説明

磁性材料及びその製造方法

【課題】 反強磁性相と強磁性相との交換結合を有する磁性材料において、交換結合をより強固にし、保磁力を向上させること。
【解決手段】 反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こすAF−FM合金からなる第1粉末と、強磁性体(又は、フェリ磁性体)からなる第2粉末とを混合し、混合粉末を得る混合工程と、前記混合粉末に磁界を印加した状態で、前記混合粉末を、前記AF−FM合金が反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こす転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度に加熱し、次いで少なくともブロッキング温度(Tblock)以下の温度まで冷却する磁場中熱処理工程とを備えた磁性材料の製造方法、及び、このような方法により得られる磁性材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性材料及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、永久磁石、磁気記録媒体等に用いられる磁性材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
保持力()の大きい強磁性材料(いわゆる、硬磁性材料)は、永久磁石や磁気記録媒体などに用いられている。硬磁性材料の性能は、最大エネルギー積(BH)maxで表され、一般に、(BH)maxが大きい材料ほど、高性能の硬磁性材料であることを意味する。(BH)maxを大きくするためには、
(1)残留磁束密度B(=残留磁化4πI)を大きくすること、
(2)保磁力()を大きくすること、及び、
(3)ヒステリシスの形を角型にすること、が重要である。
【0003】
強磁性体は、キュリー温度以下で自発磁化を持つが、磁界のない時は、いくつかの区域(磁区)に分かれて、全体としては磁化がない状態になっている。強磁性体に外部磁界Hがかかると、磁界の方向を向いている磁区の体積が増加するように磁壁が移動する。外部磁界Hが大きくなると、やがて磁壁が消失し、単磁区となる。さらに、外部磁界Hが大きくなると、磁化が回転して外部磁界H方向に向き、飽和する。強磁性体の磁化機構は、このような磁壁移動と、回転磁化によって進行する。従って、硬磁性材料において、磁壁移動あるいは回転磁化を困難にすれば、保磁力を大きくすることができ、これによって(BH)maxを大きくすることができる。
【0004】
硬磁性材の保磁力を高める方法としては、以下のような方法が知られている。
第1の方法は、ピンニングタイプの永久磁石において、熱処理や圧延などの加工により結晶方位を揃える方法である。強磁性体は、一般に、磁化が容易な結晶方位(磁化容易軸)と磁化が困難な結晶方位(磁化困難軸)を有している。そのため、磁化容易軸を一方向に揃えることによって、磁壁のピン止めがより強固となり、高い保持力が得られる。また、粒子形状を細長くすると、磁化の回転が困難となり、高い保持力が得られる。
例えば、アルニコ系合金は、溶体化処理によってα単相とした後、これを冷却すると、FeCoリッチの強磁性相(α相)とNiAlリッチの非磁性層(α相)の2相に分解する。このα相の分解を磁場中で行うと、微細なα粒子が磁場の方向に細長く伸びた状態で析出する。その結果、α粒子の形状磁気異方性が大きくなり、保持力を増加させることができる。
【0005】
第2の方法は、スピンバルブ型磁気抵抗センサなどにおいて、強磁性層と反強磁性層とを接触させて、両層の交換結合により、強磁性層の見かけの磁気異方性を大きくする方法である(例えば、非特許文献1参照)。この場合、反強磁性体層によって作られる交換結合磁界の方向を適切に制御するために、各層を積層後、ブロッキング温度(交換結合が切れる温度)を超える温度に加熱後、所望の方向に磁界を印加しながら室温まで冷却する熱処理を行う。強磁性層と反強磁性層とを接触させると、反強磁性層のスピンが界面を通して強磁性層に影響を及ぼす。そのため、強磁性層のヒステリシス曲線が左右にシフトしたり、あるいは、保磁力が増大する。
この方法を永久磁石に応用した例も知られている。例えば、特許文献1には、強磁性体であるNdFe14B粉末と、反強磁性体であるNiO粉末との混合粉を磁場中で成形し、次いで成形体を通電焼結し、さらに磁場中冷却する永久磁石の製造方法が開示されている。同文献には、このような方法によって、反強磁性相と強磁性相との間に交換結合が生じ、保磁力が増大する点が記載されている。
【0006】
【特許文献1】特開2004−79922号公報
【非特許文献1】角田匡清他、日本応用磁気学会誌、vol.28、No.2、2004、p55−65
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
反強磁性相と強磁性相とを交換結合させる方法は、強磁性相の保磁力を高める方法として有効である。また、強磁性相の見かけの保磁力は、交換結合があるために常温では高いが、ブロッキング温度以上に加熱すると見かけの保磁力が弱まり、強磁性相の磁化の回転が容易となる。そのため、この種の磁性材料は、特に、加熱によって磁気記録をアシストする磁気記録媒体への応用が期待されている。しかしながら、反強磁性体を用いる従来の方法は、交換結合が十分に強いとは言えない。
【0008】
すなわち、薄膜を積層する場合、あるいは、粉末を混合する場合のいずれにおいても、反強磁性相は、一般に、多結晶状態になっており、各結晶粒の磁気異方性の方向(反強磁性粒子のスピンが取りうる安定な方向)は、ランダムな方向を向いている。このような反強磁性相と強磁性相とを接触させ、ブロッキング温度以上の温度に加熱すると、反強磁性粒子内のスピンは、その磁気異方性の方向と無関係にあらゆる方向を向いている。
【0009】
この状態から一定の方向に磁界を印加し、強磁性層を磁界方向に飽和させた状態でブロッキング温度以下に冷却すると、各反強磁性粒子内のスピンは、強磁性相との界面において強磁性相の磁化と結合し、スピンが取りうる安定方向のうち、強磁性相の磁化の方向とのなす角を小さくする方向に凍結される。また、これを再度ブロッキング温度以上の温度に加熱し、前述とは逆方向に磁界を印加させながらブロッキング温度以下に冷却すると、反強磁性粒子内のスピンは、強磁性相との界面において、スピンが取りうる安定方向であって、前述とは逆方向に凍結される。
【0010】
しかしながら、各反強磁性粒子の磁気異方性の方向は、ランダムな方向を向いているので、反強磁性粒子内のスピンは、一般に、強磁性相の磁化の方向と完全に平行にはならない。そのため、反強磁性相と強磁性相との交換結合が不十分となり、到達可能な保磁力には限界がある。
【0011】
本発明が解決しようとする課題は、反強磁性相と強磁性相との交換結合を有する磁性材料において、交換結合をより強固にし、保磁力を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係る磁性材料の製造方法は、反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こすAF−FM合金からなる第1粉末と、強磁性体(又は、フェリ磁性体)からなる第2粉末とを混合し、混合粉末を得る混合工程と、前記混合粉末に磁界を印加した状態で、前記混合粉末を前記AF−FM合金が反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こす転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度に加熱し、次いで少なくとも前記ブロッキング温度(Tblock)以下の温度まで冷却する磁場中熱処理工程とを備えていることを要旨とする。
また、本発明に係る磁性材料の製造方法の2番目は、基板上に、反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こすAF−FM合金からなる第1薄膜と強磁性体(又は、フェリ磁性体)からなる第2薄膜とが積層された積層膜を形成する積層膜形成工程と、前記基板に磁界を印加した状態で、前記基板を前記AF−FM合金が反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こす転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度に加熱し、次いで少なくとも前記ブロッキング温度(Tblock)以下の温度まで冷却する磁場中熱処理工程とを備えていることを要旨とする。
さらに、本発明に係る磁性材料は、本発明に係る方法により得られたものからなる。
【発明の効果】
【0013】
AF−FM合金と強磁性体(又は、フェリ磁性体)とを接触させて複合粉末又は積層膜とし、これを転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)状の温度に加熱すると、AF−FM合金が強磁性相に転移する。この状態で複合粉末又は積層膜に磁界を印加すると、強磁性体(又は、フェリ磁性体)の磁化の方向が磁界方向に向くと同時に、強磁性相(又は、フェリ磁性相)に転移したAF−FM合金の磁化の方法が磁界方向に向く。さらに、磁界を印加した状態でブロッキング温度(Tblock)以下に冷却すると、AF−FM合金のスピンの方向が磁界の方向に凍結される。その結果、反強磁性相であるAF−FM合金と強磁性体(又は、フェリ磁性体)との間に強固な交換結合が発生し、高い保磁力が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
本発明の第1の実施の形態に係る磁性材料の製造方法は、粉末又は焼結体からなる磁性材料を製造する方法であって、混合工程と、磁場中熱処理工程とを備えている。また、本実施の形態に係る磁性材料は、本実施の形態に係る方法により得られたものからなる。
【0015】
混合工程は、第1粉末と第2粉末とを混合し、混合粉末を得る工程である。
第1粉末は、AF−FM合金からなる。本発明において、「AF−FM合金」とは、反強磁性(antiferromagnetic, AF)−強磁性(ferromagnetic, FM)転移、又は、反強磁性−フェリ磁性(ferrimagnetic)転移を起こす合金をいう。
また、第2粉末は、強磁性体又はフェリ磁性体からなる。
なお、以下において、単に「強磁性」あるいは「強磁性体」というときは、特に断らない限り、「フェリ磁性」あるいは「フェリ磁性体」も含まれる。
【0016】
図1(a)に、典型的なAF−FM合金であるFeRh合金の結晶構造を示す。また、図1(b)に、温度に伴うFeRh合金の磁化の変化を示す。FeRh合金は、B2規則構造を有し、所定の転移温度(T)で反強磁性(antiferromagnetic, AF)相から強磁性(ferromagnetic, FM)相に相転移(1次の磁気相転移)する。さらに、キュリー温度(T)を超えると、強磁性相から常磁性(paramagnetic)相に相転移する。転移温度(T)及びキュリー温度(T)は、合金組成によって若干異なるが、通常、転移温度(T)は370K前後、キュリー温度(T)は680K前後である。
【0017】
第1粉末を構成するAF−FM合金には、種々の組成を有するものが知られているが、本発明においては、あらゆるAF−FM合金を使用することができる。
AF−FM合金としては、具体的には、
(1) FeRh、FeRh0.9Ir0.1、FeRh0.9Pd0.1などのFeRh系合金、
(2) Mn1.85Cr0.15Sb、Mn1.8Ge0.2Sb、Mn1.850.15SbなどのMnSb系合金、
などがある。
【0018】
第2粉末を構成する強磁性体には、種々の組成を有するものが知られているが、本発明においては、あらゆる強磁性体を用いることができる。また、第2粉末を構成する強磁性体は、硬質磁性体であってもよく、あるいは、軟質磁性体であっても良い。軟質磁性体とAF−FM合金とを組み合わせると、軟質磁性体の見かけの保磁力を大きくすることができる。さらに、第2粉末を構成する強磁性体は、硬質磁性体と軟質磁性体の混合物であっても良い。第2粉末として硬質磁性体と軟質磁性体の混合物を用いると、いわゆる「交換スプリング磁石」が得られる。
強磁性体としては、具体的には、
(1) NdFe14B、SmCo、SmCo17などの希土類系合金、
(2) BaO・nFe、SrO・nFeなどのフェライト系合金、
(3) Fe−Al−Niなどのアルニコ系合金、
(4) Fe、FePt、Fe−Cr−Coなどの鉄系合金、
(5) CoPtなどのCo系合金、
などがある。
【0019】
第1粉末(AF−FM合金)と第2粉末(強磁性体)との組み合わせは、特に限定されるものではなく、目的に応じて任意に選択することができる。
例えば、強磁性相に転移した後の磁気異方性エネルギが相対的に小さいAF−FM合金(第1粉末)と、磁気異方性エネルギがAF−FM合金より大きい強磁性体(第2粉末)とを組み合わせると、目的とする方向に磁化することが容易な磁性材料が得られる。すなわち、本発明に係る磁性材料は、交換結合があるために常温では保磁力が高いが、ブロッキング温度(Tblock)以上に加熱すると、交換結合が切れる。さらに、AF−FM合金の転移温度(T)以上の温度に加熱した状態で一定の方向に磁界を印加すると、まず強磁性相に転移したAF−FM合金(第1粉末)の磁化の回転が起こり、次いでAF−FM合金が強磁性体(第2粉末)の磁化の回転をアシストする。そのため、第2粉末として保磁力が極めて大きな強磁性体を用いた場合であっても、所定の方向に容易に磁化することができる。
【0020】
第1粉末と第2粉末の配合比率は、磁性材料に要求される特性、用途等に応じて最適な比率を選択する。一般に、第1粉末の配合比率が大きくなるほど、交換結合によって保持力が高くなる。高い保持力を得るためには、第1粉末の添加量(=V×100/(V+V)、V:第1粉末の体積、V:第2粉末の体積。)は、1vol%以上が好ましく、さらに好ましくは3vol%以上、さらに好ましくは5vol%以上である。
一方、第1粉末の添加量が多くなりすぎると、保磁力が飽和し、実益がないだけでなく、(BH)maxを低下させる原因となる。高い(BH)maxを得るためには、第1粉末の添加量は、50vol%以下が好ましく、さらに好ましくは40vol%以下、さらに好ましくは30vol%以下、さらに好ましくは25vol%以下、さらに好ましくは20vol%以下である。
【0021】
また、第2粉末が硬質磁性体と軟質磁性体の混合物である場合、その配合比率は、磁性材料に要求される特性、用途等に応じて最適な比率を選択する。一般に、軟質磁性体の配合比率が大きくなるほど、磁化の値は大きくなるが、保磁力の値は小さくなる。従って、軟質磁性材料の配合比率を最適化すると、(BH)maxを最大にすることができる。
【0022】
第1粉末と第2粉末の混合方法は、特に限定されるものではなく、両者の均一な混合物が得られる方法であればよい。混合方法としては、具体的には、
(1) ボールミル、遊星ボールミル等の各種粉砕機を用いて、第1粉末と第2粉末とを混合粉砕する方法、
(2) 乳鉢を用いて第1粉末と第2粉末とを混合粉砕する方法、
などがある。
混合時間は、第1粉末及び第2粉末が所定の粒度に粉砕され、かつ、両者の均一な混合物が得られるように、混合方法に応じて最適な時間を選択する。
【0023】
磁場中熱処理工程は、混合粉末に磁界を印加した状態で、混合粉末をAF−FM合金が反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こす転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度に加熱し、次いで少なくともブロッキング温度(Tblock)以下の温度まで冷却する工程である。
「混合粉末に磁界を印加した状態で」とは、
(1) 室温において磁界を印加し、その状態のまま混合粉末を所定の温度まで加熱すること、又は、
(2) 磁界を印加することなく混合粉末を所定の温度まで加熱し、次いで混合粉末に磁場を印加すること、
のいずれでも良いことを意味する。
【0024】
加熱温度は、転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度であれば良い。転移温度(T)及びブロッキング温度(Tblock)は、AF−FM合金の組成によって異なる。また、転移温度(T)及びブロッキング温度(Tblock)は、それぞれ、独立した物性値であり、転移温度(T)の方がブロッキング温度(Tblock)より高い場合と、逆の場合とがある。
さらに、AF−FM合金は、一般に、転移温度(T)より高い温度にキュリー温度(T)を持つが、加熱温度は、キュリー温度(T)以上であっても良い。
スピンの回転は速やかに進行するので、加熱温度における保持は、一般に不要であるが、加熱温度で所定時間保持しても良い。
混合粉末を所定の温度に加熱した後、磁界を印加したまま、少なくともブロッキング温度(Tblock)以下の温度まで冷却する。ブロッキング温度(Tblock)が転移温度(T)より高いAF−FM合金の場合、転移温度(T)以下の温度まで冷却するのが好ましい。冷却速度は、特に限定されるものではなく、AF−FM合金及び強磁性体のスピンを所定の方向に凍結可能なものであれば良い。
【0025】
このようにして得られた混合粉末は、そのまま各種の用途に使用することができる。また、得られた混合粉末を成形又は焼結し、成形体又は焼結体の状態で各種の用途に使用することができる。あるいは、混合粉末にさらに他の粉末(第3粉末)を加えてこれを成形又は焼結し、磁性材料と第3粉末の複合体の状態で使用することもできる。
【0026】
混合粉末に対してさらに第3粉末を加える場合、第3粉末の材質は、複合体に要求される特性や用途等に応じて、最適なものを選択する。
第3粉末としては、具体的には、
(1) エポキシ樹脂等の樹脂、
(2) ゴム、
(3) 亜鉛等の低融点の金属、
などがある。
【0027】
第3粉末の添加量は、複合体に要求される特性、用途等に応じて最適な量を添加する。一般に、第3粉末の添加量が多くなるほど、第3粉末に由来する特性(例えば、機械的強度、可撓性など)の高い複合体が得られる。一方、第3粉末の添加量が多くなりすぎると、複合体全体の磁気特性が低下する。
例えば、エポキシ樹脂等の樹脂は、磁性粉末を固定し、機械的強度を向上させるために添加される。高い機械的強度と高い磁気特性とを両立させるためには、樹脂の添加量は、1wt%以上10wt%以下が好ましい。
【0028】
混合粉末又はこれに第3粉末を添加した複合粉末を成形又は焼結する場合、成形又は焼結は、磁界を印加した状態で行うのが好ましい。磁界を印加した状態で成形又は焼結(すなわち、磁場中成形又は磁場中焼結)を行うと、磁化容易軸が一方向に配向した成形体又は焼結体を得ることができる。
【0029】
磁場中成形又は磁場中焼結を行う場合、成形温度又は焼結温度は、ブロッキング温度(Tblock)、転移温度(T)あるいはキュリー温度(T)を超える温度であっても良い。これは、成形温度又は焼結温度が相対的に高い場合であっても、磁場中で冷却することによって、冷却時に反強磁性相及び強磁性相のスピンの方向を磁界方向に凍結することができるためである。但し、必要以上に高温で加熱すると、拡散、相分離、熱分解等によって各相の組成変化や劣化が生ずる場合がある。従って、成形温度又は焼結温度は、各相の材質に応じて、最適な温度を選択するのが好ましい。
成形温度又は焼結温度における保持時間は、最も高い特性が得られるように、成形温度又は焼結温度、各相の組成、成形体又は焼結体に要求される特性等に応じて、最適な温度を選択するのが好ましい。
【0030】
次に、本発明の第2の実施の形態に係る磁性材料及びその製造方法について説明する。本実施の形態に係る磁性材料の製造方法は、薄膜状の磁性材料の製造方法であって、積層膜形成工程と、磁場中熱処理工程とを備えている。また、本実施の形態に係る磁性材料は、本実施の形態に係る方法により得られたものからなる。
【0031】
積層膜形成工程は、基板上に、反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こすAF−FM合金からなる第1薄膜と強磁性体(又は、フェリ磁性体)からなる第2薄膜とが積層された積層膜を形成する工程である。
基板は、AF−FM合金の材質や磁性材料の用途に応じて最適なものを選択する。また、基板として適切な材料が存在しない場合、適当な材料は存在するがコスト、使用環境等によって最適な材料の使用が制約される場合などには、基板表面に適当な下地膜を形成しても良い。基板又は下地膜表面に他の材料からなる薄膜を積層する場合、薄膜は、一般にエピタキシャル成長する。従って、目的とする結晶面が膜面に対して平行に成長するように、基板又は下地膜の材質、及び、その表面の結晶方位を最適化するのが好ましい。
基板としては、具体的には、
(1) MgO、アルミナ、サファイアなどの酸化物、
(2) ステンレス、アルミニウムなどの金属、
(3) 石英ガラス、ソーダライムガラス、無アルカリガラスなどのガラス、
(4) ポリイミド、ポリカーボネートなどのプラスチック、
などがある。
【0032】
AF−FM合金からなる第1薄膜及び強磁性体(又は、フェリ磁性体)からなる第2薄膜の積層順序は、特に限定されるものではなく、目的に応じて任意に選択することができる。すなわち、基板→第1薄膜→第2薄膜の順で積層しても良く、あるいは、基板→第2薄膜→第1薄膜の順で積層しても良い。
【0033】
基板上に形成される第1薄膜及び第2薄膜の膜厚は、磁性材料の磁気特性に影響を及ぼす。一般に、第1薄膜及び第2薄膜の膜厚が変わると、両者の間に発生する交換結合の強さ、及び、その温度依存性が変化する。
そのため、例えば、両者の交換結合が相対的に強くなるように膜厚を最適化すると、ブロッキング温度以上に加熱しても、保磁力の低下が小さい積層膜が得られる。これは、容易に消磁しないことが望まれる用途においては利点となる。
また、例えば、両者の交換結合が相対的に弱くなるように膜厚を最適化すると、ブロッキング温度以上の温度に加熱することによって、見かけの保磁力が大きく低下する積層膜が得られる。これは、書き込み可能な磁気記録媒体にとっては、常温では容易に消磁せず、かつ、加熱すれば相対的に弱い磁界で情報の書き込みが可能になることを意味しており、利点となる。
【0034】
また、AF−FM合金と強磁性体との組み合わせは、特に限定されるものではなく、目的に応じて任意に選択することができる。
例えば、本実施の形態に係る磁性材料を磁気記録媒体として用いる場合において、強磁性体として磁気異方性エネルギが大きいものを用いると、消磁しにくい磁気記録媒体となるが、磁化の回転に相対的に大きな外部磁界が必要となるため、情報の書き込みが容易ではない。これに対し、強磁性相に転移した後の磁気異方性エネルギが相対的に小さいAF−FM合金と、磁気異方性エネルギが相対的に大きい強磁性体とを組み合わせて用いると、加熱によりAF−FM合金が強磁性相に転移し、かつ、磁界の印加によって強磁性相に転移したAF−FM合金の磁化の回転が先に起こり、これが強磁性体の磁化の回転をアシストする。そのため、相対的に小さな外部磁界で情報を書き込むことができる。
【0035】
基板表面へのAF−FM合金薄膜の形成方法は、特に限定されるものではなく、スパッタリング法、蒸着法、イオンプレーティング法、PVD法等、公知の方法を用いることができる。
なお、AF−FM合金及び強磁性体に関するその他の点については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0036】
磁場中熱処理工程は、基板に磁界を印加した状態で、基板をAF−FM合金が反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こす転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度に加熱し、次いで少なくともブロッキング温度(Tblock)以下の温度まで冷却する工程である。
「基板に磁界を印加した状態で」とは、
(1) 室温において磁界を印加し、その状態のまま基板を所定の温度まで加熱すること、又は、
(2) 磁界を印加することなく基板を所定の温度まで加熱し、次いで磁場を印加すること、
のいずれでも良いことを意味する。
【0037】
基板への磁界の印加方向は、基板の表面に対して垂直方向であっても良く、あるいは、平行方向であっても良い。
なお、加熱温度、加熱時間、冷却温度、冷却速度等、磁場中熱処理に関するその他の点については、第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0038】
次に、本発明に係る磁性材料及びその製造方法の作用について説明する。
図2に、AF−FM合金/強磁性体に対して磁場中熱処理を行った場合の磁化プロセスの模式図を示す。AF−FM合金粉末と強磁性体粉末とを混合粉砕し、あるいは、AF−FM合金からなる薄膜と強磁性体からなる薄膜とを積層すると、図2(a)に示すように、AF−FM合金と強磁性体とが原子レベルで接触している複合粉末又は積層膜(以下、これらを単に「複合体」という。)が得られる。この時、反強磁性相であるAF−FM合金は、一般に多結晶状態になっており、各結晶粒の磁気異方性の方向(反強磁性粒子のスピンが取りうる安定な方向、図2(a)中、細矢印で表示。)は、ランダムな方向を向いている。また、これと接触する強磁性体は、その内部がいくつかの磁区に分かれ、各磁区の磁化の方向(図2(a)中、太矢印で表示。)は、ランダムな方向を向いており、全体としては磁化がない状態になっている。
【0039】
このような複合体を、AF−FM合金の転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度に加熱すると、AF−FM合金と強磁性体との間の交換結合が切れる。また、図2(b)に示すように、AF−FM合金が強磁性相に転移し、互いに反対方向を向いていたスピンが一方向に揃う。
このような状態から一定の方向に磁界Hを印加すると、図2(c)に示すように、強磁性体の磁化の方向が磁界Hの方向に揃えられる。また、これと同時に、強磁性相に転移したAF−FM合金の磁化の方向が磁界Hの方向に揃えられる。
さらに、磁界Hを印加した状態で、複合体をブロッキング温度(Tblock)以下に冷却すると、強磁性体の磁化の方向がAF−FM合金によって磁界H方向に凍結される。また、磁界Hを印加した状態で複合体を転移温度(T)以下に冷却すると、図2(d)に示すように、AF−FM合金は、スピンの方向が磁界Hの方向にほぼ揃った状態のまま反強磁性相に転移する。
なお、以上の点は、AF−FM合金が反強磁性−フェリ磁性転移を起こすものである場合、及び、磁性体がフェリ磁性体である場合も同様である。
【0040】
単なる反強磁性体と強磁性体との複合体をブロッキング温度(Tblock)以上の温度から磁場中冷却する従来の方法は、反強磁性粒子内のスピンを、スピンが取りうる安定方向のうち、強磁性相の磁化の方向とのなす角を小さくする方向に凍結することができる。しかしながら、反強磁性粒子内の磁気異方性の方向は、磁場中冷却の前後においてランダムな方向を向いたままである。そのため、両相の間に生ずる交換結合は不十分であり、到達可能な保磁力には限界がある。
これに対し、AF−FM合金と強磁性体との複合体を転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度から磁場中冷却すると、反強磁性粒子内のスピンを、磁界Hの方向とほぼ平行に揃えることができる。そのため、両相の間に強い交換結合が発生し、従来の方法に比べて高い保持力が得られる。
【実施例】
【0041】
(実施例1〜18)
各種AF−FM合金粉末と各種強磁性体粉末とを所定の体積比で混合し、ボールミルにより粒径3〜5μmまで粉砕した。粉砕した粉末の一部は、セラミック製の容器に入れ、アルゴンガスを充填した。これを容器内部がAF−FM合金の転移温度(T)以上になるまで加熱し、10(kOe)の磁場をかけた状態で室温まで冷却した(磁場中熱処理)。
次に、磁場中熱処理を行った粉末及び磁場中熱処理を行わなかった粉末を、それぞれ、2〜5wt%のエポキシ樹脂と混合し、直径5mmの円筒形状の金型内で、10(kOe)の磁場をかけた状態で、8ton/cm(784MPa)の圧力をかけて圧縮成形した(磁場中成形)。さらに、成形体をアルゴンガス雰囲気中で150℃まで加熱し、エポキシ樹脂を硬化させた。
【0042】
(比較例1〜3)
AF−FM合金を添加しなかった以外は、実施例1〜18と同様の手順に従い、直径5mmの円筒状試料を作製した(比較例1)。また、AF−FM合金に代えてNiMn粉末(通常の反強磁性体)を用いた以外は、実施例1〜18と同様の手順に従い、直径5mmの円筒状試料を作製した(比較例2、3)。
【0043】
実施例1〜18及び比較例1〜3で得られた試料の磁気特性を振動式磁力計(VSM)により測定した。表1に、その結果を示す。なお、表1には、各試料の組成及び磁場中熱処理条件も併せて示した。
【0044】
【表1】

【0045】
AF−FM合金粉末及び通常の反強磁性粉末のいずれも添加しなかった比較例1の場合、磁場中熱処理の有無により保磁力及び(BH)maxに変化はなかった。一方、NiMnを添加した比較例2、3の場合、磁場中熱処理により保磁力及び(BH)maxは増加した。
これに対し、AF−FM合金粉末を添加した実施例1〜18の場合、AF−FM合金の種類及び強磁性体の種類によらず、いずれも磁場中熱処理により保磁力及び(BH)maxは増加した。しかも、その増加率は、通常の反強磁性粉末を用いた場合に比べて増加した(実施例3及び比較例2参照)。これは、磁場中熱処理によってAF−FM合金粒子内のスピンの方向が磁界方向に揃えられ、強磁性体との間に、より強い交換相互作用が発生したためと考えられる。
【0046】
図3に、AF−FM合金(FeRh)/強磁性体(NdFe14B)複合体のAF−FM合金添加量と保磁力()及び(BH)maxとの関係を示す。
図3より、AF−FM合金添加量が多くなるほど、保磁力()が高くなることがわかる。これは、AF−FM合金添加量が多くなるほど、強磁性体の磁化が交換相互作用によって、より強く束縛されるためである。
また、図3より、AF−FM合金添加量が約10vol%のところで、(BH)maxが最大になることがわかる。これは、AF−FM合金添加量が多くなるほど、減磁曲線の角形性が改善されるが、AF−FM合金添加量が多くなりすぎると、全体に占める強磁性体の割合が少なくなり、磁力が低下するためと考えられる。
【0047】
(実施例21〜36)
各種AF−FM合金粉末、各種硬質磁性体粉末及び各種軟質磁性体粉末の3種類の粉末を所定の体積比で混合し、ボールミルにより粒径3〜5μmまで粉砕した。粉砕した粉末の一部は、セラミック製の容器に入れ、アルゴンガスを充填した。これを容器内部がAF−FM合金の転移温度(T)以上になるまで加熱し、10(kOe)の磁場をかけた状態で室温まで冷却した(磁場中熱処理)。
次に、磁場中熱処理を行った粉末及び磁場中熱処理を行わなかった粉末を、それぞれ、2〜5wt%のエポキシ樹脂と混合し、直径5mmの円筒形状の金型内で、10(kOe)の磁場をかけた状態で、8ton/cm(784MPa)の圧力をかけて圧縮成形した(磁場中成形)。さらに、成形体をアルゴンガス雰囲気中で150℃まで加熱し、エポキシ樹脂を硬化させた。
【0048】
(比較例4〜5)
AF−FM合金を添加しなかった以外は、実施例1〜18と同様の手順に従い、直径5mmの円筒状試料を作製した。
【0049】
実施例21〜36及び比較例4〜5で得られた試料の磁気特性を振動式磁力計(VSM)により測定した。表2に、その結果を示す。なお、表2には、各試料の組成及び磁場中熱処理条件も併せて示した。
【0050】
【表2】

【0051】
AF−FM合金を添加しなかった比較例4、5の場合、磁場中熱処理を行っても、保磁力()及び(BH)maxにほとんど変化はなかった。
これに対し、AF−FM合金を添加した実施例21〜36の場合、磁場中熱処理によって、保磁力()及び(BH)maxが向上した。特に、(BH)maxの増加率は、実施例1〜18に比べて大きくなっている。これは、
(1)軟質磁性体を添加した磁石(交換スプリング磁石)は、相対的に大きな磁化を有しているものの、保磁力が小さいために、(BH)maxが小さく抑えられているタイプの磁石であり、本質的に(BH)maxの増大に及ぼす保磁力の寄与が大きいこと、及び、
(2)このような交換スプリング磁石にAF−FM合金を添加し、磁場中熱処理を行うことによって、保磁力が増大したこと、
によると考えられる。
【0052】
(実施例41〜44)
真空蒸着法により酸化マグネシウム単結晶基板上にAF−FM合金と強磁性体の2層膜を成膜した。成膜後、アルゴン雰囲気中でAF−FM合金の転移温度(T)以上になるまで加熱し、膜面に垂直方向に10(kOe)の磁場をかけた状態で、室温まで冷却した(磁場中熱処理)。
(比較例6)
AF−FM合金薄膜に代えてNiMn(通常の反強磁性体)薄膜を用いた以外は、実施例41〜44と同様の手順に従い、2層膜を作製した。
【0053】
実施例41〜44及び比較例6で得られた2層膜について、磁場中熱処理前後の磁気特性をカー効果により測定した。表3に、その結果を示す。なお、表3には、各薄膜の組成及び磁場中熱処理条件も併せて示した。
【0054】
【表3】

【0055】
NiMn薄膜を用いた場合、及び、AF−FM合金薄膜を用いた場合のいずれも、磁場中熱処理により保磁力()は増加した。しかしながら、その増加率は、AF−FM合金薄膜を用いた方が高くなった。これは、AF−FM合金薄膜を用いることによって、強磁性体薄膜との間に生ずる交換相互作用が、より強くなったためである。
また、表3より、AF−FM合金薄膜及び強磁性体薄膜の膜厚によって、磁場中熱処理前後の保磁力()が変化することがわかる。これは、膜厚を変化させることによって、両相の間に生ずる交換相互作用の大きさが変化するためと考えられる。
【0056】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明に係る磁性材料及びその製造方法は、永久磁石や磁気記録媒体として用いられる磁性材料及びその製造方法として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1(a)は、代表的なAF−FM合金であるFeRh合金の結晶構造を示す図であり、図1(b)は、温度に伴うFeRh合金の磁化の変化を示す概念図である。
【図2】AF−FM合金/強磁性体に対して磁場中熱処理を行った場合の磁化プロセスを示す模式図である。
【図3】FeRh/NdFe14B複合体におけるAF−FM合金添加量と保磁力()及び最大エネルギー積(BH)maxとの関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こすAF−FM合金からなる第1粉末と、強磁性体(又は、フェリ磁性体)からなる第2粉末とを混合し、混合粉末を得る混合工程と、
前記混合粉末に磁界を印加した状態で、前記混合粉末を前記AF−FM合金が反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こす転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度に加熱し、次いで少なくとも前記ブロッキング温度(Tblock)以下の温度まで冷却する磁場中熱処理工程と
を備えた磁性材料の製造方法。
【請求項2】
前記強磁性体は、硬質磁性体からなる請求項1に記載の磁性材料の製造方法。
【請求項3】
前記強磁性体は、硬質磁性体と、軟質磁性体の混合物からなる請求項1に記載の磁性材料の製造方法。
【請求項4】
前記AF−FM合金の添加量が、1vol%以上50vol%以下である請求項1から3までのいずれかに記載の磁性材料の製造方法。
【請求項5】
基板上に、反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こすAF−FM合金からなる第1薄膜と強磁性体(又は、フェリ磁性体)からなる第2薄膜とが積層された積層膜を形成する積層膜形成工程と、
前記基板に磁界を印加した状態で、前記基板を前記AF−FM合金が反強磁性−強磁性(又は、フェリ磁性)転移を起こす転移温度(T)以上、かつ、ブロッキング温度(Tblock)以上の温度に加熱し、次いで少なくとも前記ブロッキング温度(Tblock)以下の温度まで冷却する磁場中熱処理工程と
を備えた磁性材料の製造方法。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれかに記載の方法により得られる磁性材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−332155(P2006−332155A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−150516(P2005−150516)
【出願日】平成17年5月24日(2005.5.24)
【出願人】(505190884)
【出願人】(595181210)株式会社ダイドー電子 (41)
【Fターム(参考)】