説明

耐食皮膜形成用溶射粉末材料、高耐食性皮膜、ナトリウム−硫黄電池用陽極容器及びその製造方法

【課題】入手が容易で低コストであるとともに、溶射加工工程の簡略化、自動化、及び低コスト化に寄与し、かつ、所定の金属材料の表面上に優れた耐食性及び密着性を有する耐食皮膜を溶射形成することが可能な耐食皮膜形成用溶射粉末材料を提供する。
【解決手段】金属材料からなる筒状の容器本体を有するナトリウム−硫黄電池用の陽極容器の、容器本体の内周面に耐食皮膜を溶射形成するために用いられる耐食皮膜形成用溶射粉末材料である。クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主としてナトリウム−硫黄電池用陽極容器を製造するために用いられる耐食皮膜形成用溶射粉末材料、及び高耐食性皮膜、並びにナトリウム−硫黄電池用陽極容器とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ナトリウム−硫黄電池(以下、単に「NAS電池」ともいう)に用いられる陽極容器(ナトリウム−硫黄電池用陽極容器(以下、単に「陽極容器」ともいう))は、有底円筒状の容器でありアルミニウムやアルミニウム合金からなるものが主流である。この陽極容器を用いて構成したNAS電池を実際に使用すると、放電によって多硫化ナトリウムが生成する。この多硫化ナトリウムは腐食性が強く、陽極容器に直接接触すると陽極容器が腐食されて損傷を受け、その耐久性が低下する場合がある。そこで従来、陽極容器の内周面に、例えば適当な耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いてプラズマ溶射等することにより、耐腐食性を有する耐食皮膜を形成することが行われている(例えば、特許文献1,2参照)。
【0003】
このとき用いられる耐食皮膜形成用溶射粉末材料としては、クロム(Cr)の含有量が60質量%以上(60〜95質量%)、及び炭素(C)の含有量が0.1質量%以下である低炭素高クロム−鉄合金粉末等を挙げることができる(例えば、特許文献3参照)。
【0004】
しかしながら、上記の低炭素高クロム−鉄合金粉末は、クロム(Cr)が高含有率であること、及び炭素(C)が低含有率であることから、その流通量自体が少ないものである。また、用途が限定されるために供給不足の状態にあるために入手が困難であり、かつ、特注品となってしまうために汎用性に欠け、極めてコスト高であるといった問題がある。
【0005】
ところで、陽極容器等の筒状の金属製の容器本体(基材)の内周面に、耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いてプラズマ溶射等して耐食皮膜を形成するに際しては、形成される耐食皮膜と基材との密着性を向上させるべく、所定の工程が必要とされている。具体的には、基材表面を粗面化させるブラスト(粗面化)加工工程や、基材を予め適当な温度にまで加熱しておく予熱工程が必要である。
【0006】
しかしながら、陽極容器の製造工程中に、これらブラスト加工工程及び予熱工程が存在することが、溶射加工費、ひいては陽極容器の製造費が大幅に増大し、陽極容器の製造工程が煩雑になる一因となっていた。特に、ブラスト加工工程の自動化は困難であり、手動で実施せざるを得ないという実情がある。従って、一連の溶射加工工程の自動化は困難であるといった問題がある。
【特許文献1】特開平4−284371号公報
【特許文献2】特開平5−166534号公報
【特許文献3】特許第3155124号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、入手が容易で低コストであるとともに、溶射加工工程の簡略化、自動化、及び低コスト化に寄与し、かつ、所定の金属材料の表面上に優れた耐食性及び密着性を有する耐食皮膜を溶射形成することが可能な耐食皮膜形成用溶射粉末材料を提供することにある。
【0008】
また、本発明の目的とするところは、所定の金属材料の表面上に低コストで溶射形成され得る、優れた耐食性及び密着性を有する高耐食性皮膜を提供することにある。
【0009】
また、本発明の目的とするところは、その内周面上に優れた耐食性及び密着性を有する高耐食性皮膜が溶射形成されたナトリウム−硫黄電池用陽極容器を提供することにある。
【0010】
更に、本発明の目的とするところは、溶射加工工程の簡略化、自動化、及び低コスト化が図られ、優れた耐食性及び密着性を有する高耐食性皮膜を備えたナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、クロム(Cr)及び炭素(C)の含有量が所定の範囲内である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末を用いることによって、上記課題を達成することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明によれば、以下に示す耐食皮膜形成用溶射粉末材料、高耐食性皮膜、ナトリウム−硫黄電池用陽極容器、及びナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法が提供される。
【0013】
[1]金属材料からなる筒状の容器本体を有するナトリウム−硫黄電池用の陽極容器の、前記容器本体の内周面に耐食皮膜を溶射形成するために用いられる耐食皮膜形成用溶射粉末材料であって、クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である耐食皮膜形成用溶射粉末材料。
【0014】
[2]粒径が5〜75μmである前記[1]に記載の耐食皮膜形成用溶射粉末材料。
【0015】
[3]前記[1]又は[2]に記載の耐食皮膜形成用溶射粉末材料が、所定の金属材料の表面に大気中でプラズマ溶射されることにより形成された、炭素(C)の含有量が3〜20質量%であるとともにクロムカーバイドが含有されてなる高耐食性皮膜。
【0016】
[4]厚みが30〜120μm、表面粗さRaが15μm以下である前記[3]に記載の高耐食性皮膜。
【0017】
[5]金属材料からなる筒状の容器本体と、前記容器本体の内周面に溶射形成された耐食皮膜と、を有するナトリウム−硫黄電池用陽極容器であって、前記耐食皮膜が、前記[3]又は[4]に記載の高耐食性皮膜であるナトリウム−硫黄電池用陽極容器。
【0018】
[6]前記金属材料が、アルミニウム(Al)又はアルミニウム(Al)合金である前記[5]に記載のナトリウム−硫黄電池用陽極容器。
【0019】
[7]金属材料からなる筒状の容器本体の内周面に溶射粉末材料を大気中においてプラズマ溶射して耐食皮膜を形成することを含む、ナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法であって、前記溶射粉末材料として、クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用し、下記条件(1)又は(2)の少なくともいずれかの条件を満たした状態で、前記容器本体の前記内周面に前記耐食皮膜を形成するナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法。
条件(1):前記容器本体の前記内周面が、表面粗さRaが0.5μm以下の平滑面である。
条件(2):30℃以下の温度雰囲気下でプラズマ溶射する。
【0020】
[8]前記プラズマ溶射を、アルゴン(Ar)ガスを一次ガス、水素(H2)ガスを二次ガスとしてそれぞれ使用し、大気中で行う前記[7]に記載のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法。
【0021】
[9]前記金属材料が、アルミニウム(Al)又はアルミニウム(Al)合金である前記[7]又は[8]に記載のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明の耐食皮膜形成用溶射粉末材料は、入手が容易で低コストであるとともに、溶射加工工程の簡略化、自動化、及び低コスト化に寄与し、かつ、所定の金属材料の表面上に優れた耐食性及び密着性を有する耐食皮膜を溶射形成することが可能であるといった効果を奏するものである。
【0023】
本発明の高耐食性皮膜は、所定の金属材料の表面上に低コストで溶射形成され得る、優れた耐食性及び密着性を有するといった効果を奏するものである。
【0024】
本発明のナトリウム−硫黄電池用陽極容器は、耐食皮膜に剥離やクラック等の不具合が発生し難く、また、これを用いて作製したナトリウム−硫黄電池の電池特性及び長期耐久性を向上させ、更には低コスト化に寄与し得るといった効果を奏するものである。
【0025】
本発明のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法によれば、溶射加工工程の簡略化、自動化、及び低コスト化を図ることができ、かつ、優れた耐食性及び密着性を有する高耐食性皮膜を備えたナトリウム−硫黄電池用陽極容器を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施の最良の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜、設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0027】
本発明の一実施形態である耐食皮膜形成用粉末材料は、金属材料からなる筒状の容器本体を有するナトリウム−硫黄電池用陽極容器の、容器本体の内周面に耐食皮膜を溶射形成するために用いられるものであり、クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である。以下、その詳細について説明する。
【0028】
本実施形態の耐食皮膜形成用粉末材料は、クロム(Cr)が55〜70質量%、炭素(C)が3〜20質量%それぞれ含有されている、いわゆるフェロクロムからなる溶融粉砕粉末である。このフェロクロムは、一般的に市販されているものであり、安定的に供給され得る材料であるとともに、低コストな材料である。なお、本実施形態の耐食皮膜形成用粉末材料を構成する合金は、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金であればよく、必要に応じてケイ素(Si)、リン(P)、硫黄(S)、及びマンガン(Mn)からなる群より選択される少なくとも一種を含んでいてもよい。
【0029】
本実施形態の耐食皮膜形成用粉末材料を使用し、大気中でプラズマ溶射を行うことによって所定の金属材料の表面に溶射皮膜(耐食皮膜)を形成すると、形成される耐食皮膜中には、クロムカーバイドが形成される。このクロムカーバイドは、高硬度の炭化物系セラミックスであるため、耐食皮膜自体の耐食性が極めて高く、また、この耐食皮膜がその表面に形成された金属材料に対しても優れた耐食性を付与することができる。ここで、耐食膜中に形成されるクロムカーバイド(CrXY)としては、Cr73の他、Cr32、Cr236等を挙げることができる。
【0030】
なお、より優れた耐食性を有する耐食皮膜を形成するといった観点からは、本実施形態の耐食皮膜形成用粉末材料を構成するクロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金(フェロクロム)には、クロム(Cr)が65〜70質量%含有されていることが好ましく、炭素(C)が10〜20質量%含有されていることが好ましい。
【0031】
本実施形態の耐食皮膜形成用溶射粉末材料は、前述の所定のフェロクロムを溶融し、不活性ガス又は真空中で所定の粒径となるように粉砕することにより調製することができる。なお、本実施形態の耐食皮膜形成用溶射粉末材料の粒径は、5〜75μmの範囲内であることが好ましく、10〜45μmの範囲内であることが更に好ましい。また、平均粒径(D50)は、20〜35μmの範囲内であることが好ましい。
【0032】
次に、本発明の一実施形態である高耐食性皮膜について説明する。本実施形態の高耐食性皮膜は、前述の耐食皮膜形成用溶射粉末材料、即ち、クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である耐食皮膜形成用溶射粉末材料が、所定の金属材料の表面に大気中でプラズマ溶射されることにより形成された、炭素(C)の含有量が3〜20質量%であるとともにクロムカーバイドが含有されてなる皮膜である。
【0033】
本実施形態の高耐食性皮膜に含有されるクロムカーバイドは、既述の如く、高硬度の炭化物系セラミックスである。従って、本実施形態の高耐食性皮膜は、一般的な溶射粉末材料を用いて溶射形成した耐食皮膜に比して、極めて高い耐食性を有するものである。また、この高耐食性皮膜がその表面に形成された金属材料に対しても優れた耐食性を付与することができる。なお、本実施形態の高耐食性皮膜は、その厚みが30〜120μmであることが好ましく、50〜100μmであることが更に好ましい。また、その表面粗さRaは15μm以下であることが好ましく、8.0μm以下であることが更に好ましい。なお、本明細書にいう「表面粗さRa」とは、JIS B0601に従い表面粗さ計を使用して測定した「中心線平均粗さ」のことをいう。
【0034】
本実施形態の高耐食性皮膜は、この高耐食性皮膜を形成した所定の金属材料をヒートサイクル条件下に曝した場合であっても、皮膜自体が剥離し難く、更にはクラック等の欠陥が発生し難い、耐久性に優れたものである。また、本実施形態の高耐食性皮膜を形成するに際して用いられる耐食皮膜形成用溶射粉末材料は入手が容易で低コストなものである。従って、この耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用して形成した本実施形態の高耐食性皮膜は、その物性面のみならず、製造コスト面においても優れたものである。
【0035】
次に、本発明の一実施形態であるナトリウム−硫黄電池用陽極容器について説明する。本実施形態のナトリウム−硫黄電池用陽極容器は、金属材料からなる筒状の容器本体と、この容器本体の内周面に溶射形成された耐食皮膜とを有するものであり、この耐食皮膜が、上述してきた高耐食性皮膜である。
【0036】
本実施形態のナトリウム−硫黄電池用陽極容器は、これを構成する容器本体の内周面に、優れた耐食性及び密着性を有する高耐食性皮膜が形成されているものである。従って、耐食皮膜(高耐食性皮膜)に剥離やクラック等の不具合が極めて発生し難いものである。また、高耐食性皮膜がその内周面に形成されているため、この陽極容器を用いて作製したナトリウム−硫黄電池の電池特性や長期耐久性を向上させることができる。更には、入手が容易で低コストな耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて耐食皮膜(高耐食性皮膜)が形成されるとともに、簡略化された製造工程によって製造し得るものであるため、低コスト化にも寄与するものである。なお、簡略化された製造工程のことについては、後述する。
【0037】
なお、本実施形態のナトリウム−硫黄電池陽極容器の、容器本体を構成する金属材料の好適例としては、アルミニウム(Al)、アルミニウム(Al)合金等を挙げることができる。
【0038】
次に、本発明の一実施形態であるナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法について説明する。本実施形態のナトリウム−硫黄電池陽極容器の製造方法は、金属材料からなる筒状の容器本体の内周面に溶射粉末材料を大気中においてプラズマ溶射して耐食皮膜を形成することを含むナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法であり、溶射粉末材料として、クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用し、下記条件(1)又は(2)の少なくともいずれかの条件を満たした状態で、容器本体の前記内周面に耐食皮膜を形成する。
条件(1):容器本体の内周面が、表面粗さRaが0.5μm以下の平滑面である。
条件(2):30℃以下の温度雰囲気下でプラズマ溶射する。
【0039】
図5は、ナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法の一例を示すフロー図である。図5に示すように、一般的なナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法においては、先ず、アルミニウム製のパイプ(容器本体)を入手し、その内周面を、ブラストガン等を用いた従来公知の粗面化方法によってブラスト(粗面化)加工する。このブラスト加工は、主として、その後に溶射形成される耐食皮膜と基材となるアルミニウム製パイプとの密着性を向上させるべく実施される加工である。次いで、ブラスト加工されたアルミニウム製パイプを予熱する。この予熱は、主としてその後の耐食皮膜の溶射形成に際して発生する応力を緩和すべく実施される。
【0040】
本発明の実施形態であるナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法では、前述の耐食皮膜形成用溶射粉末材料、即ち、クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用し、上述した条件(1)又は(2)の少なくともいずれかの条件を満たした状態で、容器本体の内周面に耐食皮膜を溶射形成する。即ち、図5に示すブラスト(粗面化)加工工程と予熱工程のうちの、少なくとも一の工程を経由することなく、本体の内周面に耐食皮膜を形成する。
【0041】
これまで述べてきた耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いると、その表面粗さRaが0.5μm以下の、いわゆる平滑面に対してプラズマ溶射した場合であっても、基材(容器本体)に対して極めて耐久性及び密着性良好に耐食皮膜を形成することができる。また同様に、この耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いると、30℃以下の温度雰囲気下、即ち、予熱しない室温条件下において容器本体に対してプラズマ溶射した場合であっても、容器本体に対して極めて耐久性及び密着性良好に耐食皮膜を形成することができる。
【0042】
特に、自動化が困難であったブラスト(粗面化)加工工程を経由しない場合には、一連の溶射加工工程を自動化することが可能となる。なお、製造工程をより簡略化し、ナトリウム−硫黄電池用陽極容器の低コスト化に寄与するといった観点からは、条件(1)及び(2)のいずれの条件をも満たした状態で容器本体の内周面に耐食皮膜を形成することが好ましい。即ち、図5のフロー図で示すところの、「アルミニウム製パイプの入手(用意)」から「溶射工程」ヘ直結する右端の矢印の経路に従って、容器本体の内周面に耐食皮膜を形成することが好ましい。
【0043】
本実施形態のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法では、条件(1)を満たす場合、容器本体の内周面の表面粗さRaは0.5μm以下である。その内表面の表面粗さRaが0.5μm以下である容器本体(アルミニウムパイプ)は、一般的に流通し、入手可能なアルミニウムパイプの内表面の、通常の表面粗さに相当する。なお、容器本体の内周面の表面粗さRaの下限値については特に限定されないが、実質的な製造可能性等の観点からは、0.1μm以上であればよい。
【0044】
一方、本実施形態のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法では、条件(2)を満たす場合、30℃以下の温度雰囲気下でプラズマ溶射するが、この温度は、いわゆる室温条件下でプラズマ溶射を実施することを意味する。従って、プラズマ溶射するに際しての温度の下限値については特に限定されないが、10℃以上であればよい。なお、本実施形態のナトリウム−硫黄電池陽極容器の製造方法において用いる容器本体を構成する金属材料の好適例としては、アルミニウム(Al)、アルミニウム(Al)合金等を挙げることができる。
【0045】
次に、本実施形態のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法における(プラズマ)溶射方法の実施態様について図面に基づき具体的に説明する。図1は、溶射方法の一例を模式的に示す断面図である。図1に示すように、筒状の容器本体2の一方の開口端部から溶射ガン1を挿入し、他方の端部の側から溶射を行う。容器本体2としては、全長L1が300〜650mm、外径L2が40〜150mm、容器本体の厚みL3が1.0〜5.0mmのものまで適用可能である。なお、本実施形態のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法においては、溶射するに先立ち、必要に応じてブラスト(粗面化)加工工程、又は予熱工程を組み入れてもよい。
【0046】
ブラスト(粗面化)加工工程を組み入れる場合には、ブラスト加工は、容器本体2の内周面の表面粗さRaが0.5μm超〜10μmとなるように実施することが好ましい。一方、予熱工程を組み入れる場合には、容器本体2の表面温度が30℃超〜300℃となるまで予熱することが好ましい。
【0047】
溶射は、溶射距離L4を45〜55mmの状態に保持し、容器本体2を4400〜600rpmの速度で回転させながら、溶射ガン1を15〜30mm/秒の速度で溶射方向(図5における矢印方向)に移動させ、耐食皮膜形成用溶射粉末材料を溶融させた溶融粉末3を容器本体2の内周面に吹き付けることにより実施する。これにより、容器本体2の内周面に、30〜120μmの厚み(耐食皮膜の厚みL5)の耐食皮膜4を形成することができる。
【0048】
プラズマ溶射に際しては、アルゴン(Ar)ガスを一次ガス、水素(H2)ガスを二次ガスとしてそれぞれ使用することが好ましい。これらのガスの供給量は、アルゴン(Ar)ガスが30〜45リットル/分、水素(H2)ガスが4〜6リットル/分、電流は180〜280A、プラズマ出力は12〜15kWの範囲内で設定される。なお、溶射ガン1に耐食皮膜形成用溶射粉末材料を供給するためのキャリアガスとしてはアルゴン(Ar)ガスが使用され、その供給量は3〜10リットル/分の範囲内で設定される。
【0049】
容器本体の内周面に耐食皮膜を溶射形成した後は、従前の方法に従い、底蓋の配設加工、くびれ加工等の種々の加工を行うことにより、ナトリウム−硫黄電池陽極容器を製造することができる。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
試料No.1〜12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用意した。各耐食皮膜形成用溶射粉末材料を構成する合金組成(質量%)、及び炭素含有量(質量%)を表1に示す。
【0052】
所定のアルミニウム管を用意し、この表面上に、試料No.1〜12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用して大気中でプラズマ溶射することにより、耐食皮膜を形成した。各耐食皮膜の炭素含有量(質量%)を表1に示す。また、試料No.5の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用して形成した耐食皮膜についてX線分光分析を行ったところ、クロムカーバイド(主としてCr73:Heptachromium Tricarbide)の生成が確認された。X線分光分析のチャートを図6に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
全長L1が500mm、外径L2が80mm、容器本体の厚みL3が2.0mm、内周面の表面粗さRaが0.4μmの容器本体2(Al管)を用意した(図5参照)。この容器本体2、及び試料No.2,8,12の各耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用し、容器本体2の回転速度を450rpm、溶射距離L4を50mm、溶射ガン1の移動速度を15mm/秒、アルゴン(Ar)ガスの供給量を36リットル/分、水素(H2)ガスの供給量を5リットル/分、電流を230A、プラズマ出力を14.2kW、キャリアガスの供給量を4.5リットル/分に設定し、プラズマ溶射することにより、厚み(耐食皮膜の厚みL5)90μmの耐食皮膜4を形成した。
【0055】
試料No.2,8,12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用して形成した耐食皮膜について、プラズマ溶射中における剥離の有無を、肉眼で外観観察することにより確認した。結果を表2に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
試料No.3,9の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いたこと以外は、前述の試料No.2,8,12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用した場合と同様にして、厚み90μmの耐食皮膜を形成した。
【0058】
試料No.12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料用いるとともに、プラズマ溶射することに先立って、容器本体(Al管)の内周面の表面粗度Raが6.8μmとなるまでブラスト加工するとともに、210℃に予熱すること以外は、前述の試料No.3,9の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用した場合と同様にして、厚み90μmの耐食皮膜を形成した。
【0059】
試料No.3,9,12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用して形成した耐食皮膜について屈曲試験を行うことにより、溶射後における剥離の有無を確認した。結果を表3に示す。なお、屈曲試験の実施方法を以下に示す。
【0060】
[屈曲試験]:図2に示すように、その内周面に耐食皮膜を形成したAl管10から円環状の切断部11を切り出し、これをA−A’線で切断することにより、Al基材部12上に耐食皮膜13が形成された平板状の試験片14を得た。この試験片を、耐食皮膜13が外側となるように90°屈曲させ、屈曲部15における耐食皮膜13の剥離の有無を、肉眼で外観観察することにより確認した。
【0061】
【表3】

【0062】
試料No.1,5,8の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いたこと以外は、前述の試料No.2,8,12を使用した場合と同様にして、厚み90μmの耐食皮膜を形成した。次いで、従前の方法に従い、底蓋の配設等を行って陽極容器を作製するとともに、この陽極容器を使用してNAS電池を作製した。
【0063】
試料No.12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料用いるとともに、プラズマ溶射することに先立って、容器本体(Al管)の内周面の表面粗度Raが6.5μmとなるまでブラスト加工するとともに、200℃に予熱すること以外は、前述の試料No.1,5,8の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いた場合と同様にして、厚み90μmの耐食皮膜を形成した。次いで、従前の方法に従い、底蓋の配設等を行って陽極容器を作製するとともに、この陽極容器を使用してNAS電池を作製した。
【0064】
(ヒートサイクル試験)
試料No.1,5,8,12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜を有する各陽極容器を用いて作製した各NAS電池について、室温〜330℃までの加熱・冷却を繰り返すヒートサイクル試験を行った。この試験終了後、NAS電池を分解し、耐食皮膜についてのクラック発生の有無をX線透視検査することにより確認した。結果を表4に示す。
【0065】
【表4】

【0066】
試料No.1〜9の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いたこと以外は、前述の試料No.1,5,8の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いた場合と同様にして、厚み90μmの耐食皮膜を形成した。次いで、従前の方法に従い、底蓋の配設等を行って陽極容器を作製するとともに、この陽極容器を使用してNAS電池を作製した。
【0067】
試料No.10〜12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料用いるとともに、プラズマ溶射することに先立って、容器本体(Al管)の内周面の表面粗度Raが5.5μmとなるまでブラスト加工するとともに、220℃に予熱すること以外は、前述の試料No.1〜9の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いた場合と同様にして、厚み90μmの耐食皮膜を形成した。次いで、従前の方法に従い、底蓋の配設等を行って陽極容器を作製するとともに、この陽極容器を使用してNAS電池を作製した。
【0068】
(NAS電池の充放電サイクル試験)
試料No.1〜12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜を有する各陽極容器を用いて作製した各NAS電池について、350℃、及び360℃で運転する充放電サイクル試験を行った。なお、試験を行った電池はいずれも、容器本体(Al管)の内周面の表面粗度Raが6.0μmとなるまでブラスト加工するとともに、220℃に予熱し、前述した剥離試験と同様な溶射条件で、厚み90μmの耐食皮膜を形成した。図3に、充放電サイクル(回)に対して内部抵抗(mΩ)をプロットしたグラフを示す。また、図4に、充放電サイクル(回)に対して電池容量(%)をプロットしたグラフを示す。
【0069】
表2に示す結果から明らかなように、試料No.2,8の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜は、ブラスト加工や予熱を行わなくとも剥離を生ずることはなかった。一方、試料No.12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜は、プラズマ溶射中に剥離を生ずることが判明した。従って、実施例の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いれば、ブラスト加工や予熱を行わなくとも密着性に優れた耐食皮膜を形成可能であることが判明した。
【0070】
表3に示す結果から明らかなように、試料No.3,9の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜は、ブラスト加工や予熱を行わなくとも剥離を生ずることはなく、試料No.12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜(ブラスト加工、及び予熱あり)に比して、何ら遜色のない耐久性及び密着性を示すものであることが判明した。
【0071】
また、表4に示す結果から明らかなように、試料No.1,5,8の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜を有する陽極容器は、試料No.12の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜(ブラスト加工、及び予熱あり)を有する陽極容器に比して、何ら遜色のない耐久性(ヒートサイクル耐久性)及び密着性を示すものであることが判明した。
【0072】
更に、図3及び図4に示すように、実施例の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜を有する陽極容器を用いたNAS電池は、比較例の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜を有する陽極容器を用いたNAS電池に比して、内部抵抗上昇、及び電池容量劣化が効果的に抑制されるものであることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明の耐食皮膜形成用溶射粉末材料は、入手が容易で低コストであるとともに、溶射加工工程の簡略化、自動化、及び低コスト化に寄与し、かつ、所定の金属材料の表面上に優れた耐食性及び密着性を有する耐食皮膜を溶射形成することが可能なものである。従って、ナトリウム−硫黄電池用陽極容器を製造するために用いられる材料として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】溶射方法の一例を模式的に示す断面図である。
【図2】屈曲試験の実施方法を示す説明図である。
【図3】ナトリウム−硫黄電池の、充放電サイクル(回)に対して内部抵抗(mΩ)をプロットしたグラフである。
【図4】ナトリウム−硫黄電池の、充放電サイクル(回)に対して電池容量(%)をプロットしたグラフである。
【図5】ナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法の一例を示すフロー図である。
【図6】試料No.5の耐食皮膜形成用溶射粉末材料を用いて形成した耐食皮膜について測定したX線分光分析のチャートである。
【符号の説明】
【0075】
1…溶射ガン、2…容器本体、3…溶融粉末、4…耐食皮膜、10…Al管、11…切断部、12…Al基材部、13…耐食皮膜、14…試験片、15…屈曲部、L1…全長、L2…外径、L3…容器本体の厚み、L4…溶射距離、L5…耐食皮膜の厚み。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料からなる筒状の容器本体を有するナトリウム−硫黄電池用の陽極容器の、前記容器本体の内周面に耐食皮膜を溶射形成するために用いられる耐食皮膜形成用溶射粉末材料であって、
クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である耐食皮膜形成用溶射粉末材料。
【請求項2】
粒径が5〜75μmである請求項1に記載の耐食皮膜形成用溶射粉末材料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の耐食皮膜形成用溶射粉末材料が、所定の金属材料の表面に大気中でプラズマ溶射されることにより形成された、
炭素(C)の含有量が3〜20質量%であるとともにクロムカーバイドが含有されてなる高耐食性皮膜。
【請求項4】
厚みが30〜120μm、表面粗さRaが15μm以下である請求項3に記載の高耐食性皮膜。
【請求項5】
金属材料からなる筒状の容器本体と、前記容器本体の内周面に溶射形成された耐食皮膜と、を有するナトリウム−硫黄電池用陽極容器であって、
前記耐食皮膜が、請求項3又は4に記載の高耐食性皮膜であるナトリウム−硫黄電池用陽極容器。
【請求項6】
前記金属材料が、アルミニウム(Al)又はアルミニウム(Al)合金である請求項5に記載のナトリウム−硫黄電池用陽極容器。
【請求項7】
金属材料からなる筒状の容器本体の内周面に溶射粉末材料を大気中においてプラズマ溶射して耐食皮膜を形成することを含む、ナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法であって、
前記溶射粉末材料として、クロム(Cr)の含有量が55〜70質量%、及び炭素(C)の含有量が3〜20質量%である、クロム(Cr)−鉄(Fe)をベースとする合金からなる溶融粉砕粉末である耐食皮膜形成用溶射粉末材料を使用し、
下記条件(1)又は(2)の少なくともいずれかの条件を満たした状態で、前記容器本体の前記内周面に前記耐食皮膜を形成するナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法。
条件(1):前記容器本体の前記内周面が、表面粗さRaが0.5μm以下の平滑面である。
条件(2):30℃以下の温度雰囲気下でプラズマ溶射する。
【請求項8】
前記プラズマ溶射を、アルゴン(Ar)ガスを一次ガス、水素(H2)ガスを二次ガスとしてそれぞれ使用し、大気中で行う請求項7に記載のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法。
【請求項9】
前記金属材料が、アルミニウム(Al)又はアルミニウム(Al)合金である請求項7又は8に記載のナトリウム−硫黄電池用陽極容器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−22358(P2006−22358A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−200038(P2004−200038)
【出願日】平成16年7月7日(2004.7.7)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】