説明

脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法及びその用途

脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法、この方法を用いて製造される組成物、及び、脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤を提供するを課題とし、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを、脂質膜、又は、脂質膜を含有する原料若しくは中間製品に含有させる、脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法、この方法を用いて製造される組成物、及び、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤を提供することにより解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法及びその用途に関し、より詳細には、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを脂質膜、又は、脂質膜を含む原料若しくはその中間製品などに含有させることを特徴とする、脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法、その方法を用いて製造される脂質膜を構成する脂質の分解が抑制された組成物、及び、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを有効成分として含有する脂質の分解抑制剤に関するものである。
【背景技術】
脂質膜を含む製品は、その保存中に、脂質膜を構成している脂質がラジカル反応などにより分解し、それに起因する異臭の発生、変色・退色、硬化、分解、変性などにより品質劣化や機能低下をきたすことはよく知られている。また、該製品が、飲食品や医薬品などの場合には、脂質膜を構成している脂質が分解する結果、これにより発生する過酸化物が、脂質膜を構成している脂質のみでなく共存する脂質、タンパク質、ペプチド及び/又はアミノ酸などの反応性の高い成分を変性させ、該製品の品質の劣化や機能の低下をもたらすことが知られている。しかも、近年、脂質の過酸化物は、細胞、組織に対する傷害作用があることから生活習慣病をはじめとする各種疾患や老化との関連性も注目されている。
このような品質劣化や機能の低下、ひいてはヒトに老化を引き起こしたり、健康に害を及ぼすとさえいわれる過酸化物の生成をもたらす化学的変化は、食品分野、化粧品分野、医薬品分野、化学工業品分野などの広範な分野で起こり得る問題である。このため、脂質膜を構成している脂質の分解を阻止、抑制することは、特定の分野に限らず、製品の品質や機能を保持する上で極めて重要な課題のひとつである。
この課題を解決するための手段として、現在のところ、各分野において最も汎用されている手段は、一般に酸化防止剤と呼ばれる物質、すなわち、既に存在している酸素或いはラジカルと反応し、それ自体が化学的に変化することにより酸素やラジカルの反応性を阻止ないしは抑制する物質を製品又はその原料に添加することである。しかしながら、酸化防止剤によるラジカル反応などの抑制効果は際限なく持続するものではないし、酸化防止剤自体の安全性の面や、酸化防止剤自体の反応物が製品の品質の劣化をもたらすという課題がある。
酸化防止剤を用いる以外の、脂質の分解抑制方法として、近年、同じ出願人は、特開2001−123194号公報において、通常の脂質含有組成物に、α,α−トレハロース及び/又はマルチトールを含有せしめることにより、その脂質の分解を抑制し、揮発性アルデヒドの発生を抑制する方法を開示した。
一方、α,α−トレハロースには、この異性体として、グルコースの結合様式の異なるα,β−トレハロース(別名ネオトレハロース)が存在することが知られている。しかしながら、通常の脂質に対するα,α−トレハロースとα,β−トレハロースの挙動は全く異なっている。後述の対照実験、特開2001−123194号公報、国際公開WO 02/24832号公報の記載から明らかなように、α,α−トレハロースが通常の脂質と直接混合することにより、その脂質の分解を抑制するのに対して、α,β−トレハロースには、直接混合してもその脂質の分解を抑制する作用はない。この点については、国際公開WO 02/24832号公報に記載のとおり、α,α−トレハロースと通常の脂質は、これに含まれる不飽和結合(又は二重結合)で会合物を形成して、その分解を抑制するものと考えられる。一方、具体的なデータは示さないが、α,β−トレハロースについても、国際公開WO 02/24832号公報記載の方法に準じて、核磁気共鳴法(NMR)により、脂質(脂肪酸)を直接混合した場合の相互作用を解析したところ、α,β−トレハロースではその脂質との会合物の形成は認められなかったので、α,α−トレハロースとα,β−トレハロースのその脂質の分解に対する抑制作用の有無の差は、その脂質に含まれる不飽和結合(又は二重結合)での会合物形成能の違いによるものであることを確認した。しかしながら、脂質膜を構成している脂質は隣接する脂質及び/又は他の分子と一定の構造を形成しているので、例え、α,α−トレハロースを加えても脂質膜を構成する脂質と会合物を形成するとは考えられず、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースが、脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することができるのかどうかは、特開2001−123194号及び/又はWO 02/24832号公報の結果からは予測不可能であった。また、同じ出願人は、特開平7−213283号公報において、α,α−トレハロースを含有する組成物を開示し、特開平7−163386号公報において、α,β−トレハロースを含有する組成物を開示したものの、特開2001−123194号、WO 02/24832号公報、特開平7−213283号公報、及び特開平7−163386号公報には、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースが、脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することについてはなんら記載されていないのみならず、その示唆すら全くない。
本発明は、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、脂質膜を含む原料若しくはその中間製品、或いは、それらから調製される組成物の保存中に、異臭、褐変、退色、硬化、分解、変性などが発生することに加え、生成する脂質の分解物が、さらに、共存する他の脂質や、タンパク質、ペプチド、アミノ酸などの脂質膜を構成している脂質以外の成分と反応することにより製品品質の劣化や機能の低下をきたすことを抑制するために、脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法を提供することを第一の課題とし、この方法を用いて製造する脂質膜を構成しているの脂質の分解が抑制された組成物を提供することを第二の課題とし、脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤を提供することを第三の課題とするものである。
【発明の開示】
本発明者らは、上記の課題を解決する目的で、糖質を使用した脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法について長年に渡り研究を進めてきた。その結果、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースが、脂質膜を構成している脂質の分解を抑制できることを新たに見出し、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを、脂質膜、又は、脂質膜を含有する原料若しくはその中間製品などに含有される脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法を確立し、この方法を用いて製造する脂質膜を構成している脂質の分解の抑制された組成物を確立し、さらに、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤を確立することにより、本発明を完成するに至った。
本発明の脂質膜を構成している脂質の分解の抑制方法は、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを、脂質膜、又は、脂質膜を含む原料若しくはその中間製品や、これらを使用して製造した組成物に含有させることにより、脂質膜を構成している脂質の分解を抑制し、過酸化脂質、共役ジエン、アルデヒドなどの反応性の高い分子の生成を抑制するだけでなく、細胞、或いは、リポソームなどのように、脂質膜が、その内部に種々の成分を封入できる閉鎖小胞体の形態をとる場合には、その有効成分であるα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースが、何らかの機序により、脂質膜の性質を変化させることによって、脂質膜を構成している脂質のみでなく、脂質膜を構成している脂質の分解に起因して発生する、脂質膜の内部に封入された成分の変性も抑制することができるので、脂質膜を構成している脂質に対してのみでなく、脂質膜に封入された成分の変性抑制方法としても、有利に利用することができる。
本発明でいう脂質の分解とは特定の原因に限定されるものではない。例えば、一般に、無触媒下で光照射や加温などにより、また、金属触媒などの適宜の触媒の作用により発生するラジカルなどの作用により進行する反応であって、脂質から、過酸化脂質、共役ジエン、アルデヒドなどが発生し、異味や異臭を発生したり、脂質膜を含む原料若しくはその中間製品、これを使用して製造した組成物の品質の劣化や機能の低下が発生することなどをいう。
また、本発明でいう脂質膜とは、脂質をその構成成分として含有する脂質膜であって、該脂質の全部或いは一部が一定の方向に配位して膜構造を形成しているものであれば、いずれでもよく、ゲル相であっても、液晶相の状態であってもよい。また、脂肪酸のみから構成される単純脂質膜であっても、タンパク質、糖質、さらにはポリ塩化ビニルなどの高分子ポリマーなどの脂質以外の成分が共存する複合脂質膜であってもよい。さらには、脂質膜が一重のものであっても、二重のものでもよく、それらがさらに重なり合った多層構造の脂質膜であってもよい。また、二鎖型カチオン界面活性剤などを構成成分として含有する脂質膜であっても良い。具体的には、化学センサーやその他の人工膜、単分子膜、黒膜、リポソーム、細胞膜をはじめとする生体膜などを挙げることができる。なお、本発明でいうリポソームとは、少なくとも、脂質を構成成分として含有する二分子膜構造を有する閉鎖小胞をいう(例えば、高橋雅夫監修 『機能性化粧品の開発』、株式会社シーエムシー、第118乃至135頁(2000年発行)参照)。
また、本発明でいう生体膜とは、ヒトを含む動物の眼、鼻腔、口腔、胃腸、表皮、毛根部等のヒトを含む動物の組織、臓器、細胞、卵、植物の組織、器官、細胞を構成する正常な脂質膜のみでなく、臓器移植用に摘出した組織や臓器、切傷、擦り傷、床ずれ、火傷、潰瘍、凍傷、感染、或いは手術などによる炎症反応が発生し、ラジカルなどの発生により脂質膜を構成している脂質の分解が進行している組織、臓器、細胞における炎症性の脂質膜も含む。さらには、ヒトを除く動物の皮、肉などの組織、海鼠のコノワタや魚などの肝などの臓器、筋子や明太子などの魚卵やウニの卵巣やなど卵、いかやたこの塩から、魚の刺身やフィレーなどの動物の組織、臓器の加工品に存在する脂質膜、植物の葉や茎、果実などの組織、小麦、米、ソバ、コーン、胡麻などの種子、大豆、小豆、ブロッコリーなどの発芽種子及び、小麦、米、ソバ、コーンなどの穀類の胚芽、大豆、小豆などの豆類の胚軸やそれらの加工品に存在する脂質膜も、当然、本発明でいう生体膜に含まれる。
また、本発明でいう脂質膜は、脂質膜を構成している脂質以外の成分として、タンパク質、糖質、核酸或いはそれらの複合体など、細胞膜(生体膜)に通常含まれる成分を含んでいてもよい。また、テルペン、ビニル、色素、香料などを含むものであってもよく、また、通常、脂質膜の安定化剤として使用されるジメチルステアリルアミン、ジセチルホスフェート、セチルスルフェート、ステアリルアミン、脂肪アルコール、ポリオキシエチレンアシルアルコール、ポリグリセロール、ソルビタン脂肪酸エステル、エトキシ化ソルビタン脂肪酸エステル、グリコールモノエステル、グリセリルモノ又はジエステルプロピレングリコールステアレート、スクロースジステアレート、グリセリルシトレートの1種又は2種以上を含むものであってもよい。
本発明の脂質膜を構成する脂質の分解抑制方法において、脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤の有効成分として使用されるα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースは、その由来や製法は問わず、発酵法、酵素法、有機合成法などにより製造されたものでもよく、それらの方法により得られる反応液は、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース、またはこれを含有する糖質を含む溶液として、そのまま、部分精製して、或いは、高純度に精製して使用することも自由である。例えば、α,α−トレハロースは、同じ出願人が、特開平7−143876号公報、特開平7−213283号公報、及び特開平8−336363号等に開示した酵素糖化法による澱粉由来の含水結晶α,α−トレハロースやα,α−トレハロース高含有シラップを利用することができる。また、α,β−トレハロースは、例えば、同じ出願人が、特開平5−252973号公報に開示した酵素法による澱粉から直接α,β−トレハロースを製造する方法や、特開平4−179490号公報に開示した、ラクトネオトレハロースに、β−ガラクトシダーゼを作用させてα,β−トレハロースを製造する方法など、澱粉質、或いは、澱粉質又はそれ由来の糖質と乳糖から酵素的に製造したラクトネオトレハロースを原料として、酵素法により製造することができる。これらの製造方法は、いずれも豊富で安価な澱粉質を原料とし、高効率かつ安価にα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを製造できることから、工業的に有利に利用できる。
本発明の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを約1質量%(以下、本明細書では特に断らない限り、「質量%」を単に%と表記する。)以上、望ましくは、5%以上、さらに望ましくは20%以上含有する、液状、ペースト状、又は、固状の形態にあるものが好適である。本発明の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、脂質膜を構成している脂質の分解抑制効果を発揮出来ればよく、有効成分であるα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースのみで構成されていてもよいし、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースの製造工程において共存するグルコース、イソマルトース、マルトース、β,β−トレハロース、各種オリゴ糖、デキストリン、シクロデキストリン、乳糖、ラクトネオトレハロースなどのα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース以外の糖質を含有していてもよい。さらには、必要に応じて、オリゴ糖として、例えば、同じ出願人が国際公開WO 02/10361号明細書及び国際公開WO 02/072594号明細書において開示した環状四糖及び/又は環状四糖の糖質誘導体、或いは、特開平7−143876号公報に開示した非還元性糖質生成酵素を、マルトオリゴ糖含有糖質に作用させることにより、グルコースが3分子以上のマルトオリゴ糖の還元末端をトレハロース構造に変えたα−マルトシル−α−グルコシド(別名α−グルコシルα,α−トレハロース)やα−マルトトリオシル−α−グルシド(別名α−マルトシルα,α−トレハロース)などのオリゴ糖やそれを含有する糖質、ソルビトール、マルチトール、キシリトール、エリスリトール等の糖アルコールの1種又は2種以上を併用することも自由である。α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースは安定な糖質なので、必要に応じて、分散性を高めたり、増量するなど、その使用目的に応じて、前記以外の還元性糖質、非還元性糖質、糖アルコール、高甘味度甘味料、水溶性多糖、有機酸、有機酸塩、無機塩、乳化剤、酸化防止剤、キレート作用を有する物質から選ばれる1種又は2種以上と併用することも随意である。さらに必要であれば、公知の着色料、着香料、保存料、酸味料、旨味料、甘味料、安定剤、アルコール、殺菌剤の1種又は2種以上を適量併用することも随意である。このようにして得られた脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、その形状を問わず、例えば、シラップ、ペースト、マスキット、粉末、固状、顆粒、錠剤などのいずれの形状であってもよい。また、なかでも、本発明の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤と併用される非還元性糖質としては、α−マルトシル−α−グルコシドやα−マルトトリオシル−α−グルコシド等のα,α−トレハロースの糖質誘導体、又、糖アルコールとしてはマルチトールが、いずれも、優れた脂質の分解抑制効果を有する点から望ましく、とりわけ、α−マルトシル−α−グルコシド及び/又はα−マルトトリオシル−α−グルコシドが、その効果の高いことから特に望ましい。
本発明でいう酸化防止剤とは、酸化反応を効率的に抑制するために使用される化合物であれば、いずれでもよく、脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤の使途に応じていずれか一種又は二種以上が、適宜選択される。例えば、L−アスコルビン酸、L−アスコルビン酸誘導体、ビタミンB2、ビタミンB2誘導体、ヘスペリジン、ルチン或いはそれらの誘導体などのビタミン、カテキン、アントシアニン、プロアントシアニジンなどのポリフェノールなどのフラボノイド、ジブチルヒドロキシトルトエン、没食子酸プロピル、ジフェニルピクリルヒドラジル、ガルビノキシル、ハイドロキノン、ハイドロキノン誘導体などを挙げることができ、また、例えば、ビタミンA、ビタミンE、カロチン、アスタキサンチンやそれらの誘導体などに代表されるテルペンや、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などに代表される不飽和脂肪酸のような不飽和化合物も、その用途に応じて適宜使用することも自由である。
本発明のα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース、或いは、これを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤の利用において、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースと対象とする脂質膜とが接触又は共存するように利用される限り、対象とする脂質膜は単離・精製した状態であっても、また、他の成分との組成物の形態であっても、或いは、生体に存在する生体膜であっても所期の機能が発揮される。従って、いずれの分野でも、該脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、対象とする脂質膜ならびに該脂質膜の組成・存在状態を勘案して、原料の段階から製品の段階に至るまでの適宜の工程、或いは、製品に対して利用することができ、この様にして製造される製品は、そのままの状態で、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを含まない通常の製品と同様に用いることができる。また、対象が生体に存在する生体膜の場合でも、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースは、安全性が高いので、生体に障害を及ぼす恐れはなく、一般の飲食品と同様に使用できる。
脂質膜、或いは、脂質膜を含有する原料若しくは中間製品に対してα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを含有、接触又は共存させる方法としては、目的の原料若しくはその中間製品、これらを使用して製造する組成物が完成されるまでに、或いは、完成品に対して、例えば、混和、混捏、溶解、融解、分散、懸濁、乳化、浸透、晶出、散布、塗布、付着、噴霧、被覆(コーティング)、注入などの公知の方法が適宜に選ばれる。また、生体に存在する脂質膜の場合には、経口摂取、経管投与、点眼、点滴、注射、散布、塗布、噴霧、付着、被覆、浸漬、浸透などの公知の方法が適宜に選ばれる。
脂質膜にα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを含有、接触又は共存させる量は、脂質膜を構成している脂質の分解抑制効果を発揮できる量であればよく、特に制限はないが、通常、脂質膜、或いは、脂質膜を含有する原料若しくはその中間製品、或いは、これを使用して製造される組成物の総重量に対して、無水物換算で約0.01%以上を含有せしめればよい。望ましくは、約0.1%以上、さらに望ましくは、約1.0%以上をできるだけ均一に含有せしめるのが好適である。通常、約0.01%未満では、該脂質膜を構成している脂質の分解を抑制するには不充分である。α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを含有させる量の上限については、対象とする製品の品質、機能或いは使用目的などの妨げとならない限り特に制限はない。また、生体に存在する脂質膜の場合には、目的とする脂質膜面に対して、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースの濃度が、約0.01%以上、望ましくは、約0.1%以上、さらに望ましくは、約1.0%以上となるようにすればよい。なお、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースの濃度が、溶解度以上の高濃度になると、晶出、固化して、粘膜や植物の組織、器官、細胞などの生体に存在する脂質膜に使用する場合には、これらに障害を与える懸念があるので、望ましくは、非晶質の形態で使用するのが望ましい。
本発明のα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース、或いは、これを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、脂質膜のを構成している脂質の化学的変化の回避が求められる諸種の分野、例えば、食品分野(飲料分野を含む)、農林水産分野、化粧品分野、医薬品分野、日用品分野、化学工業分野、染料分野、塗料分野、建材分野、香料分野、化学薬品分野、合成繊維分野、色素分野、感光色素分野ならびに、これらの分野で利用される原料、または、中間製品の製造分野などの極めて広範な分野において有用である。
また、経口的に摂取される飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品などの分野にあっては、本発明のα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース、或いは、これを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、原料や中間製品中の脂質膜を構成する脂質の分解を抑制し、それらの品質や機能を長期間保持することができることに加えて、低甘味であり、しかも、酸味、塩から味、渋味、旨味、苦味などの他の呈味を有する各種物質とよく調和し、耐酸性、耐熱性も大きいので、これらの分野で製造される原料や中間製品に含まれる脂質膜を構成する脂質の分解抑制剤として利用されるだけでなく、呈味改良剤や品質改良剤などとしても有利に利用できる。
また、これらの原料、中間製品、或いは、それらを使用して製造される組成物は、脂質膜と共に脂質、タンパク質、ペプチド、アミノ酸や他の反応性に富んだ成分を含有するものが大部分を占めることから、脂質の分解を抑制すると共に、該反応により生じる脂質過酸化物が、共存するその他の脂質、タンパク質や糖質をはじめとする反応性に富んだ成分と反応し、それらの変性が進行するのを抑制することができる本発明の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、飲食品の風味(品質)保持に極めて有利に利用できる。例えば、昆布や椎茸、霊芝、鹿角霊芝等の茸の粉末調味料をはじめとする調味料や甘味料、和菓子、洋菓子、スナックなどの菓子やパン、乾燥果実、カット果実などの果実の加工品、小松菜やキャベツなどの葉菜、ニンジンやゴボウなどの根菜、もやし、ブロッコリースプラウトなどの発芽植物をはじめとする野菜やそれらの加工品、小麦、米、ソバ、コーンなどの穀類の胚芽、大豆、小豆などの豆の胚軸やそれらの加工品、ベーコン、ソーセージなどの畜肉加工品、魚介の加工品、惣菜食品、卵加工品、乳製品や、これらの冷凍品、冷蔵品、チルド品、レトルト品、乾燥品、凍結乾燥品、加熱加工品、或いは、清涼飲料水などの各種飲食品に有利に利用できる。
しかも、本発明のα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース、或いは、これを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、脂質などの過酸化物を含有する飲食品を摂取、或いは、脂質膜に塗布した場合であっても、該過酸化物による生体組織、細胞の脂質膜、さらには、それらの内部に存在する酵素、核酸をはじめとする生体の生理機能を担う各種成分の分解を効果的に抑制することから、ドリンク剤、眼薬、眼洗浄剤、鼻腔洗浄液、口腔洗浄液、歯磨き、胃腸薬、胃、腸、腹腔内や膀胱などの臓器の洗浄液又は保存液、軟膏、化粧水、ローション、クリーム、シャンプー、リンス、輸液、育毛剤、抗炎症剤などの飲食品、健康補助食品、化粧品、医薬部外品、医薬品を製造するための原料にも特に有利に利用できる。また、家畜、家禽、ペットなどの飼育動物の幼虫、幼体、成体のための飼料、餌料などの脂質膜を構成する脂質の分解抑制剤として、それらの品質を保持する目的で使用することもできる。また、人工海水、培養液、の脂質膜を構成する脂質の分解抑制剤として生長点培養液、植物栄養剤、液肥、樹木の治療修復剤及び接木剤などに含有させることにより、これらの使用対象の動植物の脂質膜を構成する脂質の分解を抑制し、その活力や鮮度を安定に保持することができる。
本発明のα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース、或いは、これを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、特に、細胞膜をはじめとする生体膜を構成している脂質の分解を抑制することから、生体内で発生する過酸化物の発生に伴う炎症反応の抑制剤として、アトピーやアレルギー疾患をはじめとする疾患で認められる皮膚炎、湿疹、蕁麻疹、虫刺され、火傷、日焼け、免疫反応を介する各種の炎症性疾患、口内炎、歯肉炎、結膜炎、胃炎、大腸炎、潰瘍性大腸炎、クローン病等の臓器の炎症性疾患等の予防、治療にも有利に利用できる。また、植物や樹木などの培養液、生長点培養液、植物栄養剤、液肥、治療修復材、接木剤などとしても有利に利用できる。
また、本発明の脂質膜を構成するの脂質の分解の抑制方法を用いて製造される原料若しくはその中間製品、或いは、これらを使用して製造される組成物が、リポソームのような脂質膜からなる閉鎖小胞体の場合には、それに封入できる成分としては、例えば、活性などを失い易い各種生理活性物質、健康食品に使用される有用成分、化粧品や医薬品の有効成分などを挙げることができる。具体的には、インターフェロン−α、インターフェロン−β、インターフェロン−γ、ツモア・ネクロシス・ファクター−α、ツモア・ネクロシス・ファクター−β、マクロファージ遊走阻止因子、コロニー刺激因子、トランスファーファクター、インターロイキンなどのリンホカイン含有液、インシュリン、成長ホルモン、プロラクチン、エリトロポエチン、卵細胞刺激ホルモン、胎盤ホルモンなどのホルモン含有液、BCGワクチン、日本脳炎ワクチン、はしかワクチン、ポリオ生ワクチン、痘苗、破傷風トキソイド、ハブ抗毒素、ヒト免疫グロブリンなどの生物製剤含有液、フィコシアニン、フィコエリトリンをはじめとする色素タンパク質、リパーゼ、エラスターゼ、ウロキナーゼ、プロテアーゼ、β−アミラーゼ、イソアミラーゼ、グルカナーゼ、ラクターゼ、血清、抗体、補体系などの酵素や血液成分などのペプチド或いはタンパク質、各種ビタミンやそれらの誘導体、ステロイドホルモン、抗生物質、抗菌剤、抗炎症剤、抗アレルギー剤、鎮痛剤、紫外線吸収剤、保湿剤、皮膚保護剤、収斂剤、美白剤、皮膚の老化防止剤、有機色素、香料、動植物エキス、ローヤルゼリーなどを挙げることができる。本発明の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、該脂質膜を構成する脂質に作用して脂質膜を安定化することにより、脂質膜構造内或いは脂質膜の内部に封入された前記有用成分の分解や変性を抑制し、それらの活性や機能を長期間安定に保持することができるので、これらを封入した脂質膜の閉鎖小胞体を含有する、高品質の健康食品、化粧品、医薬品、試薬、飼料、餌料などの品質の保持に有利に利用できる。
さらには、本発明のα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース、或いは、これを有効成分として含有する脂質膜を構成する脂質の分解抑制剤を、単独で、或いは、その他公知の生長促進剤と共に、芝、茶をはじめとする農産或いは果樹、園芸作物、或いは、それらの発芽植物、幼苗などの植物体(葉面、茎、根、花、種子などの各部分)に直接散布するか、植物体の周囲の土壌散布することにより、これら植物の組織、器官、細胞の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することにより、植物に冷凍耐性、乾燥耐性、浸透圧に対する耐性などを付与し、乾燥、霜害、塩害などから保護すると共に、植物の生長の促進剤として、植物体の活力の保持や増強、その果実、種子や穀物などの収穫量の増加などの目的でも利用が可能である。
以下、実験例に基づいてα,α−トレハロース又はα,β−トレハロースによる脂質膜を構成している脂質の分解抑制についてより詳細に説明する。
実験1:α,α−トレハロース又はα,β−トレハロースによるリポソーム系での脂質膜を構成する脂質の分解抑制
脂質膜を構成している脂質の分解は、共役ジエン化合物などの形成にはじまり、それらがラジカル開裂を起こし、一連のラジカル反応が進行して、最終的にはマロンアルデヒドなどの低分子にまで分解することが知られている。そこで、共役ジエンの発生を指標にしたα,α−トレハロース又はα,β−トレハロースによる多重層リポソームの脂質膜を構成している脂質の分解抑制の実験を次のようにして行った。
リポソーム水溶液の調製
中性リン脂質として、卵黄レシチン(生化学用 和光純薬株式会社販売)、ジメチルスチル−フォスファチジルコリン(Dimetyhl−phosphatidylcholine(以下、「DMPC」と略記する。)アバンティ(AVANTI)社販売)、或いは ジパルミチル−フォスファチジルコリン(Dipalmityhl−phosphatidylcholine(以下、「DPPC」と略記する。)アイシーエヌバイオメデイカ(ICN Biomedica)社販売)を、各々75.5mg/mlとなるようにクロロホルムに溶解した。レシチン、DMPCとリノール酸、或いは、DPPCとリノール酸を溶解したクロロホルム溶液1mlを100ml容ナス型フラスコに入れ、エバポレーターにより濃縮、乾固し、内壁に薄膜が形成されることを確認後、さらに、五酸化リン入りのデシケーターに入れて、一晩、真空乾燥した。乾燥後の各標品の入ったナス型フラスコに10mlのトリス−塩酸緩衝液(30mM pH7.4)を添加して37℃で振盪し、常法によりリポソーム(マルチラメラベシクル)水溶液を調製した。なお、DMPC又はDPPCを原材料としてリポソームを調製した場合は、DMPC又はDPPCの加熱分解の初期生成物が共役ジエン構造をとらないので、これらの加熱分解の指標として、リポソームの調製時に、加熱分解の初期過程で共役ジエンを生成するリノール酸を、予めフロリジカルカラムで精製して、10mg/mlとなるように、DMPC又はDPPCのクロロホルム溶液に添加し、これをリポソーム及びリポソーム内に、DMPC又はDPPCと共存させた状態で、実験に使用した。DMPC又はDPPCの分解は、リノール酸から生じる共役ジエンの変化を追跡することで確認した。
リポソームの加熱分解
上記のリポソーム水溶液に、α,α−トレハロース(試薬級 株式会社林原生物化学研究所販売)、α,β−トレハロース(試薬級 株式会社林原生物化学研究所販売)、スクロース(試薬特級 和光純薬株式会社販売)或いはマルトース(試薬級「マルトースHHH」 株式会社林原生物化学研究所販売)の0.154Mの水溶液0.4mlを添加して、試験標品とした。対照として、前記糖質の溶解に使用した蒸留水を0.4ml添加した、糖質無添加の標品を調製した。各試験標品又は糖質無添加の標品の各々1mlを20ml容のバイアル瓶7本に分注して、気相を窒素ガスで置換した後、ブチルゴム栓で密栓した。これらのバイアル瓶を75℃の恒温槽に放置し、0,4,8,12,16,20,24時間後にバイアル瓶1本を取り出し、共役ジエン分析に共した。
共役ジエン分析
上記の各々の試験標品又は糖質無添加の標品を入れた加熱後の各々のバイアル瓶から、各々の標品60μlを採取し、これを80%(V/V)エタノール5.0mlで希釈後、233nmにおける吸光度を分光光度計(島津UV−2400PC 株式会社島津製作所製)で測定した。共役ジエン生成量は、そのモル吸光計数27.4×10を基に計算した。卵黄レシチン、DMPC又はDPPCを使用したリポソームでの結果を、各々表1、表2、表3として以下に示す。




表1乃至3から明らかなように、卵黄レシチン、DMPC又はDPPCを使用したいずれのリポソームにおいても、糖質の無添加の場合には、共役ジエンの生成量は、加熱開始から16時間後までは、経時的に増加し、その後はほぼ一定の値を示した。α,α−トレハロース或いはα,β−トレハロースを添加した場合には、卵黄レシチン、DMPC又はDPPCを使用したいずれのリポソームにおいても、糖質無添加の場合と比較して、共役ジエンの生成率が抑制されており、逆に、マルトースやスクロースは共役ジエンの生成が増強される傾向にあった。具体的には、卵黄レシチンを使用した場合のリポソームでは、加熱開始から24時間後の共役ジエンの生成率は、糖質無添加に比較して、α,α−トレハロース添加で47%、α,β−トレハロース添加で56%、スクロース添加で110%、マルトース添加で118%であった。DMPCを使用した場合には、糖質無添加に比較して、α,α−トレハロース添加で28%、α,β−トレハロース添加で35%、スクロース添加で124%、マルトース添加で113%であった。DPPCを使用した場合には、糖質無添加に比較して、α,α−トレハロース添加で33%、α,β−トレハロース添加で39%、スクロース添加で111%、マルトース添加で107%であった。
卵黄レシチンを使用したリポソームの実験から明らかなように(表1)、リポソームの脂質膜を構成してい卵黄レシチンの分解が、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロース含有させることにより、糖質無添加の場合と比較して強く抑制された。また、DMPC又はDPPCを使用したリポソームの実験から明らかなように(表2、表3)、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを含有させることにより、糖質無添加に比較して、DMPC又はDPPCと共存するリノール酸の分解が強く抑制されたことから、リノール酸と同様に、リポソームの脂質膜を構成しているDMPC又はDPPCの分解が、強く抑制され、さらに、リポソーム内に封入されているDMPC又はDPPCの分解も、抑制されていると推測される。
対照実験:加熱による各種脂肪酸の分解に及ぼす各種糖質共存の影響
各種糖質と脂質とを直接混合して、脂質の分解に及ぼす各種糖質の効果を確認する実験は、以下のようにして行った。脂肪酸としてα−リノレン酸、リノール酸、オレイン酸又はステアリン酸の100mg、及び糖質として前記実験で使用したα,α−トレハロース、α,β−トレハロース、スクロース、又は、マルトースの5%水溶液を調製し、さらに、マルチトール(試薬級 林原生物化学研究所販売)、エリスリトール又はソルビトールの5%水溶液も調製して(糖質50mg)試験標品とし、各々の1mlを20ml容バイアル瓶に入れて、ブチルゴム栓で密栓し、100℃で1時間加熱した後、室温まで冷却した。対照として、糖質無添加の標品を調製した。試験標品又は糖質無添加標品の加熱処理前と加熱処理後の脂肪酸量を、下記に示すガスクロマトグラフィー(GLC)により定量してその分解率(%)を求めた結果を表4に示す。
脂肪酸の定量方法:
加熱処理前或いは加熱処理後の脂肪酸と糖質の混合溶液の入ったそれぞれのバイアル瓶に、クロロホルム・メタノール混液(容積比2:1)20mlを加えて各々の脂肪酸を抽出し、得られた抽出液1mlを10ml容ナスフラスコに採取し、減圧下、濃縮、乾固した。これに内部標準物質として、濃度30mg/mlの1−エイコサノール・メタノール溶液1mlを加えて混合、溶解し、再度乾固し、これに三フッ化ホウ素メタノール溶液1mlを加え、密栓して沸騰水浴中で5分間反応させた。冷却後、これに脱イオン水1mlを加え、未反応の三フッ化ホウ素を分解した後、n−ヘキサン1mlを加えて、各々の脂肪酸メチルエステルを抽出した。このヘキサン層2μlをGLC分析に供した。GLCの装置はGC−14B(株式会社島津製作所製)、分析カラムはキャピラリーカラムTC−FFAP(内径0.53mm×長さ30m、膜厚1.0μm;ジ−エルサイエンス株式会社製)、キャリア−ガスは流速10ml/minのヘリウムガス、インジェクション温度は230℃、カラムオーブン温度は120℃に2分間保持後、5℃/minの速度で230℃まで昇温、検出は水素炎イオン検出器で行った。


表4から明らかなように、加熱による各種脂肪酸の分解に与える影響は、α,α−トレハロース又はマルチトールを共存させた系、とりわけ、α,α−トレハロースを共存させた系が、糖質無しの系に比較して、いずれの脂肪酸も分解量が少なく、その分解を著しく抑制し、優れていることが判明した。これに対して、α,β−トレハロースを共存させた系では、糖無添加の場合と殆ど差が認められず脂肪酸の分解を抑制する作用のないことが確認された。
実験1では、レシチン及びリノール酸の共役ジエンの生成についてのみ測定している。しかしながら、共役ジエンは、ラジカル開裂を起こし、ラジカル反応の連鎖を引き起こして、レシチンやリノール酸の分解が進行するので、共役ジエンが生成すれば、レシチンやリノール酸の分解が順次進行するのは明らかであり、DMPCやはDPPCなどの分解も同様に進行すると考えられる。その点については、対照実験において、実験1と同様に、リノール酸を加熱することにより、リノール酸が分解していることからも明らかである。これらの結果から、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースは、脂質膜を構成しているレシチン、DMPC、又は、DPPCなどのリン脂質やリノール酸などの脂質、或いは、脂質膜に封入されたレシチン、DMPC、又は、DPPCなどのリン脂質やリノール酸などの脂質からの共役ジエンの発生を抑制し、脂質膜を構成している脂質及び脂質膜に封入された脂質の分解を抑制する作用を有していることが明らかとなった。また、この脂質膜を構成している脂質の分解抑制の機構は、脂肪酸とα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを直接混合した場合におきる会合物形成の機構とは異なっていることが示された。
以上の実験結果から、本発明を応用し、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、保存中に異臭の発生、退色、硬化、分解、変性などの品質劣化や機能低下が生じる恐れのある脂質膜を含む原料若しくはその中間製品などに含有させることにより、脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することができることが判明した。さらに、α,β−トレハロースは脂肪酸と直接混合したのではその分解を抑制することはできないものの、脂質膜を構成している脂質と相互作用することにより、該脂質膜を安定させ、脂質膜を構成している脂質及び脂質膜内に封入された脂質の分解を抑制できることから、これらの脂質の分解に起因して発生する、各種成分の分解又は変性を抑制することができることが判明した。
また、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースは脂質膜を構成している脂質の分解を抑制すると共に、この脂質膜を安定化することにより、細胞溶解(自己溶解を含む)や組織の傷害を抑制することから、脂質の分解により発生する過酸化物やラジカルなどにより増悪する、火傷、皮膚炎、アトピー性皮膚炎、潰瘍性大腸炎、胃炎、腸炎等の炎症性疾患の予防剤、治療剤や移植時等の臓器保存剤、動植物の組織の鮮度保持剤としても有利に利用できる。このように、本発明のα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤は、脂質膜、或いは、脂質膜を含む原料若しくはその中間製品、或いは、これらを使用して製造される組成物の安定化に大きく寄与できることから、工業的には脂質膜を含有する食品分野、化粧品分野、医薬品分野、化学工業品分野などの広範な分野での製品の生産、輸送、保存などにおいて極めて有利に利用できる。
以下に、本発明のα,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを含有する糖質、或いは、これを含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤の具体的な例を実施例Aで、脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤の、脂質膜、又は、脂質膜を含有する原料若しくはその中間製品、或いは、これらを使用して製造される組成物への利用の具体的な例を実施例Bで具体的に例を挙げて説明する。しかし、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
実施例A:α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを含有する糖質、或いは、これを含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤
実施例A−1
市販の食品級含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商品名『トレハ』)を水に溶解して約50%の溶液を調製し、この1質量部と市販のDE43の酸糖化水飴(水分約80%)1.5質量部を混合し、シラップ当たりα,α−トレハロース約20%とともに他の糖化糖質を含有する水分約32%、DE約30のα,α−トレハロース高含有シラップを調製した。本品は、加工飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品、飼料、餌料、又は、これらの原料若しくは中間製品をはじめとする、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、保存中に異臭の発生、退色、硬化、分解、変性などの品質劣化や機能低下が生じ易い脂質膜或いは脂質膜を含有する組成物に含有させることにより、脂質膜を安定化し、脂質膜を構成している脂質の分解の抑制方法に有利に利用できる。また、本品は脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤として好適である。
実施例A−2
特開平4−179490号公報の実施例A−3に記載の方法に準じて、固形物当たり約34%のラクトネオトレハロースを含有する糖質を、無水物換算で約35%含有する水溶液を調製し、pHを4.5に調整後、40℃に加温し、これにβ−ガラクトシダーゼを加えて24時間反応させた。これを、常法により、ろ過、脱色、脱塩、濃縮して、濃度75%、固形物当たり、23.5%のα,β−トレハロースを含有するシラップを調製した。本品は、加工飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品、飼料、餌料、又は、これらの原料若しくは中間製品をはじめとする、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、保存中に異臭の発生、退色、硬化、分解、変性などの品質劣化や機能低下が生じ易い脂質膜或いは脂質膜を含有する組成物に含有させることにより、脂質膜を安定化し、脂質膜を構成している脂質の分解の抑制方法に有利に利用できる。また、本品は脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤として好適である。
実施例A−3
実施例A−2で調製したシラップを、カラムクロマトグラフィーにより精製し、78%のα,β−トレハロースを含有する含蜜結晶粉末を調製した。本品は、加工飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品、飼料、餌料、又は、これらの原料若しくは中間製品をはじめとする、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、保存中に異臭の発生、退色、硬化、分解、変性などの品質劣化や機能低下が生じ易い脂質膜或いは脂質膜を含有する組成物に含有させることにより、脂質膜を安定化し、脂質膜を構成している脂質の分解の抑制方法に有利に利用できる。また、本品は脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤として好適である。
実施例A−4
α,β−トレハロース含水結晶(試薬級 株式会社林原生物化学研所販売)60質量部に対して、市販の無水結晶マルチトール(株式会社林原商事販売、商品名『マビット』)を40質量部を混合し、粉末混合物を調製した。本品は、加工飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品、飼料、餌料、又は、これらの原料若しくは中間製品をはじめとする、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、保存中に異臭の発生、退色、硬化、分解、変性などの品質劣化や機能低下が生じ易い脂質膜或いは脂質膜を含有する組成物に含有させることにより、脂質膜を安定化し、脂質膜を構成している脂質の分解の抑制方法に有利に利用できる。また、本品は脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤として好適である。
実施例A−5
市販の食品級含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商品名『トレハ』)50質量部とα,β−トレハロース含水結晶(試薬級 株式会社林原生物化学研所販売)50質量部とを混合し、粉末混合物を調製した。本品は、加工飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品、飼料、餌料、又は、これらの原料若しくは中間製品をはじめとする、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、保存中に異臭の発生、退色、硬化、分解、変性などの品質劣化や機能低下が生じ易い脂質膜或いは脂質膜を含有する組成物に含有させることにより、脂質膜を安定化し、脂質膜を構成している脂質の分解の抑制方法に有利に利用できる。また、本品は脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤として好適である。
実施例A−6
市販のα,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)の願水結晶粉末70質量部に対して、L−アスコルビン酸2−グルコシド(株式会社林原生物化学研究所販売)2質量部、酵素処理ルチン2質量部(東洋精糖株式会社販売、商品名『αGルチン』)を混合し、粉末混合物を調製した。本品は、加工飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品、飼料、餌料、又は、これらの原料若しくは中間製品をはじめとする、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、保存中に異臭の発生、退色、硬化、分解、変性などの品質劣化や機能低下が生じ易い脂質膜或いは脂質膜を含有する組成物に含有させることにより、脂質膜を安定化し、脂質膜を構成している脂質の分解の抑制方法に有利に利用できる。また、本品は脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤として好適である。
実施例A−7
実施例A−3の方法に準じて調製したα,β−トレハロースの含蜜結晶粉末70質量部に対して、L−アスコルビン酸2−グルコシド(株式会社林原生物化学研究所販売)2質量部、酵素処理ルチン2質量部(東洋精糖株式会社販売、商品名『αGルチン』)を混合し、粉末混合物を調製した。本品は、加工飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品、飼料、餌料、又は、これらの原料若しくは中間製品をはじめとする、脂質膜を構成している脂質の分解が進行し、保存中に異臭の発生、退色、硬化、分解、変性などの品質劣化や機能低下が生じ易い脂質膜或いは脂質膜を含有する組成物に含有させることにより、脂質膜を安定化し、脂質膜を構成している脂質の分解の抑制方法に有利に利用できる。また、本品は脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤として好適である。
実施例B:α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを含有する糖質、或いは、これを含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤の用途
実施例B−1:ラッキョウの漬け物
実施例A−1の方法で調製したα,α−トレハロース含有シラップ45質量部、グラニュー糖130質量部、酢240質量部、みりん70質量部、食塩60質量部、水180質量部を混合溶解した後、加熱して殺菌し、冷却して浸漬液を調製した。これに、常法により焼きミョウバンを加えて下漬塩蔵したラッキョウ1000質量部を入れて7日間漬け込み、ラッキョウの甘酢漬を製造した。本品は、α,α−トレハロースがラッキョウの細胞の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制するので、異臭の発生や褐変もなく、シャキシャキした好ましい食感のラッキョウ漬けである。
実施例B−2:トマトピューレ
市販のトマトピューレ95質量部に対して、実施例A−2の方法で調製したα,β−トレハロースを含有するシラップ状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤5質量部を加えて溶解し、常法により噴霧乾燥して、トマトピューレの粉末を調製した。本品は、水戻りが良好であり、色調、脂質膜の構造もよく保持されており、シチューなどの煮込み料理やトマトソースなどの原料として好適である。また、α,β−トレハロースが、トマトピューレ中の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制すると共に、トマトの脂質膜を安定化することから、細胞の構造がよく保持されるため、その風味が良好な状態に保たれており、長期保存安定性に優れている。
実施例B−3:ドライフルーツ・ミックス野菜
パセリ40質量部、ホウレンソウ40質量部、レタス40質量部、キャベツ40質量部、セロリ40質量部、ニンジンピューレ100質量部の混合物に対して、10%となるように含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)と、シラップ状のα,α−トレハロースの糖質誘導体含有糖質(株式会社林原商事販売、商標『ハローデックス』)2質量部を添加し、80℃で1分間ブランチング後、リンゴ200質量部、レモン1個分の果汁、シラップ状のα,α−トレハロースの糖質誘導体含有糖質50質量部と、パラチノース50質量部を混合し、ミキサーで破砕後、濃度が約60%になるまで加熱した。これを、冷やしてラップの上に拡げて60℃で一晩乾燥した。本品は、α,α−トレハロース及びα,α−トレハロースの糖質誘導体により、野菜やリンゴの細胞の脂質膜を構成している脂質の酸化が抑制され、ベタ付きもなく、保存安定性に優れた風味の良いドライフルーツ・ミックス野菜であった。常法により、クッキー生地を調製し、ラップ上に約3mmの厚さに拡げたものの上に、前記のドライフルーツ・ミックス野菜をのせてロール状に巻き、1cm巾に切断したものをオーブンに入れて焼成し、ドライフルーツ・ミックス野菜をサンドしたクッキーを調製した。本品は、クッキー自身は乾燥した状態が保持され、逆に、ドライフルーツ・ミックス野菜部分は適度な水分が保持され、また、その細胞の脂質膜を構成する脂質の酸化が抑制されるため、焼成直後の風味が長期間保持されるクッキーであった。
実施例B−4:もやし加工品
大豆もやしを、実施例A−1の方法で調製したα,α−トレハロースを含有するシラップ状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤15質量部とエタノール5質量部を水80質量部に溶解し、10℃に冷却した溶液に、60分間浸漬した。液切りした後、一晩、4℃で保存後、本品にドレッシングをかけて試食したところ、もやしの脂質膜を構成している脂質の分解が抑制されており、その鮮度がよく保持されていた。本品は、サラダ、その他加工食品の原料として好適である。
実施例B−5:小麦胚芽加工品
冷凍した生小麦胚芽78質量部を解凍後、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)20質量部、特開平7−143876号公報の実施例A−2の方法で調製した粉末状のα,α−トレハロースの糖質誘導体5質量部(無水物換算で、α−マルトシルα−グリコシド4.1%、α−マルトトリオシルα−グリコシド52.5%含有)を混合したものに、予め調製しておいたプルラン(株式会社林原商事販売、商品名「プルランPF−20」)の5%水溶液2質量部を加えて混合し、これを密閉型エクストルーダーに入れて加熱、混練して、押し出して造粒、乾燥した。これをさらに、常法により焙煎して、小麦胚芽加工品を調製した。本品は、α,α−トレハロースにより小麦胚芽の脂質膜を構成している脂質の分解が抑制されるので、芳ばしくて、生の小麦胚芽に特有の青臭みや渋味もなく、風味豊かであり食べやすい上に、保存安定性にも優れている。また、本品は、セレン、亜鉛をはじめとするミネラル、ビタミンや食物繊維を豊富に含有しているので、このまま、健康補助食品として、或いは、その他の飲食物の原料として好適である。
実施例B−6:西洋ニンジン粉末
市販の西洋ニンジンを水洗後、皮を除去し、スライサーで厚さ約1mmのスライスを調製した。これを、蒸気で蒸してブランチング後、その90質量部に対して、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)8質量部と実施例A−3の方法で調製したα,β−トレハロースを含有する粉末状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤2質量部を均等に混合したものを加えて混合溶解して、西洋ニンジンにα,α−トレハロース及びα,β−トレハロースを含浸させた後、55℃で16時間通風乾燥した。この西洋ニンジンスライスを粉砕機で粉砕し、100μm以上の粒径のものを80%以上含有する乾燥西洋ニンジン粉末を調製した。本品は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが、ニンジン粉末の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制するので、ニンジン本来の色調、風味やβ−カロチンなどの栄養素が長期間安定に保持されるので、このまま、健康補助食品として、或い、その他の飲食物の原料として好適である。
この乾燥西洋ニンジン粉末1質量部に対して、前記含水結晶トレハロース5質量部を加えて均等に混合後、常法により造粒して、西洋ニンジン粉末の顆粒を調製した。本品は食感もよく、ビタミンや食物繊維を豊富に含有した健康補助食品として好適である。
実施例B−7:ブロッコリー粉末
市販のブロッコリーを水洗後、厚さ約3mm程度に細切した。これを、ステンレス製の篭に入れて、蒸気で蒸してブランチング後、その90質量部に対して、実施例A−3の方法で調製した粉末状のα,β−トレハロース含有糖質10質量部を加えて混合溶解して、ブロッコリーにα,β−トレハロースを含浸させた後、55℃で20時間通風乾燥した。このブロッコリーのスライスを粉砕機で粉砕し、西洋ニンジン粉末を調製した。本品は、α,β−トレハロースが、ブロッコリー粉末に含まれる脂質膜を構成している脂質の分解を抑制するので、ブロッコリーの風味やβ−カロチンなどの栄養素が長期間安定に保持されるので、健康補助食品或いはその原料として好適である。
実施例B−8:昆布粉末
乾燥昆布100質量部に対して、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)27%と特開平7−143876号公報の実施例A−2の方法で調製した粉末状のα,α−トレハロースの糖質誘導体含有糖質3%(無水物換算で、α−マルトシルα−グルコシド4.1%、α−マルトトリオシルα−グリコシド52.5%含有)を含有する水溶液600質量部を加えて、その全量を昆布に吸収させた。これを、ステンレスのメッシュ上に拡げて、通風乾燥機で、60℃、16時間乾燥して、乾燥昆布を調製した。本品は、α,α−トレハロース及びα,α−トレハロースの糖質誘導体が、昆布の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、長期間保存しても、その風味がよく保持されていた。また、α,α−トレハロースを含浸しているので、適度の硬度が付与されるため、通常の乾燥昆布では困難な粉末化が容易にできるという特徴を有している。
この乾燥昆布を、粉砕機を用いて粉末化し、平均粒径が11μmの乾燥昆布の微粉を調製した。本品は、吸湿することもなく、α,α−トレハロースが、昆布の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、長期間保存しても、その風味がよく保持される。しかも、水に加えても膨潤することが無く、粉末調味料や健康補助食品の原料として好適である。
実施例B−9:椎茸粉末
市販の乾燥椎茸(水分含量)100質量部を粗砕して、3乃至4mm径のチップ状とし、これに、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)400質量部、実施例A−3の方法で調製したα,β−トレハロース含有糖質50質量部及びプルラン3質量%を水800質量部に溶解した水溶液を加え、この溶液の全量を粗砕した椎茸に吸収させた。これを、トレイに拡げて、通風乾燥機で、60℃、18時間乾燥して、乾燥椎茸を調製した。本品は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが、椎茸の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、長期間保存しても、その風味がよく保持される。また、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが含浸しているので、適度の硬度が付与されるため、通常の乾燥椎茸では困難な粉末化が容易にできるという特徴を有している。
この乾燥椎茸を、粉砕器で粉砕して、水分含量約6%の乾燥椎茸の微粉を調製した。本品は、吸湿することもなく、α,α−トレハロースが、椎茸の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、長期間保存しても、その風味がよく保持される。しかも、水に戻しても膨潤することが無く、粉末調味料や健康補助食品の原料として好適である。
実施例B−10:鰹節粉末
新鮮な本鰹を使用し、その魚肉を煮熟する際に使用する水溶液として、実施例A−1の方法で調製したα,α−トレハロースを含有するシラップ状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤200質量部、及び、特開平7−143876号公報の実施例A−2の方法で調製した粉末状のα,α−トレハロースの糖質誘導体5質量部(無水物換算で、α−マルトシルα−グリコシド4.1%、α−マルトトリオシルα−グリコシド52.5%含有)50質量部を、750質量部の水に溶解した水溶液を使用する以外は、常法により鰹節を製造した。本品は、α,α−トレハロース、α,β−トレハロース、及び/又はα,α−トレハロースの糖質誘導体が、鰹節の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、長期間保存しても、その風味がよく保持されていた。
この鰹節を、粉砕機により粉末化し、水分含量約5%の鰹節の微粉を調製した。本品は、吸湿することもなく、水に入れると容易に懸濁し、又、α,α−トレハロース及びα,α−トレハロースの糖質誘導体が、鰹節の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、長期間保存しても、その風味がよく保持されており、粉末調味料や健康補助食品の原料として好適である。
実施例B−11:粉末調味料
実施例B−8で調製した昆布の粉末10質量部、実施例B−9で調製したシイタケの粉末10質量部及び実施例B−10で調製した鰹節の粉末10質量部を均質に混合し、粉末ダシを調製した。本品は、吸湿することもなく、取扱いが簡単で、煮物、吸物などの調製時に、水に懸濁することにより、容易にダシを取ることができる。また、α,α−トレハロースが、昆布、シイタケ及び鰹節の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、長期間保存しても、その風味がよく保持されている。
実施例B−12:ウニ加工品
含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)50質量部と実施例A−2の方法で調製したシラップ状のα,β−トレハロース含有糖質50質量部を、水900質量部に溶解した後、炭酸ナトリウムを0.1%となるように添加して浸漬液を調製し、これに新鮮なウニの卵巣をざるに入れて浸漬し、5℃で10時間経過後、ざるを上げて液切りして製品を得た。本品は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが、ウニの卵巣の脂質膜を構成している脂質の分解が抑制されるので、冷蔵やチルドでの保存で変性が少なく、冷凍保存しても解凍時のドリップが少なく、いずれの場合も、ウニの粒々が崩れることなく、その鮮度がよく保持されていた。また、本品を、常法に従って、調理加工しても、脂質膜を構成している脂質の酸化や分解、タンパク質の変性が抑制されており、嫌味・臭気も低く、味、香り、色、食感とも良かった。
実施例B−13:スズキのフィレー
実施例A−3の方法で調製したα,β−トレハロースを含有する粉末状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤4質量部、食塩0.8質量部、グレープ種子抽出物(インディナ社製、商品名「ロイコシアニジン」)0.01質量部に水を加えて100質量部とし、撹拌して溶解し、5℃に冷却した。これに、3枚におろした新鮮なスズキのフィレーを浸漬し、そのまま16時間、5℃の状態に維持した後、これを取り出し、−30℃で急速冷凍した。本品は、α,β−トレハロースが、フィレーの脂質膜を構成している脂質の分解が抑制され、冷凍の保存で変性や解凍時のドリップも少なく、鮮度がよく保持されており、各種食品の製造原料として好適である。また、本品を、−20℃で2ヶ月間保存後、解凍し、常法によりソテーして試食したところ、嫌味・臭気も低く、味、香り、色、食感ともに、新鮮なスズキのフィレーで調製したソテーと遜色のないものであった。
実施例B−14:しらす干
大釜に水100質量部、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)1質量部、シラップ状のα,α−トレハロースの糖質誘導体含有糖質(株式会社林原商事販売、商標『ハローデックス』)、乳酸ナトリウム0.2質量部を入れて沸騰させ、これに、小型の生カタクチイワシ10質量部を入れて茹で、常法により、乾燥してしらす干を調製した。本品は、α,α−トレハロース及びα,α−トレハロースの糖質誘導体により、カタクチイワシの細胞の脂質膜を構成する脂質の酸化が抑制されるので、異臭や生臭味もなく、その色調も良好な、風味の良いしらす干しである。また、本品は、室温、冷蔵、チルド、冷凍などの保存でも、脂質の酸化や分解が抑制され、乾燥や吸湿も抑制されるので、保存安定性にも優れている。
実施例B−15:魚肉練製品
水晒ししたスケトウダラの生肉2,000質量部に対し、実施例A−2の方法で調製したα,β−トレハロースを含有するシラップ状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤100質量部及び市販の含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売 商標『トレハ』)10質量部、乳酸ナトリウム3質量部を加えて、スリ身を製造し、−20℃で凍結して冷凍スリ身を製造した。冷凍スリ身を90日間−20℃で冷凍保存後に解凍し、これに、予め、氷水150質量部に対して、グルタミン酸ナトリウム40質量部、馬鈴薯澱粉100質量部、トリポリリン酸ナトリウム3質量部、食塩50質量部とを溶解して調製しておいた水溶液100質量部を添加して擂漬し、約120gずつを定形して板付した。これらを、30分間で内部の品温が約80度になるように蒸し上げた。次いで、室温で放冷したのち、4℃で24時間放置して魚肉練製品を得た。スケトウダラの冷凍スリ身は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースがタンパク質に対して優れた冷凍耐性を付与するため、冷凍保存後も、鮮度が十分に保持されており、それを原料とした本品は、風味良好、肌面が細やかで、艶やかな光沢を有していた。しかも、本品に含まれる脂質膜及び該脂質膜に封入された細胞内の各種成分の安定性がα,α−トレハロース及びα,β−トレハロースにより高められているばかりでなく、脂質膜を構成している脂質から生じる過酸化物によるタンパク質やアミノ酸の修飾、変性も抑制されるので、保存安定性にも優れているという特徴がある。
実施例B−16:ワカサギの甘露煮
出し汁500質量部、酒100質量部、砂糖45質量部、濃い口醤油70質量部、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)20質量部、実施例A−3の方法で調製したα,β−トレハロースを含有する粉末状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤10質量部を加えて鍋に入れ、一煮立ちしたものを冷却した。これに新鮮なワカサギ300質量部を加えて加熱し、アクをとりながら煮立て、さらに、落としぶたをして、弱火で、液量が、最初の約3分の1になるまで煮詰めて冷却し、ワカサギの甘露煮を作った。本品は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースにより、ワカサギの脂質膜を構成している脂質の分解が抑制されるので、冷蔵保存2ケ月後においても、製造直後の風味をよく保持している。また、冷凍保存後、解凍しても、タンパク質の変性が抑制され、離水もなく、風味良好であった。
実施例B−17:ベーコン
食塩22質量部、実施例A−3の方法で調製したα,β−トレハロース含有する粉末状の糖質2.5質量部、砂糖1質量部、特開平7−143876号公報の実施例A−2の方法で調製した粉末状のα,α−トレハロースの糖質誘導体含有糖質2質量部(無水物換算で、α−マルトシルα−グリコシド4.1%、α−マルトトリオシルα−グリコシド52.5%含有)、乳酸ナトリウム2質量部、ポリリン酸ナトリウ2.0質量部、L−アスコルビン酸0.5質量部、亜硝酸ナトリウム0.2質量部を水68.8質量部に溶解し、ピックル液を調製した。このピックル液1質量部を、豚の肋肉9質量部に対して、全体にまんべんなく浸透するように時間をかけて注入後、常法によりスモークして、ベーコンを調製した。スモーク後、一夜室温に放置し、スライスしたベーコンを真空包装して、10℃で保存した。本品は、α,β−トレハロース及びα,α−トレハロースの糖質誘導体により、ベーコンの脂質膜を構成している脂質の分解が抑制されるので、保存1週間後においても、製造直後の風味をよく保持している。また、冷凍保存後、解凍しても、タンパク質の変性が抑制され、離水もなく、風味良好であった。
実施例B−18:冷凍パン生地
強力粉1000質量部、砂糖50質量部、実施例A−2の方法で調製したα,β−トレハロースを含有するシラップ状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤80質量部、ドライイースト30質量部、イーストフード3質量部、ショートニング100質量部、食塩20質量部、脱脂粉乳30質量部、糖化型アミラーゼ8質量部、水330質量部を添加し、常法によりミキサーで混捏して生地を調製し、適当な大きさに小分けして成形し、ラップで包装し、−80℃で凍結して冷凍パン生地を調製した。本品は、α,β−トレハロースにより、イーストの脂質膜を構成する脂質の分解抑制されるので、長期間保存しても、優れた発酵性を保持することができる。
本品を、−30℃で1ヶ月間保存後、30℃、湿度85%の条件で90分間解凍後、常法により、27℃で100分間発酵した後、分割、成形し、39℃で60分間、ホイロに入れて発酵させ、これを焼成してパンを製造した。このパンは、外皮の表面はまだら模様などの発生もなく、生地も十分膨らんで、食感、香りや味のいずれも良好な、風味の良いパンであった。
実施例B−19:HVJ(センダイ)ウイルス
シードとなるHVJウイルスを発生中の胚を有する鶏卵に摂取して、37℃で48時間培養し、増殖したウイルスの含まれているショウ尿液を採取した。採取したショウ尿液1質量部に対して、ダルベッコのMEM培地(日水株式会社販売)8質量部を加えて希釈し、さらに、実施例A−4の方法で調製したα,β−トレハロースを含有する粉末状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤1質量部を加えて溶解した後、ガラスバイアル瓶に0.5mlずつ分注し、常法により凍結乾燥した。本品は、α,β−トレハロースによりウイルスの脂質膜を構成している脂質の分解が抑制されるので、4℃で12ケ月間冷蔵保存した後でも、乾燥前とほぼ同じプラーク形成単位を示し、HVJウイルスが安定に保持されていることが確認された。
実施例B−20:L−アスコルビン酸2−及び糖転移ルチンを含有するリポソーム
大豆レシチン100質量部、コレステロール50質量部及びビタミンE0.5質量部を適量のエタノールに溶解し、エタノールを完全に蒸発、乾固した後、脱イオン温水8000質量部を添加して、60℃に加温してホモジナイズした脂質の混合液に、実施例A−6の方法で調製したα,α−トレハロース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドを含有する粉末状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤1000質量部と糖転移ルチン200質量部を添加し、再度、ホモジナイズして、L−アスコルビン酸2−グルコシドと糖転移ルチンを封入したリポソームの溶液を調製した。本品は、α,α−トレハロースがリポソームの脂質膜を構成している脂質の分解を抑制するとともに、リポソームの脂質膜を安定化することから、リポソームに封入されたL−アスコルビン酸2−グリコシド及び糖転移ルチンの酸化や分解も抑制され、長期間安定に保持されるので、アスコルビ酸2−グルコシド及びルチンを含有する健康食品の原材料として有利に利用できる。
実施例B−21:ドリンク剤
アミノ酸混合物として、イソロイシン4質量部、ロイシン6質量部、リジン8質量部、フェニルアラニン8質量部、チロシン1質量部、トリプトファン12質量部、バリン8質量部、アスパラギン酸1質量部、セリン1質量部、アミノ酢酸8質量部、アラニン8質量部、ヒスチジン2質量部、アルギニン8質量部、スレオニン2質量部、メチオニン1質量部の混合物を調製し、水に溶解して1%溶液を調製し、これにオレンジ果汁を4%となるように添加後、含水結晶トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)を無水物換算で8%、実施例A−2の方法で調製したシラップ状のα,β−トレハロース含有糖質を、無水物換算で2%となるように添加して、アミノ酸含有ドリンク剤を調製した。本品は、経口摂取すると、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが、口腔内や胃腸の粘膜の細胞の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することのできる、口内炎、胃腸の炎症、潰瘍の治療予防効果を有するドリンク剤である。また、本品は、アミノ酸を含有していることから栄養強化目的での使用が可能である。
実施例B−22:乳液
ステアリン酸2.5質量部、セタノール1.5質量部、ワセリン5質量部、流動パラフィン10質量部、ポリオキシエチレンオレエート2質量部、酢酸トコフェロール0.5質量部、グリチルリチン酸ジカリウム0.2質量部、ポリエチレングリコール(1500)3質量部、L−アスコルビン酸2質量部、藍抽出液3質量部、アルブチン2質量部、糖転移ルチン1質量部、トリエタノールアミン1質量部、実施例A−3の方法で調製したα,β−トレハロースを含有する粉末状の脂質膜を構成する脂質の分解抑制剤2質量部、精製水66質量部、プロピルパラベン0.1質量部を混合し、水酸化カリウムでpHを6.7に調節した後、更に適量の香料を加えて、常法により、乳液を製造した。本品は、α,β−トレハロースが皮膚表面の細胞の脂質膜を構成する脂質の分解を抑制することから、皮膚刺激、かゆみなどの炎症性症状の軽減や予防、皮膚の老化の治療用、予防用などに有利に使用できる。また、本品は、塗り心地もよく、塗布後のもベタ付き感のない、使用感に優れた美白用の乳液である。
実施例B−23:リポソーム含有皮膚外用化粧クリーム
予め、蒸留水70質量部に対して、L−アスコルビン酸2−グルコシド4質量部、糖転移へスペリジン1質量部(東洋精糖株式会社販売、商品名『αGルチン』)と藍の植物体の破砕物のエタノール抽出液25重量を添加して溶解した。これとは別に、ホスファチジルコリン30mg、スフィンゴミエリン4mg、コレステロール1mg、セレブロシド64mgを混合した脂質混合物をエタノールに溶解後、ロータリーエバポレーターを使用して、エタノールを完全に蒸発、乾固させた。乾固させた脂質混合物に、蒸留水5mlを添加して、60℃に加温後、ホモジナイズし、これに、60℃に加温した前記L−アスコルビン酸2−グルコシド、糖転移へスペリジン及び藍のエタノール抽出液を含む溶液3mlを添加し、再度ホモジナイズして、L−アスコルビン酸2−グルコシド、糖転移へスペリジン及び藍のエタノール抽出液を封入したリポソーム溶液を調製した。該リポソーム溶液8質量部に、蒸留水40質量部、プロピレングリコール5質量部と実施例A−5の方法で調製したα,α−トレハロース及びα,β−トレハロースを含有する粉末状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤10質量部とを加え、70℃に加温して水相部を調製した。一方、スクワラン40質量部、還元ラノリン15質量部、ミツロウ10質量部、オレイルアルコール8質量部、脂肪酸グリセリン5質量部、モノオレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン(20E.O.)3質量部、親油型モノステアリン酸グリセリン3質量部、L−アスコルビン酸2−グルコシド3質量部、グリチルリチン酸ジカリウム1質量部、香料ならびに抗酸化剤の適量を70℃の条件下で均一な状態にまで混合し、油相部を調製した。この油相部を上記の水相部に加えて、常法にしたがい予備乳化した後、ホモミキサーで均一に乳化し、冷却して、水中油型の皮膚外用クリームを得た。本品は、皮膚に対して優れた保湿性を発揮するうえ、リポソームの脂質膜を構成している脂質及びその内部に封入された藍抽出物の分解が、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースにより抑制されているので、保存安定性に優れた高品質の皮膚外用剤として有利に利用できる。また、該クリームは、リポソームに封入された藍の有用成分、L−アスコルビン酸2−グルコシド及び糖転移へスペリジンが速やかに膚に移行するので、藍の有用成分及び/又はグリチルリチン酸のもつ、ヒアルロニダーゼ活性阻害作用をはじめとする種々の作用により、皮膚の炎症が抑制されるなどの効果が発揮され、その結果、シミ、しわやこじわの発生などに代表される皮膚の老化が抑制された、はりのあるみずみずしい肌を維持する効果を奏することができる。
実施例B−24:化粧水
グリチルリチン酸ジカリウム0.2質量部、クエン酸0.1質量部、クエン酸ナトリウム0.3質量部、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原生物化学研究所販売、化粧品用)1質量部、シラップ状のα,α−トレハロースの糖質誘導体含有糖質(株式会社林原生物化学研究所販売、商標『トルナーレ』)1.0質量部、エタノール5.0質量部、感光素201号0.0001質量部、エチルパラベン0.1質量部、水を加えて総量を100質量部とし、混合溶解し、化粧水を調製した。本品は、α,α−トレハロース及びα,α−トレハロースの糖質誘導体を含有しているので、皮膚の細胞の脂質膜を構成する脂質の酸化を抑制してラジカルや過酸化脂質の発生を抑制し、また、皮膚の細胞を賦活化するので、乾燥や紫外線などの外的なストレスにより、あれたり、炎症を起こした皮膚を速やかに正常な状態に回復させ、その老化を抑制することができる。また、本品は、保湿性に優れている上、皮膚に対する刺激性が低いので、過敏症を懸念することなく利用することができ、皮膚に塗布してもベタ付き感のない、使用感に優れた、化粧水である。
実施例B−25:練歯磨
第二リン酸カルシウム30質量部、ハイドロキシアパタイト10質量部、炭酸カルシウム5質量部、含水結晶トレハロース(試薬級、株式会社林原生物化学研究所販売)24質量部、実施例A−2の方法で調製したα,β−トレハロースを含有するシラップ状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤6質量部、ラウリル硫酸ナトリウム1.5質量部、モノフルオロリン酸ナトリウム0.7質量部、ポリオキシエチレンソルビタンラウレート0.5質量部、防腐剤0.05質量部及びサッカリンナトリウム0.02質量部を水22質量部と混合して練歯磨調製した。本品は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが口腔内の細胞の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、歯肉、舌等に見られる口腔内の炎症性症状の軽減や治療などに有利に使用できる。また、本品は、ラウリル硫酸ナトリウムの苦味やサッカリンの後味などの不快味が低減されているので、口当たりがよく、使用感、光沢、洗浄力も良好で、また、使用後は、口臭を低減することから、練歯磨として好適である。
実施例B−26:マウスウオッシュ
エタノール15質量部、実施例A−3の方法で調製した粉末状のα,β−トレハロース含有糖質10質量部、ポリオキシエチレン硬化ひまし油2質量部、サッカリンナトリウム0.02質量部、安息香酸ナトリウム0.05質量部、リン酸二水素ナトリウム0.1質量部、着色料及び香料適量と水72.2質量部とを混合してマウスウオッシュを調製した。本品は、α,β−トレハロースが口腔内の細胞の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、歯肉、舌等に見られる口腔内の炎症性症状の軽減や治療などに有利に使用できる。また、口当たりがよく、使用感も良好で、使用後は、口臭を低減することから、マウスウオッシュとして好適である。
実施例B−27:点眼剤
α,β−トレハロース(試薬級 株式会社林原生物化学研究所販売)を、精製水に溶解し、活性炭処理して、次いで、精密ろ過して得られる、パイロジェンを除去した脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤5質量部(無水物換算)、塩化ナトリウム0.4質量部、塩化カリウム0.15質量部、リン酸2水素ナトリウム0.2質量部、硼砂0.15質量部、グリチルリチン酸ジカリウム0.1質量部を混合し、全量で100質量部となるように滅菌精製水を適量添加し、撹拌混合してパイロジェンを含まない、無菌の点眼剤を調製した。本品は、α,β−トレハロースが、結膜や含有表面の細胞の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、アレルギー、アトピー、感染症なとにより、これらの部位に発生する炎症性症状の軽減や治療などに有利に使用できる。また、α,β−トレハロースは保水性や細胞の保護性にも優れていることから、眼粘膜や眼球表層の細胞を乾燥障害から保護することができるので、眼の炎症疾患のみでなく、一般のドライアイやシェーグレン症候群の患者の眼の乾燥の予防剤、治療剤としても有利に利用できる。
実施例B−28:リポソーム含有点眼剤
実験1と同様にして、DPPCを75mg/mlとなるようにクロロホルムに溶解し、その1mlを100ml容ナス型フラスコに入れて、ロータリーエバポレーターを使用して、濃縮、乾固し、さらに五酸化リン入りのデシケーター中で一晩真空乾燥した。乾燥後のフラスコに10mlの生理食塩水と注射用ゲンタマイシン60mg(昭和薬品化工株式会社販売)を添加し、37℃で振盪し、常法により、ゲンタマイシンを封入したリポソーム溶液を調製した。これとは別に、実施例A−5の方法で調製したα,α−トレハロース及びα,β−トレハロースを含有する粉末状の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤4.5質量部、塩化ナトリウム0.4質量部、塩化カリウム0.15質量部、リン酸2水素ナトリウム0.2質量部、硼砂0.15質量部を滅菌精製水に溶解し、全量を50mlとした。前記2種の溶液を等量混合して点眼液を調製した。pHは7.3に調整した。本品は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが眼の炎症を抑制するとともに、眼の粘膜を乾燥から保護する効果を発揮し、さらには、眼球の粘膜細胞の脂質膜を構成する脂質の分解を抑制することから、抗炎症剤としての効果を併せて発揮することから、細菌の感染やアレルギー性の眼の炎症やドライアイ等の眼性疾患の予防或いは治療に有利に使用できる。
実施例B−29:外傷治療用軟膏
実施例A−3の方法で調製した粉末状のα,β−トレハロース含有糖質500質量部にヨウ素3質量部を溶解し、メタノール50質量部を加えて混合後、更に10%プルラン水溶液200質量部を加えて混合し、適度の伸び、付着性を有する外傷治療用軟膏を得た。本品は創面に直接塗布するか、ガーゼ等に塗るなどして患部に使用することにより、切傷、擦り傷、火傷、水虫等の外傷を治療することができる。また、本品は、α,β−トレハロースが外傷の部分に存在する細胞の脂質膜を構成している脂質の分解や、その結果生じる過酸化物に起因する外傷部及びその周辺の炎症を抑制するので、その治療期間が短縮され、創面もきれいに回復することができる。
実施例B−30:人工海水
脱イオン水に、塩化ナトリウム27.5質量部、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)5質量部、α,β−トレハロース(試薬級、株式会社林原生物化学研究所販売)5質量部、硫酸マグネシウム7水塩6.82質量部、塩化マグネシウム6水塩5.16質量部、塩化カルシウム2水塩1.47質量部、塩化カリウム0.725質量部、塩化ストロンチウム6水塩0.024質量部、臭化ナトリウム0.084質量部、ホウ酸0.0273質量部、フッ化ナトリウム0.00287質量部、ヨウ化ナトリウム0.000079質量部を加えて、沈澱ができないように撹拌、溶解し、全量で1000質量部の人工海水を調製した。本品は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが、人工海水中で飼育される動植物の脂質膜を構成する脂質の分解を抑制することから、これらの動植物を長期間、健康な状態で飼育することができる。また、本品を、魚介類などの水産加工品の製造の際に使用した場合にも、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが、水産加工品に含まれる脂質膜の脂質を構成している脂質の分解を抑制することから、その鮮度が保持された、高品質の製品を製造することができる。
実施例B−31:臓器保存液
パイロジェンを除去した約50℃の蒸留水800質量部に、実施例B−26の方法で調製した、パイロジェンを除去したα,β−トレハロースを無水物換算で35質量部、塩化カリウム1.12質量部、リン酸二水素カリウム2.05質量部、リン酸水素二カリウム7.4質量部を溶解した後、炭酸水素ナトリウム0.84質量部を加え、さらに、蒸留水を適量加えて、全量で1000質量部とした。これを直ちにろ過後、ガラス瓶に充填し、密封して、加圧滅菌し、pH7.4の移植用の臓器保存液を調製した。本品は、α,β−トレハロースが臓器の脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、その分解が抑制され、生体から切除後の臓器の機能を長期間、正常に保持することができる。
実施例B−32:生長点培養用培地
硝酸アンモニウム0.06質量部、硝酸炭化カルシウム4水塩0.17質量部、リン酸二水素カリウム0.04質量部、塩化カリウム0.08質量部、硫酸マグネシウム7水塩0.24質量部、クエン酸第二鉄水溶液(1質量部/200質量部・水)5質量部、塩化マンガン1水塩0.0004質量部、硫酸亜鉛4水塩0.00005質量部、ホウ酸0.0006質量部、硫酸銅5水塩0.00005質量部、モリブデン酸1水塩0.00002質量部、アデニン0.005質量部、ビオチン0.00001質量部、パントテン酸カルシウム0.01質量部、システイン0.01質量部、カゼインの加水分解物0.001質量部、イノシット0.0001質量部、ニコチン酸0.001質量部、ピリドキシン0.001質量部、サイアミン0.001質量部、ブドウ糖5質量部、含水結晶α,α−トレハロース(株式会社林原商事販売、商標『トレハ』)1質量部、実施例A−3で調製した粉末状のα,β−トレハロース含有糖質5質量部、寒天7質量部を使用し、脱イオン水を加えて、全量で1000質量部となるように、常法により、生長点培養用培地を調製した。なお、生長点培養の最初の1乃至2週間は、この培地に、オーキシンを2ppmとなるように添加し、その後はオーキシンを含まない培地を使用して培養を行う。本品は、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースが、植物の生長点に含まれる脂質膜を構成している脂質の分解を抑制することから、植物の生長が抑制されることがなく、発根や小葉茎の伸張が早く、幼生植物の生育を効果的に促進することができる。
【産業上の利用の可能性】
以上説明したとおり、本発明は、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを、脂質膜、又は、脂質膜を含む原料若しくは中間製品に含有させることで、脂質膜を構成している脂質の分解を抑制し、さらには、該脂質の分解により発生する過酸化物が、共存するタンパク質や糖質などを分解、変性させることを抑制する方法に関するものである。さらに、本発明は、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースが、脂質膜を構成している脂質の分解を抑制すると共に、脂質膜からなる閉鎖小胞体に封入された成分の分解を抑制する方法に関するものである。また、本発明は、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースをを含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤に関するものである。さらに、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースは、食品として安全で、且つ、非常に安定であることから、本発明による脂質を構成している脂質の分解抑制方法の利用分野は、食品分野、農林水産分野、化粧品分野、医薬部外品、医薬品分野を含めて、日用品分野、化学工業分野、香料分野、化学薬品分野、合成繊維分野、色素分野、感光色素分野など多岐に渡る。本発明は、この様に顕著な作用効果を有する発明であり、産業上の貢献は誠に大きく、意義のある発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを、脂質膜、又は、脂質膜を含む原料若しくは中間製品に含有、接触又は共存させることを特徴とする脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項2】
脂質膜が、単純脂質膜又は複合脂質膜のいずれかであることを特徴とする請求の範囲第1項に記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項3】
脂質膜が脂質二重膜であることを特徴とする請求の範囲第1項又は第2項に記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項4】
脂質二重膜が、生体膜、リポソーム、センサー用人工脂質膜のいずれかであることを特徴とする請求の範囲第3項に記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項5】
生体膜が、動物の組織、器官、細胞、卵、植物の組織、器官、細胞、種子、発芽種子及び胚芽などに含まれる脂質膜のいずれかである請求の範囲第1項乃至第4項のいずれかに記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項6】
動物の組織、器官、細胞に含まれる脂質膜が、眼、鼻腔、口腔、胃腸、表皮、毛根部等に含まれる正常な脂質膜や切傷、擦り傷、床ずれ、火傷、潰瘍、凍傷、感染、手術などによる炎症部分に含まれる脂質膜である請求の範囲第5項記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項7】
α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースとともに、還元性糖質、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースを除く非還元性糖質、水溶性多糖、香辛料、酸味料、旨味料、甘味料、有機酸、有機酸塩、無機塩、乳化剤、酸化防止剤、香料、色素、アルコール、殺菌剤から選ばれるいずれか1種又は2種以上を含有させることを特徴とする請求の範囲第1項乃至第6項のいずれかに記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項8】
非還元性糖質が、シクロデキストリン、環状四糖、環状四糖の糖質誘導体、α−マルトシル−α−グルコシド、α−マルトトリオシル−α−グルコシド及びマルチトールから選ばれるいずれか1種又は2種以上である請求の範囲第7項に記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項9】
脂質膜、又は、脂質膜を含む原料若しくは中間製品に対して、α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを、無水物換算で、0.01質量%以上で、且つ、非晶質の形態で含有させることを特徴とする請求の範囲第1項乃至第8項のいずれかに記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項10】
脂質膜を構成している脂質と共に、脂質膜に封入された成分の分解を抑制することを特徴とする請求の範囲第1項乃至第9項のいずれかに記載された脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法。
【請求項11】
請求の範囲第1項乃至第10項のいずれかに記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制方法を用いて製造される、脂質膜を構成している脂質の分解が抑制された脂質膜又は脂質膜を含有する組成物。
【請求項12】
脂質膜を構成している脂質の分解が抑制された脂質膜又は脂質膜を含有する組成物が、飲食品、化粧品、医薬部外品、医薬品、飼料、餌料、又は、これらの原料又は中間製品であることを特徴とする請求の範囲第11項記載の組成物。
【請求項13】
脂質膜を構成している脂質の分解が抑制された脂質膜が、動物の組織、器官、細胞、卵、植物の組織、器官、細胞、種子、発芽種子、小麦、米、トウモロコシなどの穀類の胚芽加工食品、及び、大豆、小豆などの豆類の胚軸加工食品などの一部である請求の範囲第11項又は第12項記載の組成物。
【請求項14】
α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを有効成分として含有する脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤。
【請求項15】
脂質膜が、単純脂質膜又は複合脂質膜のいずれかであることを特徴とする請求の範囲第14項に記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤。
【請求項16】
α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースとともに、還元性糖質、α,α−トレハロース及びα,β−トレハロースを除く非還元性糖質から選ばれるいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求の範囲第14項又は第15項に記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤。
【請求項17】
非還元性糖質が、シクロデキストリン、環状四糖、環状四糖の糖質誘導体、α−マルトシル−α−グルコシド、α−マルトトリオシル−α−グルコシド及びマルチトールから選ばれるいずれか1種又は2種以上である請求の範囲第16項に記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤。
【請求項18】
α,α−トレハロース及び/又はα,β−トレハロースを、無水物換算で、1.0質量%以上含有していることを特徴とする請求の範囲第14項乃至第17項のいずれかに記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤。
【請求項19】
ドリンク剤、眼薬、眼洗浄剤、鼻腔洗浄剤、口腔洗浄液、歯磨き、胃腸薬、胃又は腸の洗浄液、腹腔内の洗浄液、軟膏、ローション、クリーム、発布剤、輸液、育毛剤、抗炎症剤、人工海水、培養液、生長点培養液、植物栄養剤、液肥、樹木の治療修復剤及び接木剤のいずれかである請求の範囲第14項乃至第18項記載の脂質膜を構成している脂質の分解抑制剤。

【国際公開番号】WO2004/076602
【国際公開日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【発行日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−502907(P2005−502907)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002206
【国際出願日】平成16年2月25日(2004.2.25)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】