説明

分子検出素子及びシステム

【課題】絶縁体層への吸着分子の比較的弱い相互作用(物理吸着)と誘電性を検出する機能を利用することにより、脱離性や繰り返し性を向上させることと、検体ガスの種類とその濃度を同時的に検出する事を可能にする。
【解決手段】本発明は、金属層、絶縁体層、半導体層より構成されるMISキャパシタ構造、或いは該MISキャパシタ構造を含む電界効果トランジスタFETを利用する。絶縁体層は、多数の貫通型細孔を設けた電気的に不活性な材質製の基板に分子吸着性絶縁層を塗膜して形成する。絶縁体層の一方の側に半導体層を、かつ他方の側に金属層を形成すると共に、貫通型細孔を通して検出すべきガス或いは液体が通過できるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属層、絶縁体層、半導体層より構成されるMISキャパシタ素子、或いは該MISキャパシタ構造を含む電界効果トランジスタFETを利用した分子検出素子、及び該素子を含む検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
有機半導体とは、半導体の特性を示す有機材料のことである。有機半導体は溶液プロセスで薄膜形成が可能であること、また有機半導体は有機溶媒の気化物等の分子吸着によりその電気伝導性を変調させること等から、或いは多様な基板材料、例えばプラスチックフィルムや多孔質ガラス,紙といった基板素材を選ばずに、尚且つ室温プロセスで成膜出来る等といった特徴を有することから、安価なガスセンサや液体センサなどの分子検出素子への応用が提案されている。有機トランジスタの分子センシング機能は公知である(非特許文献1参照)。
【0003】
従来技術は、半導体層への極性分子の吸着による効果(ドープ効果)を利用して、有機半導体層への導電度を変調させることで機能させている。有機半導体層へのドープ効果は、強い相互作用(化学的反応)のため、吸着した分子の脱離性や繰り返し性に問題があると同時に、吸着した分子の種類や濃度を明瞭に分析することが難しい。
【非特許文献1】U. Lange, N.V. Roznyatovskaya, V.M. Mirsky, Anal. Chim. Acta 614 (2008) 1-26. (特にsection 4.4 Organic transistors and diodes as transducers)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
有機半導体はガス状分子の化学的吸着により電導性変動の応答を示すが、半導体層への直接的な化学的吸着であるために選択性や再現性、応答性に問題がある。
【0005】
本発明は、トランジスタの駆動原理であるMISキャパシタ構造体の絶縁体層の電荷容量が半導体層にかかる電圧を変調させる機能に着目し、絶縁体層に分子吸着性を有する材料を導入することで、半導体層にかかる電圧を変調させる点にある。即ち、本発明は、絶縁体層への吸着分子の比較的弱い相互作用(物理吸着)を利用することにより、脱離性や繰り返し性を向上させ、同時に吸着した分子の種類とその濃度を検出することを目的としている。
【0006】
本発明は、さらに有機半導体や吸着層を溶液から成膜する手法を用いて形成できる素子形成プロセスを提供する。即ち溶液や真空蒸着法などから半導体薄膜層を形成できる有機あるいは化合物半導体の薄膜形成プロセスを用い、様々な分子吸着性を有する材料、特に高分子薄膜などを、同様に溶液からの薄膜形成プロセスで成膜した分子吸着性絶縁層の上部または下部に、この半導体薄膜層を形成する。このプロセスで、半導体層と分子吸着性絶縁層を積層した構造体を、貫通性ホールで形成されたフィルタ内に形成する手法を提供する。当該手法により、分子吸着をセンシングする機能を有するMISキャパシタやトランジスタを当該フィルタに埋め込むことができ、検体となる溶液或いはガスと吸着層が接する面積を飛躍的に向上させ、検出感度と応答性を高めることが可能となる。さらに、検体は、フィルタを通過させるだけで良いことから、対象となる分子検出のスループットは飛躍的に高まり、効率的な検出を行う構造となる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の分子検出素子は、金属もしくは高電導状態の有機半導体からなる金属層、絶縁体層、半導体層もしくは高電導状態の半導体層より構成されるMISキャパシタ構造、或いは該MISキャパシタ構造を含む電界効果トランジスタFETを利用する。絶縁体層は、多数の貫通型細孔を設けた基板に分子吸着性絶縁層を塗膜して形成する。絶縁体層の一方の側に半導体層を、かつ他方の側に金属層を形成すると共に、貫通型細孔を通して検出すべきガス或いは液体が通過できるように構成する。
【0008】
また、本発明の分子検出システムは、分子吸着性絶縁層として異なる吸着性能を有したMIS構造を有する複数の素子を、同一或いは複数のフィルタ内に装着することで、個々の素子の分子吸着応答から検体分子を検出する。
【0009】
分子吸着性絶縁層が分子吸着して、電気二重層形成により絶縁体層容量が増加することによって流れるキャパシタでの充電電流或いは放電電流の変化を検出することにより分子吸着を検出する。或いは、電界効果トランジスタFETにおいては、分子吸着性絶縁層への分子の吸着により絶縁体層の誘電率が変化することで、分子吸着性絶縁層を介してゲート電極に対向する半導体層部分がコンダクタンス変調を受けて変化する電流或いは電位を検出することにより分子吸着を検出する。ここで絶縁体層容量は電気二重層形成に帰属されるので、絶縁層で接続される金属層と絶縁体層の距離(フィルタ膜厚)は、厳密な調整を必要としない。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、分子センシングは吸着した分子の物理的特性(分子双極子モーメント)に依存することから、応答性と繰り返し安定性が高まると共に、検出される分子の濃度と種類の特定が同時的に可能となる(実施例参照)。MISキャパシタの分子吸着層を貫通型細孔で構成されるフィルタの細孔内部に形成することで、液体やガスなどの検体と吸着層が接する面積を飛躍的に向上させた素子構造を構成することができる。その結果、検出感度と検出の応答性を高めることができる。更に、検体をフィルタに貫通させるだけで検出機能が発現することから、調査すべき検体の体積を飛躍的に増加させることが可能で、結果として検出性能のスループットを大きく向上させることが可能となる。
【0011】
こうしたフィルタ埋めこみ型の検出系は例えば、空港や飛行機、自動車などのエアーフィルタとして常設することにより、常時運転手のアルコール検出や、特定分子識別性の向上した分子吸着層を導入すれば、空港などでのアルコールや爆発性物質、麻薬などの常時検出系などへの幅広い応用が提案される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、例示に基づき本発明を説明する。図1及び図2は、本発明の第1の例の分子検出素子を具体化するデプレッション型のMISキャパシタ構造を示し、図1は絶縁体層の分子吸着前の状態を、また、図2は分子吸着後の状態をそれぞれ示している。例示のMISキャパシタ構造は、図1(A)の下方から、金属もしくは高電導状態の有機半導体からなる金属(Metal)層(ゲート)、分子吸着性を有する絶縁体(Insulator)層、電圧印加によりキャリア数の変動が生じる(有機)半導体(Semiconductor)層もしくは高電導状態の有機半導体層より構成される。この半導体層には金属電極(ソース)が付加されている。ここで、半導体層は溶液からのキャスト法や蒸着法により様々な基板材上に薄膜状に形成出来ることから、フィルタの表層に半導体層を容易に形成することができる。
【0013】
図1(B)は、MISキャパシタ両側に位置する金属層(ゲート)と金属電極(ソース)の間に、ゲート電圧Vgを印加したときの膜厚み方向(x)における電位分布を示す図である。ゲート電圧Vg=半導体層にかかる電圧Vs+絶縁体層にかかる電圧Viである。
【0014】
Vg=Vs+Vi、Vi=Q/Ci (Q:電荷量、Ci:絶縁体層容量)
デプレッション型の半導体層は、高電導半導体であるので、多くの電荷が溜まった状態になっている。今デプレッション型のMISキャパシタに電荷を放電する極性の電位をかける。分子が吸着していない絶縁体層の誘電性は低い為、絶縁体層容量Ciは小さく、殆どの電圧は絶縁体層にかかり、高電導半導体の電荷は溜まった状態が形成され、絶縁体層容量Ciに変化が無ければ充放電電流は0である。即ち、図1(B)に示すように、半導体層/絶縁体層界面の電位は、半導体層の電荷注入の閾電位Vtよりも小さい状態にある。
【0015】
図2(A)、(B)は、分子吸着後の状態を示している。絶縁体層が分子を吸着することによって、電極或いは半導体層との接合部分で電気二重層が形成され効率的に絶縁体層容量Ciが増加する(詳細は、図5を参照して後述する)。これによって、絶縁体層に掛かる電圧Viは急速に小さくなり、図2(B)に示すように、半導体層にかかる電圧Vsが、半導体層へのキャリア注入を保持するのに必要な閾電圧Vtよりも大きくなり、半導体層はキャリアを維持しきれなくなり放電が生じ、放電方向の電流(Ig)が発生する。これは、後述のエンハンスメント型のキャパシタでの充電電流Ig(図8参照)とは逆方向の、符号が反転した電流として検出される。絶縁体層容量Ciの変動により検出される充電電流Igの極性は、半導体の主キャリアの極性で決まる、半導体層にキャリアが形成される電位帯と、半導体層からキャリアが排除される電位帯の位置関係と、半導体層の主キャリアの濃度により、閾電位が現われる極性で決定される。すなわち、低濃度なキャリアを有する半導体層であれば、閾電位はマイナスになり、素子はエンハンスメント型として駆動させ、一方高濃度のキャリアを有する半導体層であれば、閾電位はプラスになり、素子はデプレッション型として駆動させ、当該Ciの変動により検出されるIgの極性は、エンハンスメント型ではキャリア注入による充電電流として検出され、デプレッション型ではキャリア放出による放電電流として検出される。
【0016】
図3及び図4は、本発明の第2の例の分子検出素子を具体化するデプレッション型の電界効果トランジスタ(FET)を示し、図3は絶縁体層の分子吸着前の状態を、また、図4は分子吸着後の状態をそれぞれ示している。例示の電界効果トランジスタ(FET)は、図の下方から、金属もしくは高電導状態の有機半導体からなる金属(Metal)層(ゲート電極)、分子吸着性を有する絶縁体(Insulator)層、電圧印加によりキャリア数の変動が生じる半導体(Semiconductor)層より構成される。即ち、このFETは、図1及び図2を参照して説明した上述のMISキャパシタ構造を含んでいる。図示のように、ドレイン、ソースを除く半導体層の中央部のみに絶縁体層が接するように配置されている。
【0017】
デプレッション型として機能させる高電導半導体は、それ自体を電極として使用可能であるので、半導体層の上に間隔を開けて形成したソースS、ドレインDに電圧Vdを印加する。また、ゲートGとソースS間に、ゲート電圧Vgを印加する。
【0018】
図3(B)は、横軸にゲート電圧Vgを、縦軸にドレイン電流Iの√をそれぞれ示している。FETの伝達特性曲線の傾きは、絶縁体容量Ciの√に比例する。FETの伝達特性を示す√I−Vg特性曲線は半導体工学によれば下記の如き表式で表現される。即ち
√I=√(CiW/L) × (Vg−Vt)
従って、√I−Vg特性曲線の傾きは正確にはCiと共に、素子形状を示すW/L比の√に比例するが、簡単にはCiの大きさは√I−Vg特性曲線の傾きを与えると考えてよい。またVtもCiの大きさに連動して、その絶対値を減少させる。
【0019】
さて図3(B)中に点線で示すように、所定のゲート電圧Vgを印加した際には、所定のドレイン電流Idが流れる。図4(A)、(B)に示すように、絶縁体層が分子吸着することによって、絶縁体層容量Ciが増加する(詳細は、図5を参照して後述する)。分子吸着による絶縁体容量Ciの上昇は伝達特性曲線の傾きを上げ、同時に閾電圧Vtの低下を誘起する。即ち、図4(B)に示すように、√I−Vg特性曲線は原点側にシフトし、閾電圧Vtは減少する。この結果、絶縁体層と接合する高電導半導体層の中央部分のみが、ゲート電圧Vgによるコンダクタンス変調を受けることにより、半導体層のコンダクタンスは減少して、ドレイン電流Idが減少する。絶縁体層と接合しないソースS、ドレインD領域は、コンダクタンス変調を受けること無く、高導電状態のまま電極として機能し続ける。
【0020】
図5は、絶縁体層の詳細を説明する図である。図示のように、デプレッション型FETに組み込んだ絶縁体層を例として説明するが、この絶縁体層は、上述したデプレッション型のMISキャパシタとか、後述するエンハンスメント型のMISキャパシタ或いはFETにも同様に用いられるものである。さらに、図5において、このデプレッション型FETを、エアーフィルタに適用した場合を例として説明する。このフィルタは、単純に穴の孔径が揃った細孔貫通型のものであり、微粒子をせき止め、液体やガス中のダストを排除するよう機能する。本発明の分子検出素子は、このようなフィルタに容易に組み込むことができる。
【0021】
図5(A)に示すように、多数の貫通型細孔を設けた電気的に不活性な材質、例えばアルミナ(Al2O3)製の基板(例えば、フィルタ)の一方の側に所定幅の高電導半導体層を、かつ他方の側にゲート電極となる所定幅の金属層を、互いに直交するように形成する。このゲート電極層と高電導半導体層が交差したところがFET(或いはMISキャパシタ)として動作する部位となる。高電導半導体層は、電導変調を受ける半導体層中央部と、その両側のソース、ドレイン領域とから成る。
【0022】
図5(B)は、図5(A)中に示すX−X’ラインで切断した断面図である。ゲート電極層と高電導半導体層が、上面から見て交差したところが、FET(或いはMISキャパシタ)として動作する部位(以下、「電極交差部」ということがある)となる。ゲート電極層及び高電導半導体層が形成される前に、基板には、その上下両面及び細孔側壁に、分子吸着性絶縁層が塗膜されている。この図の基板上部の高電導半導体層と分子吸着性絶縁層の上下関係は、これが入れ代わっても差し支えない。この分子吸着性絶縁層は、基板の少なくとも電極交差部分において塗膜されていれば十分であるが、基板(フィルタ)の全面及び全細孔に対して塗膜しても問題ない。また、少なくとも電極交差部において、基板細孔を通るガス或いは液体が、ゲート電極層及び高電導半導体層に塞がれると応答性の鈍化が生じるので、ゲート電極層及び高電導半導体層にも穴を空けた方が好ましい。また、図1に例示したように、半導体層の上に金属電極を備える場合は、この金属電極にもガス或いは液体が通り抜ける穴を開ける方が好ましい。
【0023】
分子吸着性絶縁層を介して、ゲート電極に対抗する高電導半導体層部分(半導体層中央部)が、上述のように、コンダクタンス変調を受ける。分子吸着性絶縁層への分子の吸着により絶縁体層の誘電率が変化することで、半導体層にかかるゲート電圧Vgが変化し、半導体層中のキャリア数が変化する。この現象により観測される注入電流、或いは半導体層の電導電流、或いはFETにおける閾電位の変化をもって分子吸着を検出することができる。この変調を受ける部分の両側の高電導半導体層は、ソース、ドレイン電極として機能する。これら各電極の引き出しは、基板を収納する例えば図6(b)に示すようなフィルタハウジング等で、フィルタを固定するO-リング等に取り出し電極を密着させるなどの手法により外部に取り出す。この様な経路で図5(B)の如き外部回路との接続により、MISキャパシタではゲート電流IgをMISキャパシタの充放電電流として、FETではソース・ドレイン電圧Vdにより観測される電流Idを電導電流として観測することで、分子吸着を検出する。またFETにおいて微小なドレイン電流Idが流れ始めるゲート電位をモニタしながら、閾電位Vtの変動で分子吸着を観測することもできる。
【0024】
図6は、図5に例示したFETの製造方法を例示する図である。まず、素子を形成するフィルタの電極交差部となるべき位置に、溶媒に溶解させた分子吸着層(絶縁体層)材料溶液を滴下する。分子吸着層として、例えば、図示のように、ポリビニルフェノール(PVP)を、基板(フィルタ)上の所定箇所(電極交差部)に塗膜する。基板材質は、例えばアルミナ(Al2O3)のような、電気的に不活性であれば、任意の材質を使用可能である。分子吸着層としては、ポリビニルフェノール以外にも、ポリビニルピロリドン、ポリ塩化ビフェニル、ポリビニルアルコール、ポリメタクリル酸メチル等の絶縁性ポリマー、又はこの様な絶縁性ポリマーにクラウンエーテルなど分子認識機能を有する分子を分散含有させたり表面吸着させたポリマー、又はナフィオン、フレミオンなどのイオン導電性ポリマー、又はシリコン酸化膜や酸化チタンなどの分子吸着性酸化物、又はこれら酸化膜表面にシリル化などの手法により固定化された分子認識部位を有する絶縁体層などを用いることができる。
【0025】
このような分子吸着層は、例えば、溶液からのキャスト法(固体物を溶解させた溶液を基板上に滴下し、乾燥させることで固体物の膜を形成する方法)、溶融法(固体物の温度を上げて液体状にし、この液体を基板上に滴下することで膜を形成する方法)、昇華法(固体物の温度を上げて気化させ、冷たい基板上に気化した固体物を再び固化させることで膜を形成する方法)、蒸着法(昇華法において、成膜環境を真空下におき、減圧による昇華物の融点を低下させて固体物を真空昇華させ、目的の基板上に成膜する方法)等により基板表面及び細孔側壁に塗膜することができる。
【0026】
分子吸着層材料溶液を滴下した基板は、(b)に示すように、フィルタホルダに装着して溶液をフィルタ細孔内部に貫通させる。この結果、ガス吸着絶縁体層がフィルタの電極交差部のフィルタ細孔の内壁に形成されることになる。
(c)は電極交差部にガス吸着絶縁体層を塗膜した基板を示している。次に、(d)に示すように、基板の一方の側に、所定幅(例えば、2mm)の高電導半導体層を、例えば、スピンコート法により成膜させる。また、上述した分子吸着層の塗膜方法は、半導体層の塗膜に対しても用いることができる。
【0027】
半導体材質としては、いかなる半導体材質も使用可能であるが、貫通型細孔を設けた基板上に容易に塗膜することのできる有機半導体が望ましい。高電導半導体材質の一例は、導電性高分子ポリマー(3,4−エチレンジオキシチオフェン)有機半導体(PEDOT)と、添加導電助剤(ドーパント)としての導電性高分子ポリマー(ポリスチレンスルホン酸)(PSS)のコンポジット(混合体)(PEDOT/PSS)であり、さらに、このコンポジットに、エチレングリコール(ethylene glycol)(添加剤)を20%と、ドデシルベンゼンスルホン酸(dodecylbenzenesulfonic acid)(添加導電助剤)を0.1%添加する。
【0028】
次に、(e)に示すように、基板の反対面に、例えば、所定幅(例えば、2mm)のAu(金属層)を真空蒸着法により成膜させる。この手法で形成された金属層は高々数10nm程度の厚みであり、基板フィルタの孔径である数100nmから数μmを塞ぐほどの膜厚には成長させる必要はない。この金属層の成膜過程で、孔内の内側へもある程度の金属層は形成するが、表面からの深度と共に金属層の膜厚は極端に減少し、直ちに絶縁化するため、金属層は孔を貫通することはない。一方金属層はフィルタの孔以外の表層部で互いに電導的な接続を形成する厚みで成膜することで、フィルタのエッジ部まで電極の拡張を形成する。以上の過程から、上記の成膜手法により、図5(B)の断面に示す如き下部電極層を容易に形成することが出来る。この様な過程で完成した構成は、図3及び図4に例示のデプレッション型FETに相当する。
【0029】
図7及び図8は、本発明の第3の例の分子検出素子を具体化するエンハンスメント型のMISキャパシタ構造を示し、図7は絶縁体層の分子吸着前の状態を、また、図8は分子吸着後の状態をそれぞれ示している。例示のMISキャパシタ構造は、図の下方から、金属もしくは高電導状態の有機半導体からなる金属(Metal)層、分子吸着性を有する絶縁体(Insulator)層、電圧印加によりキャリア数の変動が生じる半導体(Semiconductor)層より構成される。この半導体層には金属電極が付加されている。
【0030】
図7(B)は、MISキャパシタ構造の上下両側に位置する金属層と金属電極の間に、ゲート電圧Vgを印加したときの膜厚み方向(x)における電位分布を示す図である。ここでゲート電圧Vg=半導体層にかかる電圧Vs+絶縁体層にかかる電圧Viが成り立つ。このときVsは、半導体層へのキャリア注入に必要な電圧よりも小さくて、電流Igは流れないようにエンハンスメント型に構成されている。
【0031】
図8(A)、(B)は、分子吸着後の状態を示している。絶縁体層が分子吸着することによって電気二重層が形成され、絶縁体層容量Ciが増加する。これによって、絶縁体層にかかる電圧Vi(=Q/Ci)は小さくなり、図8(B)に示すように、半導体層にかかる電圧Vsが、半導体層へのキャリア注入に必要な電圧よりも大きくなり、エンハンスメント型のMISキャパシタへ充電電流Igが検出される。ここではVgとして図8(B)に示す様に負の電圧を印加しているため、正の充電電流Igが検出されることとなる。
【0032】
図9及び図10は、本発明の第4の例の分子検出素子を具体化するエンハンスメント型の電界効果トランジスタ(FET)を示し、図9は絶縁体層の分子吸着前の状態を、また、図10は分子吸着後の状態をそれぞれ示している。例示の電界効果トランジスタ(FET)は、図の下方から、金属もしくは高電導状態の有機半導体からなる金属(Metal)層(ゲート電極)、分子吸着性を有する絶縁体(Insulator)層、電圧印加によりキャリア数の変動が生じる半導体(Semiconductor)層より構成される。即ち、このFETは、上述のMISキャパシタ構造を含んでいる。エンハンスメント型として機能させる半導体層の上には、間隔を開けて2つの金属電極(ソース、ドレイン)が形成される。ソースS、ドレインDに電圧Vdを印加し、また、ゲートGとソースS間に、ゲート電圧Vgを印加する。
【0033】
図9(B)は、横軸にゲート電圧Vgを、縦軸にドレイン電流Iの√をそれぞれ示す√I−Vg特性曲線を示している。図示のように、ゲート電圧を増加させることにより、ドレイン電流が流れるが、図中点線で示す値のゲート電圧Vgでは、ドレイン電流が流れない状態であり、これをもって上記エンハンスメント型として検出準備を形成する。
【0034】
図10(A)、(B)は、分子吸着により、ドレイン電流Idが上昇した状態を示している。絶縁体層へ分子が吸着することによって、絶縁体層容量Ciが増加する。絶縁体層容量Ciの上昇はFET伝達特性の傾きの上昇と閾電圧Vtの低下を誘起する。即ち、絶縁体層容量Ciの増加により閾電圧の絶対値は低下し、√I−Vg特性曲線は原点側にシフトする。その結果、半導体層は、ゲート電圧Vgによるコンダクタンス変調を受けることにより、半導体層のコンダクタンスは上昇して、ドレイン電流Idが検出される。
【0035】
さらに、上述した例のいずれかのMISキャパシタ構造或いは電界効果トランジスタを複数素子用い、かつ、この複数素子のそれぞれに、互いに異なる吸着性能を有した分子吸着性絶縁層を用いる。このような複数の素子を、同一或いは複数のフィルタ内に装着することで、個々の素子の分子吸着応答から検体分子を検出することが可能となる。
【実施例】
【0036】
図11は、ドレイン電流Idの時間変化を示すグラフである。このグラフは、図3を参照して上述したデプレッション型FETを用い、ドレインDとソースS間の電圧Vdとして、−1[V]、ゲートGとソースS間のゲート電圧Vgとして、5[V]を印加し、メタノールで飽和された空気(以降、この空気をアルコールガスと称す)をt=100sec時点で10cc注入したときに測定したドレイン電流Idの時間変化を示している。デプレッション型ではガス吸着が生じていない状態では半導体層は高電導状態にあるので、分子吸着の生じていない通常の状態で95μA程度の大きな電導電流が常時流れている。アルコールガスの注入により、アルコール分子が吸着し絶縁体容量Ciは上昇して、印加したゲート電圧Vgのうち高電導半導体層にかかる電圧VsはVt以上に押し上げられ、半導体層からのキャリアの流出が始まり、半導体層の電導性は急速に低下し、Iminの状態に至る。それ以降は、アルコール分子の誘電緩和と部分的には既にアルコール分子の離脱が始まり、ドレイン電流Idは急速に回復し始める。
【0037】
図12は、アルコールガスの種類によるId減少率の比較を示すグラフである。このグラフは、デプレッション型FETを用い、ドレインDとソースS間の電圧Vdとして、−1[V]、ゲートGとソースS間のゲート電圧Vgとして、5[V]を印加し、各種アルコールガスをt=100sec時点で10cc注入したときに測定したドレイン電流Idの減少率を示している。アルコールガスを注入する直前の電導電流を100%とした場合の、アルコールガスの暴露によるドレイン電流Idの減少の割合いを、ガス検出の指数とする。このグラフから、注入されたガス内のアルコールの分子量に相関して、ピークの到達時間とピークの強度(減少率の大きさ)が変動することが示されている。即ち、当該素子はアルコールの種類を検出する事を示している。
【0038】
図13は、ドレイン電流Idが最少となるピーク到達の時間を示すグラフである。このグラフは、デプレッション型FETを用い、ドレインDとソースS間の電圧Vdとして、−1[V]、ゲートGとソースS間のゲート電圧Vgとして、5[V]を印加し、各種アルコールガスをt=100sec時点で10cc注入したときに測定したドレイン電流Id減少ピーク到達時間を示している。このグラフから、注入されたガス中のアルコールの分子量に相関して、ピークの到達時間は遅くなっている。即ちアルコールはそれを構成するカーボン数、或いは分子サイズの上昇に伴い、誘電率が減少し緩和時間も長くなることを利用して、相対的なドレイン電流Id減少ピークの到達時間の違いが発現し、この現象により吸着したアルコール分子の種類を検出することが可能となる。
【0039】
図14は、上述と同一の条件で測定した、メタノール飽和ガスを空気で希釈した、メタノールガスの濃度依存性を示すグラフであり、(A)は、メタノールガスの注入によりドレイン電流Idが減少し、最大減少に到達した後、徐々にドレイン電流Idが回復する過程が、注入するメタノールガスの希釈した濃度により異なる応答を示すことがわかる。ここでメタノールの希釈ガスはt=100 sで注入した。(B)は、応答時間と応答強度のメタノールガスの濃度依存性を示している。メタノールガスの濃度の極端な希釈化に伴い、検出されるドレイン電流Idの極小化の強度(減少率)は低下するが、1/100の希釈下でも明瞭なId減少ピークが観測されている。一方、ガスの希釈化に伴い、ピークの発生時間帯は倍程度の変動を示すが、図14(A)に示す様に基本的なIdの応答特性は保管されている。即ち、Id減少ピークの到達時間は基本的にガスの種類に依存する一方で、Id減少の強度はガス濃度に依存した応答を示すことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の第1の例の分子検出素子を具体化するデプレッション型のMISキャパシタ構造の絶縁体層の分子吸着前の状態を示す図である。
【図2】本発明の第1の例の分子検出素子の分子吸着後の状態を示す図である。
【図3】本発明の第2の例の分子検出素子を具体化するデプレッション型の電界効果トランジスタ(FET)の絶縁体層の分子吸着前の状態を示す図である。
【図4】本発明の第2の例の分子検出素子の分子吸着後の状態を示す図である。
【図5】絶縁体層の詳細を説明する図である。
【図6】図5に例示したFETの製造方法を例示する図である。
【図7】本発明の第3の例の分子検出素子を具体化するエンハンスメント型のMISキャパシタ構造の絶縁体層の分子吸着前の状態を示す図である。
【図8】本発明の第3の例の分子検出素子の分子吸着後の状態を示す図である。
【図9】本発明の第4の例の分子検出素子を具体化するエンハンスメント型の電界効果トランジスタ(FET)の絶縁体層の分子吸着前の状態を示す図である。
【図10】本発明の第4の例の分子検出素子の分子吸着後の状態を示す図である。
【図11】デプレッション型FET検出素子にメタノール飽和アルコールガス10ccをフローした際にドレイン電流Idの時間変化を示すグラフである。
【図12】図11の素子に対し、異なるアルコールガスを10ccフローさせた場合におけるId減少率の比較を示すグラフである。
【図13】図12の結果について、フローしたアルコールガスの種類によるIdの減少ピークの到達時間の違いを示すグラフである。
【図14】同デプレッション型FET検出素子に様々な濃度に希釈したメタノールガスを10mLフローさせた場合に検出されるId減少の時間応答(A)と、メタノールガス濃度に対するId減少の減少率と到達時間の違い(B)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属もしくは高電導状態の有機半導体からなる金属層、絶縁体層、半導体層より構成されるMISキャパシタ構造、或いは該MISキャパシタ構造を含む電界効果トランジスタFETを利用した分子検出素子において、
前記絶縁体層は、貫通型細孔を設けた基板に分子吸着性絶縁層を塗膜し、前記絶縁体層の一方の側に半導体層を、かつ他方の側に金属層を形成すると共に、前記貫通型細孔を通して検出すべきガス或いは液体が通過できるように構成したことから成る分子検出素子。
【請求項2】
前記分子吸着性絶縁層が分子吸着して、吸着分子の誘電的作用により絶縁体層容量が変動することによって流れるキャパシタでの充電電流或いは放電電流の変化を検出することにより分子吸着を検出する請求項1に記載の分子検出素子。
【請求項3】
前記電界効果トランジスタFETにおいては、分子吸着性絶縁層への分子の吸着により絶縁体層の誘電率が変化することで、分子吸着性絶縁層を介してゲート電極に対抗する半導体層部分がコンダクタンス変調を受けて変化する電流或いは電位を検出することにより分子吸着の種類とその濃度を検出する請求項1に記載の分子検出素子。
【請求項4】
前記半導体層上には、間隔を開けてソース電極及びドレイン電極の2つの金属電極を形成して、この半導体層がゲート電圧によるコンダクタンス変調を受ける請求項3に記載の分子検出素子。
【請求項5】
前記半導体は高電導半導体であり、両側に位置するドレイン領域及びソース領域を除く半導体層の中央部のみにゲート電極が対向するように配置して、この半導体層の中央部分がゲート電圧によるコンダクタンス変調を受ける一方、前記ゲート電極に対向しないドレイン領域及びソース領域はコンダクタンス変調を受けること無く、高導電状態のまま電極として機能し続ける請求項3に記載の分子検出素子。
【請求項6】
前記基板は、微粒子をせき止め、或いは液体やガス中のダストを排除するよう機能するフィルタであり、このフィルタに前記MISキャパシタ構造を組み込んだ請求項1に記載の分子検出素子。
【請求項7】
前記分子吸着性絶縁層としては、ポリビニルフェノール、ポリビニルピロリドン、ポリ塩化ビフェニル、ポリビニルアルコール、ポリメタクリル酸メチルを含む絶縁性ポリマー、又はこの絶縁性ポリマーにクラウンエーテルを含む分子認識機能を有する分子を分散含有させたり表面吸着させたポリマー、又はナフィオン、フレミオンを含むイオン導電性ポリマー、又はシリコン酸化膜や酸化チタンを含む分子吸着性酸化物、又はこれら酸化膜表面に固定化された分子認識部位を有する絶縁体を用いる請求項1に記載の分子検出素子。
【請求項8】
前記半導体層或いは前記分子吸着性絶縁層は、溶液からのキャスト法、溶融法、或いは昇華法により基板表面及び細孔側壁に塗膜する請求項1に記載の分子検出素子。
【請求項9】
金属もしくは高電導状態の有機半導体からなる金属層、絶縁体層、半導体層より構成されるMISキャパシタ構造、或いは該MISキャパシタ構造を含む電界効果トランジスタFETを利用した分子検出システムにおいて、前記MISキャパシタ構造、或いは前記電界効果トランジスタFETを複数素子用い、前記複数素子のそれぞれにおいて、前記絶縁体層は、貫通型細孔を設けた基板に互いに異なる吸着性能を有した分子吸着性絶縁層を塗膜し、前記絶縁体層の一方の側に半導体層を、かつ他方の側に金属層を形成すると共に、前記貫通型細孔を通して検出すべきガス或いは液体が通過できるように構成し、前記複数素子を、同一或いは複数のフィルタ内に装着することで、個々の素子の分子吸着応答から検体分子を検出することから成る分子検出システム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−151719(P2010−151719A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−332025(P2008−332025)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年9月3日 第69回応用物理学会学術講演会(講演予稿集 第3分冊 3p−T−6 P1149、平成20年9月2日発行)に発表
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】