説明

皮膚外用剤

【課題】トラネキサム酸の経皮吸収を高める。
【解決手段】トラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とのイオンコンプレックスを形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚外用剤に関するものであり、より詳細には、トラネキサム酸の高い経皮吸収をもたらす皮膚外用剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
トラネキサム酸およびその誘導体は抗プラスミン作用を有しており、メラノサイト活性化因子の1つであるプラスミンを阻害することによりメラニン産生を抑制することができ、肝斑、老人性色素斑、炎症後の色素沈着などの皮膚のシミの治療に利用されている。また、安全性に優れ、かつ高い抗色素沈着効果や抗炎症効果等を有するため、美白や抗肌荒れ等を目的として化粧品等の皮膚外用剤に配合されている(特許文献1)。
【0003】
しかしながら、トラネキサム酸は両イオン性の水溶性化合物であり、外用塗布した場合に皮膚への浸透性が低く、より高い効果を得るためにトラネキサム酸の皮膚透過性を高めて経皮吸収を促進させることが強く望まれていた。
【0004】
通常、薬剤の経皮吸収を高めるために、界面活性剤や油分等の様々な経皮吸収促進剤を配合したり、あるいはパック、シートなどを用いることにより皮膚に対するオクルージョン効果を高めることが行われている。例えば、特許文献2には、親水性ポリグリセリン変性シリコーンをトラネキサム酸などの美白剤の経皮吸収促進剤として用いることが記載されている。
【0005】
しかしながら、経皮吸収促進剤の使用は、皮膚刺激の問題や製剤上の制約があり、またパックやシートは適用が煩雑である。従って、より安全かつ簡便にトラネキサム酸の経皮吸収を高めることができる新規な手法が尚強く望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平1−83519号公報
【特許文献2】特開2003−183117号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のような事情に鑑み、トラネキサム酸の皮膚透過性を高めて、より高いトラネキサム酸の経皮吸収をもたらすことができる皮膚外用剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、トラネキサム酸を4−メトキシサリチル酸とのイオンコンプレックスの形態で皮膚に適用することにより、トラネキサム酸単独で皮膚に適用した場合よりも、トラネキサム酸の皮膚透過性を顕著に高め得ることを見出し、本発明を完成するに至った。4−メトキシサリチル酸は美白成分として知られているが、通常4−メトキシサリチル酸カリウム等の塩として化粧料等に配合されており、酸の形態でトラネキサム酸と混合してイオンコンプレックスを形成することは全く知られていない。4−メトキシサリチル酸をカリウム塩等の塩の形態でトラネキサム酸と混合してもイオンコンプレックスは形成されない。
【0009】
本発明の皮膚外用剤は、トラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とから成るイオンコンプレックスを含有することを特徴とする。
【0010】
また本発明の皮膚外用剤の製造方法は、トラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とを混合してそれらのイオンコンプレックスを形成することを特徴とする。
【0011】
4−メトキシサリチル酸とのイオンコンプレックスの形態にすることによって、トラネキサム酸の皮膚透過性を顕著に高めることができる。
【0012】
イオンコンプレックスの安定性の観点から、本発明の皮膚外用剤のpHは3〜8であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、皮膚外用剤にトラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とのイオンコンプレックスを配合することによって、より高いトラネキサム酸の経皮吸収をもたらすことができ、より優れた美白、抗色素沈着、抗炎症効果等を有する皮膚外用剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】4−メトキシサリチル酸とのイオンコンプレックス形成による、トラネキサム酸の皮膚透過性促進効果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の皮膚外用剤は、トラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とのイオンコンプレックスを含有する。
【0016】
トラネキサム酸はカルボキシル基とアミノ基とを有する両性化合物であり、pHによって解離状態が異なり、等電点は約7.5で、Pka1は4.3、pKaは10.6である。以下にトラネキサム酸の解離状態を示す:
【化1】

【0017】
4−メトキシサリチル酸のpKaは3.2であり、以下に解離状態を示す:
【化2】

【0018】
従って、トラネキサム酸のアミノ基および4-メトキシサリチル酸のカルボキシル基が共にイオン化する条件下でトラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とを混合することによって、トラネキサム酸の−NHと4-メトキシサリチル酸の−COとの間のイオン結合を介してイオンコンプレックスを形成できる。
【0019】
本発明において、トラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とを皮膚外用剤中において直接混合してイオンコンプレックスを形成してもよく、あるいは予め形成したイオンコンプレックスを皮膚外用剤に配合してもよい。好ましくは、予め形成したイオンコンプレックスを皮膚外用剤に配合する。
【0020】
本発明の皮膚外用剤のpHは、イオンコンプレックスを安定に維持できるpHであればよく、好ましくはpH3〜8であり、より好ましくはpH4〜7である。pHが8より高いか、あるいはpHが3より低いとコンプレックスが不安定になる傾向がある。
【0021】
本発明の皮膚外用剤におけるトラネキサム酸と4-メトキシサリチル酸とのイオンコンプレックスの配合量は、トラネキサム酸の効果を発揮できる限り限定されないが、好ましくは皮膚外用剤全量中0.001〜20質量%であり、より好ましくは0.01〜10質量%、さらに好ましくは0.1〜7質量%である。配合量が0.001質量%未満では皮膚外用剤の美白効果等が十分得られない場合があり、また20質量%を越えて配合しても配合量の増加に見合った効果の増強が見られなくなり好ましくない。
【0022】
本発明の皮膚外用剤には、上記した必須成分の他に、通常、化粧品や医薬品等の皮膚外用剤に用いられる他の成分、例えば、油分、界面活性剤、増粘剤、湿潤剤、保湿剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、防腐剤、香料、水、アルコール等を必要に応じて、本発明の効果を損なわない範囲で適宜配合することができる。また、本発明の効果を損なわない限り、本発明のイオンコンプレックスに加えて、他の美白成分等、任意の活性成分をさらに配合してもよい。
【0023】
本発明に係る皮膚外用剤の剤型は任意であり、例えば、化粧水などの可溶化系、乳液、クリームなどの乳化系、又は、軟膏、分散液等の任意の剤型をとることができる。
【0024】
本発明の皮膚外用剤とは、化粧品、医薬品、医薬部外品として、外皮に適用される外用剤を指し、例えば、軟膏、クリーム、乳液、ローション、エッセンス、ゼリー、ジェル、パック、マスク、浴用剤等として利用される。
【0025】
さらに、本発明の皮膚外用剤の用途も特に限定されず、美白、美肌、抗炎症、肝斑、老人性色素斑、炎症後の色素沈着などの皮膚のシミ(色素沈着症)の治療など、トラネキサム酸の効果を利用できる任意の用途に使用できる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0027】
In vitro皮膚透過実験
100μmol/mlのトラネキサム酸溶液と50μmol/mlの4−メトキシサリチル酸溶液とを等量混合してイオンコンプレックスを形成して試験試料(TXA−4MSA)とした。試験試料のpHは約5であった。一方、対照試料として、50μmol/mlのトラネキサム酸溶液(TXA)を用いた。
【0028】
予め37℃に保温した2−チャンバー横型拡散セルに、脂肪を剥離後pH7.4リン酸緩衝液(PBS)で30分間水和させたラットの腹部皮膚を挟み、真皮側のセルにレシーバー液(pH7.5のPBS)を添加し、角層側のセルに試験試料または対照試料を添加した。経時的にレシーバー液をサンプリングして、トラネキサム酸(TXA)の濃度を高速液体クロマトグラフィー(CAPCELL PAK SCX UG80: 4.6 mm i.d. X 250 nm;移動相 0.1mol/L KH2PO4, H2O/CH3CN=80/20, pH4.0(H3PO4)、流速1.0分/mL、検出UV210 nm)を用いて測定して累積透過量を求めた。累積透過量は、一定面積あたりの薬物の皮膚透過量(μg/cm)として定義される。
【0029】
図1に、トラネキサム酸の累積透過量(平均値±SD(n=3))の経時変化を示す。4−メトキシサリチル酸とのイオンコンプレックスを形成することにより、トラネキサム酸の皮膚透過性を有意に高めることができた。イオンコンプレックスを形成することにより、皮膚への分配性が高まり透過性が促進されると考えられる。
【0030】
以下に、本発明のトラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とから成るイオンコンプレックス(以下処方例においてTXA−4MSAと称する)を含有する皮膚外用剤の処方例を実施例として示す。尚、イオンコンプレックスは、予め形成したものを配合してもよく、あるいは外用剤の調製の際にトラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸(酸形態)とを混合することによって形成してもよい。配合量は全て外用剤全量に対する質量%で表す。
【0031】
実施例1 化粧水
(1)TXA−4MSA 2.0
(2)ラベンダー抽出物 1.0
(3)酢酸トコフェロール 0.01
(4)グリセリン 4.0
(5)1,3−ブチレングリコール 4.0
(6)エタノール 8.0
(7)ポリオキシエチレン(60)硬化ヒマシ油 0.5
(8)メチルパラベン 0.2
(9)クエン酸 0.15
(10)クエン酸ソーダ 0.05
(11)香料 0.05
(11)精製水 残余
〈製法〉
精製水にTXA−4MSA、ラベンダー抽出物、クエン酸、クエン酸ソーダ、グリセリン、1,3−ブチレングリコールを溶解する。別にエタノールにポリオキシエチレン(60)硬化ヒマシ油、酢酸トコフェロール、香料、メチルパラベンを溶解し、これを前述の精製水溶液に加えて可溶化し、濾過して化粧水を得た。
【0032】
実施例2 クリーム
(1)セトステアリルアルコール 3.5
(2)スクワラン 40.0
(3)ミツロウ 3.0
(4)還元ラノリン 5.0
(5)エチルパラベン 0.3
(6)ポリオキシエチレン(20)ソルビタン
モノパルミチン酸エステル 2.0
(7)ステアリン酸モノグリセリド 2.0
(8)N−ステアロイルグルタミン酸ナトリウム 0.5
(9)メトキシケイ皮酸オクチル 1.0
(10)酢酸レチノール 2.0
(11)月見草油 0.05
(12)香料 0.03
(13)TXA−4MSA 5.0
(14)グリチルリチン酸ジカリウム 0.05
(15)ポリエチレングリコール1500 5.0
(16)精製水 残余
〈製法〉
セトステアリルアルコール、スクワラン、ミツロウ、還元ラノリン、エチルパラベン、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノパルミチン酸エステル、ステアリン酸モノグリセリド、N−ステアロイルグルタミン酸ナトリウム、メトキシケイ皮酸オクチル、酢酸レチノール、月見草油、香料、TXA−4MSAを加熱溶解し(油相)、精製水にグリチルリチン酸ジカリウム、ポリエチレングリコール1500を溶解し70℃に保つ(水相)、水相に油相を撹拌しながら添加する。ホモミキサー処理し乳化粒子を細かくした後、撹拌しながら急冷し、クリームを得た。
【0033】
実施例3 乳液
(1)パラジメチルアミノ安息香酸−2−エチルヘキシル 0.1
(2)ジパラメトキシケイ皮酸モノー2ーエチルヘキシル 0.2
(3)ステアリン酸 1.5
(4)セチルアルコール 0.5
(5)ミツロウ 2.0
(6)ポリオキシエチレン(10)モノオレイン酸エステル 2.0
(7)L−アルギニン 0.3
(8)海水乾燥物 0.02
(9)PCA−Na 0.05
(10)TXA−4MSA 3.0
(11)ユキノシタ抽出物 2.0
(12)カンゾウ抽出物 0.5
(13)グリセリン 3.0
(14)エタノール 3.0
(15)エチルパラベン 0.3
(16)香料 0.03
(17)カルボキシビニルポリマー 0.12
(18)精製水 残余
〈製法〉
精製水にユキノシタ抽出物、カンゾウ抽出物、L−アルギニン、海水乾燥物、PCA−Na、プロピレングリコール、グリセリン、エタノール、カルボキシビニルポリマーを加えて加熱溶解し70℃に保つ(水相)。他の成分を混合し、加熱溶解して70℃に保つ(油相)。水相に油相を加えて予備乳化を行い、ホモミキサーで均一に乳化する。その後撹拌しながら急冷して乳液を得た。
【0034】
実施例4 軟膏
(1)TXA−4MSA 0.1
(2)パラジメチルアミノ安息香酸オクチル 4.0
(3)ブチルメトキシベンゾイルメタン 0.5
(4)酢酸トコフェロール 0.5
(5)パルミチン酸レチノール 1.0
(6)ステアリルアルコール 18.0
(7)モクロウ 20.0
(8)ポリオキシエチレン(10)モノオレイン酸エステル 0.25
(9)グリセリンモノステアリン酸エステル 0.3
(10)ワセリン 32.0
(11)精製水 残余
〈製法〉
精製水にTXA−4MSAを溶解し70℃に保つ(水相)、その他の成分を70℃にて混合溶解する(油相)。水相に油相を加え、ホモミキサーで均一に乳化し、その後冷却して軟膏を得た。
【0035】
実施例5 日焼け止め
(1)ジメチルポリシロキサン 5.0
(2)デカメチルシクロペンタシロキサン 25.0
(3)トリメチルシロキシケイ酸 5.0
(4)ポリオキシエチレン・メチルポリシロキサン共重合体 2.0
(5)パラメトキシ桂皮酸2−エチルヘキシル 7.5
(6)球状ポリアクリル酸アルキル粉末 5.0
(7)パルミチン酸デキストリン被覆微粒子酸化亜鉛(60nm)15.0
(8)ジプロピレングリコール 5.0
(9)ジメチルジステアリルアンモニウムヘクトライト 0.5
(10)グリチルリチン酸ジカリウム 0.02
(11)TXA−4MSA 7.0
(12)チオタウリン 0.05
(13)クララエキス 1.0
(14)パラベン 適量
(15)フェノキシエタノール 適量
(16)エデト酸三ナトリウム 適量
(17)ブチルエチルプロパンジオール 0.5
(18)精製水 残余
(19)香料 適量
〈製法〉
(1)〜(5)(19)を混合溶解したものに(7)(8)を加え、ホモミキサーで均一に分散させ、さらに精製水に(9)〜(17)を溶解したものを徐々に添加し、さらにホモミキサーで均一に分散させ日焼け止めを得た。
【0036】
実施例6 ファンデーション
(1)ジメチルポリシロキサン 8.0
(2)ベヘニルアルコール 0.5
(3)バチルアルコール 0.5
(4)マカデミアナッツ油 0.1
(5)イソステアリン酸 1.5
(6)ステアリン酸 1.0
(7)ベヘニン酸 0.5
(8)2−エチルヘキサン酸セチル 5.0
(9)モノステアリン酸ポリオキシエチレングリセリン 1.0
(10)自己乳化型モノステアリン酸グリセリン 1.0
(11)パラメトキシ桂皮酸2−エチルへキシル 1.0
(12)架橋型シリコーン末 0.1
(13)黄酸化鉄被覆雲母チタン 2.0
(14)酸化チタン 4.0
(15)タルク 0.5
(16)カオリン 3.0
(17)合成金雲母 0.1
(18)無水ケイ酸 5.0
(19)1,3−ブチレングリコール 5.0
(20)水酸化カリウム 0.2
(21)トリエタノールアミン 0.8
(22)TXA−4MSA 2.0
(23)ヒアルロン酸ナトリウム 0.1
(24)パラオキシ安息香酸エステル 適量
(25)キサンタンガム 0.1
(26)ベントナイト 1.0
(27)カルボキシメチルセルロースナトリウム 0.1
(28)精製水 残余
(29)ベンガラ 適量
(30)黄酸化鉄 適量
(31)黒酸化鉄 適量
(32)香料 適量
〈製法〉
精製水に(19)〜(27)を溶解したものに(13)〜(18)および(29)〜(31)を均一に分散させ、70℃に保った(水相パーツ)。次に(1)〜(11)(32)を混合加熱溶解したものに(12)を均一に分散させた(油相パーツ)。水相パーツに油相パーツ加え、ホモミキサーで均一に分散させ冷却してファンデーションを得た。
【0037】
これら実施例の皮膚外用剤はいずれも、皮膚に適用して高い美白効果および抗色素沈着効果をもたらすことができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とから成るイオンコンプレックスを含有する皮膚外用剤。
【請求項2】
pHが3〜8である請求項1記載の皮膚外用剤。
【請求項3】
トラネキサム酸と4−メトキシサリチル酸とを混合してイオンコンプレックスを形成することを含む、皮膚外用剤の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−202565(P2010−202565A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−48938(P2009−48938)
【出願日】平成21年3月3日(2009.3.3)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【復代理人】
【識別番号】100116540
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 香
【Fターム(参考)】