説明

滑り軸受およびそれを用いる作業機連結装置

【課題】高面圧、低速摺動下においても、耐焼付き性、耐摩耗性に優れるとともに、焼結摺動材料の強度を低下させずに長時間安定してその特性を維持することのできる滑り軸受と、その滑り軸受を用いる作業機連結装置を提供する。
【解決手段】Cu合金系の気孔内に、ワックス中に潤滑油が液的に分散してなる潤滑剤混合物を充填する。ここで、潤滑剤混合物は、常温で0.5重量%以上20重量%未満の固体ワックス中に80〜99.5重量%の極圧添加剤を含有する潤滑油が液的に分散されるとともに、滴点が20℃以上60℃未満であり、かつその潤滑剤混合物中の潤滑油の40℃における粘度が220cSt未満である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建設機械の作業機連結装置に用いられる作業機ブッシュのように、高面圧、低速摺動、揺動の極めて悪い潤滑条件下で使用される滑り軸受と、その滑り軸受を用いる作業機連結装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、長期間の給脂間隔もしくは無給脂で使用される滑り軸受として、Cu系もしくはFe系の多孔質焼結合金中の気孔に潤滑油を含有させた含油滑り軸受が多く使用されている。また、これら含油軸受に含浸させる潤滑油は、含油軸受が使用される面圧、摺動速度などの摺動条件に応じて適正な粘度に調整されている。一方、多孔質のCu系焼結合金もしくはFe系焼結合金の選定に関しては、油潤滑状況、摺動速度、摺動面圧等の条件に応じて決められており、軽負荷で高速摺動条件では青銅系含油軸受が良く利用され、高面圧で低速摺動条件ではFe−C、Fe−Cu、Fe−C−Cu系含油軸受が利用される(非特許文献1参照)。
【0003】
また、前記非特許文献1には、含油軸受に使用する潤滑油の選定にあっては、低速、高荷重の場合には高粘度の潤滑油を選び、逆に高速、軽荷重の場合には低粘度の潤滑油を選ぶのが適当であり、一般的に焼結軸受の適正油は、非多孔質な滑り軸受に比べて油圧の逃げの現象が発生するため、全般的に高粘度側に寄っていること、について記載されている。
【0004】
建設機械の作業機連結装置における最大の問題点は、摺動速度が極めて遅く、潤滑性が非常に悪いことである。例えば、この作業機連結装置における摺動速度が1〜3m/minの範囲の滑り軸受に含油させる潤滑油の粘度は、前述の潤滑油の選定基準に従うと、50℃における動粘度(cSt)が100〜800cStであり、ISOVG100〜ISOVG900相当の潤滑油が適正粘度であり、高面圧下で使用する場合には、ISOVG400〜ISOVG900が好ましいことが教示されている。なお、耐焼付き性と耐摩耗性を機能とする滑り軸受の潤滑油において、その潤滑油に極圧添加剤等の各種の添加剤が含有されることは公知の事実である。
【0005】
また、特許文献1には、600kgf/cm以上の高面圧で、摺動速度1.2〜3m/minの摺動条件に使用する鉄系焼結含油軸受に240〜1500cStの潤滑油を含浸する滑り軸受が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献2には、常温で半固体状態または固体状態で滴点60℃以上の潤滑組成物を鉄炭素合金基地中にマルテンサイトを含むとともに、銅粒子および銅合金粒子の少なくともいずれか一方が分散している鉄基焼結合金の気孔中に充填した滑り軸受が30MPa以上の面圧状態で良好な滑り軸受になることが開示されている。
【0007】
また、高力黄銅や青銅製の軸受に固体潤滑剤である黒鉛片を規則的に配列して、その黒鉛片に潤滑油を含油させた滑り軸受も利用されている(例えばオイレス工業株式会社製「500SP」)
【0008】
一方、高面圧用の含油軸受用焼結合金としては、特許文献3に、マルテンサイトが存在する鉄炭素合金基地中に、Cu粒子またはCu合金粒子が分散しており、Cu含有量が7〜30重量%であるとともに、前記鉄炭素合金基地より硬質な相として特定の組成を有する合金粒子5〜30重量%が分散しており、かつ気孔率が8〜30体積%であることを特徴とする含油軸受用耐摩耗性焼結合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第2832800号公報
【特許文献2】特開平10−246230号公報
【特許文献3】特開平8−109450号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】日本粉末冶金工業会編著、「焼結機械部品−その設計と製造−」、株式会社技術書院、昭和62年10月20日、P327−341
【0011】
実際の含油滑り軸受において流体潤滑状態が達成されることは極めて稀であって、そのほとんどが境界潤滑条件で摺動していることは良く知られている。また、焼結材中の気孔を通じた油圧の逃げによって摺動面における潤滑油の膜厚さが軸受表面の面粗さ程度以下に薄くなり、多くの場合には、固体摩擦(凝着)を伴った摺動条件になるために、潤滑剤の化学的機能(組成)と軸受材料の機能(組成と組織)によって支配され易い潤滑状況になり、凝着摩擦を伴いながら、その摩擦係数が0.1程度になることは良く知られている。なお、図5には、汎用的に用いられる含油滑り軸受の適用範囲が示されている(前記非特許文献1のP337、「図6.19 焼結軸受適用例」参照)。
【0012】
前述のように滑り軸受を建設機械の作業機連結装置に適用する場合の摺動条件は、面圧が300kgf/cm以上で、摺動速度が0.1〜2m/minであることが多く、例えば後述する作業機ブームの油圧シリンダー部に設けられる連結装置においては、面圧が700kgf/cm、揺動による平均滑り速度が0.1m/minである。これを図5に当てはめてみると、少なくとも家電製品等の従来の軽負荷の含油滑り軸受範囲にない、より高負荷の含油滑り軸受を開発する必要があることは明らかである。
【0013】
また、この種の作業機連結装置に使用される含油滑り軸受を開発するに際しては、潤滑油と焼結摺動材料の両方の観点からの開発が必要であることも明らかである。
【0014】
さらに、近年の環境問題を考えると、前記Fe系もしくはCu系摺動材料中に多量に含有されるPbを添加しないようにすることも望まれている。
【0015】
ところで、前記特許文献1においては、600kgf/cm以上の高面圧で、摺動速度1.2〜3m/minの摺動条件に使用する鉄系焼結含油軸受に40℃における動粘度が240〜1500cStの潤滑油を含浸する滑り軸受が開示されているが、この滑り軸受は、前記作業機ブームシリンダーの軸受のように、より低摺動速度状態において用いられる滑り軸受として十分でないという問題点がある。
【0016】
また、前記特許文献2には、常温で半固体状態または固体状態で、極圧添加剤および固体潤滑剤粒子の少なくとも一方を含む油分およびワックスを含有し、その滴点が60℃以上の潤滑組成物を鉄炭素合金基地中にマルテンサイトを含むとともに、銅粒子および銅合金粒子の少なくともいずれか一方が分散している鉄基焼結合金の気孔中に充填した滑り軸受が30MPa以上の面圧状態で良好な滑り軸受になることが開示されているが、前記作業機ブームシリンダーの軸受のように、極めて高面圧下、極低摺動速度の態様においては、滴点60℃以上の半固体状態の潤滑剤組成物では潤滑性の改善が十分でないという問題点がある。
【0017】
なお、前記特許文献2には、前記潤滑組成物中のワックスが、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、カルナバワックス、ライスワックス、キャンデリラワックス、みつろう、モンタンワックス、ポリエチレンワックスのいずれかで、好ましくはパラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックスであり、前記潤滑組成物中の油分が、極圧添加剤を含有する工業用潤滑油であり、前記ワックスの含有量が20〜40重量%で、ワックス中に0.5〜1.5重量%の極圧添加剤および1.5〜2.5重量%の固体潤滑剤粒子の少なくとも一方を含有させることが開示されているが、作業機を0℃以下の低温で作動させ始めた場合においては、その動的粘度が極めて高く、前述のような部分的な潤滑油膜による潤滑性が期待できず、金属接触摩擦による顕著な凝着が起こり易くなることから、作業機連結装置の滑り軸受として十分な機能を発揮することができないという問題点がある。
【0018】
また、長時間の摺動時において、その摺動面での凝着摩耗が進行する限りにおいては、より高面圧での摺動面における摺動材料中の気孔が塑性変形により閉塞化していくことが避けられないこと、潤滑油の縮合、極圧添加剤の分解およびワックスの分解によるスラッジもしくはワニスの生成によって、摺動面での気孔の詰まりが起こることから、滴点が高い潤滑組成物や高粘度の潤滑油では摺動面への供給性がより不足するために、作業機用の含油焼結軸受として十分な耐高面圧性と耐久性とが得られなくなることは明らかである。
【0019】
また、多孔質の含油焼結軸受の気孔中に固体潤滑剤を添加した半固体状のグリースを充填した場合においても、固体潤滑剤が多孔質毛細管を閉塞させて含油の効果を低下させることが多いことから、給油間隔が長く、滴点の高い潤滑組成物を利用する場合には固体潤滑剤の添加を避けることが望ましいことは明らかである。
【0020】
一方、前記特許文献3に開示された含油軸受用耐摩耗性焼結合金においては、鉄炭素合金基地中に分散する合金粒子として、(1)C:0.6〜1.7重量%、Cr:3〜5重量%、W:1〜20重量%、V:0.5〜6重量%を含有するFe基合金粒子(高速度工具鋼(ハイス)粉末粒子)、(2)C:0.6〜1.7重量%、Cr:3〜5重量%、W:1〜20重量%、V:0.5〜6重量%、MoまたはCoの少なくとも1種:20重量%以下を含有するFe基合金粒子(MoまたはCoを含む高速度工具鋼(ハイス)粉末粒子)、(3)Mo:55〜70重量%を含有するMo−Fe合金(フェロモリブデン)、(4)Cr:5〜15重量%、Mo:20〜40重量%、Si:1〜5重量%を含有するCo基合金(肉盛溶射用耐熱耐摩耗性合金粉(キャボット社製、商品名:コバメット)が挙げられている。また、この特許文献3には、前記硬質合金粒子の分散によって、基地の塑性変形が低減され、滑り摺動時に基地合金にかかる負担が低減されて、優れた耐摩耗性を示す焼結含油軸受合金が得られることが開示されている。
【0021】
しかし、通常の境界潤滑下で使用されるFe−C−Cu系含油軸受材料においては、CuもしくはCu合金粉末が焼結時において、その焼結体中に形成される大きな流出孔が長時間の摺動面における潤滑孔の閉塞化を防止し、更に、より高面圧下では耐力の大きいマルテンサイト組織とすることによって耐焼付き性を改善できることは、従来の鋼管を利用した作業機ブッシュの内径部摺動面においても高周波焼入れ焼戻しや浸炭焼入れ焼戻しの硬化熱処理を施して使用されていることから明らかであり、前記特許文献2で開示されるFe−C−7〜30重量%Cuを含有するマルテンサイトを含む組織の含油焼結摺動材料では十分なものでないことが明らかである。
【0022】
また、前記特許文献2に開示されているものにおいて、ハイス粉末等の硬質合金粒子を分散させることは、耐焼付き性と耐摩耗性の改善に対して有効であることは明らかであるが、その硬質合金粒子の添加量(5〜30重量%)には限界があり、また滑り摺動時に基地合金にかかる負担を軽減するために、その硬質合金粒子に負担が集中するので、その凝着摩耗性を改善する効果が十分でないという問題点がある。
【0023】
このような点をさらに改善するものとしては、焼結摺動材料中にMoS、WS、BN、黒鉛等の固体潤滑剤を3重量%以下で含有させることが広く知られている。しかし、これらの固体潤滑剤を多く添加した場合には、焼結摺動材料の強度が顕著に劣化する問題がある。また、これらの固体潤滑剤は潤滑剤側において添加されることが一般的に行われているが、この固体潤滑剤は摺動面上の気孔を閉塞化させ易く、また前述のように固体潤滑剤が含油焼結軸受の気孔中に充填されている場合には、多孔質毛細管を閉塞化しないように含油焼結軸受の気孔中に充填する潤滑組成物中の固体潤滑剤添加量を適正化しなければならないという問題がある。
【0024】
また、通常の作業機連結装置において、滑り軸受の内径部に配される作業機ピンは高応力の曲げ荷重を支える必要性から、高周波焼入れ、浸炭処理、ガス軟窒化、窒化等の熱処理が施され、その作業機滑り軸受と摺動する作業機ピンの摺動面硬さがビッカース硬さH=450以上に硬化されていることから、例えば特許文献1〜3に開示されるように、馴染み性の観点から、マルテンサイトを含有したビッカース硬さH=約450〜750の硬さに調整した場合には、作動初期にかじりが発生し易いという問題点がある。とりわけ、滴点が高いために、潤滑成分の摺動面への浸透が難しい潤滑組成物を充填する含油焼結滑り軸受にとっては、作動初期における局所的かじりの累積が異音の発生などに繋がり易いという問題点がある。
【0025】
さらに、含油焼結軸受にとって、使用中の摩耗は凝着摩耗によって進行するのが支配的であり、前記特許文献1〜3に開示されるような、より硬質のマルテンサイトを含有する組織を持つ鉄炭素合金基地の含油焼結滑り軸受としては、外部からの土砂などの侵入が防げない部位の作業機連結装置において、その土砂によるアブレッシブ摩耗に対する対策として、より硬質な含油焼結軸受が望まれるところであるが、これら文献に記載の含油焼結滑り軸受は、凝着摩耗性に優れているとは限らないという問題点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
本発明は、このような問題点を解消するためになされたもので、高面圧、低速摺動下においても、耐焼付き性、耐摩耗性に優れるとともに、焼結摺動材料の強度を低下させずに長時間安定してその特性を維持することのできる滑り軸受と、その滑り軸受を用いる作業機連結装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0027】
前記目的を達成するために、第1発明による滑り軸受は、
Cu合金系多孔質焼結体の気孔内に、ワックス中に潤滑油が液的に分散された潤滑剤混合物を充填してなる滑り軸受であって、
前記潤滑剤混合物が、常温で0.5重量%以上20重量%未満の固体ワックス中に80〜99.5重量%の極圧添加剤を含有する潤滑油が液的に分散されるとともに、滴点が20℃以上60℃未満であり、かつその潤滑剤混合物中の潤滑油の40℃における粘度が220cSt未満であることを特徴とするものである。
【0028】
本発明において、低温での作動性を考慮して、前記潤滑油としては、流動点が−20℃以下で、40℃での粘度が100cSt以下であって、摺動面への給油性に優れているものを採用するのが好ましい(第2発明)。
【0029】
また、0.1m/min以下の摺動速度で、1200kgf/cm程度の高面圧においては、その摺動時の局部的な凝着によって、最表面が高い温度に晒されるため、低温度側での潤滑性と高温度側での潤滑油の耐熱性を高めることを考慮し、前記潤滑油としては、低温での動粘性が低く、耐熱性に優れたものであり、かつ摺動面での気孔の目詰まりを起させるスラッジの発生を抑える合成潤滑油を使用するのが好ましい(第3発明)。なお、この合成潤滑油は、鉱油のように低温でワックスを晶出して流動性を失う性質を有していない。
【0030】
前記合成潤滑油としては、耐熱性の優れるポリオールエステル、リン酸エステル、ポリブテン、ポリαオレフィン、ポリグリコール、ポリフェニルエーテルのうちの一種以上からなるのが好ましい(第4発明)が、とりわけ、ポリオールエステル油、リン酸エステル油は、低温での動粘性が低く、金属表面に化学吸着する力が強いことから潤滑性に優れており、また高温でそれらの合成油が重縮合してスラッジを作る、より低分子化する特徴を有している(ポリブテン、ポリグリコールは高温度で分解して揮発する特性がある。)ことから、本発明においては特に好ましい合成潤滑油である。また、リン酸エステルは、鉱油に添加して、極圧添加剤、耐摩耗添加剤として使用されるものであることから、前記合成潤滑油は一種以上の混合物であるのが好ましい。
【0031】
さらに、前記スラッジの発生を抑える酸化防止剤や極圧添加剤などの各種添加剤は一般の潤滑油の場合とほぼ同様に利用できるが、過剰な添加は逆にスラッジの生成が起こり易くなるために、とりわけスラッジを発生し易いSの添加量は0.2重量%を越えないようにして、サルファアタックが起こり易い銅合金系の含油焼結滑り軸受においても適用し易くし、Pは0.2重量%以下、Zn、Mg、Ca、B、Iはそれぞれ0.1重量%以下であることが望ましい。また、国内で奨励されているミッション用ギヤ潤滑油(75W/90)における(S+P+Zn+Mg+Ca+B)の添加量は0.85〜3.43重量%であって、とりわけSが主成分となることが多く、S添加量は0.37〜3.1重量%とするのが良い。本発明においては、前記合成潤滑油に含有される極圧添加剤である、(S+P+Zn+Mg+Ca+B)の添加量を0.5重量%以下に調整して摺動面に発生するスラッジを抑制するようにした(第5発明)。
【0032】
一方、前記潤滑油との混合組成物を構成するワックス類においては、前記滴点を調整する観点から3〜20重量%の範囲に限定するものとする。このワックス類としては、参考書(府瀬川健蔵著、「ワックスの性質と応用」、幸書房、昭和58年9月10日)に記載された天然ワックス(植物系:キャンデリラワックス、カルナバワックス、ライスワックス、動物系:みつろう、ラノリン、鉱物系:モンタンワックス(褐炭))、石油ワックス(パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス)、合成ワックス(ポリエチレンワックス、サゾールワックス、12ヒドロキシステアリン酸)等の公知のワックスおよび潤滑油に良く利用される12ヒドロキシステアリン酸の誘導体(アミド、エステル、金属せっけん等)、脂肪酸アミド、脂肪酸ケトン、脂肪酸アミン、脂肪酸イミド等のワックス類が使用可能である。要するに、本発明において、前記ワックスは、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、カルナバワックス、ポリエチレンワックス等のワックスおよび、潤滑剤に使用されるステアリン酸、ラウリン酸、12ヒドロキシステアリン酸、油ゲル化剤のうちの一種以上であるのが好ましい(第6発明)。
【0033】
なお、植物系、動物系のワックス類においてはスラッジを発生し易いことから、石油ワックス、合成ワックスを主体とし、その融点が少なくとも35℃以上で、かつ多孔質焼結体の気孔への含油条件によって、潤滑油の酸化が急激に起こり易い温度を考慮して、ワックス類の融点を約120℃以下に調整するのが好ましい。また、前記ワックス類の中でも、パラフィンワックス、低密度ポリエチレンワックス、12ヒドロキシステアリン酸はスラッジを発生しにくく、潤滑性に優れた低融点のワックスであり、好ましいワックス類であることが明らかである。
【0034】
ところで、前述のように、金属接触摩擦が関与する境界潤滑条件では、前記非特許文献1に記載の多孔質金属焼結体および、特許文献2に記載のマルテンサイトを含有する鉄炭素基地焼結体では、十分な耐久性と、より高面圧条件での使用に耐えないことから、第7発明においては、前記第1発明において、前記Cu合金系多孔質焼結体は、少なくともSn:2〜10重量%およびAl:2〜14重量%を含有する滑り軸受としたものである。
【0035】
前記Cu合金系多孔質焼結体は、本出願人が特開2001−271129号公報において開示した高耐面圧用の焼結摺動材料である。この焼結摺動材料は、その焼結組織中に少なくともβ相が分散した(α+β)二相もしくはβ相組織であって、それらの組織中に、さらに各種の金属間化合物、CaF、黒鉛等の固体潤滑剤等が含有されても良いことを特徴としている。また、作業機連結装置に圧入される際の軸受剛性と圧入力が維持されるようにする場合には、前記焼結摺動材料を鉄系の裏金の内径面に一体化して構成される滑り軸受としている。
【0036】
前記Cu−Al−Sn系含油焼結材料は、前述のマルテンサイトを含有する軸受材料と比べて軟質であり、作業機ピンとの馴染み性に優れることから、従来の鉄炭素合金基地の軸受材料では達成できない、極めて良好な含油焼結滑り軸受となり、例えば0.05m/minの極めて遅い摺動速度で、かつ1200kgf/cmまでの高面圧下で使用することができる極めて優れた滑り軸受となるが、高価な銅系材料を使っており、かつ前述の剛性と圧入力(抜け出し耐力)が必要となる場合には裏金と一体化する必要があることから、経済的にはより安価な含油滑り軸受が望まれることは明らかである。
【0037】
前記多孔質焼結体中には少なくとも焼結素地よりも硬質な硬質粒子が10体積%以下含有されているのが好ましい(第8発明)。この場合、前記硬質粒子は、TiC、WC、V、TiN、Si、Al、Mo炭化物、Cr炭化物、フェロモリブデン、フェロクロムのいずれかであるのが好ましい(第13発明)。また、より安価な材料としては、鉄炭素合金系焼結合金において、SiO、Al、TiC、TiP、ZrO、燐鉄等のセラミック粒子が、作業機ピンに対する顕著なアタック性を示さない0.2〜10体積%の範囲で添加されたFe−C、Fe−C−Cu、Fe−C−P系焼結材料を用いた滑り軸受も良い摺動特性を示すことは明らかである。
【0038】
ところで、前記第1発明〜第9発明における滑り軸受は、通常、その内径部に配される軸受ピンと摺動しあうものであるが、軸受ピンの外周面側に一体化される場合の方が、軸受装置としては機能上の利点が同等もしくはそれ以上あり、かつ経済的にも好ましいことが多い。このため、第10発明は、前記滑り軸受が軸受軸の外周面に溶射、溶浸接合、焼結接合、ろう付け、接着、かしめ、嵌合、圧入、ねじ止めのうちの一種以上の方法で一体化された複層軸受軸を備える作業機連結装置を提供するものである。
【0039】
また、この第10発明に係る作業機連結装置において、長時間の無給脂化を図るには、多量の潤滑組成物を含有させた安価なCu系含油焼結滑り軸受とそのブッシュの内径側に配する前記複層軸受軸(複層作業機ピン)を組み合わせた作業機連結装置とするのが好ましい。また、この場合の複層軸受軸の外周面に一体化される摺動層は多孔質である必然性はなく、高融点のワックス、樹脂もしくは低融点金属を含浸して封孔処理するか、またはショットピーニングなどの物理的手段で高密度化を図ることが、前述の境界潤滑下の油膜形成にとって好ましいことは明らかである(第11発明)。
【0040】
使用条件が極めて厳しい建設機械用の連結装置としては、円筒状の作業機用含油滑り軸受を用いるものだけでなく、球面滑り軸受または球面軸受軸のいずれかが使用できる(第12発明)。さらに、この作業機連結装置は、転輪ローラアッセンブリ、イコライザー、履帯連結装置、サスペンション装置に用いられることは明らかであり(第13発明)、これらは全て本発明の範囲に属するものである。
【発明の効果】
【0041】
本発明においては、Cu合金系多孔質焼結体の気孔内に、ワックス中に潤滑油が液的に分散してなる潤滑剤混合物もしくは熱可逆的な潤滑油ゲルを充填することによって、極めて摺動速度が遅く(0.01〜2m/min)、高面圧(例えば300kgf/cm以上)の作業機連結装置に適用しても、摺動面での耐焼付き性と耐摩耗性とが発揮されるとともに、長期間安定してその特性が維持される滑り軸受を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】No.A9焼結摺動材料の金属組織写真
【図2】No.B1焼結摺動材料の金属組織写真
【図3】軸受試験の試験片形状を示す断面図
【図4】揺動軸受試験の摩擦係数を示すグラフ
【図5】汎用的に用いられる含油滑り軸受の適用範囲を示すグラフ
【実施例】
【0043】
次に、本発明による滑り軸受およびそれを用いる作業機連結装置の具体的実施例について、図面を参照しつつ説明する。
【0044】
(実施例1;焼結合金の製造)
本実施例においては、鉄粉末1(神戸製鋼製アトメル300)、鉄粉末2(神戸製鋼製アトメル4600)、#100メッシュ以下の鉄粉末3(2000系+0.5重量%Ti)、黒鉛粉末(ロンザ製KS6)、電解銅粉末(福田金属製CE15)、#250メッシュ以下の燐鉄(Fe25重量%P)、Al粉末、Sn粉末、TiH粉末、高速度鋼SKH51粉末、平均粒径1.5μmのSi粉末、CaF(平均粒径55μm)、#350メッシュ以下のNi粉末を使い、表1に示される混合粉末を作成し、さらに、これらの混合粉末に対して、0.7重量%の有機滑材を配合して、3〜6ton/cmの加圧力で、内径が46mm、高さ50mmの円筒状の成形体に成形した。ここで、表1に示されるNo.A1〜No.A10の鉄系材料は、1150℃で1hr焼結した後に、950℃に炉冷却し、さらにNガス冷却によって急速冷却した。
【0045】
一方、表2には銅系焼結合金の例が示されている。この表2に示されるNo.B1の銅系焼結材料は、960℃で1hr焼結すると同時に、円筒状鋼管(S50C相当)の内周面に焼結接合したものである。
【0046】
【表1】

【表2】

【0047】
なお、表1のNo.A9、A10は、特開平9−49006号公報と特開2002−180216号公報に開示した、摺動特性に優れたFe−Al−Cu系焼結摺動材料であり、表2のNo.B1は、特開2001−271129号公報に開示した、摺動特性に優れたβ相を母相とするCu−Al−Sn系焼結摺動材料である。図1および図2には、No.A9およびNo.B1の代表的な組織をそれぞれ示す。
【0048】
(実施例2;潤滑組成物の製造)
本実施例では、焼結材料の気孔中に充填する潤滑組成物を準備した。潤滑油としては、40℃における動粘度が68〜680cSt(ISOVG68〜ISOVG680)の鉱油をベースとする工業用ギヤ油およびポリオールエステル合成潤滑油(モービル社、MJO II)を用い、ワックス類としては、パラフィンワックス(融点70℃、表3中「P−ワックス」と表示)、マイクロクリスタリンワックス(融点63℃、表3中「M−ワックス」と表示)、12ヒドロキシステアリン酸(融点73度、表3中「12ヒドロ」と表示)、油ゲル化剤ブチルアミド(GP1;融点156℃)を用いて、表3に示すような潤滑組成物を準備した。
【0049】
【表3】

【0050】
ワックス類の添加量は1〜40重量%としたが、例えばパラフィンワックスを約15重量%以上添加した場合には、滴点が60℃以上になることがわかった。また、GP1(油ゲル化剤)は、融点が156℃と高く、潤滑油の劣化を防止するために、エチルアルコールに溶解させたものを潤滑油に添加することで潤滑組成物とした。
【0051】
また、本実施例の潤滑組成物を実施例1の焼結体気孔中に充填する方法は、減圧中で120度に加熱した液状潤滑組成物中に先の焼結体を浸漬する方法とした。
【0052】
(実施例3;軸受試験)
図3に、本実施例において使用される軸受試験片の形状が示されている。この軸受試験片において、摺動面粗さは焼結孔を除いて、すべて2〜5μm程度の旋盤加工目とし、軸受試験用の軸はS50C炭素鋼の表面層を高周波焼入れ、焼き戻し(160℃)し、表面硬さがHRC56となるように調整し、その面粗さを研削加工によって1〜3μm以下に仕上げたものを使用した。
【0053】
また、軸受試験機は、揺動角度10°と160°の揺動試験とし、面圧が1300kgf/cmまでを揺動回数2000サイクル繰り返した後に50kgf/cm毎に昇圧し、その時の摩擦係数が0.3以上に急速に上昇した面圧の前面圧を焼付き限界面圧として評価した。なお、低揺動角度の平均滑り速度は0.05m/min、高揺動角度の平均滑り速度は0.8m/minである。
【0054】
この評価結果が、表4(低揺動角度)および表5(高揺動角度)にまとめて示されている。
【0055】
【表4】

【表5】

【0056】
これらの表から、潤滑組成物L4の滴点が約65℃であり、また潤滑組成物L5は動粘度が460cStの工業用ギヤ油のみのものであって、これらの潤滑組成物を充填したものに比べ、滴点40℃前後に調整したその他の潤滑組成物の充填によってその耐焼付き限界面圧が顕著に改善され、とりわけ、ポリオールエステル合成潤滑油を使った潤滑組成物L8(滴点39℃)が限界面圧改善に効果的であることがわかった。また、この潤滑組成物L8は、ほぼ同じ動粘度32cStのタービン油を使った潤滑組成物L6と比べても良好であって、これは、潤滑油としてスラッジ発生の少ない合成油を用いること、また極圧添加剤、耐摩耗剤としてPを0.22重量%とし、その他の極圧添加剤を添加しなかったことによる改善効果であることがわかる。
【0057】
また、潤滑組成物L10、L11のアミド誘導体である油ゲル化剤については0.5〜2.0重量%が適量であって、それ以上の添加によってその耐焼付き性改善効果が減少し、また摺動材料No.B1の銅系材料への潤滑組成物とする際に、その改善効果が低下するが、これは明らかにアミド分解物による腐食、スラッジ発生問題が関与するものと考えられる。
【0058】
また、焼結摺動材料別の耐焼付き性を評価すると、A1*とA6*との比較から、Cu粒子の組織中での分散効果はほとんど確認されず、A1*とA2*,A3,A4の比較から、焼結体組織中でのFe3P(燐化物)、Siの分散によって耐焼付き性の改善が認められる。さらに、A5,A8からは、焼結時のTiCの析出分散、A7からは、高速度工具鋼粉末(SKH51:Mo炭化物、W炭化物、V炭化物が約20体積%以下分散する。)の分散による耐焼付き性の改善が確認されるが、経済的な観点からは、より硬質なセラミックス粒子を約2体積%分散させることが好ましいことがわかる。
【0059】
また、表5には高揺動角度での耐焼付き限界面圧が示されているが、表4の結果と比べ、平均滑り速度が速くなったことにより耐焼付き性の改善が認められるが、これは、前述の境界潤滑中の油膜生成の確立が高くなったことによるものである。例えばA9材にL8潤滑組成物を充填した時の高揺動角度時と低揺動角度時の摩擦係数を図4に示したが、明らかに高揺動角度時の摩擦係数が低下していることがわかる。図4中には、A7*材にL4潤滑組成物を充填した含油軸受の摩擦係数が示されているが、高揺動角度時においても十分な潤滑状態が得られていないことが明らかであり、潤滑組成物による潤滑性を確保する観点からは、低温度側での作業や、より低滑り速度での作業では、潤滑油の動粘度を少なくとも100cSt以下とし、潤滑組成物としての滴点を60℃未満、より好ましくは滴点45℃以下とするのが良いことがわかる。このことは、潤滑油に対するマイクロクリスタリンワックス、パラフィンワックス添加量を20重量%未満、より好ましくは15重量%以下で、滴点が20℃となる2重量%以上とするのが良いことを示している。
【0060】
さらに、前記焼結摺動材料は、優れた耐焼付き性を示すことから、通常その内径部に配される軸受ピンと摺動しあうものであるが、軸受ピンの外周側に一体化される場合の方が、軸受装置としては機能上の利点が同等もしくはそれ以上あり、かつ経済的にも好ましいことが多い。このため、前述の滑り軸受を軸受ピンの外周面に溶射、溶浸接合、焼結接合、ろう付け、接着、かしめ、嵌合、圧入、ねじ止めのうちの一種以上の方法で一体化することによって、耐焼付き性に優れた作業機連結装置を得ることができるのは明らかであり、とりわけNo.A9、A10、A11等の摺動材料を作業機ピンの外周面に溶射することによって、気孔を含む溶射皮膜を形成するようにするのが好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu合金系多孔質焼結体の気孔内に、ワックス中に潤滑油が液的に分散された潤滑剤混合物を充填してなる滑り軸受であって、
前記潤滑剤混合物が、常温で0.5重量%以上20重量%未満の固体ワックス中に80〜99.5重量%の極圧添加剤を含有する潤滑油が液的に分散されるとともに、滴点が20℃以上60℃未満であり、かつその潤滑剤混合物中の潤滑油の40℃における粘度が220cSt未満である
ことを特徴とする滑り軸受。
【請求項2】
前記潤滑油は、流動点が−20℃以下で、40℃での粘度が100cSt以下である請求項1に記載の滑り軸受。
【請求項3】
前記潤滑油は、摺動面での気孔の目詰まりを起させるスラッジの発生を抑える合成潤滑油である請求項2に記載の滑り軸受。
【請求項4】
前記合成潤滑油は、ポリオールエステル、リン酸エステル、ポリブテン、ポリαオレフィン、ポリグリコール、ポリフェニルエーテルのうちの一種以上からなる請求項3に記載の滑り軸受。
【請求項5】
前記合成潤滑油に含有される極圧添加剤を0.5重量%以下に調整して摺動面に発生するスラッジを抑制する請求項3または4に記載の滑り軸受。
【請求項6】
前記ワックスは、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、カルナバワックス、ポリエチレンワックス等のワックスおよび、潤滑剤に使用されるステアリン酸、ラウリン酸、12ヒドロキシステアリン酸、油ゲル化剤のうちの一種以上である請求項1〜5のいずれかに記載の滑り軸受。
【請求項7】
前記Cu合金系多孔質焼結体は、少なくともSn:2〜10重量%およびAl:2〜14重量%を含有する請求項1に記載の滑り軸受。
【請求項8】
前記多孔質焼結体中に少なくとも焼結素地よりも硬質な硬質粒子が10体積%以下含有されている請求項1〜7のいずれかに記載の滑り軸受。
【請求項9】
前記硬質粒子は、TiC、WC、V、TiN、Si、Al、Mo炭化物、Cr炭化物、フェロモリブデン、フェロクロムのいずれかである請求項8に記載の滑り軸受。
【請求項10】
前記請求項1〜9のいずれかに記載の滑り軸受が軸受軸の外周面に溶射、溶浸接合、焼結接合、ろう付け、接着、かしめ、嵌合、圧入、ねじ止めのうちの一種以上の方法で一体化された複層軸受軸を備える滑り軸受を用いる作業機連結装置。
【請求項11】
前記複層軸受軸の外周面に摺動層が一体化され、この摺動層が、高融点のワックス、樹脂もしくは低融点金属を含浸するか、またはショットピーニングなどの物理的手段で封孔もしくは高密度化される請求項10に記載の滑り軸受を用いる作業機連結装置。
【請求項12】
円筒状の作業機用含油滑り軸受、球面滑り軸受または球面軸受軸のいずれかが使用される請求項10または11に記載の滑り軸受を用いる作業機連結装置。
【請求項13】
転輪ローラアッセンブリ、イコライザー、履帯連結装置、サスペンション装置に用いられる請求項10〜12のいずれかに記載の滑り軸受を用いる作業機連結装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−180376(P2009−180376A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−97376(P2009−97376)
【出願日】平成21年4月13日(2009.4.13)
【分割の表示】特願2003−157063(P2003−157063)の分割
【原出願日】平成15年6月2日(2003.6.2)
【出願人】(000001236)株式会社小松製作所 (1,686)
【Fターム(参考)】