説明

理想値演算装置

【課題】 空気流量や圧力などの物理量計測値と、計測対象のモデル計測値とに基づいて、応答遅れおよび誤差の影響を抑制しつつ物理量の理想値を演算する。
【解決手段】 吸気通路を通過する空気流量Qaをエアフロメータにより計測し(ステップ1)、その計測値Qaの変化量ΔQaを積算する一方(ステップ4)、計測対象をモデルによりモデル計測値Qmとして演算し(ステップ2)、その変化量ΔQmを積算し(ステップ6)、モデル計測値変化量積算値IntΔQmから計測値変化量積算値IntΔQaを減算して偏差Qeを演算し(ステップ7)、計測値Qaに偏差Qeを加算して理想値Qを演算する(ステップ8)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、管を流れる空気流量や管内の圧力など、物理量の理想的な値を演算する理想値演算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、内燃機関の吸気通路を流れる空気流量や吸気通路内の圧力など、物理量の計測値は、物理現象をエアフロメータの電気的信号など別の現象に変換した後に演算することで定量的に計測できるようにしている。
【0003】
エアフロメータにより計測した値は精度が良好であるが、内燃機関の空気流量が増加している場合には、変換および演算の過程で実際の流量よりも応答が遅れる結果、計測値に時間的な誤差が生じてしまう。また、エアフロメータは吸気脈動やノイズまでも信号として出力してしまうため、計測値への影響は大きかった。
【0004】
これに対して、特許文献1〜4では、エアフロメータにおける応答遅れを一次進み補正モデルなどにより応答遅れ分だけを進み補正することで時間的な誤差を少なくし、平均手段により吸気脈動やノイズの影響を軽減していた。
【特許文献1】特許第3297890号公報
【特許文献2】特開2003−314347号公報
【特許文献3】特許第3356799号公報
【特許文献4】特開2002−130042号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、補正モデルにおいては空気流量の応答が一次遅れとならない限り時間的な誤差が生じることとなり、進み補正によって吸気脈動やノイズによる影響が増幅され真の流量との間に変動誤差を生じることになる。また、平均手段によって応答性が悪化するなど副作用的な問題があった。
【0006】
本発明は、上記問題に鑑みなされたものであり、空気流量や圧力などの物理量計測値と、計測対象のモデル計測値とに基づいて、応答遅れおよび誤差の影響を抑制しつつ物理量の理想値を演算することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そのため本発明では、物理量を計測し、その計測値の変化量を積算する一方、計測対象をモデルによりモデル計測値として演算し、その変化量を積算し、モデル計測値変化量積算値と計測値変化量積算値とから偏差を演算し、物理量計測値に偏差を加算して理想値を演算する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、物理量計測値に基づいて計測対象の物理量を精度良く計測し、モデル計測値に基づいて物理量計測値の応答遅れを抑制する一方、計測対象の物理量が変動する場合などにおいても、偏差により物理量計測値若しくはモデル計測値の影響する割合を変化させるため、応答性の向上および物理量計測値の変動成分の除去を図りつつ計測対象の物理量の理想値を演算できるという効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、図面に基づき、本発明の実施形態について説明する。
【0010】
図1は、第1の実施形態におけるエンジン1の制御装置のシステム構成図である。
【0011】
エンジン1の各気筒のシリンダ2及びピストン3により画成される燃焼室4には、点火プラグ5を囲むように、吸気バルブ6と排気バルブ7とを備えている。8は排気通路、9は吸気通路である。
【0012】
吸気通路9には、上流側からエアクリーナ12および電制スロットルバルブ(バタフライバルブ)13が配設されており、電制スロットルバルブ13のバルブ開口面積に応じて空気をシリンダ2内に導入する。電制スロットルバルブ13は、エンジン制御装置(ECU)30のスロットル開度指令に基づいてバルブ開口面積が決定される。
【0013】
吸気通路9のコレクタ11の下流のマニホールドブランチ部には、燃料噴射弁10が配設されている。
【0014】
また、ECU30には、エアフロメータ23、スロットル開度センサ24、ブーストセンサ(圧力センサ)25、温度センサ26、クランク角センサ27及び大気圧センサ28からの信号が入力される。
【0015】
エアフロメータ23は、電制スロットルバルブ13より上流の吸気通路9に設けられた熱線式流量計であり、電制スロットルバルブ13を通過する空気量に応じた信号を出力する。
【0016】
スロットル開度センサ24は、電制スロットルバルブ13の開度に応じた信号を出力する。
【0017】
ブーストセンサ25は、電制スロットルバルブ13より下流のコレクタ11に設けられ、コレクタ11内の圧力に応じた信号を出力する。
【0018】
温度センサ26は、コレクタ11に設けられ、吸気温度に応じた信号を出力する。なお、温度センサ26は、エアフロメータ23またはブーストセンサ25に一体的に設けられるものであってもよい。
【0019】
クランク角センサ27は、エンジン1に設けられ、エンジン1のクランク角に応じた信号を出力する。このクランク角センサ27の信号によりエンジン回転数を検出可能である。
【0020】
大気圧センサ28は、大気圧に応じた信号を出力する。
【0021】
なお、スロットル開度センサ24およびクランク角センサ27は、エアフロメータ23からの信号より時間的に先行して信号が出力されるものを用いている。
【0022】
ECU30は、各種センサの出力信号に基づいて各種演算および各種制御を行う。例えば、各種演算では、スロットル開度、吸入空気量、エンジン回転数、コレクタ圧力、スロットル開度、吸気温度、大気圧などの演算を行う。各種制御では、電制スロットルバルブ13の開度制御、燃料噴射弁10からの燃料噴射時期および燃料噴射量の制御、点火プラグ5の点火時期制御などを行う。
【0023】
ここで、エンジン1が定常状態である場合において、エアフロメータ23などのセンサにより物理量計測値Qaを計測した場合には、計測値の精度は良いという利点があるが、センサ出力に基づいてECU30が演算を行わなければならないため、吸気通路9を流れる空気流量が増加した場合には応答遅れが生じてしまうこと、および吸気脈動やノイズのように変動(外乱)が生じている状態で計測値Qaが計測されてしまうという問題点がある。
【0024】
一方、エアフロメータ23による計測対象である空気流量をモデルによりモデル計測値Qmとして演算する場合には、スロットル開度やエンジン回転など、空気流量以外のパラメータに基づいてモデル計測値Qmを演算するため、空気流量の変動を受けずに計測値Qmの応答性は良いという利点があるが、モデル計測値Qmの精度は低下するという問題点がある。
【0025】
そこで本発明では、物理量計測対象としてエンジン1の吸気通路9を流れる空気流量を例にして説明すると、空気流量Qaおよびモデル計測値Qmの利点を融合するMSF(Model & Sensor value Fusion System)によってシステムのロバスト性(応答度合い)および変動要素の除去を高いレベルで両立しつつ計測対象の理想値(目標値)Qを演算する。なお、理想値Qとは、計測対象の物理量の真値(燃料噴射量などの演算に用いられるのに適した値)との誤差が略ゼロとなるように演算される値であり、真値に定常変動成分(吸気脈動やノイズ)があっても変動が略ゼロとなる値をいう。
【0026】
図2は、本発明の理想値演算を示すブロック図であり、これらの演算はECU30内で行われる。
【0027】
理想値演算装置は、物理量計測手段100、モデル計測値演算手段101および融合手段102を備えて構成されている。
【0028】
物理量計測手段100は、エアフロメータ23により吸気通路9を流れる空気流量Qaを計測する。これにより計測された物理量計測値Qaは、エンジン1が定常状態においては真の空気流量と略同じ精度を有するという利点がある。
【0029】
モデル計測値演算手段101は、後述するモデルにより空気流量をモデル計測値Qmとして演算する。具体的には、モデル計測値Qmは、エンジン回転数と電制スロットルバルブ13のスロットル開度とに基づいて演算する。このようにして演算されたモデル計測値Qmは、真の空気流量に対して応答性が良好であり、エアフロメータ23による計測値Qmに対して変動要素(吸気脈動やノイズ等)の影響を受けにくいという利点がある。
【0030】
融合手段102は、物理量計測手段100(エアフロメータ23)により計測された空気流量Qaと、モデル計測値演算手段101により演算されたモデル計測値Qmとに基づいて、吸気通路9を流れる空気流量の理想値Qを演算する。
【0031】
以下、これらの詳細について説明する。
【0032】
図3は、モデル計測値演算手段101による演算を示すブロック図である。
【0033】
ここで図1に示す通り、吸気通路9においては、コレクタ11が電制スロットルバルブ13とシリンダ2との間に配置されているため、図3のモデルでは、コレクタ11を基準として、コレクタ11に流入する空気流量(電制スロットルバルブ13を通過する空気量)と、コレクタ11から流出する空気流量(シリンダ2に流入する空気量)との収支を考慮する。
【0034】
モデル計測値演算手段101は、スロットルモデル31、シリンダモデル41およびコレクタモデル51を備えて構成し、モデル計測値Qmを演算する。
【0035】
モデル計測値Qmとしては、吸気通路9を流れる空気流量、すなわちコレクタ11に流入する空気流量と、コレクタ11から流出する空気流量とのいずれか一方の値を用いる。以下、モデル計測値Qmを、コレクタ11に流入する空気流量として説明する。
【0036】
スロットルモデル31は、大気圧、スロットル開度およびコレクタモデル51により演算されたコレクタ圧に基づいて物質量流量[mol/s]を演算する。
【0037】
シリンダモデル41は、エンジン1の回転数およびブーストセンサ25によるコレクタ圧に基づいて物質量流量[mol/s]を演算する。
【0038】
コレクタモデル51は、スロットルモデル31による物質量流量と、シリンダモデル41による物質量流量とに基づいて現在のコレクタ圧を演算する。コレクタモデル51により演算したコレクタ圧は、サイクリック計算を行うため次回の演算においては前回値としてスロットルモデル31に入力される。
【0039】
図4は、スロットルモデル31を示すブロック図である。
【0040】
圧力比演算手段32は、コレクタモデル51により演算されたコレクタ圧から大気圧を除算することで圧力比(コレクタ圧/大気圧)を演算する。
【0041】
マッハ係数演算手段33は、マッハ係数検索テーブルを参照することで圧力比に応じたマッハ係数Mを検索する。マッハ係数検索テーブルは、圧力比が0〜0.53ではマッハ係数Mが一定値(約0.54)となり、圧力比が0.53〜1.0では圧力比が大きくなるにつれマッハ係数Mが減少する。マッハ係数Mは、音速Cに対する流速u(u/C)を示す係数である。
【0042】
音速演算手段34は、吸気温度T(絶対温度;K)、比熱比κおよびガス定数Rから音速C[m/s]を演算する(C=√(κ×R×T))。
【0043】
流速演算手段35は、マッハ係数Mに音速Cを乗算することで吸気通路9を流れる空気の流速[m/s]を演算する。
【0044】
開口面積演算手段36は、開口面積検索テーブルを参照することでスロットル開度に応じた開口面積[m]を検索する。開口面積検索テーブルは、電制スロットルバルブ13の開度が所定値(最大開度近傍)まで大きくなるにつれ開口面積が大きくなるように設定されている。
【0045】
体積流量演算手段37は、開口面積および流速を乗算することで体積流量[m/s]を演算する。
【0046】
モル密度演算手段38は、大気圧Pをガス定数Rおよび吸気通路9内を流れる空気の温度Tで除算することでモル密度n[mol/m]を演算する(n=P/(RT))。
【0047】
物質量流量演算手段39は、体積流量およびモル密度nを乗算することでコレクタ11に流入する空気流量、すなわち物質量流量nin[mol/s]を演算する。
【0048】
以上のようにして図2〜図4のモデルにより、コレクタ11に流入する物質量流量nin[mol/s]をモデル計測値Qmとする。
【0049】
図5は、シリンダモデル41を示すブロック図である。
【0050】
効率演算手段42は、効率検索テーブルを参照することでエンジン1の回転数Neに応じた効率ηを検索する。効率検索テーブルは、エンジン回転数Neが所定値まで増加するに伴い効率ηが増加し、エンジン回転数Neが所定値以上になると効率ηが減少するように設定されている。
【0051】
体積流量演算手段43は、エンジン排気量V、エンジン回転数Neおよび効率ηに基づいて体積流量[m/s]を演算する(体積流量=V×Ne/120×η)。
【0052】
モル密度演算手段44は、吸気温度Tおよびブーストセンサ25によるコレクタ圧Pに基づいて、コレクタ圧Pをガス定数Rおよび吸気通路9内を流れる空気の温度Tで除算することでモル密度n[mol/m]を演算する(n=P/(RT))。
【0053】
物質量流量演算手段45は、体積流量およびモル密度nを乗算することでコレクタ11から流出する空気の流量、すなわち物質量流量nout[mol/s]を演算する。
【0054】
なお、以上のようにして図2および図5のモデルにより、コレクタ11から流出する物質量流量nout[mol/s]をモデル計測値Qmとしてもよい。
【0055】
図6は、コレクタモデル51を示すブロック図である。
【0056】
コレクタ圧演算手段52(コレクタモデル51)は、スロットルモデル31の物質量流量演算手段39による物質量流量ninと、シリンダモデル41の物質量流量演算手段45による物質量流量noutとに基づいて気体の状態方程式からコレクタ圧Pを演算する。
【0057】
コレクタ圧Pを演算する場合、気体の状態方程式はP×V=n×R×Tで与えられるため、これをコレクタ圧P、コレクタ容積Vc、気体モル数n、ガス定数Rおよび吸気温度T[絶対温度:K]とするとP×Vc=n×R×Tとなる。
【0058】
これを演算周期である所定時間Δtにおけるコレクタ圧変化量ΔPは、ΔP=Δn×R×T×Δt/Vcとなる。コレクタ圧変化量ΔPは、今回のコレクタ圧Pから前回のコレクタ圧P2(n−1)を引いた値である。Δnは、演算周期Δtにおけるコレクタ11内の空気のモル流量変化量、すなわちコレクタ11内に流入する物質量流量ninからシリンダ2へ流出する物質量流量noutを引いた値である(Δn=nin−nout)。
【0059】
従って、演算周期Δtにおける気体の状態方程式をPについて演算すると、P=P2(n−1)+(nin−nout)×Δt×R×T/Vcとなる。
【0060】
なお、計測対象をコレクタ圧として理想値を演算する場合においては、以上のようにしてモデルにより、コレクタ11内の圧力P[kPa]をモデル計測値Qmとしてもよい。
【0061】
なお、吸気通路9を流れる空気が準一次元定常等エントロピーである場合には、質量流量の演算値nin[kg/s]は、電制スロットルバルブ13の開口面積をAとして次式に示すような流体力学の理論式にて演算可能である。そして、モル相当にして物質量流量nin[mol/s]を演算可能であるため、これをモデル計測値Qmとしてもよい。この場合、Pをコレクタ圧とし、マッハ係数M(=u/C)が1未満の時(M<1)には次式(1a)、マッハ係数Mが1の時(M=1)には次式(1b)により質量流量の演算値ninを演算する。
【0062】
【数1】

【0063】
なお、本発明では計測対象の物理量としてコレクタ圧を用いて同様にコレクタ圧の理想値を演算することができる。この場合には、物理量計測値としてブーストセンサ25によるコレクタ圧Pを用いる一方、モデル計測値Qmとしてコレクタモデル51(コレクタ圧演算手段52)によるコレクタ圧Pを用いることで融合手段102によりコレクタ圧の理想値を演算する。
【0064】
次に、物理量計測手段100、モデル計測値演算手段101および融合手段102により物理量の理想値Qを演算する処理について図7を用いて説明する。
【0065】
図7は、本発明における理想値演算処理を示すフローチャートである。なお、この処理は演算周期(例えば4ms)Δt毎に行われる。
【0066】
ステップ1(図では「S1」と示す。以下同様)では、物理量を計測する。ここで物理量は、吸気通路9を流れる空気流量Qaをエアフロメータ23により測定する。
【0067】
ステップ2では、モデル計測値Qmを演算する。モデル計測値Qmは、前述のスロットルモデル31により吸気通路9を流れる空気流量を、スロットル開度とエンジン回転数Neに基づいて演算した値を用いる。
【0068】
ステップ3では、空気流量Qaの変化量ΔQaを演算する。空気流量変化量ΔQaは、ステップ1にて計測した空気流量Qaから前回計測した空気流量Qazを減算した値とする(ΔQa=Qa−Qaz)。
【0069】
ステップ4では、空気流量変化量ΔQaの積分値IntΔQaを演算する。この積分値IntΔQaは、前回までの空気流量変化量積算値IntΔQazに所定の減衰定数Wを乗算した後、演算周期Δtにおける空気流量変化量ΔQを加算することで演算する(IntΔQa=IntΔQaz×W+ΔQa)。なお、減衰乗数Wについての詳細は後述する。
【0070】
ステップ5では、モデル計測値Qmの変化量ΔQmを演算する。
【0071】
ステップ6では、モデル計測値変化量ΔQmの積分値IntΔQmを演算する。この積分値IntΔQmは、前回までのモデル計測値変化量積分値IntΔQmzに所定の減衰定数Wを乗算した後、演算周期Δtにおけるモデル計測値変化量ΔQmを加算することで演算する(IntΔQm=IntΔQmz×W+ΔQm)。
【0072】
ステップ7では、空気流量偏差Qeを演算する。この偏差Qeは、理想値Qに対して理想的に変化する値であり、モデル計測値変化量積分値IntΔQmから空気流量変化量積分値IntΔQaを減算することで演算する(Qe=IntΔQm−IntΔQa)。
【0073】
ステップ8では、空気流量の理想値Qを演算する。この理想値Qは、空気流量Qaに偏差Qeを加算することで演算する(Q=Qa+Qe)。
【0074】
以上のようにして理想値Qを演算した後は、この理想値Qに基づいて各種演算および各種制御を行い、エンジン1の運転の適正化を図る。例えば、ECU30が理想値Qに基づいて燃料噴射弁10の燃料噴射量および燃料噴射時期の演算および制御、点火プラグ5の点火時期の演算および制御などを行う。
【0075】
図8は、ステップ5におけるモデル計測値変化量ΔQmを演算するフローチャートである。
【0076】
ステップ11では、理想値Qの前回値Qzが所定の下限値以上であるか否か(Qz≧下限値)を判断する。前回値Qzが下限値以上である場合(Qz≧下限値)には、ステップ12へ進む。この下限値は、略ゼロに設定しておく。
【0077】
ステップ12では、理想値Qの前回値Qzと、モデル計測値変化率、すなわちモデル計測値変化量ΔQmをモデル計測値の前回値Qmzで除算した値ΔQm/Qmzとの乗算によりモデル計測値変化量ΔQmを演算する(ΔQm=Qz×ΔQm/Qmz)。
【0078】
一方、ステップ11で前回値Qzが下限値未満である場合(Qz<下限値)には、ステップ13へ進む。
【0079】
ステップ13では、理想値Qの前回値Qzをモデル計測値変化量ΔQmにした後(Qz=ΔQmz)、ステップ12にてモデル計測値変化量ΔQmを演算する(ΔQm=ΔQmz×ΔQmz/Qmz)。
【0080】
なお、ステップ13において理想値Qの前回値Qzを空気流量変化量ΔQaにした後(Qz=ΔQa)、ステップ12にてモデル計測値変化量ΔQmを演算してもよい(ΔQm=ΔQa×ΔQmz/Qmz)。
【0081】
以上のようにモデル計測値変化量ΔQmを演算した後は、前述のステップ6以降の処理を行う。
【0082】
次に、融合手段102(ステップ8)により空気流量の理想値Qを数学的に求める式の導出について説明する。
【0083】
前述の通り、理想値Qは次式のように空気流量Qaと偏差Qeとの和により演算される。
【0084】
【数2】

【0085】
これはエアフロメータ23による計測値Qaは時間的な応答遅れがあるため、この遅れを偏差Qeにより補正することで理想値Qを演算することが可能であることを意味している。
【0086】
ここでエアフロメータ23とモデルとにおける利点、すなわちエアフロメータ23は定常状態では計測精度がよいこと、およびモデルは空気流量が変動状態では応答性がよいことという前提条件からまとめてみると、第1前提条件としてt=0でQ=Qa、Qe=0、第2前提条件としてΔQ/Q=ΔQm/Qm(ただし、Q≒0ではΔQ=ΔQmとする)、第3前提条件としてlimΔt→0となる。
【0087】
第1前提条件は、エンジン1が定常(平衡)状態である場合には、吸気通路9を流れる空気流量は一定(偏差なし)であり、エアフロメータ23による計測値Qaの方がモデル計測値Qmより信頼できることを意味する。第2前提条件は、空気流量が変化する場合には、モデルによる空気流量の変化量(応答性)が、エアフロメータ23による空気流量の変化量と比較して信頼できることを意味する。第3前提条件は、演算周期Δtを0に近づけて演算することを意味する。
【0088】
また時間tにおける理想値Qをエアフロメータ23の計測値Qaと偏差Qeとで表すと次式になる。
【0089】
【数3】

【0090】
第1前提条件より、定常状態ではt=0でQ=QaかつQe=0となり、時間Δtにおける偏差Qeは次式のように積分系で表せる。
【0091】
【数4】

【0092】
この式を更に理想値変化量ΔQとして解くために次式のようにΔQ(t)にQ(t−Δt)/Q(t−Δt)を乗算する。
【0093】
【数5】

【0094】
ここで、第2前提条件よりΔQ/Q=ΔQm/Qmは次式のように表せる。
【0095】
【数6】

【0096】
そして、(5)式を(4)式に代入すると次式のようになる。
【0097】
【数7】

【0098】
すなわち偏差Qeは、モデル計測値変化量ΔQmの積分値IntΔQmから物理量計測値変化量ΔQaの積分値IntΔQaを減算した値で演算可能である(Qe=IntΔQm−IntΔQm)ことを示している。(6)式を(2’)式に代入すると次式で表せる。
【0099】
【数8】

【0100】
(7)式を離散系に変形すると偏差Qeについて次式が得られる。
【0101】
【数9】

【0102】
この式は、現在の偏差Qeは、前回の偏差Qezに、モデルにより演算した空気流量の変化量(IntΔQm)とエアフロメータ23による実際の空気流量の変化量(IntΔQa)との差を加算した値であることを意味している。現在の偏差Qeが演算されれば、前述の(2)式により吸気通路9を流れる空気流量の理想値をQ=Qa+Qeとして演算できる。
【0103】
しかしながら、理想値Qを演算する(2)式の実用上の問題点として第3前提条件がある。すなわち、数学的に演算周期Δtを0に近づけた場合には(8)式では、偏差Qeが常に積算されるので偏差Qeの累積誤差が発散してしまい、t=∞のとき偏差Qe=∞となってしまう。
【0104】
そこで、次式のように積分項である偏差Qeの発散を収束させる減衰定数Wを偏差Qeの前回値Qezに乗算することで偏差Qeの累積誤差の発散を防止すれば、時間t>0でも運転状態が定常になれば前述の(2)式において偏差Qe≒0となるため、Q≒Qaになる。すなわち、定常状態においてはエアフロメータ23の値を積極的に信頼可能であること意味する。
【0105】
【数10】

【0106】
減衰定数Wは、0〜1の範囲の値であり(0<W<1)、Wの値を変更することで偏差Qeの値を変更することが可能であり、この結果、理想値Q(=Qa+Qe)を補正することができる。
【0107】
ここで理想値Qのステップ応答は、時間t=0における偏差Qe(0)は1、偏差Qeの変化量ΔQeの積算値IntΔQeは0、空気流量Qaの計測値の積分値IntΔQaは0であるから、減衰定数W、時間t、演算間隔Δtを用いて次式にて表される。すなわち、減衰率を1から0に近づけるまでに要する時間tを計算するには次式を用いればよい。
【0108】
【数11】

【0109】
図9(イ)には、経過時間tに対する減衰率Wt/Δtを示している。なお、演算周期Δt=4msとしている。図中の(i)は、減衰定数Wを0.996に設定した場合の減衰率曲線であり、同様に(ii)〜(vii)まで減衰定数Wを0.994から0.002刻みで0.984まで設定した場合の減衰率曲線を示している。また図9(イ)には、減衰率が0.368、すなわち63.2%応答(1−0.632を時定数τとした場合)した時の時間xを示している。
【0110】
図9(ロ)は、(イ)において減衰率Wt/Δtが時定数τ=0.368(63.2%応答)で対応する値を減衰定数Wと時定数τで表している。なお、時定数τは指数関数[ms]として表している。
【0111】
例えば、図9(イ)に示すように、減衰率Wt/Δtを0.368とした場合に、W=0.990とした場合における減衰曲線(iv)と対応する時間x[秒]は、(ロ)の縦軸に示すx[ms]と同じになることを示している。
【0112】
例えば、車両を一定速度で走らせている場合など、吸気通路9を流れる空気流量が定常である状態においては、スロットル開度およびエンジン回転数が略一定であるため、モデル計測値Qmの変化量ΔQmが小さくなる。
【0113】
この状態では、モデル計測値Qmよりもエアフロメータ23による計測値Qaの方が信頼できるため、減衰定数Wを1より小さい値(0<W<1)にすることで、(9)式において演算周期Δtごとに偏差Qeを0に収束させる。この結果、理想値Qは(2)式よりエアフロメータ23による計測値Qaに収束する(Q=Qa)。
【0114】
なお、減衰定数Wは、モデル計測値Qmの変化量ΔQmが所定値未満の状態が所定時間だけ継続した後に小さくする。この条件を満たした状態では、吸気通路9を流れる空気流量が定常となっていると判断でき、エアフロメータ23による計測値Qaが信頼可能である。所定時間は、理想値Qの演算周期Δtと減衰定数Wとに基づいて決まる。
【0115】
一方、前述のステップ11において理想値Qの前回値Qzが下限値未満である場合(Qz<下限値)には、理想値Qを演算する式は、前述の(2)式および(8)式により次のように変形できる。
【0116】
【数12】

【0117】
また理想値Qの前回値Qzに減衰定数Wを乗算すると次式のように表せる。
【0118】
【数13】

【0119】
すなわち、吸気通路9を流れる空気流量が増加している場合や空気が脈動している場合、エアフロメータ23による計測値Qaが大きく変動している場合などノイズがある場合には、その変動が大きいほど減衰定数Wを1.0に近づけることで、(9)式において偏差Qe(モデル計測値Qmによる影響)を大きくする。これにより、(2)式において理想値Qを演算する場合にエアフロメータ23による計測値Qaを補正する量が大きくなる。すなわち、吸気通路9を流れる空気流量が変動している場合などにおいては、理想値Qを演算する際にはモデル計測値Qmの値が信頼できるため、モデル計測値Qmに基づく補正量である偏差Qeによりエアフロメータ23による計測値Qaを補正する。
【0120】
次に、前述の装置により理想値Qを演算した結果について図10を用いて説明する。
【0121】
図10には、吸気通路9を流れる空気流量が所定量だけ増加する場合に、経過時間[秒]に対して吸気通路9を流れる各空気流量を示している。図中の(1)は真の流量Qt、(2)はエアフロメータ23の出力信号に基づいて演算された流量(空気流量計測値)Qa、(3)はモデル流量(モデル計測値)Qm、(4)は本発明(融合手段102、ステップ8)により求められたMSF流量(理想値)Qをそれぞれ示している。
【0122】
空気流量計測値Qaは、流量演算精度は良いが、ECU30により流量を演算する時間がかかるため、真値Qtに対して時間遅れを持っている。
【0123】
またモデル計測値Qmは、流量変化に対する応答性はよいが、スロットル開度やエンジン回転数に基づいて演算を行っているため、真値Qtに対して流量演算精度が悪いことを示している。
【0124】
一方、本発明により求められた理想値Qは、前述のように空気流量計測値Qaとモデル計測値Qmとに基づいて演算を行っており、エアフロメータ23による流量演算精度の利点と、モデルによる流量変化に対する応答性の利点とを生かすように融合しているため、真の流量Qtとほぼ一致している。
【0125】
これは理想値Qが、エアフロメータ23による応答遅れの影響を受けることなく、時間的に先行するスロットル開度とエンジン回転数Neとに基づいて演算されるモデル計測値Qmによる偏差Qeで補正することで真の値に近づけていることを意味する。
【0126】
空気流量が増加している場合において、理想値Qの演算には、前述の減衰定数Wが1.0に近い値で定められるため、モデル計測値Qmにより応答性向上という効果が発揮されている。
【0127】
また定常状態では減衰定数Wが1.0より小さい値が用いられるため、エアフロメータ23による計測値Qaにより精度向上という効果が発揮されている。
【0128】
図11には、エアフロメータ23が断線により故障した場合における各流量演算値を示している。この場合、空気流量計測値Qaと、本発明により求められた理想値Qとが変化する。
【0129】
空気流量計測値Qaが断線した場合には、エアフロメータ23による計測値Qaの値が大きく変動するため、前述の減衰定数Wを1.0に近づけてモデル計測値Qmによる効果を強く発揮させることで理想値Qが急激に低下することを防止している。
【0130】
図12には、エアフロメータ23の電気ノイズがある場合にエアフロメータ23の出力信号に基づいて演算された空気流量Qaが変動する場合を示している。
【0131】
この場合、本発明では、偏差Qeの演算において空気流量Qaの変化量ΔQaを考慮することで(ステップ3,4,7)理想値Qを演算しているため、エアフロメータ23の電気ノイズによる瞬間的なエラーを許容する。
【0132】
なお、本発明では物理量計測値として吸気通路9を流れる空気流量をエアフロメータ23により計測した値Qaとしたが、これに限定されるものではなく、例えば吸気通路9内の圧力(コレクタ圧)を計測対象としても同様に理想値を演算可能である。
【0133】
また、物理量計測値として、時間的に先行したパラメータを用いれば現在の理想値のみならず、未来の予測理想値の演算も可能である。
【0134】
本実施形態によれば、物理量(吸気通路9を通過する空気流量Qa)を計測する物理量計測手段(ステップ1、エアフロメータ23)と、物理量計測手段による計測値Qaの変化量ΔQaを積算する物理量計測値変化量積算手段(ステップ4)と、物理量計測手段による計測対象をモデル(スロットルモデル31,シリンダモデル41,コレクタモデル51)によりモデル計測値Qmとして演算するモデル計測値演算手段(ステップ2)と、モデル計測値Qmの変化量ΔQmを積算するモデル計測値変化量積算手段(ステップ6)と、モデル計測値変化量積算値IntΔQmと物理量計測値変化量積算値IntΔQaとから偏差Qe(=IntΔQm−IntΔQa)を演算する偏差演算手段(ステップ7)と、物理量計測値Qaに偏差Qeを加算して理想値Q(=Qa+Qe)を演算する理想値演算手段(ステップ8)と、を備える。このため、エアフロメータ23により計測対象の空気流量Qaを精度良く計測し、モデル計測値Qmに基づいて空気流量の応答遅れを抑制する一方、空気流量が変動する場合などにおいても、偏差Qeにより計測値Qa若しくはモデル計測値Qmの影響する割合を変化させるため、応答性の向上および計測値の変動成分の除去を図りつつ空気流量の理想値Qを演算できる。また前述の特許文献1〜4と比較して特別な設定をすることなく理想値Qを簡素に演算できる。
【0135】
また本実施形態によれば、モデル計測値変化量ΔQmは、理想値Qの前回値Qzと、モデル計測値Qmの変化率との乗算により求め(ステップ12)、モデル計測値Qmの変化率は、モデル計測値変化量ΔQmをモデル計測値Qmの前回値Qmzで除算した値(ΔQm/Qmz)とする一方、モデル計測値変化量ΔQmは、理想値Qの前回値Qzが所定値(略ゼロ)未満の時には(ステップ11)、モデル計測値変化量ΔQm若しくは計測値変化量ΔQaのいずれか一方を用いて演算する(ステップ13)。このため、モデル計測値Qmの絶対値精度が悪くとも理想値Qの精度誤差を小さくできる。また、理想値Qの前回値Qzが略ゼロだと変化率を乗じてもモデル計測値変化量ΔQmはゼロのままになってしまうので、変化量ΔQm,ΔQaを用いることでモデル計測値変化量ΔQmがゼロになることを防止することができる。
【0136】
また本実施形態によれば、物理量計測値変化量積算手段は、前回までの物理量計測値変化量積算値IntΔQaに所定の減衰定数Wを乗算してから今回の物理量計測値変化量ΔQaを加算する(ステップ4)。このため、減衰定数Wにより前回までの物理量計測値変化量積算値IntΔQaを次第にゼロに収束させることで発散を防止できる。
【0137】
また本実施形態によれば、モデル計測値変化量積算手段は、前回までのモデル計測値変化量積算値IntΔQmに所定の減衰定数Wを乗算してから今回のモデル計測値変化量ΔQmを加算する(ステップ6)。このため、減衰定数Wにより前回までのモデル計測値変化量積算値IntΔQmを次第にゼロに収束させることで発散を防止できる。
【0138】
また本実施形態によれば、減衰定数Wは、モデル計測値変化量ΔQmが小さい程1.0より小さい値を用いる。このため、モデル計測値変化量ΔQmが小さい程、吸気通路9を流れる空気流量は一定値に近づいている状態であり、減衰定数Wを小さくすることでエアフロメータ23による計測値Qaを理想値Qとして近づけることで精度の向上を図ることができる。
【0139】
また本実施形態によれば、減衰定数Wは、モデル計測値変化量ΔQmが小さくなった状態が所定時間だけ継続した後に小さくし、この所定時間は、理想値Qの演算周期Δtと減衰定数Wとに基づいて決まる時間とする。このため、空気流量がほぼ一定値である状態に安定した後において減衰定数Wを小さくすることができる。
【0140】
また本実施形態によれば、減衰定数Wは、物理量計測手段による計測値Qaの変動が大きい時など、物理量計測値Qaのノイズが大きい程1.0に近づける。このため、吸気通路9を流れる空気が脈動など、エアフロメータ23による計測値Qaが信頼できない場合にモデル計測値Qmによる変動除去という効果を発揮させて理想値Qの演算精度を向上させることができる。
【0141】
また本実施形態によれば、モデル計測値演算手段(ステップ6)による計測対象は、内燃機関1の吸気通路9を流れる空気流量Qmであるため、この流量Qmに基づいて理想値Qの演算を行うことができる。
【0142】
また本実施形態によれば、空気流量Qmは、内燃機関1のスロットル開度とエンジン回転数との少なくとも1つを含む複数のパラメータを用いて演算した値である(ステップ2)。このため、吸気通路9を流れる空気に脈動が発生しても、その影響を受けることがなく、安定した値Qmを演算することができる。また、エアフロメータ23より時間的に先行したパラメータを用いることができ、理想値Qの応答性を向上させることができる。
【0143】
また本実施形態によれば、物理量計測手段(ステップ1)は、内燃機関1の吸気系に取り付けられた熱線式流量計(エアフロメータ23)であるため、定常状態においては精度よく流量を計測できる。
【0144】
また本実施形態によれば、モデル計測値演算手段(ステップ6)による計測対象は、内燃機関1の吸気通路9内の気体圧力Pであるため、この圧力Pをモデル計測値Qmとして、吸気通路9を流れる空気流量の理想値を演算する場合と同様にして理想とする気体圧力の値を演算できる。
【0145】
また本実施形態によれば、物理量計測手段(ステップ1)は、内燃機関1の吸気系に取り付けられた圧力センサ(ブーストセンサ25)であるため、吸気系の圧力Pに基づいて理想値Qの演算を行うことができる。
【0146】
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。
【0147】
本実施形態では、理想値Qを演算している間にエアフロメータ23の断線など、物理量計測手段に異常があった場合に、これを検知して理想値Qをモデル計測値Qmとすることで、エアフロメータ23の異常による理想値Qへの影響を抑制する耐故障システムを備えさせている。
【0148】
図13は、偏差増加判定フラグに基づいてエアフロメータ23の故障判定(異常判定)を行い、故障があった場合には理想値Qをモデル演算値Qmに移行させる処理を示すフローチャートである。この処理は、所定の演算間隔Δt(例えば4ms)ごとに行う。
【0149】
ステップ21では、後述する図14にてエアフロメータ23の偏差増加判定フラグの演算を行う。このフラグは、偏差増加が大きい場合には1を示す。
【0150】
ステップ22では、偏差増加判定フラグが1であるか否かを判定する。判定フラグが1である場合には、ステップ23へ進み、カウンタ値のインクリメントを行う。一方、判定フラグが0(判定フラグ≠1)である場合には、ステップ24にてカウンタ値をリセットする(カウンタ値=0)。
【0151】
ステップ25では、カウンタ値が故障判定回数を超えているか否かを判定する。カウンタ値が故障判定回数を超えている(カウンタ値>故障判定回数)場合には、エアフロメータ23が故障していると判定する。一方、カウンタ値が故障判定回数以下(カウンタ値≦故障判定回数)である場合には、エアフロメータ23が正常状態であると判定して処理を終了する。これにより所定時間経過した後にエアフロメータ23が故障した状態が確実に検知でき、瞬間的なエラーにより偏差Qeが増加した場合を排除することできる。
【0152】
ステップ26では、エアフロメータ23の出力信号に基づく演算値(物理量計測値)Qaは信頼できないため、モデルにより演算したモデル計測値Qmに理想値Qを移行させる。
【0153】
理想値Qをモデル計測値Qmに移行させるには、前述のステップ8にて理想値Qを演算する式をモデル計測値Qmと偏差Qeとの和により求める式(Q=Qm+Qe)に置き換える。偏差Qeの演算には、1度だけモデル計測値Qmからエアフロメータ23による計測値Qaを減算した値(Qm−Qa)を用い、次回の演算以降は、偏差Qeの前回値Qezと、減衰定数Wとを乗算した値を代入し(Qe=W×Qez)、前述の(9)式における積分項であるIntΔQmおよびIntΔQaの演算を中止することにより、エアフロメータ23の出力信号に基づく演算値Qaの影響を抑制する。
【0154】
すなわち、エアフロメータ23の故障を検知した時点において偏差QeとしてQm−Qaの値を保持しておき、演算間隔Δtごとに段階的に理想値Qをモデル計測値Qmに移行させる。減衰定数Wは0から1の範囲の値であるため、偏差を求める式Qe=W×Qezより、偏差Qeが演算周期Δt毎に段階的に0に近づくこととなる結果、理想値Qはモデル計測値Qmに近づくことになる。
【0155】
図14には、エアフロメータ23の故障判定を行うために用いる偏差増加判定フラグの有無を出力するブロック図を示している。
【0156】
物理量計測手段61は、エアフロメータ23の出力信号(電圧)に応じた質量流量計測テーブルにより、吸気通路9を通過する空気流量Qa[kg/s]を計測する。
【0157】
偏差演算手段62は、空気流量Qaと、モデル計測値Qm[kg/s]とに基づいて偏差Qe[kg/s]を演算する。なお、次回の偏差Qeは、偏差の積算値を用いる。
【0158】
除算手段63は、偏差Qeからモデル計測値Qmを除算して誤差比を求める(Qe/Qm)。
【0159】
加算手段64は、1から誤差比Qe/Qmを差し引いて正味比(=1−Qe/Qm)を演算する。偏差Qeは空気流れが定常である場合には0となるが、故障時においては偏差Qeが大きくなり、誤差比Qe/Qmの値が1を越えてしまうことがある。
【0160】
このため、絶対値演算手段65は、正味比の絶対値|x|を取ることとしている。
【0161】
偏差増加判定手段66は、絶対値|x|が所定の判定しきい値を超えているか否かを判定する。ここでは判定しきい値を0.2とする。絶対値が判定しきい値を越えている(|x|>0.2)場合には、偏差Qeの増加が大きいと判断して、偏差増加判定フラグを1にする。
【0162】
なお、除算手段64により演算する値は誤差率[%]としてもよい。この場合は、前述の誤差比を%にして同様にして処理する。
【0163】
図15には、エアフロメータ23の故障を検知した後に、理想値Qをモデル計測値Qmに移行させた場合を示している。
【0164】
エアフロメータ23が断線により故障した場合には、前述の偏差増加判定フラグに基づいて故障発生から所定時間経過後に理想値Qをモデル計測値Qmに移行させる処理を行う。図では、理想値Qをモデル計測値Qmに移行させる時点をt1で示しており、これ以降の理想値Qがモデル計測値Qmに追随するように変化する。
【0165】
これによりエアフロメータ23が故障した時には、モデル計測値Qmにより最低限の演算精度が確保できる。
【0166】
本実施形態によれば、物理量計測手段(エアフロメータ23、ステップ1)の異常を検知する異常検知手段(ステップ25)と、異常検知手段が異常を検知した時に理想値Qをモデル計測値Qmに移行させる理想値移行手段(ステップ26)と、を備える。このため、エアフロメータ23に故障が生じた場合等において、エアフロメータ23による計測値Qaによる影響を受けることなく車両の運転状態を安定したものにすることができる。
【0167】
また本実施形態によれば、異常検知手段は、偏差Qeとモデル計測値Qmとに基づいて、偏差Qeとモデル計測値Qmとの比(Qe/Qm)、または偏差Qeとモデル計測値Qmとの率(Qe/qm[%])のいずれか一方が所定範囲外になった時もしくはその状態が所定時間経過した時に物理量計測手段が異常と判定する(偏差増加判定手段66、ステップ21,ステップ25)。このため、エアフロメータ23が瞬間的に計測エラーを起こした場合においても故障があるか否かの判定を行うことができる。
【0168】
次に、本発明の第3の実施形態について説明する。
【0169】
本実施形態では、エアフロメータ23が正常な場合において予め規範となるものを定めておき、エアフロメータ23の異常により計測値Qaに変化があった場合には、規範と比較することで異常を検知する。
【0170】
図16は、本実施形態における異常検知システムのブロック図を示している。
【0171】
異常検知システムは、前述の物理量計測手段100およびモデル計測値演算手段101の他に、規範物理量演算手段71、規範偏差演算手段72、通常偏差演算手段73および異常検知手段74を備えて構成されている。
【0172】
規範物理量演算手段71は規範物理量を演算するモデルであり、モデル計測値Qmと、エアフロメータ23が正常な時における計測値Qaとに基づいて吸気通路9を流れる空気流量Qの規範物理量Qasを演算する。例えば、エアフロメータ23が正常で且つ定常状態において、モデル計測値Qmに対するエアフロメータ23の計測値Qaを規範物理量Qasとしてテーブル化しておく。
【0173】
規範偏差演算手段72は、規範物理量Qasおよびモデル計測値Qmに基づいて規範偏差Qesを演算する。
【0174】
通常偏差演算手段73は、エアフロメータ23の出力信号に基づいて演算した空気流量Qaと、モデル計測値Qmとに基づいて、前述のステップ7と同じ処理を行い通常偏差Qeを演算する。
【0175】
異常検知手段74は、規範偏差Qesと通常偏差Qeとに基づいて異常検知を行う。例えば、規範偏差Qesから通常偏差Qaを減算し(Qes−Qe)、この値が所定のしきい値を越える場合にはエアフロメータ23が異常であると検知するようにする。これによりエアフロメータ23が故障した場合には、エアフロメータ23による現在の計測値Qaが通常とは異なった値を示すことから偏差Qeは通常のものとは異なり、異常検知が可能となる。
【0176】
なお、異常検知手段74により理想値Qを演算している間にエアフロメータ23の断線による故障など、物理量計測手段に異常があった場合には、前述の第2の実施形態にて説明したように理想値Qをモデル計測値Qmとすることで、エアフロメータ23の故障による理想値Qへの影響を抑制する。
【0177】
本実施形態によれば、異常検知手段74は、モデル計測値Qmと物理量計測手段(エアフロメータ23)100が正常な時の物理量計測値Qaとに基づいて物理量計測値Qaの規範値Qasを演算する物理量規範値演算手段71と、物理量規範値Qasとモデル計測値Qmとに基づいて偏差の規範値Qesを演算する偏差規範値演算手段72と、モデル計測値Qmと物理量計測手段100による現在の物理量計測値Qaとに基づいて通常偏差値Qeを演算する通常偏差値演算手段73と、を備え、偏差規範値Qesと通常偏差値Qeとを比較して物理量計測手段100の異常を検知する。このため、エアフロメータ23が正常なときにおける計測値Qaに基づいて規範値を設定でき、エアフロメータ23に異常があった場合にその出力に基づいて異常を正確且つ迅速に検知できる。
【図面の簡単な説明】
【0178】
【図1】第1実施形態におけるエンジン1の制御装置のシステム構成図
【図2】本発明の理想値演算を示すブロック図
【図3】モデル計測値演算手段による演算を示すブロック図
【図4】スロットルモデルを示すブロック図
【図5】シリンダモデルを示すブロック図
【図6】コレクタモデルを示すブロック図
【図7】理想値演算処理を示すフローチャート
【図8】モデル計測値変化量を演算するフローチャート
【図9】減衰率を示す図
【図10】理想値の演算結果を示す図
【図11】エアフロメータが断線により故障した場合における各流量演算値を示す図
【図12】電気ノイズが大きい場合における各流量演算値を示す図
【図13】故障判定と理想値をモデル演算値に移行させる処理とを示す図
【図14】偏差増加判定フラグの有無を出力するブロック図
【図15】故障を検知した後に、理想値をモデル計測値に移行させた場合を示す図
【図16】異常検知を規範偏差に基づいて行う場合を示すブロック図
【符号の説明】
【0179】
1 エンジン
2 シリンダ
5 点火プラグ
9 吸気通路
10 燃料噴射弁
11 コレクタ
13 電制スロットルバルブ
23 エアフロメータ
24 スロットル開度センサ
25 ブーストセンサ
26 温度センサ
27 クランク角センサ
28 大気圧センサ
30 ECU
31 スロットルモデル
41 シリンダモデル
51 コレクタモデル
100 物理量計測手段
101 モデル計測値演算手段
102 融合手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物理量を計測する物理量計測手段と、
前記物理量計測手段による計測値の変化量を積算する物理量計測値変化量積算手段と、
前記物理量計測手段による計測対象をモデルによりモデル計測値として演算するモデル計測値演算手段と、
前記モデル計測値の変化量を積算するモデル計測値変化量積算手段と、
前記モデル計測値変化量積算値と前記物理量計測値変化量積算値とから偏差を演算する偏差演算手段と、
前記物理量計測値に前記偏差を加算して理想値を演算する理想値演算手段と、
を備えることを特徴とする理想値演算装置。
【請求項2】
前記モデル計測値変化量は、前記理想値の前回値と、前記モデル計測値の変化率との乗算により求めることを特徴とする請求項1記載の理想値演算装置。
【請求項3】
前記モデル計測値の変化率は、前記モデル計測値変化量を前記モデル計測値の前回値で除算した値であることを特徴とする請求項2記載の理想値演算装置。
【請求項4】
前記モデル計測値変化量は、前記理想値の前回値が所定値未満の時には、前記モデル計測値変化量若しくは前記計測値変化量のいずれか一方を用いて演算することを特徴とする請求項2または請求項3記載の理想値演算装置。
【請求項5】
前記所定値は、略ゼロであることを特徴とする請求項4記載の理想値演算装置。
【請求項6】
前記物理量計測値変化量積算手段は、前回までの物理量計測値変化量積算値に所定の減衰定数を乗算してから今回の物理量計測値変化量を加算することを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1つに記載の理想値演算装置。
【請求項7】
前記モデル計測値変化量積算手段は、前回までのモデル計測値変化量積算値に所定の減衰定数を乗算してから今回のモデル計測値変化量を加算することを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1つに記載の理想値演算装置。
【請求項8】
前記減衰定数は、前記モデル計測値変化量が小さい程1.0より小さい値を用いることを特徴とする請求項6または請求項7記載の理想値演算装置。
【請求項9】
前記減衰定数は、前記モデル計測値変化量が小さくなった状態が所定時間だけ継続した後に小さくすることを特徴とする請求項6〜請求項8のいずれか1つに記載の理想値演算装置。
【請求項10】
前記所定時間は、前記理想値の演算周期と前記減衰定数とに基づいて決まる時間であることを特徴とする請求項9記載の理想値演算。
【請求項11】
前記減衰定数は、前記物理量計測値のノイズが大きい程1.0に近づけることを特徴とする請求項6または請求項7記載の理想値演算装置。
【請求項12】
前記物理量計測値のノイズが大きい時は、物理量計測手段による計測値の変動が大きい時であることを特徴とする請求項11記載の理想値演算装置。
【請求項13】
前記物理量計測手段の異常を検知する異常検知手段と、
前記異常検知手段が異常を検知した時に前記理想値を前記モデル計測値に移行させる理想値移行手段と、
を備えることを特徴とする請求項1〜請求項12のいずれか1つに記載の理想値演算装置。
【請求項14】
前記異常検知手段は、前記偏差と前記モデル計測値とに基づいて前記物理量計測手段の異常を検知することを特徴とする請求項13記載の理想値演算装置。
【請求項15】
前記異常検知手段は、前記偏差と前記モデル計測値との比、または前記偏差と前記モデル計測値との率のいずれか一方が所定範囲外になった時に前記物理量計測手段が異常と判定することを特徴とする請求項14記載の理想値演算装置。
【請求項16】
前記異常検知手段は、前記偏差と前記モデル計測値との比、または前記偏差と前記モデル計測値との率のいずれか一方が所定範囲外になった状態が所定時間経過した時に前記物理量計測手段が異常と判定することを特徴とする請求項14記載の理想値演算装置。
【請求項17】
前記異常検知手段は、
前記モデル計測値と前記物理量計測手段が正常な時の物理量計測値とに基づいて前記物理量計測値の規範値を演算する物理量規範値演算手段と、
前記物理量規範値と前記モデル計測値とに基づいて偏差の規範値を演算する偏差規範値演算手段と、
前記モデル計測値と前記物理量計測手段による現在の物理量計測値とに基づいて通常偏差値を演算する通常偏差値演算手段と、を備え、
前記偏差規範値と前記通常偏差値とを比較して前記物理量計測手段の異常を検知することを特徴とする請求項13記載の理想値演算装置。
【請求項18】
前記理想値移行手段は、前記理想値を、前記モデル計測値および前記偏差を加算して演算する式に切り換える一方、前記偏差として、1度だけ前記モデル計測値から前記物理量計測値を減算した値を用い、その後は前記モデル計測値変化量積分値および前記物理量計測値変化量積算値の演算を中止することを特徴とする請求項13〜請求項17のいずれか1つに記載の理想値演算装置。
【請求項19】
前記モデル計測値演算手段による計測対象は、内燃機関の吸気通路を流れる空気流量であることを特徴とする請求項1〜請求項18のいずれか1つに記載の理想値演算装置。
【請求項20】
前記空気流量は、内燃機関のスロットル開度とエンジン回転数との少なくとも1つを含む複数のパラメータを用いて演算した値であることを特徴とする請求項19記載の理想値演算装置。
【請求項21】
前記物理量計測手段は、内燃機関の吸気系に取り付けられた熱線式流量計であることを特徴とする請求項1〜請求項20のいずれか1つに記載の理想値演算装置。
【請求項22】
前記モデル計測値演算手段による計測対象は、内燃機関の吸気通路内の気体圧力であることを特徴とする請求項1〜請求項18のいずれか1つに記載の理想値演算装置。
【請求項23】
前記物理量計測手段は、内燃機関の吸気系に取り付けられた圧力センサであることを特徴とする請求項1〜請求項18および請求項22のいずれか1つに記載の理想値演算装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2006−300863(P2006−300863A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−126240(P2005−126240)
【出願日】平成17年4月25日(2005.4.25)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】