説明

自己組織化単分子膜の作製方法

【課題】自己組織膜形成材料を化学蒸着することによって高品質の自己組織化単分子膜を作製する方法を提供する。
【解決手段】基材に自己組織化単分子膜形成材料を化学蒸着することによって該基材上に自己組織化単分子膜を作製するにあたり、前記基材が雰囲気温度よりも低い温度(例えば60℃以上低い温度)に維持されるように該基材を冷却しつつ前記化学蒸着を行う。これにより、規則的な配向性を有する自己組織化単分子膜を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自己組織化単分子膜を作製する方法に関する。詳しくは、いわゆる気相法によって、より高品質の自己組織化単分子膜を作製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
基材上に自己組織化単分子膜(Self−Assembled Monolayer,以下「SAM」ともいう。)を形成する材料が知られている。かかる材料(以下、「自己組織化単分子膜形成材料」または「SAM形成材料」ともいう。)を用いてSAMを形成する主な方法として、SAM形成材料を含む溶液を基材に接触させる方法(液相法)がある。この種の方法によるSAM形成に関する従来技術文献として特許文献1〜3が挙げられる。特許文献1および2には、前記SAM形成材料を含む溶液を構成する溶媒として、アルコール類、芳香族炭化水素類、脂肪族炭化水素類等が例示されている。また、特許文献3には、該溶液を構成する溶媒として圧縮二酸化炭素を用いる技術が記載されている。
【0003】
【特許文献1】特開2001−152363号公報
【特許文献2】特開2004−315461号公報
【特許文献3】特開2002−327283号公報
【0004】
一方、基材上にSAMを形成する他の方法として、SAM形成材料を基材に化学蒸着する方法(気相法またはCVD法と称されることもある。)が提案されている。この気相法は、SAM形成材料を効率よく利用することができる、液相法に比べて廃液量を低減し得るので環境への負荷が少ない、等の利点を有する。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、かかる気相法によって配向性(基材表面におけるSAM形成材料の配置の規則正しさの程度、あるいは結晶性の程度としても把握され得る。)の高いSAMを得ることは困難であった。配向性の低い(典型的には、アモルファス状態の)SAMでは、該SAMの面方向(広がり方向)に対して原子レベルの不均一(SAM形成材料の配置の粗密)が生じやすい。一方、配向性の高いSAMでは、該SAMを構成するSAM形成材料が概ね規則的に配置されているため面方向に対する均一性が高い。このように均一性の高いSAMは、より高品質の(例えば、SAM形成材料の分子構造から期待される特性をより適切に発揮する)ものとなり得るので有用である。
【0006】
そこで、本発明の一つの目的は、気相法によって高品質の(配向の規則性のよい)SAMを作製する方法を提供することである。本発明の他の一つの目的は、かかる高品質のSAMの作製に適したSAM作製装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によると、基材に自己組織化単分子膜形成材料を化学蒸着することによって該基材上に自己組織化単分子膜を作製する方法が提供される。その方法では、前記基材が雰囲気温度よりも低い温度に維持されるように該基材を冷却しつつ前記化学蒸着を行う。
かかる方法によると、基材温度が雰囲気温度と同等またはそれ以上の状態で化学蒸着を行う場合に比べて、より品質のよい(例えば、より配向性の高い)SAMが作製され得る。例えば、前記基材が前記雰囲気温度よりも凡そ60℃以上低い温度に維持されるように上記冷却を行うとよい。
【0008】
ここに開示される方法の好ましい一つの態様では、前記雰囲気温度を100℃〜200℃として前記化学蒸着を行う。また、前記基材を維持する温度としては、例えば凡そ−10℃〜30℃の温度を好ましく採用することができる。このことによって、より品質のよい(より高配向の)SAMを得ることができる。
【0009】
ここに開示されるSAM作製方法は、SAM形成材料としてハロシラン(トリクロロシラン等)を使用する場合に特に好ましく適用され得る。すなわち、基材表面にSAMを形成可能な化合物であって少なくとも一つのSi−X結合(ここでXはハロゲン原子である。)を有するSAM形成材料を用いたSAMの作製に好ましく適用される。
【0010】
ここに開示される方法を適用して基材上にSAMを作製するにあたっては、所定の前処理が施された基材を好ましく使用することができる。その前処理は、例えば、基材表面に水酸基を導入する処理を含み得る。かかる前処理が施された基材を用いることにより、該基材上に高品質の(例えば高配向の)SAMをより適切に作製することができる。
【0011】
前記水酸基を導入する好適な方法としては、酸素(典型的には酸素分子(O2))を含む雰囲気下で基材表面に真空紫外光(Vacuum Ultra Violet;以下、「VUV」ともいう。)を照射する方法を例示することができる。例えば、減圧(例えば凡そ1Pa〜1500Pa、好ましくは凡そ10Pa〜1000Pa)の大気中で基材表面にVUVを照射することによって、上記基材表面に水酸基を適切に導入することができる。このことによって、SAM形成材料を蒸着するのに適した表面を有する基材を用意することができる。
【0012】
ここに開示される方法は、例えば、シリコン基板(基材)の表面(例えば(111)面)にSAMを作製する方法として好ましく適用され得る。該シリコン基板としては、酸素(典型的には酸素分子(O2))を含む雰囲気下で該表面にVUVを照射する前処理が施されたシリコン基板を好ましく使用することができる。
【0013】
本発明によると、また、ここに開示されるいずれかのSAM作製方法を実施するのに適したSAM作製装置が提供される。その装置は、基材を保持する基材ホルダを備えた反応容器を含む。また、前記反応容器内の雰囲気温度を制御する雰囲気温度制御手段を含み得る。また、前記ホルダの少なくとも表面を前記反応容器内の雰囲気温度よりも低い温度に強制的に冷却する基材ホルダ冷却手段を含み得る。また、前記反応容器内に自己組織化単分子膜形成材料を供給する(例えば、気相中に自己組織化単分子膜形成材料の蒸気を供給する)原料供給手段を含み得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えば、各種のSAM形成材料を入手または合成する方法、雰囲気温度の調節手段および該温度の測定方法、蒸着を行う際の具体的な操作方法等)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0015】
本発明の方法は、いわゆる気相法を利用した各種基材上への自己組織化単分子膜の形成に適用され得る。使用する基材の材質は、化学蒸着を行う際の雰囲気温度において固体の状態を維持するものであればよく、特に限定されない。例えば、シリコン(Si)、ガラス、金属(銅、アルミニウム、ゲルマニウム等)、セラミック(アルミナ、シリカ、炭化ケイ素等)、ポリマー材料、炭素材料(グラファイト、ダイアモンド等)等から選択される一種または二種以上の材質から主として構成される基材を使用することができる。上記ポリマー材料は、各種の熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂であり得る。例えば、ポリメチルメタクリレート等のアクリル樹脂、エポキシ樹脂、ポリアミド、アラミド(芳香族ポリアミド)、ポリイミド、ABS樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート(PET)、フェノール樹脂、ウレア樹脂、メラミン樹脂等が好適なポリマー材料として挙げられる。本発明にとり特に好ましい基材として、実質的にシリコンからなる基材(典型的にはシリコン基板)が挙げられる。少なくとも表面部分(SAMが形成される表面部分)が実質的にシリコンからなる基材であってもよい。
【0016】
本発明において「自己組織化単分子膜(SAM)」とは、原料分子が基材の表面(固体と液体との界面または固体と気体との界面)に集合して自律的に組みあがる単分子膜(分子一層による膜)をいう。ただし、結果的に得られた膜の一部が意に反して(非意図的に)単分子膜となっていない場合(例えば二分子層になっている場合)であっても、少なくとも主としてSAMを作製する意図をもって本発明の作製方法を適用することは、本発明の技術的範囲に含まれ得る。
また、本発明において「自己組織化単分子膜形成材料」とは、基材の表面に自己組織化単分子膜を形成し得る材料をいう。かかる材料(SAM形成材料)は、典型的には、基材表面との化学結合等によって該基材に吸着可能な少なくとも一つの官能基(ヘッド基)と、それとは逆に基材の外側に向けて延びる少なくとも一つのテール基とを有する分子(原料分子)である。
【0017】
SAM形成材料としては、例えば、シリコン(Si),チタン(Ti)等のコア原子に上記ヘッド基およびテール基が結合した構造の化合物を用いることができる。コア原子がシリコンである化合物(有機シリコン化合物)が特に好ましい。
上記ヘッド基の好適例として、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)等のハロゲン原子が挙げられる。これらのうちClおよびBrが好ましく、特にClが好ましい。上記ヘッド基の他の一つの好適例として、アルコキシ基(アルコキシシリル基等)が挙げられる。例えば、炭素数1〜4(より好ましくは炭素数1〜3)のアルコキシ基が好ましい。メトキシ基またはエトキシ基がさらに好ましく、通常はメトキシ基が最も好ましい。複数のヘッド基を有するSAM形成材料において、それらのヘッド基は同じであっても異なっていてもよいが、通常は複数の同じヘッド基を有する化合物が好ましい。好ましいSAM形成材料の例として、コア原子としてのシリコン原子に三つのハロゲン原子(例えばCl)と一つのテール基とが結合した構造の化合物(トリメトキシシラン、トリエトキシシラン等)が挙げられる。
【0018】
SAM形成材料の有するテール基は、例えば、置換されたまたは置換されていない脂肪族基または芳香族基(芳香族性を示す構造部分を有する基。典型的には、少なくとも一つの芳香環を含む基)であり得る。該脂肪族基の炭素数は例えば1〜30(より好ましくは炭素数3〜30、さらに好ましくは炭素数5〜30)であり得る。該芳香族基の炭素数は例えば5〜30(より好ましくは6〜30)であり得る。このような脂肪族基を構成する炭素原子(典型的には、該脂肪族基の主鎖を構成する炭素原子)の一部がヘテロ原子(窒素原子、酸素原子、イオウ原子等)で置き換えられていてもよく、また芳香族基を構成する炭素原子(典型的には、芳香環を構成する炭素原子)の一部がヘテロ原子(窒素原子、酸素原子、イオウ原子等)で置き換えられていてもよい。
【0019】
好ましいテール基の一例として、炭素数10以上(典型的には10〜30)の脂肪族基が挙げられる。この脂肪族基は飽和であっても不飽和であってもよく、直鎖状であっても分岐を有していてもよい。また、該脂肪族基は開鎖状であってもよく、少なくとも一部が非芳香族性の環(例えばシクロヘキシル環)を形成していてもよい。例えば、炭素数10〜30の直鎖状の脂肪族基(典型的には、アルキル基、アルケニル基またはアルキニル基等の炭化水素基)が好ましい。炭素数10〜30の直鎖状のアルキル基が特に好ましい。そのようなテール基を有するSAM形成材料の具体例として、n−オクタデシルトリクロロシラン(以下、「OTS」と略記することがある。)、n−オクタデシルトリメトキシシラン等が挙げられる。また、かかる脂肪族基を構成する水素原子の一部または全部がハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子等)に置き換えられた構造のテール基も好ましい。例えば、脂肪族基を構成する水素原子の過半数(例えば70個数%以上の水素原子)がフッ素原子に置き換えられたものが好適である。そのようなテール基を有するSAM形成材料の一具体例として、ヘプタデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロデシルトリクロロシランが挙げられる。
【0020】
好ましいテール基の他の一例として、少なくとも末端(コア原子とは反対側)に置換基を有する炭素数2以上(典型的には炭素数2〜9、例えば炭素数3〜6)の飽和または不飽和の脂肪族基が挙げられる。上記置換基は、例えば、置換されたまたは置換されていないアミノ基、メルカプト基、水酸基、カルボキシル基、アルデヒド基、スルフォン酸基、シアノ基、ハロゲン原子等であり得る。そのようなテール基を有するSAM形成材料の一具体例として、3−メルカプトプロピルトリクロロシランが挙げられる。
【0021】
好ましいテール基の他の一例として、置換されたまたは置換されていない少なくとも一つの芳香環(典型的にはベンゼン環)を含む芳香族基が挙げられる。炭素数が5以上(典型的には5〜30)である芳香族基が好ましく、炭素数6〜20の芳香族基がより好ましい。上記テール基は、例えば、置換されたまたは置換されていないアリール基またはアルキルアリール基であり得る。このような芳香族基を構成する水素原子の一部または全部がハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子等)に置き換えられた構造のテール基も好ましい。また、かかる芳香族基はハロゲン原子以外の置換基を有していてもよい。かかる置換基としては、炭素数1〜12程度の飽和または不飽和の置換されたまたは置換されていない炭化水素基(メチル基、エチル基、クロロメチル基等)、置換されていないアミノ基または置換されたアミノ基(例えばジメチルアミノ基等のような、モノまたはジアルキルアミノ基)、フルオロ基等を例示することができる。そのようなテール基を有するSAM形成材料の具体例として、p−アミノフェニルトリクロロシラン、p−クロロメチルフェニルトリクロロシラン等が挙げられる。
【0022】
このようなSAM形成材料(原料分子)を基材に蒸着する際の雰囲気温度は、SAM形成材料の蒸気が基材に適切に供給され得る温度であればよく、特に限定されない。例えば、従来の気相法によるSAM形成と同程度の雰囲気温度を採用することができる。ここで「雰囲気温度」とは、気相中から基材表面に原料分子を蒸着してSAMを作製するときの、該気相の温度(例えば、CVD装置の反応チャンバ内の温度)をいう。好ましい雰囲気温度は、使用するSAM形成材料によっても異なり得るが、通常は、該雰囲気温度を少なくとも凡そ60℃以上とすることが適当であり、凡そ100〜200℃とすることが好ましく、凡そ100〜180℃(例えば凡そ120〜150℃)とすることがより好ましい。また、SAM形成材料を基材に蒸着する際の雰囲気圧力は特に限定されず、例えば従来の気相法によるSAM形成と同程度の雰囲気圧力を採用することができる。操作の容易性や、装置構成を簡略化し得ること等の観点から、通常は大気圧程度の雰囲気圧力を好ましく採用することができる。かかる観点から、雰囲気圧力の意図的な制御を特に行うことなくSAM形成材料を基材に蒸着してもよい。
【0023】
ここに開示されるSAM作製方法では、基材が雰囲気温度よりも低い温度に維持されるように該基材を冷却しつつ、該基材にSAM形成材料を蒸着する。このように基材温度を雰囲気温度よりも低く保つことによって、より品質のよい(例えば、より配向性の高い)SAMを得ることができる。なお、一般に所定の雰囲気温度のもとに配置された基材(例えば、所定の雰囲気温度の反応容器内に収容された基材)の温度は、該基材に対して意図的な(強制的な)冷却を特に行わない場合には、少なくとも該雰囲気温度のもとにしばらく(例えば10分以上)保持された後は該雰囲気温度と概ね同程度の温度となる。これに対して、ここに開示されるSAM作製方法では、基材を意図的に(強制的に)冷却することにより、該基材の温度が雰囲気温度と同程度の温度にまで上昇することを回避しつつ、該基材にSAM形成材料を蒸着する。
【0024】
上記SAM形成材料の蒸着は、例えば、雰囲気温度よりも基材温度が凡そ40℃以上(典型的には凡そ40〜200℃)低く維持されるように該基材を冷却しつつ行うことができる。すなわち、雰囲気温度(Tv)と基材温度(Tb)との間にTv−Tb≧40℃(典型的には200℃≧Tv−Tb≧40℃)の関係式が成り立つように基材を冷却することができる。通常は、Tv−Tb≧60℃(典型的には200℃≧Tv−Tb≧60℃)とすることが好ましく、Tv−Tb≧100℃(典型的には200℃≧Tv−Tb≧100℃)とすることがより好ましい。上記関係式を満たし、且つ基材の温度が凡そ−30℃〜80℃(典型的には−20℃〜50℃、例えば凡そ−10〜30℃)の温度に維持されるように該基材を冷却するとよい。かかる基材温度は、例えば、SAM形成材料がトリクロロシラン等のハロシランである場合に特に好ましく適用され得る。
【0025】
ここに開示されるSAM作製方法の一つの好ましい態様では、少なくとも原料分子が基材表面に蒸着される期間の全体に亘って継続的に、雰囲気温度よりも基材温度を低く維持する。ここで「原料分子が基材表面に蒸着される期間」(以下、「SAM成長期間」ということもある。)とは、基材へのSAM形成材料の蒸着開始からSAMの形成が実質的に終了するまでの期間を指す。上記「蒸着開始」とは、気体状のSAM形成材料が基材表面に堆積し始めることをいう。例えば、SAM形成材料(典型的には液体状または固体状)と基材とを所定の蒸着空間(密閉された反応容器内等)に共存させた状態でSAM形成材料を加熱し、該SAM形成材料が揮発して基材表面に堆積し得る状況になった時点をいう。また、「SAMの形成が実質的に終了する」とは、基材表面に堆積したSAM形成材料の量が略飽和することをいう。このことは、例えば、蒸着時間の経過に対してSAMの厚さが略一定になる(最終膜厚に到達する)ことにより把握され得る。
【0026】
ここに開示されるSAM作製方法は、また、上記SAM成長期間のうち少なくとも一部の期間について雰囲気温度よりも基材温度を低く維持する態様で実施され得る。例えば、雰囲気温度よりも基材温度を低く維持する期間を、SAM形成材料の蒸着開始からSAMの厚さが最終膜厚の凡そ80%(あるいは凡そ90%)に到達するまでの期間とすることができる。また、例えば、SAMの厚さが最終膜厚の凡そ80%(あるいは凡そ90%)に到達してからSAMの形成が実質的に終了するまでの期間としてもよい。上記SAM成長期間のうち少なくとも凡そ50%以上の期間(例えば、SAM成長期間が1時間であればそのうち凡そ30分以上の期間)について、雰囲気温度よりも基材温度を低く維持することが好ましい。
【0027】
雰囲気温度よりも基材温度を低く維持する具体的な態様は特に限定されない。例えば、冷媒通路を内蔵する基材ホルダを備える反応容器を使用して該基材ホルダの表面に基材の一部を接触させて保持し、該冷媒通路に適当な冷媒(例えば水)を流通させることにより基材を冷却する(基材から熱を奪う)態様を採用することができる。また、基材ホルダに冷媒通路を内蔵させる代わりに、あるいは該冷媒通路を内蔵させることに加えて、基材ホルダの一部を反応容器外に引き出して放熱フィンとして機能させる構成としてもよい。
【0028】
ここに開示されるSAM作製方法は、基材のうちSAMを形成しようとする面を上方に向けて、該基材を所定の蒸着空間の下部(例えば反応容器の底部)に配置する態様で実施することができる。例えば、SAMを形成しようとする面が略水平上向き(例えば、水平面との間になす角が±5°以下)となるように上記基板を配置することが好ましい。上記SAM作製方法では、雰囲気温度(Tv)よりも基材温度(Tb)が低く維持されるため、その温度差に起因する熱の対流によって基材表面に向かう下降気流が生じ得る。上記態様によると、かかる下降気流を利用して蒸着空間内にあるSAM形成材料の蒸気(原料分子)を基材表面へと効率よく供給できるので好都合である。特に、Tv−Tb≧60℃(典型的には200℃≧Tv−Tb≧60℃)である場合には、上記態様を採用することによる効果がよりよく発揮され得る。
【0029】
ここに開示されるSAM作製方法の好ましい一つの態様では、所定の湿度を有する雰囲気ガスのもとでSAM形成材料(原料分子)を基材に蒸着する。ここで「雰囲気ガス」とは、原料分子が基材表面に蒸着されるとき(すなわち、気体状の原料分子が気相から基材表面に堆積するとき)に、その蒸着空間(例えば反応容器内)を満たすガスをいう。該雰囲気ガスの主成分としては、SAM形成材料や基材表面に対する反応性の低いガスを使用することが好ましい。例えば、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性ガスを好ましく使用することができる。この雰囲気ガスは、所定の湿度に相当する濃度で水分子(水蒸気)を含有するものであり得る。該「所定の湿度」は、25℃における相対湿度(RH:Relative Humidity)に換算して、凡そ30%以下(典型的には凡そ3〜30%)の湿度であることが好ましい。上記所定の湿度が凡そ5〜25%であることがより好ましく、凡そ5〜20%であることがさらに好ましい。このような湿度の調整は、例えば窒素ガスを主成分とする雰囲気ガスの場合、乾燥窒素ガスに水蒸気を単独で混入することにより行うことができる。また、目標値よりも湿度の高いガス(例えば空気)を乾燥窒素ガスに混入してもよい。
【0030】
化学蒸着時における雰囲気温度および雰囲気ガス湿度の好適範囲は、使用するSAM形成材料の種類によっても異なり得る。例えば、炭素数10〜30の置換されていないアルキル基をテール基として有するトリクロロシランをSAM形成材料に用いる場合には、雰囲気温度を凡そ80〜170℃(より好ましくは凡そ90〜160℃、例えば凡そ100〜150℃)とし、基材温度を凡そ−20℃〜40℃(より好ましくは凡そ−10℃〜30℃、例えば凡そ0℃〜20℃)とすることによって特に良好な結果が得られる。好ましい一つの態様では、このとき雰囲気ガスの湿度を凡そ5〜15%(例えば凡そ7〜12%)程度とする。かかる蒸着条件が特に好ましく適用されるSAM形成材料としては、例えば、一般式:CH3(CH2nSiX3;で表される化合物が挙げられる。ここで、上記一般式中のnは9〜29から選択される整数であり、Xはそれぞれ同一のまたは異なるハロゲン原子(好ましくは、各々ClまたはBrから選択されるいずれか)である。
【0031】
ここに開示されるSAM作製方法では、上述のような各種材質(例えば、シリコン、アルミニウム、ポリマー材料等)から主として構成される基材をそのまま(特に前処理を行うことなく)使用し得る。また、必要に応じて(例えば、基材の材質、表面状態、使用するSAM形成材料の種類、目的とするSAMの品質等に応じて)適切な前処理を施した基材を好ましく使用することができる。かかる前処理は、基材の表面を洗浄する処理、基材の表面を高度に(好ましくは原子レベルで)平坦化する処理、基材の表面に微細な凹凸を形成する処理、基材の表面に官能基(典型的にはSAM形成材料の吸着に適した官能基、例えば水酸基)を導入する処理、基材の表面を改質する処理(例えば、基材表面に酸化膜を形成する処理)等から選択される一種または二種以上を含み得る。
基材の表面を洗浄する処理としては、適当な液体に基材を浸漬して超音波振動を加える等の物理的処理、基材を適当な薬品(典型的には、酸,アルカリ,過酸化物等から選択される一種または二種以上)で処理する等の化学的処理、基材に紫外線,電子線等の高エネルギー線を照射する高エネルギー線処理、等から選択される一種または二種以上を適宜採用することができる。上記化学的処理に好ましく使用し得る薬品として、Piranha溶液(98%硫酸と30%過酸化水素水とを3:1の体積比で混合したもの)を例示することができる。また、高エネルギー線処理の好適例としては、紫外線のうち真空紫外光(波長が100〜300nmの範囲にある紫外線)を照射する処理を例示することができる。かかる真空紫外光照射は、エキシマランプ、H2ランプ等の光源を備えた従来公知の真空紫外光照射装置を使用して実施することができる。
【0032】
ここに開示されるSAM作製方法は、シリコン基板のいずれの結晶面にSAMを形成する場合にも適用可能である。例えば、本発明の方法を適用して、シリコン基板の(111)面、(110)面等(特に好ましくは(111)面)にSAMを形成することができる。ここで、通常、シリコン基板の表面には自然酸化によって薄い酸化膜(シリカ層)が形成されている。このような酸化膜は、SAM形成材料(例えばアルコキシシラン)の吸着に対して好ましく寄与し得る。また、ここに開示される方法の一つの好ましい態様では、シリコン基板の表面にある上記酸化膜を一旦完全に(少なくとも実質的に完全に)除去する。かかる酸化膜の除去は、例えば、シリコン基材の表面に水素終端化処理を施すことにより実現することができる。このような水素終端化処理は、基材の表面を高度に平坦化する処理の一好適例として把握され得る。該水素終端化処理の具体的な方法は特に限定されず、半導体製造分野等において知られている水素終端化方法と同様にして実施することができる。例えば、フッ化アンモニウム(NH4F)、フッ化水素(HF)等の水溶液にシリコン基板を浸漬すればよい。
次いで、水素終端化されたシリコン基板の表面に改めて酸素原子を導入する。かかる官能基を導入する好ましい方法としては、酸素を含む雰囲気中(例えば、常圧または減圧の大気中)で真空紫外光を照射する方法を例示することができる。これにより、シリコン基板の表面に酸素を含む官能基(例えば水酸基、すなわちシラノール基)を導入することができる。
【0033】
かかる水素終端化処理は、シリコン基板に限らず、他の材料からなる基材の前処理にも適用されて、所望の効果(典型的には、後続する化学蒸着によってより高品質のSAMを形成する効果)を発揮することができる。かかる処理を適用する基材の材質は、水素終端化が可能な材質であればよく、特に限定されない。例えば、シリコン、炭化ケイ素、ゲルマニウム、グラファイト等の材料を主体に構成された基材であり得る。該基材の全体がこのような材質から成る基材であってもよく、該基材の少なくとも表面部分(SAMを形成しようとする部分)に上記材質から成る層を有する基材であってもよい。
【0034】
ここに開示されるSAM作製方法に好ましく使用し得る装置の概略構成例を図2に示す。このSAM作製装置1は、大まかに言って、反応容器10と、基材(ここでは板状の基材すなわち基板を例として説明する。)50を保持する基材ホルダ16と、SAM形成材料を貯留し該SAM形成材料の蒸気60を反応容器10内に供給する原料供給手段としての原料容器18と、該容器内の温度を制御する雰囲気温度制御手段20と、該容器内の湿度を制御する湿度制御手段30と、基材ホルダ16を冷却するホルダ冷却手段40と、から構成されている。
雰囲気温度制御手段20は、容器10の内部に配置された温度計22と、容器10の外周を囲むように設けられたヒータ24とを含み、温度計22による温度検出結果に応じてヒータ24の出力を調節することにより容器10内の温度(雰囲気温度)を制御し得るように構成されている。湿度制御手段30は、容器10の内部に配置された湿度計32を含み、湿度計32による湿度検出結果に応じて図示しないガス流入口から容器10内に湿気を含むガスまたは乾燥ガスを供給することにより容器10内の湿度(雰囲気ガスの湿度)を制御し得るように構成されている。基材ホルダ16は、反応容器10の底部に配置されており、その上面に基材50の背面(SAMを形成しようとする面とは反対側の面)を当接させた状態で、基材50を略水平に保持できるようになっている。ホルダ冷却手段40は、内部に冷媒を流通可能に構成され一部が基材ホルダ16の内部に配置された冷媒通路42と、該通路を流通する冷媒の温度および/または流量を調節する制御部44と、基材ホルダ16に内蔵された温度計46とを含み、該温度計による温度検出結果に応じて該通路を流通する冷媒の温度および/または流量を調節することにより、基材ホルダ16の温度(冷却の程度)を調節し得るように構成されている。
【0035】
かかる構成のSAM作製装置1を用いて、例えば以下のようにして基材50の上面にSAMを形成することができる。すなわち、室温において、上端に開口182を有する原料容器18にSAM形成材料(例えばOTS)を入れて反応容器10内に配置する。また、基材ホルダ16の上面に基材50をセットする。冷媒通路16に冷媒(例えば水)を流通させることにより基材ホルダ16を所定の温度(例えば10℃)に冷却し、ヒータ24に通電して反応容器10を所定の雰囲気温度(例えば150℃)に加熱する。これにより原料容器18内のSAM形成原料が揮発する。すなわち、原料容器18の開口182から反応容器10内の空間へとSAM形成原料の蒸気(原料分子)60が供給される。その原料分子60が基材50の表面に到達してSAMを形成する。このとき、基材ホルダ16を上記所定の温度(ここでは10℃)に維持することにより、該ホルダに固定された基材50が雰囲気温度よりも低い温度(典型的には、基材ホルダ16と略同じ温度)となるように基材50を冷却する。このことによって、基材50の表面に規則的な配向性を有する(配向性の高い)SAMを形成することができる。また、反応容器10内の雰囲気温度(150℃)に対して基材50(基材ホルダ16)が局所的に冷却されていることにより、反応容器10内における熱の対流(基材50に向かう下降気流)を利用して、基材50に原料分子60を効率よく供給することができる。
【0036】
なお、例えば後述する実施例のように電気炉等の加熱装置の内部に反応容器10を収容して加熱する場合には、該加熱装置内部の温度と反応容器10の温度とは概ね同程度となる。したがって、反応容器10内の温度を検出する温度計22を省略し、代わりに上記加熱装置内の温度を検出する温度計を備える構成とすることができる。あるいは、反応容器10内の温度を検出する温度計22に加えて、上記加熱装置内の温度を検出する温度計を備える構成としてもよい。また、例えば基材へのSAM形成材料の蒸着開始からSAMの形成が実質的に終了するまで反応容器10内の湿度が適切な範囲(例えば、25℃における相対湿度が凡そ5〜15%の範囲)に維持されることが見込まれる場合には、湿度制御手段30を省略し、反応容器10を密閉した状態で該容器を加熱することによりSAMを形成してもよい。
【0037】
ここに開示される方法によって高配向のSAMが形成される理由は必ずしも明らかではないが、例えば以下のように考えることができる。すなわち、基材表面にSAM形成材料を蒸着してSAMが形成される際の典型的な機構では、図6(a)に示すように、まず気体状のSAM形成材料(例えばOTS)の分子60が気相から基材50の表面に到達する。この図中では、SAM形成材料分子(原料分子)60を、コア原子62と、該コア原子に結合した三つのヘッド基64と、該コア原子に結合した一つのテール基66とを有する分子として模式的に表している。
基材50の表面に到達した原料分子60は、図6(b)に示すように、好ましくは基材50の表面を動き回り(表面泳動)、他の箇所よりもエネルギー的に有利な位置を見つけてそこに物理吸着する。次いで、原料分子60と基板50との間に化学結合が形成されて基板50に原料分子60が固定される。かかる事象の繰り返しによってSAM形成材料が自律的に組織化する。
【0038】
ここで、SAM形成材料の種類(沸点等)にもよるが、SAM形成材料を気相から基材表面に効率よく供給するためには、該気相の温度(雰囲気温度)をある程度高くすることが効果的である。一方、SAM形成材料を気相から基材表面に供給するのに適した雰囲気温度のもとに単純に基材を保持すると(該基材の温度は雰囲気温度と同程度となる)、かかる温度の基材50に物理吸着した原料分子60は比較的高いエネルギーを有することから、いったん吸着した基材50の表面から脱離してしまうことがある。かかる脱離の生じる頻度が高いことは、規則的な配向性を有するSAMを形成する上で不利である。
【0039】
ここに開示される方法では、基材50が雰囲気温度よりも低い温度に保持されている。このことによって、基材50が雰囲気温度と同等またはより高い温度である場合に比べて、基材50に物理吸着している原料分子60が上記脱離に足るエネルギーを有する状態となる確率を低下させる(脱離の頻度を抑える)ことができる。すなわち、図6(b)に示す模式図において原料分子60が基材50から脱離する事象が抑制されるので、図6(c)および図6(d)に示すように、原料分子60が規則的に配置された(規則的な配向性を有する)SAMを形成することができる。
【0040】
SAMが規則的な配向性を有することは、例えば、該SAMを有する表面をX線回折法(XRD法、典型的には、微小角入射X線回折法)により分析した結果を示すチャート(縦軸:強度(I)、横軸:回折ベクトル(qxy))において該SAMを構成するSAM形成材料分子の格子面間距離に対応する位置にピークが認められることにより把握され得る。ここに開示される方法によると、上記ピークが認められる程度に高配向な(SAM形成材料の配置の規則性の高い)SAMが作製され得る。したがって、ここに開示される発明には、基材にSAM形成材料(例えばOTS)を化学蒸着することにより形成されたSAMであって、微小角入射X線回折法による分析チャートにおいて該SAMを構成するSAM形成材料分子の格子面間距離に対応する位置にピークが認められることを特徴とするSAMが含まれる。また、基材(例えばシリコン基板)と該基材上に形成されたSAMとを備える膜材料であって、該SAMは上記基材にSAM形成材料(例えばOTS)を化学蒸着することにより形成され、該SAMが形成された基材表面の微小角入射X線回折法による分析チャートにおいて該SAMを構成するSAM形成材料分子の格子面間距離に対応する位置にピークが認められることを特徴とする膜材料が含まれる。
【0041】
このように規則的な配向性を有するSAMまたは該SAMを備える膜材料は、SAMの面方向(広がり方向)に対する均一性が高いことから、該SAMの特性(例えば、SAM形成材料の分子構造から期待される特性)をより適切に発揮するものであり得る。例えば、より配向性の低い(典型的にはアモルファス状態の)SAMと比較して、SAMの面方向に対する特性のバラツキが少ない(場所によるムラが少ない)、所定の特性をより確実に発揮できる、より高度な特性を発揮できる、のうち少なくとも一つの効果が実現され得る。したがって、上記規則的な配向性を有するSAMは、SAM形成材料の種類(特にテール基の種類)に応じて、より適切な撥水性を示す膜(撥水膜)、親水性を示す膜(親水膜)または潤滑性を示す膜(潤滑膜)等であり得る。このような特性を示すSAMを有する上記膜材料は、他の観点として、撥水性膜材料(例えば、接触角150℃以上の超撥水性を示す膜材料)、親水性膜材料、潤滑性膜材料等として把握され得る。また、このように均一性の高いSAMは、該SAMの形成された基材を保護する性能(保護膜としての性能)に優れる。例えば、該SAMによって基材に良好な防汚性、耐水性(耐吸水性、耐吸湿性等を含む概念である。)、耐薬品性(耐腐食性を含む概念である。)等を付与することができる。
【0042】
また、ここに開示されるSAM作製方法は、SAM形成材料の化学蒸着によりSAMを作製するので、例えば液相法による場合に比べてSAM形成材料の利用効率がよい。このことは、例えば、SAMまたは該SAMを有する膜材料の製造コストを低減するという観点から有利である。また、SAMまたは膜材料の作製時等における環境への負荷をより軽減し得るという利点を有する。
【0043】
ここに開示されるSAM作製方法によると、SAM形成材料が規則的に配置されたSAMが形成され得る。かかる規則的な配置によると、基材の単位面積当たり、より多くの(より多い分子数の)SAM形成材料を蒸着することができる。したがって、ここに開示される方法により作製されたSAMは、基材温度が雰囲気温度と同程度またはそれよりも高い条件で該基材にSAM形成材料を化学蒸着して作製されたSAMに比べて、該SAM形成材料がより規則正しく且つより高密度に基材表面に配置(充填)されたものであり得る。特に、基材の温度を室温前後またはそれ以下の温度(例えば凡そ30℃以下、典型的には凡そ−10℃〜30℃)に維持する態様によると、基材をより高い温度に維持する場合に比べて、SAM形成材料がさらに高密度に配置されたSAMが作製され得る。このように高密度のSAMが形成される理由は必ずしも明らかではないが、例えば以下のように考えることができる。すなわち、比較的低温の(例えば、室温前後またはそれ以下の温度の)基材上にある原料分子は、より高温の基材上にある原料分子に比べて該分子の各部の運動(ヘッド基やテール基の振動、回転等)が抑制されている。このため、例えば既に基材表面に配置された原料分子Aの近傍に他の原料分子Bが新たに配置される際、より基材温度が高い場合に比べてより原料分子Aに近い領域にまで原料分子Bが表面泳動(接近)しやすくなるので、より原料分子Aに近い位置に原料分子Bが配置され得る。このことによって、より高密度のSAMが形成されやすくなるものと考えられる。
【0044】
ここに開示されるSAM作製方法によると、使用するSAM形成材料の種類に応じて、そのSAM形成材料から予想される接触角に近似した接触角(例えば水滴接触角)を示すSAMが作製され得る。ここで「予想される接触角」とは、(a)本発明の作製方法に用いるSAM形成材料と同様の形態で基材上にSAMを形成し得るSAM形成材料(少なくともテール基が共通する化合物、好ましくはテール基およびヘッド基が共通する化合物、典型的には本発明の作製方法に用いるSAM形成材料と同一の化合物)を用いて、一般的な液相法により形成されたSAMの接触角(例えば水滴接触角)、または、(b)本発明の作製方法に用いるSAMの化学構造(使用したSAM形成材料のテール基の構造等)から理論的に導かれる接触角をいう。ここに開示される方法の好ましい一つの態様によると、予想される接触角との差異が±10°以下のSAMが作製され得る。より好ましい一つの態様によると、予想される接触角との差異が±5°以下のSAMが作製され得る。
なお、上記水滴接触角は、従来公知の種々の手段によって測定することができる。例えば、協和界面科学株式会社製の接触角測定装置(型式「CA−X150」)を使用して蒸留水の静的接触角を測定することができる。
【0045】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0046】
<例1>
SAM形成材料としてCH3(CH217SiCl3で表されるn−オクタデシルトリクロロシラン(東京化成工業株式会社製、以下「OTS」と略記する。)を使用して、以下の手順によりシリコン基板の表面にSAMを形成した。
【0047】
すなわち、n型の低抵抗(0.01〜0.02Ωcm)シリコン基板に対し、アセトンで10分間の超音波洗浄を行い、次いでエタノールで10分間、さらに超純水で10分間の超音波洗浄を行った。
該シリコン基板の(111)面に、大気圧の室温下において、エキシマランプ(ウシオ電気株式会社製、型式「UER20−172V」、波長λ=172nm、照射エネルギー密度10mWcm-2)から生じる真空紫外線光(VUV)を60分間照射した。ランプから基板までの距離は約10mmとした。かかるVUV照射により、シリコン基板の(111)面を洗浄するとともに、後述するSAM形成材料を用いてSAMを形成するのに適した官能基(主としてシラノール基)を導入した。
【0048】
上記VUV照射を経たシリコン基板を、容積65mLのテフロン(登録商標)製反応容器に収容して電気炉に導入し、150℃で10分間加熱した。これにより反応容器および基板表面の吸着水を除去した。
かかる加熱処理を経たシリコン基板および反応容器を、湿度7〜12%(25℃における相対湿度)に維持されたグローブボックスに移した。そのグローブボックス内で、上記反応容器の底部に設けられた銅製の基材ホルダ上にシリコン基板を、該シリコン基板の(111)面が上になるように配置して固定した。該シリコン基板とともに、ガラスカップに入れたSAM形成材料(ここではOTS)を上記反応容器に封入した。すなわち、シリコン基板とSAM形成材料とを反応容器に収容して該容器を密閉(シール)した。
【0049】
その密閉した反応容器を150℃の電気炉内に3時間保持した。このとき、基材ホルダの内部に設けられた冷却管に冷媒(ここでは水)を流通させて該ホルダを冷却することにより、基材ホルダの温度(該ホルダに固定されたシリコン基板の温度と概ね一致する。)が10℃に維持されるようにした。すなわち本例では、図1に示す温度プロファイルのように、雰囲気温度150℃、基板温度10℃の条件でシリコン基板の表面にOTSを化学蒸着して、該基板の表面にSAMを形成した。その後、該反応容器を電気炉から取り出して冷却した。このようにして、OTSに由来するSAMが表面に形成されたシリコン基板(サンプル1)を得た。
【0050】
<例2>
基材ホルダの冷却を行わなかった点を除いては例1と同様にしてSAMを形成した。すなわち本例では、雰囲気温度150℃、基板温度150℃の条件で化学蒸着を行うことにより、OTSに由来するSAMが表面に形成されたシリコン基板(サンプル2)を得た。
【0051】
上記サンプル1およびサンプル2について、各サンプルのSAM形成面を微小角入射X線回折法により分析することによりSAMの配向性を評価した。上記分析は、X線回折装置装置(株式会社リガク(RIGAKU)製、型式「ATX−G」)を用いて、加速電圧50kV、ビーム電流300mAの条件で行った。該分析により得られたチャートを図3に示す。図3に示すチャートの縦軸は回折強度(相対値)であり、横軸は波数ベクトルqxyである。このチャートで上側に表示されているのはサンプル1(雰囲気温度150℃、基板温度10℃)についての分析結果であり、下側に表示されているのはサンプル2(雰囲気温度150℃、基板温度150℃)についての分析結果である。このチャートからわかるように、サンプル2の分析結果には明瞭なピークは認められない。このことは、例えば図3中で右下に示す模式図で表されるように、サンプル2に係るSAMを構成するSAM形成材料(ここではOTS)の分子配置が明確な規則性を有しない(アモルファス状態にある)ことを示唆している。一方、サンプル1の分析結果には、qxy=15.1nm−1付近に明瞭なピークが認められる。このことは、例えば図3中で右上に示す模式図で表されるように、サンプル1に係るSAMを構成するSAM形成材料の分子配置が規則的な配向性を有することを示唆している。上記ピークの位置から、当該分子配置(分子配列)における格子間距離を算出することができる。該格子間距離(図3中、右上に示す模式図に示された直線の間隔d)は、サンプル1に係るSAMについては0.419nmであった。
【0052】
<例3>
反応容器を電気炉内に保持する時間(成膜時間)をそれぞれ0.25時間、0.5時間、1時間および2時間とした点以外は例1と同様にして(すなわち、雰囲気温度150℃、基板温度10℃の条件で)、シリコン基板上にSAMを有するサンプル3を得た。それらのサンプルの有するSAMの膜厚を、エリプソメータ装置(フィリップス(PHILIPS)社製、型式「PZ−2000」)により測定した。また、それらのSAMについて、25℃の雰囲気下で蒸留水の静的接触角を液滴法(液滴直径約2mm)により測定した。この接触角測定には、協和界面科学株式会社製の接触角測定装置(型式「CA−X150」)を使用した。得られた結果を、膜厚については図4に、接触角については図5に示す。図4から判るように、成膜時間が凡そ1.5時間以上になると膜厚は略一定の値となった。2時間の成膜により形成されたSAMの膜厚は約2.4μmであり、この値は例1により得られたSAMの膜厚と略同一であった。また、図5から判るように、成膜時間が凡そ1.5時間以上になると上記静的接触角(水滴接触角)は略一定の値となった。2時間の成膜により形成されたSAMの水滴接触角は約109°であり、この値は例1(成膜時間:3時間)により得られたSAMの水滴接触角と略同一であった。なお、なお、OTSに由来して形成されたSAMの接触角は理論上110°程度だといわれている。実際、OTSを用いて一般的な液相法によりほぼ理想的に形成されたSAMの接触角(すなわち、予想される接触角)は通常110°程度である。
【0053】
<例4>
基板温度を20℃とした点以外は例3と同様にして(すなわち、雰囲気温度150℃、基板温度20℃の条件で)、シリコン基板の表面にOTSをそれぞれ所定の成膜時間だけ化学蒸着して、シリコン基板上にSAMが形成されたサンプルを得た。それらのサンプルに係るSAMについて、例3と同様にして膜厚および水滴接触角を測定した。得られた結果を、膜厚については図4に、接触角については図5に併せて示す。図4から判るように、成膜時間が凡そ1時間以上になると膜厚は略一定の値となった。2時間の成膜により形成されたSAMの膜厚は約2.5μmであり、この値は成膜時間を3時間として得られたSAMと略同一であった。また、図5から判るように、成膜時間が凡そ1.5時間以上になると上記静的接触角(水滴接触角)は略一定の値となった。2時間の成膜により形成されたSAMの水滴接触角は約109°であり、この値は成膜時間を3時間として得られたSAMと略同一であった。
【0054】
<例5>
基板温度を0℃とした点以外は例3と同様にして(すなわち、雰囲気温度150℃、基板温度0℃の条件で)、シリコン基板の表面にOTSをそれぞれ所定の成膜時間だけ化学蒸着して、シリコン基板上にSAMが形成されたサンプルを得た。それらのサンプルに係るSAMについて、例3と同様にして膜厚および水滴接触角を測定した。得られた結果を、膜厚については図4に、接触角については図5に併せて示す。図4から判るように、成膜時間が凡そ1.5時間以上になると膜厚は略一定の値となった。2時間の成膜により形成されたSAMの膜厚は約2.6μmであり、この値は成膜時間を3時間として得られたSAMと略同一であった。また、図5から判るように、成膜時間が凡そ1.5時間以上になると上記静的接触角(水滴接触角)は略一定の値となった。2時間の成膜により形成されたSAMの水滴接触角は約109°であり、この値は成膜時間を3時間として得られたSAMと略同一であった。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】例1においてSAMを形成する際の雰囲気温度および基材温度を示すグラフである。
【図2】SAM作製装置の一構成例の概略を示す模式図である。
【図3】例1および例2により得られたサンプルの分析結果を示すグラフである。
【図4】成膜時間とSAMの膜厚との関係を示すグラフである。
【図5】成膜時間とSAMの水滴接触角との関係を示すグラフである。
【図6】(a)〜(d)は、基材表面にSAMが形成される過程を模式的に示す説明図である。
【符号の説明】
【0056】
1:SAM作製装置
10:反応容器
16:基材ホルダ
18:原料容器(原料供給手段)
20:雰囲気温度制御手段
30:湿度制御手段
40:ホルダ冷却手段
50:基材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材に自己組織化単分子膜形成材料を化学蒸着することによって該基材上に自己組織化単分子膜を作製する方法であって、
前記基材が雰囲気温度よりも低い温度に維持されるように該基材を冷却しつつ前記化学蒸着を行う、自己組織化単分子膜の作製方法。
【請求項2】
前記基材を前記雰囲気温度よりも60℃以上低い温度に維持する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記雰囲気温度を100℃〜200℃とし、前記基材を−10℃〜30℃の温度に維持しつつ前記化学蒸着を行う、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記膜形成材料としてハロシランを用いる、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記基材として、前記基材表面に水酸基を導入する前処理が施された基材を使用する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記水酸基の導入は、酸素分子を含む雰囲気下で真空紫外光を照射することにより行われる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記基材はシリコン基板である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の方法を実施するための装置であって、
以下の構成:
基材を保持する基材ホルダを備えた反応容器;
前記反応容器内の雰囲気温度を制御する雰囲気温度制御手段;
前記ホルダの少なくとも表面を前記反応容器内の雰囲気温度よりも低い温度に強制的に冷却する基材ホルダ冷却手段;および、
前記反応容器内に自己組織化単分子膜形成材料を供給する原料供給手段;
を備える、自己組織化単分子膜作製装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−42129(P2008−42129A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−218265(P2006−218265)
【出願日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】