説明

フルオロカーボンシラン含有水性エマルジョン並びに水滴転落性および撥水撥油性の被覆物

【課題】 撥水性および水滴転落性に優れた被覆物を形成することができるフルオロカーボンシラン含有水性エマルジョンを提供すること。
【解決手段】 本発明の水性エマルジョンは、フルオロカーボンシランまたはその部分加水分解物、界面活性剤、シラン化合物、pH調整剤(pHを4.5以下または7以上にする酸またはアルカリ)、および炭素数12〜24の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物を含有する水性エマルジョンである。前記フルオロカーボンシランは、R−(CH−Si{−(O−CHCH−ORにより表される少なくとも一種の加水分解性フルオロカーボンシランであり、水性エマルジョンの総重量に基づいて、0.1〜20重量%含有される。前記フルオロカーボンシランと、前記界面活性剤との重量比は、1:1〜10:1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥水撥油性および水滴などの転落性に優れた被覆層を提供することができるフルオロカーボンシラン含有水性エマルジョンに関する。さらに詳しくは、フルオロカーボンシランまたはフルオロカーボンシランの部分加水分解物とともに界面活性剤、シラン化合物、直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物、pH調整剤を含有する水性エマルジョン、およびそのエマルジョンを、基材に塗布乾燥することにより形成された、撥水撥油性および水滴転落性に優れた被覆物に関する。
【背景技術】
【0002】
基材の表面に撥水性を提供することができるシラン含有水溶液については種々の提案がなされている。
【0003】
シラン含有水溶液の中でも、特別な熱処理を必要とせずに、基材に撥水性を提供することができるものとして、フルオロカーボンシラン加水分解物と、その加水分解物を乳化する界面活性剤とを含有するエマルジョンが開発されている(特許文献1参照)。
【0004】
また、フルオロカーボンシラン加水分解物と、その加水分解物を乳化する界面活性剤と、シリケート、特定のpH調整剤とを含有するエマルジョンであって、そのpHを4.5以下に調整したものが提案されており、耐熱撥水性を基材に提供することができる(特許文献2参照)。
【0005】
さらに、優れた耐熱撥水性をもたらすエマルジョンとして、フルオロカーボンシラン加水分解物と、その加水分解物を乳化する界面活性剤と、特定のシリケート、pH調整剤とを含有するエマルジョンも提案されており、耐熱撥水性と耐油防汚性を兼ね備えた被覆層を提供することができる(特許文献3参照)。
【特許文献1】米国特許第5,550,184号公報
【特許文献2】特開2001−329174公報
【特許文献3】特開2001−335693号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このようなエマルジョンを塗布乾燥することによって形成された被覆層は、優れた撥水および撥油性を有するものの、付着した水滴が被覆層表面から除去しにくい問題点がある。特に自動車の窓ガラス等においては雨天走行時でも良好な視界を得るために水滴転落性に対するさらなる改善が強く望まれている。
【0007】
本発明の課題は、撥水性および水滴転落性に優れた被覆物を形成することができるフルオロカーボンシラン含有水性エマルジョンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のフルオロカーボンシラン含有水性エマルジョンは、(i)フルオロカーボンシランまたはその部分加水分解物と、(ii)界面活性剤と、(iii)炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物と、(iv)アルコキシシランと、(v)pH調整剤とを含有する水性エマルジョンである。フルオロカーボンシランは、式(I)により表される少なくとも1種の加水分解性フルオロカーボンシランである。
−(CH−Si{−(O−CHCH−OR (1)
【0009】
上記式(1)において、Rは炭素原子が3〜18個のパーフルオロアルキル基であり、複数のRは炭素原子が1〜3個の同一のもしくは異なるアルキル基であり、そして、p=2〜4およびn=2〜10である。
【0010】
フルオロカーボンシランは、水性エマルジョンの総重量に基づいて、好ましくは0.1〜20重量%含有される。フルオロカーボンシランと、界面活性剤との重量比は、好ましくは1:1〜10:1である。炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物は、下式(2)により表されるアルキルケテンダイマーである。
【0011】
【化1】

【0012】
式(2)において、RおよびRは、水素、または炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基であり、両基が共に水素であることはなく、アルキル基が複数ある場合、これらは同一であってもまたは異なっていてもよい。
【0013】
シラン化合物はアルコキシシランであることが好ましい。また、pH調整剤は、酸またはアルカリであることが好ましく、これを用いて、水性エマルジョンのpHを4.5以下、または、7以上に調整する。
【0014】
本発明の他の形態は、水滴転落性および撥水撥油性を有する被覆物であり、この被覆物は、基材の少なくとも一つの表面に、上記のフルオロカーボンシラン含有水性エマルジョンを塗布し乾燥することにより形成された被覆層を具えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、優れた水滴転落性ならびに優れた撥水性および撥油性を実現するためのフルオロカーボンシラン含有水性エマルジョンを提供することができる。また、本発明の水性エマルジョンは長期間の放置に対しても安定であり、従って、消費者に対して安定性に優れた、完成品としての水滴付着防止および撥水撥油性を持った塗料を提供することが可能である。さらに、本発明の水性エマルジョンを種々の基材に塗布乾燥することによって、前述のような優れた水滴転落性ならびに撥水撥油性を有する被覆層を備えた被覆物を提供することが可能となる。本発明の水性エマルジョンおよび被覆物は、特に自動車の窓ガラス等においては雨天走行時でも窓に付着した水滴が除去されやすく、さらに被覆層自体は薄膜で透明なため、良好な視界を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の水性エマルジョンは、(i)フルオロカーボンシランまたはその部分加水分解物、(ii)界面活性剤、(iii)シラン化合物、(iv)pH調整剤、および(v)炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物を含有する、フルオロカーボンシラン含有水性エマルジョンである。本発明の水性エマルジョンは、高撥水撥油性と高い水滴転落性を付与することができる。
【0017】
本明細書では、水滴転落性に関し、転落および滑落の用語を置換可能に用いる。水滴転落性の用語は、上記被覆物上に設けられた本発明の水性エマルジョン被覆層上での水滴の移動のしやすさ(即ち、水滴が該被覆層上に付着し難い性質)をいう。
【0018】
以下に本発明の各成分を説明する。
(i)フルオロカーボンシランまたはその加水分解物
本発明の水性エマルジョンは、フルオロカーボンシランまたはその部分加水分解物を含有する。
【0019】
本発明の水性エマルジョンでは、加水分解性フルオロカーボンシランとして、下記式(1)で表される少なくとも一種のフルオロカーボンシランが用いられる。
【0020】
−(CH−Si{−(O−CHCH−OR (1)
【0021】
式(1)中、Rは炭素原子が3〜18個のパーフルオロアルキル基またはそれらの混合物であり、複数のRは炭素原子が1〜3個の同一のもしくは異なるアルキル基であり、そして、p=2〜4およびn=2〜10である。好ましくは、Rは平均で8〜12個の炭素原子を有する混合されたパーフルオロアルキル基であり、Rはメチル基であり、そしてp=2およびn=2〜4である。さらに好ましくは、n=2〜3である。
【0022】
具体的には、好ましいフルオロカーボンシランは、nが2であるとき、パーフルオロアルキルエチルトリス(2−(2−メトキシエトキシ)エトキシ)シランであり、nが3であるとき、パーフルオロアルキルエチルトリス(2−(2−(2−メトキシエトキシ)エトキシ)エトキシ)シランである。このようなフルオロカーボンシランは公知の方法により製造することができる。
【0023】
本発明の水性エマルジョンでは、2種以上のフルオロカーボンシランを混合して使用してもよい。たとえば、異なるRを有するフルオロカーボンシランを混合して用いることができる。その場合には、Rの平均炭素原子数が8〜12個となるように、フルオロカーボンシランの種類および量を選択することが好ましい。
【0024】
本発明のフルオロカーボンシランは、水性エマルジョン中では、少なくとも一部の−(O−CHCH−OR基が加水分解を受けて、−OH基となっていてもよい。言い換えると、本発明の水性エマルジョン中には、下記式(1’)の構造を有する部分加水分解されたフルオロカーボンシランまたは全加水分解されたフルオロカーボンシランが存在してもよい。
【0025】
−(CHSi(OH){−(O−CHCH−OR3−q (1’)
【0026】
式(1’)中、1≦q≦3であり、n、p、R、Rは式(1)と同様である。
【0027】
このように、本明細書において、フルオロカーボンシランとは、(a)加水分解を受けていない上記式(1)のフルオロカーボンシラン、(b)フルオロカーボンシランの一部の−(O−CHCH−OR基が部分的に加水分解を受けて、一部が−OH基となった部分加水分解物、または、(c)フルオロカーボンシランの全ての−(O−CHCH−OR基が加水分解を受けて、−OH基となった全加水分解物、あるいはこれらの混合物の総称である。また、フルオロカーボンシランの加水分解物とは、上記(b)または(c)、およびこれらの混合物をいう。
【0028】
従って、本明細書では、フルオロカーボンシラン含有水性エマルジョンとは、フルオロカーボンシランおよび/またはフルオロカーボンシランの部分加水分解物および/またはフルオロカーボンシラン全加水分解物を含む水性エマルジョンを意味する。
【0029】
水性エマルジョン中のフルオロカーボンシランの含有量は、未加水分解物に換算して、エマルジョンの総重量に基づいて、少なくとも0.1重量%であり、好ましくは、0.1〜20重量%、より好ましくは1〜20重量%、さらに好ましくは2〜15重量%である。フルオロカーボンシランの含有量を0.1重量%以上とすることによって十分な撥水性を達成することができ、一方、20重量%以下とすることによって水性エマルジョンの良好な安定性を実現することができる。
【0030】
(ii)界面活性剤
本発明において用いられる界面活性剤は、前記のフルオロカーボンシランまたはその加水分解物を乳化可能である界面活性剤、すなわちフルオロカーボンシラン部分加水分解物の自己縮合を抑制するのに十分に高いHLB値を有する界面活性剤である。好ましい界面活性剤は、HLBの値が12より大きく、さらに好ましくは16より大きいものである。特にHLBの値が16よい大きい界面活性剤を使用する場合に、非常に多量の界面活性剤を用いることなしに、エマルジョンを安定化することが可能となる。本発明において用いられる界面活性剤は、アニオン系、カチオン系、非イオン系および両性型のいずれのタイプのものでもよい。また、フルオロカーボンシラン部分加水分解物の自己縮合を抑制するのに十分に高いHLB値を有する界面活性剤であれば、相溶性を有する2種以上の界面活性剤を混合して用いてもよい。
【0031】
非イオン型界面活性剤のHLB値は、米国のアトラス社(現在ICIアメリカ社)のグリフィン氏により創案された計算式などにより計算で求めることができるが、アニオン型やカチオン型の場合は、今のところHLB値を計算により求める方法がない。しかしながら、アトラス社ではHLB値が変化することに着目して、標準の油の乳化実験によって実験的にHLB値を決定する方法を確立して発表している。アトラス社以外にもHLB値を実験的に決定する方法が確立されているが、いずれの実験方法を採用してもアニオン型やカチオン型の界面活性剤のHLB値は16より大きくなることが明らかにされている。
【0032】
界面活性剤の具体例には、R’−CHCH−O−(CHCHO)11−H、C19−C−O−(CHCHO)50−Hなどのノニオン系界面活性剤、R’−CHCHSCHCH(OH)CHN(CHClなどのカチオン系界面活性剤、C1225(OCHCHOSONH、C1227−C−SONaなどのアニオン系界面活性剤を挙げることができる。R’はパーフルオロアルキル基であり、通常、3〜18個の炭素原子を有する。
【0033】
好ましい界面活性剤は、分子鎖中にエチレンオキシド反復単位(ポリエチレングリコール)を有するノニオン系界面活性剤などである。
【0034】
界面活性剤の含有量は、フルオロカーボンシランと界面活性剤との重量比で規定される。この重量比は、10:1〜10:10であることが好ましく、より好ましくは10:2〜10:5であり、さらに好ましくは10:3である。前述のような重量比で界面活性剤を用いることによって、水性エマルジョンを安定に維持できると共に、この水性エマルジョンを基材上へ塗布し、乾燥した後の基材上の被覆層の親水性の残存を防止して良好な撥水性をもたらすことができる。
【0035】
(iii)炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物
本発明の水性エマルジョンは、基材上の被覆層として形成されたときの水滴転落性を向上させるために、炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物を含有する。上記化合物としてアルキルケテンダイマー、アルキルアルコキシシラン、アルキル無水コハク酸、アルキルアミンオキサイド、アルキルメルカプタンを挙げることができる。本発明では、アルキルケテンダイマーが好適である。アルキルケテンダイマーは特に限定されず、公知のものであってよい。アルキルケテンダイマーの好ましいものとして、片末端に炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基を有するアルキルケテンダイマーを挙げることができる。アルキルケテンダイマーは、下式(2)で表される。
【0036】
【化2】

【0037】
式(2)において、RおよびRは、水素、または炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基であり、両基が共に水素であることはなく、アルキル基が複数ある場合、これらは同一であってもまたは異なっていてもよい。
【0038】
本発明における使用に好適なアルキルケテンダイマーとしては、水溶液分散型のアルキルケテンダイマーがある。より具体的には、例えば、アルキルケテンダイマー水系エマルジョンなどが挙げられる。
【0039】
炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物の含有量は、良好な撥水および水滴転落性を付与できる量であれば特に限定されない。例えばアルキルケテンダイマーの場合、その含有量は、フルオロカーボンシランとアルキルケテンダイマーとの重量比で与えられ、この重量比は、99.9:0.1〜55:45が好ましく、より好ましくは99:1〜70:30であり、さらに好ましくは95:5〜75:25である。前述の範囲内のアルキルケテンダイマーを用いることによって、良好な撥水および水滴転落性をもたらすことができる。
【0040】
(iv)pH調整剤
本発明の水性エマルジョンは、pHを4.5以下、または、7以上に調整するため、酸またはアルカリのpH調整剤を適宜用いることができる。本発明の水性エマルジョンのpH値の範囲は、4.5以下、または、7以上、より好ましくは、pH2.0〜pH4.5またはpH7.0〜pH11.0、さらに好ましくは、pH3.0〜4.0またはpH9.0〜10.5である。
【0041】
このような酸またはアルカリは、特に限定されず、公知のものであってよい。上記酸として、例えば、リン酸、ホウ酸、塩酸、硫酸、硝酸、酢酸またはギ酸等を用いることができる。また、上記アルカリとして、例えば、アンモニア、ピリジン、水酸化ナトリウム、水酸化アンモニウム、アルミン酸ナトリウムまたは水酸化カリウム等を用いることができる。本発明において、pH調整剤として塩酸、リン酸、またはアンモニアを用いることが特に好ましい。
【0042】
水性エマルジョンへのpH調整剤の添加量は、水性エマルジョンのpHが上記pH範囲の目的のpHになる量である。
【0043】
(v)アルコキシシラン
本発明の水性エマルジョンは、アルコキシシランを含有する。本発明におけるアルコキシシランは、分子内に2個以上のアルコキシ基をもつ有機ケイ素化合物またはその部分縮合物等を含む。例えば、以下に示す式(3)の構造または式(4)の構造を有するオルガノアルコキシシランを用いることができる。
【0044】
Si−(R (3)
【0045】
式中、Rは、OCH、OCHCH、および(OCHCHOCH(m=1〜10)からなる群から選択される基であるり、Rは同じであっても異なっていてもよい。
【0046】
Si(OR4−n (4)
【0047】
式中、Rは炭素原子が1〜10個のアルキル基であり、Rは炭素原子が1〜3個のアルキル基であり、RおよびRが複数存在する場合は、これらはそれぞれ独立に、同一のもしくは異なる上記基を表し、そして、n=1〜3である。
【0048】
で示されるアルキル基は、適宜の置換基、例えばアミノ基、エポキシ基、ビニル基、メタクリロキシ基、チオール基、ウレア基、フェニル基またはメルカプト基等で置換されていてもよい。
【0049】
オルガノアルコキシシランの具体例としては、例えば、ジメチルジメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシランまたはこれらの混合物やその部分縮合物等が挙げられる。
【0050】
アルコキシシランは、フルオロカーボンシランに対するモル分率で10以下である量で用いることが好ましい。
【0051】
アルコキシシランは、水性エマルジョンの取扱いやすさという点から、安定であることが好ましく、安定なエマルジョンを保つためには、フルオロカーボンシランに対するアルコキシシランのモル分率は、0.1から10以下、好ましくは0.1〜4、さらに好ましくは0.2〜2である。
【0052】
水性エマルジョンは、顔料、殺生物剤、紫外線吸収剤、および酸化防止剤などの慣用の添加剤を、エマルジョンの安定性、およびこの水性エマルジョンから形成される被覆層の撥水および撥油性、並びに水滴転落性に影響を及ぼさない範囲で含有することができる。
【0053】
水性エマルジョンの調製方法は特に限定されないが、水に界面活性剤を溶解した後にフルオロカーボンシランを添加し、ついで、アルキルケテンダイマーおよび必要に応じて他の添加剤を添加し、そして上記の酸またはアルカリを添加してpHを調整した後にアルコキシシランを添加する方法が好ましい。エマルジョンのpHを調整した後にアルコキシシランを添加してもpHに変動はない。
【0054】
また、フルオロカーボンシランの自己縮合を抑制し、少なくとも一部が加水分解された状態に保つためには、界面活性剤を溶解した後にフルオロカーボンシランを添加することが好ましく、さらに、慣用の攪拌技術により攪拌しながらフルオロカーボンシランをゆっくり添加することが好ましい。
【0055】
本発明は、上記水性エマルジョンを基材の少なくとも一部に塗布し、乾燥して得られる被覆層を含む被覆物を包含する。
【0056】
前述のような水性エマルジョンを基材の少なくとも1つの表面に塗布し、引き続いて乾燥することによって被覆層を形成し、被覆物を作製することができる。本発明においては、ガラスあるいは金属、鋳物、陶器などのセラミック、煉瓦、コンクリート、石または木材などの慣用の材料からなる基材を適宜用いることができる。本発明では、基材は、例えば自動車の窓ガラスなどであってもよい。
【0057】
基材への塗布は、ディッピング法、スプレー法、スピンコート法、ロールコート法、各種刷毛塗り、スクリーン印刷法、グラビア印刷法などの公知の方法により行うことができる。
【0058】
乾燥を促進するために加熱してもよい。通常、乾燥は100〜350℃の温度範囲で5分〜24時間にわたり行われる。
【0059】
また、必要に応じて、本発明の水性エマルジョンを塗布し乾燥した被覆物を、水で洗浄して、残留している界面活性剤を除去してもよい。
【実施例】
【0060】
以下に、本発明を実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。以下の実施例および比較例において使用された成分は、次のとおりである。
【0061】
(i)フルオロカーボンシラン
フルオロカーボンシランは、R−(CH−Si{−(O−CHCH−OCHで表される構造を有する化合物の混合物である。具体的には、Rは、F(CFであり、k=6の化合物を1〜2重量%;k=8の化合物を62〜64重量%;k=10の化合物を23〜30重量%;k=12〜18の化合物を2〜6重量%混合したものである。なお、こられの化合物で示したRfの重量%は、上記4種類の化合物全てのRの総重量に対するそれぞれのR基の占める重量比率である。
【0062】
界面活性剤は、R’−CHCH−O−(CHCHO)11−Hで表されるノニオン系界面活性剤であり、R’は、3〜18個の炭素原子を有するパーフルオロアルキル基である。
【0063】
(ii)アルキルケテンダイマー
アルキルケテンダイマーは、アルキルケテンダイマー水系エマルジョン、サイズパインK−903(荒川化学工業社製)をそのまま用いた。
【0064】
(iii)アルコキシシラン
アルコキシシランは、テトラキス[2−(2−メトキシエトキシ)エトキシ]シリケート(Si(DEGM))、またはオルガノアルコキシシランであるメチルトリエトキシシラン(CH−Si(OCHCH(SiMe(OEt)))である。
【0065】
特に明記しない限り、以下の試験方法を用いた。
【0066】
<撥水角・撥油角測定>
得られたガラス試験片の被覆層表面に純水またはn‐ヘキサデカンを2μl滴下し、接触角計(協和界面科学社製)により接触角を測定した。
【0067】
<水滴転落性測定>
得られたガラス試験片の被覆層表面にマイクロシリンジで体積を測りとった純水を滴下した。このような純水の滴下を、異なる体積について複数被覆表面上で行い、複数の水滴を試験片上にスポットした。試験片をゆっくりと45度の角度になるように傾けて固定し、滴下した純水の様子を観察した。複数のスポットのうち、純水が30秒以内に少なくとも3cm以上滑り落ちる場合を滑落したとみなし、その時の滑り落ちた複数の水滴の体積(μl)のうちの最小値を測定し、水滴転落性(落水量)とした。
【0068】
(実施例1〜5および比較例1〜2)
本実施例および比較例は、アルキルケテンダイマー添加量の最適値を求めるためのものである。
【0069】
フルオロカーボンシラン100重量部に対して30重量部となる量の界面活性剤を水に溶解し、ついで、水性エマルジョンの総重量に基づいて10重量%のフルオロカーボンシランを慣用の攪拌技術により攪拌しながらゆっくりと添加した。この手順で、フルオロカーボンシランは、その自己縮合が抑制された加水分解された状態に保つことができる。ついで、アルキルケテンダイマー(サイズパイン K−903)を、表1に示す量で加え、一時間攪拌した。次に、pHメーターでエマルジョンのpHを測定しながら、pH調整剤である塩酸(HCl)を添加し、pH2.9になったところで添加を終了した。さらに、フルオロカーボンシランに対するオルガノアルコキシシランのモル分率を0.45となるようにオルガノアルコキシシランを加え、2〜4時間攪拌し、水性エマルジョンを調製した。
【0070】
その後、水性エマルジョンを、ガラス板(2.5cm×5.0cm、厚さ3mm)に塗布し、乾燥して試験片を作成した。
【0071】
水性エマルジョンの塗布はディップコーティングにより行った。ディップコーティングは、試験片を175mm/分の速度で水性エマルジョン中に下ろし、その状態で4分間保持し、25mm/分の速度で引き上げることにより行った。塗布後の乾燥は、280℃で10分間にわたって行った。
【0072】
撥水角、撥油角、水滴転落性を測定した結果を表1に示す。
【0073】
【表1】

【0074】
実施例1〜5と比較例1〜2を比較すると、アルキルケテンダイマーの添加量がフルオロカーボンシランに対する重量比で5〜25重量部であるとき水滴転落性が非常に良好になることがわかる。また、アルキルケテンダイマーの添加量がフルオロカーボンシランに対する重量比で5〜25重量部であるとき、塗膜は視覚的に透明であった。
【0075】
(実施例6〜10および比較例3〜9)
本実施例および比較例では、架橋剤とpH調整剤との種類を比較した。
【0076】
(実施例6〜10)
フルオロカーボンシラン100重量部に対して30重量部となる量の界面活性剤を水に溶解し、ついで、水性エマルジョンの総重量に基づいて10重量%のフルオロカーボンシランを慣用の攪拌技術により攪拌しながらゆっくりと添加した。この手順で、フルオロカーボンシランは、その自己縮合が抑制された加水分解された状態に保つことができる。ついで、アルキルケテンダイマー(サイズパイン K−903)を、フルオロカーボンシランとアルキルケテンダイマーの重量比が75:25となる量で加え、一時間攪拌した。次に、pHメーターでエマルジョンのpHを測定しながら、表2に示すpH調整剤を添加した。酸pH調整剤の場合、pH値が2.9になったところで、そしてアルカリpH調整剤の場合、pH値が9.9になったところで添加を終了した。さらに、フルオロカーボンシランに対するアルコキシシランのモル分率を0.45となるように表2に示すアルコキシシランを加え、2〜4時間攪拌し、水性エマルジョンを調整した。
【0077】
(比較例3〜9)
アルキルケテンダイマーを加えない他は、実施例6〜10と同様の方法で水性エマルジョンを調製した。
【0078】
その後、水性エマルジョンを、実施例1〜5と同様の方法でガラス板に塗布して試験片を作成した。
【0079】
撥水角、撥油角、水滴転落性を測定した結果を表2に示す。
【0080】
【表2】

【0081】
実施例6と比較例4、実施例7と比較例5、実施例8と比較例6、実施例9と比較例7、実施例10と比較例8をそれぞれ比較すると、アルコキシシランの種類およびpH調整剤の種類、その組み合わせにかかわらず、アルキルケテンダイマーを水性エマルジョン中に添加した場合、水滴転落性が向上していることがわかる。また、実施例6と比較例3を比較すると、アルコキシシランとともにアルキルケテンダイマーを添加した場合に、水滴転落性が向上することが分かる。
【0082】
(実施例11〜15)
本実施例では、水性エマルジョンのpH調製の影響を試験した。
フルオロカーボンシラン100重量部に対して30重量部となる量の界面活性剤を水に溶解し、ついで、水性エマルジョンの総重量に基づいて10重量%のフルオロカーボンシランを慣用の攪拌技術により攪拌しながらゆっくりと添加した。この手順で、フルオロカーボンシランの自己縮合が抑制された加水分解された状態に保つことができる。ついで、アルキルケテンダイマー(サイズパイン K−903)を、フルオロカーボンシランとアルキルケテンダイマーの重量比が75:25となる量で加え、一時間攪拌した。次に、pHメーターでエマルジョンのpHを測定しながら、表3に示すpH調整剤を添加した。pH調節剤の添加は、表3に示すpHになったところで終了した。さらに、フルオロカーボンシランに対するアルコキシシランのモル分率を0.45になるようにアルコキシシランを加え、2〜4時間攪拌し、水性エマルジョンを調整した。
【0083】
その後、水性エマルジョンを、実施例1〜5と同様の方法でガラス板に塗布して試験片を作製した。
【0084】
撥水角、撥油角、水滴転落性を測定した結果を表3に示す。
【0085】
【表3】

【0086】
実施例11〜15をみると、水溶液のpHを4.5以下、或いは7以上に調整したとき、良好な撥水撥油性および水滴転落性が得られることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)フルオロカーボンシランまたはその加水分解物、
(ii)界面活性剤、
(iii)シラン化合物、
(iv)pH調整剤、および
(v)炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物
を含有する水性エマルジョンであり、
前記フルオロカーボンシランは、下式(1):
−(CH−Si{−(O−CHCH−OR (1)
(式中、Rは炭素原子が3〜18個のパーフルオロアルキル基であり、複数のRは炭素原子が1〜3個の同一のもしくは異なるアルキル基であり、そして、p=2〜4およびn=2〜10である。)
により表される少なくとも一種の加水分解性フルオロカーボンシランであり、
前記フルオロカーボンシランまたはその加水分解物は、水性エマルジョンの総重量に基づいて、0.1〜20重量%含有され、前記フルオロカーボンシランと、前記界面活性剤との重量比は、1:1〜10:1であり、前記pH調整剤は、該水性エマルジョンのpHを4.5以下、または、7以上に調整するための酸またはアルカリであることを特徴とする水性エマルジョン。
【請求項2】
前記炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基と反応性官能基を合わせもつ化合物が、下式(2):
【化1】

(式中、RおよびRは、水素、または炭素原子が12〜24個の直鎖または分岐のアルキル基であり、両基が共に水素であることはなく、アルキル基が複数ある場合、これらは同一であってもまたは異なっていてもよい。)
により表されるアルキルケテンダイマーであることを特徴とする請求項1記載の水性エマルジョン。
【請求項3】
前記フルオロカーボンシランとアルキルケテンダイマーとの重量比が、99:1〜70:30であることを特徴とする請求項2記載の水性エマルジョン。
【請求項4】
前記シラン化合物がアルコキシシランであり、前記水性エマルジョン中のアルコキシシランの含有量は、前記フルオロカーボンシランに対するアルコキシシランのモル分率で、0.1〜10であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の水性エマルジョン。
【請求項5】
前記アルコキシシランが、下式(3):
Si−(R (3)
(式中、Rは、OCH、OCHCH、および(OCHCHOCH(m=1〜10)からなる群から選択される1または2以上の基である。)
または下式(4):
Si(OR4−n (4)
(式中、Rは炭素原子が1〜10個のアルキル基であり、Rは炭素原子が1〜3個のアルキル基であり、RおよびRが複数存在する場合は、これらはそれぞれ独立に、同一のもしくは異なる前記基を表し、そして、n=1〜3である。)
により表されるオルガノアルコキシシランであることを特徴とする請求項4記載の水性エマルジョン。
【請求項6】
前記Rの1つまたは複数が、アミノ基、エポキシ基、ビニル基、メタクリロキシ基、チオール基、ウレア基、フェニル基またはメルカプト基で置換されているアルコキシシランであることを特徴とする請求項5記載の水性エマルジョン。
【請求項7】
基材と、前記基材の少なくとも一つの表面に、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の水性エマルジョンを塗布乾燥することによって形成された、撥水撥油性および水滴転落性被覆層とを具えたことを特徴とする被覆物。

【公開番号】特開2007−70524(P2007−70524A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−260603(P2005−260603)
【出願日】平成17年9月8日(2005.9.8)
【出願人】(390023674)イー・アイ・デュポン・ドウ・ヌムール・アンド・カンパニー (2,692)
【氏名又は名称原語表記】E.I.DU PONT DE NEMOURS AND COMPANY
【Fターム(参考)】