説明

パルス信号の送受信装置

【課題】ハードウェアの複雑化とコストアップを招くことなく、またSN比、探知距離等の探知性能を劣化させることなく、レンジサイドローブを低減するパルス信号の送受信装置を提供すること。
【解決手段】送信パルス信号の波形に略等しい波形の試験信号を入力したときに出力される信号のフーリエ変換が、所定の窓関数となるような入出力特性を有するパルス圧縮フィルタ7により、受信信号をパルス圧縮処理する構成とした。パルス圧縮フィルタ7によるフィルタ処理によって出力信号の所望のレンジサイドローブレベルを実現できるため、送信信号にガウス窓のような尖鋭な形状の窓関数を掛ける必要もなく、SN比、探知距離等の探知性能を必要以上に劣化させることもない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超音波、電波等のパルス信号を送信し、受信信号に対してパルス圧縮処理を施すパルス信号の送受信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パルス信号の送受信装置の一つである魚群探知機は、超音波の送信パルスを振動子から水中に送信し、送信パルスが海底や魚群で反射したエコー信号を振動子で受信する。そして、受信した信号を処理して、海底や魚群の画像を表示部に表示する。
このような魚群探知機ではより深い深度の魚群を探知できるように探知距離の向上が要求される。一般に探知距離を上げるためには送信パルス長を長くすればよいが、送信パルス長を長くすると物標からの反射エコーも長くなって距離分解能が落ちるので、送信パルスを周波数変調し、マッチドフィルタにより受信したエコー信号と送信信号のレプリカ波形との相関処理を行って受信信号をパルス圧縮し、距離分解能を上げる方法が採用される。このようなパルス圧縮処理を行う水中探知装置は例えば特許文献1に開示されている。
ところで、パルス圧縮処理を行う魚群探知機では、物標の存在位置を示すエコーの前後の位置にレンジサイドローブと呼ばれる偽像が発生する。レンジサイドローブが発生すると探知映像が見づらくなり、特に海底によるレンジサイドローブは、海底付近の底付き魚群の映像を被覆してしまい、当該魚群を探知できなくなる。このレンジサイドローブを抑圧するために、送信信号にガウス窓等の窓関数を掛けるといった対策が一般に行われている。
【0003】
【特許文献1】特開2005−249398
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
送信信号にガウス窓等を掛けて、マッチドフィルタ処理を行う場合、レンジサイドローブを低減するには、窓関数のダイナミック拡大が有効である。しかし、魚探に求められる、レンジサイドローブ抑圧目標の−64dB以下を実現するには、40dB以上のダイナミックが求められ、PDM送信アンプのB圧を制御するなどの対策が必要であり、ハードウェアが複雑になり、コストアップを招く要因となる。
【0005】
また、送信信号にガウス窓のような尖鋭な形状の窓関数を掛けることは、等価的にパルス幅を短くしていることになり、矩形のエンベロープをもつ送信信号を用いる場合に比べると、SN比、探知距離等の探知性能が劣化するという問題がある。
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたもので、その課題とするところは、ハードウェアの複雑化とコストアップを招くことなく、またSN比、探知距離等の探知性能を劣化させることなく、レンジサイドローブを低減するパルス信号の送受信装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のパルス信号の送受信装置は、所定の周波数掃引幅で周波数変調された送信信号を生成する送信信号生成部と、送信信号とほぼ同じ波形のパルス信号を送信して探知領域からのエコー信号を受信する送受信部と、送受信部で受信した受信信号をパルス圧縮するパルス圧縮フィルタとを備えており、上記パルス圧縮フィルタは、送信信号の波形に略等しい波形の入力信号を入力したときに、その出力信号の、位相スペクトルが直線状で且つ振幅スペクトルが送信信号において周波数掃引した帯域以外の周波数成分を持たない所定の窓関数形状となるような入出力特性を有することを特徴とする。
【0008】
また、本発明のパルス信号の送受信装置は、上記窓関数形状のダイナミックレンジが、出力信号のレンジサイドローブレベルとメインローブ幅とに基づいて決定されることを特徴とする。
【0009】
また、本発明のパルス信号の送受信装置では、パルス圧縮フィルタの入出力特性を定める際に用いる入力信号を、送信信号生成部が送信信号を出力してから、その受信信号がパルス圧縮フィルタに入力されるまでに発生する歪を含めた信号とすることを特徴とする。
【0010】
また、本発明のパルス信号の送受信装置は、送信信号生成部が、矩形窓の両端に正弦状のエッジを付加した形状のエンベロープを有する送信信号を生成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ハードウェアの複雑化とコストアップを招くことなく、またSN比、探知距離等の探知性能を劣化させることなく、レンジサイドローブを低減するパルス信号の送受信装置が実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1は、本発明に係るパルス信号の送受信装置の一つである魚群探知機の構成を示すブロック図である。図1において、船底等に装備される送受波器1は、送信信号生成部3で生成される周波数変調した送信信号に基づき送信部4からトラップ回路2を介して供給される電気信号によって駆動され、送信信号とほぼ同じ波形を持った超音波パルス信号を水中に送信する。また、送受波器1は、水中の物標により反射されて戻ってくるエコーを受信し、トラップ回路2を介してアンプ5に対し受信信号を出力する。アンプ5は受信信号を増幅し、AD変換部6は増幅された信号をデジタル信号に変換する。パルス圧縮フィルタ7は、AD変換部6からのデジタル信号に対して後述のパルス圧縮処理を行って、パルス圧縮信号を出力する。パルス圧縮信号は検波部8で検波処理を施され、表示処理部9は、検波されたパルス圧縮信号に基づいて、表示用信号を生成し、ディスプレイに水中映像を表示する。
【0013】
ここでパルス圧縮フィルタ7について説明する。
本発明のパルス圧縮フィルタ7は、従来技術として説明した受信したマッチドフィルタ処理を行う代わりに、所定のフィルタ処理を行う。この時、パルス圧縮フィルタ7の入出力特性は、
送信信号の波形に略等しい波形の入力信号を入力したときに、その出力信号の、位相スペクトルが直線状で且つ周波数領域の振幅スペクトルが送信信号の掃引周波数範囲外の周波数成分を持たない(振幅値が0である)窓関数形状となるように定める。
【0014】
図2は本発明のパルス圧縮フィルタ7の入出力特性を説明するための模式的な説明図である。
図2の上段に示す3つのグラフは、それぞれ、パルス圧縮フィルタ7への入力信号s(t)と、そのフーリエ変換S(f)の振幅スペクトル(|S(f)|)及び位相スペクトル(arg[S(f)])である。
図2の中段に示す3つのグラフは、それぞれ、パルス圧縮フィルタ7のインパルス応答h(t)と、そのフーリエ変換であるシステム関数H(f)の、振幅特性(|H(f)|)及び位相特性(arg[H(f)])である。
図2の下段に示す3つのグラフは、それぞれ、パルス圧縮された信号である出力信号g(t)の検波波形|g(t)|と、g(t)のフーリエ変換G(f)の振幅スペクトル(|G(f)|)および位相スペクトル(arg[G(f)])である。
【0015】
出力信号g(t)は、s(t)とh(t)とのたたみ込み積分によって表される。この関係を下記の式(1)に示す。
g(t)=s(t)*h(t) (1)
また、システム関数H(f)は下記の式(2)で表される。
H(f)=G(f)/S(f) (2)
パルス圧縮フィルタ7の入出力特性を表すシステム関数H(f)は、式(2)を用いて入力信号のフーリエ変換S(f)及び出力信号のフーリエ変換G(f)を定義することにより得ることができる。
【0016】
入力信号S(f)としては、理想的には、送信信号生成部3で生成される送信信号と同一波形を持つ信号を用いる。しかしながら、実際の回路では、送信信号生成部3で生成された送信信号がパルス圧縮フィルタ7に入力されるまでの間に、送受信系のアナログ部、デジタル部、及び送受波器を通過し、その間に送信信号に歪みが生じる。そのため、送受信系のアナログ部、デジタル部、及び送受波器で生じた線形歪みを実測し、実測した線形歪みを含んだ信号を入力信号として用いるのが現実的である。
【0017】
出力信号G(f)としては、位相スペクトルが直線状で且つ、振幅スペクトル|G(f)|が送信信号の掃引周波数の範囲外の周波数成分を持たない(振幅値が0となる)窓関数W(f)の形状となるものを用いる。
これにより、出力信号G(f)は送信した掃引周波数帯域外の周波数成分を有さないこととなり、結果として別途帯域制限を行うフィルタを設けることなく、不要なノイズ成分を除去することができる。
【0018】
また、
窓関数W(f)には、出力信号の時間領域における波形g(t)が所望のレンジサイドローブを持つ信号となるものを採用する。具体的に、海底と海底付近の底つき魚を分離するためには、出力信号g(t)のレンジサイドローブを−64dB以下に抑圧することが必要である。

具体例として、BT積50(周波数掃引幅50kHz、パルス幅1ms)の周波数変調信号を送信信号として用いる場合を考える。ここでは入力信号s(t)は送信信号と同じ波形の信号を用いるものとする。
【0019】
窓関数W(f)には、ガウス窓を用いるものとし、周波数掃引幅50kHzの範囲で様々なダイナミックレンジを持つガウス窓を用いて、それぞれ時間領域の波形を求め、レンジサイドローブが所望レベルになるものを探す。
【0020】
この例の場合、窓関数W(f)を図3(a)に示すような周波数掃引幅50kHzの範囲におけるダイナミックレンジが50dBのガウス窓とすれば、図3(b)に示すように当該ガウス窓から求めた時間領域の波形のレンジサイドローブが−70dB程度となり、底つき魚群を分離する為の基準(−64dB以下)を満足することがわかる。
【0021】
したがって、BT積50(周波数掃引幅50kHz、パルス幅1ms)の周波数変調信号を送信信号として用いる場合は、S(f)を、時間領域における送信信号の波形をフーリエ変換したものとしとし、G(f)を、その位相スペクトルが直線状で且つ振幅スペクトル|G(f)|が窓関数W(f)の形状となるものとなるものとして定め、上記の式(2)を用いて、パルス圧縮フィルタ7のシステム関数H(f)を求める。
【0022】
なお、出力信号g(t)のレンジサイドローブレベルは、窓関数W(f)のダイナミックレンジを拡大することにより低減することができるが、その一方で出力信号g(t)のメインローブ幅が拡がるため、距離分解能が低下し、SN特性も劣化するといった欠点がある。そのため、窓関数のダイナミックレンジは、レンジサイドローブレベルとメインローブ幅の両面を考慮して決定する必要があり、使用状況に応じて、SN比、距離分解能、レンジサイドローブレベルを勘案した上で、最適な窓関数W(f)を選択する必要がある。
【0023】
また、窓関数W(f)の特性は、送信信号の周波数掃引幅以外の範囲の値が0であるとして説明したが、実際の装置では、周波数掃引幅内の値に比べて、十分に小さい値とすれば実用上問題は無く、本発明においてはそのようなものも窓関数と見なしてよい。
【0024】
また、窓関数W(f)としては、上記ガウス窓の他、ハニング窓、ハミング窓、ブラックマン窓等の様々な窓関数を用いることができる。
【0025】
次に、送信信号のエンベロープ制御について説明する。
船舶に搭載される魚群探知機では、船体の上下動に起因した送受信信号のドップラシフトが問題となる。このドップラシフトへの耐性を上げるためには、送信信号の振幅スペクトルをできるだけフラットな特性にすることが望ましい。そのため、本発明では、送信信号に所定のエンベロープ制御を行う。以下に、このドップラ耐性を高めるための送信信号のエンベロープ制御について説明する。
【0026】
送信信号のエンベロープとしては、矩形窓の両端に、正弦状のエッジを付加したものが適切である。例えば、送信信号のパルス長全体の80%程度にあたる中間部分が矩形で、送信信号の開始部分と終了部分を、30dB程度のダイナミックレンジの正弦波形等とすることにより、船体の上下方向の速度1m/s程度の動揺に対するドップラ耐性を持たせることができる。
【0027】
なお、送信信号がエンベロープを持つ場合は、パルス圧縮フィルタ7の入出力特性を定める際に用いる入力信号s(t)にもエンベロープを持たせる。
また、ドップラ耐性を向上させるためには、BT積を大きくすることも有効な手段である。
【0028】

以上のように、本発明では、パルス圧縮信号の周波数成分が、窓関数W(f)で区切られる範囲に局在することになるから、パルス圧縮部の後段にSN比向上のためのフィルタを設ける必要がない。これは構成上の利点と言える。また、パルス圧縮フィルタ7によるフィルタ処理によって所望のレンジサイドローブレベルを実現できるため、送信信号にガウス窓のような尖鋭な形状の窓関数を掛ける必要もなく、SN比、探知距離等の探知性能を必要以上に劣化させることもない。
【0029】
上記実施形態では、魚群探知機で本発明を実施する場合について説明したが、本発明は、レーダなどのパルス信号の送受信装置にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明に係る魚群探知機の構成を示すブロック図である。
【図2】パルス圧縮フィルタ7の入出力特性を説明するための模式的な説明図である。
【図3】(a)は窓関数W(f)の一例の50dBガウス窓であり、(b)は窓関数W(f)から求めたg(t)の波形である。
【符号の説明】
【0031】
1 送受波器
2 トラップ回路
3 送信信号生成部
4 送信部
5 アンプ
6 AD変換部
7 パルス圧縮フィルタ
8 検波部
9 表示処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の周波数掃引幅で周波数変調された送信信号を生成する送信信号生成部と、
前記送信信号と略同じ波形のパルス信号を送信して探知領域からのエコー信号を受信する送受信部と、
前記送受信部で受信した受信信号をパルス圧縮するパルス圧縮フィルタとを備え、
前記パルス圧縮フィルタは、前記送信信号の波形に略等しい波形の入力信号を入力したときに、その出力信号の、位相スペクトルが直線状で且つ振幅スペクトルが前記周波数掃引した帯域以外の周波数成分を持たない窓関数形状となるような入出力特性を有することを特徴とするパルス信号の送受信装置。
【請求項2】
請求項1に記載のパルス信号の送受信装置において、
前記窓関数形状のダイナミックレンジは、前記出力信号の時間領域におけるレンジサイドローブレベルとメインローブ幅とに基づいて決定されることを特徴とするパルス信号の送受信装置。
【請求項3】
請求項1に記載のパルス信号の送受信装置において、
前記入力信号は、前記送信信号生成部が送信信号を出力してから、その受信信号が前記パルス圧縮フィルタに入力されるまでに発生する歪を含む信号であることを特徴とするパルス信号の送受信装置。
【請求項4】
請求項1に記載のパルス信号の送受信装置において、
前記送信信号生成部は、矩形窓の両端に正弦状のエッジを付加した形状のエンベロープを有する送信信号を生成することを特徴とするパルス信号の送受信装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−288038(P2009−288038A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−140335(P2008−140335)
【出願日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【出願人】(000166247)古野電気株式会社 (441)
【Fターム(参考)】