説明

舶用推進システム

【課題】加速度と最高速度との両方の性能を操船者が所望する性能に近づけることが可能な舶用推進システムを提供する。
【解決手段】エンジン31と、エンジン31の駆動により回転されるプロペラ32aおよび32bと、エンジン31の駆動力を少なくとも低速の減速比と高速の減速比とに変速した状態でプロペラ32aおよび32bに伝達可能な変速機構部33と、プロペラ32aおよび32bの回転により推進される船体の加速度を検出する加速度センサ55と、変速機構部33の減速比を変速するように制御する制御部52およびECU34とを備えている。制御部52およびECU34は、船体の加速度に基づいて、低速の減速比から高速の減速比に変速するように変速機構部33を制御するように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、舶用推進システムに関し、特に、エンジンを備えた舶用推進システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジンを備えた舶用の推進機(舶用推進システム)が知られている(たとえば、特許文献1参照)。上記特許文献1には、エンジンと、エンジンの駆動力を所定の固定的な減速比によりプロペラに伝達する動力伝達機構とを備えた舶用の推進機が開示されている。この舶用の推進機は、エンジンの駆動力を、動力伝達機構を介して直接的にプロペラに伝達するように構成されており、エンジンの回転数が上昇するのに比例して、プロペラの回転数が上昇するように構成されている。
【0003】
【特許文献1】特開平9−263294号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1に開示された舶用の推進機(舶用推進システム)では、最高速度を大きくするように動力伝達機構の減速比を構成した場合には、低速度における加速度性能を向上させることが困難になるという不都合がある。反対に、低速度における加速度性能を向上させるように動力伝達機構の減速比を構成した場合には、最高速度を大きくするのが困難になるという不都合がある。つまり、上記特許文献1に開示された舶用の推進機では、加速度と最高速度との両方の性能を操船者が所望する性能に近づけるのが困難であるという問題点がある。
【0005】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の1つの目的は、加速度と最高速度との両方の性能を操船者が所望する性能に近づけることが可能な舶用推進システムを提供することである。
【課題を解決するための手段および発明の効果】
【0006】
上記目的を達成するために、この発明の一の局面による舶用推進システムは、エンジンと、エンジンの駆動により回転されるプロペラと、エンジンの駆動力を少なくとも低速の減速比と高速の減速比とに変速した状態でプロペラに伝達可能な変速機構部と、プロペラの回転により推進される船体の加速度を検出する加速度検出部と、変速機構部の減速比を変速するように制御する制御部とを備え、制御部は、船体の加速度に基づいて、低速の減速比から高速の減速比に変速するように変速機構部を制御するように構成されている。
【0007】
この一の局面による舶用推進システムでは、上記のように、エンジンにより発生される駆動力を少なくとも低速の減速比と高速の減速比とに変速された状態でプロペラに伝達可能な変速機構部を設ける。このように、変速機構部を、低速の減速比に変速した状態でエンジンにより発生される駆動力をプロペラに伝達可能に構成することによって、低速度における加速度性能を向上させることができる。また、変速機構部を、高速の減速比に変速した状態でエンジンにより発生される駆動力をプロペラに伝達可能に構成することによって、最高速度を大きくすることができる。その結果、加速度と最高速度との両方の性能を操船者が所望する性能に近づけることができる。
【0008】
また、船体の加速度を検出する加速度検出部を設けることによって、大きさおよび形状などが異なるモデルの船体にそれぞれ本発明の舶用推進システムを適用した場合にも、それぞれの船体の実際の船体の加速状況を制御部に認識させることができる。これにより、エンジンの回転数およびエンジンのスロットル開度などから船体の加速状況を推定する場合と異なり、その船体のモデルによって異なる実際の加速状況を制御部に認識させることができる。また、船体の加速度に基づいて、低速の減速比から高速の減速比に変速するように変速機構部を制御することによって、実際の船体の加速状況に応じて低速の減速比から高速の減速比に変速することができる。これにより、それぞれの船体のモデルに応じて最適なタイミングで低速の減速比から高速の減速比に変速することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0010】
図1は、本発明の一実施形態による舶用推進システムが搭載された船舶を示した斜視図である。図2は、本発明の一実施形態による舶用推進システムの構成を示すブロック図である。図3〜図7は、図1に示した一実施形態による舶用推進システムの構成を詳細に説明するための図である。図中、FWDは、船舶の前進方向を示しており、BWDは、船舶の後進方向を示している。まず、図1〜図7を参照して、本実施形態による船舶1および船舶1に搭載された舶用推進システムの構成について説明する。
【0011】
本実施形態による船舶1には、図1に示すように、水面に浮かべられる船体2と、船体2の後部に取り付けられた船体2を推進するための2機の船外機3と、船体2を操舵するための操舵部4と、操舵部4の近傍に配置され、前後方向に回動可能なレバー部5aを含むコントロールレバー部5と、コントロールレバー部5の近傍に配置された表示部6とが設けられている。また、船外機3と、コントロールレバー部5と、表示部6とは、図2に示すように、それぞれ、共通LANケーブル7および共通LANケーブル8により接続されている。なお、船外機3、操舵部4、コントロールレバー部5、表示部6、共通LANケーブル7および共通LANケーブル8によって、舶用推進システムが構成されている。
【0012】
2機の船外機3は、図1に示すように、それぞれ、船体2の幅方向(矢印X1方向および矢印X2方向)の中心に対して対称に配置されている。また、船外機3はケース部300に覆われている。このケース部300は樹脂により形成されており、船外機3の内部を水などから保護する機能を有する。また、船外機3は、エンジン31と、エンジン31の駆動力を船舶1の推力に変換する2つのプロペラ32aおよび32b(図4参照)と、エンジン31により発生される駆動力を低速の減速比(約1.33:約1.00)と高速の減速比(約1.0:約1.0)とに変速した状態でプロペラ32aおよび32bに伝達可能な変速機構部33と、エンジン31および変速機構部33を電気的に制御するためのECU(エンジン電子制御器)34とを含んでいる。なお、ECU34は、本発明の「制御部」の一例である。また、ECU34には、エンジン31の回転数を検出するエンジン回転センサ35が接続されているとともに、後述するアクセル開度信号に基づいてエンジン31のスロットル(図示せず)のスロットル開度を制御する電子スロットル36が接続されている。エンジン回転センサ35は、エンジン31のクランク軸301(図4参照)近傍に配置されており、クランク軸301の回転数を検出するとともに、検出されたクランク軸301の回転数をECU34に伝達する機能を有する。なお、本実施形態のクランク軸301の回転数は、本発明の「エンジンの回転数」の一例である。また、電子スロットル36は、ECU34からのアクセル開度信号に基づいてエンジン31のスロットル(図示せず)のスロットル開度を制御するのみならず、スロットル開度をECU34および後述する制御部52に伝達する機能を有する。
【0013】
ここで、本実施形態では、ECU34は、後述するコントロールレバー部5の制御部52により送信された変速ギヤ切替信号とシフト位置信号とに基づいて電磁油圧制御バルブ駆動信号を生成する機能を有する。また、ECU34には電磁油圧制御バルブ37が接続されており、ECU34は電磁油圧制御バルブ37に電磁油圧制御バルブ駆動信号を送信する制御を行うように構成されている。そして、この電磁油圧制御バルブ駆動信号に基づいて電磁油圧制御バルブ37が駆動されることにより、変速機構部33が制御される。なお、変速機構部33の構造および動作については、後に詳細に説明する。
【0014】
また、本実施形態では、コントロールレバー部5には、後述する変速制御マップ(シフトアップ用変速制御マップおよびシフトダウン用変速制御マップ)が記憶された記憶部51と、ECU34に送信する信号(変速ギヤ切替信号、シフト位置信号、アクセル開度信号)の生成などを行う制御部52とが内蔵されている。また、コントロールレバー部5には、さらに、レバー部5aのシフト位置を検出するシフトポジションセンサ53と、アクセル開度、すなわち、操船者の操作に基づくレバー部5aの開度(レバー開度)を検知するアクセルポジションセンサ54と、船体2の加速度を検出する加速度センサ55とが内蔵されている。シフトポジションセンサ53は、レバー部5aが中立の位置に位置している場合、中立の位置よりも前方に位置している場合および中立の位置よりも後方に位置している場合のいずれのシフト位置であるかを検出するために設けられている。また、記憶部51と制御部52とは互いに接続されており、制御部52は記憶部51に記憶されている変速制御マップなどを読み出し可能に構成されている。また、制御部52は、シフトポジションセンサ53およびアクセルポジションセンサ54の両方と接続されている。これにより、制御部52は、シフトポジションセンサ53により検出された検出信号(シフト位置信号)およびアクセルポジションセンサ54により検知されたアクセル開度信号を取得することが可能である。なお、加速度センサ55は、本発明の「加速度検出部」の一例である。
【0015】
また、制御部52は、共通LANケーブル7と共通LANケーブル8との両方にそれぞれ接続されている。これら共通LANケーブル7および8は、それぞれ、ECU34に接続されており、制御部52により生成された信号をECU34に伝達するとともに、ECU34により生成された信号を制御部52に伝達する機能を有する。つまり、共通LANケーブル7および8は、それぞれ、制御部52とECU34との間を通信可能に構成されている。また、共通LANケーブル8は、共通LANケーブル7とは電気的に別個独立に設けられている。
【0016】
具体的には、制御部52は、シフトポジションセンサ53により検出されたレバー部5aのシフト位置信号を共通LANケーブル7を介して表示部6とECU34とに伝達するように構成されている。なお、制御部52は、シフト位置信号を、共通LANケーブル8を介さずに共通LANケーブル7を介してのみ伝達するように構成されている。また、制御部52は、アクセルポジションセンサ54により検知されたアクセル開度信号を、共通LANケーブル7を介さずに共通LANケーブル8のみを介してECU34に伝達するように構成されている。また、制御部52は、ECU34から送信されるエンジン回転信号を、共通LANケーブル8を介して受信可能に構成されている。
【0017】
また、本実施形態では、制御部52は、操船者によるコントロールレバー部5の操作に基づいて変速機構部33の減速比を変速するように電気的に制御する機能を有する。具体的には、制御部52は、記憶部51に記憶されたアクセル開度とエンジン回転数とにより規定されるシフトダウン用変速制御マップに基づいて、変速機構部33を低速の減速比に変速するように制御する変速ギヤ切替信号を生成する機能を有する。また、制御部52は、記憶部51に記憶された加速度低下率とアクセル開度とにより規定されるシフトアップ用変速制御マップに基づいて、変速機構部33を高速の減速比に変速するように制御する変速ギヤ切替信号を生成する機能を有する。なお、変速制御マップについては、後に詳細に説明する。そして、制御部52は、生成した変速ギヤ切替信号を共通LANケーブル7および8を介して、ECU34に送信するように構成されている。
【0018】
また、コントロールレバー部5のレバー部5aが前方(矢印FWD方向)(図3参照)に回動された場合に、変速機構部33は、船体2が前進可能なように制御されるように構成されている。また、コントロールレバー部5のレバー部5aのように、レバー部5aが前後方向に回動されていない場合に(図3の実線参照)、変速機構部33は、船体2を前進および後進のいずれにも推進させないニュートラル(中立)状態に制御されるように構成されている。また、コントロールレバー部5のレバー部5aが後方(矢印FWD方向とは反対方向)(図3参照)に回動された場合に、変速機構部33は、船体2が後進可能なように制御されるように構成されている。
【0019】
また、コントロールレバー部5のレバー部5aが図3のFWD1まで回動された際に、エンジン31の図示しないスロットルが全閉状態(アイドリング状態)でシフトイン(ニュートラル状態の解除)するように構成されている。また、コントロールレバー部5のレバー部5aが図3のFWD2まで回動された際に、エンジン31の図示しないスロットルが全開状態になるように構成されている。
【0020】
また、コントロールレバー部5のレバー部5aが矢印FWD方向に回動された場合と同様に、レバー部5aが矢印FWD方向とは反対方向である図3のBWD1まで回動された場合には、エンジン31の図示しないスロットルが全閉状態(アイドリング状態)でシフトイン(ニュートラル状態の解除)するように構成されている。また、コントロールレバー部5のレバー部5aが図3のBWD2まで回動された際に、エンジン31の図示しないスロットルが全開状態になるように構成されている。
【0021】
また、表示部6は、船舶1の航行速度を示す速度表示部61と、コントロールレバー部5のレバー部5aが位置しているシフト位置を示すシフト位置表示部62と、変速機構部33が接続されているギヤを示すギヤ表示部63とを含んでいる。速度表示部61に表示される船舶1の航行速度は、エンジン回転センサ35およびエンジン31の吸気状態などに基づいてECU34により算出される。そして、算出された船舶1の航行速度のデータは、共通LANケーブル7および8を介して表示部6に伝達されるように構成されている。また、シフト位置表示部62に表示されるシフト位置は、コントロールレバー部5の制御部52より送信されるシフト位置信号に基づいて表示されるように構成されている。また、ギヤ表示部63に表示される変速機構部33が接続されているギヤは、コントロールレバー部5の制御部52より送信される変速ギヤ切替信号に基づいて表示されるように構成されている。つまり、表示部6は、操船者に対して船舶1の航行状況を把握させる機能を有する。
【0022】
次に、エンジン31および変速機構部33の構造について説明する。図4に示すように、エンジン31には軸線L1を中心に回転するクランク軸301が設けられている。エンジン31は、このクランク軸301が回転されることにより駆動力が発生されるように構成されている。また、クランク軸301には変速機構部33の上部伝達軸311の上側部分が接続されている。この上部伝達軸311は、軸線L1上に配置されているとともに、クランク軸301が回転するのに伴って軸線L1を中心に回転するように構成されている。
【0023】
変速機構部33は、エンジン31の駆動力が入力される上記した上部伝達軸311を含み、船舶1を高速航行および低速航行のいずれか一方で航行可能に変速される上部変速部310と、船舶1が前進航行および後進航行のいずれか一方で航行可能に変速する下部変速部330とにより構成されている。つまり、変速機構部33は、エンジン31により発生される駆動力を、前進航行において低速の減速比(1.33:1)と高速の減速比(1:1)とに変速された状態でプロペラ32aおよび32bに伝達可能に構成されているとともに、後進航行において低速の減速比と高速の減速比とに変速された状態でプロペラ32aおよび32bに伝達可能に構成されている。
【0024】
上部変速部310は、図5に示すように、上記した上部伝達軸311と、上部伝達軸311の駆動力を減速可能な遊星歯車部312と、遊星歯車部312の回転を制御するクラッチ部313およびワンウェイクラッチ314と、上部伝達軸311の駆動力が遊星歯車部312を介して伝達される中間軸315と、複数の部材により上部変速部310の外形部を構成する上部ケース部316とを含んでいる。そして、クラッチ部313が接続状態である場合に、中間軸315は上部伝達軸311の回転数と比べて実質的に減速されることなく回転するように構成されている。その一方、クラッチ部313が切断状態である場合には、遊星歯車部312が回転されるので、中間軸315は上部伝達軸311の回転数よりも減速された回転数で回転されるように構成されている。
【0025】
具体的には、上部伝達軸311の下側部分にはリングギヤ317が設けられている。また、中間軸315の上部にはフランジ部材318がスプライン嵌合されている。このフランジ部材318はリングギヤ317の内側(軸線L1側)に配置されており、フランジ部材318のフランジ部318aには、図5および図6に示すように、4つの軸部材319が固定されている。これら4つの軸部材319には、それぞれ、4つのプラネタリアギヤ320が回転可能に取り付けられており、これら4つのプラネタリアギヤ320は、それぞれ、リングギヤ317に噛合されている。また、4つのプラネタリアギヤ320は、それぞれ、軸線L1を中心に回転可能なサンギヤ321に噛合されている。このサンギヤ321は、図5に示すように、ワンウェイクラッチ314により支持されている。また、ワンウェイクラッチ314は、上部ケース部316に取り付けられているとともに、A方向のみに回転可能に構成されている。これにより、サンギヤ321は一方向(A方向)のみに回転されるように構成されている。
【0026】
また、クラッチ部313は湿式多板クラッチにより構成されている。クラッチ部313は、ワンウェイクラッチ314にA方向のみに回転可能に支持されている外ケース部313aと、外ケース部313aの内周部分に互いに所定の間隔を隔てて配置された複数のクラッチプレート313bと、少なくとも一部が外ケース部313aの内側に配置された内ケース部313cと、内ケース部313cに取り付けられ、複数のクラッチプレート313bのそれぞれの間の空間に配置された複数のクラッチプレート313dとにより主に構成されている。そして、クラッチ部313は、外ケース部313aのクラッチプレート313bと、内ケース部313cのクラッチプレート313dとが互いに接触している場合に、外ケース部313aと内ケース部313cとが一体的に回転する接続状態になるように構成されている。その一方、クラッチ部313は、外ケース部313aのクラッチプレート313bと、内ケース部313cのクラッチプレート313dとが互いに離間している場合に、外ケース部313aと内ケース部313cとが一体的に回転しない切断状態になるように構成されている。
【0027】
具体的には、外ケース部313aには外ケース部313aの内周面に対して摺動可能なピストン部313eが配置されている。このピストン部313eは、外ケース部313aの内周面に対して摺動された際に、外ケース部313aの複数のクラッチプレート313bをそれぞれピストン部313eの摺動方向に移動するように構成されている。また、外ケース部313aには圧縮コイルばね313fが配置されている。この圧縮コイルばね313fは、外ケース部313aのクラッチプレート313bと内ケース部313cのクラッチプレート313dとが離間する方向にピストン部313eを付勢するように配置されている。また、ピストン部313eは、上述した電磁油圧制御バルブ37により上部ケース部316のオイル通路316aを流通するオイルの圧力が上昇された際に、圧縮コイルばね313fの反力に抗して外ケース部313aの内周面に対して摺動するように構成されている。これにより、上部ケース部316のオイル通路316aを流通するオイルの圧力を上昇および降下させることにより、外ケース部313aのクラッチプレート313bと、内ケース部313cのクラッチプレート313dとを接触および離間させることが可能となるので、クラッチ部313を接続および切断することが可能となる。
【0028】
また、内ケース部313cの上側部分には4つの軸部材319の下端部が取り付けられている。つまり、内ケース部313cは、4つの軸部材319の各上部が取り付けられているフランジ部材318と4つの軸部材319を介して接続されている。これにより、内ケース部313cとフランジ部材318および軸部材319とを、軸線L1を中心に同時に回転させることが可能である。
【0029】
上記のように遊星歯車部312およびクラッチ部313を構成することによって、クラッチ部313が切断されている場合、上部伝達軸311がA方向に回転するのに伴ってリングギヤ317がA方向に回転される。この際、サンギヤ321はA方向とは反対のB方向に回転されないので、各プラネタリアギヤ320は、図6に示すように、軸部材319を中心にA1方向に回転されながら軸部材319と共に軸線L1を中心にA2方向に移動される。これにより、フランジ部材318(図5参照)は、軸部材319がA2方向に移動されるのに伴って、軸線L1を中心にA方向に回転される。その結果、フランジ部材318にスプライン嵌合されている中間軸315を、上部伝達軸311の回転数よりも減速された状態で、軸線L1を中心にA方向に回転させることが可能となる。
【0030】
また、上記のように遊星歯車部312およびクラッチ部313を構成することによって、クラッチ部313が接続されている場合、上部伝達軸311がA方向に回転するのに伴ってリングギヤ317がA方向に回転される。この際、サンギヤ321はA方向とは反対のB方向に回転されないので、各プラネタリアギヤ320は、軸部材319を中心にA1方向に回転されながら軸部材319と共に軸線L1を中心にA2方向に移動される。このとき、クラッチ部313が接続されているため、クラッチ部313の外ケース部313a(図5参照)がワンウェイクラッチ314(図5参照)と共にA方向に回転される。これにより、サンギヤ321が軸線L1を中心にA方向に回転されるため、プラネタリアギヤ320が軸部材319を中心に実質的に回転されずに、軸部材319は、軸線L1を中心にA方向に移動される。これにより、フランジ部材318は、プラネタリアギヤ320により実質的に減速されることなく上部伝達軸311と略同じ回転数で回転される。その結果、上部伝達軸311と略同じ回転数で、中間軸315を軸線L1を中心にA方向に回転させることが可能となる。
【0031】
また、図5に示すように、下部変速部330は上部変速部310の下方に設けられている。下部変速部330は、中間軸315に接続された中間伝達軸331と、中間伝達軸331の駆動力を減速可能な遊星歯車部332と、遊星歯車部332の回転を制御する前後切替クラッチ部333および前後切替クラッチ部334と、中間伝達軸331の駆動力が遊星歯車部332を介して伝達される下部伝達軸335と、下部変速部330の外形部を構成する下部ケース部336とを含んでいる。そして、下部変速部330は、前後切替クラッチ部333が接続状態で、かつ、前後切替クラッチ部334が切断状態である場合に、下部伝達軸335が中間軸315(上部伝達軸311)の回転方向(A方向)とは反対方向(B方向)に回転するように構成されている。この場合、下部変速部330は、船舶1を後進させることが可能なように、プロペラ32bを回転させずにプロペラ32aのみを回転させるように構成されている。その一方、下部変速部330は、前後切替クラッチ部333が切断状態で、かつ、前後切替クラッチ部334が接続状態である場合には、下部伝達軸335が中間軸315(上部伝達軸311)の回転方向(A方向)と同じ方向に回転するように構成されている。この場合、下部変速部330は、船舶1を前進させることが可能なようにプロペラ32aを船舶1を後進させる場合とは反対方向に回転させるように構成されているとともに、プロペラ32bをプロペラ32aとは反対方向に回転させるように構成されている。なお、下部変速部330は、前後切替クラッチ部333および334の両方が接続状態になることがないように構成されている。また、下部変速部330は、前後切替クラッチ部333および334の両方が切断状態である場合に、中間軸315(上部伝達軸311)の回転が下部伝達軸335に伝達されない(ニュートラル状態になる)ように構成されている。
【0032】
具体的には、中間伝達軸331は、中間軸315と共に回転するように構成されており、中間伝達軸331の下部には、フランジ部337が設けられている。このフランジ部337には、図5および図7に示すように、3つの内側軸部材338および3つの外側軸部材339が固定されている。これら3つの内側軸部材338には、それぞれ、3つの内側プラネタリアギヤ340が回転可能に取り付けられており、これら3つの内側プラネタリアギヤ340は、それぞれ、後述するサンギヤ343に噛合されている。また、3つの外側軸部材339には、それぞれ、3つの外側プラネタリアギヤ341が回転可能に取り付けられている。これら3つの外側プラネタリアギヤ341は、それぞれ、内側プラネタリアギヤ340に噛合されているとともに、後述するリングギヤ342に噛合されている。
【0033】
また、前後切替クラッチ部333は下部ケース部336の内部の上部に設けられている。この前後切替クラッチ部333は湿式多板クラッチにより構成されており、その一部が下部ケース部336の凹部336aにより構成されている。また、前後切替クラッチ部333は、凹部336aの内周部分に互いに所定の間隔を隔てて配置された複数のクラッチプレート333aと、少なくとも一部が凹部336aの内側に配置された内ケース部333bと、内ケース部333bに取り付けられ、複数のクラッチプレート333aのそれぞれの間の空間に配置された複数のクラッチプレート333cとにより主に構成されている。また、前後切替クラッチ部333は、凹部336aのクラッチプレート333aと、内ケース部333bのクラッチプレート333cとが互いに接触している場合に、内ケース部333bの回転が下部ケース部336により規制されるように構成されている。その一方、前後切替クラッチ部333は、凹部336aのクラッチプレート333aと、内ケース部333bのクラッチプレート333cとが互いに離間している場合に、内ケース部333bが下部ケース部336に対して自由に回転されるように構成されている。
【0034】
具体的には、下部ケース部336の凹部336aには凹部336aの内周面に対して摺動可能なピストン部333dが配置されている。このピストン部333dは、凹部336aの内周面に対して摺動された際に、凹部336aのクラッチプレート333aをピストン部333dの摺動方向に移動するように構成されている。また、下部ケース部336の凹部336aには圧縮コイルばね333eが配置されている。この圧縮コイルばね333eは、ピストン部333dを凹部336aのクラッチプレート333aと内ケース部333bのクラッチプレート333cとが離間する方向に付勢するように配置されている。また、ピストン部333dは、上述した電磁油圧制御バルブ37により下部ケース部336のオイル通路336bを流通するオイルの圧力が上昇された際に、圧縮コイルばね333eの反力に抗して凹部336aの内周面に対して摺動するように構成されている。これにより、下部ケース部336のオイル通路336bを流通するオイルの圧力を上昇および降下させることにより、前後切替クラッチ部333を接続および切断することが可能となる。
【0035】
また、前後切替クラッチ部333の内ケース部333bには環状のリングギヤ342が取り付けられている。このリングギヤ342は、図5および図7に示すように、3つの外側プラネタリアギヤ341に噛合されている。
【0036】
また、図5に示すように、前後切替クラッチ部334は、下部ケース部336の内部の下部に設けられているとともに湿式多板クラッチにより構成されている。また、前後切替クラッチ部334は、外ケース部334aと、外ケース部334aの内周部分に互いに所定の間隔を隔てて配置された複数のクラッチプレート334bと、少なくとも一部が外ケース部334aの内側に配置された内ケース部334cと、内ケース部334cに取り付けられ、複数のクラッチプレート334bのそれぞれの間の空間に配置された複数のクラッチプレート334dとにより主に構成されている。そして、前後切替クラッチ部334は、外ケース部334aのクラッチプレート334bと、内ケース部334cのクラッチプレート334dとが互いに接触している場合に、内ケース部334cと外ケース部334aとが軸線L1を中心に一体的に回転されるように構成されている。その一方、前後切替クラッチ部334は、外ケース部334aのクラッチプレート334bと、内ケース部334cのクラッチプレート334dとが互いに離間している場合に、内ケース部334cが外ケース部334aに対して自由に回転されるように構成されている。
【0037】
具体的には、外ケース部334aには外ケース部334aの内周面に対して摺動可能なピストン部334eが配置されている。このピストン部334eは、外ケース部334aの内周面に対して摺動された際に、外ケース部334aの複数のクラッチプレート334bをピストン部334eの摺動方向に移動するように構成されている。また、外ケース部334aの内部には圧縮コイルばね334fが配置されている。この圧縮コイルばね334fは、ピストン部334eを外ケース部334aのクラッチプレート334bと内ケース部334cのクラッチプレート334dとが離間する方向に付勢するように配置されている。また、ピストン部334eは、上述した電磁油圧制御バルブ37により下部ケース部336のオイル通路336cを流通するオイルの圧力が上昇された際に、圧縮コイルばね334fの反力に抗して外ケース部334aの内周面に対して摺動するように構成されている。これにより、下部ケース部336のオイル通路336cを流通するオイルの圧力を上昇および降下させることにより、前後切替クラッチ部334を接続および切断することが可能となる。
【0038】
また、前後切替クラッチ部334の内ケース部334cには3つの内側軸部材338および3つの外側軸部材339が固定されている。つまり、内ケース部334cは、3つの内側軸部材338および3つの外側軸部材339によりフランジ部337と接続されており、フランジ部337と共に軸線L1を中心に回転するように構成されている。また、前後切替クラッチ部334の外ケース部334aは、下部伝達軸335に取り付けられており、下部伝達軸335と共に軸線L1を中心に回転するように構成されている。
【0039】
また、下部伝達軸335の上部にはサンギヤ343が一体的に形成されている。図7に示すように、このサンギヤ343は上記したように内側プラネタリアギヤ340と噛合されており、内側プラネタリアギヤ340はリングギヤ342に噛合されている外側プラネタリアギヤ341に噛合されている。そして、サンギヤ343は、前後切替クラッチ部333が接続されることによりリングギヤ342が回転しない場合に、中間伝達軸331が軸線L1を中心にA方向に回転されるのに伴ってフランジ部337がA方向に回転された際に、内側プラネタリアギヤ340および外側プラネタリアギヤ341を介して軸線L1を中心にB方向に回転されるように構成されている。
【0040】
上記のように遊星歯車部332、前後切替クラッチ部333および334を構成することによって、前後切替クラッチ部333が接続されている場合、内ケース部333bに取り付けられているリングギヤ342は下部ケース部336に対して固定される。なお、この時、前後切替クラッチ部334は上記したように切断されているので、前後切替クラッチ部334の外ケース部334aと内ケース部334cとは別々に回転可能な状態である。この場合、中間伝達軸331が軸線L1を中心にA方向に回転されるのに伴ってフランジ部337が軸線L1を中心にA方向に回転された際に、3つの内側軸部材338および3つの外側軸部材339は、それぞれ、軸線L1を中心にA方向に移動される。この際、外側軸部材339に取り付けられている外側プラネタリアギヤ341は外側軸部材339を中心にB1方向に回転される。また、外側プラネタリアギヤ341の回転に伴って、内側プラネタリアギヤ340は内側軸部材338を中心にA3方向に回転される。これにより、サンギヤ343は、軸線L1を中心にB方向に回転される。その結果、下部伝達軸335は、図5に示すように、内ケース部334cが軸線L1を中心にA方向に回転するのに係わらず、外ケース部334aと共に軸線L1を中心にB方向に回転される。これにより、前後切替クラッチ部333が接続状態で、かつ、前後切替クラッチ部334が切断状態である場合に、下部伝達軸335を中間軸315(上部伝達軸311)の回転方向(A方向)とは反対方向(B方向)に回転させることが可能となる。
【0041】
また、上記のように遊星歯車部332、前後切替クラッチ部333および334を構成することによって、前後切替クラッチ部333が切断されている場合、内ケース部333bに取り付けられているリングギヤ342は下部ケース部336に対して自由に回転することが可能である。なお、この時、前後切替クラッチ部334は、上記したように接続および切断のいずれの状態も取り得るように構成されている。
【0042】
次に、前後切替クラッチ部334が接続されている場合について説明する。中間伝達軸331が軸線L1を中心にA方向に回転されるのに伴ってフランジ部337がA方向に回転された場合、図7に示すように、3つの内側軸部材338および3つの外側軸部材339はそれぞれ軸線L1を中心にA方向に回転される。この際、外側プラネタリアギヤ341に噛合されているリングギヤ342は自由に回転されるので、内側プラネタリアギヤ340および外側プラネタリアギヤ341は空転される。つまり、サンギヤ343には中間伝達軸331の駆動力が伝達されない。その一方、前後切替クラッチ部334が接続されているので、図5に示すように、3つの内側軸部材338および3つの外側軸部材339と共に軸線L1を中心にA方向に回転可能な内ケース部334cが軸線L1を中心にA方向に回転されるのに伴って、外ケース部334aは軸線L1を中心にA方向に回転される。これにより、下部伝達軸335は外ケース部334aと共に軸線L1を中心にA方向に回転される。その結果、前後切替クラッチ部333が切断状態で、かつ、前後切替クラッチ部334が接続状態である場合に、下部伝達軸335を中間軸315(上部伝達軸311)の回転方向(A方向)と同じ方向に回転させることが可能となる。
【0043】
また、図4に示すように、変速機構部33の下方には減速装置344が設けられている。この減速装置344には変速機構部33の下部伝達軸335が入力されている。減速装置344は下部伝達軸335により入力された駆動力を減速する機能を有する。また、減速装置344の下方にはドライブ軸345が設けられている。このドライブ軸345は下部伝達軸335と同方向に回転されるように構成されており、ドライブ軸345の下部にはベベルギヤ345aが設けられている。
【0044】
また、ドライブ軸345のベベルギヤ345aには内側出力軸部346のベベルギヤ346aと外側出力軸部347のベベルギヤ347aとが噛合されている。内側出力軸部346は後方(矢印BWD方向)に延びるように配置されており、内側出力軸部346の矢印BWD方向側には上記したプロペラ32bが取り付けられている。また、内側出力軸部346と同様に、外側出力軸部347も矢印BWD方向に延びるように配置されており、外側出力軸部347の矢印BWD方向側には上記したプロペラ32aが取り付けられている。また、外側出力軸部347は中空状に形成されており、外側出力軸部347の中空部分には内側出力軸部346が挿入されている。そして、内側出力軸部346および外側出力軸部347は、それぞれ、別個独立に回転可能に構成されている。
【0045】
また、ベベルギヤ346aはベベルギヤ345aの矢印FWD方向側に噛合されており、ベベルギヤ347aはベベルギヤ345aの矢印BWD方向側に噛合されている。これにより、ベベルギヤ346aが回転した際に、内側出力軸部346および外側出力軸部347は、互いに、異なる方向に回転される。
【0046】
具体的には、ドライブ軸345がA方向に回転した場合に、ベベルギヤ346aは、A4方向に回転されるように構成されている。また、ベベルギヤ346aがA4方向に回転するのに伴って、プロペラ32bは内側出力軸部346を介してA4方向に回転される。また、ドライブ軸345がA方向に回転した場合に、ベベルギヤ347aはB2方向に回転されるように構成されており、ベベルギヤ347aがB2方向に回転するのに伴って、外側出力軸部347を介してプロペラ32aはB2方向に回転される。そして、船舶1は、プロペラ32aがB2方向に回転されるとともにプロペラ32bがA4方向(B2方向と反対方向)に回転されることによって、矢印FWD方向(前進方向)に航行される。
【0047】
また、ドライブ軸345がB方向に回転した場合に、ベベルギヤ346aはB2方向に回転されるように構成されており、ベベルギヤ346aがB2方向に回転するのに伴って、内側出力軸部346を介してプロペラ32bはB2方向に回転される。また、ドライブ軸345がB方向に回転した場合に、ベベルギヤ347aはA4方向に回転されるように構成されている。この時、外側出力軸部347はA4方向に回転されないように構成されており、プロペラ32aはA4方向およびB2方向のいずれの方向にも回転されない。つまり、プロペラ32bのみがA4方向に回転される。そして、船舶1は、プロペラ32bがB2方向に回転されることによって、矢印BWD方向(後進方向)に航行される。
【0048】
図8は、通常のレバー操作時における船体の加速度の時間経過を示す図である。図9および図10は、本発明の一実施形態による舶用推進システムの記憶部に記憶されているシフトダウン用変速制御マップを示すマップ図である。図11および図12は、本発明の一実施形態による舶用推進システムの記憶部に記憶されているシフトアップ用変速制御マップを示すマップ図である。次に、図8〜図12を参照して、シフトダウン用変速制御マップおよびシフトアップ用変速制御マップについて詳細に説明する。
【0049】
図8に示すように、通常のレバー操作時においては、時間経過とともに船体2の加速度が次第に上昇していく。そして、加速度が最高値を示した後に、船体2の加速度が次第に低下していく。したがって、加速性能および燃費性能の両方を向上させるためには、以下のように変速機構部33を制御することが好ましい。すなわち、加速を要する時には、トルクの大きい低速の減速比に変速することにより加速を行う。そして、船体2の加速度が最高値を示した後で、船体2が十分に加速した後の加速度が低下している状態で高速の減速比に変速する。本実施形態では、上記のような制御を行うために、シフトダウン用変速制御マップおよびシフトアップ用変速制御マップを用いている。なお、シフトダウン用変速制御マップおよびシフトアップ用変速制御マップは、それぞれ、本発明の「第2変速制御マップ」および「第1変速制御マップ」の一例である。
【0050】
図9および図10に示すように、本実施形態によるシフトダウン用変速制御マップは、エンジン31の回転数(エンジン回転数)と、アクセル開度との関係により表わされている。このシフトダウン用変速制御マップの縦軸にはエンジン回転数が示されているとともに、横軸にはアクセル開度が示されている。また、シフトダウン用変速制御マップは、低速の減速比を規定するシフトダウン領域R1と、高速の減速比を規定するシフトアップ領域R2と、シフトダウン領域R1とシフトアップ領域R2との間に設けられる不感帯領域R3とを含んでいる。なお、シフトダウン領域R1およびシフトアップ領域R2は、それぞれ、本発明の「第2領域」および「第3領域」の一例である。また、本実施形態によるシフトダウン用変速制御マップは、前進および後進動作に共通に用いられる。
【0051】
本実施形態では、シフトダウン用変速制御マップ上において、船舶1のエンジン回転数とアクセル開度とが描く軌跡Pがシフトアップ領域R2から不感帯領域R3を介してシフトダウン領域R1に入った場合に、制御部52およびECU34は、シフトダウンする(高速の減速比から低速の減速比に変速する)ように変速機構部33を制御するように構成されている。また、不感帯領域R3は、頻繁な変速の切り替えを防止するために設けられており、軌跡Pがシフトアップ領域R2から不感帯領域R3に入っただけでは変速は行われないように構成されている。この不感帯領域R3は、低速の減速比を規定するシフトダウン領域R1側に設けられたシフトダウン基準線Dと、高速の減速比を規定するシフトアップ領域R2側に設けられたシフトアップ基準線Uとの間に帯状に設けられている。
【0052】
また、本実施形態では、記憶部51(図2参照)は、図9に示す加速重視モードに対応するシフトダウン用変速制御マップMD1と、図10に示す燃費重視モードに対応するシフトダウン用変速制御マップMD2とを記憶している。図9および図10に示すように、加速重視モードのシフトダウン用変速制御マップMD1におけるシフトダウン領域R1は、シフトダウンするエンジン回転数n1が、燃費重視モードのシフトダウン用変速制御マップMD2におけるシフトダウン領域R1の同一のアクセル開度においてシフトダウンするエンジン回転数n2よりも高くなるように設定されている。これにより、加速重視モードの場合には、燃費重視モードの場合と比較して、トルクが大きい低速の減速比に変速している期間が長くなるように設定されている。たとえば、軌跡Pに沿ってエンジン回転数およびアクセル開度が変化した場合において、加速重視モードの場合では、図9に示すように、タイミングP1でシフトダウンされる。その一方、燃費重視モードの場合では、図10に示すように、タイミングP1よりも、よりアクセル開度が大きい(レバー部5aがより大きく開いた)タイミングP2でシフトダウンされる。
【0053】
また、本実施形態によるシフトアップ用変速制御マップは、図11および図12に示すように、加速度低下率とアクセル開度(レバー部5aの開度)との関係により表わされている。ここで、加速度低下率とは、加速度が最高値を示した後に低下している状態(図8参照)における、加速度の最高値に対する現在の加速度の低下率である。このシフトアップ用変速制御マップの縦軸には加速度低下率が示されているとともに、横軸にはアクセル開度が示されている。また、シフトアップ用変速制御マップは、高速の減速比を規定するシフトアップ領域R4と、低速の減速比を規定するシフトダウン領域R5とを含んでいる。また、シフトアップ領域R4とシフトダウン領域R5との境界線Tは、アクセル開度が大きくなるのに従って加速度低下率が大きくなるような線である。なお、シフトアップ領域R4は、本発明の「第1領域」の一例である。また、本実施形態によるシフトアップ用変速制御マップは、前進および後進動作に共通に用いられる。
【0054】
本実施形態では、シフトアップ用変速制御マップ上において、加速度低下率とアクセル開度とが描く軌跡Qがシフトダウン領域R5からシフトアップ領域R4に入った場合に、制御部52およびECU34は、シフトアップする(低速の減速比から高速の減速比に変速する)ように変速機構部33を制御するように構成されている。
【0055】
また、記憶部51は、図11に示す加速重視モードに対応するシフトアップ用変速制御マップMU1と、図12に示す燃費重視モードに対応するシフトアップ用変速制御マップMU2とを記憶している。図11および図12に示すように、加速重視モードのシフトアップ用変速制御マップMU1において境界線T1により規定されるシフトアップ領域R4は、燃費重視モードのシフトアップ用変速制御マップMU2において境界線T2により規定されるシフトアップ領域R4よりも同一のアクセル開度においてシフトアップする加速度低下率が大きくなるように設定されている。これにより、加速重視モードの場合には、燃費重視モードの場合と比較して、トルクが大きい低速の減速比から高速の減速比にシフトアップする時期を遅らせるように設定されている。たとえば、軌跡Qのように加速度低下率およびアクセル開度が変化した場合において、燃費重視モードの場合では、図12に示すように、タイミングQ2でシフトアップされる。その一方、加速重視モードの場合では、図11に示すように、タイミングQ2よりも遅いタイミングQ1でシフトアップされる。これにより、加速重視モードでは、トルクが大きい低速の減速比の状態の期間が長くなるので、加速がより促進される。
【0056】
また、制御部52は、シフトアップ用変速制御マップに基づいて決定した変速のタイミングを用いてシフトダウン用変速制御マップを補正するように構成されている。図13は、シフトダウン用変速制御マップの補正処理を説明するためのマップ図である。以下、図13を参照して、シフトダウン用変速制御マップの補正処理を具体的に説明する。なお、ここでは、図9に示した加速重視モードのシフトダウン用変速制御マップMD1を補正する場合について説明する。また、図13において、シフトアップ用変速制御マップに基づいて高速の減速比に変速した時のアクセル開度およびエンジン回転数をそれぞれXおよびYとする。補正前のシフトアップ用変速制御マップのアクセル開度(X)におけるシフトダウン領域R1と不感帯領域R3との境界点をA1とし、補正前のシフトアップ領域R2と不感帯領域R3との境界点をB1とする。同様に、補正後のシフトアップ用変速制御マップのアクセル開度(X)におけるシフトダウン領域R1と不感帯領域R3との境界点をA2とし、補正後のシフトアップ領域R2と不感帯領域R3との境界点をB2とする。
【0057】
本実施形態では、シフトアップ用変速制御マップに基づいてシフトアップした時のエンジン回転数Y(図13に示すシフトアップ点)と、シフトダウン用変速制御マップのシフトダウン領域R1と不感帯領域R3との境界点B1とに差がある場合には、境界点B1のエンジン回転数Y(B1)をシフトアップ点のエンジン回転数Yに近づけるように補正が行われる。ここで、シフトアップ時のエンジン回転数Yの値は波や風などの外的要因により同じアクセル開度でもばらつきがあるため、境界点B1のエンジン回転数Y(B1)をシフトアップ点のエンジン回転数Yとなるように補正量Cだけ補正するのではなく、補正量Cよりも小さい補正量Dだけ補正するように構成されている。本実施形態では、D=C/2となるように補正量Dを決定している。また、境界点B1を補正量Dだけシフトアップ点に近づけると同時に、境界点A1も補正量Dだけシフトアップ点に近づけるように補正を行う。このように境界点A1およびB1をシフトアップ点に補正量Dだけ近づけることによって、補正後のシフトダウン用変速制御マップのシフトアップ領域R2と不感帯領域R3との境界点はB2となるとともに、シフトダウン領域R1と不感帯領域R3との境界点はA2となる。なお、補正前の不感帯領域R3の幅(Y(B1)−Y(A1))と補正後の不感帯領域R3の幅(Y(B2)−Y(A2))とは等しい。以上の補正処理をシフトアップを行う毎に行うことにより、実際の使用状況において最適なタイミングでシフトダウンされるようにシフトダウン用変速制御マップを補正することが可能である。
【0058】
図14は、本発明の一実施形態による舶用推進システムの変速処理を説明するためのフローチャートである。次に、図9〜図14を参照して、本実施形態による舶用推進システムの変速処理を説明する。この変速処理は、船体の加速性能および燃費性能の両方を向上させる観点から、通常の航行時には高速の減速比に変速しておくとともに、加速が必要な場合にのみ低速の減速比に変速するという制御を行うための処理である。なお、このフローチャートに示す一連の処理は、約100msec毎に常時行われる。
【0059】
操船者が船体2を推進するためにレバー部5aを回動させると、図14のステップS1において、加速が要求されているか否かが制御部52により判断される。具体的には、レバー部5aのレバー開度の単位時間当たりの変化量(レバーの回動速度)が制御部52により算出される。そして、レバーの回動速度が所定の値よりも小さい場合(レバー部5aがゆっくり回動された場合)には、制御部52は操船者が加速を要求していないと判断して、変速処理が終了する。また、レバーの回動速度が所定の値よりも大きい場合(レバー部5aが速く回動された場合)には、制御部52は操船者が加速を要求していると判断する。また、操船者が加速を要求していると判断した場合に、レバーの回動速度が比較的大きい場合には、制御部52は操船者が急加速の意思を持っている、すなわち加速を重視していると判断して、加速重視モードと判断する。また、レバーの回動速度が所定の値よりも大きいものの、それが比較的小さい場合には、制御部52は操船者が緩加速の意思を持っている、すなわち燃費を重視していると判断して、燃費重視モードと判断する。
【0060】
そして、加速重視モードか燃費重視モードかが判断された状態で、ステップS2において、高速の減速比に変速されているか低速の減速比に変速されているかが制御部52により判断される。低速の減速比に変速されている場合には、ステップS6に進む。また、高速の減速比に変速されている場合には、シフトダウン用変速制御マップ(図9および図10参照)を用いて、シフトダウンする際の閾値が算出される。具体的には、シフトダウン用変速制御マップのシフトダウン領域R1と不感帯領域R3との境界線Dおよび現在のアクセル開度に基づいて、シフトダウンする際の閾値が算出される。この際、ステップS1において加速重視モードと判断された場合には、図9に示すシフトダウン用変速制御マップMD1が用いられるとともに、燃費重視モードと判断された場合には、図10に示すシフトダウン用変速制御マップMD2が用いられる。
【0061】
次に、ステップS4において、現在のエンジン回転数がステップS3において算出した閾値以下であるか否かが判断される。現在のエンジン回転数が閾値より大きい場合には、制御部52はシフトダウンする必要がないと判断するとともに、減速比を高速に保持したまま変速処理が終了する。また、現在のエンジン回転数が閾値以下である場合には、ステップS5において、シフトダウン(高速の減速比から低速の減速比に変速)する。
【0062】
そして、低速の減速比に変速された状態で、ステップS6において、制御部52は加速度センサ55により検出される船体の加速度を取得する。また、ステップS7において、前回(約100msec前)の変速処理の加速度の値と現在の加速度の値とが比較される。そして、ステップS8において前回の加速度の値が現在の加速度の値よりも小さいと判断された場合には、加速度が増加しているので、ステップS9において、現在の加速度が最高加速度として記憶部51に記憶される。この場合、加速度がまだ最高値に達しておらず、十分に加速が行われていないので、減速比が低速に変速された状態で変速処理が終了する。
【0063】
また、ステップS8において前回の加速度の値が現在の加速度の値よりも大きいと判断された場合には、ステップS10において、前々回の加速度の値が前回の加速度の値よりも大きいか否かが判断される。前々回の加速度の値が前回の加速度の値よりも大きい場合には、加速度が前々回から現在まで減少しているので、最高加速度を更新することなくステップS12に進む。また、前々回の加速度の値が前回の加速度の値よりも小さい場合には、前回の加速度の値が加速度の最高値となるので、ステップS11において、前回の加速度を最高加速度として記憶部51に記憶する。
【0064】
次に、ステップS12において、記憶部51に記憶された最高加速度に対する現在の加速度の低下率が算出される。また、ステップS13において、シフトアップ用変速制御マップ(図11および図12参照)を用いて、シフトアップする際の閾値が算出される。具体的には、シフトアップ用変速制御マップのシフトアップ領域R4を規定する境界線Tおよび現在のアクセル開度に基づいて、シフトアップする際の加速度低下率の閾値が算出される。この際、ステップS1において加速重視モードと判断された場合には、図11に示すシフトアップ用変速制御マップMU1が用いられるとともに、燃費重視モードと判断された場合には、図12に示すシフトアップ用変速制御マップMU2が用いられる。
【0065】
次に、ステップS14において、現在の加速度低下率がステップS12において算出した閾値以下であるか否かが判断される。現在の加速度低下率が閾値より小さい場合には、加速がまだ十分されていないと判断され、減速比を低速に保持したまま変速処理が終了する。また、現在の加速度低下率が閾値より大きい場合には、十分に加速が行われた後であると判断され、ステップS15において、シフトアップ(低速の減速比から高速の減速比に変速)する。
【0066】
また、ステップS16において、ステップS15のシフトアップ時のエンジン回転数とアクセル開度とが記憶部51に記憶される。そして、ステップS17において制御部52は補正量Dを算出する。具体的には、図13の境界点B1のエンジン回転数Y(B1)とシフトアップ時のエンジン回転数Yとの差分Cの半分の値を補正量Dとして算出する。そして、ステップS18において、補正量Dに基づいて、シフトダウン用変速制御マップを更新する。具体的には、図13に示すように、境界点A1のエンジン回転数Y(A1)および境界点B1のエンジン回転数Y(B1)にそれぞれ補正量Dを加えることにより、アクセル開度がXの場合におけるシフトダウン領域R1と不感帯領域R3との境界点がA2となり、シフトアップ領域R2と不感帯領域R3との境界点がB2となるように補正を行う。この後の変速処理においては、補正後のシフトダウン用変速制御マップを用いてシフトダウンが行われる。このようにして、本実施形態による舶用推進システムの変速処理が行われる。
【0067】
本実施形態では、上記のように、船体2の加速度を検出する加速度センサ55を設けることによって、大きさおよび形状などが異なるモデルの船体にそれぞれ本発明の舶用推進システムを適用した場合にも、それぞれの船体の実際の船体の加速状況を制御部52に認識させることができる。これにより、エンジン回転数およびスロットル開度などから船体の加速状況を推定する場合と異なり、その船体のモデルによって異なる実際の加速状況を制御部52に認識させることができる。また、船体2の加速度に基づいて、低速の減速比から高速の減速比に変速するように変速機構部33を制御することによって、実際の船体の加速状況に応じて低速の減速比から高速の減速比に変速することができる。これにより、それぞれの船体のモデルに応じて最適なタイミングで低速の減速比から高速の減速比に変速することができる。
【0068】
また、本実施形態では、上記のように、船体2の加速度が最高値から低下し始めた後、船体2の加速度の最高値に対する低下率が所定の閾値を超えた場合に低速の減速比から高速の減速比に変速することによって、船体2が十分に加速した状態で低速の減速比から高速の減速比に変速することができる。
【0069】
また、本実施形態では、上記のように、シフトアップ用変速制御マップにおけるシフトアップ領域R4を規定する境界線Tを、アクセル開度が大きくなるに従って船体2の加速度の低下率が大きくなるような線とすることによって、操船者の意図を反映したタイミングでシフトアップすることができる。すなわち、アクセル開度が小さい場合には、操船者があまり加速を要求していないので、加速度が最高値を示してからすぐの加速度低下率が小さい状態でシフトアップすることができる。また、アクセル開度が大きい場合には、操船者が加速を要求しているので、加速度低下率が大きくなるまで低速に保つとともに、十分に加速してからシフトアップすることができる。
【0070】
また、本実施形態では、上記のように、加速重視モードに対応した変速制御マップ(シフトアップ用変速制御マップおよびシフトダウン用変速制御マップ)と、燃費重視モードに対応した変速制御マップとを用いて変速する。これにより、操船者が加速を重視する場合には、シフトアップ領域R2およびR4が狭く設定された加速重視モードの変速制御マップにより、低速から高速に減速比を変速するタイミングを比較的遅くすることができる。これにより、低速の減速比に変速された状態が長く保たれるので、より大きな加速をすることができる。また、操船者が燃費を重視する場合には、シフトアップ領域R2およびR4が広く設定された燃費重視モードの変速制御マップにより、低速から高速に減速比を変速するタイミングを比較的早くすることができる。これにより、高速の減速比に変速された状態が長く保たれるので、燃費性能を向上させることができる。
【0071】
また、本実施形態では、上記のように、シフトダウン用変速制御マップ上において、スロットル開度およびエンジン回転数の軌跡Pがシフトアップ領域R2から不感帯領域R3を介してシフトダウン領域R1に入った場合に低速の減速比に変速することによって、境界線DおよびUが適切に設定されることにより、最適なタイミングでシフトダウンすることができる。
【0072】
また、本実施形態では、上記のように、低速から高速に減速比を変速した時のスロットル開度とエンジン回転数とを用いてシフトダウン用変速制御マップを補正することによって、最適なタイミングでシフトダウンすることができるようにシフトダウン用変速制御マップを更新することができる。すなわち、船体2の加速度により決定しているシフトアップのタイミングは実際の船体2の加速状況を反映した最適なタイミングであると考えられるので、そのシフトアップのタイミング(スロットル開度とエンジン回転数)に基づいてシフトダウンのタイミングを補正することによって、最適なタイミングでシフトダウンもすることができるようにシフトダウン用変速制御マップを更新することができる。これにより、異なるモデルの船体2に船外機3を搭載した場合にも、それぞれの船体2に応じた最適なシフトダウンのタイミングを学習していくことができる。
【0073】
なお、今回開示された実施形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0074】
たとえば、上記実施形態では、舶用推進システムの一例としてエンジンおよびプロペラが船体の外側に配置された2機の船外機を備えた例を示したが、本発明はこれに限らず、エンジンが船体に固定されたスタンドライブ、エンジンおよびプロペラが船体に固定された船内機などを備えた他の舶用推進システムにも適用可能である。また、1機の船外機を備えた舶用推進システムにも適用可能である。
【0075】
また、上記実施形態では、加速度検出部として加速度センサ55を用いて直接加速度を得る例を示したが、本発明はこれに限らず、GPS(全地球測位システム)を利用して船体2の加速度を算出してもよい。
【0076】
また、上記実施形態では、シフトダウン用変速制御マップおよびシフトアップ用変速制御マップの横軸をアクセル開度にした例を示したが、本発明はこれに限らず、横軸をエンジンの吸気圧にしてもよいし、エンジン回転数にしてもよい。また、シフトダウン用変速制御マップおよびシフトアップ用変速制御マップの横軸を、スロットル開度(エンジンの吸気通路に設けられたスロットル弁の開度)にしてもよい。
【0077】
また、上記実施形態では、船体の加速度の最高値に対する低下率が所定の値となった場合にシフトアップする例を示したが、本発明はこれに限らず、船体の加速度が最高値を示した時点から所定の時間経過後にシフトアップするように構成してもよい。この場合、横軸および縦軸をそれぞれアクセル開度および船体の加速度が最高値を示した時点からの経過時間としたシフトアップ用変速制御マップを用いてもよい。このシフトアップ用変速制御マップは、図11に示したシフトアップ用変速制御マップにおいて、縦軸を船体加速度低下率から経過時間に変更したマップを用いることが可能である。
【0078】
また、上記実施形態では、舶用推進システムの一例として2つのプロペラが設けられた船外機を備えた例について示したが、本発明はこれに限らず、1つ、または、3つ以上のプロペラが設けられた船外機などを備えた他の舶用推進システムにも適用可能である。
【0079】
また、上記実施形態では、2つの船外機を備えた例を示したが、本発明はこれに限らず、1つ、または、3つ以上の船外機を備えてもよい。また、船外機が複数ある場合には、全ての船外機で変速のタイミングを合わせるように構成してもよい。この場合、1つの船外機をメイン機とし、メイン機の変速機構部が変速制御されると同時に他の船外機の変速制御を行うように構成してもよい。具体的には、下記のように変速制御を行ってもよい。すなわち、コントロールレバー部5の記憶部52に記憶された変速制御マップに基づいて、制御部52からメイン機のECUに対して「変速ギア切換信号」が出力される。メイン機のECUは、「変速ギア切換信号」に基づいて、自機の電磁油圧制御バルブ37に対して「駆動信号」または「非駆動状態維持信号」を出力する。これにより、上部変速部310を低速に変速する。また、メイン機のECUは、共通LANを介して他機に搭載されたECUに対しても「駆動信号」または「非駆動状態維持信号」を出力する。他機のECUは、メイン機のECUから送られたこれらの信号に基づいて、自機の電磁油圧制御バルブ37に対して「駆動信号」または「非駆動状態維持信号」を出力する。これにより、メイン機の上部変速部310とメイン機以外の上部変速部310とが同期して低速に変速される。
【0080】
また、複数の船外機のそれぞれのECUが自己の変速機構部のみならず、他の船外機の変速機構部にも変速制御信号を出すように構成するとともに、各変速機構部を、複数のECUからの変速制御信号のうち、最も早く送られてきた変速制御信号に基づいて変速するように構成してもよい。具体的には、下記のように変速制御を行ってもよい。すなわち、コントロールレバー部5の記憶部52に記憶された変速制御マップに基づいて、制御部52から全ての船外機のそれぞれのECUに対して「変速ギア切換信号」が出力される。各船外機のECUは、「変速ギア切換信号」に基づいて、自機の電磁油圧制御バルブ37に対して「駆動信号」または「非駆動状態維持信号」を出力すると同時に、共通LANを介して他機の電磁油圧制御バルブ37に対しても「駆動信号」または「非駆動状態維持信号」を出力する。各船外機の電磁油圧制御バルブ37は、最も早く送られてきた「駆動信号」または「非駆動状態維持信号」に基づいて駆動状態および非駆動状態が切り替えられる。これにより、複数の船外機のそれぞれの上部変速部310が同期して低速に変速される。
【0081】
また、上記のように、全ての船外機で変速のタイミングを合わせる場合には、コントロールレバー部5の制御部52は、次のいずれかの条件を満たした場合に「変速ギヤ切換信号」を出力する。すなわち、複数の船外機のうちのいずれかの船外機の運転状態が、変速の条件を満たした場合、または、複数の船外機のうちの特定の船外機の運転状態が、変速の条件を満たした場合に「変速ギヤ切換信号」を出力する。
【0082】
また、上記実施形態では、コントロールレバー部5に内蔵した記憶部51に、変速制御マップが記憶されるとともに、変速機構部33に対して減速比を変速するための制御信号は、コントロールレバー部5に内蔵された制御部52から出力されるように構成した例を示したが、本発明はこれに限らず、船外機内に設けたECU34に変速制御マップを記憶させてもよい。また、この場合には、変速制御マップが記憶されたECU34から制御信号を出力するように構成してもよい。また、エンジンを制御するECUとは別のECUを設け、このECUに変速制御マップを記憶させたり、制御信号を出力するように構成してもよい。
【0083】
また、上記実施形態では、前進、中立、後進の切り替えをECU34によって電気的に制御された下部変速部330によって行うようにした例を示したが、本発明はこれに限らず、前進、中立、後進の切り替えを、上記特許文献1に開示されたように、一対のベベルギヤとドッグクラッチとから構成される機械式の前後進切換機構によって行うようにしてもよい。
【0084】
また、上記実施形態では、船舶が後進する際の変速制御マップを、船舶が前進する際の変速制御マップと同様の構成にした例について示したが、本発明はこれに限らず、前進専用の変速制御マップおよび後進専用の変速制御マップの2つの変速制御マップを設けるようにしてもよい。
【0085】
また、上記実施形態では、制御部とECUとを共通LANケーブルにより接続することにより通信可能に構成した例について示したが、本発明はこれに限らず、制御部とECUとを無線通信により通信可能に構成してもよい。
【0086】
また、上記実施形態では、シフト位置信号を、共通LANケーブル7を介してのみ制御部からECUに伝達するとともに、アクセル開度信号を、共通LANケーブル8を介してのみ制御部からECUに伝達するように制御した例について示したが、本発明はこれに限らず、シフト位置信号およびアクセル開度信号の両方の信号を同じ共通LANケーブルにより制御部からECUに伝達するように制御してもよい。また、シフト位置信号を、共通LANケーブル8を介してのみ制御部からECUに伝達するとともに、アクセル開度信号を、共通LANケーブル7を介してのみ制御部からECUに伝達するように構成してもよい。
【0087】
また、上記実施形態では、エンジンの回転数の一例としてクランク軸の回転数を用いたが、本発明はこれに限らず、たとえば、プロペラおよび出力軸など、エンジン内のクランク軸が回転するのに伴って回転するクランク軸以外の部材(軸)の回転数をエンジンの回転数として用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の一実施形態による舶用推進システムが搭載された船舶を示した斜視図である。
【図2】本発明の一実施形態による舶用推進システムの構成を示すブロック図である。
【図3】図1に示した一実施形態による舶用推進システムのコントロールレバー部の構成を説明するための側面図である。
【図4】図1に示した一実施形態による舶用推進システムの舶用推進システム本体の構成を説明するための断面図である。
【図5】図1に示した一実施形態による舶用推進システムの舶用推進システム本体の変速機構部の構成を説明するための断面図である。
【図6】図5の100−100線に沿った断面図である。
【図7】図5の200−200線に沿った断面図である。
【図8】通常の加速時における船体の加速度の時間経過を示す図である。
【図9】本発明の一実施形態による舶用推進システムの加速重視モードのシフトダウン用変速制御マップを説明するためのマップ図である。
【図10】本発明の一実施形態による舶用推進システムの燃費重視モードのシフトダウン用変速制御マップを説明するためのマップ図である。
【図11】本発明の一実施形態による舶用推進システムの加速重視モードのシフトアップ用変速制御マップを説明するためのマップ図である。
【図12】本発明の一実施形態による舶用推進システムの燃費重視モードのシフトアップ用変速制御マップを説明するためのマップ図である。
【図13】本発明の一実施形態による舶用推進システムのシフトアップ用変速制御マップの補正処理を説明するためのマップ図である。
【図14】本発明の一実施形態による舶用推進システムの変速処理を説明するためのフローチャートである。
【符号の説明】
【0089】
2 船体
3 船外機
4 操舵部
5 コントロールレバー部
5a レバー部(コントロールレバー部)
6 表示部
31 エンジン
32a、32b プロペラ
33 変速機構部
34 ECU(制御部)
51 記憶部
52 制御部
55 加速度センサ(加速度検出部)
MU1、MU2 シフトアップ用変速制御マップ(第1変速制御マップ)
MD1、MD2 シフトダウン用変速制御マップ(第2変速制御マップ)
P、Q 軌跡
R1 シフトダウン領域(第2領域)
R2 シフトアップ領域(第3領域)
R4 シフトアップ領域(第1領域)
T、T1、T2 境界線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと、
前記エンジンの駆動により回転されるプロペラと、
前記エンジンの駆動力を少なくとも低速の減速比と高速の減速比とに変速した状態で前記プロペラに伝達可能な変速機構部と、
前記プロペラの回転により推進される船体の加速度を検出する加速度検出部と、
前記変速機構部の減速比を変速するように制御する制御部とを備え、
前記制御部は、前記船体の加速度に基づいて、低速の減速比から高速の減速比に変速するように前記変速機構部を制御するように構成されている、舶用推進システム。
【請求項2】
前記制御部は、前記船体の加速度が最高値から低下し始めた後、所定の状態になった場合に、低速の減速比から高速の減速比に変速するように前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項1に記載の舶用推進システム。
【請求項3】
前記制御部は、前記船体の加速度が最高値から低下し始めた後、前記船体の加速度の最高値に対する低下率に基づいて、低速の減速比から高速の減速比に変速するように前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項2に記載の舶用推進システム。
【請求項4】
前記制御部は、前記船体の加速度の低下率とアクセル開度とを用いて前記変速機構部の減速比を低速から高速に変速する基準が表された第1変速制御マップに基づいて、前記高速の減速比に変速するように前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項3に記載の舶用推進システム。
【請求項5】
前記第1変速制御マップは、低速の減速比から高速の減速比に減速する第1領域を含み、
前記制御部は、前記船体の加速度の低下率と前記アクセル開度とが描く軌跡が、前記第1変速制御マップ上において高速の減速比に変速する第1領域に入った場合に、前記高速の減速比に変速するように前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項4に記載の舶用推進システム。
【請求項6】
前記第1変速制御マップにおける前記第1領域を規定する境界線は、前記アクセル開度が大きくなるに従って前記船体の加速度の低下率が大きくなるような線である、請求項5に記載の舶用推進システム。
【請求項7】
前記第1変速制御マップは、加速重視モードに対応した第1変速制御マップと、燃費重視モードに対応した第1変速制御マップとを含み、
前記制御部は、操船者の加速指示に基づいて前記加速重視モードおよび前記燃費重視モードのいずれかを判定するとともに、判定したモードに対応した前記第1変速制御マップに基づいて、前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項4に記載の舶用推進システム。
【請求項8】
前記船体が推進される際に、操船者により操作されることにより前記スロットル開度をコントロールすることが可能なコントロールレバー部をさらに備え、
前記制御部は、前記コントロールレバー部の操作に基づいて、前記変速機構部の減速比を変速するように制御するように構成されており、
前記制御部は、前記エンジンの回転数と前記アクセル開度とを用いて前記変速機構部の減速比を変速する基準が表された第2変速制御マップに基づいて、前記低速の減速比に変速するように前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項4に記載の舶用推進システム。
【請求項9】
前記第2変速制御マップは、低速の減速比を規定する第2領域と、高速の減速比を規定する第3領域とを含み、
前記制御部は、前記第2変速制御マップ上における、操船者による前記コントロールレバー部の操作に基づく前記アクセル開度および前記エンジンの回転数の軌跡が、前記第2変速制御マップの前記第3領域から前記第2領域に入った場合に、低速の減速比に変速するように前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項8に記載の舶用推進システム。
【請求項10】
前記第2変速制御マップは、加速重視モードに対応した第2変速制御マップと、燃費重視モードに対応した第2変速制御マップとを含み、
前記制御部は、操船者の加速指示に基づいて前記加速重視モードおよび前記燃費重視モードのいずれかを判定するとともに、判定したモードに対応した前記第2変速制御マップに基づいて、前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項8に記載の舶用推進システム。
【請求項11】
前記制御部は、前記船体の加速度に基づいて低速から高速に減速比を変速した時の前記アクセル開度と前記エンジンの回転数とを用いて、前記第2変速制御マップを補正するように構成されている、請求項8に記載の舶用推進システム。
【請求項12】
前記第1変速制御マップおよび前記第2変速制御マップが記憶された記憶部をさらに備える、請求項8に記載の舶用推進システム。
【請求項13】
前記制御部は、前記船体の加速度が最高値から低下し始めた後、前記船体の加速度が最高値を示した時点から所定の時間後に、低速の減速比から高速の減速比に変速するように前記変速機構部を制御するように構成されている、請求項2に記載の舶用推進システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2009−202796(P2009−202796A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−48952(P2008−48952)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】