説明

多波長同時吸収分光装置および多波長同時吸収分光方法

【課題】物質固有の減衰係数による影響を軽減して計測精度を向上させた多波長同時吸収分光装置を提供する。
【解決手段】キャリアエンベロープオフセット(CEO)ロックされた光周波数コム光源から出力されるレーザ光を2つのレーザ光へ分岐する分岐部(120)と、分岐されたレーザ光のうち一方のレーザ光をプローブ光として測定対象物を設置するキャビティ(131)に入射してこのプローブ光の出力波形を抽出するプローブ光抽出部(130)と、分岐されたレーザ光のうち他方のレーザ光をリファレンス光として周波数をシフトし、この周波数をシフトしたリファレンス光を前記キャビティ(131)と同じ構成でかつ真空状態のキャビティ(142)に入射してリファレンス光の出力波形を抽出するリファレンス光抽出部(140)と、プローブ光とリファレンス光を干渉させる干渉信号導出部(150)と、前記干渉信号の光周波数コムのモード毎の光強度を導出する干渉信号調整部(160)とを設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高感度かつ周波数の検出確度の高い多波長同時吸収分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光周波数コムの周波数を安定化する手法が提案および実現されており、特に、キャリアエンベロープオフセット(以下「CEO」という。)ロックすることによって光周波数コムの波長を安定化した光周波数コム光源が提案されている(特許文献1、非特許文献1〜6参照)。このような、光周波数コムの各モードの波長が正確に定まった光周波数コム光源は、高精度な周波数標準および関連する基礎物理だけではなく、通信、精密計測、量子情報通信などの分野へ応用される技術であると期待されている。
【0003】
精密計測の分野においては、このCEOロックした光周波数コム光源を用いた超高分解能である吸収分光法による高感度な計測技術が提案されている(非特許文献7,8)。この技術は、光周波数コム光源をキャピタルリングダウン分光法(以下、「CRDS法」という。)に適用した吸収分光法による計測技術である。この光周波数コム光源を利用したCRDS法によると、得られるデータは、高感度で取得でき、かつ、周波数軸上に高確度であるといった特徴がある。
【0004】
このCRDS法は、2枚の高反射率を有するミラーで構成されるキャビティ内に閉じこめられた光の強度減衰を観測することにより、キャビティ内にある分子の吸収を測定する高感度な吸収分光法である。このキャビティの構成例を図6に示す。
図6に示すような高反射率のミラーを2枚対向させたキャビティ内の一方からパルス光を入射すると、キャビティ内に入った光は、2枚のミラー間を少しずつその強度を減衰させながらキャビティ内の往復を繰り返す。このとき、光がミラーにより反射される際、その光の一部はミラーの外に漏れ出す。CRDS法は、この漏れ出た光の波形を計測することにより、高感度な吸収分光計測を実現する方法である。
【0005】
CRDS法について、具体的な数式を示しながら詳細に説明する。
ここで、キャビティ内に光を吸収する物質が存在していない、すなわち真空中の場合、ミラーから反射される際に漏れ出る光(以下、「漏れ光」という。)の強度波形は、
I(t)=I0exp(−t/τ0)
と、表される。ここで、I0は光の初期振幅、τ0はキャビティ内に閉じこめられた光の減衰寿命(以下、「リングダウンタイム」という。)である。
次に、キャビティ内に光を吸収する物質が、僅かにでも存在している場合、漏れ光の強度波形は、
I(t)=I0exp{−(1/τ0+σ*n*c)t}
と、表される。ここで、σはキャビティ内に存在する光の吸収物質の吸収断面積(または散乱断面積)、nはこの吸収物質の数密度、cは高速である。
これらの式から、吸収物質が存在する際のリングダウンタイムの逆数と真空中のリングダウンタイムの逆数との差、すなわち(σ*n*c)は、キャビティ内で光吸収した物質の濃度に比例する。したがって、測定対象物の濃度の定量化を実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−116242号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】D.J.Jones, et al., "Carrier-Envelope Phase Control of Femtosecond Mode-Locked Lasers and Direct Optical Frequency Synthesis", Science, Vol.288, pp.635-639, 2000.
【非特許文献2】R.Holzwarth, et al., "Optical Frequency Synthesizer for Precision Spectroscopy", Phys. Rev. Lett., Vol.85, No.11, pp.2264-2267, 2000.
【非特許文献3】K.Sugiyama, et al., "Frequency Control of a Chirped-Mirror-Dispersion-Controlled Mode-Locked Ti:Al2O3 Laser for Comparison between Microwave and Optical Frequencies", Proceedings of SPIE, Vol.4269, pp.95-104,2001
【非特許文献4】T.R.Schibli, et al., "Frequency metrology with a turnkey all-fiber system", Optics Letters ,Vol.29, No.21, pp.2467-2469, 2004.
【非特許文献5】T.M.Foritier, et al., "Octave-spanning Ti:sapphire laser with a repetition rate >1 GHz for optical frequency measurements and comparisons", Optics Letters ,Vol.31, No.7, pp.1011-1013, 2006.
【非特許文献6】I. Hartl, et al., "Integrated self-referenced frequency-comb laser based on a combination of fiber and waveguide technology", Optics Express, Vol.13, No.17, pp.6490-6496,2005.
【非特許文献7】M.J.Thorpe, et al., "Cavity-enhanced direct frequency comb spectroscopy", Applied Physics B - Lasers and Optics, B91, pp.397-414, 2008.
【非特許文献8】M.J.Thorpe, et al., "Cavity-enhanced optical frequency comb spectroscopy: application to human breath analysis", Optics Express, Vol.16, No.4, pp.2387-2397, 2008.
【非特許文献9】A.Bartels, et al., "Spectrally resolved optical frequency comb from a self-referenced 5GHz femtosecond laser", Optics Letters, Vol.32, No.17, pp.2553-2555, 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献7または8に開示されている従来のCEOロックした光周波数コム光源を用いたCRDS法では、リングダウンタイムと測定対象物質固有の減衰係数(光の吸収断面積または散乱断面積、キャビティ内での数密度)とから、キャビティ内に入射された光の減衰寿命が決定される。このために、物質固有の減衰係数に影響されて吸収分光法による計測精度が悪化してしまうといった問題があった。すなわち、物質固有の減衰係数が大きくなるにつれて、キャビティ内の光の減衰寿命が短縮されていき、漏れ光の波形観測が困難となり、計測精度を悪化させてしまう。
本発明は、上述の問題を解決するためになされたものであり、物質固有の減衰係数による影響を軽減して計測精度を向上させた多波長同時吸収分光装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記目的を達成するために、キャリアエンベロープオフセット(CEO)ロックされた光周波数コム光源部と、この光周波数コム光源から出力されるレーザ光を2つのレーザ光へ分岐する分岐部と、この分岐部によって分岐されたレーザ光のうち一方のレーザ光をプローブ光として測定対象物を設置するキャビティに入射してこのプローブ光の出力波形を抽出するプローブ光抽出部と、前記分岐部によって分岐されたレーザ光のうち他方のレーザ光をリファレンス光として周波数をシフトし、この周波数をシフトしたリファレンス光を前記測定対象物を設置するキャビティと同じ構成でかつ真空状態のキャビティに入射してリファレンス光の出力波形を抽出するリファレンス光抽出部と、前記プローブ光抽出部によって抽出されたプローブ光と前記リファレンス光抽出部によって抽出されたリファレンス光を干渉させる干渉信号導出部と、この干渉信号導出部によって測定された前記干渉信号の光周波数コムのモード毎の光強度を導出する干渉信号調整部とを設けた。
【0010】
また、本発明の多波長同時吸収分光装置の前記リファレンス光抽出部は、前記リファレンス光を所定の周波数だけ位相変調することでリファレンス光における光周波数コムの各周波数を所定の周波数だけ周波数シフトする周波数シフタ部と、前記プローブ光抽出部のキャビティと同一のキャビティリングタイムを持つキャビティ部とを備える構成としても良い。
【0011】
また、本発明の多波長同時吸収分光装置の前記干渉信号導出部は、前記プローブ光抽出部によって出力されたプローブ光と前記リファレンス光抽出部によって出力されたリファレンス光を合波した後に、第1の干渉信号と第2の干渉信号とに再分岐することを特徴としても良い。
【0012】
また、本発明の多波長同時吸収分光装置の前記干渉信号調整部は、前記第1および第2の干渉信号を光周波数コムのモード毎に分光する干渉信号分光部と、この干渉信号分光部によって光周波数コムのモード毎に分光された前記第1および第2の干渉信号同士の差分を検出する干渉信号強度検知部とを備える構成としても良い。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、CEOロックされた光周波数コム光源をプローブ光とリファレンス光とに2分岐して、測定対象物にCRDS法によって吸収分光させたプローブ光と周波数シフトさせた後に真空状態のキャビティから出力されるリファレンス光とを干渉させ、分岐された干渉信号の差分を導出することによって、測定対象物の減衰時間を引き延ばすことができ、従来のCRDS法では測定困難であった減衰寿命の短い物質に対しても、CEOロックされた光周波数コム光源を利用した多波長同時吸収分光による精密分光測定を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の第1の実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置によって導出される干渉信号の光強度を示す図である。
【図3】本発明の第2の実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置の構成例を示すブロック図である。
【図4】本発明の第2の実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置における測定感度を向上させるコンピュータの構成例を示すブロック図である。
【図5】本発明の第3の実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置の構成例を示すすブロック図である。
【図6】キャビティリングダウン分光法で使用される光キャビティの構成の一例を示す図である。
【図7】光キャビティからの漏れ光の計測波形の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について詳細に説明する。
なお、以下に説明する本発明の実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置は、本発明の実施の形態の一例であり、具体的な構成はこの実施の形態に限られるものではない。すなわち、本発明の趣旨を逸脱しない範囲での設計の変更は、本発明に含まれるものである。
【0016】
[第1の実施の形態]
本発明の第1の実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置は、光周波数コム安定化光源を用いてキャビティリングダウン分光法(CRDS法)によって精密分光測定を実現するものである。
図1に示すように、本実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置10は、光周波数コム光源部110と、分岐部120と、プローブ光抽出部130と、リファレンス光抽出部140と、干渉信号導出部150と、干渉信号調整部160とから構成されている。
【0017】
光周波数コム光源部110は、受動モード同期レーザの繰り返し周波数がGHz以上でキャリアエンベロープオフセット(CEO)ロックされた光周波数コム光源である。
例えば、CW(連続光)光源に位相変調と波長分散を与えてパルス列を発生するCEOロック光周波数コム安定化光源を用いることが望ましい(特許文献1参照)。
【0018】
分岐部120は、光周波数コム光源部110から出力されるレーザ光を2つのレーザ光へ分岐するビームスプリッタである。例えば、レーザ光を分岐するビームスプリッタは、光カプラを用いることによって実現される。
【0019】
プローブ光抽出部130は、分岐部120によって分岐されたレーザ光のうち、一方のレーザ光をプローブ光として測定対象物を設置する光キャビティ131に入射し、この光キャビティ131からのプローブ光の出力波形、すなわち光キャビティ131からの漏れ光の波形を抽出する。
リファレンス光抽出部140は、分岐部120によって分岐されたレーザ光のうち、他方のレーザ光を周波数シフタ141によって周波数シフトし、この周波数シフトしたレーザ光をリファレンス光としてプローブ光抽出部130の光キャビティ131と同一の構成でかつ真空状態の光キャビティ141に入射し、リファレンス光の出力波形(リファレンス光の漏れ光の波形)を抽出する。
【0020】
干渉信号導出部150は、プローブ光抽出部130によって抽出された光キャビティ131から出力されるプローブ光とリファレンス光抽出部140によって抽出された光キャビティ141から出力されるリファレンス光とを合波して、この合波した干渉信号から再び第1の干渉信号と第2の干渉信号とに分岐する。
【0021】
干渉信号調整部160は、干渉信号導出部150によって導出された第1の干渉信号と第2の干渉信号とから、干渉信号の信号対雑音比(SNR)を調整して、干渉信号の光強度を導出する。
この干渉信号調整部160は、光強度調整部161と、干渉信号分光部162と、干渉信号強度検知部163とから構成されている。
【0022】
光強度調整部161は、干渉信号導出部150によって導出された第1の干渉信号と第2の干渉信号との光強度比を所定の値となるように光強度を調整する。
干渉信号分光部162は、光強度調整部161によって光強度を調整された第1および第2の干渉信号について、光周波数コムのモード毎に分光する。
干渉信号強度検知部163は、干渉信号分光部162によって光周波数コムのモード毎に分光された第1および第2の干渉信号を、光周波数コムの同一モード毎に電気信号を検出してこの電気信号の差分を数値化する。
【0023】
なお、本実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置10の構成要素は、CPU(中央演算装置)や、メモリ、インターフェースを備えたコンピュータに、コンピュータプログラムをインストールすることにより、上述した多波長同時吸収分光装置10に搭載されたコンピュータ(図示せず)のハードウェア資源と上記コンピュータプログラム(ソフトウェア)とが協働して実現される。
【0024】
次に、プローブ光抽出部130によって抽出される光キャビティ131からの漏れ光の波形とリファレンス光抽出部140によって抽出される光キャビティ141からの漏れ光の波形とに基づいて導出される干渉信号ついて説明すると同時に、本実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置の動作について説明する。
【0025】
光キャビティ131,141は、ともに同一の構成を有しており、例えば、図6に示すような高反射率ミラー(反射率99.9%)を対向させた構成とする。このとき、光キャビティ131の内部には測定対象物である試料(気体や固体など)が設置され、光キャビティ141の内部は真空状態である。
光周波数コム光源部110から出力されたレーザ光がそれぞれの光キャビティに入射されると、光キャビティからの漏れ光をプローブ光抽出部130とリファレンス光抽出部140は観測して、それぞれの波形を抽出する。これらの波形は、式(1)、式(2)によって表される。
すなわち、プローブ光抽出部130によって抽出される光キャビティ131からの漏れ光の波形は、以下のように式(1)で表される。
【0026】
1exp{−(1/2)(1/τ0+σ*n*c)t}sin(2πfst+φs) 式(1)
ここで、fsはプローブ光の周波数、φsは初期位相を示す。
【0027】
一方、リファレンス光抽出部140によって抽出される光キャビティ141からの漏れ光の波形は、以下のように式(2)で表される。
【0028】
2exp(−t/2τ0)sin(2πfrt+φr) 式(2)
ここで、frはリファレンス光の周波数、φrは初期位相を示す。
【0029】
また、リファレンス光は周波数シフタ141によって周波数をシフトされているので、リファレンス光のN番目の光周波数コムの周波数fnは、fn=N*frep+f0±fb(frepは繰り返し周波数、fbは周波数シフト量)と表される。
【0030】
干渉信号導出部150は、入力された式(1),式(2)で表されるそれぞれの漏れ光を合波する。この2つの漏れ光を合波させる際、干渉信号導出150は、2つの漏れ光にπ/2の位相差を発生させる。2つの漏れ光を合波した後に、干渉信号導出部150は、合波した漏れ光を再び2つに分岐して、第1の干渉信号と第2の干渉信号とを出力する。
干渉信号導出部150によって再び2分岐されたレーザパルス、すなわち第1の干渉信号と第2の干渉信号は、それぞれ以下のように式(3),(4)と表される。
【0031】
1exp{-(1/2)(1/τ0+σ*n*c)t}sin(2πfst+φs)
+E2exp(-t/2τ0)sin(2πfrt+φr+π/2) 式(3)
1exp{-(1/2)(1/τ0+σ*n*c)t}sin(2πfst+φs+π/2)
+E2exp(-t/2τ0)sin(2πfrt+φr) 式(4)
【0032】
ここで、式(1)と式(2)で表されるそれぞれの漏れ光を合波させる際には、2つの漏れ光の間にはπ/2の位相差を与える。
また、式(3)で表される第1の干渉信号は、式(1)で表される漏れ光に、式(2)で表される漏れ光を干渉させたもの、式(4)で表される第2の干渉信号は、式(2)で表される漏れ光に、式(1)で表される漏れ光を干渉させたものと考えることができる。
【0033】
干渉信号導出部150によって出力された第1の干渉信号と第2の干渉信号との分岐比を所定の値にするため、干渉信号調整部160の光強度調整部161は、第1および第2の干渉信号の光強度を調整する。このときの第1の干渉信号と第2の干渉信号との分岐比は1:1が好ましいので、光強度調整部161は、分岐比が1:1となるように、それぞれの干渉信号の光強度を調整する。例えば減光フィルタなどを用いて光強度の自動調整をするなどしても良い。
【0034】
光強度を調整された第1および第2の干渉信号は、干渉信号分光部162によって光周波数コムのモード毎に分光される。例えば、光周波数コムモード分離用光学素子であるアレイ導波路回折格子などを使用して、繰り返し周波数frep毎に周波数軸上に等間隔に並ぶ光周波数コムの1本1本を分離する。
【0035】
次に、干渉信号強度検知部162は、第1および第2の干渉信号それぞれについて光周波数コムのモード毎に分離された光強度を検出する。このとき、光周波数コムのモード毎に周波数シフタ141による周波数シフト量fbの周波数の電気信号が検出される。
干渉信号強度検知部162は、検出した第1および第2の干渉信号の光周波数コムの同一モード毎の電気信号の差分を導出して数値化する。この数値化された第1および第2の干渉信号の差分は、干渉信号の光強度Ibに比例し、式(5)のように表される。
【0036】
b∝E12exp{-(1/τ0+σ*n*c/2)t}sin(2πfb+φb) 式(5)
【0037】
式(5)において、φbは、φsとφrとの初期位相差である。
従来のレーザ光源を用いた場合では、周波数シフト量fbの揺らぎなどの影響により、式(5)から導出される光強度Ibの精度にばらつきが生じてしまうが、本実施の形態においては、CEOロックされた光周波数コム光源を用いることによって、式(5)から高精度に光強度Ibを導出できる。
さらに、式(5)に示すように、光キャビティ内の光の減衰寿命を決定する物質固有の減衰係数である(σ*n*c)の値が、従来のCRDS法よりも1/2となっており、光キャビティ内の光の減衰時間を引き延ばしていることが分かる。
【0038】
ここで、式(5)から導出される干渉信号の光強度Ibを図2に示す。図2は、光キャビティのリング長が1m,反射率99.9%,σ*n*c=5*10-2-1(σ:試料の吸収断面積、n:試料の数密度、c:光速)であるとき、この光キャビティのミラーの反射だけで観測される漏れ光の光強度を(a)に、本実施の形態におけるプローブ光とリファレンス光を用いた場合の漏れ光の光強度を(b)に示す。また、従来のCRDS法で観測される漏れ光の光強度を(c)に示す。
図2の(b)、(c)から明らかなように、(b)で示される測定結果の方が漏れ光の光強度の減衰時間を引き延ばしており、高感度な精密分光測定であることが分かる。
【0039】
このように、CEOロックされた光周波数コム光源をプローブ光とリファレンス光とに2分岐して、測定対象物にCRDS法によって吸収分光させたプローブ光と周波数シフトさせた後に真空状態のキャビティから出力されるリファレンス光とを干渉さた干渉信号を導出した後に再度干渉信号を分岐する。その後、この分岐した干渉信号の差分を導出することによって、測定対象物の減衰時間を引き延ばすことができる。具体的には、式(5)から明確であるように、物質固有の減衰係数であるσ*n*cの値が、従来のCRDS法のそれよりも半減していることが分かる。
したがって、従来のCRDS法では測定感度が悪化してしまうような減衰係数の大きい、すなわち光キャビティ内の光の減衰寿命が短くなってしまう物質に対しても、減衰係数による測定感度への影響を軽減することができ、CEOロックされた光周波数コム光源を利用した多波長同時吸収分光による精密分光測定を可能にする。
【0040】
[第2の実施の形態]
図3は、本発明の第2実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置の構成を示す図である。本実施の多波長同時吸収分光装置は、第1の実施の形態において説明した多波長同時吸収分光装置10の干渉信号導出部および干渉信号調整部に遅延機構や光路切替機構などを含んだ光学構成を構成要素として加え、さらに、測定感度特性を向上させるために光学機構などを制御する機能を有するコンピュータを備えるものである。
図3に示すように、本実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置20は、CEOロックした光周波数コム光源部110と、分岐部120と、プローブ光抽出部130と、リファレンス光抽出部140と、干渉信号導出部250と、干渉信号調整部260とから構成されている。
【0041】
そのうち、干渉信号導出部250は、遅延機構251(例えば、ミラーと1軸ステージで構成)と、光路切替機構252a,252b(例えば、フリッパー)と、光検出器253と、合波する手段(ビームスプリッタ)254とから構成されている。
また、干渉信号調整部260は、可変ND(Neutral Density)フィルタ261−1a,261−1bと光路切替機構261−2a,261−2b(例えば、フリッパー)と光検出器261−3とからなる光強度調整部261と、光バンドパスフィルタ262−1a,262−1bと光周波数コムモード分離部(光学素子と光検出器)262−2a,262−2bと電気信号バンドパスフィルタ262−3a,262−3bとからなる干渉信号分光部262と、コンピュータによって機能を実現する干渉信号強度検知部263とから構成される。
【0042】
図4は、本発明のCEOロック光周波数コム光源を用いた吸収分光の測定感度特性をさらに高める為に、追加で採用することのできる、コンピュータ263の構成例を示すブロック図である。
コンピュータ263は、光周波数コムモード分離部262−2a,262−2bの光検出器から、同一周波数の光周波数コムごとに電気信号の差分をとり、数値化する。
干渉信号のSNRを最大にするため、はじめに光路切替機構261−1a,261−2bを使用して、ビームスプリッタ254で2分岐したレーザ強度測定を行う。
その後、計測感度特性制御部263−2を使用して遅延機構251を自動調整して干渉信号解析部263−1で算出した信号を最大化する。
続いて、図3の光学構成の場合には可変NDフィルタ261−1a,261−1bを、図4の光学構成の場合には1/2波長板361−1a,361−1bを調整し、光検出器261−3で検出される強度比を均等に自動調整する。
【0043】
[第3の実施の形態]
図5は、本発明の第3の実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置の構成を示す図である。本実施の形態にかかる多波長同時吸収分光装置は、第2の実施の形態において説明した多波長同時吸収分光装置の構成において、レーザ光を合波して再分岐する手段に偏光ビームスプリッタを利用して干渉信号を導出することとしたものである。
【0044】
図5に示すように、多波長同時吸収分光装置30は、2分岐されていたレーザパルスを同時刻に偏光ビームスプリッタ354で再び合波して、再び2分岐する。ここで、分岐比を1:1にするために、1/2波長板361−1a,361−1bとコンピュータ263とでプローブ光強度の自動調整を行う。干渉信号は各光周波数コムで検出され、周波数シフタ141での周波数シフト量fbの周波数で信号検出されるため、電気信号バンドパスフィルタ262−3a,262−3bを使用して、fb以外の周波数成分を除去する。
コンピュータ263に入力された電気信号は2入力ポートの同一周波数の光周波数コムごとに電気信号の差分をとり、それを数値化する。
【0045】
このように、偏光ビームスプリッタを用いると、検出ノイズレベルが通常のCRDS法よりも50dB程度低減するため、干渉信号の検出における信号対雑音比(SNR)の改善がさらに向上する。
したがって、減衰時間を引き延ばし、かつ、SNRの向上による高感度な吸収分光による精密測定が実現できる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
このような多波長同時吸収分光装置は、CEOロックされた光周波数コム安定化光源を用いた長高分解能吸収分光法による高感度計測装置に利用できる。
【符号の説明】
【0047】
10,20,30…多波長同時吸収分光装置、110…光周波数コム光源部、120分岐部、130…プローブ光抽出部、131…光キャビティ(試料設置用)、140…リファレンス光抽出部、141…周波数シフタ、142…光キャビティ(真空状態)、150250,350…干渉信号導出部、160,260,360…干渉信号調整部、161,261,361…光強度調整部、162,262…干渉信号分光部、163,263…干渉信号強度検知部、251…遅延機構、252a,252b,261−2a,261−2b…光路切替機構、253,261−3…光検出器、254…ビームスプリッタ(光カプラ)、261−1a,261−1b…可変NDフィルタ、262−1a,262−ab…光バンドパスフィルタ、262−2a,262−2b…光周波数コムモード分離器(光学素子と光検出器)、262−3a,262−3b…電気信号バンドパスフィルタ、263−1…干渉信号解析部、263−2…計測感度特性制御部、354…偏光ビームスプリッタ、361−1a,361−1b…1/2波長板、60…光キャビティ、61高反射率ミラー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャリアエンベロープオフセット(CEO)ロックされた光周波数コム光源部と、
この光周波数コム光源から出力されるレーザ光を2つのレーザ光へ分岐する分岐部と、
この分岐部によって分岐されたレーザ光のうち一方のレーザ光をプローブ光として測定対象物を設置するキャビティに入射してこのプローブ光の出力波形を抽出するプローブ光抽出部と、
前記分岐部によって分岐されたレーザ光のうち他方のレーザ光をリファレンス光として周波数をシフトし、この周波数をシフトした前記リファレンス光を前記測定対象物を設置するキャビティと同じ構成でかつ真空状態のキャビティに入射して前記リファレンス光の出力波形を抽出するリファレンス光抽出部と、
前記プローブ光抽出部によって抽出されたプローブ光と前記リファレンス光抽出部によって抽出されたリファレンス光を干渉させる干渉信号導出部と、
この干渉信号導出部によって測定された干渉信号を分光して前記干渉信号の光周波数コムのモード毎の光強度を導出する干渉信号調整部と
を備えることを特徴とする多波長同時吸収分光装置。
【請求項2】
請求項1に記載の多波長同時吸収分光装置において、
前記リファレンス光抽出部は、
前記リファレンス光を所定の周波数だけ位相変調することでリファレンス光における光周波数コムの各周波数を所定の周波数だけ周波数シフトする周波数シフタ部と、
前記プローブ光抽出部のキャビティと同一のキャビティリングタイムを持つキャビティ部と
を備えることを特徴とする多波長同時吸収分光装置。
【請求項3】
請求項1に記載の多波長同時吸収分光装置において、
前記干渉信号導出部は、前記プローブ光抽出部によって出力されたプローブ光と前記リファレンス光抽出部によって出力されたリファレンス光を合波した後に、第1の干渉信号と第2の干渉信号とに再分岐することを特徴とする多波長同時吸収分光装置。
【請求項4】
請求項3に記載の多波長同時吸収分光装置において、
前記干渉信号調整部は、
前記第1および第2の干渉信号を光周波数コムのモード毎に分光する干渉信号分光部と、
この干渉信号分光部によって光周波数コムのモード毎に分光された前記第1および第2の干渉信号同士の差分を検出する干渉信号強度検知部と
を備えることを特徴とする多波長同時吸収分光装置。
【請求項5】
キャリアエンベロープオフセット(CEO)ロックされた光周波数コム光源を使用した多波長同時吸収分光方法であって、
CEOロックされた光周波数コム光源から出力されるレーザ光を2つのレーザ光へ分岐する分岐ステップと、
この分岐ステップによって分岐されたレーザ光のうち一方のレーザ光をプローブ光として測定対象物を設置するキャビティに入射してプローブ光の出力波形を抽出するプローブ光抽出ステップと、
前記分岐ステップによって分岐されたレーザ光のうち他方のレーザ光をリファレンス光として周波数をシフトし、この周波数をシフトしたリファレンス光を前記測定対象物を設置するキャビティと同じ構成でかつ真空状態のキャビティに入射してリファレンス光の出力波形を抽出するリファレンス光抽出ステップと、
前記プローブ光抽出ステップによって抽出されたプローブ光と前記リファレンス光抽出ステップによって抽出されたリファレンス光とから干渉信号の波形を導出する干渉信号測定ステップと、
この干渉信号測定ステップによって測定された干渉信号の信号対雑音比を調整する干渉信号調整ステップと
を有することを特徴とする多波長同時吸収分光方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−7571(P2011−7571A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−150148(P2009−150148)
【出願日】平成21年6月24日(2009.6.24)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】