説明

有機導電デバイスの製造方法および有機導電デバイス

【課題】 螺旋状ポリアセチレンを用いた、導電チャンネルとなる導電路を安定して形成できる有機導電デバイスの製造方法を提供する。
【解決手段】 螺旋状ポリアセチレン分子と溶媒を含有する溶液を複数の電極間に配置する工程と、前記溶液に電界を印加して前記螺旋状ポリアセチレン分子からなる導電路を形成する工程を有する有機導電デバイスの製造方法。前記溶液に電界を印加する方法は、前記溶液を複数の電極間に配置した後、前記複数の電極間に電界を印加する方法、または前記複数の電極間に電界を印加した後、前記複数の電極間に前記溶液を配置する方法のいずれかである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化合物を複数の電極間に配置して利用する有機導電デバイスの製造方法およびその製造方法により得られた有機導電デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、電子回路の集積化が進む中で有機半導体等の導電性有機物を用いた有機デバイスが注目を浴びている。有機デバイスは曲げることが可能である、また、有機デバイスの溶液からの製造が可能になると安価に作製出来き、また大面積化が容易となる等の利点がある。
【0003】
有機半導体はペンタセンのような低分子系の有機半導体とポリチオフェンなどの高分子系半導体がある。高分子系の有機半導体は、真空を必要とする膜形成プロセスではなく、作成が比較的容易な溶液プロセスを使用できるため大面積化、低価格化に向く導電性材料として注目されている。しかし有機半導体はシリコン等の無機半導体に比較すると、その多くは移動度が低いために、デバイスを構成したときの動作速度の向上が実用上の一つの課題となっている。また、有機半導体は分子の屈曲部に欠陥が形成されて電荷キャリアのトラップサイトが形成されたり、伝導にサイト間の熱的ホッピングが介入したりして電荷の輸送性を阻害して移動度が下がったり、流せる電流が小さいなどの課題がある。
【0004】
この様な課題を解決するために、置換螺旋型ポリアセチレンが導電性を有する材料として提案されている。
【0005】
特許文献1には、螺旋型置換ポリアセチレンを用いたデバイスが開示されている。具体的には、主鎖が周期的な螺旋構造を有する螺旋型置換ポリアセチレンと、前記螺旋型置換ポリアセチレンに電圧を印加または電流を供給するための離間した一対の電極とを備えたデバイスである。また、前記螺旋型置換ポリアセチレンの分子の長さが前記一対の電極間の距離より大きいことを特徴とする。そして特許文献1に開示のデバイスでは、螺旋型置換ポリアセチレンを構成する分子の長さを一対の電極間の距離よりも大きくすることで、電極間の電子伝導の際、ポリアセチレン分子間のホッピングに依存する必要がなく、これにより電子の移動時間が減少し、デバイスの動作速度が向上する。また、特許文献1では、置換螺旋型ポリアセチレンEL素子、電界効果型トランジスタ等の電子デバイスに応用可能であることが開示されている。
【0006】
このような螺旋状ポリアセチレンを用いたデバイスを形成する方法として、螺旋状ポリアセチレン分子の粉末を対向電極間に置いて、有機溶媒を供給して電極周辺で一旦溶解させ、電極間と電極上に広げて乾燥させる方法が提案されている。この際、電極間にあらかじめ電圧を印加しておく事も開示されている(非特許文献1)。
【0007】
また、単なるポリアセチレン膜の製造方法として、ポリアセチレン分子を有機溶媒にあらかじめ溶解させ、その溶液を付与後乾燥させる、所謂、溶媒キャスト法がある(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2008047586A1
【特許文献2】US2007/0231654A1
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】NANOTECHNOLOGY 第20巻 第10号 105201ページ(2009年3月11日)“Direct measurement of transport through helical poly(ethyl propiolate) nanorods wired into gaps in single walled carbon nanotubes”)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来の方法では、デバイスの電極間の導電性が向上して電子デバイスとして利用する事はできるが、そのデバイスの作成に係る安定性が不十分であるという課題があった。このような作成安定性の低いことは、例えば非特許文献1にも記載されている。従来の方法では、導電性は向上するが充分に高くならなかったり、絶縁性であり、再現性良くデバイスを作成する自由度が狭い、あるいは良好な特性のデバイスの歩留まりが必ずしも十分ではないという課題があった。また、電子デバイスとして使用可能な程度に電導性が向上する場合でも、その導電性が向上する原理が分からず実態が不明であった。
【0011】
本発明は、この様な課題を解決し、螺旋状ポリアセチレンを用いた、導電性が良好な導電路を安定して形成できる有機導電デバイスの製造方法およびその製造方法により得られた有機導電デバイスを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決する有機導電デバイスの製造方法は、螺旋状ポリアセチレン分子と溶媒を含有する溶液を複数の電極間に配置する工程と、前記溶液に電界を印加して前記螺旋状ポリアセチレン分子からなる導電路を形成する工程を有することを特徴とする。
【0013】
また、上記の課題を解決する有機導電デバイスは、上記の製造方法により得られた有機導電デバイスである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、螺旋状ポリアセチレンを用いた、導電性が良好な導電路を安定して形成できる有機導電デバイスの製造方法およびその製造方法により得られた有機導電デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の有機導電デバイスの製造方法の一実施態様を示す説明図である。
【図2】本発明の有機導電デバイスの一実施態様を示す説明図である。
【図3】図2の有機導電デバイスの断面を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0017】
(有機導電デバイスの製造方法)
本発明に係る有機導電デバイスの製造方法は、螺旋状ポリアセチレン分子と溶媒を含有する溶液を複数の電極間に配置する工程と、前記溶液に電界を印加して前記螺旋状ポリアセチレン分子からなる導電路を形成する工程を有することを特徴とする。
【0018】
本発明に係る有機導電デバイスの製造方法を、図面に基づいて説明する。図1は、本発明の有機導電デバイスの製造方法の一実施態様を示す説明図である。図1(a)は螺旋状ポリアセチレン(以降、HPAとも記す。)溶液の滴下の状態を示す説明図、図1(b)はHPA溶液から形成された導電路を示す説明図である。
【0019】
図1において、1、2は電極、3は導電路、4は基板、5は螺旋状ポリアセチレン分子と溶媒を含有するHPA溶液、6はHPA溶液の液滴、7はシリンジのノズル、8は電流制御プログラマブル電源、9はHPA分子堆積膜を表す。
【0020】
基板4の上には一対の電極1,2が形成されている。一対の電極1,2は電流制御プログラマブル電源8に接続されている。電極1,2間に、螺旋状ポリアセチレン分子と溶媒を含有するHPA溶液の液滴6をシリンジのノズル7から滴下して、電極1,2間にHPA溶液5を配置する。電極1,2により、前記HPA溶液5に電界を印加して導電路3を形成する。
【0021】
本発明において、複数の電極とは、2つ以上の電極を表し、図1に示した一対の電極がアレイ状に並んだものに一度にHPA溶液を滴下する場合や、3つの電極がギャップを介して並べた場合等を包含する。
【0022】
電極1,2により、HPA溶液5に電界を印加する方法は、前記溶液5を複数の電極間に配置した後、前記複数の電極間に電界を印加する方法、または前記複数の電極間に電界を印加した後、前記複数の電極間に前記溶液を配置する方法のいずれかであることが好ましい。
【0023】
HPA溶液5は、螺旋状ポリアセチレン分子が溶媒に溶解または分散している溶液であることが好ましい。
【0024】
本発明においては、導電路3を電極間に形成する。導電路は、螺旋状ポリアセチレン分子を複数の電極間に配置するに際し、分子を溶媒に分散させた溶液を該電極間に配置し電界を印加する事により形成できる。溶液が乾燥する前に導電性が急上昇するので溶液中で導電路が形成されていると考えられる。電界を印加しない場合は溶液状態でも乾燥後も導電性の増大は全く見いだせないので、溶液状態での電界の印加は本発明により導電路を形成する上で必須の要件である。
【0025】
電界をかけた状態で電導性が10桁程度増加するのでこれを一種の非可逆なスイッチング現象とみなす事もできる。スイッチングデバイスへの応用も出来る。
【0026】
(有機導電デバイス)
本発明の有機導電デバイスは、上記の製造方法により得られる。図2は、本発明の有機導電デバイスの一実施態様を示す説明図である。本発明の有機導電デバイスは、複数の電極の少なくとも一対の間にHPA分子から生成された導電路3を形成した構造からなる。9はHPA分子堆積膜、10は電流計、11は電源である。導電路3はHPA分子堆積膜9の中に埋もれている。
【0027】
図2は有機導電デバイスの断面図であるが、図3は、図2の有機導電デバイスの断面を示す平面図である。図3では、図2と同一の部位については同一の符号を付している。図3に示されているように導電路3は電極1、2の幅に比べて細く形成されている。
【0028】
該電極および導電路は絶縁基板または絶縁層で被覆された導電性または半導電性の基板上に形成する。絶縁層表面に形成された電極同士の間に出来る電極ギャップの絶縁層を介した反対側の絶縁層と基板との間に電極該別に導電性の制御電極を設置してもよいし導電性または半導電性の基板自体を一つの制御電極として利用してもよい。このような構造は従来普通に知られたものであるが、本発明は電極間に形成されたHPA分子から生成される導電路を有することを特徴とする。この導電路は多くの場合に複数のHPA分子から生成されるが、その特殊な例としては単一分子を一対の電極間に橋渡しするように配置した単分子デバイスでもよい。
【0029】
電極としては従来半導体技術分野で使用可能なAu、Pt、Cu、Ag、Alなどが使用可能である。基板としては多結晶ウエハなど従来知られたものが使用可能である。電極および絶縁層の形成は従来の半導体作成プロセスを用いて容易に行う事が出来る。基板としては石英ガラスやサファイア、有機ポリマーなどの絶縁性基板やIV族系、III−V族系、あるいはII−VI族系などの半導体単結晶ウエハ、または多結晶ウエハあるいは金属基板などが使用可能である。
【0030】
(導電路)
本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、溶液状態で電極間に電界をかけると、電極間にAFM(原子間力顕微鏡)、STM(走査型トンネル顕微鏡)、またはSEM(走査型電子顕微鏡)などで観察可能な導電路が短時間で成長する事を見出した。
【0031】
前記導電路が形成されるまで電界を印加し続けることが好ましい。また、後に示す条件を整える事により導電路の形成は再現性良く確実に起こす事が出来る。通常この導電路は太さが数10から数100nm程度で電極と電極にまたがり、HPA分子のアモルファスな堆積膜の中に埋まっているが膜の上からその存在を確認する事は可能である。該導電路は他の部分よりも硬度が高く、また溶液中で形成されるので他の部分よりも溶媒に対する溶解度が低いとみなせる。その構造や分子配列を詳細に解析する事は導電路が非常に小さいために容易ではない。HPA分子が引き金となって炭化を含む何らかの化学変化を伴っている可能性も考えられる。しかし導電路の電気伝導度は1から10S/cm程度のオーダーであり有機物としては電導性が高い事は容易に確認できる。この導電路の導電性は驚くべき事に通常ポリアセチレンで知られている様なヨウ素その他の電子吸引性分子などによるドーピングなしに実現する。
【0032】
(導電性のメカニズム)
導電路の導電性が高くなるメカニズムは必ずしも明らかではないが、そのコンダクタンスが特に高い場合には温度変化が非常に小さいのでコンダクタンスが高いケースではバリスティック電導などの可能性も考えられる。現象的には量子化コンダクタンスを超える高いコンダクタンスを示すもので温度依存性が小さい。量子化コンダクタンスを超える場合がある事は導電路中にバリスティック電導の導電パスが1本以上存在する可能性も考えられるが詳細はまだ解明できていない。
【0033】
(導電路の形成に伴う素子および回路の保護)
導電路の形成には以下に詳細に説明するような一定の条件が必要であるがその前に必要な事がある。電界を印加した電極間に溶液を供給し導電性が高まる時に、回路に過電流が流れて該有機導電デバイスや電圧を印加する電源を損傷する恐れがある。そこで、導電路の形成における電界の印加に伴う電流増大に対して、流れる電流を設定した上限値以下に制御して絶縁破壊を防ぐことが好ましい。HPAデバイスを導電デバイスとして形成するためには電界を印加した状態で導電性が上昇する状態を必ず経るので過電流を抑制するための制御は必須である。これを達成するには、有機導電デバイスに直列に一定の負荷抵抗を付加する方法や過電流防止のための電流制御回路を使用するなどの方法が可能である。電流制御回路を搭載した電流制御型電源は多くの種類が市販されているのでそれらを用いる事も可能である。これにより導電路の形成が未完成の際には一定の電圧を印加し、導電性が高まってきたら設定された電流以上の電流が流れないように電流の増加に応じて電圧を下げる事が出来る。これにより、導電性の高いデバイスを損傷することなく確実に作成する事が可能になる。過電流が流れると導電性が不安定になったり、形成されたばかりの導電路や導電路が形成されている電極付近が損傷を受けて導電性が低下するので、上記のような制御なしに導電路を形成する事は出来ない。
【0034】
(溶液状態での電界印加)
導電路の形成は主にHPA分子が動きやすい溶液に電界をかける事により行う。HPA溶液を電極間に供給する前に電界を印加しておいてもよいし、溶液を供給してから電界を印加してもよい。また、導電路の形成が出来て導電性が上昇するまで溶液状態を保ちながら電界を印加し続ける必要がある。導電路が形成されるまで電界を印加し続けることが好ましい。
【0035】
HPA分子の種類によっては導電路の形成に一定の時間がかかるものがある。HPA分子の分子量の違いや置換基の違いにより溶液の中で動きやすい種類の分子と動きにくい種類の分子がある事がその原因であると考えられる。HPAを溶解できる溶媒は比較的蒸気圧の高いものも多いので導電路を形成する前に溶液が蒸発乾燥してしまわない様にする必要がある。
【0036】
(溶液状態の維持の方法)
導電路が形成されるまで乾燥を防ぎ溶液状態を維持する方法としては、まず蒸気圧の低い溶媒を使う事が出来る。例えば、ジクロルメタン、クロロホルム、四塩化炭素、テトラヒドロフラン、トルエン、キシレン、シクロヘキサノンなどの非極性溶媒が使用可能である。もちろんこれらだけに限らない。
【0037】
しかしながら溶媒の種類によっては別の理由から溶液状態を維持し続けても導電路の形成が起きにくい場合がある。たとえば多くのHPA 分子に対してクロロホルムは導電路の形成に非常に適しているが、蒸気圧が比較的高くて導電路の形成の前に溶液が乾燥してしまう可能性はかなり高い。
【0038】
比較的蒸気圧が高くて蒸発しやすい溶媒を用いても、下記の(1)から(3)の方法を用いることにより、電極ギャップが液滴の外に出るのを防ぐ事が可能である。(1)電極に溶液を供給した時の電極基板上の液滴の大きさを大きくする方法。(2)電極ギャップを出来る限り該液滴のエッジから遠くに離して液滴の蒸発が進行しても電極ギャップが液滴の外へ出てしまうのに時間がかかるようにする方法。(3)電極ギャップ上の液滴の蒸発の進行に従って液滴に溶液を追加注入したりする方法。
【0039】
液滴への溶液の追加注入は簡易的にはシリンジなどを使って手動操作で行う事も出来るし、小型の液供給ポンプで持続的に液を注入する事も出来る。機械化したマニピュレータで自動的に電極間に溶液を供給する事も可能である。ここで重要な事は電極間に電界を印加しながら液の供給を行う事である。液の供給は電極間に流れる電流をモニターして導電路の形成に伴う電流上昇を検知したのち終了する様にすればよい。電流を検知して液供給を自動制御する事も可能である。
【0040】
(導電路の形成の定量的な条件)
(1)溶液状態の維持の時間
導電路の形成に要する時間は、速い場合は1秒程度またはそれ以下、長い場合は60から90秒程度必要である。これは目安であり、溶媒の種類、電界の大きさHPA分子の種類その他に大きく依存する。理由は必ずしも明らかではないが溶液の調液ロット差や溶液の経時変化によりある程度変動する事がある。導電路の形成が起きた後も溶液状態を維持する事は、電導性に与える影響は小さい。そのために、上記のような変動要因の導電性に対する影響を小さくするために導電路の形成に要する時間よりも乾燥を充分に遅らせて溶液状態を長めに維持する事は作成の安定性を高める点で効果的である。また、導電性が高まるまで乾燥を抑えることが効果的である。
【0041】
(2)電界と許容電流
導電路の形成に必要な電極間に印加する平均電界が、1×10V/cm以上、望ましくは5×10V/cm以上である。8×10V/cm以上の電界があると導電性は非常に安定する。1×10V/cm未満の弱い電界では導電路の形成は起きない。ただしこの電界は導電路の形成過程で導電路にどの程度の最大電流(電流の上限)を許容するかにある程度依存する。
【0042】
この許容電流は、5×10から1×10V/cm 程度の比較的大きな電界の場合には1×10−6A程度とすれば破壊なしに導電路の形成する事が出来る。導電路の形成が可能な電界において1×10−3A程度以上の電流を流す事を許容する事は導電路が破損する頻度が高くなるので望ましくない。前記電流の上限値を導電路1本あたり1×10−4A以下に制御して導電路の破壊を防ぐことが好ましい。
【0043】
前記電界の印加に伴う電流増大に対して、設定した上限値以下に流れる電流を制御して絶縁破壊を防ぐことが好ましい。また、前記電極間に印加する平均電界が1×10V/cm以上であることが好ましい。
【0044】
先に述べたようにこの様な電流制限の制御は電流制御回路や市販の制御電源により容易に実現できる。導電路の形成前にもHPA溶液中に電流が流れる。溶媒単独でもある程度の電流が流れるのが普通である。その値は溶媒の種類に大きく依存するが、溶液に流れる電流と同程度以下に最大電流を抑制すると導電路の形成は起きない。
【0045】
前記電界の印加により流れる電流の上限値を、導電路の形成前の溶液に流れる電流値以上に設定して導電路の形成を促進することが必要である。この電流の値は、たとえばクロロホルムの場合には導電路の形成が可能な1×10V/cm程度以上の電界において1×10−8A程度以上である。この値は使用する材料や電極形状に応じて個別に測定して決める事が出来る。
【0046】
導電路の形成時に印加する電界をある程度低くすると導電路の導電性が低下するが、このような条件においても最大電流制限値を高めに取ると電導性を比較的高く維持する事が出来る。たとえば電流値の上限を1×10−6Aに設定すると5×10V/cm程度の電界では電導性は1×10V/cm程度の電界の場合に比べて2から3桁下がるが、電流の上限値を一桁高く許容すると5×10V/cm程度の電界でも導電性は1×10V/cm程度の場合と同等のレベルに高まる。
【0047】
(溶液の乾燥)
HPA溶液の乾燥の際、電極付近で溶液は非平衡状態で乾燥が進行して行くので溶液内は複雑な分子の動きが起きる。たとえば高分子溶液の乾燥過程ではこのような状況の散逸構造によると見られる自己組織化パターンが発生する事がしばしば観察される事が知られている。実際に電極間のHPA分子堆積層には散逸構造に起因すると見られる独特のパターンが発生する事がある。またわずかな液の振動が液の乾燥と重なってHPA分子堆積層に微細な凹凸パターンが発生する事がある。このような様々なパターンは導電路の形成を阻害し、導電路の導電性を低下させる。HPA分子堆積層の表面凹凸は堆積層およびその中に形成される導電路の中の分子配列の乱れを反映し電界印加していても導電性付与の妨げになる。実際、電極ギャップ中のHPA分子層の表面凹凸が大きくなると導電路の導電性は著しく低下するので、平坦な表面を形成する事は導電性を高めるために非常に効果的である。このようなHPA分子堆積層の平坦性を高めるには、まず溶液乾燥の際に電極の下にある基板や溶液を供給するシリンジの先端から振動が溶液に伝わらない様にする必要がある。溶液の乾燥を遅らせるために行う輸液の追加注入も液に出来るだけ振動が伝わらない様に行う事が望ましい。溶液供給の自動化無人化はこのような観点から導電路の導電性を安定化する上で非常に効果がある。また他の方法として、HPA 溶液を作成してから1−2日の室温暗所放置を行うとパターンの発生は著しく減少する事が見出されている。そのメカニズムの詳細は解明できていないが、暗所放置の間に溶液の粘度が変化しパターン発生し難くなっている可能性がある。
【0048】
(螺旋状ポリアセチレン分子)
(1)本発明に使用する螺旋状ポリアセチレン分子
置換型螺旋ポリアセチレンはその立体規則的な構造、螺旋構造や自己組織的な構造から従来の無螺旋型置換ポリアセチレンとは異なる次世代の共役系高分子として期待されている。螺旋型置換ポリアセチレンは交互二重結合の主鎖は無螺旋型置換ポリアセチレンと同様の一次構造を持つが、水素原子よりも大きな置換基を有するため、主鎖は平面構造にならず、立体的に捻じれた構造を形成する。側鎖の相互作用で主鎖が螺旋状になりその外側に側鎖が取り囲む構造となる。必要に応じ側鎖として電気的にあまり活性でない置換基の中から選択すれば主鎖の周りを側鎖の絶縁層で覆った構造を実現できる。たとえば側鎖に非共役官能基を有するものや極性置換基を有するものを選択する事が出来る。
【0049】
本発明に使用可能なこの様なポリアセチレン分子としては、たとえば特許文献1などに開示されている下記一般式(1)に示すような構造の置換型螺旋ポリアセチレン(HPA)が挙げられる。
【0050】
【化1】

【0051】
式中X、Yは、鎖状または環状の炭化水素基、ヘテロ原子や金属原子を有する官能基からなる置換基を示す。mはポリアセチレン分子の主鎖の基本単位の繰り返しの数、nはXに結合している水素を置換する官能基の数を示し、mの値は50から100000の整数、nの値は1から20の整数である。
【0052】
式中Xは、例えば置換または無置換の芳香環、ヘテロ芳香環、カルボニル結合、エステル結合、エーテル結合、カーボネート結合、アミド結合、イミノ結合、ウレタン結合、リン酸結合、チオエーテル結合、スルフィニル基、スルホニル基、アミノ基,シリル基や任意の長さのアルキレンオキシド鎖、その他の環状もしくは鎖状の炭化水素等が挙げられる。Xは単一のYに置換されても良く、同一又は異なるYにより複数置換されても良い。
【0053】
Xの具体例としては、フェニル基,オキシフェニル基、チエニル基,ビフェニル基、ナフチル基、アントリル基、フルオレニル基、カルバゾリル基、シクロへキシル基、カルボニル結合、エステル結合、エーテル結合、カーボネート結合、アミド結合、イミノ結合、ウレタン結合、リン酸結合、チオエーテル結合、スルフィニル基、スルホニル基、アミノ基、シリル基、アミノ基、エチレンオキシド鎖、トリメチレンオキシド鎖、トリエチレンオキシド鎖、ヘキサメチレンオキシド鎖、テトラエチレンオキシド鎖、メチレン鎖、エチレン鎖,ヘキサメチレン鎖等が挙げられる。
【0054】
また、式中、Yは例えば上記Xで示した化学種の他に、水素原子、ハロゲン、水酸基、カルボキシル基、ニトロ基、シアノ基、ビニル基、エチニル基等が挙げられる。また、Yは同様の化学種により置換されても良い。
【0055】
Yの具体例としては、上記の他にメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基,s−ブチル基,t−ブチル基,2−メチルブチル基,n−ペンチル基、ネオペンチル基、n−ヘキシル基、シクロヘキシル基、4−メチルシクロヘキシル基、2−エチルヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、n−デシル基、n−ドデシル基、n−テトラデシル基、フルオロ、クロロ、ブロモ、ヨード、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、s−ブトキシ基、t−ブトキシ基、n−ペンチルオキシ基、ネオペンチルオキシ基、n−ヘキシルオキシ基、2−エチルヘキシルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基、n−オクチルオキシ基、n−デシルオキシ基、n−ドデシルオキシ基、n−テトラデシルオキシ基、メチルトリメチレンオキシド基、メチルヘキサメチレンオキシド基、エチルテトラエチレンオキシド基、メチルスルフィド基、オクチルスルフィド基、フェニルジチオール基、シクロへキシル基、メチルエステル基、エチルエステル基、ブチルエステル基、アセチル基、メチルスルホキシド基、ジメチルアミノ基,アセトアミド基、トリメチルシリル基、トリメトキシシリル基、ジメチルオクチルシリル基、ニトロ基、シアノ基、ビニル基、エチニル基等が挙げられる。
【0056】
(2)電極間隔とHPA分子の長さ
複数の電極の間にHPA分子層を形成するには、HPA分子の長さと電極間隔との関係は非常に重要である。分子の長さには普通ある程度の分布があるが分子の長さが電極間隔と比べて顕著に短い場合には導電性の高い導電路の形成が出来ず、高い導電性も実現できない。分子の大きさは、さまざまであるが分子量分布を反映した分布を有する。平均分子長が電極間隔より短くても分布があるのでその中で電極間隔よりも長い分子がある程度存在すれば導電路は形成される。しかし分子長の分布に比べて電極間隔がずっと広い場合には導電路の形成が出来ない。分子長あるいは分子量分布をシャープにする事は安定した導電路の形成にとって非常に効果的である。
【0057】
分子長が電極間隔に比べて非常に短くてもHPA分子の側鎖がフェニル基などの導電性の置換基であれば導電路が形成される事がある。しかしながらこのような場合には導電性の再現性が低下したり、導電性の温度依存性を一定レベル以下に抑える事が出来なかったりするという問題が生じる。
【0058】
(3)導電端子
前記螺旋状ポリアセチレン分子が両端に導電性の置換基を持つことが好ましい。本発明に使用するHPA分子は少なくともその片端、望ましくはその両端にHPA分子の主鎖と電極との電気的接触を確保するための導電性端子として機能する導電性ブロックを持つブロックポリマーである事が望まし。すなわち該導電性ブロックが側鎖に官能基を介して水素原子を有し、該水素原子が主鎖の主軸と平行方向に配列しているポリアセチレンユニット構造からなるブロックからなるブロックポリマーである。
【0059】
両端の導電性端子は電極との電気的接触を確保するために必要であり、この部分が電極に接する必要がある。本発明の導電路の形成を実施する事によりその安定性が高まり再現性良く導電路を形成できる。導電端子がない場合には本発明の導電路の形成自体が出来ず一定レベル以上の高い導電性を安定に確保する事も難しい。
【0060】
この様な導電性ブロックを構成する導電性ブロックの例としては特許文献2に開示されている下記のような種類のものが使用可能である。
【0061】
前記導電性ブロックが下記一般式(2)で表される置換フェニルアセチレンの重合体のユニット構造からなるブロック。
【0062】
【化2】

【0063】
(式中、X32、X33およびX34は水素原子またはハロゲンであり、X31およびX35は炭素数1から4のアルキル鎖を有する置換基または水素原子である。)
【0064】
前記導電性ブロックが下記一般式(3A)及び一般式(3B)で表される置換チエニルアセチレンの重合体のユニット構造からなるブロック。
【0065】
【化3】

【0066】
(式中、X36およびX37は水素原子またはハロゲンであり、X38およびX39は炭素数1から2のアルキル鎖を有する置換基または水素原子である。)
【0067】
前記導電性ブロックが下記一般式(4A)及び一般式(4B)で表される置換ナフチルアセチレンの重合体のユニット構造からなるブロック。
【0068】
【化4】

【0069】
(式中、X41は水素原子またはハロゲンであり、X40は炭素数1から2のアルキル鎖を有する置換基または水素原子である。)
【0070】
前記導電性ブロックが下記一般式(5)で表される置換エチニルカルバゾールの重合体のユニット構造からなるブロック。
【0071】
【化5】

【0072】
(式中、X42は水素原子またはハロゲンである。)
【0073】
前記導電性ブロックが下記一般式(6)で表される置換エチニルフルオレンの重合体のユニット構造からなるブロック。
【0074】
【化6】

【0075】
(式中、X43およびX44は水素原子またはハロゲンである。)
【0076】
これらは例であり、本発明はこれらの導電性ブロックの事例に限定されるものではない。
【0077】
本発明によれば螺旋状ポリアセチレンから形成した該導電路を電極間に配置し、これを高性能で安価な有機導電デバイスを実現できる。本発明により電極間に導電路を形成でき、その導電路はAFM、STM、SEMなどの分析方法によりその存在を確認できる。本発明の導電路が形成されたデバイスは電極間の導電チャンネルの電気伝導が著しく向上し、抵抗やダイオードなどの受動デバイスとして使用でき、その特性の温度変化を小さくしたりする事も出来る。また該導電チャンネルに近接させて絶縁層を介して制御電極を設置すればトランジスタのような能動デバイスとして使用する事も可能となる。設計の工夫により安価で安全でしかも高性能のデバイスが実現できる。電界印加による導電性の増大は一中のスイッチング現象であるので、スイッチングデバイスへの応用も可能である。
【実施例】
【0078】
次に具体的な実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
【0079】
(実施例1)
導電端子付きのHPA分子を対向電極間に配置し導電路を形成する。電極は表面に熱酸化膜を形成したn型Siウエハ上に通常の半導体デバイスプロセスにより形成する。この熱酸化Siウエハ上に白金をスパッタリングで成膜しフォトリソ法によりパターニングして電極とする。対向する電極は300nmのギャップ間隔で電気的に絶縁し平行に向き合わせる。この電極ギャップに導電路を形成する。電極幅は10μ、電極ギャップ付近の電極の厚さは約30nmである。それぞれの電極には引き出し電極パッドが付いている。パッドの大きさは半径250μmである。引き出し電極と電極ギャップとの間は50μmの配線でつなぐ。配線もフォトリソ法で形成する。
【0080】
HPA分子の主鎖としては下記の式(1)の構造のものを用いる。Xはフェニル基に酸素が1個ついた構造(−C−O−)で、酸素の先にYが付き、フェニル側が共役二重結合の主鎖に結合している。Yはブチル基(n=3)、mはポリアセチレン分子の主鎖の基本単位の繰り返しの数で平均値としてm=3000程度である。
【0081】
【化7】

【0082】
その主鎖の両端には、下記の式(2)の構造の置換フェニルアセチレンの重合体のユニット構造からなるブロックがついて導電ブロックを構成している。モノマー単位は300(この部分のmが300)。周辺のX31からX35はすべて水素原子である。分子全体の平均長さは両端の導電ブロックを含めて約360nmである。
【0083】
【化8】

【0084】
このHPA分子25mgを約100ccのクロロホルムに溶解し、溶液を安定化させるために2日間、暗所放置する。
【0085】
半導体用のプローバに上記の電極形成したSiウエハを設置し、引き出し電極パッドにプローブを立てて直流電源につなぎ電圧をかける。電源としてはKeythley社製 Model 4200−SCS半導体特性評価システムを用いる。アースされた基板に対して±12.5V、合計25Vの一定電圧をステップモードで対向電極に印加する。電極間の平均電界は8.33×10V/cmである。電流コンプライアンス(電流制限)を1μAに設定し、電極間に導電路が形成されて電流が増加しても1μA以上の電流が流れない様に設定しておく。
【0086】
あらかじめ上記のようにして用意したHPA溶液を、シリンジを用いて電極ギャップに供給する。シリンジとしては市販の容量の小さいシリンジなら何でも使用可能である。ここでは米国ハミルトン社製、GASTIGHT #1701(最大容量10μL(リットル))を使用する。一対の電極に供給するHAP溶液の量の目安は0.1から1μL程度である。
【0087】
供給する際にシリンジの先端を振動しない様に保つ事が望ましい。プローバの基板ホルダーやシリンジ先端の供給ノズルの振動は供給したHPA溶液の液面に振動を伝え乾燥時に液面の凹凸を増大させたり、乾燥するHPA分子堆積層の中の分子の配向を乱したりして導電路の導電性を低下させる原因になる事があるので好ましくない。人の手で供給するのではなくマニピュレータを利用したり、精密ディスペンサーなどを使用することもできる。たとえば武蔵エンジニアリング(株)製の液体精密定量吐出用ディスペンサーMT−410などを使用する事も出来る。使用する溶媒によっては蒸気圧が高く液の乾燥が早いものもあるので使用する液に適する液供給方式を採用する事が必要である。条件が絞られればシリンジ先端の位置決め機能を持つ完全自動の市販の自動ディスペンサーを利用する事が出来る。
【0088】
電極間には溶液の供給前に電界をかけてしばらく放置し、微弱な電極リーク電流が低く安定するのを待つ事が望ましい。作成環境は温度、湿度ともにあまり高くない事が望ましい。温度25℃以下、湿度45%以下であれば問題なく導電路の形成を行う事が出来る。リーク電流は1×10−13A程度のオーダーである。
【0089】
電界をかけてリーク電流が安定したらシリンジによりHPA溶液を電極ギャップ上に両方の電極に溶液が浸るように供給する。電極ギャップが300nmの場合液の供給量は、1ギャップあたり最大でも1μL以下で充分である。隣接する複数の電極ギャップに一度に溶液を供給する場合にはそれらの電極のすべてに電界をかけ、広い範囲に溶液を供給する必要がある。
【0090】
溶液を電極ギャップに供給すると電流は3×10−8A程度にすぐに上昇する。これはHPA溶液そのものに流れる電流であり導電路の形成によるものではない。ほとんど時間を経ずに電流は再び上昇し電流制限値の1μAに到達して上昇が止まる。この電流上昇は導電路の形成によるものである。導電路の形成が溶液供給後に瞬時に起きて溶液中の電導のステップと導電路中の電導のステップが区別できない事もあるがその様な状況が良好な導電路の形成には望ましい。この時電源は電流を1μA以下に抑えるために電流に応じて印加電圧を自動的に下げている。
【0091】
対向電極にかかる電圧は初めの設定値25Vから約0.3から30mVに引き下げられて1μAを維持する。この時の電圧は導電路による電圧降下を反映しているが、その値はHPA分子の合成ロット、溶液の調液ロット、溶液の経時変化、HPA堆積層の表面凹凸あるいは導電路中のHPA分子の配向性などの影響をある程度受ける。これはこの様な要因が導電路のコンダクタンスに微妙に影響している事を反映している。この電圧が何らかの原因で高くなりすぎるとこの部分での電力消費が大きくなる。これはこの部分でジュール熱発生が起きる事を意味し、一定以上に大きくなると導電路の破損につながる。1V以上の電圧降下は避けるべきである。望ましくは100mV以下の電圧降下に抑えるように上記の条件を確実に制御する必要がある。
【0092】
導電路が形成されたらそれ以上の不必要な電圧印加は避ける。電流が1μAの電流制限値に達したら電界は数桁低下するのでそれ以上電流を流し続けても導電路の電導性をさらに高める効果はなく、むしろ導電路の破損を引き起こす恐れがあるので、電圧印加を停止する。導電路を形成するためにはいささか高めの電界が必要であるが、導電路をデバイスとして利用する時は導電路の形成の時のような高電界や大電流は普通必要ないからである。
【0093】
この様にして作成した有機導電デバイスは有機物としては非常に高いコンダクタンスを持ち、コンダクタンスの温度依存性が極めて小さい。また基板としてn−SiあるいはpSiウエハの様な低抵抗の基板を用い、基板をゲート電極として使えば電圧を印加する事により導電路の電流を制御できる。温度依存性が小さい理由は完全には解明されていないがバリスティックな電導が起きている事も考えられ、従来は期待できなかったような高速動作への道が開ける事が期待できる。
【0094】
この有機導電デバイスの電極ギャップの中をAFM、STM、SEM、などで観察すると、微細な導電路が確認できる。この導電路を除去すると他の部分が維持されていても導電性は著しく低下する。またSEM観察の一種である日立ハイテクノロジーズ社のEBACなどの方法で導電路の部分を観察すると、低抵抗である事が画像で確認できる。したがって、本発明の方法により導電路が安定に再現性良く形成される。
【0095】
(実施例2)
実施例と同じ方法で、HPA分子の主鎖の側鎖のYの部分をオクチル基(n=8)に変えて、有機導電デバイスを作成した。分子全体の長さは両端の導電ブロックを含めて約360nmである。式(1)のmはピーク値3000である。導電ブロックは実施例1と全く同様とした。このHPA分子はYがブチル基の場合と比べて分子の剛直性が高く、またより結晶し易い。この分子を用いて実施例1とほぼ同様の有機伝導デバイスを作成した。電極間の平均電界は実施例と同様8.33×10V/cm、電極への印加電圧は25Vで電流制限値は1μAである。この条件でHPA分子の溶液を電極ギャップに供給した場合には、液供給して電流が溶液のレベルの3×10−8Aに達してもすぐには導電路が形成されず20秒程度の時間が導電路の形成に必要であった。この原因は不明であるが分子の剛直性が高まり溶液中での分子の動きが鈍くなる事などが考えられる。しかし結果として実施例1とほぼ同様の特性の導電路が形成出来た。
【0096】
導電路の特性がブチルの場合とほとんど同じである事は主な電気伝導が導電路を構成するHPA分子の側鎖にあまり影響されず主鎖によって起きている事を示唆していると考えられる。
【0097】
(実施例3)
実施例1と同じ方法で、HPA分子の主鎖の側鎖のYの部分をヘキシル基(n=6)に変えて有機導電デバイスを作成した。式(1)のmはピーク値1000である。両端の導電ブロックには式(3A,3Bのいずれか)の構造の置換基を持つ長さ30nmのものを用いる。
【0098】
電極はスパッタリングにより成膜して、あらかじめパターニングした金電極であり、電極間隔100nm、300nmおよび500nmの3種類を用意した。実施例1と同様の8.33×10V/cmの電界を印加する。電圧は電極間隔100nmの場合8.3V、電極間隔300nmの場合25V、電極間隔500nmの場合は41.7Vである。
【0099】
この条件でHPA分子の溶液を電極ギャップに供給したところ、液供給して電流が溶液のレベルの3×10−8Aに達してもすぐには導電路が形成されなかった。導電路が形成されるには、5から10秒程度の時間が必要であった。電極間隔100nmと300nmの場合には電流が電流制限値の1μAに達し、この時電圧は10mVのオーダーに低下し導電路の形成が確認できた。しかし500nmの電極間隔の場合には電流は5×10−7A程度であり導電路の形成が完全にできたとはみなせない状況であった。AFMにより電極間の様子を観察したが明確な導電路は確認できなかった。
【0100】
このHPA分子は側鎖にヘキシル基を持つm=1000の分子であるがその長さは分子量分布測定から見積もると分子長さのピーク値が100nm程度である。分子の長さは分布を持ち300nmの長さのものも全体の10%程度含まれる。しかし500nmの長さの分子はほとんど含まれない。分子の長さが電極間隔よりも短いと導電性が高くならないと考えられる。
【0101】
(比較例1)
実施例1とほぼ同様の方法で有機導電デバイスの作成を行った。式(1)と同様の構造のHPA分子を用いる。ただし導電ブロックを持たない。この分子のクロロホルム溶液を実施例1と全く同様の方法で25Vを印加した電極間隔300nmの対向電極間に供給する。
【0102】
溶液供給により2×10−8A程度の電流が流れるが液の乾燥とともに電流は5×10−12から1×10−11A程度の電流まで低下する。繰り返しデバイスを作成しても1μAの電流制限値に到達するものは一つも得られない。SEM観察によっても導電路と確認できるものは電極間に形成されなかった。この事は導電ブロックが導電路の形成に必須である事を示していると考えられる。
【0103】
(実施例4)
200nmの熱酸化膜付きのp+Siウエハ上に実施例1とほぼ同様の方法により白金電極を形成する。電極間隔は300nmである。この電極間に実施例1と同様の方法によりHPA分子による導電路を形成する。導電路の形成時の印加電圧は35V、電流制限値は1×10−6Aである。HPA分子も実施例1と同じものを使用する。作成した導電路は1×10−6A電流を流した時の導電路での電圧降下が5mVである。
【0104】
この様にして作成した導電デバイスの基板にバイアス電圧を印加すると、導電路を流れる電流が変化する事が見出された。メカニズムの詳細は不明であるが、トランジスタ動作が可能であることが把握できた。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明は、螺旋状ポリアセチレンによる導電路を対向電極間に形成する事が出来るので、導電デバイス、トランジスタの様な能動制御デバイス、あるいはスイッチングデバイスに利用することができる。
【符号の説明】
【0106】
1、2 電極
3 導電路
4 基板
5 螺旋状ポリアセチレン(HPA)溶液
6 HPA溶液の液滴
7 シリンジのノズル
8 電流制御プログラマブル電源
9 HPA分子堆積膜
10 電流計
11 電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
螺旋状ポリアセチレンと溶媒を含有する溶液を複数の電極間に配置する工程と、前記溶液に電界を印加して前記螺旋状ポリアセチレンからなる導電路を形成する工程を有することを特徴とする有機導電デバイスの製造方法。
【請求項2】
前記溶液に電界を印加する方法は、前記溶液を複数の電極間に配置した後、前記複数の電極間に電界を印加する方法、または前記複数の電極間に電界を印加した後、前記複数の電極間に前記溶液を配置する方法のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項3】
前記溶液は、螺旋状ポリアセチレン分子が溶媒に溶解または分散している溶液であることを特徴とする請求項1または2に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項4】
前記溶液は、導電路が形成されるまで溶液状態を維持していることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項5】
前記導電路が形成されるまで電界を印加し続けることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかの項に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項6】
前記電界の印加に伴う電流増大に対して、設定した上限値以下に流れる電流を制御して絶縁破壊を防ぐことを特徴とする請求項1乃至5のいずれかの項に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項7】
前記電界の印加により流れる電流の上限値を、導電路の形成前の溶液に流れる電流値以上に設定して導電路の形成を促進することを特徴とする請求項1乃至6のいずれかの項に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項8】
前記電流の上限値を導電路1本あたり1×10−4A以下に制御して導電路の破壊を防ぐことを特徴とする請求項6または7に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項9】
前記電極間に印加する平均電界が1×10V/cm以上であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれかの項に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項10】
前記螺旋状ポリアセチレン分子が両端に導電性の置換基を持つことを特徴とする請求項1乃至9のいずれかの項に記載の有機導電デバイスの製造方法。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれかに記載の有機導電デバイスの製造方法により得られた有機導電デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−227420(P2012−227420A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95001(P2011−95001)
【出願日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】