説明

光学物品およびその製造方法

【課題】帯電防止性、反射防止性および耐久性に優れた光学物品およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】眼鏡レンズは、レンズ基材110と、このレンズ基材110の表面に設けられたハードコート層120と、このハードコート層120の上に設けられた反射防止層130とを備えて構成されている。反射防止層130は、屈折率が1.3〜1.5である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.4である高屈折率層とを順に積層したものである。この反射防止層130は、レンズ基材110側から外側に向けて順に配置された第1層131、第2層132、第3層133、第4層134、第5層135、第6層である第1透明導電層136、第7層137、第8層である第2透明導電層138及び第9層139から構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラスチック製の光学物品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、眼鏡レンズ等の光学物品には、ゴースト及びちらつきを防止するためにレンズ基材の表面に反射防止層が設けられている。反射防止層はハードコート層が積層されたレンズ基材の表面に異なる屈折率を持つ物質を交互に積層してなるいわゆる多層反射防止層として形成される。
また、帯電防止のために、反射防止層の一部に透明導電層を含ませたレンズが開示されている(例えば、特許文献1、2および3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−341052号公報
【特許文献2】特開平11−149063号公報
【特許文献3】特開平4−50801号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1、2および3に記載されているように、透明導電層には通常酸化インジウムスズ(ITO)等が20nm程度以上の厚みで成膜されており、これらの材料はガスや水分の透過性が低いため、帯電防止の効果は得られるものの、表面にむくみが発生し、レンズの表面に対する反射光が歪んで見えるという問題があった。ここで、むくみとは、レンズの表面の反射光を観察した場合に、反射光の像の輪郭がぼやける、またはかすれて見える状態のことを言う(図7(B)参照)。
さらに、むくみが悪化することによりレンズの耐久性が低下するという問題もあった。
【0005】
本発明の目的は、帯電防止性、反射防止性および耐久性に優れた光学物品およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の光学物品は、レンズ基材の表面に低屈折率層と高屈折率層とが交互に積層されてなる反射防止層を備えた光学物品であって、前記反射防止層は、透明導電層を少なくとも2層有し、前記透明導電層の合計の厚みが5nm以上14nm以下であることを特徴とする。
【0007】
この発明では、低屈折率層と高屈折率層とからなる反射防止層の一部に少なくとも2層の透明導電層を含む。透明導電層は、電気抵抗を小さくする層であり、帯電防止性に優れており、この透明導電層の各層の厚みの合計を5nm以上14nm以下の範囲で形成することとした。透明導電層の各層の厚みの合計が5nm未満であると、十分な帯電防止効果が得られないおそれがある。また、透明導電層の各層の厚みの合計が14nmを超えると、むくみが発生し、耐久性が悪化するおそれがある。
【0008】
ここで、厚みが所定値以上の場合にむくみが発生する理由を、発明者らは以下のように推論している。
透明導電層として厚い膜を形成したとしても、その膜には微小な欠陥が存在しており、その欠陥は散在している。したがって、この欠陥を通じて厚い膜の表面からレンズ基材側へ水分等が浸入する。その結果、水分等が欠陥近傍に存在することになり、レンズ全体としては不均一に水分等が浸入することになる。一方、透明導電層の各層の厚みの合計が14nm以下の場合は、膜全体が粗な状態、つまり、膜全体を通じて水分等が浸入することになる。その結果、レンズ全体に水分等が浸入し、レンズ全体としては均一な状態となる。
このむくみは、レンズ基材がプラスチック等、水分吸収によって屈折率が変化する物質の場合に主に発生する。
【0009】
このように、透明導電層を複数の層で含ませることにより、各層の厚みを薄くすることができるので、むくみの発生を防止することができる。また、透明導電層の各層の厚みを合計すると5nm以上14nm以下の厚みとなるので、帯電防止効果も十分に確保することができる。
したがって、帯電防止性および耐久性に優れた光学物品を提供することができる。
【0010】
本発明の光学物品において、前記透明導電層の各層の厚みは、3nm以上9nm以下であることが好ましい。
【0011】
透明導電層の厚みが3nm未満であると、帯電防止性の効果を得ることができない。また、透明導電層の厚みが9nmを超えると、ガスや水分の透過性が不十分となりむくみが発生し、耐久性が悪化するおそれがある。なお、透明導電層の各層の厚みのより好ましい範囲は、3.5nm以上7nm以下である。
すなわち、耐久性と帯電防止性に優れた光学物品を提供することができる。
【0012】
本発明の光学物品において、前記透明導電層は、酸化インジウムスズ(ITO)を含む材料で形成されることが好ましい。
【0013】
この発明では、透明導電層にITOを含む材料を使用するので、帯電防止効果に優れている。
【0014】
本発明の光学物品の製造方法は、前述の光学物品の製造方法であって、前記反射防止層を真空蒸着にて前記レンズ基材の表面に形成することを特徴とする。
【0015】
この発明では、前述の効果を達成することができる光学物品を真空蒸着という従来行われている方法で簡易に実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1実施形態にかかる眼鏡レンズの断面図。
【図2】第1実施形態における反射防止層の製造に用いる蒸着装置の模式図。
【図3】本発明の第2実施形態にかかる眼鏡レンズの断面図。
【図4】本実施例におけるITO膜の厚みと反射率との関係を示すグラフ。
【図5】(A)金属電極をプラスチックレンズに当接させた状態を示す断面図、(B)金属電極をプラスチックレンズに当接させた状態を示す上面図。
【図6】本実施例におけるむくみの判定方法を示す概略図。
【図7】(A)レンズ表面においてむくみのない状態を示す模式図、(B)レンズ表面においてむくみのある状態を示す模式図。
【図8】本実施例におけるITO膜の厚みとシート抵抗値との関係を示すグラフ。
【図9】本実施例における分光反射率を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、光学物品として眼鏡レンズを例示して説明するがこれに限定されるものではない。
(1.第1実施形態)
図1は第1実施形態の眼鏡レンズの断面図である。
図1において、眼鏡レンズ100は、レンズ基材110と、このレンズ基材110の表面に設けられたハードコート層120と、このハードコート層120の上に設けられた反射防止層130とを備えて構成されている。
なお、本実施形態では、ハードコート層120を省略してレンズ基材110の上に直接反射防止層130を形成するものでもよく、さらに、レンズ基材110とハードコート層120との密着性を得るために、レンズ基材110とハードコート層120との界面にプライマー層を設けてもよい。そして、反射防止層130の上には、必要に応じて撥水層や防曇性を有する層を形成するものでもよい。
【0018】
(1−1.レンズ基材)
レンズ基材110としては、特に限定されないが、(メタ)アクリル樹脂をはじめとしてスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を例示することができる。
【0019】
(1−2.ハードコート層)
ハードコート層120としては、本来の機能である耐擦傷性を向上するものであればよい。例えば、ハードコート層120に使用される材料として、メラミン系樹脂、シリコーン系樹脂、ウレタン系樹脂、アクリル系樹脂等が挙げられるが、シリコーン系樹脂を用いたハードコート層が最も好ましい。例えば、金属酸化物微粒子、シラン化合物からなるコーティング組成物を塗布し硬化させてハードコート層を設ける。このコーティング組成物にはコロイダルシリカ、および多官能性エポキシ化合物等の成分が含まれていてもよい。
金属酸化物微粒子の具体例としてはSiO2、Al23、SnO2、Sb25、Ta25、CeO2、La23、Fe23、ZnO、WO3、ZrO2、In23、TiO2等の金属酸化物からなる微粒子または2種以上の金属の金属酸化物からなる複合微粒子を、分散媒たとえば水、アルコール系もしくはその他の有機溶媒にコロイド状に分散させたものがあげられる。
このようなハードコート層120を形成する方法としては、ディッピング法、スピンナー法、スプレー法、フロー法により、ハードコート層120の組成物を塗布した後、40〜200℃の温度で数時間加熱乾燥する方法が例示できる。
【0020】
(1−3.反射防止層)
反射防止層130は、可視光領域において屈折率が1.3〜1.5である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.4である高屈折率層とを順に積層したものである。この反射防止層130は、レンズ基材110側から外側に向けて順に配置された第1層131、第2層132、第3層133、第4層134、第5層135、第6層である第1透明導電層136、第7層137、第8層である第2透明導電層138及び第9層139から構成され、このうち、第1層131、第3層133、第5層135及び第9層139が低屈折率層であり、第2層132、第4層134及び第7層137が高屈折率層である。
【0021】
反射防止層130の低屈折率層および高屈折率層である第1層131、第2層132、第3層133、第4層134、第5層135、第7層137および第9層139に使用される無機物の例としては、SiO2、SiO、ZrO2、TiO2、TiO、Ti23、Ti25、Al23、TaO2、Ta25、NbO、Nb23、NbO2、Nb25、CeO2、MgO、Y23、SnO2、MgF2、WO3などが挙げられる。これらの無機物は単独で用いるか、もしくは2種以上の混合物を用いる。例えば、第1層131、第3層133、第5層135及び第9層139をSiO2の層とし、第2層132、第4層134及び第7層137をTiO2の層とすることができる。
なお、二酸化ケイ素(SiO2)からなる低屈折率層は、可視光領域においてその屈折率nが1.40〜1.50である。また、酸化チタン(TiO2)からなる高屈折率層は、可視光領域においてその屈折率nが2.10〜2.40である。
【0022】
第6層である第1透明導電層136および第8層である第2透明導電層138に使用される材料としては、例えば、インジウム、スズ、亜鉛のうち少なくとも1種を含む無機酸化物が用いられるが、特に、酸化インジウムスズ(ITO)が好ましく用いられる。
第1透明導電層136および第2透明導電層138の厚みは、これらの2層を合わせて5nm以上14nm以下であることが好ましい。2層の合計の厚みが5nmより小さいと、帯電防止性が十分に得られない。また、2層の合計の厚みが14nmを超えると、ガスや水分の透過性が低下しむくみが発生するおそれがある。なお、2層の合計の厚みのより好ましい範囲は、10nm以上14nm以下である。
【0023】
また、第1透明導電層136および第2透明導電層138の各層の厚みは、3nm以上9nm以下であることが好ましい。各層の厚みが3nm未満であると、帯電防止性の効果を十分に得ることができない。また、各層の厚みが9nmを超えると、眼鏡レンズの表面にむくみが発生し、耐久性が悪化するおそれがある。各層の厚みのより好ましい範囲は3.5nm以上7nm以下である。
本実施形態では、第1透明導電層136の厚みを4nm、第2透明導電層138の厚みを6nmとした。
【0024】
第1透明導電層136および第2透明導電層138は、前述の高屈折率層の一部として設けられる。本実施形態では、第7層137に隣接して設けられ、第7層137の一部として反射防止性にも寄与する。そのため、第1透明導電層136および第2透明導電層138の屈折率は、1.8〜2.4であることが好ましい。
なお、第1透明導電層136および第2透明導電層138は、反射防止層130の最外層とならない位置であれば、第2層132から第8層138のどの位置に形成されてもよい。これらの位置の中でも、レンズ基材110から最も遠い高屈折率層である第7層137を挟んで第6層136および第8層138の位置に形成されることが好ましい。
【0025】
なお、本実施形態では、反射防止層130は、必ずしも9層で構成されるものに限定されるものではなく、例えば、第1層131がレンズ基材110側であり、低屈折率層と高屈折率層とが交互に配置され、最外層が低屈折率層で形成された構成であれば、他の層構成であってもよい。例えば、第1層131、第2層132、第3層133、第4層である第1透明導電層134、第5層135、第6層である第2透明導電層136及び第7層137の7層から構成するものでもよい。
【0026】
本実施形態では、低屈折率層である第1層131、第3層133、第5層135及び第9層139にSiO2、高屈折率層である第2層132、第4層134及び第7層137にTiO2、第1透明導電層136および第2透明導電層138にITOを用いた。
【0027】
反射防止層130の各層を形成するには、通常のイオンアシスト(IAD)電子ビーム蒸着装置が好適に用いられる。
図2は、本実施形態の反射防止層130の製造に用いる蒸着装置10の模式図である。
図2において、蒸着装置10は、真空容器11、排気装置20、及びガス供給装置30を備えているいわゆる電子ビーム蒸着装置である。
【0028】
真空容器11は、真空容器11内に蒸着材料がセットされた蒸発源(るつぼ)12、13の蒸着材料を加熱溶解(蒸発)する加熱手段14、レンズ基材110が載置される基材支持台15、レンズ基材110を加熱するための基材加熱用ヒーター16、フィラメント17および導入したガスをイオン化し加速してレンズ基材110に照射するイオン銃18等を備えている。また、必要に応じて真空容器11内に残留した水分を除去するためのコールドトラップや、層厚を管理するための装置等が具備される。層厚を管理する装置としては、例えば、反射型の光学膜厚計や水晶振動子膜厚計などを用いることができる。
【0029】
蒸発源12、13は、蒸着材料がセットされたるつぼであり、真空容器11の下部に配置されている。着色に用いられる金属は、予め金属酸化物やフッ化物に混ぜられている。
加熱手段14は、フィラメント17の発熱によって発生する熱電子を、図示しない電子銃により加速、偏向して、蒸発源12、13にセットされた蒸着材料に照射し蒸発させる、いわゆる電子ビーム蒸着が行われる。
【0030】
基材支持台15は、所定数のレンズ基材110を載置する支持台であり、蒸発源12、13と対向した真空容器11内の上部に配置されている。基材支持台15は、レンズ基材110に形成される反射防止層130の均一性を確保し、かつ量産性を高めるために回転機構を有することが好ましい。
【0031】
基材加熱用ヒーター16は、例えば赤外線ランプからなり、基材支持台15の上部に配置されている。基材加熱用ヒーター16は、レンズ基材110を加熱することによりレンズ基材110のガス出しあるいは水分とばしを行い、レンズ基材110の表面に形成される層の密着性を確保する。
なお、基材加熱用ヒーター16には、赤外線ランプの他に抵抗加熱ヒーター等を用いることができる。但し、レンズ基材110の材質がプラスチックの場合には、赤外線ランプを用いることが好ましい。
【0032】
排気装置20は、真空容器11内を高真空に排気する装置であり、ターボ分子ポンプ21と、真空容器11内の圧力を一定に保つ圧力調整バルブ22とを備えている。
ガス供給装置30は、Ar、N2、O2などのガスを内蔵するガス容器310と、ガスの流量を制御する流量制御装置320とを備えている。ガス容器310に内蔵されたガスは、流量制御装置320を介して真空容器11内に導入される。
圧力計50は、真空容器11内の圧力を検出する。圧力計50によって検出された圧力値に基づき、排気装置20の圧力調整バルブ22が、図示しない制御部からの制御信号により制御されて、真空容器11内の圧力が所定の圧力値に保たれる。
【0033】
前述した真空容器11内の基材支持台15に、ハードコート層120の形成されたレンズ基材110が載置され、蒸着装置10を稼動する。
ここで、第1透明導電層136および第2透明導電層138、および高屈折率層を構成する第2層132、第4層134、第7層137を形成するにあたり、その成膜条件は、電子銃の加速電圧が5〜10kV、電流値が50〜500mA、イオン銃18の電圧値が200〜1000V、電流値が100〜500mAである。
ここで、電子銃の電流値を大きくするとITO材料中の低沸点成分の蒸発割合が多くなり、ITO膜の透明性が低下する傾向がある。そこで、電子銃の電流値は、100mA以下がより好ましい。
低屈折率層を構成する第1層131、第3層133、第5層135及び第9層139を形成するためには、前述のイオンアシスト法を用いてもよいが、他の方法、例えば、タングステン等の抵抗体に通電し蒸着材料を溶融/気化する方法(いわゆる、抵抗加熱蒸着)、高エネルギーのレーザー光を蒸発させたい材料に照射する方法等を採用してもよい。
【0034】
次に製造工程について説明する。
まず、ハードコート層120を塗布したレンズ基材110(以下、レンズ基材110と記載する)を基材支持台15に装着し、基材加熱用ヒーター16で加熱処理を行い、レンズ基材110に付着した水分を蒸発させる。なお、通常のプラスチック材料の耐熱温度は100℃前後であるため、反射防止層130の形成においては、レンズ基材110の温度を80℃以下に維持する。
次に、レンズ基材110の表面にイオンクリーニングを実施する。具体的には、イオン銃18を用いて酸素イオンビームを数百eVのエネルギーでレンズ基材110の表面に照射し、レンズ基材110の表面に付着した有機物の除去を行う。この方法により、レンズ基材110の表面に形成する膜の付着力を強固なものとすることができる。なお、酸素イオンの代わりに不活性ガス、例えばアルゴン(Ar)、キセノン(Xe)、窒素(N2)を用いて同様の処理を行ってもよいし、酸素ラジカルや酸素プラズマを照射してもよい。
【0035】
そして、排気装置20により真空容器11内を十分に排気した後、反射防止層130の形成を実施する。具体的には、蒸発源12および13に、蒸着材料であるSiO2、TiO2およびITOをそれぞれの層形成時にセットし、図示しない電子銃を蒸着材料に照射することで蒸着材料を加熱蒸発させ、レンズ基材110の表面に蒸着させる。特に、TiO2およびITOを蒸着させる場合には、酸素イオンビームをイオン銃18からレンズ基材110に対して照射するイオンアシスト蒸着を行うことが好ましい。
具体的には、ITO材料として、酸化インジウム(InO2)に対して酸化スズ(SnO2)を5質量%混入させた焼結体材料を用い、この材料を真空中で電子銃により加熱蒸発させて蒸気化させ、イオン銃18により酸素イオンビームを照射しながら薄膜形成させる。
各層は、層厚を測定しながら形成され、所望の層厚になった時点で蒸着を停止する。
以上のようにして各層が形成され、反射防止層130となる。
なお、各層を形成するには、これ以外にも通常の真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング等を用いても良い。
【0036】
(1−4.第1実施形態の作用効果)
以上説明した第1実施形態によれば、次のような作用効果を得ることができる。
上記実施形態では、反射防止層130の一部に第1透明導電層136と第2透明導電層138とを設け、第1透明導電層136の厚みを4nm、第2透明導電層138の厚みを6nmとした。
したがって、第1透明導電層136と第2透明導電層138との合計の厚みが10nmであるので、帯電防止効果を十分に得ることができる。
また、第1透明導電層136と第2透明導電層138とはそれぞれ薄く形成されているので、ガスや水分の透過性にも優れ、むくみの発生を防止することができ、耐久性に優れている。
【0037】
上記実施形態では、反射防止層130の各層の形成に、真空蒸着法を用いた。特に、第1透明導電層136および第2透明導電層138を成膜する際は、イオンアシスト蒸着により成膜しているので、ITOで形成される第1透明導電層136および第2透明導電層138の酸化度が促進され、透明性を向上させることができる。
【0038】
(2.第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態について以下に説明する。
図3は第2実施形態の眼鏡レンズの断面図である。
図3において、眼鏡レンズ200は、レンズ基材210と、このレンズ基材210の表面に設けられたハードコート層220と、このハードコート層220の上に設けられた反射防止層230とを備えて構成されている。
第2実施形態では、反射防止層230の構成が第1実施形態と異なる以外は第1実施形態と同様の構成であるので、ここでは反射防止層230についてのみ詳述する。
【0039】
(2−1.反射防止層)
反射防止層230は、可視光領域において屈折率が1.3〜1.5である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.4である高屈折率層とを順に積層したものである。この反射防止層230は、レンズ基材210側から外側に向けて順に配置された第1層231、第2層232、第3層233、第4層234、第5層である第1透明導電層235、第6層236、第7層である第2透明導電層237、第8層238、第9層である第3透明導電層239及び第10層240から構成され、このうち、第1層231、第3層233、第6層236及び第10層240が低屈折率層であり、第2層232、第4層234及び第8層238が高屈折率層である。
【0040】
反射防止層230の低屈折率層および高屈折率層に使用される無機物の例としては、第1実施形態で例示したものと同じものを使用することができる。本実施形態では、例えば、第1層231、第3層233、第6層236及び第10層240をSiO2の層とし、第2層232、第4層234及び第8層238をTiO2の層とした。
なお、二酸化ケイ素(SiO2)からなる低屈折率層は、可視光領域においてその屈折率nが1.40〜1.50である。また、酸化チタン(TiO2)からなる高屈折率層は、可視光領域においてその屈折率nが2.10〜2.40であり、圧縮応力が150〜250MPaである。
【0041】
第5層である第1透明導電層235、第7層である第2透明導電層237および第9層である第3透明導電層239に使用される材料としては、例えば、インジウム、スズ、亜鉛のうち少なくとも1種を含む無機酸化物が用いられるが、特に、酸化インジウムスズ(ITO)が好ましく用いられる。
第1透明導電層235、第2透明導電層237および第3透明導電層239の厚みは、これら3層を合わせて5nm以上14nm以下となるように形成される。3層の合計の厚みが5nmより小さいと、帯電防止効果が不十分となる。また、3層の合計の厚みが14nmを超えると、むくみが発生し耐久性が低下するおそれがある。なお、3層の合計の厚みのより好ましい範囲は、10nm以上14nm以下である。
また、第1透明導電層235、第2透明導電層237および第3透明導電層239の各層の厚みは、3nm以上9nm以下であることが好ましい。各層の厚みが3nm未満であると、帯電防止性の効果を得ることができない。また、各層の厚みが9nmを超えると、眼鏡レンズの表面にむくみが発生し、耐久性が悪化するおそれがある。各層の厚みのより好ましい範囲は3.5nm以上7nm以下である。
本実施形態では、第1透明導電層235の厚みを3nm、第2透明導電層237の厚みを3.5nm、第3透明導電層239の厚みを4.5nmとした。
【0042】
第1透明導電層235、第2透明導電層237および第3透明導電層239は、反射防止層230の最外層とならない位置であれば、第2層232から第9層239のどの位置に形成されてもよい。これらの位置の中でも、レンズ基材210から最も遠い側に形成されることが好ましい。
【0043】
なお、本実施形態では、反射防止層230は、必ずしも10層で構成されるものに限定されるものではなく、例えば、第1層231がレンズ基材210側であり、低屈折率層と高屈折率層とが交互に配置され、最外層が低屈折率層で形成された構成であれば、他の層構成であってもよい。例えば、第1層231、第2層232、第3層である第1透明導電層233、第4層234、第5層である第2透明導電層235、第6層236、第7層である第3透明導電層237および第8層238の8層から構成するものでもよい。
【0044】
本実施形態では、低屈折率層である第1層231、第3層233、第6層236及び第10層240にSiO2、高屈折率層である第2層232、第4層234及び第8層238にTiO2、第1透明導電層235、第2透明導電層237および第3透明導電層239にITOを用いた。
【0045】
反射防止層230の各層を形成するには、第1実施形態と同様に、通常のイオンアシスト(IAD)電子ビーム蒸着装置が好適に用いられる。
【0046】
(2−2.第2実施形態の作用効果)
以上説明した第2実施形態によれば、第1実施形態と同様の作用効果を奏することができるとともに、さらに帯電防止効果の高い光学物品を提供することができる。
【0047】
(3.変形例)
なお、本発明を実施するための構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。
【0048】
例えば、上記実施形態においてレンズ表面の撥水撥油性能を向上させる目的で、反射防止層130または反射防止層230の上にフッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる防汚層を形成してもよい。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液を用いて有機系反射防止層上に塗布する方法を採用することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法等を用いることができる。なお、撥水処理液を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて防汚層を形成することも可能である。防汚層の層厚は、特に限定されないが、0.001〜0.5μmが好ましい。より好ましくは0.001〜0.03μmである。防汚層の層厚が薄すぎると撥水撥油効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので好ましくない。また、防汚層の厚さが0.03μmより厚くなると反射防止効果が低下するため好ましくない。
【0049】
また、反射防止層130または反射防止層230の形成方法に制限はなく、イオンアシスト蒸着法以外にも、高周波スパッタリング法、直流スパッタリング法、CVD法(化学気相成長法)イオンプレーティング法等種々の方法が採用できる。
【0050】
さらに、上記実施形態では、光学物品を眼鏡レンズとして説明したが、本発明の光学物品は眼鏡レンズ以外、例えば、カメラ用レンズ、顕微鏡レンズを始め各種光学レンズとしてもよく、あるいは、プリズム等の光学素子としてもよい。
【実施例】
【0051】
次に、本発明の実施例について説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【0052】
まず、以下の実施例および比較例に示す眼鏡用のプラスチックレンズを作製した。
ハードコート層付きレンズ基材として、セイコースーパーソブリン(セイコーエプソン(株)製)を用いた。
次に、イオンアシスト蒸着法にて反射防止層を以下のように形成した。
まず、ハードコート層付きレンズ基材をアセトンにて洗浄後、真空チャンバー内にて約70℃の加熱処理を行い、ハードコート層付きレンズ基材に付着した水分を蒸発させた。
次に、ハードコート層付きレンズ基材の表面にイオンクリーニングを実施した(実施形態参照)。
イオンクリーニング終了後、十分に真空排気を行い、電子ビームで材料を加熱蒸発させて薄膜を得る真空蒸着法によって以下の表1に示す膜厚となるように各層を成膜した。なお、低屈折率層(SiO2)および高屈折率層(TiO2)を成膜するときの成膜レートは2nm/secであり、透明導電層(ITO)を成膜するときの成膜レートは0.1nm/secであった。
各層に使用した材料は、以下の通りである。
SiO2:顆粒状のSiO2材料。
TiO2:顆粒状のTiO2材料。
ITO:酸化インジウム(InO2)に対して酸化スズ(SnO2)を5質量%混入させた焼結体材料。
なお、各層の屈折率は膜材料によって決まっており、波長500nmにおける屈折率は、SiO2は1.462、TiO2は2.431、ITOは2.1であった。
【0053】
また、ITO膜の成膜は、以下の条件にて行なった。電子銃の加速電圧を7kV、電流値を50mAとし、ITO膜の酸化を促進させるために真空容器内に毎分15ミリリットルの酸素ガスを導入し、酸素雰囲気とした。また、イオン銃へは毎分35ミリリットルの酸素ガスを導入し、電圧値を500V、電流値を250mAとして酸素イオンビームを照射した。酸素ガスとしては、合計で毎分50ミリリットルの酸素ガスが導入されたことになる。レンズ基材の温度は約60℃であった。光吸収特性を示す消衰係数は、550nmにおいて0.001であった。
【0054】
また、膜厚の測定は、光学式の膜厚計を用いて成膜時に実施した。
透明導電層(ITO膜)の場合について具体的に説明する。
ITO膜をガラス基板(白板ガラス)上に薄膜としてλ/4堆積させると、波長550nmにおける光の反射光は図4に示されるように変化する。図4は、ITO膜の厚みと反射率との関係を示すグラフである。
初期の反射率を20%とすると、ITOを堆積した場合、光学膜厚λ/4を堆積したときに反射率が最高値61.7%となる。例えば、5nm堆積したい場合は、20.74%の反射率のところで成膜を停止させればよい。また、10nm堆積したい場合は、22.9%の反射率のところで成膜を停止させる。このように、反射率のモニターを行いながら成膜を実施することにより、所望の膜厚の層を形成することができる。
他の層についても同様にして膜厚の測定を行った。
なお、光学式の膜厚計に限らず、水晶振動子膜厚計を用いて同じように測定を実施してもよい。また、スパッタ装置で成膜する場合は、成膜時間を制御することにより膜厚を調整することができる。
【0055】
【表1】

【0056】
次に、反射防止層の上にフッ素系撥水層を成膜した。
そして、真空チャンバーを大気開放し、レンズ基材を反転して前述と同じ工程で反射防止層を形成し、レンズ基材の両面に反射防止層が形成されたプラスチックレンズを作製した。
【0057】
上記実施例および比較例で作製したプラスチックレンズのシート抵抗、帯電効果およびむくみの有無を以下の方法で測定した。
(シート抵抗の測定方法)
図5(A)および(B)に示す金属電極を用いてシート抵抗を測定する。図5(A)は金属電極をプラスチックレンズに当接させた状態を示す断面図、図5(B)は金属電極をプラスチックレンズに当接させた状態を示す上面図である。
図5(A)および(B)に示すように、プラスチックレンズ1の凸面1Aに金属電極61を当接させ、電極間に1kVの電圧を印加し、このときのシート抵抗値を計測した。
【0058】
(帯電効果の判定方法)
プラスチックレンズの表面上で、眼鏡レンズ用拭き布を1kgの垂直荷重にて10往復こすりつけ、このときに発生した静電気によるごみの付着の有無を調べた。ごみの付着がない場合は帯電効果に優れ、ごみの付着がある場合は帯電効果が劣っている。
【0059】
(むくみの判定方法)
プラスチックレンズの表面または裏面の表面反射光を観察する。具体的には、図6に示すように、プラスチックレンズ1の凸面1Aにおける蛍光灯71の反射光を観察し、図7(A)に示すように反射光72の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「むくみ無し」と判定し、図7(B)示すように反射光73の像の輪郭がぼやけているまたはかすれて観察できるときは「むくみ有り」と判定する。
これらの測定結果を以下の表2および図8に示す。なお、図8における横軸ITOの厚みは、各層の厚みを表している。
【0060】
【表2】

【0061】
表2および図8からわかるように、ITO層が2層である実施例1から4では、比較例1および2よりもシート抵抗値が低く、ごみの付着がないことから、帯電防止性にも優れている。また、ITO層の各層の厚みが薄いので、むくみが発生していない。
また、ITO層が3層である実施例5および6では、比較例1および2よりもシート抵抗値が低く、帯電防止性に優れている。また、ITO層の各層の厚みが薄いので、むくみも発生していない。
一方、比較例8ではITO層の合計膜厚および各層の厚みが大きいため、むくみが発生し、耐久性が劣っている。
【0062】
また、実施例2、6および比較例3で作製したプラスチックレンズの光学特性に変化がないことを確認するために、一般に使用されている分光光度計を用いて各プラスチックレンズの反射率を測定した(図9)。
図9からわかるように、実施例2、6および比較例3を比較しても、反射率に関して大きな差はなく、光学特性に問題ないことを確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、眼鏡レンズに利用できる他、カメラ用レンズを始め各種光学レンズ等に利用することができる。
【符号の説明】
【0064】
110…レンズ基材、120…ハードコート層、130…反射防止層、131…第1層(低屈折率層)、132…第2層(高屈折率層)、133…第3層(低屈折率層)、134…第4層(高屈折率層)、135…第5層(低屈折率層)、136…第1透明導電層(第6層)、137…第7層(高屈折率層)、138…第2透明導電層(第8層)、139…第9層(低屈折率層)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ基材の表面に低屈折率層と高屈折率層とが交互に積層されてなる反射防止層を備えた光学物品であって、
前記反射防止層は、透明導電層を少なくとも2層有し、
前記透明導電層の合計の厚みが5nm以上14nm以下であることを特徴とする光学物品。
【請求項2】
請求項1に記載の光学物品において、
前記透明導電層の各層の厚みは、3nm以上9nm以下であることを特徴とする光学物品。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の光学物品において、
前記透明導電層は、酸化インジウムスズ(ITO)を含む材料で形成されることを特徴とする光学物品。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載された光学物品の製造方法であって、
前記反射防止層を真空蒸着にて前記レンズ基材の表面に形成することを特徴とする光学物品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−72635(P2010−72635A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−184220(P2009−184220)
【出願日】平成21年8月7日(2009.8.7)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】