説明

被覆部材の製造方法

【課題】小径で長尺な筒状の基材であっても、基材の内面を均一厚みのDLC膜で被覆することができる被覆部材の製造方法を提供すること。
【解決手段】プラズマCVD装置1は、直流パルスプラズマCVD法により被覆部材を製造するためのものである。被覆部材の製造時には、円筒状の基材200は、処理室3内で宙吊りにされる。宙吊り状態の基材200は、その軸線Cが水平方向に延びるような姿勢にされている。プラズマ電源8をオンすることにより、隔壁2と基台5との間に直流パルス電圧を印加してプラズマを発生させる。このプラズマの発生により、処理室3内において原料ガスがプラズマ化し、基材200の内周面および外周面にDLC膜が堆積される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、筒状の基材内面の少なくとも一部がDLC膜で被覆された被覆部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば自動車の燃費を低減させるため、自動車に搭載される各種摺動部材のもとになる基材表面を、低摩擦性および耐摩耗性(高硬度性)を有するDLC(Diamond Like Carbon)膜によって被覆することがある。そして、摺動部材が円筒状をなしている場合には、円筒状の基材の内周面をDLC膜で被覆することが提案されている(たとえば特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−81969号公報
【特許文献2】特開平6−279998号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
DLC膜は、たとえば直流プラズマCVD法などのプラズマCVD(Plasma Chemical Vapor Deposition)法によって形成される。
ところで、プラズマCVD法では一般的に、基材を収容する処理室内に原料ガスを導入しつつ、基材に電圧を印加する。これにより、基材表面の周辺に、プラズマ化した原料ガス(以下、単に「プラズマ」という場合がある。)が存在するようになる。このとき、基材とプラズマとの間には、基材の表面の近傍にイオンシース(イオンが多く集まった状態)が形成される。このイオンシースの電位差でプラズマ中のイオンが加速され、イオンビームとなって、基材表面にほぼ垂直に衝突する。イオンが繰り返し衝突することにより、基材表面にDLCの堆積膜が形成される。
【0005】
しかしながら、プラズマはその性質上、狭空間内では存在し難い。そのため、円筒状の基材が長くなるのに従って、内部空間の軸線方向の中央部分までプラズマが届きにくくなる。本願発明者らが直流プラズマCVD法を用いて実験を行ったところ、基材の軸線方向長さが基材の内径よりも長くなると(基材の軸線方向長さをLとし、基材の内径をDとしたとき、L/D>1.0)、基材の内周面(内面)にCVD膜を均一に形成することが困難である、との知見を得た。
【0006】
また、基材の軸線方向長さが基材の内径以下であっても、円筒状の基材の内径がある値以下になると、基材の内部空間全体に占めるイオンシースの割合が大きくなり、基材の内部空間に存在するプラズマが減少するから、堆積膜の形成が不十分になるおそれがある。本願発明者らが直流プラズマCVD法を用いて実験を行ったところ、基材の内径がたとえば10mm以下であるときには、基材内周面にDLC膜を良好に形成できない、との知見を得た。
【0007】
そこで、この発明の目的は、小径で長尺な筒状の基材であっても、基材の内面を均一厚みのDLC膜で被覆することができる被覆部材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1記載の発明は、筒状(円筒状)基材(200)の内面(201)の少なくとも一部がDLC膜(21)で被覆された被覆部材(20)の製造方法であって、前記基材を収容する処理室(3)内に、少なくとも炭素系化合物を含む原料ガスを導入して処理圧力50Pa以上の条件下で直流パルス電圧を前記基材に印加させる直流パルスプラズマCVD法により、前記基材内面にDLC膜を形成するDLC膜形成工程を含む、被覆部材の製造方法である。
【0009】
この発明の方法によれば、基材に印加される電圧が直流パルス電圧であり、かつ処理室内の処理圧力が50Pa以上と高圧である。この場合には、基材内面の近傍における電界の偏りが比較的小さいので、基材内面に形成されるイオンシースのシース幅が狭い。そのため、基材の内部空間においてプラズマが存在可能な領域が広く、内部空間の軸線方向の中央部分にまで十分な量のプラズマが届くようになる。これにより、基材の内面に形成されるDLC膜の厚みが、軸線方向に関して均一になる。ゆえに、小径で長尺な筒状の基材であっても、基材の内面を均一厚みのDLC膜で被覆することができる。
【0010】
また、筒状として円筒状を採用してもよい。さらに、基材の内面だけでなく、基板の外面をもDLC膜で被覆するようにしてもよい。
また、請求項2記載の発明は、前記DLC膜形成工程に先立って実行され、前記処理室内で、前記基材を、その軸線(C)が水平に延びるような姿勢で吊り下げる吊設工程をさらに含む、請求項1記載の被覆部材の製造方法である。
【0011】
たとえば筒状として円筒状を採用し、基材の内面および外面の双方をDLC膜で被覆する場合、処理室内で円筒状の基材をたとえば基台の上面に直置きにすると、基材の外周面と基台の上面とが線接触し、基材の外周面における接触部分の周囲では、基台の上面との間に微小空間が形成される。この微小空間ではプラズマの異常放電が生じ、この微小空間の周りの外周面では、DLC膜の形成が不十分になるおそれがある。
【0012】
これに対し、請求項2の方法によれば、処理室内で吊り下げられた筒状の基材に対して、直流パルスプラズマCVD法によりDLC膜(22)が形成される。そのため、直流パルスプラズマCVD法の実施中に、基材の外面(202)の近傍の全域に十分な量のプラズマが存在している。これにより、基材の外面の全域でDLC膜を良好に形成することができ、ゆえに、基材の外面を、均一厚みのDLC膜で被覆することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】この発明の被覆部材の製造方法に用いるプラズマCVD装置の構成を模式的に示す図である。
【図2】被覆部材の基材の構成を示す図である。
【図3】被覆部材の内周の表層部分の断面図である。
【図4】被覆部材の外周の表層部分の断面図である。
【図5】図1に示すプラズマCVD装置のプラズマ電源から基材に印加される直流パルス電圧の波形の一例を示すグラフである。
【図6】実施例1におけるDLC膜の厚みの基材軸線方向分布を示す図である。
【図7】実施例2におけるDLC膜の厚みの基材軸線方向分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下では、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して説明する。
図1は、本発明の被覆部材20(図3および図4参照)の製造方法に用いるプラズマCVD装置1の構成を模式的に示す図である。このプラズマCVD装置1を用いて、直流パルスプラズマCVD法により被覆部材20を製造することができる。
プラズマCVD装置1は、隔壁2で取り囲まれた処理室3と、基台5と、処理室3内に原料ガスを導入するためのガス導入管6と、処理室3内を真空排気するための排気系7と、処理室3内に導入されたガスをプラズマ化させるための直流パルス電圧を発生させるプラズマ電源8とを備えている。プラズマCVD装置1は、直流パルスプラズマCVD(Direct Current Plasma Chemical Vapor Deposition)法を実施するための装置である。
【0015】
基台5は、水平の上面を有する平板状のプレート9と、鉛直方向に延び、プレート9を支持する支持軸10とを備えている。この実施形態では、基台5として、プレート9が上下方向に2つ並んで配置された2段式のものが一例として採用されている。基台5は、全体が銅などの導電材料を用いて形成されている。基台5にはプラズマ電源8の負極が接続されている。
【0016】
被覆部材20の製造時には、処理室3内には基材200が宙吊りにされている。上側のプレート9から基材200が吊り下げられており、宙吊り状態の基材200は、その軸線Cが水平方向に延びるような姿勢にされている。基材200には、プレート9から垂れ下がる線材203の先端(下端)が係止されている。線材203は、たとえばステンレス鋼等の導電材料を用いて形成された鋼線材である。基材200に対する線材203先端の取付けの工夫(取付け位置・取付け方法の工夫)により、基材200が前述の姿勢に維持されている。
【0017】
また、処理室3の隔壁2は、ステンレス鋼等の導電材料を用いて形成されている。隔壁2には、プラズマ電源8の正極が接続されている。また隔壁2はアース接続されている。また隔壁2と基台5とは絶縁部材11によって絶縁されている。そのため隔壁2はアース電位に保たれている。プラズマ電源8がオンされて直流パルス電圧が発生されると、隔壁2と基台5との間に電位差が生じる。
【0018】
また、ガス導入管6は、処理室3内における基台5の上方を水平方向に延びている。ガス導入管6の基台5に対向する部分には、ガス導入管6の長手方向に沿って配列された多数の原料ガス吐出孔12が形成されている。原料ガス吐出孔12から原料ガスが吐出されることにより、処理室3内に原料ガスが導入される。
ガス導入管6には、成分ガスである原料ガスが供給される。ガス導入管6には、成分ガスの供給源(ガスボンベや液体を収容する容器等)からそれぞれの成分ガスを処理室3に導くための複数の分岐導入管(図示せず)が接続されている。各分岐導入管には、各供給源からの成分ガスの流量を調節するための流量調節バルブ(図示せず)等が設けられている。また供給源のうち液体を収容する容器には、必要に応じて、液体を加熱するための加熱手段(図示せず)が設けられている。
【0019】
排気系7は、処理室3にそれぞれ連通する第1排気管13および第2排気管14と、第1開閉バルブ15、第2開閉バルブ16および第3開閉バルブ19と、第1ポンプ17および第2ポンプ18とを備えている。
第1排気管13の途中部には、第1開閉バルブ15および第1ポンプ17が、処理室3側からこの順で介装されている。第1ポンプ17としては、たとえば油回転真空ポンプ(ロータリポンプ)やダイヤフラム真空ポンプなどの低真空ポンプが採用される。油回転真空ポンプは、油によってロータ、ステータおよび摺動翼板などの部品の間の気密空間および無効空間の減少を図る容積移送式真空ポンプである。第1ポンプ17として採用される油回転真空ポンプとしては、回転翼型油回転真空ポンプや揺動ピストン型真空ポンプが挙げられる。
【0020】
また第2排気管14の先端は、第1排気管13における第1開閉バルブ15と第1ポンプ17との間に接続されている。第2排気管14の途中部には、第2開閉バルブ16、第2ポンプ18、および第3開閉バルブ19が、処理室3側からこの順で介装されている。第2ポンプ18としては、たとえばターボ分子ポンプ、油拡散ポンプなどの高真空ポンプが採用される。
【0021】
図2は、基材200の構成を示す図である。図2(a)は、基材200の斜視図を示し、図2(b)は、基材200の断面図を示している。
図2(a)および図2(b)に示すように、基材200は円筒状をなしている。基材200の内径をDとし、基材200の軸線(軸線C)方向長さをLとすると、この実施形態では、L/D=約2.0である。しかしながら、円筒状の基材200は、L/Dが2.0程度のものだけでなく、L/Dが1.0程度のものやL/Dが3.0程度のものなど、任意の形状のものを採用できるのはもちろんのことである。L/Dの下限は0に近く、L/Dの上限はたとえば5.0程度である。また、基材200の肉厚をWとする。
【0022】
この実施形態では、プラズマCVD装置1における直流パルスプラズマCVD法の実施により、基材200の内周面(内面)201および外周面(外面)202の双方にDLC膜が形成される。
図3は、被覆部材20の内周の表層部分の断面図である。図4は、被覆部材20の内周の表層部分の断面図である。
【0023】
図2、図3および図4を参照して被覆部材20について説明する。被覆部材20は、基材200と、基材200の内周面201に形成されたDLC膜21(図3参照)と、基材200の外周面202に形成されたDLC膜22(図4参照)とを含み、円筒状をなしている。
被覆部材20は、ガイドブッシュ、シリンダ、ベアリングなど他の部材と摺動する摺動部材する部材であってもよい。また、被覆部材20は金属配管などであってもよい。
【0024】
たとえば被覆部材20が摺動部材である場合、基材200の材質として、工具鋼、炭素鋼、ステンレス鋼等の各種鋼材が挙げられる。また、被覆部材20が金属配管である場合には基材200の材質として、ステンレス鋼等の鋼材が挙げられる。
図1に示すように、プラズマCVD装置1を用いて基材200の内周面201および外周面202にDLC膜21およびDLC膜22をそれぞれ形成して被覆部材20を製造するには、まず処理室3内に基材200を吊り下げた後処理室3を閉じる。
【0025】
次いで第1、第2および第3開閉バルブ15,16,19を閉じた状態で第1ポンプ17を駆動させたのち、第1開閉バルブ15を開くことにより処理室3内を真空排気する。処理室3内が第1ポンプ17によって所定の真空度まで真空排気された時点で第1開閉バルブ15を閉じるとともに第3開閉バルブ19を開いて第2ポンプ18を駆動させた後、第2開閉バルブ16を開くことにより、第1および第2ポンプ17,18によって処理室3内をさらに真空排気する。
【0026】
処理室3内が所定の真空度に達した時点で第2開閉バルブ16を閉じ、第2ポンプ18を停止させ、第3開閉バルブ19を閉じるとともに第1開閉バルブ15を開いて第1ポンプ17だけで排気を続けながら、図示しない供給源から原料ガス導入管6を通して原料ガスを処理室3内に導入する。
原料ガスとしては、たとえば炭素系化合物に、水素ガスおよびアルゴンガス等を加えたものを用いる。炭素系化合物としては、たとえばメタン(CH)、アセチレン(C)、ベンゼン(C)等の、常温、常圧下で気体ないし低沸点の液体である炭化水素化合物の1種または2種以上が挙げられる。水素ガスおよびアルゴンガスはプラズマを安定化させる作用をする。またアルゴンガスは、基材200の内周面201または外周面202に堆積したCを押し固めてDLC膜21,22を硬膜化する作用もする。
【0027】
分岐導入管(図示しない)の流量調節バルブ(図示しない)を調節して、各成分ガスの流量比、および各成分ガスの混合ガスである原料ガスの総流量を調節しながら、原料ガス導入管6を通して原料ガスを処理室3内に導入して、処理室3内の処理圧力を50Pa以上400Pa以下に調節する。
処理圧力が50Pa未満では、先に説明したように処理室3中に導入される原料ガスの量が少ないためDLC膜21,22の成膜速度が小さく、所定の厚みを有するDLC膜21を形成するのに長時間を要する。
【0028】
一方、処理圧力が400Paを超える場合には、プラズマを安定して発生させることができないため、基材上に、密度等が均一で摩擦性および耐摩耗性に優れた良好なDLC膜21を形成することができない。
次いでプラズマ電源8をオンして、隔壁2と基台5との間に電位差を生じさせることにより、処理室3内にプラズマを発生させる。
【0029】
たとえば直流パルスプラズマCVD法では、プラズマ電源8をオンすることにより、隔壁2と基台5との間に直流パルス電圧を印加してプラズマを発生させる。このプラズマの発生により、処理室3内において原料ガスからイオンやラジカルが生成されるとともに、隔壁2と基材200との間の電位差に基づいて基材200の内周面201および外周面202にそれぞれ引き付けられる。そして、基材200の内周面201および外周面202でそれぞれ化学反応して、基材200の内周面201および外周面202にDLC膜21,22が堆積される。
【0030】
そして、プラズマの発生に伴って、基材200とプラズマとの間には、基材200の内周面201および外周面202の近傍に円筒状のイオンシース204,206(図2(b)参照)がそれぞれ形成される。このイオンシース204,206の電位差でプラズマ中のイオンが加速され、イオンビームとなって、基材200の内周面201および外周面202にほぼ垂直に衝突する。イオンが繰り返し衝突することにより、基材200の内周面201および外周面202にDLC膜21,22が堆積される。
【0031】
基材200の内周面201側のイオンシース204のシース幅205は、基材200の軸線方向(以下、「基材軸線方向」という場合がある。)に関しては変わらない。
図5は、プラズマ電源8から基材200に印加される直流パルス電圧の波形の一例を示すグラフである。直流パルス電圧の設定電圧値は、たとえば1000V程度の値に設定される。すなわちプラズマ電源8がオンされると、隔壁2と基台5との間に1000Vの電位差が生じる。言い換えれば1000Vの負極性の直流パルス電圧が、処理室3内に前述のようにセットされた(図1に示す宙吊り状態の)基材200に印加されている。波形がパルス状であるので、かかる高電圧が印加されても処理室3内に異常放電は生じず、基材200の温度上昇を抑制して、処理温度をたとえば300℃以下に抑制することができる。
【0032】
直流パルス電圧においては、そのパルス幅τを周波数fの逆数(1/f)で表されるパルス周期で除算した値、つまり式(1)に示すようにパルス幅τを周波数fで乗算した値として求められるデューティー比を5%以上、特に50%程度に設定するのが好ましい。また周波数fは200Hz以上、2000Hz以下、特に1000Hz程度に設定するのが好ましい。
【0033】
これにより、DLC膜21の成膜速度をさらに向上して、被覆部材20の生産性を現状よりさらに向上するとともに、被覆部材20のもとになる基材200が受けるダメージをより一層小さくできる。
デューティー比=τ×f ・・・(1)
また、基材200に印加される電圧が直流パルス電圧であり、かつ処理室3内の処理圧力が50Pa以上と高圧であるので、基材200の内周面201の近傍、および基材200の外周面202の近傍における電界の偏りがそれぞれ比較的小さい。そのため、基材200の内周面201の近傍に形成されるイオンシース204のシース幅206(図2(b)参照)、および基材200の外周面202の近傍に形成されるイオンシース205のシース幅207(図2(b)参照)が、それぞれ基材200に直流電圧を印加する場合と比較して狭くなる。そのため、基材200の内部空間においてプラズマが存在可能な領域が広くなり、基材200の内部空間における基材軸線方向の中央部分にまで十分な量のプラズマが届くようになる。これにより、基材200の内周面201に形成されるDLC膜21の厚みが、基材軸線方向に関して均一になる。
【0034】
また、基材200の外周面202の全域で、その近傍に十分な量のプラズマが存在しているので、形成されるDLC膜22の厚みも、基材軸線方向に関して均一になる。
DLC膜形成工程を実施して、基材200の内周面201および外周面202にそれぞれ、所定の膜厚を有するDLC膜21,22が形成された時点で、プラズマ電源8をオフするとともに、原料ガスの導入を停止した後、第1ポンプ17による排気を続けながら常温まで冷却する。次いで第1開閉バルブ15を閉じ、代わってリークバルブ(図示しない)を開いて処理室3内に外気を導入して処理室3内を常圧に戻した後、処理室3から基材200を取り出す。これにより、基材200の内周面201の少なくとも一部がDLC膜21によって被覆されているとともに、基材200の外周面202の少なくとも一部がDLC膜22によって被覆された被覆部材20が製造される。
【0035】
なお、直流パルスプラズマCVD法を実施して基材200の表面(内周面201および/または外周面202)にDLC膜21,22を形成するのに先立って、基材200の表面201,202をイオンボンバード処理してもよい。イオンボンバード処理を実施する場合は、たとえば処理室3内にアルゴンガスおよび水素ガスを導入しながらプラズマ電源8をオンすることによりプラズマを発生させる。このプラズマの発生により、処理室3内においてアルゴンガスからイオンやラジカルが生成するとともに、電位差に基づいて基材200の表面201,202に打ち付けられて、基材200の表面201,202に吸着された異分子等をスパッタリング除去したり、表面201,202を活性化したり原子配列等を改質したりできる。
【0036】
次に、実施例について説明する。
実施例では、図1に示すプラズマCVD装置1を用いて、ステンレス鋼(たとえばSUS304)からなる基材200の内周面201および外周面202にそれぞれDLC膜21,22を形成した。
原料ガスとして実施例では、炭素系化合物としてのメタン、水素ガス、およびアルゴンガスの混合ガスを用い、メタン、水素ガスおよびアルゴンガスの3成分の流量はそれぞれ100ccm、水素:60ccmおよびアルゴン:60ccmとした。
【0037】
直流パルス電圧の設定電圧値は−1000V、周波数fは1000Hz、デューティー比は50%に設定した。
先に説明した手順で処理室3内を真空排気した後、原料ガスを導入して処理室3内の処理圧力を200Paに調節した。次いで再びプラズマ電源8をオンして処理室3内にプラズマを発生させて、直流パルスプラズマCVD法により基材2000の内周面201および外周面202にDLC膜21,22を形成した。一方開口端から奥側に3mmの箇所、基材軸線方向の中央部分、および他方開口端から奥側に3mmのそれぞれの箇所において、形成したDLC膜21,22の膜厚をそれぞれ測定した。
【0038】
円筒状の基材200として以下の寸法のものを用いた。
<実施例1>
基材200の内径Dを20mm、軸方向長さLを40mmとした。すなわち、L/D=2.0である。また、厚みWは2mmである。
<実施例2>
基材200の内径Dを10mm、軸方向長さLを20mmとした。すなわち、L/D=2.0である。また、厚みWは2mmである。
【0039】
図6は、実施例1におけるDLC膜21,22の厚みの基材軸線方向分布を示すグラフである。図7は、実施例2におけるDLC膜21,22の厚みの基材軸線方向分布を示すグラフである。図6および図7の横軸は、開口端の一端を基準とする基材軸線方向位置(距離)である。
図6および図7より、実施例1および実施例2では、DLC膜21,22の厚みが、基材軸線方向にほぼ均一であることが理解される。
【0040】
また、実施例1では内周側のDLC膜21(図6および図7に示す「内径」が相当。)と外周側のDLC膜22(図6および図7に示す「外径」が相当。)との厚みが同程度であるのに対し、実施例2では内周側のDLC膜21の厚みが、外周側のDLC膜22の厚みよりも厚いことが理解される。
以上によりこの実施形態によれば、基材200の内周面201に形成されるDLC膜21の厚みが、基材軸線方向に関して均一になる。すなわち、小径で長尺な筒状の基材200であっても、基材200の内周面201を均一厚みのDLC膜21で被覆することができる。
【0041】
また、この実施形態では、処理室3内に吊り下げられた円筒状の基材200の内周面201および外周面202に、直流パルスプラズマCVD法によりDLC膜21,22が形成される。
たとえば、処理室3内で基材200を、図2(b)に二点鎖線で示すように基台5のプレート9の上面に直置きにすると、基材200の外周面202とプレート9の上面とが線接触する。この状態で、直流パルスプラズマCVD法が実施されると、基材200の外周面202における微小空間CLの周囲では、プレート9の上面との間に微小空間CLが形成される。この微小空間CLではプラズマの異常放電が生じ、この微小空間CLの周りの外周面202では、DLC膜22の形成が不十分になるおそれがある。
【0042】
これに対し、この実施形態では、処理室3内で宙吊りにされた基材200に直流パルスプラズマCVD法が実施される。そのため、直流パルスプラズマCVD法の実施中に、基材200の外周面202の全域に十分な量のプラズマが存在している。これにより、基材200の外周面202の全域でDLC膜22を良好に形成することができ、ゆえに、基材200の外周面202を、均一厚みのDLC膜22で被覆することができる。
【0043】
以上、この発明の一実施形態について説明したが、この発明は他の形態で実施することもできる。
たとえば、基材200をプレート9から吊り下げた状態で、直流パルスプラズマCVD法を実施する場合を例に挙げたが、基材200は、基台5のうちプレート9を除く部分から吊り下げられた状態であってもよいし、たとえば隔壁2の天面から吊り下げられた状態であってもよい。
【0044】
また、直流パルスプラズマCVD法を実施して基材200の表面にDLC膜21,22を形成するのに先立って、基材200の表面201,202にSiN、CrN等の窒化膜やCr、Ti、SiC等からなる中間層を配置してもよい。
また、基材200として、円筒状のものでなく、たとえば正四角筒状など角筒状のものを採用することもできる。
【0045】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0046】
3…処理室、20…被覆部材、21…DLC膜、22…DLC膜、200…基材(筒状基材)、201…内周面(内面)、202…外周面(外面)、C…軸線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状基材の内面の少なくとも一部がDLC膜で被覆された被覆部材の製造方法であって、
前記基材を収容する処理室内に、少なくとも炭素系化合物を含む原料ガスを導入して処理圧力50Pa以上の条件下で直流パルス電圧を前記基材に印加させる直流パルスプラズマCVD法により、前記基材内面にDLC膜を形成するDLC膜形成工程を含む、被覆部材の製造方法。
【請求項2】
前記DLC膜形成工程に先立って実行され、前記処理室内で、前記基材を、その軸線が水平に延びるような姿勢で吊り下げる吊設工程をさらに含む、請求項1記載の被覆部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−207243(P2012−207243A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−71655(P2011−71655)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】