説明

真空蒸着装置、フィルタ及びそれらを用いて作製した半導体発光素子

【課題】半導体発光素子の窓層として、金属酸化物の透明導電膜からなる電流分散層を形成し、且つ同時に粗面化することが可能な真空蒸着装置、この真空蒸着装置に利用するフィルタ、それらを用いて作製した半導体発光素子を提供すること。
【解決手段】真空蒸着装置の構成として、真空容器15内に、金属酸化物の蒸発源14と、この蒸発源上方に該蒸発源に対し被着面を傾斜させて臨ませた被着基板11とを置き、前記蒸発源14と被着基板11との間に、機械的に構成された多数の微小径の空孔を有するフィルタ12を設け、これに蒸気流を通過させることによって被着基板11の被着面に粗面化された金属酸化物から成る透明導電膜が形成されるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空蒸着装置、フィルタ及びそれらを用いて作製した半導体発光素子に関わり、特に透明導電膜を備えて光取り出し効率を高めた高輝度半導体発光素子用エピタキシャルウェハの製造技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の高輝度発光ダイオード(LED)は、LEDチップを透明なエポキシ樹脂等でパッケージングされた構造を採り、この様な構成ではLEDの電流分散層と樹脂の屈折率差との関係から、LEDチップの内部で発光した光を外部に取り出す効率(光取り出し効率)にはある程度制限があった。その程度とは、電流分散層に使われる材料の屈折率等にも依るが、一般的なAlGaInP系LEDの場合、電流分散層にはGaP等が広く活用され、この場合の光取り出し効率はおよそ20%程度である。
【0003】
最近では、LEDの電流分散層としてITO(Indium Tin Oxide:錫添加酸化インジウム)等の金属酸化物を応用する例が増えてきた。金属酸化物による電流分散層は、従来のGaPやAlGaAsを厚く成長する方式よりも成長に掛かるコストが低く、また、前述した半導体材料よりも画期的に電気特性に優れるので、電流分散効果が高いというメリットがある。更に、ITO膜などの俗に言う透明導電膜は、GaPなどの半導体材料の屈折率(3.1〜3.5)と樹脂の屈折率(1.4〜1.6)の間に位置する屈折率(1.8〜2.2)を有しており、LEDの光取り出し効率を高める効果を有する。しかしながら、単純に樹脂/金属酸化物/半導体とした構成にするだけでは、光取り出し効率を著しく向上させる事はできない。
【0004】
そこで、発光層を含む半導体多層膜の最上層と透明樹脂との境界における光の全反射の影響で光り取り出し効率が低下するのを防止するため、最上層のITO膜からなる反射防止膜の表面を粗面加工し、表面ラフネス(PV値(max-min))を、200nm以上で、且つ発光波長以下に設定することが提案されている(特許文献1参照)。
【0005】
この特許文献1によるITO膜の粗面化は、下方のp型InAlPクラッド層を成長する際に、MOCVD法におけるPH3分圧を十分に低く(1〜20Pa)することで、InAlPクラッド層の表面を荒れた状態にし、次いで、GaAsコンタクト層、ITO膜をスパッタリング法により形成することで、ITO膜がInAlPクラッド層に倣って粗面となることを利用するものである。
【0006】
なお、本発明と直接に関連するものではないが、シャッター板による開閉が可能な開口を有する防着板を、蒸着源と被着基板との間に設けて、真空容器内壁への膜の堆積を防止した真空蒸着装置が知られている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2003−174191号公報
【特許文献2】特開平5−70931号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した様に、従来、樹脂/半導体となる構成のLEDや、樹脂/金属酸化物/半導体となる構成のLEDにおいては、光取り出し効率を向上させる事による高輝度化への寄与率が非常に高くポテンシャルが残されている。すなわち、電流分散層に金属酸化物を用いたLEDにおいて、その光取り出し効率を著しく高める事ができる。
【0008】
しかしながら、特許文献1を含む従来技術において、金属酸化物である透明導電膜の形成方法はスパッタリング法によっている。このスパッタリング法は、装置が高価であることや生産性に問題がある。
【0009】
そこで、スパッタリング法よりも低価格であり、且つ生産性の良い方法である真空蒸着法で、ITO等の金属酸化物の透明導電膜を形成すると共に、同時にこの透明導電膜の表面を粗面化することができれば、より一層の低コスト化が実現できる。
【0010】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、半導体発光素子の窓層として、金属酸化物の透明導電膜からなる電流分散層を形成し、且つ同時に粗面化することが可能な真空蒸着装置、この真空蒸着装置に利用するフィルタ、それらを用いて作製した半導体発光素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明は、次のように構成したものである。
【0012】
請求項1の発明に係る真空蒸着装置は、蒸発源を加熱して蒸着物質の蒸気流を生じさせ、この蒸発源に臨ませた被着基板に蒸着を行う真空蒸着装置において、真空容器内に、(ITO等の)金属酸化物の蒸発源と、この蒸発源上方に該蒸発源に対し被着面を傾斜させて臨ませた被着基板とを置き、前記蒸発源と被着基板との間に、機械的に構成された多数の微小径の空孔を有するフィルタを設け、これに蒸気流を通過させることによって被着基板の被着面に粗面化された(ITO等の)金属酸化物から成る透明導電膜が形成されるように構成したことを特徴とする。
【0013】
請求項2の発明は、請求項1に記載の真空蒸着装置において、上記フィルタを複数個上下に積層するか、又は間隔を置いて上記金属酸化物の蒸発源と上記被着基板との間に複数個並置したことを特徴とする。
【0014】
請求項3の発明は、請求項1又は2に記載の真空蒸着装置において、上記のフィルタを定期的若しくは不定期に揺動、回転、公転、若しくはライン上にスライドさせる機構を設けたことを特徴とする。
【0015】
請求項4の発明に係るフィルタは、上記請求項1に記載の真空蒸着装置に用いられるフィルタであって、そのフィルタのパターンを、メッシュ状で規則的な格子パターン、不規則な格子パターン、またはそれらの格子を様々な角度に傾けて成る多様な空孔のパターンとしたことを特徴とする。
【0016】
請求項5の発明に係る半導体発光素子は、第一導電型の基板の上に、第二導電型若しくはアンドープ活性層を互いに導電型が異なる第一クラッド層と第二クラッド層で挟んだ発光部を形成し、該発光部の上に第二導電型のコンタクト層を形成し、その上に電流分散層として(ITO等の)金属酸化物からなる窓層を形成し、その表面側の一部に表面電極を形成し、上記基板の裏面に全面又は部分電極から成る裏面電極を形成した半導体発光素子において、前記金属酸化物からなる窓層を請求項1記載の真空蒸着装置により形成し、それによって表面が粗面化された(ITO等の)金属酸化物の透明導電膜からなる電流分散層を形成したことを特徴とする。
【0017】
請求項6の発明は、請求項5記載の半導体発光素子において、上記(ITO等の)金属酸化物から成る電流分散層の膜厚を50nm以上500nm以下としたことを特徴とする。
【0018】
<発明の要点>
本発明の要点は、上記目的を達する為、電流分散層にITOやガリウム添加酸化亜鉛等の金属酸化物を用いた半導体発光素子の作製に際し、真空蒸着装置の蒸発源と被着基板との間に、機械的に構成されたフィルタを設け、これに蒸気流を通過させることによって、被着基板の被着面に、粗面化されたITO等の金属酸化物の透明導電膜から成る電流分散層が形成されるように構成し、これにより電流分散層を形成するプロセスと当該電流分散層の主表面を粗面化させるプロセスを同時に行う事により、従来よりも画期的に光取り出し効率を高めた半導体発光素子を簡便に、且つ低コストに製造することができるようにした点にある。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、次のような優れた効果が得られる。
【0020】
本発明の真空蒸着装置によれば、真空容器内に、ITO等の金属酸化物の蒸発源と、この蒸発源上方に該蒸発源に対し被着面を傾斜させて臨ませた被着基板とを置き、前記蒸着源と被着基板との間に、機械的に構成された多数の微小径の空孔を有するフィルタを設け、これに蒸気流を通過させることによって被着基板の被着面に粗面化されたITO等の金属酸化物から成る透明導電膜が形成されるように構成したので、スパッタリング法よりも低価格であり、且つ生産性の良い方法である真空蒸着法で、ITO等の金属酸化物の透明導電膜を形成することができると共に、同時に、この透明導電膜の表面を粗面化することができる。従って、スパッタリング法による場合より一層の低コスト化が実現できる。この低コスト化は、従来のLED作製プロセスに何ら工程を付け加える必要も無く、真空蒸着装置に僅かな工夫を凝らす事で達成することができる点で、その効果は大きい。
【0021】
また本発明に係るフィルタは、上記真空蒸着装置に用いられるフィルタであって、そのフィルタのパターンを、メッシュ状で規則的な格子パターン、不規則な格子パターン、またはそれらの格子を様々な角度に傾けて成る多様な空孔のパターンとしたので、ITO等の金属酸化物から成る透明導電膜の表面を、所望するパターンで粗面化することが可能となる。
【0022】
また本発明に係る半導体発光素子は、発光部の上にコンタクト層を形成し、その上に電流分散層としてITO等の金属酸化物からなる窓層を形成した構造において、前記金属酸化物からなる窓層を請求項1記載の真空蒸着装置により形成し、それによって表面が粗面化されたITO等の金属酸化物の透明導電膜からなる電流分散層を形成したので、低コストの半導体発光素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明を図示の実施の形態に基づいて説明する。
【0024】
図1は本発明の実施形態に係る真空蒸着装置13を示したもので、この真空蒸着装置は、蒸発源14を加熱して蒸着物質の蒸気流を生じさせ、この蒸発源14に対し被着面を傾斜させて臨ませた被着基板11に蒸着を行う。
【0025】
詳述するに、この真空蒸着装置においては、真空容器15内に、ITOやガリウム添加酸化亜鉛等の金属酸化物の蒸発源(この例ではITOの蒸発源)14が設けられている。また、この蒸発源14の上方には、蒸発源14に対し被着面を傾斜させて臨ませた被着基板(この例では被着対象物のLED用エピタキシャルウェハ)11が設けられている。更に、上記蒸発源14と被着基板11との間には、機械的に構成された多数の微小径の空孔を有するフィルタ12が配設されている。具体的には、このフィルタ12は、アルミニウム製の針金によって形成されたメッシュ状の平板フィルタから成る。
【0026】
真空容器15内は、蒸発源14と被着基板11との間に設けた防着板16により上下に仕切られており、上記フィルタ12は、この防着板16の中央に大きく形成された開口部に嵌め込んだ形で、上下仕切境界部に設けられている。そして、防着板16自体は、真空容器の側壁に突設した環状の受け部材17に載置され、交換が容易になっている。
【0027】
上記のように構成されているため、蒸発源14から出発した蒸着原料物質たるITOの蒸気流は、上記フィルタ12の多数の微小孔を通過して、上方の傾斜した被着基板11の被着面に蒸着する。このときフィルタを通過する蒸着原料物質たるITOの通過難易度が、フィルタ12の空孔の大きさ及びパターンにより制約を受けるため、これを通って被着面に到達する量が面的な位置の違いにより異なることから、被着基板11の被着面に粗面化されたITO透明導電膜(電流分散層)が形成される。
【0028】
上記フィルタ12は単層として構成しても良いが、複数個を上下に重ねた積層構成とし、又は、複数個を間隔を置いて金属酸化物の蒸発源14と被着基板11の間に上下に並置した構成とすることもできる。
【0029】
また、上記のフィルタ12には、これを定期的若しくは不定期に揺動、回転、公転、若しくはライン上にスライドさせる機構を付加することもできる。
【0030】
上記実施形態においては、上記フィルタ12は、蒸着源であるITOターゲットと被着対象物であるLED用エピタキシャルウェハ間に、針金を何本にも並べて構成されたメッシュ状の平板フィルタとして設けた。しかし、これ以外にも、例えば、微細な空孔を空ける様に適宜パターンニングされた金型を用いてプレス成形された平板フィルタなどを用いた場合においても、空孔のサイズ、量、間隔などによっては本発明の意図する効果を得ることができる。要するに、上記の真空蒸着装置に用いられるフィルタにおいては、そのフィルタのパターンを、メッシュ状で規則的な格子パターン、不規則な格子パターン、またはそれらの格子を様々な角度に傾けて成る多様な空孔のパターンとすることができる。
【0031】
図2に、上記真空蒸着装置及びフィルタを使用して得ようとする半導体発光素子の構造を示す。
【0032】
この半導体発光素子は、MOCVD法によって、第一導電型の半導体基板1の上に、第二導電型若しくはアンドープの活性層5を互いに導電型が異なる第一クラッド層4と第二クラッド層6で挟んだ発光部を形成し、該発光部の上に第二導電型のコンタクト層7を形成し、その上に、真空蒸着法により、電流分散層としてITO等の金属酸化物からなる電流分散層(窓層)10を形成する。なお、半導体基板1と第一クラッド層4の間において、半導体基板1上には、バッファ層2、DBR層(分布ブラッグ反射層)3が設けられる。そして、その電流分散層10の表面側の一部に表面電極8を形成し、上記基板の裏面に全面又は部分電極から成る裏面電極9を形成する。
【0033】
この半導体発光素子は、真空蒸着装置によりITO等の金属酸化物からなる窓層を形成し、それによって表面が粗面化されたITO等の金属酸化物(透明導電膜)からなる電流分散層10を形成する点に特徴がある。このITO等の金属酸化物から成る電流分散層10の膜厚は、後述する理由により50nm以上500nm以下とする。
【0034】
この半導体発光素子であっては、前記発光部を形成する材料が(AlxGa1-xYIn1-YP(但し、0≦X≦1、0≦Y≦1)であり、更に、p型の導電型決定不純物にZnを用いた場合は前記p型コンタクト層をAlxGa1-xAs(但し、0≦X≦0.2)で形成する事として、且つキャリア濃度が1×1019/cm3以上となる様にし、更に、p型の導電型決定不純物にMgを用いた場合は前記p型コンタクト層のGaxIn1-xP(但し、0≦X≦0.2)で形成する事として、且つキャリア濃度が1×1019/cm3以上となる様にする。
【0035】
<最適条件について>
第1に、金属酸化物から成る電流分散層、例えばITO膜と接する(オーミック)コンタクト層は、極めて高濃度に導電型決定不純物濃度が添加されている必要がある。具体的には、Zn(亜鉛)が添加されたコンタクト層の場合、その結晶材料はAl混晶比が0から0.2までのGaAs、又はAlGaAsである事が望ましく、そのキャリア濃度は1×1019/cm3以上が好適であり、これは高ければ高い程好ましい。また、導電型決定不純物にMg(マグネシウム)を用いた時のコンタクト層の場合は、その結晶材料はGaP組成が0から0.2までのInP、又はGaInPである事が望ましく、そのキャリア濃度は1×1019/cm3以上が好適であり、これは高ければ高い程好ましい。ITO膜は基本的にn型の半導体材料に属し、また、LEDは一般的にpサイドアップで作製される。この為、ITO膜を電流分散層に応用したLEDは導電型が基板の側からn/p/n接合となってしまう。この為にLEDではITO膜とp型半導体層との界面に大きな電位障壁が生じ、通常は非常に動作電圧の高い発光ダイオードとなってしまう。この問題を解消する為、p型半導体層には非常に高いキャリア濃度を有するコンタクト層が必要となるのである。また、上記したコンタクト層のバンドギャップが狭い由縁は、その方が高キャリア化が容易である事に強く依存する。
【0036】
第2に、上述したコンタクト層の膜厚は1nmから50nmの範囲にある事が好ましい。何故ならば、前記コンタクト層は、いずれも活性層で発光した光に対し吸収層となるバンドギャップを有している為、膜厚が厚くなるに連れ、発光輝度(出力)が低下してしまう。従って、コンタクト層の膜厚の上限をおよそ50nmとする事が好ましく、より好ましくは30nmまでである。また、コンタクト層の膜厚が1nm未満になってくると、今度はITO膜とコンタクト層との間でのトンネル接合が難しくなってくる為、低動作電圧化、動作電圧の安定化が困難になる。従って、ITO膜と接するコンタクト層の膜厚には最適値があり、それは1nmから50nmなのである。
【0037】
第3に、金属酸化膜からなる電流分散層を形成する方法は、真空蒸着法であることが望ましい。理由は、以下製造方法ごとに述べる。まずスパッタ法においては、スパッタ装置自体の設備額が高額で、更に、1バッチあたりのチャージ枚数が少ない事から、スループットも問題となる。よって、電流分散層製造に掛かるコストを大幅に低減するに至るのは難しい。次に、MOD溶液を用いたスプレー法においては、第一に基板の表面温度を500℃以上に加熱しないとITO膜の抵抗率を下げる事ができない為、発光ダイオード用エピタキシャルウェハに対する熱の影響が大きく、コンタクト層の表面を酸化してしまい、トンネル接合が達成されなくなってしまうという問題が発生する。また、ITO膜の高温での成膜になるので、ITO膜のキャリア濃度で低下してしまい、トンネル接合しづらい状況を作ってしまう事も問題である。更には、多数枚チャージ、つまりスループットの高い製造設備の作製が難しく、安定した量産を行うには難しい。次に、塗布法においてはスプレー法、スパッタ法、真空蒸着法と比較して、抵抗率を下げる事が非常に難しい事が挙げられる。この事からコンタクト層とのトンネル接合が非常に難しい。更には、ITO膜を100nmから400nm程度まで形成するのに、塗布、乾燥、焼成といった工程を幾度となく行う必要がある事から、スループットが非常に悪い。以上の理由から、製造装置価格が安価であり、且つ安定性に優れ、スループットの高い方法として真空蒸着法である事が好ましいのである。
【0038】
第4にITO膜の膜厚は50nmから500nmの範囲にある事が好ましい。下限が50nmである由縁は、少なくとも十分な電流分散効果を得る為にはおよそ50nm程度以上の膜厚が必要だからである。次に上限が500nmである由縁は、真空蒸着法で形成する場合、ITO膜の膜厚が500nm程度になってくると、ITO膜の透明性、つまり透過率が徐々に悪化してしまうという現象がある為である。また、およそ150nmから350nm程度のITO膜によって十分な電流分散効果が得られる事から、あまり厚くし過ぎても製造コストを増加させてしまうだけになる。従って、ITO膜の膜厚は50nmから500nmの範囲にある事が好ましく、より好ましくは80nmから350nm程度であると言える。
【実施例】
【0039】
本発明の効果を確認するため、金属酸化物窓層の形成手段が、フィルタのない真空蒸着装置による従来の試作例(比較例)、及びフィルタの在る真空蒸着装置を用いた本発明の試作例(実施例)を作製した。説明の便宜上、比較例から先に説明する。
【0040】
[比較例:ITO膜形成時に何も無し]
図2に示した構造の発光波長630nm付近の赤色LED用エピタキシャルウェハを作製した。エピタキシャル成長方法、エピタキシャル層膜厚、エピタキシャル構造や電極形成方法及びLED素子製作方法は、以下の通りである。
【0041】
n型GaAs基板1上に、MOCVD法で、n型(Seドープ)GaAsのバッファ層(膜厚400nm、キャリア濃度1×1018/cm3)2、n型のDBR層3、n型(Seドープ)(Al0.7Ga0.30.5In0.5Pの第一クラッド層(膜厚300nm、キャリア濃度1×1018/cm3)4、アンドープ(Al0.1Ga0.90.5In0.5Pの活性層(膜厚600nm)5、p型(Znドープ)(Al0.7Ga0.30.5In0.5Pの第二クラッド層(膜厚300nm、キャリア濃度5×1017/cm3)6、p型(Znドープ)Al0.1Ga0.9Asのコンタクト層(膜厚3nm、キャリア濃度8×1019/cm3)7を、MOCVD法で、順次積層成長させた。
【0042】
MOCVD成長での成長温度は、上記n型GaAsのバッファ層2から上記p型の第二クラッド層6までを650℃とした。その他の成長条件は、成長圧力50Torr、各層の成長速度は0.3〜1.0nm/sec、V/III比は約200前後で行った。因みにここで言うV/III比とは、分母をTMGaやTMAlなどのIII族原料のモル数とし、分子をAsH3、PH3などのV族原料のモル数とした場合の比率(商)を指す。
【0043】
MOCVD法の成長において用いる原料としては、例えばトリメチルガリウム(TMGa)、又はトリエチルガリウム(TEGa)、トリメチルアルミニウム(TMAl)、トリメチルインジウム(TMIn)、等の有機金属や、アルシン(AsH3)、ホスフィン(PH3)等の、水素化物ガスを用いた。
【0044】
例えば前記n型のバッファ層2の様なn型層の添加物原料としては、セレン化水素(H2Se)を用いた。前記p型の第二クラッド層6の様なp型層の導電型決定不純物の添加物原料としては、ジエチルジンク(DEZn)を用いた。その他に、n型層の導電型決定不純物の添加物原料として、シラン(SiH4)、ジエチルテルル(DETe)、ジメチルテルル(DMTe)を用いることもできる。その他にp型層添加物原料として、ジメチルジンク (DMZn) を用いる事もできる。
【0045】
更に、このLED用エピタキシャルウェハをMOCVD装置から搬出した後、当該LED用エピタキシャルウェハの表面、つまりp型のコンタクト層7の表面側へ、従来のフィルタの無い真空蒸着装置によって、膜厚300nmのITO膜を形成した。本構造では、このITO膜が電流分散層10となる。
【0046】
この時、ITO膜蒸着の同一バッチ内にセットした評価用ガラス基板を取り出し、Hall測定が可能なサイズに切断し、ITO膜単体の電気特性を評価した所、キャリア濃度1.21×1021/cm3、移動度19.6cm2/Vs、抵抗率2.35×10-4Ω・cmであった。そして、このLED用エピタキシャルウェハの底面全面に先ずは裏面電極9を上記従来例と同じ様に真空蒸着法によって形成した。この時のLED用エピタキシャルウェハ表面の平均粗さ(Ra)をAFM(原子間力顕微鏡)を用いて評価した所、測定箇所にも依るが約3nm〜8nmの範囲にある事が判った。
【0047】
そして、このLED用エピタキシャルウェハの上面に、レジストやマスクアライナなどの一般的なフォトリソグラフィプロセスに用いられる器材と方法を駆使して、表面電極8として直径110μmの円形電極を、マトリックス状に真空蒸着法で形成した。蒸着後の電極形成はリフトオフ法を用いた。この表面電極8は、Ni(ニッケル)、Au(金)を、それぞれ20nm、500nmの順に蒸着した。
【0048】
更に、LED用エピタキシャルウェハの底面には、全面に裏面電極9を真空蒸着法によって形成した。この裏面電極9は、AuGe(金・ゲルマニウム合金)、Ni(ニッケル)、Au(金)を、それぞれ60nm、10nm、500nmの順に蒸着し、その後、電極の合金化であるアロイ工程を、窒素ガス雰囲気中400℃で5分間熱処理する事で行った。
【0049】
その後、上記の様にして構成された電極付きLED用エピタキシャルウェハを該円形の表面電極8が中心になる様にダイシング装置を用いて切断し、チップサイズ300μm角のLEDベアチップを作製した。更に前記LEDベアチップをTO−18ステム上にマウント(ダイボンディング)し、その後更にマウントされた該LEDベアチップに、ワイヤボンディングを行い、LED素子を作製した。
【0050】
そして、上記の通りに作製されたLED素子(比較例)の初期特性を評価した結果、20mA通電時(評価時)の発光出力1.69mW、動作電圧1.92Vという初期特性を有するLED素子を得る事ができた。
【0051】
[実施例:ITO形成時にメッシュフィルタを設けた]
実施例として、図2に示した構造の発光波長630nm付近の赤色LED用エピタキシャルウェハを作製した。エピタキシャル成長の方法、エピタキシャル層膜厚、エピタキシャル層構造やLED素子製作方法は、基本的に上記比較例と同じにした。以下に上記比較例とは異なる点を列挙し、それに伴い詳細な説明をする。
【0052】
本実施例では、真空蒸着法によってITO膜から成る電流分散層を形成する際、図1で説明したように、蒸発源14であるITOターゲットと被着対象物たる被着基板11のLED用エピタキシャルウェハとの間に、アルミニウム製の針金によって形成されたメッシュ状の平板フィルタ12を介した。この時、ITO膜の形成が完了した時点でのLED用エピタキシャルウェハ表面の平均粗さ(Ra)をAFM(原子間力顕微鏡)を用いて評価した所、測定箇所にも依るが、約30nm〜60nmの範囲にあった。
【0053】
そして、このLED用エピタキシャルウェハの底面全面に先ずは裏面電極9を上記従来例と同じ様に真空蒸着法によって形成した。裏面電極9の構成は上記比較例と同じである。その後、電極の合金化であるアロイ工程を、窒素ガス雰囲気中400℃で5分間熱処理する事で行った。その後の素子化プロセスは、上記比較例と同じである。
【0054】
上記の通りに作製された実施例のLED素子の初期特性を評価した結果、20mA通電時(評価時)の発光出力1.85mW、動作電圧1.90Vの優れた初期特性を有するLED素子を得る事ができた。
【0055】
よって、本実施例に示した方策により、電流分散層であるITO膜表面のラフネスが従来例よりも大きくなり、これによって光取り出し効率が向上し、約10%も輝度の高いLEDを得る事ができる様になった。尚且つ、本実施例に記載の方法によれば従来のLED作製プロセスに何ら工程を付け加える必要も無く、真空蒸着装置に僅かな工夫を凝らす事で成されたものであり、その効果は大きい。
【0056】
以上により、従来のLED作製プロセスと同じ工程で従来よりも光取り出し効率を向上させ、より高輝度のLED、及びLED用エピタキシャルウェハを得る事ができることが明確になった。
【0057】
[変形例1]
上記実施例の半導体発光素子においては、どの構造においても活性層5と第一クラッド層4、第二クラッド層6との間に何も介在させない構造とした。しかし、ここに例えば真性なアンドープ層を設けたり、多少導電型不純物を含んでいようとも擬似的にアンドープ層となる様な擬似アンドープ層を設けたり、比較的キャリア濃度が低い低キャリア濃度クラッド層を設ける構造を採ることができ、この構造によっても、単にLED素子の出力の信頼性を向上させるなどの効果が追加的に生ずるのみであり、本発明の意図する効果が得られる事には変わりがない。
【0058】
[変形例2]
上記実施例においては、発光波長630nmの赤色LED素子のみを作製例としたが、同じAlGaInP系の材料を用いて製作されるそれ以外のLED素子、例えば発光波長560nm〜660nmのLED素子においても、この時に用いられる各層の材料、キャリア濃度、特にウインドウ層においては一切の変更点を持たない。従って、仮にLED素子の発光波長を本発明の実施例と異なる波長帯域としても同様な効果が得られる。
【0059】
[変形例3]
上記実施例においては、バッファ層及びDBR層(分布ブラッグ反射層)を常に設けたLED構造を作製例としたが、これらが省略されたLED素子構造を採ることもでき、この構造によっても、本発明の意図する効果を得ることができる。
【0060】
[変形例4]
上記実施例においては、p型層に添加する導電型決定不純物をZn(亜鉛)、n型層に添加する導電型決定不純物をSe(セレン)としたが、仮にこのp型導電型決定不純物にMg(マグネシウム)を用いたり、n型導電型決定不純物にSiやTeを用いることもでき、かかる構造としても同様に本発明の効果を得ることができる。
【0061】
[変形例5]
上記実施例においては、表面電極の形状が常に円形のものとした構造を採ったが、その他にも異形状、例えば四角、菱形、多角形等とすることもでき、この場合でも本発明に意図する効果を得ることができる。
【0062】
[変形例6]
上記実施例においては、蒸着源であるITOターゲットと被着対象物であるLED用エピタキシャルウェハ間に、針金を何本にも並べて構成されたメッシュ状の平板フィルタを設ける装置構造としたが、これ以外にも例えば、微細な空孔を空ける様に適宜パターンニングされた金型を用いてプレス成形された平板フィルタなどを用いることができ、これらを用いた場合においても、空孔のサイズ、量、間隔などを適当にすることによって本発明の意図する効果を得ることができる。
【0063】
[変形例7]
上記実施例においては、ITOターゲットと被着対象物であるLED用エピタキシャルウェハ間に、針金を何本にも並べて構成されたメッシュ状の平板フィルタを、ITO膜形成装置である真空蒸着装置内に固定する様に設けた形態としたが、例えば、当該フィルタを定期的、若しくは不定期に揺動、回転、公転、若しくはライン上にスライドさせる機構を設け、これにより形成されるITO膜のラフネスを適宜効果の得られる範囲で稼動させたとしても、本発明の意図する効果を得ることができる。
【0064】
[変形例8]
上記実施例においては、電流分散層にITO膜のみを用いた例を挙げたが、この他方にもIn23(酸化インジウム)、ZnO(酸化亜鉛)、GZO(ガリウム添加酸化亜鉛)、AZO(アルミニウム添加酸化亜鉛)、BZO(ホウ素添加酸化亜鉛)などの一般的に低抵抗で知られる金属酸化物を電流分散層に適用した構成に対しても本発明を適用することができ、同様に本発明の意図する所期の効果を得ることができる。
【0065】
[変形例9]
上記実施例においては、半導体基板にGaAsを用いた例のみを挙げたが、この他方にもGeを出発基板とするLED用エピタキシャルウェハや、出発基板をGaAs、又はGeとし、これを後に除去し、代替の自立基板としてSiやSi以上の熱伝導率を有する金属基板を用いたLED用エピタキシャルウェハにおいても、本発明の意図する効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の真空蒸着装置の断面構造を示す図である。
【図2】本発明の真空蒸着装置により粗面化された電流分散層を製造したAlGaInP系赤色LEDの断面構造を示す図である。
【符号の説明】
【0067】
1 半導体基板
2 バッファ層
3 DBR層
4 第一クラッド層
5 活性層
6 第二クラッド層
7 コンタクト層
8 表面電極
9 裏面電極
10 電流分散層
11 被着基板
12 フィルタ
13 真空蒸着装置
14 蒸発源
15 真空容器
16 防着板
17 受け部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸発源を加熱して蒸着物質の蒸気流を生じさせ、この蒸発源に臨ませた被着基板に蒸着を行う真空蒸着装置において、
真空容器内に、金属酸化物の蒸発源と、この蒸発源上方に該蒸発源に対し被着面を傾斜させて臨ませた被着基板とを置き、
前記蒸発源と被着基板との間に、機械的に構成された多数の微小径の空孔を有するフィルタを設け、これに蒸気流を通過させることによって被着基板の被着面に粗面化された金属酸化物から成る透明導電膜が形成されるように構成したことを特徴とする真空蒸着装置。
【請求項2】
請求項1に記載の真空蒸着装置において、
上記フィルタを複数個上下に積層するか、又は間隔を置いて上記金属酸化物の蒸発源と上記被着基板との間に複数個並置したことを特徴とする真空蒸着装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の真空蒸着装置において、
上記のフィルタを定期的若しくは不定期に揺動、回転、公転、若しくはライン上にスライドさせる機構を設けたことを特徴とする真空蒸着装置。
【請求項4】
上記請求項1に記載の真空蒸着装置に用いられるフィルタであって、そのフィルタのパターンを、メッシュ状で規則的な格子パターン、不規則な格子パターン、またはそれらの格子を様々な角度に傾けて成る多様な空孔のパターンとしたことを特徴とするフィルタ。
【請求項5】
第一導電型の基板の上に、第二導電型若しくはアンドープ活性層を互いに導電型が異なる第一クラッド層と第二クラッド層で挟んだ発光部を形成し、該発光部の上に第二導電型のコンタクト層を形成し、その上に電流分散層として金属酸化物からなる窓層を形成し、その表面側の一部に表面電極を形成し、上記基板の裏面に全面又は部分電極から成る裏面電極を形成した半導体発光素子において、
前記金属酸化物からなる窓層を請求項1記載の真空蒸着装置により形成し、それによって表面が粗面化された金属酸化物の透明導電膜からなる電流分散層を形成したことを特徴とする半導体発光素子。
【請求項6】
請求項5記載の半導体発光素子において、
上記金属酸化物から成る電流分散層の膜厚を50nm以上500nm以下としたことを特徴とする半導体発光素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−131948(P2006−131948A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−321784(P2004−321784)
【出願日】平成16年11月5日(2004.11.5)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】