm)の膜をそれぞれを蒸着し、アノード電極29とする。アノード電極29は、Ti層29aとAl層29bから構成されている。最後に、1000℃で20分間の熱処理を行って、カソード電極28およびアノード電極29をそれぞれオーミック電極にする。pn接合のサイズは直径が2.6mmφでありほぼ円形である。なお、この実施形態ではアルミニウムイオン注入によってp型JTE26を形成したが、ボロン(B)のイオン注入を用いた場合でも同様の効果がある。
【0044】
この第1実施形態のpinダイオード20の耐電圧は20kVであり、オン電圧は5.0Vである。上記のpinダイオード20に順方向に電流密度200A/cmで1時間通電し、通電開始直後と1時間通電後の室温での電流電圧特性をカーブトレーサで測定した。この測定の結果は、順方向電流密度200A/cmでの通電開始直後の順方向電流電圧特性と、1時間通電後の順方向電流電圧特性との順方向電圧差ΔVfは、0.1V以下であり、ほとんど差がなかった。したがって、この第1実施形態のpinダイオード20は、上述の1時間の通電後もほとんど劣化していなかった。
【0045】
一方、上記比較用pinダイオードについて、上記第1実施形態に対して行ったのと同じ上述の条件で通電をして、通電開始直後と1時間通電後の室温での電流電圧特性をカーブトレーサで測定した。この測定の結果、順方向電圧差ΔVfは、20V以下であり、順方向電圧の増大が見られた。
【0046】
(実験例)
次に、この第1実施形態に対応するpinダイオードと上記比較用pinダイオードに対応するダイオードの比較実験を行った。この比較実験による実験条件は、先ず、本実施形態のダイオードおよび比較用ダイオードのサイズを10mm×10mmとして高温パッケージに実装し、室温での各ダイオードの電流電圧特性を測定した。次に、この高温パッケージの温度を70℃とし、各ダイオードに直流50Aの電流を10時間通電した。この通電後、室温での各ダイオードの電流電圧特性を測定した。この測定の結果、バッファ層の厚さが20μmである本実施形態のダイオードの電流電圧特性は、図4に示すように、通電前の電流電圧特性S1と通電後の電流電圧特性S2との差は殆どなかった。なお、上記実験において、n型のバッファ層22の厚さを20μm以上(例えば、30μm,40μm,50μm)とした場合にも、通電前の電流電圧特性と通電後の電流電圧特性との差は殆どなかった。
【0047】
一方、バッファ層の厚さが2.5μmである比較用ダイオードの電流電圧特性は、図5に示すように、通電前の電流電圧特性S11と比較して、通電後の電流電圧特性S12では順方向電圧が大幅に増大していた。
【0048】
なお、上記実験において、バッファ層の厚さを0〜20μmに変化させて、順方向電圧の増大幅ΔVfのバッファ層厚さ依存特性を求めた結果を図6に示す。図6において、横軸はバッファ層の厚さ(μm)を示し、縦軸は各バッファ層厚さでの順方向電圧の増大幅ΔVfを、バッファ層の厚さ(μm)が零の場合(つまりバッファ層が無い場合)の順方向電圧の増大幅ΔVfmaxで規格化した値ΔVf/ΔVfmaxを示している。上記順方向電圧の増大幅ΔVfは、順方向電流が100(A/cm)での順方向電圧の増大幅である。図6に示すように、バッファ層の厚さが20μmでは、順方向電圧の増大幅ΔVfが零であり、バッファ層の厚さが13μmを下回ると順方向電圧の増大幅ΔVfが急増している。
【0049】
次に、図7を参照して、上記膜厚が20μmのバッファ層22の存在による順方向電圧の増大防止効果を定性的に説明する。図7の左側には、上記第1実施形態のpinダイオード20の積層構造を模式的に示し、図7の右側には、上記積層構造に対応するキャリア密度分布を模式的に示している。図7において、曲線K1は電子密度分布を表し、曲線K2は正孔密度分布を表している。前述の如く、n型SiC基板21とn型のドリフト層23との間に形成されている厚さを20μmとしたn型のバッファ層22が、p型のアノード層24,コンタクト層25からの少数キャリアである正孔のトラップとして働く。これにより、図7の右側に符号Gで示すように、高温や電流密度が高い条件下でも正孔(少数キャリア)がn型SiC基板21へ到達することを防止でき、n型SiC基板21から積層欠陥が拡大するのを防いで、順方向電圧の増大を防止できるpinダイオード20を実現できる。
【0050】
SiCのバッファ層は不純物濃度が高く散乱の影響を受けやすいことから、SiCのバッファ層の移動度は、100cm/Vs程度まで低下する(”Step-controlled epitaxial growth of SiC: high quality homoepiaxy,” H.Matsunami and T.Kimoto, materials Science and Engineering, R20(1997), 125-166(中p152))。一方、積層欠陥は量子井戸のようにふるまうため、積層欠陥中の移動度は、不純物の散乱の影響を受けず、1000cm/Vs程度まで上昇する。そのため、積層欠陥の拡散係数は、アインシュタインの関係より、バッファ層の拡散係数の10倍程度となる。なお、アインシュタインの関係は次式の通り。D/μ=kT/e、(D:拡散係数、μ:移動度、k:ボルツマン定数、T:温度、e:電子の電荷) 一方、積層欠陥の拡散距離Lは、L=(τD)1/2 (L:拡散距離、τ:ライフタイム)であり、拡散係数の1/2乗に比例する。よって、バッファ層の拡散距離の3.2倍程度となり、バッファ層の拡散距離を2.5μmとした場合、積層欠陥の拡散距離Lは8μm程度となる。
【0051】
以上のように、この第1実施形態のSiC pinダイオード20によれば、n型SiC基板21とn型のドリフト層23との間に形成されている厚さを20μmとしたn型のバッファ層22が、少数キャリアとしての正孔のトラップとして働いて、正孔(少数キャリア)が基板21へ到達することを防ぐ。これにより、基板21から積層欠陥が拡大することを防いで、順方向電圧劣化がほとんど生じなくなるので、長時間の使用が可能となり寿命が長くなる。また、この第1実施形態では、順方向の電圧劣化によるオン抵抗の増加がないので、内部損失も増加することがなく、安定した特性を長時間維持できる信頼性が高いpinダイオードが得られる。
【0052】
尚、上記第1実施形態では、n型基板21とn型ドリフト層23との間に厚さを20μmとしたn型のバッファ層22を形成したが、n型のバッファ層22の厚さを20μm以上(例えば、30μm,40μm,50μm等)としてもよい。但し、このn型のバッファ層22の厚さは、50μm以下とすることが望ましい。n型のバッファ層22の厚さを50μmよりも厚くすると、結晶成長時間がかかる上にバッファ層の抵抗が大きくなり、素子の損失の増大を招く。
【0053】
(第2の実施の形態)
次に、図2に、この発明のバイポーラ半導体素子の第2実施形態を示す。図2は、第2実施形態としてのnpnバイポーラトランジスタ50の断面図である。この第2実施形態でも、n型の4H型SiCの基板を採用している。このn型の4H型SiCの基板上に、n型4H−SiC、p型4H−SiC、n型4H−SiCの順番で連続的にエピタキシャル成長させ、npnバイポーラトランジスタ50を作製した。
【0054】
この第2実施形態のnpnパイポーラトランジスタは、n型の4H型SiCを用いた基板の(000−1)カーボン面上に、n型4H−SiC、p型4H−SiC、n型4H−SiCの順番で連続的にエピタキシャル成長させ、npnバイポーラトランジスタ50を作製した。
【0055】
n型の4H型SiCの基板51は、改良レーリー法によって成長したインゴットをオフ角θが8度となるようにスライスし、鏡面研磨することによって作製した。コレクタとなる基板51はn型であり、ホール効果測定法によって測定したキャリヤ密度は8×1018cm−3、厚さは400μmである。この基板51のC面上に、CVD法によって窒素ドープn型SiC層のバッファ層52とドリフト層53を成膜する。
【0056】
このドリフト層53の上にアルミドープp型SiCのp型成長層54、および窒素ドープn型SiC層のn型成長層55を順番にエピタキシャル成長法で成膜した。バッファ層52とドリフト層53がn型コレクタ層になる。
【0057】
上記バッファ層52はドナー密度7×1017cm−3、膜厚は20μmである。また、ドリフト層53はドナー密度約5×1015cm−3、膜厚は15μmである。また、p型ベース層となるp型成長層54はアクセプタ密度2×1017cm−3、膜厚は1μmである。n型成長層55はドナー密度約7×1017cm−3、膜厚は0.75μmである。
【0058】
次に、この実施形態のnpnバイポーラトランジスタ50を作製するときの処理条件を説明する。材料ガスとして、シラン(SiH)およびプロパン(C)を用いる。ドーパントガスとして窒素(N)およびトリメチルアルミニウム{Al(CH)}を用いる。また、キャリアガスとして水素(H)を用いる。基板の温度は1550℃に保たれており、処理チャンバー内の圧力は5.6kPaに保たれている。各ガスの流量は、sccm(standard cc per minute)または、slm(standard liter minute)で表す。また、圧力は、kPa(kilo pascal)で表す。そして、以下の説明において、各ガスの名称の後に付したかっこ内の数値は流量を表す。
【0059】
コレクタとなるn型4HSiC基板51のC面上にバッファ層52を形成する工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、窒素(30sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は80分である。また、ドリフト層53を形成する工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、窒素(0.2sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は60分である。
【0060】
また、P型成長層54の形成工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、トリメチルアルミニウム(6sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は4分である。また、n型成長層55の形成工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、窒素(30sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は3分である。上記の各工程の処理により、この第2実施形態のnpnバイポーラトランジスタ用のSiCエピタキシャルウェーハができる。
【0061】
一方、この第2実施形態のnpnバイポーラトランジスタ50用のSiCエピタキシャルウェーハに対する比較例としてのnpnバイポーラトランジスタ用のSiCエピタキシャルウェーハを作製した。この比較例のnpnバイポーラトランジスタ用のSiCエピタキシャルウェーハは、n型4H型SiC基板51上に膜厚20μmのn型バッファ層52に替えて膜厚2.5μmのn型バッファ層を形成した点だけが上記第2実施形態と相違する。よって、ここでは、上記比較用のnpnバイポーラトランジスタ用のSiCエピタキシャルウェーハを作製するときの処理条件として、SiC基板上にバッファ層を形成する工程だけを説明する。
【0062】
まず、基板の温度は1550℃に保たれており、処理チャンバー内の圧力は5.6kPaに保たれている。基板のC面にバッファ層を形成する工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、窒素(30sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は10分である。
【0063】
そして、この第2実施形態および比較用のSiCエピタキシャルウエーハに以下に説明する加工を施すことにより図2に示す第2実施形態のnpnバイポーラトランジスタ50および比較例を作製できる。
【0064】
まず、反応性イオンエッチング(RIE)によりn型成長層55を幅10μm、深さ0.75μm、ピッチ23μmでエッチングし、エミッタとなるn型成長層55を残す。このRIEのエッチングガスとしては、CFとOを用い、圧力は0.05Torr、高周波電力260Wの条件でエッチングした。また、このときのマスク材料として、CVDによって堆積したSiO膜(厚さ10μm)を用いた。
【0065】
次に、ベース領域において素子分離を行うために、反応性イオンエッチング(RIE)によりメサ構造にする。このRIEのエッチングガスにはCFとOを用い、圧力は0.05Torr、高周波電力260Wの条件で深さ約1μmまでエッチングした。このときのマスク材料として、CVDによって堆積したSiO膜(厚さ10μm)を用いた。
【0066】
この第2実施形態では、ベース端部での電界集中を緩和するためのガードリング56と、ベースのコンタクト領域57を同一プロセスのAl(アルミニウム)イオン注入によって形成した。ベースのコンタクト領域57は幅3μmでエミッタとの間隔は5μmであり、p型ガードリング56の幅は150μmである。コンタクト領域57,p型ガードリング56の深さは共に0.5μmである。
【0067】
p型ガードリング56、ベースのコンタクト領域57を形成する時のAlイオン注入のエネルギーは40〜560keVであり、トータルドーズ量は1.0×1013cm−2である。このイオン注入のマスクとしては、CVDにより形成したSiO膜(厚さ5μm)を用いた。また、イオン注入はすべて室温で行い、注入イオン活性化のための熱処理はアルゴンガス雰囲気中の温度1600℃、時間5分の条件で行った。
【0068】
次に、アニールの後、温度1150℃で2時間のウェット酸化によって熱酸化膜を形成し、さらにCVDによってSiO膜を堆積させ、合計2μmの酸化膜58を形成した。
【0069】
次に、SiC基板51の下面にコレクタ電極59Cを形成する。また、ベースのコンタクト領域57にベース電極59Bを形成する。また、エミッタ領域55にNiを蒸着してエミッタ電極69を形成する。次に、1000℃、20分間の熱処理を行ってそれぞれオーミック接合を形成した。
【0070】
最後に、ベース電極59Bおよびエミッタ電極69をTi/Au電極70で覆って各電極端子を形成した。接合部の大きさは3.2mm×3.2mmである。なお、この第2実施形態では、Alイオン注入によってガードリング56を形成したが、B(硼素)イオン注入を用いた場合でも同様の効果がある。
【0071】
また、npnバイポーラトランジスタ50においては、基板51、バッファ層52、ドリフト層53、p型成長層54及びn型成長層55のそれぞれの接合面(図中水平方向に広がる面)は、すべて(000−1)カーボン面2から8度のオフ角をもつ面2aに平行になっている。
【0072】
こうして作製したnpnバイポーラトランジスタ50の耐圧は1400Vである。オン抵抗は8.0mΩcmであり、最大電流増幅率は約12であった。このnpnバイポーラトランジスタ50にベース電流0.6A、コレクタ電流14A(コレクタ電流密度200A/cm)を1時間通電し、通電前後の室温でのコレクタ特性をカーブトレーサで測定した。この実施形態のnpnバイポーラトランジスタ50では、通電開始直後と1時間通電後ともオン抵抗は8.0mΩ/cmであり、順方向電圧の変化は殆んどなかった。
【0073】
一方、この第2実施形態の比較例(n型バッファ層の膜厚2.5μm)のnpnバイポーラトランジスタについても、ベース電流0.6A、コレクタ電流密度200A/cmで通電して試験した。この比較用のnpnバイポーラトランジスタの室温でのオン抵抗は、通電開始直後では、8.0mΩ/cmであったが、1時間の通電後は15.0mΩ/cmと非常に大きくなった。また、この比較例のnpnバイポーラトランジスタの室温での最大電流増幅率は、通電初期は約12であったものが、1時間通電後は約6と小さくなってしまった。
【0074】
これに対し、この第2実施形態のnpnバイポーラトランジスタ50の最大電流増幅率は通電開始直後と1時間通電後とで殆んど変化がなく、約12であった。このように、この第2実施形態のnpnバイポーラトランジスタ50は1時間の通電試験後でも順方向電圧劣化は殆んど生じていなかった。
【0075】
以上のように、この第2実施形態のSiC npnバイポーラトランジスタ50によれば、n型SiC基板51とn型のSiCドリフト層53との間に形成されている厚さを20μmとしたn型のバッファ層52が、少数キャリアとしての正孔のトラップとして働いて、正孔(少数キャリア)が基板51へ到達することを防ぐ。これにより、SiC基板51から積層欠陥が拡大することを防いで、順方向電圧劣化がほとんど生じなくなるので、長時間の使用が可能となり寿命が長くなる。また、この第2実施形態では、順方向の電圧劣化によるオン抵抗の増加が殆どないので、内部損失も増加することがなく、安定した特性を長時間維持できる信頼性が高いnpnバイポーラトランジスタが得られる。
【0076】
尚、上記第2実施形態では、n型基板51とn型ドリフト層53との間に厚さが20μmのn型のバッファ層52を形成したが、n型のバッファ層52の厚さを20μm以上(例えば、30μm,40μm,50μm等)としてもよい。但し、このn型のバッファ層52の厚さは、50μm以下とすることが望ましい。n型のバッファ層52の厚さを50μmよりも厚くすると、結晶成長時間がかかる上にバッファ層の抵抗が大きくなり、素子の損失の増大を招く。
【0077】
また、この第2実施形態でも、前述の第1実施形態で行ったのと同様に、バッファ層の厚さを0〜20μmに変化させて、順方向電圧の増大幅ΔVfのバッファ層厚さ依存特性を求めた結果、前述の図6に示す依存特性と同様であった。
【0078】
(第3の実施の形態)
次に、図3に、この発明のバイポーラ半導体素子の第3実施形態としてのIGBT(インシュレーテッド・ゲート・バイポーラトランジスタ)80の断面を示す。
【0079】
このIGBT80は、n型の6H型SiCによる基板71上に、膜厚の時間(h)当たりの増加速度が15μm/hで、p型6H−SiC層、n型6H−SiC層、p型6H−SiC層の順番で3つの層をエピタキシャル成長させ、以下に詳しく説明するようにして、IGBT80を作製した。このIGBT80では、p層とn層の主たる接合面(図において紙面に垂直な方向に広がる面)は、{0001}面となっている。
【0080】
次に、このIGBT80の作製方法を説明する。すなわち、面方位が、(000−1)カーボン面から3.5度のオフ角θの面をもつn型の6H型SiCを用いた基板上に、15μm/hの成膜速度で、p型6H−SiC層、n型6H−SiC層、p型6H−SiC層を順次形成する。
【0081】
上記SiC基板71は、改良レーリー法によって成長したインゴットを(000−1)カーボン面から3.5度傾いた面でスライスし、鏡面研磨することによって作製した。コレクタとなる基板71はn型で、厚さは400μm、ホール効果測定法によって求めたキャリヤ密度は5×1018cm−3である。
【0082】
このSiC基板71上に、CVD法によって、アルミニウムドープp型SiC層、窒素ドープn型SiC層、アルミニウムドープp型SiC層の三層を連続的にエピタキシャル成長した。このp型SiC層は、図3のバッファ層72とドリフト層73となる。上記バッファ層72はアクセプタ密度が1×1017cm−3、膜厚は20μmである。また、ドリフト層73はアクセプタ密度が約5×1015cm−3、膜厚は15μmである。また、ドリフト層73の上に形成されるn型成長層74はドナー密度2×1017cm−3、膜厚は2μmである。このn型成長層74の上に形成されるp型成長層75はアクセプタ密度が約1×1018cm−3、膜厚は0.75μmである。
【0083】
次に、このIGBT80を作製するときの処理条件を説明する。
【0084】
まず、材料ガスとして、シラン(SiH)およびプロパン(C)を用いる。また、ドーパントガスとして窒素(N)およびトリメチルアルミニウム{Al(CH)}を用いる。また、キャリアガスとして水素(H)を用いる。ここで、各ガスの流量は、sccm(standard cc per minute)または、slm(standard liter minute)で表す。また、圧力は、kPa(kilo pascal)で表す。また、以下の説明において、各ガスの名称の後に付したかっこ内の数値は流量を表す。
【0085】
n型SiC基板71の温度は1550℃に保たれており、処理チャンバー内の圧力は5.6kPaに保たれている。このn型SiC基板71のC面上に、p型SiCバッファ層72を形成する工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、トリメチルアルミニウム(3sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は80分である。
【0086】
次に、p型SiCドリフト層73の形成工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、トリメチルアルミニウム(0.15sccm)及び水素(10slm)を供給する。処理時間は60分である。
【0087】
次に、n型成長層74の形成工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、窒素(9sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は8分である。また、p型成長層75の形成工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、トリメチルアルミニウム(30sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は3分である。上記の各工程での処理により、このIGBT80用のSiCエピタキシャルウェーハができる。
【0088】
一方、この第3実施形態のIGBT80用のSiCエピタキシャルウェーハに対する比較例としてのIGBT用のSiCエピタキシャルウェーハを作製した。この比較例のIGBT用のSiCエピタキシャルウェーハは、膜厚20μmのp型バッファ層72に替えて膜厚2.5μmのp型バッファ層を形成した点だけが上記第3実施形態と相違する。よって、ここでは、上記比較用のIGBT用のSiCエピタキシャルウェーハを作製するときの処理条件として、SiC基板上にバッファ層を形成する工程だけを説明する。
【0089】
まず、基板の温度は1550℃に保たれており、処理チャンバー内の圧力は5.6kPaに保たれている。基板のC面にバッファ層を形成する工程では、シラン(30sccm)、プロパン(12sccm)、トリメチルアルミニウム(3sccm)および水素(10slm)を供給する。この工程の処理時間は10分である。
【0090】
次に、上記第3実施形態用および比較用のSiCエピタキシャルウェーハに、次に説明する加工を施すことによって、図3に示すIGBT80および比較例のIGBTを作製できる。
【0091】
まず、フォトリソグラフ法を用いて、p+成長層75の中央部をRIEでエッチングして、孔76aを設け、窒素をイオン注入することにより、エミッタとなるコンタクト領域76を形成する。次に、ゲート領域を形成するために、RIEによりp+成長層75とn+成長層74をエッチングして孔78a(図3では2つ)をあける。次に、孔78aの壁面にMOS構造を形成するために、CVDによりSiO膜を堆積させ、絶縁膜77を形成する。次に、n型SiC基板71のコレクタ領域にNiを蒸着してコレクタ端子79Cとする。また、コンタクト領域76にエミッタ電極79を蒸着する。次に、熱処理を行って、それぞれオーミック接合を形成する。さらに、絶縁膜77の上にMo電極を形成しゲート電極78とする。
【0092】
こうして完成した本実施形態のIGBT80の耐電圧は、900V、オン抵抗は11mΩcmであり、コレクタエミッタ間電圧は−14Vである。また、このIGBT80に、−40Vのゲート電圧を印加し、コレクタ電流1.4Aを1時間通電し、通電開始時と1時間通電後の室温でのコレクタ特性をカーブトレーサで測定した。このIGBT80では、通電直後と1時間通電後のコレクタ−エミッタ間電圧はともに−14Vであり、ほとんど変化がなく、従ってほとんど劣化していないことが判った。
【0093】
一方で、上記比較例のIGBTでは、耐電圧は、900V、オン抵抗は11mΩcmであり、コレクタエミッタ間電圧は−14Vである。また、この比較例のIGBTに、−40Vのゲート電圧を印加し、コレクタ電流1.4Aを1時間通電し、通電開始時と1時間通電後の室温でのコレクタ特性をカーブトレーサで測定した。この比較例のIGBTでは、通電直後のコレクタ−エミッタ電圧は−14Vだったのに対し、1時間通電後のコレクタ−エミッタ電圧は−29Vと大きくなった。
【0094】
これに対し、本実施形態のIGBT80によれば、上述の如く、n型SiC基板71とp型のSiCドリフト層73との間に形成されている厚さを20μmとしたp型のバッファ層72が、少数キャリアとしての電子のトラップとして働いて、電子(少数キャリア)が基板71へ到達することを防ぐ。これにより、SiC基板71から積層欠陥が拡大することを防いで、順方向電圧劣化がほとんど生じなくなるので、長時間の使用が可能となり寿命が長くなる。また、この第3実施形態では、順方向の電圧劣化によるオン抵抗の増加が殆どないので、内部損失も増加することがなく、安定した特性を長時間維持できる信頼性が高いIGBTが得られる。
【0095】
尚、上記第3実施形態では、n型SiC基板71とp型SiCドリフト層73との間に厚さが20μmのp型のSiCバッファ層72を形成したが、p型のSiCバッファ層72の厚さを20μm以上(例えば、30μm,40μm,50μm等)としてもよい。但し、このp型のバッファ層72の厚さは、50μm以下とすることが望ましい。p型のバッファ層72の厚さを50μmよりも厚くすると、結晶成長時間がかかる上にバッファ層の抵抗が大きくなり、素子の損失の増大を招く。
【0096】
また、この第3実施形態でも、前述の第1実施形態で行ったのと同様に、バッファ層の厚さを0〜20μmに変化させて、順方向電圧の増大幅ΔVfのバッファ層厚さ依存特性を求めた結果、前述の図6に示す依存特性と同様であった。
【0097】
尚、以上では、この発明のSiC バイポーラ半導体素子の実施形態として、SiC pinダイオード、npnバイポーラトランジスタ、およびIGBTを説明したが、この発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、SIAFET、SIJFET、サイリスタ、GTO、MCT(Mos Controlled Thyristor)、SiCGT(SiC Commutated Gate Thyristor)、EST(Emitter Switched Thyristor)、BRT(Base Resistance Controlled Thyristor)などの各種の4H−SiCバイポーラ半導体素子の作製にも応用可能である。当然ながら、反対極性の素子(例えばnpnトランジスタに対するpnpトランジスタ)などの各種の4H−SiCバイポーラ素子にも変形応用可能であり、6H−SiCなどの多の結晶構造を用いたSiCバイポーラ素子に適用できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0098】
この発明のSiC バイポーラ半導体素子は、高耐圧でオン電圧が低いことから、通電損失を抑制でき、大電流での使用が可能となるので、一例として、家電分野、産業分野、電気自動車などの車両分野、送電などの電力系統分野等において、例えばインバータなどの電力制御装置等に組み込まれて使用される電力制御装置に適用すると、スイッチング損失を低減でき、大電流での使用が可能となると共に信頼性を向上できる。
【符号の説明】
【0099】
20 pinダイオード
21 n型SiC基板
22 n型SiCバッファ層
23 n型SiCドリフト層
24 p型接合層
25 p+型コンタクト層
26 p型JTE
27 熱酸化膜
28 カソード電極
29 アノード電極
30 絶縁保護膜
50 npnバイポーラトランジスタ
51 n型SiC基板(コレクタ層)
52 n型SiCバッファ層(コレクタ層)
53 n型SiCドリフト層(コレクタ層)
54 p型成長層(ベース層)
55 n型成長層(エミッタ層)
56 p型ガードリング
57 コンタクト領域
58 酸化膜
59B ベース電極
69 エミッタ電極
71 6H型SiC基板
72 p型SiCバッファ層
73 p型SiCドリフト層
74 n型成長層
75 p型成長層
76 コンタクト領域
77 絶縁膜
78 ゲート電極
79 エミッタ電極
70 IGBT

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化けい素半導体で作製された基板と、
上記基板上に形成されていると共に炭化けい素半導体で作製された第1導電型のバッファ層と、
上記バッファ層上に形成されていると共に炭化けい素半導体で作製された第1導電型のドリフト層と、
上記ドリフト層上に形成されていると共に炭化けい素半導体で作製された第2導電型の半導体層とを備え、
上記第1導電型のバッファ層の厚さを、13μm以上としたことを特徴とするバイポーラ半導体素子。
【請求項2】
請求項1に記載のバイポーラ半導体素子において、
上記第1導電型のバッファ層の厚さを、20μm以上としたことを特徴とするバイポーラ半導体素子。
【請求項3】
請求項1または2に記載のバイポーラ半導体素子において、
上記第1導電型のバッファ層の厚さを、50μm以下としたことを特徴とするバイポーラ半導体素子。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1つに記載のバイポーラ半導体素子において、
上記基板が、カソードであり、上記ドリフト層の上に形成された第2導電型の半導体層がアノードであるダイオードであることを特徴とするバイポーラ半導体素子。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1つに記載のバイポーラ半導体素子において、
上記基板がコレクタ層であると共に上記ドリフト層上に形成されている第2導電型の半導体層がベース層であり、
さらに、上記ベース層上に形成されていると共に炭化けい素半導体で作製された第1導電型のエミッタ層を有するトランジスタであることを特徴とするバイポーラ半導体素子。
【請求項6】
請求項1から3のいずれか1つに記載のバイポーラ半導体素子において、
上記基板がコレクタ層であり、
上記第2導電型の半導体層上に形成されていると共に第1導電型の炭化けい素半導体で作製されたエミッタ層を有するIGBTであることを特徴とするバイポーラ半導体素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2012−4318(P2012−4318A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−137578(P2010−137578)
【出願日】平成22年6月16日(2010.6.16)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】