説明

溶射マスキング装置および皮膜除去方法

【課題】マスキング部材の内面に付着した溶射皮膜を、簡単な構成で容易に除去することができる溶射マスキング装置及び皮膜除去方法を提供する。
【解決手段】エンジンブロック1の上端面1aにマスキング部材3を装着した状態で、溶射ガン11によりボア内面29aに溶射皮膜25を形成する。この際、マスキング部材3のマスキング円筒内面8にも溶射皮膜27が形成されてしまう。マスキング部材3には皮膜除去爪15を進退移動可能に設けてあり、皮膜除去爪15を、その先端面15bをマスキング円筒内面8と同一面とした状態から前進移動させることで、マスキング円筒内面8に付着した溶射皮膜27を除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワークの表面に溶融材料を溶射して溶射皮膜を形成する際に、ワークの端部への溶融材料の付着を防止するマスキング部材を備えた溶射マスキング装置および皮膜除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車用アルミエンジンブロックにおけるシリンダボア内面に鉄系材料からなる溶融材料を溶射して溶射皮膜を形成する際に、エンジンブロック端部に溶射材料が付着しないように、円筒形状のマスキング部材をエンジンブロック端部に装着する方法が知られている(下記特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−2449号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上記したマスキング部材を装着した状態で溶射皮膜を形成する際には、シリンダボア内面におけるエンジンブロック端部にまで均等に溶射皮膜を形成する必要があることから、エンジンブロック端部に連続するマスキング部材の内面にも溶射皮膜が形成されることになる。
【0004】
通常マスキング部材は繰り返し使用するものであるから、特に繰り返し使用するうちに溶射皮膜が徐々に堆積していき、溶射皮膜形成時に、堆積した溶射皮膜が脱落し、溶射中の皮膜に混入して溶射皮膜の密着力の低下を招くものとなる。
【0005】
このため、マスキング部材に付着し特に堆積した溶射皮膜を除去する必要が生じるが、皮膜除去設備として別途機械加工設備など設ける場合には、設備コストが上昇して製造コストの上昇を招き、またスクレーパなどの除去器具を用いて手作業で除去を行う場合には、除去作業が煩雑であり時間を要するので製造コストの上昇を招く。
【0006】
そこで、本発明は、マスキング部材に付着した溶射皮膜を、簡単な構成で容易に除去することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、ワークの表面に溶融材料を溶射して溶射皮膜を形成する際に、前記ワークの端部に該端部への溶融材料の付着を防止するマスキング部材を装着し、該マスキング部材の表面に付着した溶射皮膜を除去する皮膜除去部材を、前記マスキング部材から突出可能に設けたことを最も主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、マスキング部材に設けた皮膜除去部材をマスキング部材の表面から突出させて、該マスキング部材の表面に形成されている溶射皮膜を除去するようにしたので、別途専用の皮膜除去設備を設ける必要がなく、簡単な構成で、マスキング部材に付着した溶射皮膜を容易に除去することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき説明する。
【0010】
図1は、本発明の第1の実施形態に係わる溶射マスキング装置をワークとともに示す断面図である。自動車のワークであるアルミ合金製のエンジンブロック(シリンダブロック)1の図示しないシリンダヘッドが取り付けられる、ワークの端部となる上端面1aには、円筒形状のマスキング部材3を装着している。マスキング部材3は、上端面1aに載置されるフランジ部5と、フランジ部5から上方に延びる円筒部7とを備えている。
【0011】
これらフランジ部5および円筒部7の内面は、マスキング部材の表面となるマスキング円筒内面8を形成しており、該円筒内面8は、エンジンブロック1におけるシリンダボア9の溶射前のワークの表面としての円筒内面となるボア内面9aとほぼ同一面を形成している。
【0012】
図2は、図1に示したマスキング装置の平面図で、円筒部7の図1中で上下方向ほぼ中央部の左右両側には、マスキング円筒内面8の円周方向に沿って延びる円弧形状となるスリット状の貫通孔7aを設けており、この貫通孔7aに皮膜除去部材としての左右一対の皮膜除去爪15の先端部15aを、マスキング円筒内面8からマスキング部材3の内部へ突出移動可能に挿入している。
【0013】
皮膜除去爪15の上記した先端部15aの先端面15bは、図3に図2中で左側の皮膜除去爪15の単体図として示すように、マスキング円筒内面8と整合して同一面を形成する円弧面とし、この円弧面となる先端面15bがマスキング円筒内面8と同一面を形成した状態で、溶射皮膜を形成する。
【0014】
また、上記した皮膜除去爪15の基端部には図2中で上下方向に突出するスプリング支持部15cを備える一方、スプリング支持部15cに対向する位置にあって円筒部7の外側面からスプリング支持部15cと同方向に突出するスプリング支持突起17を設けている。
【0015】
そして、スプリング支持部15cとスプリング支持突起17との間に、左右一対の皮膜除去爪15を互いに離反する方向に押し付ける弾性体としてのリターンスプリング19を設けている。また、皮膜除去爪15は、このリターンスプリング19により互いに離反する方向に押し付けられて先端面15bがマスキング円筒内面8と同一面を形成する位置となるように、皮膜除去爪15の下部に設けた規制突起21が当接して、上記離反する方向への移動を規制する規制部材としてのストッパ部材23をフランジ部5上に設けている。
【0016】
このような皮膜除去爪15を備えたマスキング部材3を図1のようにエンジンブロック1上に装着した状態で、溶射ガン11を、マスキング部材3の上方から回転させつつシリンダボア9内に挿入し、この際溶射ガン11のノズル部11aから例えば鉄系の溶融材料の噴霧13を噴射することで、ボア内面9aに溶射皮膜25を形成する。
【0017】
上記した溶射皮膜25は、ボア内面9aの軸方向のほぼ全域に均等に形成する必要があることから、上端面1a付近においても均一に形成する必要がある。このため溶射ガン11による噴霧13の噴射は、ノズル部11aがマスキング部材3内に位置するときから行っておく必要があり、したがってマスキング部材3のマスキング円筒内面8にも、皮膜除去爪15の先端面15bとともに溶射皮膜27が形成されるものとなる。
【0018】
このような溶射皮膜27は、前述したようにマスキング部材3を繰り返し使用するうちに溶射皮膜が徐々に堆積していき、溶射皮膜形成時に、堆積した溶射皮膜が脱落し、溶射中のシリンダボア9の溶射皮膜25に混入して溶射皮膜25の密着力の低下を招くものとなる。
【0019】
そこで、本実施形態では、マスキング円筒内面8に付着した溶射皮膜27を除去するのであるが、その際皮膜除去爪15を、図1,図2中の矢印Aで示す方向にリターンスプリング19の弾性力に抗して押し付け、図4のように先端面15bをマスキング円筒内面8から突出させる。
【0020】
これにより溶射皮膜27は皮膜除去爪15の先端面15bに押されてマスキング円筒内面8から剥がれ、溶射皮膜27の除去がなされる。
【0021】
このような溶射皮膜27の除去は、1つのシリンダボア9に対して溶射皮膜25を形成する毎に行ってもよく、また溶射皮膜27が溶射中に脱落しない程度の堆積量であれば、シリンダボア9を適数溶射完了した後に行ってもよい。
【0022】
上記した本実施形態によれば、マスキング部材3に設けた皮膜除去爪15を、マスキング円筒内面8からマスキング部材3の内部に向けて突出移動させて、マスキング円筒内面8に付着している射皮膜27を除去するようにしたので、別途専用の皮膜除去設備を設けることなく簡単な構成で、マスキング部材3に付着した溶射皮膜27を容易に除去することができる。
【0023】
この際、溶射皮膜を鉄系の材料で構成する場合には、皮膜除去爪15を鉄系の溶射皮膜に付着しにくい銅系の素材とすることで、溶射時に皮膜除去爪15の先端面15bへの溶射皮膜27の固着を防止することができ、溶射皮膜27の除去作業を確実に行うことができる。
【0024】
なお、上記の皮膜除去爪15を溶射皮膜が付着しにくい素材とする際に、先端面15bに対し、銅系の材料からなる膜を設けるような表面処理を施したり、あるいは鏡面加工するなどでもよい。
【0025】
また、本実施形態では、皮膜除去爪15の先端面15bをマスキング円筒内面8の円周方向に沿って延びる円弧形状としているので、溶射皮膜27を先端面15bの円弧方向の長さにわたって1度に除去することができ、溶射皮膜27の除去作業を効率よく行うことができる。
【0026】
また、皮膜除去爪15をマスキング円筒内面8から突出移動した状態から後退移動させる弾性体となるリターンスプリング19を設けているので、溶射皮膜27を除去した後、皮膜除去爪15は、押圧状態を解除すれば後退し、次に続く溶射作業を速やかに行うことができる。
【0027】
さらに、皮膜除去爪15をリターンスプリング19により後退移動させる際に、皮膜除去爪15の先端面15bがマスキング円筒内面8とほぼ同一面となる位置で停止させる規制部材となるストッパ部材23を設けているので、先端面15bをマスキング円筒内面8に対して同一面を形成する位置に容易に戻すことができる。
【0028】
図5は、エンジンブロック1AがV型6気筒エンジンの場合において、一方のバンクにおける3つのシリンダボア9に対して溶射皮膜を形成する際に使用する溶射マスキング装置を示している。
【0029】
この溶射マスキング装置に使用するマスキング部材3Aは、シリンダボア9の配列方向に沿ってフランジ部5Aを3気筒分延長して形成し、この延長形成して長方形状としたフランジ部5Aに、各シリンダボア9に対応して図1と同様な円筒部7および、該円筒部7に対して移動可能に先端部15aを挿入してある図1と同様な一対の皮膜除去爪15をそれぞれ設ける構成としている。
【0030】
このように構成することで、複数のシリンダボア9に対して溶射皮膜25を順次形成した後に、各シリンダボア9に対応するマスキング円筒内面8に付着した溶射皮膜27を順次除去することができ、溶射からマスキング円筒内面8の皮膜除去を効率よく作業することができる。
【0031】
図6は、本発明の第2の実施形態に係わる溶射マスキング装置を示す断面図、図7は同平面図である。この実施形態におけるマスキング部材3Bは、第1の実施形態における皮膜除去爪15に代えてピン形状とした複数の皮膜除去ピン29を使用している。
【0032】
皮膜除去ピン29は、図6に示すように上下方向に複数(ここでは一方の側に付き3本)設けるとともに、図6に示すように円周方向にも複数(ここでは一方の側に付き5本)設けてあり、その先端部29aを、円筒部7に設けた小孔形状の貫通孔7b内に移動可能に挿入し、その先端面29bをマスキング円筒内面8と整合して同一面を形成する円弧面としている。
【0033】
皮膜除去ピン29の基端部は押圧片31に連結固定し、押圧片31の図7中で上下両端を、第1の実施形態と同様のリターンスプリング19によりスプリング支持突起17に連結している。また、皮膜除去ピン29は、図6,図7中で左右両側に位置するもの同士が、リターンスプリング19により互いに離反する方向に押し付けられて先端面29bがマスキング円筒内面8と同一面を形成する位置となるように、押圧片31の下部に設けた規制突起33が当接して、上記離反する方向への移動を規制する規制部材としてのストッパ部材35をフランジ部5上に設けている。
【0034】
上記した第2の実施形態によるマスキング部材3Bにおいても、マスキング円筒内面8に付着した溶射皮膜を除去する際には、第1の実施形態によるマスキング部材3と同様に、押圧片31を矢印Aで示す方向にリターンスプリング19の弾性力に抗して押し込み、先端面29bをマスキング円筒内面8から突出させことで、マスキング円筒内面8に付着した溶射皮膜を容易に除去することができる。
【0035】
したがって、第2の実施形態においても、第1の実施形態と同様に別途専用の皮膜除去設備を設ける必要がなく、マスキング部材3に付着した溶射皮膜27を、簡単な構成で容易に除去することができる。
【0036】
また、第2の実施形態においても、皮膜除去ピン29を鉄系の溶射皮膜に固着しにくい銅系の素材とするなどで、溶射時に皮膜除去ピン29の先端面29bへの溶射皮膜の固着を防止することができるが、この際先端面29bによる溶射皮膜への接触面積を、第1の実施形態における皮膜除去爪15の先端面15bに比較して小さくできるので、溶射皮膜の固着をより確実に防止することができる。
【0037】
なお、図1に示した第1の実施形態および図6に示した第2の実施形態は、皮膜除去部材(皮膜除去爪15および皮膜除去ピン29)の先端面15bおよび29bを円筒部7内に突出移動させる際に、この突出移動方向に皮膜除去部材を単に押し込む機構を採用しているが、例えばカム機構などを用い、上記押し込む方向とは別な方向に押圧操作することで、皮膜除去部材の先端面を円筒部7内に突出移動させる構成とすることもでき、第1,第2の実施形態の機構に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の第1の実施形態に係わる溶射マスキング装置をワークとともに示す断面図である。
【図2】図1に示したマスキング部材の平面図である。
【図3】図2のマスキング部材に設けた皮膜除去爪の平面図である。
【図4】マスキング部材に付着した溶射皮膜を除去する際に皮膜除去爪を押し込んだ状態を示す動作説明図である。
【図5】V型6気筒エンジンのシリンダボアに対して溶射皮膜を形成する際の溶射マスキング装置をワークととともに示す斜視図である。
【図6】本発明の第2の実施形態に係わる溶射マスキング装置を示す断面図である。
【図7】図6の溶射マスキング装置の平面図である。
【符号の説明】
【0039】
3,3A,3B マスキング部材
8 マスキング円筒内面(マスキング部材の表面)
9a ボア内面(円筒内面,ワークの表面)
15 皮膜除去爪(皮膜除去部材)
15b 皮膜除去爪の先端面(皮膜除去部材の先端面)
19 リターンスプリング(弾性体)
23,35 ストッパ部材(規制部材)
25 ボア内面に形成した溶射皮膜
27 マスキング円筒内面に形成される溶射皮膜
29 皮膜除去ピン(皮膜除去部材)
29b 皮膜除去ピンの先端面(皮膜除去部材の先端面)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークの表面に溶融材料を溶射して溶射皮膜を形成する際に、前記ワークの端部に該端部への溶融材料の付着を防止するマスキング部材を装着し、該マスキング部材の表面に付着した溶射皮膜を除去する皮膜除去部材を、前記マスキング部材から突出可能に設けたことを特徴とする溶射マスキング装置。
【請求項2】
前記皮膜除去部材は、少なくとも前記マスキング部材の表面に露出する先端面を前記溶射皮膜が付着しにくい素材で構成したことを特徴とする請求項1に記載の溶射マスキング装置。
【請求項3】
前記ワークの表面は円筒内面であり、これに対応して前記マスキング部材の表面も円筒内面とし、前記皮膜除去部材の先端面を前記マスキング部材の表面の円周方向に沿って延びる円弧形状としたことを特徴とする請求項1または2に記載の溶射マスキング装置。
【請求項4】
前記皮膜除去部材をピン形状として複数設けたことを特徴とする請求項1または2に記載の溶射マスキング装置。
【請求項5】
前記皮膜除去部材を、前記マスキング部材の表面から突出した状態から後退させる弾性体を設けたことを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の溶射マスキング装置。
【請求項6】
前記皮膜除去部材を前記弾性体により後退させる際に、前記皮膜除去部材の先端面が前記マスキング部材の表面とほぼ同一面となる位置で停止させる規制部材を設けたことを特徴とする請求項5に記載の溶射マスキング装置。
【請求項7】
ワークの表面に溶融材料を溶射して溶射皮膜を形成する際に、前記ワークの端部に該端部への溶融材料の付着を防止するマスキング部材を装着し、このマスキング部材に設けた皮膜除去部材を、前記マスキング部材から突出させて、該マスキング部材の表面に付着している溶射皮膜を除去することを特徴とする皮膜除去方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−303435(P2008−303435A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−152515(P2007−152515)
【出願日】平成19年6月8日(2007.6.8)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】